長野地方裁判所松本支部 平成24年(ワ)173号 判決 2014年3月31日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は、原告に対し、5976円を支払え。
2 被告は、原告に対し、60万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(国家賠償法上の違法性の有無)について
(1) 証拠(事実の末尾に記載する。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、
ア Aが原告と同居するに至った経緯
(ア) Bは、平成16年9月に長男であるC及び次男であるA(平成11年○月○日生)(以下「子ら」という。)を連れて原告と別居し、子らと共に東京都世田谷区の実家で生活するようになった。その後、原告及びBは、平成19年4月に裁判離婚し、その際、Aの親権者はBと定められた。その後、Bは、平成21年4月に子らと共に前住所に転居した。(乙6、弁論の全趣旨)
(イ) Aは、平成22年9月17日、Bに無断で、原告の下へ行く旨のメモを残し、前住所を出て現住所に移り、同所において原告と共に生活し始めた。(乙6、弁論の全趣旨)
イ 原告及びB間の子の引渡しを巡る紛争の存在
Bは、同年11月ころ、長野家庭裁判所松本支部に対し、原告を相手方として、Aの引渡しを求める申立て(同裁判所平成22年(家)第469号)をしたところ、同裁判所は、同申立てがAの福祉に反するとは認められず、親権者であるBからの非親権者であって監護権者でもない原告に対する同申立てはこれを認容すべきであるとして、同年12月27日、原告に対しAの引渡しを命ずる旨の審判をした。(乙6、弁論の全趣旨)
ウ 本件認定請求に対する被告の対応について
(ア) 原告は、平成22年9月29日、被告総務課職員Dに対し、本件認定請求書を提出した。Dは、Aの住民登録がされておらず、被告住民福祉課に確認したところ、原告とBの間でAの監護権について争っており、すぐには住民登録ができないことを知った。そのため、Dは、住民登録が完了してから支給認定する方がよいと考え、直ちに支給認定をせず、平成22年10月分から平成23年1月分までの子ども手当の支給月が同年2月であったことから、状況が落ち着くまでしばらく様子を見ることにした。Dは、2週間に1回程度、住民福祉課及び教育委員会にAの状況を聞くなどして確認を続けていたが、その中でBが前記イの子の引渡請求の申立てをしたことを聞き及んだ。(甲1、乙11、証人D)
(イ) Bは、平成23年1月12日、白馬村教育委員会教育課に対し、以前より長野家庭裁判所松本支部に子の引渡請求をしており、平成22年12月27日に原告に対しAを引き渡すことを命ずる旨の審判がされたが、原告がこれに従わず、強制執行も検討していること、それとは別に、原告が親権者変更の申立てをしていることなどを告げた。被告は、平成23年1月12日、世田谷区担当者に電話をし、平成22年10月支給分までの子ども手当が既にBに支給されたこと、同月にBが公務員となったので、それ以降の分は勤務先において支給されることを確認した。(甲12の1・2、乙2、証人D)
(ウ) Dは、子の引渡請求を認容する旨の審判が出たことにより、子の監護者は母親とみなされるので、本件認定請求書は受理できないと考え、同月14日、原告に対し、本件認定請求を不受理とする旨を口頭で伝えたが、原告は納得せず、その後、被告総務課において、原告がAの監護を行っている実態が確認できれば子ども手当の支給を可能とすることも含め検討した。(甲12の1・3、証人D)
(エ) 被告は、同年2月3日、Aの行政手続等に関する打合せ会議を行い、前記イの審判が出された事実を再確認した。(甲12の1)
(オ) 被告総務課は、同月8日、原告に対し、前記イの審判がされていることから、親権者及び監護者であるBに子ども手当の受給権があると認められること、子ども手当が国の制度であり、二重支給は認められないため、原告に対する子ども手当の支給認定はできない旨を告知した。その際、原告は、前記イの審判に対し上級審に抗告中である旨を告げた。(甲12の1、乙5)
(カ) 被告は、同月10日、Bに対し、電話で、前記原告との話合いの経過を伝えた後、Aの生活費の支出を要請するなどしたが断られたことから、Bの職場の担当者と連絡を取ることにした。(乙9の1)
(キ) Dは、同月16日、川崎市担当者に対し、電話で、これまでの経過を伝えた上、同市の見解について尋ねたところ、Bに事情聴取をしたり、支給することがグレーであれば停止することができること、Bに対して平成22年11月から平成23年1月までの分の子ども手当(2人分)を支給したことを聞き取った。(乙9の3)
(ク) Dは、平成23年2月17日、再度、同市担当者に対し、電話をしたところ、同担当者から、Bの事情聴取もないまま、職権で行うことはできないので、現状ではこのままの状態となること、Bにも受給権がないとはいえないとの回答を受けた。(乙9の4)
(ケ) Dは、同年3月2日、Bから、前記審判につき抗告が申し立てられ高等裁判所で審理されている旨を聞き取り、同月3日、Bの勤務先である川崎市に電話をし、その旨を伝えるとともに、同年2月支給分の子ども手当が既にBに支給されたことを聞き取った。(甲12の4、乙9の8)
(コ) Dは、同年3月10日、厚生労働省の担当者から、電話で、現状からすると原告に子ども手当を支給することは困難であること、裁判と子ども手当の支給は別物であるが、総合的に見て判断することになるとの見解を示した。(乙9の9)
(サ) 原告は、同月24日、被告が本件認定請求に対する決定を行わないことにつき不作為異議申立てをした。(甲2、12の1)
(シ) これを受けて、Dは、同日、厚生労働省の担当者に電話で問い合わせたところ、同担当者から、異議申立書に対しては何らかの回答しなければならないこと、一時的に却下通知を出すことはできること、仮に却下通知を出すとすると、却下理由として、実態がある以上、法4条に該当しないとは記載できないことから、相手市町村に確認した方がよいこと、今回認定できなかったのは親権者が母親であり、いつでも子を連れ戻せる状態であることであるが、これだけ住んでいる状況が続き、常態化しており、相手側が子の監護・養育をしていないのであれば、そちらに支給しているのは疑問が生ずること、裁判中であっても子ども手当の支給決定はできる旨を聴取した。(乙9の10、証人D)
(ス) Dは、同日、川崎市担当者に対して電話をし、前記国の見解を伝えたところ、同担当者から、現在、Bの支給を保留していることなどを聞き取った。(乙9の11、証人D)
(セ) Dは、同月30日、長野県の担当者に電話をしたところ、同担当者から、国の見解と同様に、現在子の引渡請求の裁判中であり、実際に子の監護をしているといっても、一時的なものと解されること、子ども手当は一時的なもので出すものではなく、これから先その子を監護していく親に支給されるべき手当であること、Bに対して同年2月分から一時停止となっていること等を踏まえると保留通知とした方が望ましい旨を回答した。(乙9の12、証人D)
(ソ) これらを踏まえて、被告は、現在、Aは白馬村内に居住しているが、子の引渡請求の審判が継続中であり、国・県・相手市共に総体的に判断すべきとの見解であり、上級審の決定が下るまで保留することが妥当であること、白馬村に実態があるものの、前記決定によっては、子の引渡しに関して強制執行もあり得ることから、これから先、Aを監護できるかは不透明であり、子ども手当は一時的なものではなく、これから先監護していく親に支給されるべき手当であることを理由として、本件認定請求に対し保留処分をすることとした。(甲13の2・3、証人D)
(タ) 被告は、同年4月4日、本件保留処分をした。(甲3)
(チ) Bは、同月30日付けで、Aの転入手続を明確に拒否することや、万一、Bの承諾なくAが転入された場合には法的手続によりこれを争うつもりであることを回答した(その回答は同年5月6日に被告に到達した。)。(乙7)
(ツ) 原告は、同年6月1日、本件保留処分に対し異議申立てをした。(甲12の1)
(テ) 被告は、同年9月1日、親権者であるBからAの引渡請求の審判が提起されるなど、監護権を巡って現在も係争中であり、Aの監護権者が確定している状況になく、両親双方の話合いあるいは司法的な判断等により監護権者が確定するまでの間、認定を保留するのが適当であるとして、前記(ツ)の異議申立てを棄却する旨の決定をした。(甲4、証人E)
(ト) 原告は、同月9日付けで、長野県知事に対し、前記(テ)の棄却決定に対し審査請求を申し立てた。(甲5)
(ナ) これに対し、被告は、同年、10月7日付けで、長野県知事に対し、子ども手当は国の制度であり、二重支給が認められないこと、原告とBが子の監護権を巡って係争中であり、監護権者が確定しておらず、総合的かつ慎重に判断する必要があり、本件保留処分に至ったとする弁明書を提出した。(甲12の1)
(ニ) 長野県知事は、同年12月19日付けで、原告は、実態としてAと同居し、その身辺の世話をし、これを養育監護しているものと認められ、「監護・生計同一」の要件を満たしていたと判断できるが、二重支給防止の観点から、Bに対する子ども手当受給資格喪失処分がされない限り、原告を受給資格者として認定することはできず、本件においては職権で行うことも困難であるから、当事者間の話合いによる解決を待つほかはなく、被告が本件認定請求を保留していることはやむを得ないものであったとして、前記(ト)の審査請求を棄却する旨の裁決をした。(甲6)
(ヌ) 被告は、平成24年1月23日、Aを住民票に記載した。
(ネ) 被告は、前記(ヌ)のとおりAの住民登録がされたこと、Bが平成23年10月支給分以降の子ども手当の認定請求を行わなかったことを確認したことから、平成23年10月分以降の子ども手当の支給認定をすることにし、さらに、Aの住民登録が住定日を遡及して登録されたことから、平成22年10月分から平成23年9月分までの子ども手当についても支給認定することにした。(甲15、乙10の1、証人E)
(2) 処分遅滞それ自体の違法をいう点について
ア 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから、市町村長が本件認定請求に対する処分のために客観的に手続上必要と考えられる期間内に応答処分をしなかったとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延させたと認め得るような事情がある場合に限り、国家賠償法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、前記認定によれば、被告は、本件認定請求を受け、原告とBの間でAの監護権について争っており、すぐには住民登録ができないことを知ったことから、住民登録が完了してから支給認定する方がよいと考え、直ちに支給認定をせず、2週間に1回程度、住民福祉課及び教育委員会にAの状況を聞くなどして確認を続けていたものであり、平成22年10月分から平成23年1月分までの子ども手当の支給月が同年2月であったことからすると、被告が少なくとも平成23年1月12日まで本件認定請求に対する処分をしなかったことにつき、被告が漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延させたということはできない。
また、前記認定によれば、被告は、平成23年1月12日、川崎市担当者から、平成22年12月27日に子の引渡しを認容する審判があったことを聞いた後、2度にわたって原告に対し被告の方針を説明し、世田谷区や川崎市に対しBに対する子ども手当の支給認定や実際の支給状況を確認し、川崎市や長野県のほか、所管庁である厚生労働省の見解を求め、厚生労働省からは、現状では原告に子ども手当てを支給するのは困難であり、子の引渡請求の状況も総合的に見て判断することになる旨の回答を受けたこと、県からも、原告の監護が一時的なものと解されることから、保留処分とするのが望ましい旨の回答を受けたことから、本件保留処分をしたものであり、平成23年1月12日以降についても被告が漫然と本件認定請求に対する処分を放置したということはできない。
ウ これらのことからすると、被告が平成23年4月4日に本件保留処分をするまで何らの処分を行わなかったことが国家賠償法上違法の評価を受けるものではないというべきである。
(3) 理由の不提示の違法をいう点について
行政手続法8条は、行政庁は、申請により求められた許認可等を拒否する処分をする場合は、申請者に対し、同時に当該処分の理由を示さなければならない旨を定め、同法14条1項は、行政庁は、不利益処分(行政庁が、法令に基づき、特定の者を名あて人として、直接に、これに義務を課し、又はその権利を制限する処分〔第2条〕。)をする場合には、その名あて人に対し、同時に、当該不利益処分の理由を示さなければならない旨をそれぞれ定めているところ、本件保留処分は、本件認定請求にかかる判断を保留する処分にすぎず、本件認定請求を拒否し、あるいは、原告に対し義務を課し又は権利を制限する処分ではないから、本件保留処分の理由の記載が行政手続法8条及び14条に違反するとの原告の主張はそもそも失当である上、そのような保留処分において、「受給者が未確定のため」との理由の記載が処分を保留する理由の記載として不十分であるということもできないから、そのような理由の記載が国家賠償法上の違法であるということはできない。
(4) 被告が平成24年2月9日及び同年3月12日まで子ども手当の支給認定をしなかったことの違法をいう点について
ア 前記のとおり、国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであり、市町村長から子ども手当の支給認定がされないことに不服を有する者は、当該市町村長に対する異議申立てや都道府県知事に対する審査請求を経た上、最終的には訴訟によって救済を受けることもできるのであるから(行政不服審査法7条本文、行政事件訴訟法37条)、市町村長が客観的に監護の要件を満たす者につき子ども手当の支給認定をせず、そのことが子ども手当支給法上違法であったとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が当該者につき一見明瞭に監護の要件を満たしているにもかかわらず、敢えてこれを欠くとして子ども手当の支給認定をしなかった場合など、その支給認定の判断が著しく合理性を欠く場合に国家賠償法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。
イ ところで、前記前提となる事実のとおり、法は、子ども手当を子ども(15歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にある者)を監護し、かつ、これと生計を同じくするその父又は母であって、日本国内に住所を有するものに支給する旨を定めており、本件通達によれば、ここにいう「監護」とは、子どもの生活について通常必要とされる監督、保護を行っていると社会通念上考えられる主観的意思と客観的事実が認められることをいうとされている。
そして、そのような子どもの生活について通常必要とされる監督、保護を行っていると社会通念上考えられる主観的意思と客観的事実が認められるか否かを判断するに当たっては、監護権の有無も1つの考慮要素になり得るものと解される。なぜなら、正当な監護権を有する父又は母が子どもと生活を共にする場合には、当該父又は母が社会通念上当該子どもの監督、保護を行っているとみられるのが通常だからである(したがって、監護の要件を判断するに当たって、監護権の有無は無関係であるとする原告の主張は採用することができない。)。
しかしながら、前記認定によれば、原告は、Aにつき正当な監護権を有しておらず、Bは、Aが原告の下で生活することにつき明確に反対の意向を示していたことから、Aが原告の下で生活することがBの監護権に基づくものとみることもできなかったことが認められる。
このように正当な監護権を有しない父又は母が正当な監護権者の意思に反して子どもと生活を共にする場合に、当該父又は母がなお当該子どもを監護しているというためには、当該子どもが当該父又は母の下に居住して生活を共にしているというだけでは足りず、当該父又は母が当該子どもと相応の期間にわたって継続的かつ安定的に生活を共にするなどして、当該子どもを監督、保護していると社会通念上認めるに足りる主観的意思と客観的事実の存在を必要とするものと解される。
ウ もっとも、どの程度の期間にわたって当該子どもと継続的かつ安定的に生活を共にすれば、当該子どもを監督、保護していると社会通念上認めるに足りる程度の主観的意思と客観的意思があるといえるのかについて明確な基準は存在しない上、前記認定によれば、Bは、平成22年11月ころ、原告を相手方として子の引渡しを求める審判を申し立て、同年12月27日にはその申立てを認容する旨の審判がされ、被告は、平成23年1月12日にその旨を認識したことが認められる。このことは、近い将来においてAが原告の下で居住する客観的事実が消滅する可能性が高く、原告がAと継続的に生活を共にすることが不安定になったことを意味するものであり、Aの監護の有無の判断に影響を及ぼす事実であるといえる。
そして、前記認定によれば、そのような状況の下で、被告は、川崎市や県のほか、所管庁である厚生労働省にも問い合わせをし、同省から子の引渡請求にかかる裁判も総合的に見て判断することになるとの見解を示され、長野県からも原告の監護が一時的なものと解されることから、保留処分とするのが望ましい旨の回答を受け、本件保留処分をしたものであり、これらの見解及び回答は前記判示に照らして相応の根拠を有するものであったといえる上、その後、被告は、平成24年1月23日にAの住民登録がされたことから、同年2月9日、平成23年10月分以降の子ども手当の支給認定をし、さらに、Aの住民登録が住定日を遡及して登録されたことから、同年3月12日、平成22年10月分から平成23年9月分までの子ども手当について支給認定をしたものであり、それまでの間、被告にとって原告につき一見明瞭に監護の要件を満たしていたと認めることはできないから、被告がAの監護者が確定された状況になく、支給認定を総合的かつ慎重に判断する必要があるとして本件保留処分をし、これを継続したことが著しく不合理であったとまでいうことはできない。
そうすると、被告が原告に対し平成24年2月9日ないし同年3月12日まで子ども手当の支給認定をしなかったことが国家賠償法上違法であったということはできないというべきである。
エ なお、前記前提となる事実のとおり、平成23年法においては、同居の要件が更に重視されていることが認められるが、被告は、平成23年10月分以降の子ども手当につき、その支給月である平成24年2月に合わせて、同月9日に支給認定をし、同月16日に当該子ども手当が原告に支給されたことが認められるから、被告には当該子ども手当の支給認定をしなかった違法はない。
第4結論
よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川武久)