長野地方裁判所松本支部 平成22年(ワ)444号 判決 2013年7月17日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
原山邦章
被告
日本興亜損害保険株式会社
同代表者代表取締役
A
同訴訟代理人弁護士
大西敦
中野元裕
井川寿幸
結城亮太
白川久雄
永松正悟
津波朝日
佐藤光則
同訴訟復代理人弁護士
五十嵐佳弥子
竹内貴康
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金三九〇〇万円及びこれに対する平成二二年一一月一六日(訴状送達日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 事案の要旨
本件は、原告が、被告との間で、原告所有の建物に関する損害保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していたところ、平成二一年一一月一四日に同建物において火災(以下「本件火災」という。)が発生したため、被告に本件保険契約に基づく保険金の支払を請求したが、被告が保険金の支払を拒否したとして、被告に対し、本件保険契約に基づき、損害保険金三九〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。
二 前提事実(証拠等を掲記した以外の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
ア 原告は、平成二一年一一月当時、長野県安曇野市○○a番地一及び同二所在(現在の所在地は同a番地一)の木造平家建建物(以下「本件建物」という。)並びに同敷地(同a番一、同二及び同七の土地。以下「本件土地」といい、本件建物とあわせて「本件土地建物」という。)を所有していた。なお、本件土地建物には、本件火災当時、原告を債務者、株式会社長野銀行(以下「長野銀行」という。)を債権者とする、極度額五三〇〇万円の根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)が設定されていた。
イ 被告は、損害保険業等を目的とする株式会社である。
(2) 本件建物は、南棟と北棟の二棟が渡り廊下で接続されたいわゆる二世帯住宅であり、その間取りは、別紙平面図のとおりである。
(3) 原告と被告は、平成一九年二月二六日、以下の内容の損害保険契約(本件保険契約)を締結した。
ア 保険契約者及び被保険者 原告
イ 保険種類 フルハウス(すまいの総合保険 地震保険)
ウ 証券番号 <省略>
エ 保険の目的 本件建物
オ 保険期間 平成一九年二月二八日午前八時から平成二四年二月二九日午後四時まで五年間(ただし、地震保険は一年間)
カ 保険金額 三六〇〇万円(ただし、地震保険は一八〇〇万円)
キ すまいの総合保険普通保険約款(以下「本件約款」という。)を適用する。同約款には、以下の内容の規定がある。
(ア) 被告は、保険期間中に生じた偶然の事故によって保険の対象について生じた損害に対して、本件約款に従って損害保険金を支払う。(本件約款二条一項)
(イ) 被告は、保険契約者、被保険者又はこれらの者の法定代理人の故意若しくは重大な過失又は法介違反によって生じた損害に対しては、保険金を支払わない。(本件約款三条一項一号)(以下「本件免責条項」という。)
(ウ) 被告が損害保険金として支払うべき金額は、保険の対象の再調達価額(損害が生じた地及び時における保険の対象と同一の構造、質、用途、規模、型、能力のものを再築又は再取得するのに要する額)によって定めた損害の額とする。ただし、保険金額を限度とする。(本件約款「用語の定義」、五条、別表一)
(エ) 被告は、被保険者が損害見積書等の提出等の損害発生の場合の手続をした日を含めて三〇日以内に、保険金の支払事由発生の事実、保険金の額等に関する確認を終え、被保険者に対し保険金を支払う。(本件約款四七条一項、二項、四八条一項)
ク 損害付帯諸費用補償特約(以下「本件付帯費用特約」という。)を適用する。同特約には、以下の内容の規定がある。
被告は、本件約款により損害保険金が支払われる場合には、被保険者に対し、損害付帯諸費用保険金として、損害保険金の三〇パーセントに相当する額(ただし、保険の対象が住居のみに使用される建物である場合には、三〇〇万円を限度とする。)を支払う。(本件付帯費用特約一条、二条、別表)
(4) 平成二一年一一月二日、本件土地建物について、本件根抵当権の実行による担保不動産競売開始決定がなされ、同月四日付けで、本件建物につき、同決定を原因とする差押登記がなされた。なお、同月当時の本件根抵当権の被担保債権の残元本額は、以下の合計三二一八万四一〇八円であった。
ア 住宅ローン残元本 二二九〇万三一六三円
イ 株式購入資金融資残元本 七二八万二八八五円
ウ カードローン残元本 一九九万八〇六〇円
(5) 同月一四日午前一時三〇分ころ、本件建物において、放火による火災(本件火災。以下「本件放火」ということもある。)が発生した。
(6) 原告は、本件火災後、被告に対し、本件保険契約に基づき、本件火災発生の事実及び損害額を通知し、保険金の支払を請求したが、被告は、平成二二年五月一二日、原告に対し、保険金を支払わない旨を回答し、さらに、同月二〇日付け書面で、調査の結果、本件火災に原告が関与したと疑わざるを得ないとして、本件免責条項を理由に、原告に対する保険金支払を拒否する旨を通知した。
三 争点及び争点に対する当事者の主張
(1) 本件火災が原告又は原告と意を通じた者により発生したか否か(免責事由の有無)
(被告の主張)
以下の事情からすれば、本件火災は、原告又はその意向を受けた第三者の故意により発生したものであることが明らかであるから、本件免責条項により、被告は保険金支払義務を負わない。
ア 本件火災に関する消防吏員作成の火災調査報告書(以下「本件火災調査報告書」という。)によれば、本件火災は、本件建物の南棟南西側の洋間(別紙平面図中の洋間二。以下、「洋間二」などの別紙平面図中の呼称を使用する。)及び北棟の洋間五の各クローゼット内等から出火したとされているところ、本件火災後、洋間二南面のアルミサッシの掃き出し窓(以下「南西窓」という。)のクレセント錠が無施錠で、同西面の腰高窓(以下「西面窓」という。)と洋間五北面の腰高窓(以下「北面窓」という。)が開放されている状態であり、一見、本件放火の実行犯(以下「本件放火犯人」という。)は、南棟洋間二の南面窓、西面窓又は北棟洋間五の北面窓のいずれかから侵入・退出したようにみえる状況であった。
しかし、本件建物の南棟南面及び北棟北面は周囲からの見通しがよく、本件建物には、北棟西面及び南面や南棟西面に周囲からの見通しが悪い開口部があるにもかかわらず、本件放火犯人が、あえて目撃されやすい場所から本件建物に侵入・退出するのは不自然である。
また、本件放火犯人は、座布団や灯油入りのポリタンクを建物に持ち込んだと考えられるところ、本件建物には地面や床との高低差の小さい複数の掃き出し窓があるにもかかわらず、高低差の大きい腰高窓から侵入・退出するのも不自然である。
したがって、本件火災後の本件建物の状況から一見想定される上記各侵入口は、実際の侵入口ではなく、本件放火犯人による偽装である。そして、当該偽装の目的は、本件放火犯人が、外部から侵入し、かつ、地面との高低差が大きい腰高窓から侵入できる身軽な者であることを印象づけることにあると考えられるところ、そのような偽装の動機があるのは、内部者であり、かつ身体障害を有している原告である。
イ 本件放火犯人は、洋間五及び洋間二の各クローゼット内という、被害が拡大しやすく、本件建物の北棟及び南棟のそれぞれ中央に近い二か所を放火場所として選択し、持ち込んだ座布団に灯油をしみこませて放火しており、このような放火方法からすると、本件放火犯人は、①本件建物を確実に全焼させる意図をもっていたこと、②逃走時間を確保しつつ、アリバイを偽装するために、火災発生の発見を遅らせようとしていたこと、③本件建物の内部の間取り・構造に詳しい者であることが推認できるから、原告が本件放火犯人であると考えられる。
ウ 前記イのような放火方法に加え、本件建物が建物のまばらな場所に位置しているなどの周囲の状況等からすると、愉快犯的犯行とは考え難い。
また、本件火災当時、本件建物は空き家であり、約半年間も売れていない売物件であったことからすると、本件建物に放火しても原告に恐怖心や痛手を与えるとまではいえず、本件建物に対するいたずらや嫌がらせも一切なかったから、怨恨目的による犯行であるとも考え難い。原告が主張する株式会社b(その後、株式会社b1に商号変更された。以下「b社」という。)の関係者らによる逆恨みについても、同人らが本件建物に放火するほどの強い怨恨を抱いていたとは考え難い上に、本件建物に放火することは、原告に火災保険金の取得という利益を与える結果になるから、考えられない。
本件放火犯人は、本件建物を全焼させることによって、何らかの利益を得る者であると考えるのが自然である。
エ 原告には、次のとおり、本件保険契約の保険金を不正に取得するため、本件建物に放火する動機があった。
(ア) 本件土地建物については、担保不動産競売開始決定がなされていたところ、競売による売却価格は本件根抵当権の被担保債権額三二一八万四一〇八円を下回ることが予想されるから、競売が実施された場合、原告は、本件建物及び敷地の所有権を失うとともに、長野銀行に対する債務が残存する可能性が高かった。また、原告は、本件土地建物のほか、原告名義のb社株式二六〇株(以下「本件株式」という。)も長野銀行に担保として差し入れていたから、同株式も失う可能性があった。
(イ) 他方、本件建物が火災により焼失し、保険金額全額の保険金が支払われた場合、同保険金が長野銀行に対する債務の弁済に優先的に充てられたとしても、原告は、保険金額三六〇〇万円と債務額三二一八万四一〇八円の差額を利得した上、本件土地の所有権や本件株式を失わないから、前記(ア)の場合と比較して、原告に大幅に有利である。
(ウ) 原告は、本件火災当時、預金口座の残高も逓減傾向にあり、長野銀行に対する債務の返済資金にも窮するなど、経済的に困窮していた。
オ 本件火災は、本件土地建物に対する差押登記がなされたわずか一〇日後に発生しており、原告が、前記エの動機から本件建物に放火したと考えるのが自然である。
カ 原告には、本件火災前後、以下のような不自然な言動があった。
(ア) 原告は、本件建物の建築請負代金について、これを請け負った株式会社c(以下「c社」という。)に金額を上乗せした見積書を作成させるなどして、本件建物の保険金額(評価額)をつり上げる工作をしていた。
(イ) 原告と密接な人的関係にあったB(以下「B」という。)は、本件建物が焼失すれば、同人が代表取締役を務める有限会社d(以下「d社」という。)が二番抵当権を有する本件建物の敷地に剰余価値が生じるという利益を得られるのであるから、本件建物に放火する動機があるところ、原告は、本件火災当日、Bと行動を共にしていた上、本件火災後の調査においては、Bと行動を共にしていないように装う虚偽の供述をしていた。
(ウ) 原告は、本件火災後の調査時から、殊更に第三者による放火を示唆する内容や、火災報知器の設置、作動状況について虚偽の事実を述べるなど、自らに放火の疑いがかかることを避けるような不自然な発言をしていた。
(原告の主張)
以下の事実からすれば、本件火災は、第三者の放火によるものであり、原告の関与により発生したものではないことが明らかであるから、本件免責条項は適用されない。
ア 原告の本件火災前日から当日にかけての行動は以下のとおりであり、本件放火犯人は原告ではない。
(ア) 原告は、平成二一年一一月一三日午後六時ころ、松本市内の法律事務所で弁護士と打合せを行い、その後、同日午後七時ころから午後九時ころまで、同市裏町所在の「エンジェル」という飲食店で無尽に参加した。
(イ) 原告は、同日午後九時三〇分ころ、原告の交際相手が居住する同市野溝木工所在のマンションに行き、同日午後一〇時三〇分ころに就寝し、同月一四日午前三時ころに警察から本件火災発生の連絡を受ける直前まで眠っていた。
イ 本件放火犯人は、洋間五の北面窓を割って同箇所から本件建物に侵入し、渡り廊下から南棟に移動し、洋間二の南面窓のクレセント錠を外し、同箇所から退出したか、西面窓を開けて同箇所から退出したものと考えられる。
被告は、本件放火犯人が、周囲からの見通しが悪い開口部や侵入が容易な掃き出し窓からではなく、見通しがよい南面窓や、地面との高低差の大きい腰高窓から侵入したのは不自然である旨を主張する。しかし、南面窓は二重ガラスになっており、面積も大きいため、ガラスを割って解錠することは困難であり、他方、洋間五の北面窓の外側には室外機があり、窓までの高低差は侵入の障害にならない。また、本件建物が人家のまばらな場所にあり、本件火災が深夜に発生し、北棟周辺には照明がないことからすれば、上記のような侵入経路が不自然であるとはいえない。
ウ 仮に本件放火犯人が保険金目的で本件建物を全焼させようとしていたのであれば、建物全体に灯油を撒くなどする筈であるし、本件建物の構造を熟知していれば、天井裏に物置があり、吹き付けたウレタンがむき出しになっていた北棟の八畳間に火を付ける筈であるが、本件放火犯人はそのような放火方法を行っていない。
エ 本件建物の所在する地域では各戸に防災無線が設置され、火災が発生すると直ちに全戸に周知されるようになっており、実際にも、本件火災には一〇〇人以上の野次馬が集まっているのであるから、愉快犯の犯行は否定できない。
オ 本件建物が売物件であったことは、未だ原告の財産であることを示すのであるから、売物件であることは、怨恨犯を否定するものではない。また、b社の代表取締役であった原告に対し、同社の取締役であったC、D及びE(以下「Cら」という。)が造反運動を行い、これが失敗した際、原告が同人らに対する役員報酬引下げ等の処罰を行ったことがあるため、同人らが、これを逆恨みして本件建物に放火した可能性は否定できない。なお、同人らが原告の火災保険契約について知っていたとはいえない。
カ 次のとおり、原告には、敢えて本件建物に放火してまで保険金を取得するような動機は存在しない。
(ア) 原告は、平成二一年五月にe不動産の屋号で不動産取引の媒介を営むF(以下「F」という。)に本件建物及び敷地の売却を依頼しており、三〇〇〇万円から三五〇〇万円程度で売却できる可能性があった。また、原告は長野銀行に本件株式を担保として差し入れていた。なお、同株式は、同年一二月二五日に譲渡され、その代金から一三〇〇万円が長野銀行に対する弁済に充当されている。したがって、長野銀行の債務は、本件建物の任意売却によって完済できる見込みがあった。
(イ) 原告は、以下のとおり、本件火災当時、手元に相当額の現金を有しており、経済的に困窮していなかった。
a 原告は、平成二一年三月までは月額八三万円の傷病手当金を受給しており、長野銀行に対する弁済額(月額約二九万円)や生活費を控除してもなお毎月二〇万円以上の余剰があった。
b 原告は、同月以降も、障害者年金として年額約六一万円を受給しており、同年一一月一一日には、松本社会保険事務所から、平成二二年一月から年額約二二三万円の老齢厚生年金が受給できる見込みであるとの通知を受け取っていた。
c 原告は、長野銀行に対する返済を停止することについて、任意売却して返済するので毎月の返済を停止する旨を同銀行に伝え、その了解を得ていた。
キ 被告は、原告が本件建物の評価額をつり上げる工作をしていたなどと主張するが、そのような事実はない上、被告も、原告に本件保険契約当初から放火の意図があったとは主張しておらず、無意味な主張である。
(2) 保険金額等
(原告の主張)
本件保険契約により支払われるべき保険金額は、保険の対象の再調達価額によって定めた損害の額であるところ、当該損害の額は、以下のとおり、保険金額である三六〇〇万円を上回っているから、本件火災の発生により、被告が原告に対して支払うべき保険金の額は、火災保険金三六〇〇万円と損害付帯費用保険金三〇〇万円の合計三九〇〇万円である。
ア 以下の事情からすれば、本件建物の再調達価額は、四一三六万一六〇〇円である。
(ア) 本件建物の建築時の請負工事代金額は、本件保険契約の保険金額とほぼ同額の三五八〇万二九〇〇円であるから、再調達価額が保険金額である三六〇〇万円を下回ることはない。
(イ) 本件建物の建築確認申請書及び建築当時の見積書の記載に基づく本件建物の再建築費用の見積額は、四〇一八万二八七〇円(f有限会社)及び四一三六万一六〇〇円(株式会社g)である。
(ウ) 本件火災前、本件土地建物は、当初三九五〇万円で売り出されていたが、本来の評価額は五〇〇〇万円程度であり、うち本件建物の評価は三〇〇〇万円であった。
イ 本件建物がは、本件火災により、全焼(全損)状態となったところ、前記アのとおり、本件建物の再調達価額は本件保険契約の保険金額である三六〇〇万円を上回るから、支払われるべき損害保険金額は三六〇〇万円である。
また、本件建物全焼でないとしても、本件建物の担保不動産競売における評価書において、火災による損傷を理由とする八〇パーセントの減価がされていることからすれば、本件火災により本件建物に生じた損害は、少なくとも前記アの再調達価額の八〇パーセント相当額である三三〇八万九二八〇円を下らない。
(被告の主張)
ア 本件建物の再調達価額は、株式会社名鑑のG作成の鑑定書(以下「G鑑定書」という。)のとおり、三三六〇万円である。
イ 本件火災による本件建物の損害保険金額は、G鑑定書のとおり、二一二一万円である。すなわち、本件火災により、本件建物について、内装造作材、玄関ドア以外の建具、付帯設備及び主要構造材の一部の取替え、火元部屋二箇所の屋根回り葺替え、並びに火元部屋回りの外壁張替え等を要する損害が生じており、これらの損害額を合計すると二一二一万円となる。
損害保険金が支払われる場合の損害付帯費用保険金の額は争わない。
第三当裁判所の判断
一 争点(1)(本件火災が原告又は原告と意を通じた者により発生したか否か(免責事由の有無))について
(1) 前記前提事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア 本件建物等の状況
(ア) 本件建物の構造及び周囲の状況
本件建物は、南棟と北棟が渡り廊下で接続された平家建二世帯住宅で、その間取りは別紙平面図のとおりであり(前提事実(1)ア、(2))、南棟の北西側に玄関口が、北棟西側に勝手口があるほか、廊下・リビングダイニングを含め各居室には窓が設置されている。
また、本件建物は、建物がまばらに存在する地域に位置しており、北側には廃業した平家建工場、南側及び西側には神社の敷地、東側にはフェンスを隔てて田及び道路が存在する。なお、本件建物の東側フェンスには「売物件」と記載された看板が設置されている。
(イ) 消防隊到着時及び消防活動中の状況
穂高消防署所属の消防隊は、平成二一年一一月一四日午前一時四三分、本件火災発生の一一九番通報を受け、本件建物に臨場した。
消防隊の現場到着時の燃焼状況は、南棟南側サンルーム、洋間二のクローゼット付近、北棟洋間五のクローゼット付近、同室外壁面の室外機の天板上が、火炎を上げて燃焼しており、その他の部分は、燃焼拡大はしたが、それぞれ焼きは弱く、一部は天井又は内壁のみで燃焼した状態で焼き止まっている状態であった。
(ウ) 本件火災後の状況
a 南棟
洋間二の焼きが最も強く、部屋全体に焼きが認められた。同室クローゼット内の床に、焼け焦げた座布団(縦約五二cm、横約五八cm)が二枚残されており、当該座布団からは灯油の反応が確認された。同室の外部への開口部は、南面窓及び西面窓の二箇所であるが、これらのガラスは熱により破損しており、南面窓のクレセント錠は施錠されておらず、西面窓は窓ガラスのサッシが南側に寄せられており、網戸のサッシが北側に寄せられている状態であった。
その他の部分については、内壁及び天井板の一部が焼失したほか、熱による変形・変色や煤の付着等が確認された。
b 北棟
洋間五の焼きが最も強く、部屋全体に焼きが認められた。同室クローゼット内の床に、焼け焦げた座布団(縦約五八cm、横約九六cm)二枚及び四角い赤いポリエチレン樹脂が残されており、上記座布団からは灯油の反応が確認された。同室の外部への開口部は、北面窓一箇所であり、同窓のガラスは熱により破損し、窓ガラス及び網戸の各サッシはいずれも東側に寄せられて開放されていた。
洋間五の北側外壁面の北面窓の下付近に設置されたエアコン室外機の上にある樹脂製トレイの一部が溶解していた。
その他の部分については、LDK二の南側及び東側内壁、廊下、八畳間北側内壁等に焼きが見られたが、多くの部分は焼きが認められず、煤の付着や熱による変形・変色のみであった。
イ 原告の経済的状況等について
(ア) 原告は、平成一九年八月ないし九月まで、b社及びその関連会社の取締役や代表取締役を務めていたが、同月一〇日にb社の代表取締役を退任して以降、無職であった(なお、原告は、同年一〇月一〇日に、h株式会社の取締役(平成二一年二月二五日までは代表取締役)に就任しているが、原告自身、b社の代表取締役を退任した後、無職であったと陳述しているから、原告が同社から報酬を取得していたとは認められない。)。
(イ) 原告は、平成二一年三月まで、傷病手当金として月額八三万三四九七円(一日当たり二万六八八七円)を受給し、その受給終了後は、障害者年金として年額六一万〇六〇〇円を受給していた。なお、原告は、平成二一年一一月一一日、社会保険事務所から、老齢厚生年金として平成二二年から年額二二三万一五〇〇円を受給できる見込みであることを通知された。
(ウ) 原告は、平成二一年二月ないし三月ころ、長野銀行に、同年四月から従前どおりの住宅ローンの返済が困難であることを相談し、本件土地建物を任意売却することとした。
原告は、同年四月以降、住宅ローン及び株式購入資金融資に対する返済を中止し、同年五月ころ、Fに対し、本件土地建物の売却を依頼して、同月、本件建物から家財道具を運び出し、ガス、水道、電気の休止手続をして、本件建物を退居した。
Fは、同月ころ、原告と相談の上、三九五〇万円で本件建物を売り出し、同年八月には購入希望者があったが、価格が折り合わず、成約には至らなかった。その後、同年九月には売出価格が三六五〇万円に減額されたが、数名からの引き合いがあったものの、やはり成約には至らなかった。
(エ) 長野銀行は、同年九月ころ、原告に対し、本件根抵当権を実行する方針であることを通知した。
(オ) 原告は、同年九月一六日ころ、本件建物から家財道具を搬出した。
(カ) 原告は、平成二一年一一月一四日時点で、本件土地建物のほか、以下の資産を有していた。
a 松本信用金庫南支店 普通預金残高 六五九円
b 長野銀行豊科支店 普通預金残高(二口座) 計七五三四円
c 本件株式(但し、当該株式は、長野銀行に対する債務の担保として差し入れられていた。)
(2) 本件放火の特質
前記(1)の各認定事実によれば、本件放火犯人は、灯油入りのポリエチレン製容器及び座布団四枚(以下「灯油等」ということもある。)を用意した上、洋間二及び洋間五の各クローゼットの床に上記座布団を各二枚ずつ敷き、これに灯油を散布して火を放ったことが認められるから、本件放火は、明確な意図・目的を持って準備・実行された計画的犯行であるということができる。
(3) 本件放火犯人の侵入経路等について
ア 前記(1)アの各認定事実によれば、本件火災後、本件建物の人が出入り可能な各開口部のうち、洋間二の南面窓、西面窓及び北面窓が無施錠であったことが認められ、本件火災後の消防吏員による実況見分等において、本件建物のその余の開口部に、本件放火犯人によるものと思われる不自然な侵入痕跡等は発見されていないことからすると、本件放火犯人は、洋間二又は洋間五の上記各開口部、あるいは、鍵を使用して玄関口ないし勝手口から侵入・退出したものと考えられる。
なお、被告が依頼した合同会社榊調査事務所による本件火災に関する事故調査において、洋間五に窓ガラスを外側から割った痕跡がある旨を警察官から聞いたとの原告の供述や、南面窓及び北面窓に侵入形跡があった旨が報告されているが、客観的な根拠は明らかでなく、かえって、本件火災調査報告書には、当該各窓ガラスは熱により破損した旨が記載されていることにも照らすと、上記事故調査の結果から、本件放火犯人が洋間二又は洋間五の窓ガラスを割って侵入したと即断することはできない(ただし、いったん何らかの力で割れた窓ガラスがさらに熱で破損することもあり得るから、本件放火犯人が窓ガラスを割って侵入した可能性が排斥されるわけではない。)。
イ ところで、前記(1)ア(ウ)bの認定事実によれば、本件放火犯人は、洋間二及び洋間五の各クローゼット内で、灯油をしみこませた座布団(各二枚)に着火したほかに、洋間五の北側外壁部分の北面窓下付近に設置されていたエアコン室外機の上部にも火を放ったことが認められるところ、単独犯にせよ複数犯にせよ、建物外部に放火した上で建物内部に放火するとの手順をとるとは考え難いから、上記エアコン室外機上部への放火は、放火犯人が本件建物を退出する際になされたものと考えるべきであるが、この事実は、北面窓が退出口として使用された可能性を強く示唆するものということができる。
また、南面窓は施錠されていなかったが、ガラス窓は閉じられていたこと、灯油の入ったポリエチレン製容器は、洋間五のクローゼット内に残されており、本件放火犯人は、洋間二から洋間五に移動したとみられることからすると、本件放火犯人は、南面窓を侵入口とした可能性があるということができる(窓ガラスが二重であったとしても、本件犯行の計画性に照らせば、本件放火犯人にとって格別障害となる事情であったとは考えられないし、窓ガラスの大きさも、クレセント錠付近のみ損壊すれば侵入の目的を達するから、障害となる事情とはいえない。)。
他方、西面窓は、窓ガラスのサッシが南側に寄せられていたのに、網戸のサッシは北側に寄せられていたことからすると(前記(1)ア(ウ)aの認定事実)、侵入口ないし退出口として使用された可能性は低いといえる。
ウ そうすると、本件放火犯人が、玄関口ないし勝手口からではなく、居室窓から本件建物内に侵入した可能性はあるものといわざるを得ない。
これに対し、被告は、洋間二及び洋間五の前記各開口部は外部から見通し易いから、本件放火犯人がこれらの各開口部から侵入するのは不自然であるとして、これらの開口部が無施錠ないし開放状態であったのは、本件放火犯人による侵入経路の偽装であると主張する。
しかし、本件建物の構造等からして、上記各開口部が周辺から特に見通し易いといえるかには疑問が残る上、本件建物が建物のまばらな地域に位置しており、本件火災の発生時刻も深夜であることなどからすれば、上記各開口部が周囲から見通せる位置関係にあるとしても、本件放火犯人に侵入を躊躇させるほどの心理的障害となりえたものとは考え難い(現に、本件放火犯人は、北面窓の下付近に設置されているエアコン室外機上部にも火を放っており、北面窓付近が外部から見通せることについて特に気に掛けた様子が窺えない。)。また、洋間二の西面窓の網戸のサッシがガラス戸とは反対側に寄せられていたことも、本件放火犯人が同窓からの侵入・退出を偽装しようとしたとすればやや不自然である。
したがって、被告の上記主張は直ちに採用することができない。
エ そこで、前記検討結果を踏まえ、想定される本件放火の犯人像についてさらに検討する。
(ア) 本件火災当時、既に家財道具が運び出された空き家であって、カーテン等の遮へい物もなく、建物の構造や内部の状況等が外部から容易に確認できたと認められること、放火場所である洋間二及び洋間五の各クローゼットも、外部から視認できる場所にあること、本件犯行は事前の準備を整えた上で実行されたものであることからすると、本件放火犯人の侵入経路や着火場所等から、本件建物の内部構造等をよく知る者による犯行であると直ちに推認することはできない。
また、本件建物が、売物件であることが表示され、既に家財道具が運び出された空き家であったことからすれば、関係者でなくとも、建物内が無人であることを容易に知ることができたと考えられるから、本件が、深夜に建物内部に侵入した上での放火であることも、住人等の関係者による犯行を示唆するものともいい難いところがある。
しかしながら、本件建物については売物件との表示がなされていたのであるから、原告と意を通じない第三者が本件建物に侵入しようとするのであれば、人の出入りが無くなる夜間に敢行することになるはずであるが、事前の下見により侵入口・退出口を確認し、さらに、着火する場所を確認していたとしても、夜間、照明を十分に確保することが困難と思われる状況下で、本件建物内に侵入し、渡り廊下で接続された比較的広い間取りの本件建物内を移動して、南棟及び北棟の各クローゼット内に座布団を配置し、灯油を散布して火を放つことは、本件建物の構造をよく知るのでなければ容易にはなしえないことであると考えられる。
(イ) また、本件放火は、前記のとおり、明確な意図・目的を持って準備・実行された計画的犯行であるから、原告と全く無関係な第三者による犯行であるとの可能性は否定される。
(ウ) 他方、上記のとおり、本件放火犯人が玄関口ないし勝手口ではない北面窓ないし南面窓から侵入・退出した可能性は残るが、本件放火当時、本件建物の鍵を保管していたのは売却を依頼した不動産業者及び原告の妻だけであるというのであり、また、本件放火犯人が鍵を所持している場合であっても、鍵を入手できる者が自ずと限定される以上、自らの犯跡を隠すためにはあえて鍵を使わずに侵入することも十分に考えられるから、上記可能性は、原告ないしその意を通じた者以外の者による犯行であることを直ちには意味しない。
(4) 原告の動機の有無等について
ア 前記各認定事実及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成二一年三月に傷病給付金の支給が終了することに伴い、長野銀行に対する本件建物の住宅ローン等の支払が困難となり、同年四月以降、弁済を行っていなかったこと、本件土地建物の任意売却により被担保債権の弁済を行うことを企図していたが、任意売却ができないまま、本件土地建物に対する担保不動産競売開始決定がなされたこと、原告は、本件土地建物及び本件株式のほか、めぼしい資産を有しておらず、これらについても、相当程度高額の債務の担保に供されていたことが認められる。
また、原告の預金口座の残高等の推移を見ても、証拠<省略>によれば、原告は、平成二一年九月ころから、頻繁に数千円単位の引き出しを繰り返し、口座残高も数百円程度になることが多くなり、口座残高が極めて低額になると、原告の実弟からの援助と思われる入金もなされていることが認められ(原告は、実弟からの入金は貸付けに対する返済であると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。)、本件火災当時、原告が経済的に困窮していたことが窺われる。
イ そして、本件建物が競売手続により売却された場合、原告は、本件土地建物を失った上、なお債務が残存し、本件株式も手放すことになる可能性が高かったといえるのに対し、本件建物が火災により焼失し、火災保険金が支払われる場合には、原告は、本件建物の再調達価額に相当する保険金(上限三六〇〇万円)を取得して、被担保債権を完済できた上、本件根抵当権等の負担のない本件土地及び本件株式が原告の手元に残ることが見込まれたのであるから、本件火災は、経済的な得失の面から見れば、原告にとって非常に有利なものであったということができる(なお、仮に任意売却が奏功したとしても、競売物件の売却価格は通常より低くなるのが一般的であることからすると、上記の利益状況は大きく異ならないものと解される。)。
ウ そうすると、原告には、保険金取得の目的で本件火災を故意に発生させる経済的動機はあったものといわなければならない。
また、原告は平成二一年四月から長野銀行に対する弁済を怠り、同年五月ころに本件建物から退去し、本件土地建物の任意売却を試みたものの、これが奏功しない間に、同年一一月四日には本件土地建物に対する担保不動産競売開始決定を原因とする差押登記がなされ、その一〇日後に本件火災が発生したという事実経過も、原告が経済的困窮を理由に、保険金取得目的で本件火災を惹起したとすると、その動機と矛盾なく整合するということができる。
エ 原告は、原告が金融機関の預貯金ではなく、現金で金員を保管しており、平成二一年一一月当時にも相当額の現金を有していたから、経済的に困窮していた事実はない旨を主張し、弁護士の指導等により金融機関への預貯金には残高を残さず、現金で所持するよう努めていたとか、本件火災当時、手元に数百万円の現金を所持していたなど、上記主張に沿う陳述及び供述をする。
しかし、原告の上記主張を裏付ける客観的な証拠はない上、かえって、前記アの各認定事実、証拠<省略>によれば、原告の預金口座には百万円以上の残高が一定期間残っていることがしばしばあり、原告が弁護士の指導を受けたと供述する平成二一年の春以降も、同年七月ころまでは、継続的に数十万円の残高があり、原告が、金融機関に一定の金員を預け入れ、ここから必要に応じて引き出して費消していたことが窺われるから、原告の上記主張は採用することができない。
(5) 原告及びその関係者以外の第三者による放火の可能性について
ア 原告は、平成一八年ころの役員報酬減額等に対するCらからの逆恨みされている可能性があるなど、怨恨による放火があり得る旨を主張する。
確かに、証拠<省略>によれば、平成一八年ころ、原告とCらとの間で、b社の経営権等を巡るトラブルがあったことが認められ、Cらがそのことについて原告に対する怨恨の情を抱いていた可能性は否定できない。
しかし、上記トラブルが、一般に放火の原因になる程の強い怨恨を抱かせるような事情とまでは直ちにいい難い上、証拠<省略>によれば、Cらは、平成二一年一一月当時、b社又はその関連会社の取締役や代表取締役に就任していること、当該トラブルから本件火災発生までの約三年間に、本件建物や原告自身に対する目立った嫌がらせ等もなかったことなどが認められることに照らせば、Cらが、原告に対する逆恨みから、本件建物に放火したとは考え難い。
イ また、原告は、調査会社による調査の時点から、長野銀行が債権回収等の目的で本件建物に放火した可能性があり得る旨などを述べており、本人尋問でも概ね同旨の供述をするが、本件土地建物について本件根抵当権の設定を受け、かつ、担保として本件株式の差し入れを受けていた長野銀行又はその従業員が、損害保険金による債権の回収を図る目的で担保物件に放火することも容易に想定し難いことといわなければならない。
ウ そうすると、本件においては、本件放火の特質から浮かび上がる犯人像を満たす第三者の存在は想定し難いというべきである。
(6) 原告の言動等について
ア 被告は、原告が、①本件契約時に、虚偽の見積書を提出するなどして、保険金額のつり上げ工作を行っていたこと、②本件火災発生の前日にBと行動を共にしていた事実を隠していたこと、③本件火災後、殊更に第三者による放火を示唆する言動を行っていたこと、④火災報知器の設置数や作動状況につき、虚偽の供述をしていたことなどの不自然な言動があり、これらの事情も原告が本件火災を惹起したことを推認させるものであると主張するので、上記各事情について検討する。
イ(ア) まず、前記①についてみるに、被告は、原告が本件保険契約の締結の際に提示した本件建物建築費の見積の内容が虚偽であり、実際にはこれより約五〇〇万円低額であったところ、このような建築費の水増しは、保険金額をつり上げることが目的であったと主張し、調査会社による調査結果においても、原告から請負代金を水増しした見積書の作成を求められた旨のc社代表者の供述や、被告主張の請負代金額の記載がある見積書の写真等、同主張に沿う内容が指摘されている。
しかし、原告とc社との間には、本件建物に関する追加工事代金の未払額に争いがあることも窺えることや、被告主張の請負代金額は本件建物の請負契約書記載のそれと異なるものであることなどに照らせば、本件建物の請負代金額等に関する上記調査結果を直ちに採用することはできない。また、前記各認定事実、証拠<省略>によれば、本件火災は、本件保険契約から約二年半以上が経過した後に発生していること、本件建物は原告が息子世帯と同居するために建築した二世帯住宅であることが認められることに加え、被告の主張するところによっても、原告が本件火災を惹起した動機として考えられるのは、平成二一年以降の減収に伴う経済的困窮であることに照らせば、原告が、本件建物建築当時から不正に保険金を取得する目的で保険金額をつり上げることを企図していたとはにわかに考え難いから、そもそも、被告の主張する前記①の事情が、原告が本件建物に放火したことを推認させる事情といえるかにも疑問がある。
(イ) 他方、前記②については、原告は、前記調査の際に、本件火災当日にBと共に行動していた事実を供述したのみならず、Bが無尽のメンバーではないと敢えて虚偽の供述をして本件火災直前にBと一緒にいたことを隠そうとしたことは、不自然というほかない。交際女性を除けば、本件火災直前に原告と最後まで行動を共にしていたのがBであることを考えれば尚更である。しかし、本件証拠上、Bが本件火災の発生に関与したことを窺わせるような具体的事情が見当たらない以上、これをもって、原告の本件火災への関与を推認させる事情とはいえない(なお、被告は、原告とBが親密な関係にあったことや、本件土地建物にBが代表取締役を務めるd社に対する不自然な抵当権が設定されていることなどを主張するが、これらの事情によっても、Bの本件火災への関与を推認するには足りない。)。
(ウ) また、前記③及び④については、証拠<省略>によれば、原告が、調査会社による調査の際、本件火災発生後に本件建物内からペンケース等が発見されており、ノイローゼの受験生等の第三者による犯行の可能性があるとか、長野銀行が債権回収等の目的で本件建物に放火した可能性があり得る旨などを述げて、受験生や長野銀行などの放火犯人像を強調するかのような供述や、本件建物に多数の火災報知器が設置されており、これが本件火災時に作動していた旨の供述をしていたことが認められるところ、本件火災後に、ペンケース等が遺留されていたことを裏付ける客観的な証拠はなく、また、火災報知器の設置数は実際と異なっており、本件火災発生時には火災報知器の作動がなかったとみられるから、上記各供述は、原告が、自らの関与から目を逸らせるために虚偽の発言をしたと考える余地がある。
もっとも、放火の疑いをかけられ、又はかけられやすい立場にある者が、自らの疑いを晴らすために、事実の真偽はともかく、様々な弁明をすること自体はあり得ることであるから、これをもって直ちに、原告が、積極的に第三者による放火を偽装するための工作等を行ったものということはできないが、殊更にした不自然な供述であるとの感は拭えない。
(7) 以上によれば、原告には、保険金取得目的で本件火災を故意に発生させる十分な動機があること、住宅ローンの返済が困難となって本件土地建物の任意売却により局面の打開を図ろうとしたが奏功せず、長野銀行から本件根抵当権実行方針の通知を受け、その競売開始決定を原因とする差押登記がなされた一〇日後に本件放火が行われていること、本件放火の特質から想定される犯人像に合致する第三者が想定し難いこと、本件放火犯人は、本件建物の構造をよく知る者とみられること、原告には本件火災後に不自然・不合理な言動がみられることに照らすと、本件火災は、原告又は原告と意を通じた者が故意に発生させたものと強く推認される。
二 結論
以上によれば、本件火災については、本件免責事項該当事由があり、被告に保険金支払義務は発生しないから、その余の争点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。
(裁判長裁判官 今岡健 裁判官 長谷川武久 伊藤吾朗)
別紙 平面図<省略>