長野地方裁判所佐久支部 昭和37年(ワ)36号 判決 1962年10月15日
事実
原告土屋忠雄は請求原因として、被告東興管材株式会社は昭和三十七年二月二十四日訴外財田康次に対し額面金五十万円の約束手形合計三通を振り出し交付し、同月二十七日原告は右財田より右約束手形三通の裏書譲渡を受けたので、その所持人として右各手形の支払期日に支払場所に呈示してその支払を求めたが、いずれもその支払を拒絶されたので、振出人たる被告に対し右各手形金およびこれに対する支払済に至るまでの遅延損害金の支払を求める、と述べ、被告の答弁事実を否認して、本件各手形は訴外渡辺九十郎が被告会社の専務取締役として振り出したものであるが、同人にはもとより被告会社の代表権があり、したがつて同人には被告会社の名において手形を振り出す権限がある。仮りに同人に右のような権限がなかつたとしても、原告はそのことを知らない善意の第三者であるから、同人が専務取締役としてなした本件手形の振出につき被告会社はその責を負うべきである、と主張した。
被告東興管材株式会社は答弁として、原告主張の約束手形三通は訴外渡辺九十郎が振り出したものであつて、被告会社がその責を負うべきいわれはない。もつとも、右渡辺は被告会社の専務取締役であり、同人がその地位に基づいて本件手形を振り出したものとしても、同人には被告会社の名において手形を振り出す権限がなかつたものであるから、被告会社には本件手形金を支払うべき義務がない、と主張した。
理由
原告は、本件約束手形三通がいずれも被告会社の専務取締役渡辺九十郎の振出にかかるものである旨主張し、被告は、右手形はいずれも渡辺九十郎が個人として振り出したものであつて、被告会社の専務取締役として振り出したものではないと抗争するので判断するのに、本件各約束手形の記載によれば、その振出人欄にはいずれも「長野県北佐久郡望月町大字望月四一五番地」「東興管材株式会社」「渡辺九十郎」と併記されていて、被告会社名がそこに記されてはいるが、「渡辺九十郎」なる氏名には格別被告会社の専務取締役その他の肩書が附されていないこと、右「渡辺九十郎」名下には「渡辺九十郎」と刻した印章が押捺されているのみで、被告会社名あるいは被告会社の専務取締役を示す職印などの印章が押捺されていないことからして、本件各手形は、右渡辺九十郎なる者が個人の資格において振り出したものと一応推認するほかはないのみならず、証拠によれば、本件各手形は、木材業を営む訴外財田康次がその事業資金を得るため知人である訴外渡辺九十郎にいわゆる融通手形の振出を求め、この手形によつて金融業者たる原告から融資を受けようとしたが、右渡辺個人振出形式の手形ではたやすく融資が受けられないところから、たまたま右渡辺が被告会社の専務取締役であり、またそのことを原告も承知していることに着目し、被告会社の資力、信用のもとに原告から手形による融資を得ようと企て、原告をして恰かも右渡辺が被告会社の専務取締役として被告会社の名において手形を振り出したかのように思わせるため、右渡辺に依頼して前示のとおり振出人欄に右渡辺の氏名のほか被告会社名並びにその所在地を記入せしめて振出交付させたものであることが認められるので、本件各約束手形は結局いずれも前記渡辺九十郎が個人として前記財田に対し振出交付したものというほかはなく、被告会社の専務取締役あるいは代理人として振り出したものではないことが明らかであるから、右財田から本件各手形の裏書譲渡を受けたとして原告が被告会社に対し右各手形の振出人としての責を問うべき余地はない。原告が、前示のとおり、本件各手形の振出人欄に被告会社名並びにその所在地が記載されていること、前記渡辺が被告会社の専務取締役であり、また、被告会社と前記財田がかねてから取引関係にあることを知つていたことから、本件各手形がいずれも右渡辺が被告会社の専務取締役として振り出したものであると即断し、右財田からたやすくその裏書譲渡を受けたことはいささか軽卒の譏を免れず、原告としては前記渡辺に対し本件各手形の振出人としての責任を追及するほかはない。
よつて、原告が被告会社に対し本件各約束手形金等の支払を求める本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるとして、これを棄却した。