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長野地方裁判所松本支部 平成20年(ワ)370号 判決 2009年8月21日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

征矢芳友

同訴訟復代理人弁護士

黒田信

東京都中央区<以下省略>

被告

グローバル・スタッフ株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

工藤英知

同上

志摩美聡

同上

木下真由美

同上

高木侑子

同上

佐藤正章

主文

1  被告は,原告に対し,880万円及びこれに対する平成20年7月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを10分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。

4  この判決は,第1項,第3項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,968万円及びこれに対する平成20年7月11日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として968万円及びこれに対する不法行為の終了日である平成20年7月11日から支払済みに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1  前提となる事実(争いがないか証拠(括弧内に摘示)により容易に認められる。)

(1)  当事者

原告は,昭和11年○月○日生まれの女性で,●●●市内に居住している。

被告は,海外商品取引所に上場する商品の先物取引等を業とする株式会社である。

(2)  原油の先物取引

① 売買委託契約と委託保証金の預託

原告は,被告従業員B(以下「B」という。)から勧誘されて,平成20年6月16日,被告との間で,インターコンチネンタル先物取引所(所在地:ロンドン,以下「ICE」という。)の商品先物取引に関する売買委託契約(以下「本件売買委託契約」という。)を締結し,これに基づき,被告に対し,以下のⅰないしⅳのとおり,委託保証金合計800万円を預託した。

本件売買委託契約において定められた委託保証金額は,ICEにおける原油1枚当たり40万円であった(甲3)。

ⅰ 平成20年6月16日 1万円

ⅱ 同月24日 399万円

ⅲ 同年7月1日 200万円

ⅳ 同月2日 200万円

② 建玉

被告作成の売買報告書及び委託売買指示書によれば,原告は,以下のとおり,ICEにおける原油の各先物取引(以下「本件取引1」,「本件取引2」といい,合わせて「本件各取引」という。)を行ったとされている。

ⅰ 本件取引1

成立日 平成20年7月1日

限月 平成20年10月

成立値 142.67

新・仕 新規

買枚数 20枚

総約定代金 2,853,400ドル

ⅱ 本件取引2

成立日 平成20年7月9日

限月 平成20年10月

成立値 139.74

新・仕 新規

売枚数 20枚

総約定代金 2,794,800ドル

③ 手仕舞い

被告作成の委託者勘定元帳及び入出金履歴一覧によれば,平成20年7月11日,手仕舞いにより本件各取引の建玉を仕切った結果,以下の損益金が発生したとされている。

本件取引1について569万0652円

本件取引2について-1362万3858円

合計-793万3206円

(3)  勧誘及び本件売買委託契約等の経緯

前記(2)の具体的経緯(勧誘等における説明等の内容・程度,委託した取引の内容については,後記争点(1)記載のとおり争いがある。)は,次のとおりである。

① 平成20年6月16日

Bは,平成20年5月ころ,原告宅に数回電話をかけて勧誘したことをきっかけに,同年6月16日午後,原告宅を訪問し,原告に対し,「海外先物市場における先物取引委託の手引」や「取引対処方法」と題する書面を示すなどして先物取引の勧誘と説明をした。

その結果,原告は,当時保有していた投資信託を解約して原油10枚分の委託保証金(400万円)を準備して海外先物取引をすることとし,同日,売買取引委託契約書に署名・押印して本件売買委託契約を締結し,Bに対し,委託保証金の内金として1万円(前記(2)①ⅰ)を交付した。

なお,原告は,当時及び現在,証券会社3社に取引口座を有し,複数の投資信託等を保有している。

② 平成20年6月24日

その後,原告は,保有していた投資信託の一部の解約手続をした上,同月24日,Bの運転する車で銀行の支店に赴き,上記解約による金員400万円の払戻しを受け,その内現金399万円(前記(2)①ⅱ)を車内でBに交付した。その折りに,Bは,車内において,原告に対し,図面(甲10)を書きながら,先物取引に関する話をした。

原告は,Bと別れて自宅に戻った後しばらくして,被告に電話をかけ,応対した被告従業員C(以下「C」という。)から話を聞いて,さらに委託保証金として400万円を預託することとし,Cに対し,「全部で800万円でお願いします。」旨を告げた。そして,原告は,取引口座を有していた大和証券●●●支店に電話をかけ,当時保有していた投資信託(ダイワエコファンド)の解約手続を指示した。

③ 平成20年7月1日

上記投資信託(ダイワエコファンド)の解約手続完了が同年7月1日とのことであったため,Bは,同日,原告宅を訪れた。

原告は,Bの運転する車で大和証券●●●支店に赴いたところ,同支店担当者から,「手違いで200万円しか下ろせない。もう200万円は翌日になる。」旨告げられた。原告が,その旨をBに伝えたところ,Bは,電話をかけて上司に連絡をした上,原告に対し,今日中に400万円を入れてほしい旨依頼したものの,原告の手元にまとまった金員がなかったことから,Bは,原告から200万円(前記(2)①ⅲ)のみを受け取り,翌日,別の被告従業員が残金200万円を取りに来ることとなった。

④ 平成20年7月2日

原告は,同月2日,大和証券から入金された200万円を,原告宅に集金に来た被告従業員Dに現金で交付(前記(2)①ⅳ)し,引き換えに800万円の委託保証金の預り証を受領した。その際,Dは,原告に対し,「海外商品先物取引理解度アンケート」と題する書面を用いて説明し,原告は,同アンケート書面に署名した(乙6)。

⑤ 平成20年7月9日

原告は,同月9日午前,被告従業員Eから電話を受け,相場が下がって預託した800万円以上の損失が出ていることを告げられた。

⑥ 平成20年7月11日

原告は,消費者センターに相談に行ったところ,弁護士に相談することを勧められ,同月11日,原告代理人弁護士に相談した(甲17,原告本人)。そして,原告及び原告代理人弁護士は,同月11日,原告代理人事務所から被告に電話をかけ,取引を止めることを告げ,手仕舞いがされた。

(4)  商品取引所法等の規定(抜粋)

① 商品取引所法

「第二百十五条

商品取引員は,顧客の知識,経験,財産の状況及び受託契約を締結する目的に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,又は欠けることとなるおそれがないように,商品取引受託業務を営まなければならない。」

「第二百十八条

1  商品取引員は,受託契約を締結しようとする場合において,顧客が商品市場における取引に関する専門的知識及び経験を有する者として主務省令で定める者以外の者であるときは,主務省令で定めるところにより,あらかじめ,当該顧客に対し,前条第一項各号に掲げる事項について説明をしなければならない。

2  前項の説明は,顧客の知識,経験,財産の状況及び当該受託契約を締結しようとする目的に照らして,当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によるものでなければならない。」

② 商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン(経済産業省)

「3.適合性の原則に照らして不適当と認められる勧誘

(2) 原則として,不適当と認められる勧誘

次に掲げる勧誘は,適合性の原則に照らして,原則として不適当と認められる勧誘であると考えられる。

【原則として不適当と認められる勧誘の類型】

① 給与所得等の定期的所得以外の所得である年金,恩給,退職金,保険金等により生計をたてている者に対する勧誘

② 一定以上の収入を有しないものに対する勧誘

(注)「一定以上の収入」は,年間500万円以上を目安とする。」

③ 海外商品市場における先物取引の受託等に関する法律(以下「海外先物取引法」という。)

「第九条

海外商品取引業者が海外先物契約の締結又は顧客の売買指示について勧誘するときは,海外商品市場における相場の変動その他の海外商品市場における先物取引に関する事項並びに海外先物契約の内容及びその履行に関する事項であって,顧客の判断に影響を及ぼすこととなる重要なものとして政令で定めるものにつき,故意に事実を告げず,又は不実のことを告げる行為をしてはならない。」

「第十条

海外商品取引業者は,次に掲げる行為をしてはならない。

一 海外商品市場における先物取引に関し,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して,海外先物契約の締結又は顧客の売買指示について勧誘すること。

八 前各号に掲げるもののほか,海外先物契約に関する行為であって,顧客の保護に欠けるものとして経済産業省令で定めるもの」

④ 海外先物取引法施行規則

「第八条

法第十条第八号の経済産業省令で定める行為は,次のとおりとする。

一 海外先物契約の締結につき,その契約の締結をしない旨の意思(その契約の締結の勧誘を受けることを希望しない旨の意思を含む。)を表示した顧客に対し,勧誘すること。

六 海外商品市場における先物取引につき,顧客に対し,特定の商品の売付け又は買付けとこれらの取引と対当する取引(これらの取引から生じ得る損失を減少させる取引をいう。)の数量及び期限を同一にすることを勧めること。」

⑤ 海外先物取引法施行令

「第四条

法第九条の政令で定める事項は,次のとおりとする。

一 海外商品市場における相場の変動

二 保証金の価額及びその算定方法」

2  争点

(原告の主張)

(1) 不法行為

① 架空取引又は私的差金決済取引

本件各取引は,市場であるICEにおいて現実に発注・決済がされていないから,海外先物取引を装った架空取引,又はICEにおける原油の取引価格の変動を利用した原告と被告との間の私的差金決済取引である。このような私的差金決済取引は,相場の変動という偶然の事情によって財物の得喪を決するものであり,賭博に当たり,公序良俗に反し違法である。

したがって,被告は,Bを通じ,原告に対し,市場に取引を発注するものと装い,その旨誤信した原告から委託保証金名下に800万円の金員を詐取した,又は,その旨誤信した原告をして被告との間で違法な私的差金決済取引を行わせて損害を与えた。

② 違法取引

仮に,本件各取引がICEにおいて現実に発注され決済されたとしても,被告従業員らには,本件各取引の勧誘から終結に至るまでに,以下のとおりの行為があり,これら一連の行為は,社会通念上許容される限度を超えるものとして全体として不法行為に該当するから,被告は,使用者責任を負う。

ⅰ 適合性原則違反

海外先物取引の勧誘の場合は,国内公設市場の先物取引の勧誘の場合(商品取引所法215条,商品先物取引の委託者保護に関するガイドライン3.(2)参照)に比べてより厳格な適合性の原則が要求される。

原告は,本件各取引の勧誘を受けた当時,72歳と高齢であり,中学卒業後は先物取引と無関係な会社に勤務し,退職後は夫と二人でわずかなパート収入と年金で生活する者であり,海外先物取引の適合性がなかった。原告が証券会社との取引で保有している商品は,いずれも投資信託,公社債であり,原告は,商品の値動きを見て取引していたものではなく,証券会社の担当者の勧めに従って投資していたに過ぎない。

被告従業員は,かかる原告に対し,海外先物取引を勧誘した。

ⅱ 契約の締結をしない意思を表示した顧客に対する勧誘

Bは,平成20年5月ころ原告宅に電話した際(前記前提となる事実(3)①),原告が「興味がない。」と言って断ったにもかかわらず,海外先物取引を勧誘したものであり,その行為は,海外先物取引法10条8号,同法施行規則8条1号に違反する。

ⅲ 断定的判断の提供

Bは,平成20年5月ころ,原告と電話で会話した際,又は,同年6月16日に原告と本件売買委託契約を締結する際(前記前提となる事実(3)①),原告から「投資信託で損をした分を取り戻せるか。」と尋ねられて,「大丈夫,大丈夫,短期間で取り戻せます。」と断言するなど,あたかも被告を通じて海外先物取引をすれば投資信託での損を取り戻せるだけの利益が生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供したものであり,その行為は,海外先物取引法10条1号に違反する。

ⅳ 不実の告知

Bは,平成20年6月16日午後,原告宅を訪れて先物取引の勧誘と説明を行った際(前記前提となる事実(3)①),原告に対し,「石油は高騰している。投資信託で損をした分は短期間で取り戻せる。」と言い,あたかも石油の先物取引をすれば投資信託での損を短期間で取り戻せるかのような説明をし,相場が変動して損をする可能性があることを故意に告げず,また,原告が預託した保証金がどのような方法で決済されているのかといった契約の内容及びICEにおいて相場はいかなる要因で変動するのかといった海外市場における相場の変動に関する事項について故意に告げなかったものであり,その行為は,海外先物取引法9条,同法施行令4条1号,2号に違反する。

ⅴ 説明義務違反

海外先物取引法には契約締結前及び契約締結に際しての説明義務について明文の規定はないものの,国内公設市場における先物取引の場合の説明義務を規定する商品取引所法218条1項,2項に照らし,海外先物取引の勧誘の場合には,国内公設市場における先物取引の勧誘の場合に比べ,信義則上,海外先物取引の仕組み,リスク等についてより高度な説明義務が課され,顧客に理解されるために必要な方法及び程度による説明が要求されるところ,Bは,原告に対し,本件売買委託契約締結に際し(前記前提となる事実(3)①),早口で専門用語を用いて説明するのみで,その説明は原告が海外先物取引の仕組みやリスク等について理解できるものではなく,海外先物取引委託契約において必要な説明義務を果たしたものといえず,違法である。

ⅵ 両建ての勧誘

B及びCは,平成20年6月24日(前記前提となる事実(3)②),原告に対し,「両建てをして値動きを見て良いときに段々に切り売りしていけば,短期間でどんどんもうかる。」などと言って両建てを勧誘し,その行為は,海外先物取引法10条8号,同法施行規則8条6号に違反する。

ⅶ 無断売買

原告は,平成20年6月24日(前記前提となる事実(3)②),B及びCから両建ての勧誘を受けて,両建てをするつもりで,被告に対し,当初の委託証拠金400万円に加えてさらに400万円の委託証拠金を預託することを決意し,同年7月1日(同(3)③),これを預託(同日までに実際に預託されたのは600万円)したものであり,本件取引1(買いのみ20枚の建玉)を指示したことはない。

また,原告は,同月9日(同(3)⑤),電話でEから「今取引を止めれば800万円は戻らないし,さらに250万円払わなければならない。そんなことはしたくないでしょう。もう800万円入れてください。そうすれば損は取り戻せる。」などと言われたが,「考える。」旨伝えて電話を切っており,本件取引2を指示していない。

したがって,本件各取引は,いずれも原告の指示によらず被告が無断でしたものであり違法である。

ⅷ 無敷,薄敷

委託保証金の預託がないまま,又は委託保証金の預託額が不足したまま行われる取引は,委託者を先物取引に引き込み,又は顧客が逃げないようにするための引き留め工作に過ぎず,無敷,薄敷は,市場における公正な取引に参加する資格のない者が参加することを意味し,これを排除すべきであるから,無敷,薄敷による委託契約は,少なくともその建玉については無効,違法というべきであるところ,本件取引1は200万円の委託保証金が不足する状況でされ(薄敷),本件取引2は,800万円の委託保証金全額が不足する状況でされたもの(無敷)であるから,違法である。

ⅸ 仕切り拒否

被告担当者は,平成20年7月11日,原告が電話で取引を止めることを告げた際(前記前提となる事実(3)⑥),執拗に取引を継続することを勧め,原告と電話を替わった原告代理人弁護士が手仕舞いを告げることによってようやく原告は取引を終了させることができたものであり,その被告担当者の行為は,原告の指示に従わず仕切り拒否をしたものであり,違法である。

(2) 損害 合計968万円

① 委託保証金800万円

原告は,上記不法行為により委託保証金として預託した800万円を失い,同額の損害を被った。

② 慰謝料80万円

原告は,上記不法行為により老後資金である多額の金員を失い,これにより甚大な精神的苦痛を被った。その苦痛に対する慰謝料は,前記①の1割に相当する80万円を下らない。

③ 弁護士費用88万円

本件は,弁護士に委任せずして損害を回復することはできず,原告は,本件訴訟の追行を原告訴訟代理人弁護士に委任し,その費用は,前記①及び②の合計額の1割に相当する88万円を下らない。

(3) 過失相殺(被告の主張(3))について

上記不法行為は,故意の不法行為であり,違法性は重大であるから,損害の公平な分担を趣旨とする過失相殺をすることは許されない。

(被告の主張)

(1) 不法行為について

① 架空取引又は私的差金決済取引について

否認する。

被告は,原告の売買委託を,T・I・T・C株式会社(以下「T社」という。)に取り次いでおり,T社がその取引先でありICEの会員であるMF Global UK Ltd.(以下「MF社」という。)に取り次ぐという流れで,原告の売買委託はICEに取り次がれている。

また,仮に原告の売買委託がICEに取り次がれていなかったとしても,原告が利益を得ても損失を被っても被告は単に手数料を取得するという関係にしかないから,賭博には当たらない。

② 違法取引について

ⅰ 適合性原則違反について

原告は,証券会社を利用した投資経験が20年程度あり,本件各取引当時も,3社の証券会社と取引があり,国内・海外を問わず多種・多数の金融商品を保有していた。その投資金額も3000万円程度と多額であり,加えて,保有の金融商品について損失を被ったこともあるため投資リスクも十分に理解していた。そして,原告は,当時保有していた金融商品で被った大きな損失を短期間に取り戻したいと考え,そのためにはハイリスクハイリターンの商品への投資が必要であることを理解した上で,本件各取引をしたものである。

したがって,適合性原則違反はない。

ⅱ 契約の締結をしない意思を表示した顧客に対する勧誘について

否認する。

ⅲ 断定的判断の提供について

否認する。

ⅳ 不実の告知

否認する。

ⅴ 説明義務違反

本件各取引は,原油価格の上がり下がりを予測する極めて単純な取引であり,説明義務違反の有無の判断には,この点が十分に考慮されなければならない。

Bら被告従業員は,原告の勧誘に際し,リターンのみならず,予測が外れて損失を被るリスクについても,書面を用いて丁寧に十分に説明した。

ⅵ 両建ての勧誘について

否認する。

Bは,平成20年6月24日(前記前提となる事実(3)②),原告に対し,相場が予測と異なった方向に動いた場合に両建てという方法もある旨説明したに過ぎず,両建ての勧誘をしていない。

Cは,同日(同(3)②),原告から電話を受けた際,両建ての話をしたことはなく,両建ての勧誘をしていない。

ⅶ 無断売買について

否認する。

本件取引1について,被告は,原告から800万円の委託保証金分の原油を買建てする旨の指示を受けた。

本件取引2について,被告従業員Eは,平成20年7月9日の電話の際(前記前提となる事実(3)⑤),原告に対し,損失が生じていることの対応策として,仕切り,追証及び両建てについて説明したところ,原告から両建ての指示を受けた。

ⅷ 無敷,薄敷について

否認する。

ⅸ 仕切り拒否について

否認する。

(2) 損害について

争う。

(3) 過失相殺

仮に,適合性原則違反等が認められるとしても,前記(1)記載の被告が主張する事情に加え,投資内容を把握しようとせず勧められるままに投資をするという原告の投資姿勢によれば,大幅な過失相殺がされるべきである。

第3当裁判所の判断

1  不法行為(架空取引又は私的差金決済取引)について

(1)  本件売買委託契約の契約書(甲3)の第3条には,「委託者は売買取引をするにあたって,担保として委託保証金を受託者の指定する銀行口座に送金または,受託者の本・支店,営業所に持参して預託しなければならない。」との記載があり,また,被告が原告に交付した「海外商品市場における先物取引委託の手引」(甲8)にも,「基本保証金」の説明として「基本保証金は,基本的な担保となる保証金で,売買取引を開始する前に委託者が受託者に預託するものです。」との記載がある。すなわち,委託保証金は,委託者のする売買取引の担保となるものであり,通常,先物取引業者において,顧客から委託保証金の預託を受けないまま売買委託の取次を実行することは考えられない。

(2)  しかるに,前記前提となる事実(2),(3)によれば,本件取引1がされたという平成20年7月1日において,原油20枚の売買取引委託の際に必要な約定の委託保証金800万円うち200万円の預託がされておらず,また,本件取引2がされたという同月9日において,同様に必要な約定の委託保証金800万円の全額の預託がされていない。すなわち,委託保証金の一部又は全額の預託がないにもかかわらず本件各取引の取次がされたことになるところ,被告がそのような取次をしなければならなかった理由は何ら見出せない。このことは,被告が原告の売買委託を受けるについて委託保証金の預託の有無を全く意に介していなかったことを示すものであって,極めて不自然であり,したがって,被告が本件各取引を実際にはICEに(T社を通じて)取り次いでおらず,また当初から取り次ぐことを予定もしていなかったことを強く推認させるものである。

(3)  証拠(乙7ないし9)によれば,被告とT社との間の売買取引委託契約書(被告がT社にICE等への売買委託をするについての委託保証金,委託手数料等を定めるもの)や,T社から被告に宛てた請求書(月間の委託手数料の総額を請求するもの)が存在する。また,被告は,本件各取引及びその手仕舞いをT社に取り次いだ際の注文書として乙10の1ないし10の4を提出する。

しかしながら,上記契約書や請求書によっては,本件各取引を含む個別の委託売買について被告からT社への取次の有無は何ら明らかでなく,そのような取次があったのであれば当然作成されるべき,T社による受託及びT社からMF社及びICEへの取次を証し,又はこれを被告とT社との間で報告確認する書面その他の記録は,容易に提出可能と考えられるにもかかわらず,証拠として提出されていない。

また,上記注文書の一つ(乙10の1)には,本件取引1にかかる限月,買枚数,成立値等の数字の記入と共に担当印として「B」との署名があるところ,証人Bの供述によれば,注文書を作成するのは売買の発注を担当する被告従業員であり,上記注文書はB以外の者が作成して「B」の署名をしたというのであり,そうであるとすると,記載上作成者が不明である上記注文書に基づいてT社への取次がされていくことになり,そのような手続は不自然さを否めない。その他の上記注文書(乙10の2ないし10の4)の担当者印欄には,それぞれ「E」,「F」との署名があるが,その者らによって作成された各注文書が被告内部で,また被告からT社に対しどのような手続で取り次がれていくのかは証拠上不明である。

したがって,上記被告提出の各証拠によっても,本件各取引の取次がされた事実を推認することは困難であるし,その事実がないとの推認(前記(2))を覆すにも足りない。

(4)  以上の検討によれば,本件各取引は,被告においてT社,MF社を介してICEへ取次をしたものではない認められる。そうすると,被告は,ICEに取次をしていないにもかかわらず,取次をしたかのように装って,原告との間で本件各取引の内容で差額を決済する取引をしたものであり,その取引は,ICEにおける原油の先物の値動きを利用した相対の私的な差金決済取引であって,当事者双方において確実に予見し得ない事象によって金員の得喪を争うものであるから,賭博に当たり,公序良俗に反する。

したがって,被告が被告従業員を介して原告を勧誘してした本件各取引の内容の差金決済取引は,違法であり,被告の不法行為となる。

2  損害及び過失相殺について

(1)  委託保証金相当額について

前記前提となる事実(2)及び前記1で判示したところによると,原告は,被告の不法行為により委託保証金名目で預託した800万円を失っており,同額の損害を被っていると認められる。

(2)  慰謝料について

原告は,被告の上記不法行為により精神的苦痛を被っているとしても,その苦痛は,前記前提となる事実(3)によれば,資産の一部である投資信託を解約して預託した委託保証金相当額を失ったという経済的損失にかかるものと認められ,本件訴訟において同額について損害賠償請求権が認められることによって慰謝される性質のものというべきであるから,慰謝料についてはこれを損害と認めない。

(3)  過失相殺について

前記1で判示したところによると,被告の上記不法行為は,故意の不法行為であり,その違法性の程度は大きく,また,本件各取引に関わった原告においてその違法性を認識したことはなく,また,認識するべきであったとの事情もないから,過失相殺をすべき事情はない。

(4)  弁護士費用について

原告が原告訴訟代理人弁護士に対し本件訴訟追行を委任していることは当裁判所に顕著であるところ,本件事案の性質,審理経過,認容額ほか一切の事情を考慮すると,弁護士費用のうち80万円の範囲で被告の不法行為と相当因果関係ある損害と認める。

第4結論

よって,原告の請求は,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として880万円及びこれに対する不法行為の終了日である平成20年7月11日から支払済みに至るまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度でこれを認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 日比野幹)

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