長野地方裁判所松本支部 平成14年(わ)82号 判決 2002年9月17日
主文
被告人を懲役6年に処する。
未決勾留日数中110日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1平成14年3月10日午後7時30分ころ,長野県東筑摩郡・・・先道路に4おいて,運転開始前に飲んだ酒の影響により,前方注視及び運転操作が困難な状態で,普通貨物自動車を時速約50キロメートルで走行させ,もって,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で自車を走行させたことにより,そのころ,同郡・・・先道路において,折から道路左側端を対向して歩行中のA(当時40歳)及びB(当時40歳)に自車左前部を衝突させて前記両名を路上等に転倒させ,よって,前記Aに全治約半年間を要する見込みの頭部打撲,左多発肋骨骨折等の傷害を負わせ,前記Bに脳挫傷等の傷害を負わせ,同日午後8時27分ころ,同郡・・・所在のC病院において,同人を前記傷害により死亡させ,
第2同日午後7時30分ころ,同郡・・・先道路において,前記のとおり,前記A及びBに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに,直ちに車両の運転を停止して,同人らを救護する等法律の定める必要な措置を講ぜず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかったものである。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,危険運転致傷の点は刑法208条の2第1項前段(致傷の場合)に,危険運転致死の点は同法208条の2第1項前段(致死の場合)に,判示第2の所為のうち,救護義務違反の点は平成13年法律第51号による改正前の道路交通法117条,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段にそれぞれ該当するところ,判示第1及び第2の各所為は,いずれも1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,それぞれ刑法54条1項前段,10条により一罪として,判示第1につき重い危険運転致死罪の刑で,判示第2につき重い救護義務違反の罪の刑で各処断し,判示第2の罪について所定刑中懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役6年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中110日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 被告人は,30年前ころから主に焼酎を毎日コップ3杯くらい飲み,40歳を超えたころ,糖尿病を発症し,1年半ほどは飲酒を控えていたが,その後,飲酒を再開して,以前と同様に飲酒を繰り返すようになってからは,飲酒量も増え,焼酎をストレートで飲むようになり,飲酒後の酔いの回りも早くなって記憶が断片的になるなど,飲酒の悪影響が目立つようになっていた。
被告人は,平成14年3月9日,夕食後,休日ということもあり,焼酎を0.5から0.7リットルくらい飲み,翌10日午前10時ころ,起床した際,二日酔いの状態であったが,同日午前11時ころには,アルコールが身体から抜けた気分になり,再び焼酎を飲み始め,午後2時ころには,自宅にあった1.8リットル入りの紙パックに残っていた焼酎3分の1を全て飲み干し,その後,眠ってしまった。
被告人は,同日午後6時ころ,目が覚め,D組合の会合に出席するため,自宅を出たが,酒を飲みたくなり,昨日,1.8リットル入りの紙パック焼酎を購入し,自動車に置いていたことを思い出し,会合場所へは隣人が運転する自動車に同乗して行くことも多かったが,その日は,一人で行くことにし,少しぐらい飲んでも事故を起こさなければかまわないだろう等と考えて,自動車に乗り込み,前記紙パック焼酎の3分の1をラッパ飲みした。
そして,被告人は,同日午後6時30分ころ,自動車を運転し,前記会合場所である長野県東筑摩郡・・・所在のEに向い,会合に出席したが,そのころ,酒の酔いが回ったことにより,倦怠感を覚え,他者の会話も理解できない状況に陥った。
会合が終了し,被告人は,帰宅するため,自動車に乗り込み,これを発進させたが,アクセルを必要以上に踏みつけ,けたたましいエンジン音を響かせたり,隣接する畑内に,立てられた鉄製のポールを倒し,壊したりするなどの異常な運転をした。
被告人は,そのまま自車を運転して自宅に向かったが,途中酔いのため蛇行運転するような状態で進行し,左折するつもりでいた交差点を見落として通過した後,本件現場に至り,判示のとおり,酔いのため十分な注視も自車の十分な制御もできずに,自車をA及びBに衝突させて,次いで,自己の飲酒運転の発覚を恐れてそのまま現場から走り去って,本件各犯行に及んだ。
なお,被告人は,上記現場から自宅に向かう途中,酔いのために的確な運転ができずに民家の石垣に自車を衝突させる事故も引き起こしている。
2 本件は,上記のような経緯で,被告人が飲酒をし,アルコールの影響により正常な運転をすることが困難な状態に陥っていることを認識しながら,あえて運転を継続し,道路左側端を対面歩行していた被害者2名に自車を衝突させて跳ね飛ばし,1名を死亡させ,1名に傷害を負わせ,さらに,被害者らを救護するなどの必要な措置を講ぜず,かつ,最寄りの警察署の警察官に報告をせず,その場から逃走した,という危険運転致死傷及び道路交通法違反の事案である。
被告人は,本件の前日から飲酒を続けていたにもかかわらず,酒が飲みたいとの理由だけで,更に飲酒をし,自動車を運転して会合場所に向い,アルコールの影響により正常な運転をすることが困難であることを認識しながら運転を中止せず,会合場所から自宅に戻るため,自動車を運転し,途中判示第1の犯行に及んだものであり,犯行に至るまでの経緯に酌むべき事情は全くない。
犯行の態様も,被告人は,高濃度のアルコールの影響により,運転状況の記憶も断片的であり,前方を注視することができず,ハンドル操作等も正確にできない状況において,自車の運転を継続し,被害者らに自車を衝突させた上,うち1名を約9メートルも跳ね飛ばし,頭部打撲等の傷害を負わせ,うち1名を約19メートルも跳ね飛ばし,脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させており,このような事故の発生も必然ともいうべき危険な運転をしたことは強く非難されるべきであり,しかも,その後,飲酒運転の発覚を恐れるなどの理由で重傷を負った被害者らの救護を全くしないでそのままその場から逃走しているのであって,悪質かつ非人道的といえる。
本件により,一人の生命が奪われ,一人が負傷しているが,後者も命が助かったのは幸運ともいえるような状態で跳ね飛ばされたことによるものであり,長期間の治療を余儀なくされている。死亡した被害者は当時40歳の男性であり,平成12年2月,結婚し,平成13年9月,男子をもうけたものであって,その家族とともに家庭の幸せを築き上げようという矢先に,偶然,現場付近を歩行していたため,突然,死に追いやられたのであり,その無念の情がいかばかりかは想像に難くなく,誠に気の毒というほかない。被害者の遺族は,本件で深い悲しみと虚脱感を味わされ,妻が床に臥したというのも無理からぬところであって,その処罰感情が厳しいことも十分理解できる。加えて,重傷を負った被害者に与えた肉体的精神的苦痛も軽視できない上,後遺症も懸念されることを考慮すると,本件により生じた結果は重大かつ深刻である。
これに対し,本件では,被告人側から,被害者や遺族に対する十分な慰謝の方途が措られているとは到底いえない。
被告人は,自動車運転免許を取得して,30年以上経過しており,飲酒運転が法により禁止され,それが危険であることを一社会人として十分に認識していたはずであり,加えて,これまで,妻や母親から飲酒を控えるように言われ続けたにもかかわらず,飲酒を繰り返して,日常的に飲酒運転をしていたことがうかがわれるのであって,本件はこのような被告人の日常の行動が生み出したものといえる。
このように,本件の犯情は非常に悪く,本件犯行にあらわれた被告人の人命軽視,遵法意識の欠如した態度を考慮すると,被告人の刑事責任は重いといわなけばならない。
そして,危険運転致死傷罪が,飲酒運転などの悪質かつ危険な自動車の運転により人が死傷するという事態を重くみて,従前このような場合にも,過失犯として軽い処分で済ませていたことを改め,事案に即して故意犯に準じて重い処罰を加え,同時に危険かつ悪質な運転行為を予防するとの観点から新設されたものであることにかんがみると,本件につき厳しい態度で臨まなければならないといえる。このことは,被告人が居住している地域社会の飲酒に対する規制が緩やかであることにより,左右されるものではない。
他方,被告人は,捜査当初,本件につき曖昧な供述をしていたが,本件の重大性に思いをめぐらせるようになるや,事実をありのまま供述し,被害者及び遺族らに対して謝罪の意を表明して反省の態度を示していること,被告人は,本件により,37年間にわたり真面目に勤めていた会社から懲戒解雇処分を受けた上,本件が地元で犯されたこともあり,被害者らのみならず地元住民からも厳しい非難を受けていることは想像に難くなく,社会的制裁を少なからず受けていると認められること,被告人の妻が被害者Aに対し謝罪し,見舞金(5万円)を渡している上,被害者らの被った損害につき,本件加害車両に掛けられていた共済保険により,金銭的な賠償がなされることを期待しうること,被告人には前科がないことなど,被告人のために酌むことができる事情も認められる。
以上を総合考慮し,本件は同種事案に関する裁判例の蓄積が少ないところであるが,傷害致死の場合に準じた量刑として,被告人に対し主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑 懲役7年)
(裁判長裁判官 千徳輝夫 裁判官 梶智紀 裁判官 板野俊哉)