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長野地方裁判所松本支部 平成20年(ワ)43号 判決 2009年4月22日

住所<省略>

原告

同訴訟代理人弁護士

征矢芳友

東京都渋谷区<以下省略>

被告

第一商品株式会社

同代表者代表取締役

同訴訟代理人弁護士

竹内清

竹内淳

主文

1  被告は,原告に対し,427万4080円及びこれに対する平成18年5月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,これを4分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

4  この判決は,原告勝訴の部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

被告は,原告に対し,1476万3067円及びこれに対する平成18年5月25日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要等

本件は,平成18年5月11日から同月25日まで,被告との間で金の商品先物取引(以下「本件取引」という。)をした原告が,被告の従業員らの原告に対する一連の行為は,勧誘段階において不当勧誘規則違反,適合性の原則違反,説明義務違反等の,取引継続段階において新規委託者保護義務違反等の,取引終了段階において仕切り拒否の違法があり,これらの行為は被告の業務遂行として行われたものであるから,被告は民法715条前段の使用者責任を負うなどと主張して,被告に対し,不法行為に基づく損害賠償金1476万3067円及びこれに対する継続的不法行為の最終日である平成18年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたという事案である。

1  前提となる事実(証拠を掲げない事実は,争いのない又は明らかに争わない事実である。)

(1)  当事者

原告(昭和25年○月○日生)は,地元の工業高校卒業後,昭和50年ころから勤務していた●●●株式会社を退職し,本件取引当時は自宅において,●●●関係のコンサルタント業を営んでいた。原告には,本件取引開始前に商品先物取引の経験はなかった(甲2)。

被告は,商品取引所法の適用を受ける商品取引所の市場における上場商品の売買取引の受託及び媒介,取次,代理等を業とする会社であり,東京工業品取引所等の商品取引員である。本件取引当時,B(以下,「B」という。),C(以下,「C」という。)及びD(以下,「D」という。)は,いずれも被告の従業員であり,六本木支店に所属していた(C及びDは外務員,Dは六本木支店長,甲8の1ないし3)。

(2)  取引の勧誘

ア 原告は,平成18年3月か4月ころ,退職金を元手に資産運用をしようと考え,インターネットで資産運用に関するサイトを検索していたところ,金地金販売について宣伝している被告の存在を知り,被告に対して,資産運営に関する資料請求を行った(3月か4月かについては争いがある。)。

イ 同年5月9日,原告とB及びCとが,●●●市内の道の駅付近の喫茶店で会い,Cが原告に対し,「商品先物取引委託ガイド」等の資料を示しながら,金相場の状況,見通しなどを説明した。

ウ 同月10日,原告は,被告との間で商品先物取引の委託をする旨の受託契約(以下「本件受託契約」という。)を締結し,原告はBに270万円を預託した。

(3)  本件取引経過

ア 原告は,本件受託契約に基づき,被告をして,別紙取引一覧表記載のとおり,東京工業品取引所において,同表「約定年月日欄」記載の日に,「取引所名上場商品名」欄記載の商品について,「数量」欄記載の数量を売買する旨の本件取引を行った。

イ 原告は,本件取引中,別紙売買損益状況表のとおり,本件取引により,売買差金に加え,さらに手数料及び消費税を損金に加えた結果,合計1220万1067円の差引損益金が発生した。

2  争点

(1)  被告の従業員らがなした本件取引の開始から終了に至るまでの一連の行為は,一体として不法行為となるか。

(2)  原告の損害額

3  争点に対する当事者の主張

(1)  被告の従業員らの不法行為の成否(争点(1))

(原告の主張)

被告の従業員らは,本件取引において,以下のとおりの各違法行為を繰り返したもので,これらは一連のものとして本件取引全体が不法行為を構成する。

ア 取引勧誘段階の違法

(ア) 不当勧誘規制違反

a 商品取引所法(以下「法」という。)214条5号は「商品市場における取引等につき,その委託を行わない旨の意思(その委託の勧誘を受けることを希望しない旨の意思を含む。)を表示した顧客に対し,その委託を勧誘すること。」を禁止している(不当勧誘規則違反)。また,商品先物取引の委託者保護に関するガイドライン(以下「ガイドライン」という。)B2は,「顧客が委託を行わない旨または勧誘を受けることを希望しない旨の意思表示には,商品先物取引に関し『いりません。』『関心がありません。』などと表明することが考えられる。顧客からこのような意思表示が明確になされたにもかかわらず,その内容に反して,当該顧客に対して継続して勧誘すること,又は,その後改めて電話をかけてあるいは顧客を訪問して勧誘を行うことは禁止される。」と規定している。

b 平成18年3月ころ,被告から原告に資料が送付された後,Bから電話があり,先物取引の話が出たが,原告は「興味がない」と明確に勧誘を断った。その後,Bから数回電話があったが,原告はその都度勧誘を断り,同年4月下旬ころには,Bから「●●●の近くまで来ているので,会ってお話しませんか。」などと言われたが,原告は再度明確に断った。

このように,原告が再三勧誘を断り,勧誘を受けることを希望しない意思表示が明確になされたにもかかわらず,被告の従業員らは,原告に対し,勧誘を継続した違法がある。

c なお,Dは,同年5月25日に本件取引が終了したにもかかわらず,同年6月15日に,「チャンスが来たように思う。売買額が急に増えている。相場が転換するので,ここが仕掛けどころです。」などと言って原告に対して取引を勧誘し,8月上旬にも,異動の挨拶の電話の際に,「今がチャンスと思う時が来たのでもう一度どうですか。」と言って取引を勧め,7月ころと10月ころの2回ほど電話で「そろそろどうか?」と原告に対して取引の再開を求めたが,原告はこれを断った。このように取引終了後であるにもかかわらず,取引の再開を勧める行為も法214条5号及びガイドラインB2に違反する違法行為な行為というべきであり,かかる違法な行為は,それ自体が直ちに不法行為法上の違法性を帯びるというよりも,勧誘から終局的な手仕舞いに至る一連の過程を全体的に考察して被告の一連の行為が当該法令諸規定に違反しているかどうかを判断するうえでの基礎となる。

(イ) 説明義務違反

a 法217条及び法218条は,商品取引員は,受託契約を締結しようとする場合において,顧客が商品市場における取引に関する専門的知識及び経験を有する者として主務省令で定める者以外の者であるときは,主務省令で定めるところにより,当該顧客に対する事前の書面交付義務及び説明義務を定めている。そして,その説明義務の具体的内容について,ガイドラインC2は詳細に規定する。このように,法及びガイドラインが,説明義務について,詳細な規定を設けている趣旨からすれば,商品取引員には,先物取引の仕組み,投機性,危険性について,顧客が理解できるまで十分に説明をする義務があり,顧客が理解していないのであれば,説明義務を果たしたことにはならないというべきである。

b B及びCは,原告に対し,金の価格チャート等の資料を示しながら,「金相場が上昇している。米国においては800ドル,日本においては1グラムが3000円になる日も近いと予想されている。今が買い時なので,大きく儲けていただきたい。あなたには1億円儲けてほしい。」「金の取引に参加するなら今はチャンスである。」「取引初心者は『育成者』として,会社で管理し,慣れるまで育成するので,小さな損はあるかもしれないが,大きく損をする前にストップをかけるから大丈夫だ。」などと述べたのみで,先物取引の仕組み,投機性,危険性について原告が理解できるまで十分に説明しなかった。また,Bらは,ガイドラインC2で規定されている,具体例を用いての説明,証拠金(取引臨時増証拠金,取引定時増証拠金)の説明,不当な勧誘等の禁止の説明などについて,ガイドラインが要求するとおりの説明をしなかった。

このように,被告の従業員らには,説明義務を果たしていない違法がある。

(ウ) 断定的判断の提供

a 商品取引所法214条1号は,商品市場における取引等につき,顧客に対し,不確実な事項について断定的判断を提供し,又は確実であると誤認させるおそれのあることを告げてその委託を勧誘することの禁止を規定している。

b 上記(イ)における,B及びCらの「今がチャンス」「1億円儲けてほしい」などの発言は,断定的判断の提供にあたる。

このように,被告の従業員らは,断定的判断を提供した違法がある。

(エ) 適合性の原則違反

a① 法215条は,「商品取引員は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,又はかけることとなるおそれがないように,商品取引受託業務を営まなければならない。」と規定している(適合性の原則)。

② 原告は,本件取引開始以前には,会社の持株会による株式を所持していただけで,一切の金融取引の経験も知識もなかった。また,原告は,金の現物保有による資産運用を考えていたのであり,商品先物取引に対しては何らの関心もなく,商品先物相場のリアルタイムの情報もCら外務員に頼るしかなかった。

このような顧客である原告に対し,商品先物取引の新規委託を勧誘する行為は,適合性の原則に反して違法である。

b① ガイドラインA4は「顧客の適合性については,外務員による一連の勧誘過程における確認に加え,最終的に社内の管理部門において確認することが求められ,勧誘過程において顧客が適合性を有しないことが判明した場合には,直ちに勧誘を中止しなければならない。」と規定している。

② 被告の審査部は,本件取引口座開設申込書に記載された投資可能金額2000万円を安易に信用し,実質的な適合性の審査を全く行っていない。

このような被告の行為は,社内審査手続等を要求したガイドラインの趣旨に反し,適合性の原則に反して違法である。

(オ) 新規委託者保護義務違反

a ガイドラインA5は,「過去一定期間以上(直近の3年以内に延べ90日間以上を目安とする)にわたり商品先物取引の経験がない者に対し,受託契約締結後の一定の期間(最初の取引を行う日から最低3か月を経過する日までの期間を目安とする)において商品先物取引の経験がない者にふさわしい一定取引量(建玉時に預託する取引証拠金等の額が顧客が申告した投資可能金額の1/3となる水準を目安とする)を超える取引の勧誘を行う場合には,適合性原則に照らして,原則として不適当と認められる勧誘となると考えられる。」「当該機関において,上記の商品先物取引の経験がない顧客に対し投資可能金額の引き上げを勧めることも,適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘になると考えられる。」「ただし,顧客本人が上記の一定取引量を超える取引を希望する場合にあって,商品先物取引に習熟していると認められる場合に限り,当該期間における当該一定取引量を超える取引に係る勧誘は,直ちに適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘にはならないと考えられる。」旨規定している(新規委託者保護義務)。

商品取引員が委託者に対して誠実公正義務を負うこと(商品取引所法213条)等に鑑みれば,商品先物取引員は商品先物取引を開始して間もない顧客に対し,過大な数量の取引を勧誘したり受託したりせず,ガイドラインや会社の受託業務管理規則を誠実に遵守して取引を行うとともに,新規委託者が経験不足から不測の損害を被ることのないよう,適宜に取引に関する重要な事項を伝達し,委託者の立場に立った適切な助言を与えるべき信義則上の義務がある。よって,商品取引員ないしその外務員がこれに違反する行為を行ったときは,外務員の行為は,顧客に対する不法行為になるとともに,商品取引員は不法行為(民法715条)又は債務不履行責任を負う。

ガイドラインA2は,「注1」で,「『投資可能資金額』とは,顧客が,商品先物取引の担保として預託する取引証拠金額等の性質を十分に理解した上で,損失を被っても生活に支障のない範囲で取引証拠金等として差入れ可能な資産総額をいう。なお,顧客に投資可能資金額の申告を求める際は,その意味を顧客が理解できるよう,分かりやすく説明することが求められる。」と規定している。

したがって,新規委託者保護の基準となる「顧客が申告した投資可能資金額」とは,書面上の申告額ではなく,顧客が取引証拠金等(追証拠金額を含む)の性質を十分に理解した上で,損失を被っても生活に支障のない範囲で取引証拠金等として顧客が差入れ可能な資産総額として,商品取引員の外務員に申告した額を指すものというべきである。

b 本件において,原告は,被告から本件先物取引の勧誘を受けた当時,流動資産として現金・預貯金2000万円弱,有価証券等約500万円(会社の持株会により取得した株式の時価相当額)を有していた。

しかし,原告は,平成18年5月9日,B及びCと面会した際,同人らに対し,投資可能資金額は会社の持株会により取得した株式の時価である500万円と伝えていた。また,原告は,2400万円程度の退職金を,子供たちの学費の借金の返済,自宅のリフォーム代等にあてることも考えており,さらに,当時行っていた●●●関係のコンサルタント業も,月10万円程度の収入の見込みしかなかった。したがって,原告が商品先物取引に充てるため,保有していた株式の時価相当額であると考えていた500万円を超えて,現金・預貯金に手を付ければ,仮に損失となったときに原告の生活に支障が生じることは明らかであって,投資可能資金額は客観的にも500万円が限度であった。

そうすると,本件取引における,新規委託者保護義務の基準となる原告が申告した投資可能資金額は500万円というべきであるから,500万円の1/3である166万円を超える取引の勧誘を行う場合には,適合性原則に照らして原則として不適当と認められる勧誘となる。

しかし,B及びCらは,原告が最初の先物取引を開始するより前の平成18年5月10日から,166万円を超える270万円を預託させ,取引開始ころの同月12日には540万円を預託させ,最終的には投資可能資金額の2.7倍にあたる1367万5000円を預託させた。

このようなB及びCらの取引勧誘行為は,新規委託者保護義務に反し,違法である。

イ 取引継続段階での違法

(ア) 平成18年5月11日の追加建玉の勧誘(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

a 原告は,平成18年5月10日,Bを通じて被告に証拠金270万円を預託し,同月11日に金30枚を新規買建玉したが,その日のうちに,Cが,原告に対し,さらに金をもう30枚建玉するよう勧誘したことから,原告は同日,証拠金270万円をさらに追加し(入金は翌12日),同月12日,金30枚を新規買建玉した。

b 原告は先物取引未経験者であり,さらに原告の投資可能資金額は500万であるところ,Cもこれらを認識していたから,そのような原告にさらに金30枚の購入を勧誘し,証拠金を270万円上乗せしたCの行為は,適合性の原則,新規委託者保護義務に反し,違法である。

(イ) 平成18年5月16日の追証拠金,難平買いの勧誘(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

a 金の相場が暴落した平成18年5月16日,Bは,原告から暴落に対する対処法を尋ねられ,価格が上がるのを待つため追証拠金315万円を入金する方法があることを伝えた。さらにB及びCは,原告に対し,対処法として難平買い(買って価格が下がった場合,さらに買い増すことを「難平買い」,売って価格が上がった時に売り増すことを「難平売り」といい,買う場合は平均買値を下げ,売る場合は平均売値を下げる。これによって,流れが変わった場合に利益を上げようとする手法である。)という方法を示したり,「シミュレーション」(甲38)をファックス送信するなどした。原告は,それらB及びCの情報をもとに,追証拠金315万円及び難平買いの分として360万円の合計675万円を被告に入金した。

しかし,原告が商品先物取引を開始したのは,同月11日であり,しかも原告は,相場の暴落など全く経験のない商品先物取引の初心者であるから,そのような原告が,B及びCから情報を与えられ,選択肢を示されたからといって適切な判断ができるはずはなく,損切りも選択できるはずはなく,難平も理解した上でそのような方法を選択することはできなかった。そもそも,難平買いは相場が下落を続けた場合には,さらに損が拡大する危険がある方法であるから,商品先物取引の初心者に示すべき選択肢ではない。

b このようなB及びCの行為は,商品先物取引の経験がない原告に対し,実質的には投資可能金額の引き上げを勧めたものであるから,適合性の原則違反及び新規委託者保護義務違反の勧誘を行ったもので,違法である。

(ウ) 虚偽の申出書の作成(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

原告は既に被告に540万円を入金していたところ,上記(イ)aのとおりさらに315万円を入金すると,入金額が合計855万円となり投資可能金額の3分の1(2000万円の3分の1である666万円)を超えてしまうことから,B及びCは,原告に対し,315万円を入金するには申告した現在の資産額では金額が足りないなどと言って投資可能金額を増額するための申出書の作成を促し,申出書のひな形やシミュレーションをファックス送信し,投資可能金額を3800万円にするように勧めるなど記載内容についても指示した。

しかし,B及びCは,平成18年5月9日に,原告と面会し,原告の資産状況等を把握していたから,原告の流動資産及び投資可能金額が3800万円に増えることはあり得ないことを十分承知していた。B及びCは,増額された投資可能金額を裏付ける流動資産があるかどうかを確認すべきであるし,新規委託者の育成期間の証拠金の規制を免れるための方便であることを疑うべきであった。ところが,B及びCは,そうしていない。

このようなB及びCの行為は,原告から,追証拠金及び難平買いのための合計675万円を入金させるために,虚偽の内容の申出書を作成させたか,あるいは,少なくとも,虚偽の内容の申出書であることを知りながら,証拠金を入金させるために異議を述べなかったものであり,ガイドラインの趣旨に反し,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反して,違法である。

(エ) 杜撰な審査手続(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

平成18年5月16日午後2時45分ころ,被告審査部のE課長(以下「E」という。)が,原告に対し,申出書の内容について確認しているが,Eは,投資可能金額の変更の事実について簡単に確認しただけで申出書の流動資産の内訳について一切確認しておらず,預金通帳,株券等金額の裏付け資料の提示を求めていない。

また,Eは,同月9日に,原告に対し,口座開設申込書の記載内容について確認していたから,原告の流動資産及び投資可能金額がわずか7日間で1800万円も増加することはあり得ないことを十分承知していた。Eは,投資可能金額を裏付ける流動資産があるかどうかを確認すべきであるし,育成期間の証拠金の規制を免れるための方便であることを疑うべきであった。ところが,そうしていない。また,Eは,流動資産の合計額3600万円が,投資可能金額の3800万円と一致していないことについてすら全く不問にしている。

このような被告の社内審査手続は,極めて杜撰であり,社内審査手続等を要求したガイドラインの趣旨に反し,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反し,違法である。

(オ) 不当な難平買いの勧誘(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

平成18年5月17日,Bは,原告に対し,40枚くらい難平すれば,今の値段より下がるから,追証拠のリスクが小さくなるなどの説明をして,執拗に難平をするように勧誘した。原告は,難平をすれば金価格下落時の追証拠金を回避できるかと考え,40枚の新規建玉のために預託金360万円を被告に入金した。しかし,同月18日,金価格が暴落したままで終了したことから,追証拠金が発生し,原告は,被告に対し,結果的に追証拠金336万円を,難平買いのために入金した360万円の中から支払うことになった。Bが,原告に対し,難平を勧誘しなければ,原告は,360万円を被告に送金せず,その時点で追証拠金を入金することなく損切りするという選択肢も与えられていたはずである。

同月19日,Cは,原告に対し,金価格が上昇し,追証拠金のリスクが解除されたため金を購入できるようになったと説明し,原告は金20枚を1g2494円(1枚は1kg)で新規買建玉した。しかし,同月19日にCの勧誘によって行った難平買いは,結局奏功せず,原告の損を拡大させる要因となった。

原告は,商品先物取引の初心者であるから,「難平」を理解した上で,そのような方法を選択することは不可能であったし,前記のとおり,そもそも難平買いは商品先物取引の初心者に示すべき選択肢ではなかった。

このようなB及びCによる難平買いの勧誘は,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反し,違法である。

(カ) 平成18年5月23日の追証拠金の勧誘(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

金相場がストップ安になった平成18年5月22日朝,Cは,原告に対し,金が暴落しており再度追証拠金が発生する旨の連絡をし,同月23日,追証拠金50万円が発生し,金価格が更に下がっている旨の連絡をした。これを受けて全部の仕切りを依頼した原告に対し,Cは,そろそろ上昇に反転するころかもしれないので,もう少し我慢しませんかなどと説明したことから,原告は合計60枚を売って20枚を残した。その後,もうやめたいなどと言った原告に対し,●●●まで来たDが,もうちょっと我慢して20枚くらい残してくださいなどと言った。

原告は,22日の時点で,商品先物取引を開始してからわずか12日目の初心者であるから,適切な判断はできなかった。

このようなC及びDの行為は,商品先物取引の初心者であり,適切な判断ができず,しかも仕切りを依頼した原告に対し,投資可能金額を超えて追証拠金の入金の勧誘をしたものであるから,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反し,違法である。

(キ) 平成18年5月24日の追証拠金の勧誘(適合性の原則違反,新規委託者保護義務違反)

平成18年5月24日,残していた20枚の買建玉について,相場が下がったため102万5000円の追証拠金が発生し,これを受けて原告はCに対し全部の仕切りを依頼したが,Cは,原告に対し,もう少し我慢すれば値段は上昇するなどと述べ,投資可能資金額を超過するが自己の責任と判断で追証拠金を入金する旨の申出書を作成するよう指示した。

このようなCの行為は,仕切りを依頼していた原告に対し,投資可能資金額を超える証拠金の入金を勧誘するものであり,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反し,違法である。

ウ 取引終了段階での違法(仕切り拒否)

(ア) 法214条9号は,「商品市場における取引等又はその受託に関する行為であって,委託者の保護に欠け、又は取引の公正を害するものとして主務省令で定めるもの」を禁止する旨規定し,商品取引所法施行規則103条7号は,かかる禁止行為について,「商品市場における取引等の委託につき,転売又は買戻しにより決済を結了する旨の意思を表示した顧客に対し,引き続き当該取引を行うことを勧めること。」と規定している。

(イ) 原告は,平成18年5月22日ころから,Dに対して取引の決済を求め,同月24日ころ,Dに対して,全部を仕切りたいと言って取引の決済を求めたが,被告担当者から,「もうちょっとがまんして,20枚くらい残してください。」と言われたため仕切ることが出来ず,さらに,全部仕切るようにDに指示したが,Dが全部ではなく5枚でも3枚でも残してほしいなどと要請したため,「どうしても全部仕切ってほしい」といって,同月25日に取引が終了し,同年6月12日に147万3933円が返還された。なお,Dは,同月15日,原告対し,金相場が1g2090円から2100円であるからここが仕掛けどころであるなどといって,取引を勧め,同年8月にも原告に対して取引を勧めた。

このように,被告従業員は,原告が決済の終結を求めたにもかかわらず,引き続き取引を行うことを勧めたのみならず,終了後も取引を勧めた違法がある。

(被告の主張)

被告の従業員らには,以下のとおり,原告が主張するような各違法行為はなく,不法行為は成立しない。

ア 勧誘段階の違法

(ア) 不当勧誘規制違反

原告は,自ら被告に「これからの資産防衛」という資料を請求したり,資産の組替えを考えている旨述べて,その選択肢として金取引のことを尋ねたり,金相場の動向等の相場情報の提供を求めており,Bらの勧誘を断るような発言はなかった。

したがって,本件取引勧誘時において,不当勧誘規制違反はない。

(イ) 適合性の原則違反

原告は,本件取引開始当時,年齢56歳という一般的に理解力や判断力に優れた年齢であり,しかもコンサルタント業を営んでおり,700万円の年収を得ていたほか,3100万円の現金・預貯金と500万円の有価証券を保有していた。

原告は,本件取引開始前,被告に資料請求をしてくるなど,金取引を含む資産運用に強い関心を示しており,Bらから商品先物取引の仕組みやリスク等々の説明を繰り返し受けて,それらをよく理解していた。

したがって,適合性の原則違反の違法はない。

なお,Bらは,原告から,投資可能資金が500万円であるとは聞いておらず,原告に対し,取引口座開設申込書の投資可能金額欄に2000万円と記載するなどの指示はしておらず,申出書についても,原告から具体的な金融機関名や預貯金額等も聞いておらず,記載内容も指図していない。

(ウ) 説明義務違反

原告は,元々の適格性(理解力)が高い上,本件取引前,金の先物取引にも積極的な姿勢を示し,CやBらから商品先物取引の仕組みやリスク等々の説明を受けて,それらの説明をよく理解していた。

したがって,取引開始段階において,説明義務違反の違法はない。

なお,Cは,「大きく損をする前にストップをかけるから大丈夫だ。」などという話はしていない。

イ 取引継続段階の違法(新規委託者保護義務違反)

本件取引当時の「受託業務管理規則」上,直近3年以内に延べ90日以上の商品取引先物取引経験のない委託者を未経験者とし,その者については3か月の習熟期間を設けることとなっていた。そして,その習熟期間中の受託可能取引は,その委託者が「取引口座開設申込書」へ記載した投資可能金額の3分の1の範囲に限られるのが原則となっていた。ただし,委託者がその限度を超える取引を希望した場合には,その委託者が商品先物取引に習熟していることを例外要件とし,その委託者が,未経験者の保護のために受託範囲の制限を設けていることや例外要件を理解しているとともに,例外要件を満たすことについて確認している旨の自署による申告をし,それを総括管理責任者が審査して承認したときに限り,その限度を超える建玉を受託することができた。(形式的判断基準)

また,当該取引枚数が当該委託者の適格性の程度に比して多いか否かは,正に当該委託者自身が他の誰にも増してよく承知しているから,適正な枚数の取引に止めるのは基本的に委託者の自己責任に属する問題と考えるべきであり,委託者に当該取引数量を勧めた商品取引員側の行為が違法であるというためには,①当該委託者の客観的な適格性の程度から見て,当該取引数量が「明らかに不相応(過大)」と判断される場合であること,②商品取引員側が把握していた委託者情報を材料・基礎として判断される当該委託者の適格性の程度から見て,当該取引数量が「明らかに不相応(過大)」と判断される場合であること,③外務員の断定的判断提供を委託者が誤信した等,委託者の自由かつ主体的な判断が介在したとはいえない事情が原因となって当該取引数量になったことという要件を具備していなければならない。(実質的判断基準)

本件取引中,形式的判断基準に反する建玉が委託されたことはないから,本件取引の過当性を形式的に判断した場合,違法でなく,原告の属性(適格性)の程度に照らせば,本件取引数量が明らかに不相応であるともいえないから,実質的にも新規委託者保護義務の違反はない。

ウ 取引終了段階の違法(仕切り拒否)

原告から即時に全建玉手仕舞いするとの指示は出されず,原告による仕切(手仕舞)要求と評価し得るものも,原告の取引継続の判断の自由を奪う危険性ある被告側の言動もなく,取引の継続は原告の自由な意思に基づくものであった。

したがって,仕切り拒否の違法はない。

(2)  原告の損害額(争点(2))

(原告の主張)

原告の損害額は,預託金1220万1067円,慰謝料122万円,弁護士費用134万2000円の合計額である1476万3067円である。

(被告の主張)

争う。

仮に,被告に何らかの違法性が認められるとしても,本件の事実関係に鑑みて,少なくとも9割の過失相殺がなされるべきである。

第3争点に対する判断

1  争点(1)(不法行為の成否)について

(1)  前提となる事実に加え,証拠(甲1ないし4,9ないし11,25,28ないし30,37ないし40,45ないし48,49〔一部〕,乙1,2,8ないし11,証人B,同C,同D,原告本人〔一部〕,枝番のある書証は,枝番を含む。)及び弁論の趣旨によれば,以下の事実が認められ,甲49(原告作成の陳述書)及び原告本人の供述のうち,以下の認定に反する部分は,上記各証拠に照らし,直ちには採用できない(なお,以下において,月日のみを記載した年は,平成18年である。)。

ア 原告の経歴・資産状況等

原告は,平成17年12月20日に●●●株式会社(以下「●●●」という。)を退職後,本件取引開始当時56歳で,特許に関する資格を有し,●●●市内の自宅において,●●●関係のコンサルタント業である「●●●」を個人で営業していた。なお,原告は,上記会社に勤務していた当時は,●●●の設計業務,●●●の開発,●●●部門に所属し,50件ほどの特許を取得し,会社から報奨金も得ていた。

原告の本件取引開始当時の資産は,現金・預貯金約2000万円,有価証券等(●●●の株式1500株)500万円で,年収は約700万円であった。なお,取引口座開設申込書(甲2)において,過去に株式を経験している旨記載があるが,これは,会社の持ち株会における●●●の株式のことである。

イ 本件取引の開始状況

(ア) 原告は,退職金(約2400万円)を元出に資産運用をしようと考え,インターネットで資産運用に関するサイトを検索していた際,金地金販売について宣伝している被告のサイトを発見し,資産運用としての金の魅力を知りたくなったため,4月13日ころ,被告に資料を請求した。なお,原告は,これまで商品先物取引を行った経験はなかった。

被告六本木支店に所属していたBは,原告に資料を送付後の同月24日,原告に電話をかけ,被告が金地金取引や商品先物取引を取り扱っていることを説明し,金相場の情報をインターネットで見ることができるサービスについての資料や,金取引についての資料を送付した。なお,Bは,同月27日ころ,原告に対し,今後情報を提供する旨の手紙(甲45)を送った。

(イ) Bは,5月8日ころ原告に電話したところ,原告から,被告から送付された資料を見たことや金の投資を考えていることを聞き,原告に対し,金相場の状況や金取引について説明のため面談を求め,原告から了承を得た。

CとBは,同月9日午後1時ころ,●●●市内の喫茶店で原告と面談したところ,原告は手持ちの株式を全て売却して資産の組み替えを考えている旨述べ,選択肢の一つとして金取引について尋ねてきた。Cらは,金のチャートや商品先物取引委託のガイド等の資料を示し,金の一般的な価格形成要因や当時の相場の状況,材料,見通し等に加え,金地金取引と金先物取引の仕組み,リスク面における違いや,追証拠金制度には損失拡大を防ぐための警告機能があること,追証拠金発生時には入金か損切りかといった対応策の選択が必要になること,商品先物取引未経験者の保護措置(習熟期間中は原則として投資可能金額の3分の1までの取引しかできないこと)などについて説明をした。なお,Cらは,売買単位,投資額,追証拠金制度を説明する際には,メモ用紙に,値段が上下に変動する様子を曲線で記載したり,具体的な数字・金額や数式を用いて実際に計算するなどして,値段がどの程度下落した場合,追証拠金が発生するかを説明した。

その後,原告が商品先物取引の開始を前向きに検討する旨述べ,Cは,説明に用いた資料を渡し,午後3時ころ,面談は終了した。

(ウ) Bは,同月10日,原告に対し,「現物取引と先物取引の資金効率の違いについて」と題する書面(甲37)に,具体的な金額・数式を用いて現物取引と先物取引の利益額の違いを記載した上でファックス送信し,電話で,いずれの取引を選択するかを確認した。原告は先物取引を選択したので,Bは,再度,商品先物取引未経験者の保護措置について説明した上で,同日午後1時ころ,●●●市内の店舗内で面談した原告に対し,資料を用いて商品先物取引のリスク,仕組み等々について説明をした。そして,原告は,午後1時30分から午後2時ころ「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書①②」(甲3,4),「取引口座開設申込書」(甲2)に署名押印をしてこれらを作成した。

なお,「商品先物取引の説明及び理解に関する確認書①②」には,商品先物取引はその担保として預託する取引証拠金等の額に比べてその10倍~30倍にもなる過大な取引を行うものであること,預託した取引証拠金等の額以上の損失が発生する恐れがあること,取引証拠金等の制度,商品取引員の禁止行為に関する事項,商品先物取引未経験者の保護措置など,商品先物取引の仕組み,リスクに関する説明を受け理解した旨の記載がある。また,原告は,取引口座開設申込書の収入状況(年収)欄には700万円,流動資産欄には現金・預貯金2000万円,有価証券等500万円,投資可能金額欄には2000万円と記載して上記署名押印をした。

そして,原告は,電話でEの審査手続を受け,受託を可とする審査が下りたことから,自己の責任と判断で取引を行う旨記載した「約諾書・通知書」(甲1)を作成し,Bに対し,現金270万円の預託と4月限の金30枚買建の注文をした。しかし,同日の金はストップ高(市場が混乱することを防止するための値幅制限の上限)であったため買建注文は成立しなかった。なお,原告は,Eによる審査を受けた際,投資可能金額を再度確認され,これを2000万円である旨述べ,さらに,3か月程度は,(2000万円の)追証拠金も考慮し,3分の1の範疇の中で取引に参加するように指導を受けた。

ウ 本件取引状況

(ア) Bは,5月11日,原告から受注した4月限の金30枚の買建という初回の建玉を執行し,その夜,Cは,原告に対し,手数料分の利益が出ていることなどの金の取引状況について説明し,相場状況によっては追加の建玉を検討してほしい旨伝えた。同月12日,原告は,さらに取引を増やそうと考え,Bに対し,取引を増やすことが可能か否かについて尋ねた。

Bは,原告が申告していた投資可能金額が2000万円であったことから,その3分の1である666万円(金であれば74枚の建玉が可能であり,既に30枚を買建しているから,残りは44枚である。)までなら建玉が可能である旨伝えたところ,原告は,270万円の入金をして,金30枚の買建注文をした。

(イ) 同月16日,原告が買建していた金の相場が暴落したため,B及びCは,原告に対し,金がストップ安になっていること,売買シミュレーションをした場合の追証拠金額が記載された管理表(甲38)をファックス送信し,このままの状態であると315万円の追証拠金が必要になることなどとともに,追証拠金を入金する場合には,投資可能金額の3分の1を超過するため「申出書」が必要となること,ほかに対応策として難平などがあることを説明した。

原告は,Cに対し,翌日の値段によっては40枚買増し(難平買い)したい旨の意向を示し,Cは,原告に対し,その場合,追証拠金分の315万円と40枚買建玉分(難平買い)の360万円の合計675万円の入金が必要である旨伝えた。そして,原告は,追証拠金を入金することとし,投資可能金額を拡大する「申出書」を作成するため,Bに,そのひな形(甲46)をファックスで送ってもらい,それをもとに投資可能金額を3800万円に拡大するための申出書(乙1)を作成した。原告は,それをBにファックス送信し,Eによる審査に対しても,追証拠金が必要となったので申出書をファックスで送った旨,投資可能金額を2000万円から3800万円に変更することで構わない旨述べ,その後,審査が通ったことから,315万円を被告の口座に入金した。

なお,原告は,申出書(乙1)において,「私,Xは,商品先物取引に参加し,適合性の原則を承知し,貴社の定める保護措置認定の対象者でありますが,価格変動に伴うリスク等は十分理解し,場合によっては多額の損金を被ることを承知しておりますので,投資可能金額を弐千万円から参千八百万円に変更いたします。仮に取引が拡大し,損失が発生しても今後の生活費には何ら差し支えはございません。」と記載し,さらに,流動資産の内訳として,「一.●●●銀行●●●支店(第一口座)壱千六百万円 二.●●●銀行●●●支店(第二口座)八百万円 三.●●●銀行●●●支店七百万円 四.日興コーディアル証券(株券)約五百万円相当」と記載したが,このうち,流動資産の内訳については一部架空の記載をし,実際には「二.●●●銀行●●●支店(第二口座)」には20万円程度,「三.●●●銀行●●●支店」の口座には100万円程度しか残高がなかった。ところが,原告は,その事実を審査部のEに告げることはなく,むしろ,2000万円から3800万円に変更した理由について,前回(2000万円を記載した際)は確実に自分で使える当座の金額を記載し,今回はこれに加えたものを記載した旨述べた。Eは,原告から,追証拠金が必要となったから,投資可能金額の変更を申し出た旨説明を受け,その時点で預貯金額が6日前の最初の審査よりも1100万円増額した3100万円であり,既にその間に預託金として540万円が使用されていることを踏まえると,最初の審査よりも実は預貯金額が1640万円多くなっていたのに,それらの数字を確認したのみで,それ以上に何らの説明も求めなかった。

(ウ) 原告は,同月17日,新規建玉(難平買い)のための預託金として360万円を被告の口座に振り込んだ。同月19日,金相場が若干良くなったため,Cが,原告に対し,余剰金の範囲内で金20枚を買い増しする意向があるかを尋ねたところ,原告は金20枚の買増し注文を依頼した。

(エ) しかし,同月22日,金がストップ安になり,再度追証拠金が発生する可能性があったため,Cは,原告に対し,買玉80枚を全部決済した場合の実損額や残金額,最も値洗い(新規の注文が成立した時の値段と毎日の最終約定値段との間に生じる価格差を計算したもの)の悪い30枚の買玉だけを損切りして足りない分を入金する方法,追証拠金を入金して以後の値動きを見る方法を説明したところ,原告は,金の買玉30枚の損切りと入金という方法を選択した。

なお,同日は,取引開始から相場が急に下がっており,DとBは,それをフォローするため,●●●市内の喫茶店で原告と面会した。その際,Dは,原告に対し,ストップ安のため,原告が注文を出していた金の買玉30枚の決済が成立しなかったこと,432万円の追証拠金が発生していることを伝え,以後の対処方法の選択肢として,全部決済した場合の損失額や残金額,一部決済の場合や全く決済しない場合の不足追証拠金額などについて説明をした。

(オ) 原告は,翌23日,Dに対し,買玉80枚のうちの60枚を決済する注文をし,追証拠金として50万円を被告の口座に入金した。しかし,その後も金の値が下がり,さらに102万5000円程度の追証拠金不足となったことから,同月24日,原告は,この追証拠金の入金で投資可能金額を超過することになるため,自分の判断と責任で入金して取引を継続する旨記した「申出書」(乙2)を被告にファックス送信をし,上記追証拠金102万5000円を被告の口座に入金した。

エ 本件取引終了状況

同月25日,Dは,原告が全建玉手仕舞いの意向を示したため,残金の返還指示があれば4営業日以内に返還する旨述べたものの,原告に対し,すぐ取引ができるように残金をしばらく残しておく意向の有無を尋ねた。これに対し,原告はそれでも構わない旨述べたため,Dは,残金を直ちには返還しなかった。しかし,6月7日,原告から返還要求を受けたため,同月12日,残金147万3933円を原告に返還した。

Dは,同月15日,原告に取引の再開を打診したが,原告はこれを拒否した。

(2)  以上の事実を前提に,本件取引において,被告の従業員らがなした一連の行為が不法行為となるか否かについて判断する。

ア 勧誘段階の違法について

(ア) 不当勧誘規制違反

法214条5号は,商品取引員が,委託を行わない旨の意思表示(その委託の勧誘を受けることを希望しない旨の意思を含む)をした顧客への勧誘を禁止している。

そこで本件についてみると,前記認定事実によれば,金への投資に興味を持った原告が,4月13日に被告に対し金地金に関する資料を請求したことを契機として,被告が原告に送付した資料やBからの電話説明などに対し,原告が関心を示したため,B及びCが原告に直接面談し,原告は,その翌日である5月10日には,金の買建の注文をした(但し,金がストップ高であったことから同日の注文は成立していない。)のであって,これらの経緯からは,原告は金取引に積極的であったことが認められ,原告が委託を行わない旨の意思表示をした事実は認められない。

したがって,原告が委託を行わない旨の意思表示をしたにもかかわらず,被告従業員らが勧誘をしたとは認められない。

これに対し,原告は,本人尋問において,多分Bに会った1回目であると思うが,先物取引を行うつもりはない旨伝えたと供述するものの,他方で,当初は乗り気ではないといった感じで話をしていたが,明確な言葉で断りの言葉を発したことはない旨供述している(原告本人・9頁)から,仮に,原告が供述するようなやり取りがあったとしても,これをもって,原告が委託を行わない旨の意思表示をしたとまではいえないから,被告の従業員らが,委託を行わない旨の原告の意思に反して勧誘をしたということはできない。

(イ) 説明義務違反

法218条は,商品取引員が,契約締結に際して,顧客の知識,経験,財産の状況及び当該契約を締結しようとする目的に照らして,当該顧客に理解されるために必要な方法及び程度によって,商品先物取引の仕組み・リスク等を説明することを,法217条は,それらについて記載した書面を交付しなければならないと規定している。これは,商品先物取引の専門性及び複雑性や,損失が多大になる危険性等を考慮したものであるから,商品取引員は,顧客に対し,その取引の仕組み,危険度等を理解できるように説明する義務があり,同義務の違反は違法となるというべきである。

そこで本件についてみると,前記認定事実のとおり,C及びBは,原告に対し,5月9日(C,B)及び10日(B)の2回にわたって,直接面談し,金地金の取引と金先物取引の仕組み,リスク面における違いや,商品先物取引未経験者の保護措置などを説明し,さらに,売買単位,投資額,損失が発生した場合の追証拠金制度についても具体的な数字・金額を示し,数式を用いて実際に計算するなどして説明していたこと,原告もその説明後に,商品先物取引の仕組み・リスクの説明を受け,理解した旨の記載のある確認書に署名押印していること,原告がこれらの事項を理解したかについて,Eが電話でこれを直接確認し,その後もさらに,商品先物取引の危険性を了知した旨の記載のある約諾書に署名押印したことが認められ,原告が,これらの説明を理解するのに必要な知識,経験及びそれに基づく判断力を有していたと認められることは,後記(エ)で認定,判断するとおりである。

したがって,被告の従業員らは,原告に理解されるために必要な方法及び程度によって,商品先物取引の仕組み・リスク等を説明したということができるから,被告従業員らに,説明義務違反の違法は認められない。

(ウ) 断定的判断の提供

法214条は,商品取引員が商品市場における取引等につき,顧客に対し,利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供してその委託を勧誘することを禁止している。

そこで本件についてみると,前記認定事実によれば,C及びBは,原告と面談した際,メモ用紙に,値段が上下に変動する様子を曲線で記載したり,具体的な数字・金額や数式を用いて実際に計算をするなどして,値がどの程度下落した場合,追証拠金が発生するかを説明しているところ,このような説明は,損害が発生し得ることを前提としたものであるから,C及びBをして利益が生じることが確実であると誤解させるような説明であったということはできない。

なお,原告は,Bらの「今がチャンス」「1億円儲けてほしい」などの発言が断定的判断の提供にあたる旨主張し,本人尋問において,Bが,1億円くらい儲けてほしい旨述べたことは印象に残っている旨供述する(原告本人・10頁)が,仮にそのような発言があったとしても,上記Bらが面談した際の説明の内容に後記(エ)で認定するとおりの原告の知識,経験及びそれに基づく判断力を併せ考えると,このような発言をもって,原告をして値上がりは間違いないと誤解させるような発言であると認めることはできない。

したがって,被告従業員らが,断定的判断の提供をした違法は認められない。

(エ) 適合性の原則違反

法215条は,商品取引員は,顧客の知識,経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って委託者の保護に欠け,又は欠けるおそれがないように,商品取引受託業務を営まなければならないと規定している。これは,商品先物取引は,その仕組みや値動きが複雑で,投機性が高く,損失額も多額になりがちであるから,顧客の知識,経験及び財産等の状況に照らし,不適当と認められる勧誘は委託者の保護に欠けることを考慮したものである。したがって,商品先物取引の受託契約においては,信義則上,その委託者は,知識,経験及び財産等の状況に照らして適当な者に限定されるべきであって,これに反して不適当な者を勧誘することは,違法となるというべきである。

そこで本件についてみると,前記認定事実のとおり,原告は,商品先物取引の経験はなく,株式についても持ち株会における株式でほとんど経験はなかったものの,金の取引に興味があり,高校卒業後約30年近く●●●に勤務し,同社に勤務していた当時は,●●●の設計開発に従事して50件近くの特許を取得していたこと,取引勧誘を受けた当時は同社を退職していたものの,●●●関係の資格を有し,自宅で●●●関係のコンサルタント業を営業し,流動資産として2500万円を有していたことが認められ,これによれば,原告は,十分な社会経済上の知識,判断力に加え,相応の資金力を有していたと認められる。

したがって,原告が先物取引を行うに当たって不適格者であったということはできず,被告従業員らに適合性の原則に違反する違法はない。

なお,前記認定事実によれば,取引開始段階における被告の適合性審査に,原告の主張するような違法は認められない。

(オ) 新規委託者保護義務違反

a 法213条は,商品取引員並びにその役員及び使用人は,顧客に対して誠実かつ公正に,その業務を遂行しなければならないと規定している。商品先物取引は,その仕組みや値動きが複雑で,投機性が高く,損失額も多額になりがちであるから,商品取引員らは,新規顧客に対し,商品先物取引委託契約に基づき,当該顧客が商品先物取引に対して適合するように誠実公正に保護すべき善良な管理者としての注意義務を負っているというべきである。特に,商品先物取引の経験のない委託者は,相場取引に関する知識や情報,相場の動きに対応する判断力も不十分であり,保護の必要性が強いから,保護が必要とされる趣旨に著しく違反するような過大な資本投下をさせることは違法になるというべきである。

そこで本件についてみると,前記認定事実のとおり,原告が作成した取引口座開設申込書には,流動資産2500万円(内訳,現金・預貯金2000万円,有価証券等500万円),投資可能金額2000万円とする記載がある。そして,前記認定事実のとおり,原告は,本件受託契約を締結した当日に金30枚の買建を注文し,被告に270万円を預託しているが,これは,農林水産省が定めた「商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)において投資額を投資可能金額の3分の1以下の水準を目安とすべき旨定められていることに照らしても,その水準を十分に下回った投資額(270万円は投資可能金額2000万円の7分の1以下)にとどまっているから,商品先物取引未経験者保護の趣旨に著しく違反するような過大な資本投下とは認められない。

したがって,少なくとも,取引開始当日に,原告に270万円を預託させた被告従業員の行為が,新規委託者保護義務に違反して違法であるとはいえない。

b なお,原告は,投資可能金額は会社の持ち株会により取得した株式の時価である500万円であり,5月9日にBらと面談した際にそれを伝えていた旨主張する。

しかしながら,取引口座開設申込書上,投資可能金額を記載する欄は株式を含む有価証券等の流動資産を記載する欄とは別になっているところ,原告は,それらの各欄に異なった金額を記載しているから,投資可能金額を株式の時価の範囲内と考えていたとは考えられない。また,前記(エ)で認定,判断したとおり,原告は商品先物取引に不適格であるとは認められず,投資可能金額の意味を理解せずにそれを記載したとも考えられない。さらに,原告は,同月16日に,投資可能金額を変更する旨の申出書(乙1)を作成しているところ,かかる申出書にも「投資可能金額を弐千万円から参千八百万円に変更いたします。」と明確に自署しており,この点からも,当初の投資可能金額を500万円と考えていたと窺うことはできない。

したがって,原告の上記主張は採用できない。

イ 取引継続段階での違法について

(ア) 平成18年5月11日の追加建玉の勧誘

原告は,投資可能金額が500万円であるから,Bらが5月12日に金30枚の新規買建を勧誘し,既に預託していた270万円に加え,さらに270万円を預託させたこと(合計540万円の預託)は適合性の原則,新規委託者保護義務に違反する旨主張する。

しかしながら,前記ア(オ)で認定,判断したとおり,原告の投資可能金額が500万円であったとは認められないから,原告の上記主張は前提を欠くものである。そして,預託した上記540万円は,2000万円の3分の1の範囲内である。

したがって,合計540万円の預託は,適合性の原則,新規委託者保護義務に違反するとは認められない。

(イ) 平成18年5月16日の追証拠金,難平買いの勧誘,虚偽の申出書,杜撰な審査手続について

a 平成18年5月16日の追証拠金,難平買いの勧誘

前記認定事実のとおり,原告は,本件取引を行うまで,商品先物取引の経験はなかったから,ガイドラインの保護措置の対象となる(甲40)。そして,ガイドラインは,商品先物取引未経験者に対し投資可能資金額の引き上げを勧めることは適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘となるが,顧客が一定取引量(投資可能金額の3分の1)を超える取引を希望する場合にあって,商品先物取引に習熟していると認められる場合に限り,当該期間における当該一定量を超える取引に係る勧誘は,直ちに適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘にはならない,この場合,商品取引員は,当該顧客から,商品先物取引の経験がない者を保護するために取引量を制限する措置が設けられていること及び上記例外の要件を理解しているとともに,当該要件を自らが満たすことについて確認している旨の自書による書面での申告を得るとともに,当該顧客が商品先物取引に習熟していることを客観的に確認しなければならないものとする旨規定している(甲40)。

前記認定事実のとおり,原告は,金の価格下落に対し,C及びBから取引の継続には追証拠金315万円が必要であり,その場合には委託証拠金が既に入金していた540万円と合わせて855万円となり,投資可能金額を超過するため,入金する場合には投資可能金額を変更するための申出書が必要であると言われ,送付を受けたひな形にしたがって,投資可能金額を2000万円から3800万円に変更する旨の申出書を作成した。また,Cらからは,さらに難平買いについても説明され,相場によっては40枚を難平買いする旨述べたところ,その場合には上記追証拠金315万円のほかに新規建玉のための360万円の合計675万円が必要である旨説明を受けた。

しかしながら,原告は,本件受託契約以前は商品先物取引の経験が全くなく,申出書作成時の6日前に本件受託契約を締結したばかりで,しかも本件受託契約締結後も2回しか注文をしたことがなかったから,それだけで原告が商品先物取引に習熟していると認めることはいささか困難である。そして,原告が追証拠金として315万円を入金した場合,原告の預託額は855万円となるところ(既に委託した540万円と新たに委託する315万円の合計),この金額は投資可能金額2000万円の3分の1である666万円を超えることになる(なお,原告の流動資産合計2500万円の3分の1である約833万円をも超える。)。

そうすると,たとえ原告が自ら投資可能金額の変更を希望したとしても,C及びBが,追証拠金315万円を入金する場合には投資可能金額を変更する必要があるとして申出書の作成を指示し,申出書のひな形をも送付した行為は,商品先物取引を開始したばかりで,かつ,それに習熟していたとはいえない原告に対し,実質的には,商品先物取引未経験者に対し投資可能資金額の引き上げを勧めることになるから,適合性の原則に照らして不適当であり,新規委託者保護義務に反する勧誘で違法というべきである。

したがって,平成18年5月16日に,原告に対し,追証拠金,難平買いの勧誘をした被告従業員の行為は,適合性の原則及び新規委託者保護義務に違反し違法というべきである。

b 虚偽の申出書の作成

前記認定事実のとおり,原告は,申出書を作成するにあたり,流動資産の内訳において,実際に金融機関の口座に存在する金額より過大な金額を記載したが,具体的な金額については原告自らが判断して行ったものであり,Bらは,投資可能金額を拡大する申出書が必要であることを伝え,そのひな形を送ったにとどまり,投資可能金額を3800万円にするように指示したものではない。

もっとも,原告が取引口座開設申込書に記載した流動資産は,現金・預貯金等と有価証券を合わせて2500万円であったこと,それにもかかわらず,原告が本件受託契約締結からわずか6日で投資可能金額を2000万円から3800万円に変更したことからすると,原告が変更した投資可能金額は,いささか不自然であるといえなくはない。しかしながら,原告は,金額が虚偽であることをBらに告げておらず,Bらが申出書の記載に虚偽が含まれていることを認識していたと認めるに足りる証拠もないこと,上記投資可能金額の変更については,被告の審査部の審査を受けること(この審査に問題があることは後述する。)からすると,Bらが上記投資可能金額の変更に対し,何らの対応をしなかったことをもって当然に,申出書の内容が虚偽であることを知りながら,証拠金を入金させるために異議を申し述べなかったと認めるのは困難であるといわなければならない。

したがって,申出書に関するBらの行為が違法である旨の原告の主張は採用できない。

c 杜撰な審査手続

前記認定事実のとおり,被告審査部部員であるEは,取引開始時の5月10日と投資可能金額を3800万円に変更した同月16日に,原告の審査を担当したこと,さらに,Eは,5月10日時点で,原告が取引未経験者であること,原告の流動資産の額が2500万円(現金・預貯金2000万円,有価証券等500万円)であること及び投資可能金額が2000万円であることを認識していたと認められるところ,そのわずか6日後の審査時点で,投資可能金額が3800万円と1.9倍増に変更されていること,投資可能金額を変更した契機が追証拠金が掛かったためであると原告から説明を受けていたことが認められる。

そうすると,原告の投資可能金額を変更する行為が,商品先物取引未経験者に対する保護措置を免れるための方法であることは,Eも容易に認識し得たということができる。

しかも,前記認定事実によれば,Eは,5月10日付け取引口座開設申込書に記載された現金・預貯金が,わずか6日後の5月16日付け申出書により,1100万円も増額していた上,その間に既に540万円が預託金として被告の口座に振り込まれていたことから,当初の上記申込書と比較して現金・預貯金が合計1640万円(当初の上記申込書では2000万円であったから,1.8倍以上も増額となっている。)も増額していることを認識していたにもかかわらず,原告から,前回(上記申込書の記載)は確実に自分で使える当座の金額を記載したとの説明を受けた以上に,これらの詳細について,それ以上に何らの説明を求めていない。

このように,Eは,商品先物取引未経験者である原告が,本件受託契約締結からわずか6日後に追証拠金を支払うために,投資可能金額を当初の約1.8倍という不自然に増額させる申出をした旨認識しながら,簡単な原告の説明を受け入れた以上に,その裏付けとなる原告の資力等についてさらに説明を求めるなどの実質的な審査をすることなく,投資可能金額の変更を認めたもので,その結果,原告は,追証拠金等を被告に預託することとなったのである。そうすると,Eの行為は,当該顧客が商品先物取引により適合的となるように誠実公正に保護すべき善良な管理者としての注意義務を怠り,漫然と投資可能金額の変更を認め,原告に,保護が必要とされた趣旨に著しく違反するような過大な資本投下をさせたといわざるを得ない。

したがって,投資可能金額増額にかかる審査におけるEの行為は,適合性の原則,新規委託者保護義務に違反し,違法というべきである。

(ウ) 不当な難平買いの勧誘

前記認定事実によれば,原告は,5月19日にCからの勧誘により金20枚を難平買いとして新規建玉しているところ,かかる新規建玉が可能であったのは,前記のとおり,被告従業員らが,適合性原則に照らして不適当と認められる勧誘を行い,また,顧客が商品先物取引を行うについての適合性について実質的な審査を行わなかったなど,新規委託者保護義務に反したため,投資可能金額が増えたことによるものである。

そうすると,Cの行為は,本来,新規建玉が許されない者に対する勧誘であり,商品先物取引未経験者保護の趣旨に著しく違反するものであるから,新規委託者保護義務に反し,違法というべきである。

なお,原告は,5月17日にBが原告に難平買いを勧誘したことの違法性を主張するが,前記認定事実によれば,Bが難平買いを勧誘したのは,5月16日に難平買いの勧誘をされた原告が,翌日の値段によっては難平買いをする旨の意向を示していたためと判断されるから,5月17日のBの勧誘行為を,5月16日の勧誘行為と別の行為として独立して評価するのは相当でない。

よって,5月17日のBの勧誘行為は,違法とは認められない。

(エ) 平成18年5月23日の追証拠金の勧誘

前記認定事実のとおり,原告は,当時建玉していた80枚の買玉のうち60枚を決済し,20枚の買玉は残し,追証拠金として50万円を被告に入金した。

この点につき,原告は,Cに対し全部の仕切りを依頼したにもかかわらず,CやDからもう少し我慢しませんかなどと言われ,20枚の買玉を残して取引を継続したのであり,Cらの行為は,商品先物取引の初心者であり,適切な判断ができない原告に対し,投資可能金額を超えて追証拠金の入金を勧誘する違法な行為である旨主張する。しかしながら,そもそも,原告がCに対し全部の仕切りを依頼したと認めるに足りる証拠はないから,原告の上記主張は,前提を欠くもので採用できない。

(オ) 平成18年5月24日の追証拠金の勧誘

原告は,5月24日に追証拠金102万5000円が発生し,Cに対し,全部の仕切りを依頼したが,Cがもう少し我慢すれば値段は上昇するなどと述べたため,自己の責任と判断で追証拠金を入金する旨の申出書を作成して取引を継続したものであり,Cの行為は,原告に対して投資可能金額を超える証拠金の入金を勧誘するものであるから,適合性の原則及び新規委託者保護義務に反する旨主張する。

しかしながら,5月24日に,Cに対して全部の仕切りを依頼したと認めるに足りる証拠はなく,原告の上記主張は前提を欠くもので採用できない。

ウ 取引終了段階の違法

前記認定事実によれば,原告は,5月24日の時点においても,自らの意思で取引を継続する旨の申出書を作成している上,5月25日に全ての建玉を決済した後も,すぐ取引ができるように残金をしばらく残しておく旨述べ,6月7日まで残金の返還請求をしていない。そうすると,原告は,決済直前まで取引を継続する意思を有しており,さらに決済後も,機会があれば取引を再開しようとしていたと認められるから,このような取引継続に意欲を有していたと推認される一連の原告の言動からすると,原告は,5月25日までは決済を結了する旨の意思表示をしていたとは認められない。

したがって,被告従業員には,仕切り拒否の違法は認められない。

なお,前記認定事実によれば,残金が原告に返還された後の6月15日に,Dが取引の再開を打診しているものの,既に原告と被告との間の取引は終了しており,かかるDの行為は単なる新たな取引の勧誘に過ぎず,しかも原告が取引を拒否したため,Dはそれ以上再開を要請していないのであるから,Dの行為は何ら違法ではない。

原告の主張には理由がない。

2  争点(2)(原告の損害額)について

(1)  損害額

前記認定事実によれば,原告は,本件取引により1220万1067円(預託金合計1367万5000円と証拠金出金147万3933円の差額)の損失を被ったことが認められる。

そして,前記のとおり,本件においては,平成18年5月16日のB及びCによる追証拠金,難平買いの勧誘,同日のEによる杜撰な審査手続,同月19日のCによる不当な難平買いの勧誘については,それぞれ新規委託者保護義務に反し違法と認められ,原告に対する不法行為に該当するところ,これらは,被告会社の業務の執行について行われたことが明らかであるから,被告は,原告に対し,不法行為に基づき,本件取引によって原告が被った損害を賠償する責任を負う。

もっとも,被告従業員らの新規委託者保護義務に反する違法行為は,取引開始当初からなされたものではなく,取引継続段階において行われたものであるから,違法行為後の各取引行為については違法行為に基づくものとして一体と評価できるものの,本件取引全体が一体として違法行為と評価されるわけではなく,本件取引による損失全てが損害と認めることはできない。

この点,前記のとおり,新規委託者保護義務の要請は,投機性が高く損失額も多額になりがちな商品先物取引において,商品先物取引の経験のない委託者を保護するため,保護が必要とされた趣旨に著しく違反するような過大な資本投下をさせないようにする点にあり,かかる要請とガイドラインの規定を踏まえると,ガイドラインに規定する投資可能金額の3分の1を超える投資をさせた場合は,その3分の1を超えて入金させた部分について,過大な資本投下をさせたものとして,違法行為と相当因果関係にある損害と認めることができるというべきである。

以上によれば,本件において,投資可能金額は2000万円であり,その3分の1は666万円6666円であるから,本件取引による損失から,投資可能金額の3分の1を超える部分である553万4401円(1220万1067円-666万6666円)が,違法行為と相当因果関係ある損害と認めることができる。

(2)  過失相殺

前記認定事実によれば,原告は,習熟期間中は原則として投資可能金額の3分の1までの取引しかできないという商品先物取引未経験者の保護措置について説明を受けていたのであり,原告は,それにもかかわらず,投資可能金額を増額し,投資可能金額の3分の1を超えて取引をしようとしたのは,発生した損失を取り戻そうとして,流動資産について虚偽の記載までして無理な商品先物取引を続けたためであるから,損失の増大について原告にもその一因はあるというべきである。

そうすると,全ての損失を被告に帰することは衡平を失するというべきであり,被告の違法行為の内容及び程度と,損失拡大について原告が寄与した上記内容及び程度を対比すると,上記損失の3割について過失相殺をするのが相当である。

したがって,過失相殺後の原告の損害額は387万4080円(1円未切捨て)となる。

(3)  慰謝料

取引的不法行為に基づく損害は,取引に伴って生じた損害の限度で賠償を求めることで填補されること,取引を実行するか否かの意思決定は生命,身体等の人格的利益に関するものではなく,財産的利益に関するものであることにかんがみると,特段の事情がない限り,慰謝料請求権の発生を肯認することはできないものというべきであり,本件でこのような特段の事情は認められない。

(4)  弁護士費用

本件事案の内容,認容額その他諸般の事情に照らせば,弁護士費用として40万円を相当と認める。

(5)  まとめ

以上をまとめると,原告は,不法行為に基づく損害賠償金として427万円4080円(387万4080円と40万円の合計額)及び継続的不法行為の最終日(最終取引日)である平成18年5月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払請求権を有すると認められる。

第4結論

以上によれば,原告の主張は,主文の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないから,これを棄却するのが相当である。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎秀尚 裁判官 日比野幹 裁判官山下真は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 山崎秀尚)

<以下省略>

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