長野地方裁判所松本支部 平成24年(ワ)354号 判決 2014年3月31日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は、原告らに対し、140万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は、原告らが、地方公共団体である被告が、原告X1の居住実態が白馬村内にあるにもかかわらず、原告X1の転入にかかる住民異動届を不受理とし、平成24年1月23日に至るまで職権によって原告X1を住民票に記載しなかったのは住民基本台帳法(以下「法」又は「住基法」という。)等に違反し違法である旨を主張するとともに、これに関する被告の処分についても行政手続法に違反する違法なものである旨を主張して、国家賠償法1条1項に基づき(原告は民法上の不法行為も主張するが、かかる主張は失当である。)、慰謝料140万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1 前提となる事実(証拠を掲記した以外の事実は当事者間に争いがない。)
(1) 同居
原告X1は、平成22年9月17日、親権者である母Aと共に生活していた東京都世田谷区<以下省略>(以下「前住所」という。)を出て、現住所において原告X2と同居した。(弁論の全趣旨)
(2) 転入届の提出
ア 原告X2は、同月29日、被告に対し、原告X1の転入にかかる住民異動届(以下「本件転入届①」という。)を提出した。
イ 原告X2は、平成23年2月17日、被告に対し、原告X1の転入にかかる住民異動届(以下「本件転入届②」という。)を提出した。
ウ 原告X1は、同年4月28日、被告に対し、同人の転入にかかる住民異動届(以下「本件転入届③」という。)を提出した。
エ 原告X1は、同年8月31日、被告に対し、同人の転入にかかる住民異動届(以下「本件転入届④」といい、本件転入届①から④を併せて「本件各転入届」という。)を提出した。
(3) 不受理処分
ア 被告は、平成22年11月1日、原告X2に対し、本件転入届①を受理しない旨を口頭により通知(以下「本件不受理処分①」という。)した。
イ 被告は、平成23年3月31日、白馬村役場住民福祉課長名で本件転入届②を受理しない旨の通知(以下「本件不受理処分②―1」という。)をし、さらに、同年6月2日、白馬村村長名で転入届不受理通知(以下「本件不受理処分②―2」という。)をした。(甲5、8)
ウ 被告は、同年6月2日、本件転入届③を受理しない旨の転入届不受理通知(以下「本件不受理処分③」という。)をした。
エ 被告は、同年10月13日、本件転入届④を受理しない旨の通知(以下「本件不受理処分④」といい、本件不受理処分①ないし④を併せて「本件各不受理処分」という。)をした。
(4) 異議申立て
ア 原告X2は、平成23年3月26日、被告に対し、本件転入届②の処理を行わないことに対する異議申立てをした。
イ 原告X2は、同年5月30日、被告に対し、本件不受理処分②―1に対する異議申立て(以下「本件異議申立て」という。)をした。
ウ 原告X2は、同年9月26日、被告に対し、被告が本件異議申立てに対する決定をしないことにつき不作為の異議申立て(以下「本件不作為異議申立て」という。)をした。
(5) 却下処分
ア 被告は、平成23年10月13日、本件不作為異議申立てに対し、これを却下する旨の決定(以下「本件不作為異議却下決定」という。)をし、原告X2に対し、その旨の通知書(以下「本件却下通知書」という。)を送付した。(甲10)
イ 被告は、平成24年1月24日付け裁決書をもって、本件異議申立てに対し、これを却下する旨の決定(以下「本件異議却下決定」という。)をした。(甲13)
(6) 住民票への記載
被告は、平成24年1月23日、職権により、原告X1を住民票に記載した。
2 争点
(1) 国家賠償法上の違法性の有無
(原告らの主張)
ア 不作為
被告は、本件転入届①に対し33日間不作為であり、本件転入届②に対しても32日間不作為であり、本件転入届③に対して35日間不作為であり、本件転入届④に対しては43日間不作為であった。また、被告は本件異議申立てに対して決定をせず、原告X2が本件不作為異議申立てをするまで119日間不作為であり、被告が本件不作為異議却下決定をするまで136日間不作為であり、平成24年1月24日の本件異議却下決定まで通算238日間不作為であった。なお、本件不受理処分②―2は、本件異議申立てに対するものではない。さらに、原告X2は、平成23年3月1日、被告に対し、福祉医療費受給資格者証交付申請をしたが、被告はやはり不作為であり、同月16日、同交付申請に対する処分不作為の異議申立てをし、同月24日に同受給資格者証が交付されたが、この間も23日間不作為であった。かかる被告の行為は、いずれも行政手続法6条及び7条に違反する。
イ 理由不明示
本件各不受理処分及び本件却下通知書には、法的根拠が示されておらず、処分理由も十分に特定されていないものであって、原告X2にはその具体的内容が理解できないものであるから、本件各不受理処分等における理由の提示は、行政手続法8条及び14条の要件を満たしておらず、いずれも違法である。
ウ 住民票への不記載
(ア) 市町村長は、居住実態を反映した転入届がされた以上、これを受理し、それに応じた住民基本台帳を作成すべき義務があり、居住関係以外の事項について審査をして転入届の受理の可否を決することは制度上予定されていない。また、Aが届出義務に違反して転出届の提出を拒み、世田谷区も違法に転出証明書を交付しなかったことから、原告X2は、やむを得ない理由によりこれを提出できなかったものであり、被告が転出証明書が添付されていないという形式的要件のみを重視し、転入届を不受理とすることは法の趣旨に反し許されない。さらに、転出入の届出は、住所移動の意思及び事実の報告にすぎず、法律効果の発生を目的としない事実行為であるから、15歳未満の未成年者に届出能力がないとする根拠はない。これらのことからすると、本件各不受理処分はいずれも違法である。
(イ) 住民基本台帳法は、転入の事実のあった者が当該市町村に住所を有する限り、それらの者につきすべて住民票の記載をすることを制度の基本としており、住民票の記載がされなければ、行政上のサービスを受ける上で少なからず支障が生ずることが予想されるから、転入の事実のあった者につき転入届が提出されなかった場合、届出の催告等による方法により住民票の記載をするのが原則的な手続であるとはいえ、居住実態が知られている者について転入届が提出されていないことを理由に住民票に記載しないことが許されるものではなく、このような場合には職権により住民票の記載をすべきである。被告は、遅くとも原告X1の居住実態について重ねて実態調査をした平成22年11月19日の翌日である同月20日には職権による住民票への記載を行うべきであったのに、これを行わなかったのは、違法である。
(ウ) 被告は、原告X1が、Aの意思に反して原告X2の自宅で生活することは、違法であると主張するが、親権や居所指定権の問題と住民基本台帳法とは何ら関係がない。
(エ) 被告は、原告X1につき住民票への記載をしなかった理由として、二重登録になることを挙げるが、かかる理由で居住実態に基づく住民票への記載を妨げる根拠はない上、世田谷区長と意見が異なり、協議が整わないときは、主務大臣に対しその決定を求める旨を申し出なければならなかったし(法33条1項)、被告が原告X1につき住民票への記載をして、世田谷区が事実に即して期日を遡って住民票への記載を消除すれば二重登録は解消されたのであるから、被告がかかる理由で原告X1につき住民票への記載をしなかったのは違法である。
(オ) 以上によれば、原告X1の居住実態を把握しながら、被告が形式的要件を満たさないという理由で転入届を不受理とし、あるいは、職権によっても住民票への記載を行わなかったのは、住民基本台帳法に違反するものであり、憲法、子どもの権利条約、地方自治法及び児童福祉法にも違反するものであって、国家賠償法上の違法性を有する。
(被告の主張)
ア 不作為について
(ア) 本件において、福祉医療費受給資格者証交付申請にかかる手続以外は、行政手続法の適用除外となっており、同法6条の適用はないから、同法に関し被告の違法性は問題とならない。
(イ) 本件各不受理処分は、当時の状況からすれば、いずれも時期的な観点からみて十分に許容範囲内にある上、本件異議申立てに対しては、同年6月2日付けで異議を却下する旨の通知を出し、同年9月26日付けの本件不作為異議申立てに対しても、同年10月13日付けで本件不作為異議却下決定をしているから、被告は迅速に対応しており、原告らの主張には理由がない。なお、本件不受理処分②―2は、本件転入届②に対しては平成23年3月31日付けで既に本件不受理処分②―1がされていたことを前提に、最終的に不受理決定をしたこと伝えたものであり、本件異議申立てに対するものでもある。
イ 理由不明示について
(ア) 本件において、福祉医療費受給資格者証交付申請にかかる手続以外は、行政手続法の適用除外となっており、同法14条の適用はないから、同法に関し被告の違法性は問題とならない。
(イ) 仮に、本件において、被告が処分理由を示す必要があったとしても、被告は、本件不受理処分②―1及び②―2並びに本件却下通知書において、住民票の二重登録の問題や親権者であるAの手続拒否等、その正当な理由を明確に示しており、かかる観点からみても、被告の行為に何ら違法性は認められない。
ウ 住民票への不記載について
(ア) 本件各転入届について
原告X2は、平成22年9月29日、被告に対し、本件転入届①を提出したが、この転入届には転出証明書が添付されていなかったため、被告は、転入届受理のための要件を満たしていないと判断し、原告X2とAの間で原告X1を巡るトラブルがあることを同日までに聞いており、Aの意向を考慮しなければならないと考えていたこともあって、これを受理しなかった。
また、原告X2は、平成23年2月17日、被告に対し、本件転入届②を提出したが、この転入届には転出証明書が添付されておらず、届出をすべき世帯主はAであったことから、被告は、転入届受理のための要件を満たしていないと判断し、これを受理しなかった。
さらに、同年4月28日及び同年8月31日にも原告X1名義で本件転入届③及び④が提出されたが、これらの転入届にはいずれも転出証明書が添付されておらず、住民基本台帳事務においては、15歳未満の未成年者は意思能力なき者として取り扱われていたことから、被告は、15歳未満であった原告X1には届出能力がないと判断し、原告X2とAとの間で子の引渡し及び親権につき係争中であることを認識しており、Aの意思を無視して届出を受理することはできないと考えていたこともあって、これらを不受理とした。
(イ) 職権記載について
被告は、原告X2が平成22年9月29日に転入届を提出した際、職権記載を検討したが、原告X1の前住所である東京都世田谷区がすぐには職権消除することができないと回答し、二重登録のおそれが解消されなかったことから、職権記載をせず、その後、Aが子の引渡請求調停ないし保全処分をし、平成22年12月27日に原告X2に対し原告X1の引渡しを命ずる審判が言い渡されたことなどを確認し、原告X1がいつ東京都世田谷区に連れ戻されるかわからなかったことや、東京都世田谷区が、同審判の結果を受け、Aの承諾がない限り、職権消除はできないと判断し、被告が職権記載をすれば二重登録になってしまう事態となったことから、原告X2とAの争いが落ち着くのを待って判断せざるを得ないと考え、職権記載をしなかった。
その後の平成23年9月20日、Aから原告X1の転入届を提出したいことや転出証明書を原告X1に郵送することを伝える電話があり、被告は、原則どおり転入届の届出により住民票の記載がされるべきであると考え、Aに対し転入届を提出することを依頼したが提出されず、原告X2に対し転入届を提出するように何度も依頼しても、原告X2がこれを拒否したため、一刻も早く原告X1を住民票に記載することが原告X1の利益に資すると判断し、二重登録のおそれがなく、Aの利益も考慮する必要のない状況であったことから、平成24年1月23日に職権により原告X1を住民票に記載した。
(ウ) 以上によれば、被告が、原告X1の転入届を受理せず、平成24年1月23日まで職権によって原告X1を住民票に記載しなかった行為は適法かつ妥当な処分であり、国家賠償法1条1項にいう違法の評価を受けるいわれはない。
(2) 原告らの損害額
(原告らの主張)
ア 不作為による原告らの損害
被告の不作為により、異議申立てや審査請求といった行政不服審査法に基づく手続が遅れ、行政事件訴訟法による手続をとることができず、裁判による速やかな権利救済の機会が奪われ、それらのために費やした手続をすべて無駄にされた。これらの時間的・経済的損失を含め、原告らは、精神的苦痛を被った。また、被告の不作為により、長期間にわたって不当及び違法に処分がされず、早期の処分を期待していた原告らは、不安感・焦燥感を抱かされ、内心の静穏な感情を害され、精神的苦痛を受けた。
イ 理由不明示による原告らの損害
原告らは、どのような理由によりどのような法的根拠に基づき、本件各不受理処分を受けたのかを全く理解することができず、行政不服審査請求にかかる手続にも支障を受け、精神的苦痛を受けた。
ウ 住民票不記載による原告らの損害
(ア)a 原告X1は、小学校において学齢簿が作成されなかったため、①原告X1は、教科書の給与を受けることができず、原告らは教科書類を自費購入せざるを得ず、②原告X1は、学校保険法で定められた健康診断を受けることができず、③原告らは、一部の学校行事への参加も制限され、④原告X1に対し成績表が交付されなかったため、原告らは、原告X1の学習の度合いを知ることができなかった。
b 原告らは、手当や医療費支給といった行政支援を受けることができず、学用品や学校の授業で使用する備品類の調達、教材費や給食費の支払、医療の受診が困難となり、ランドセルや衣類なども購入することができなかった。
c 原告X1は、福祉医療の給付を拒まれ、病気に罹患しても医療の受診を我慢しなければならなかった。
d 原告X1は、予防接種の通知を受けることができず、集団接種の機会を得られなかったため、別途に改めて個別接種を受けさせなければならなかった。
e 災害の折には被災者支援の対象から外れる可能性が高く、自己防衛を余儀なくされる。
f 原告らは、原告X1の居住の事実を公証する手段を奪われ、各種契約に支障を来すなど、日常生活上の不便を被った。
(イ) 原告X2は、かかる原告X1の状態を見ていることしかできず、著しい精神的苦痛を感じた。
エ これらの事情に加え、その他本件訴訟に現れた一切の事情を考慮すると、原告らに対する慰謝料はそれぞれ70万円を下らない。
(被告の主張)
ア 前記(原告の主張)ア及びイは、否認する。被告に不当及び違法な不作為はなく、理由の不明示もなかった。
イ 前記(原告の主張)ウ(ア)aは、否認する。そもそも原告らの主張する事実と住民票への記載の有無との因果関係が不明である上、①教科書は貸与ないし給与されており、②原告X1は、学校保健法で定められた健康診断を受けていたし、③被告が原告らの学校行事への参加を制限したことはなく、④原告X1は、成績表ないし成績表と同様の内容の文書を交付されている。
ウ 同ウ(ア)bないしf及び同(イ)は、いずれも不知。
エ 同エは、争う。仮に、原告らが精神的苦痛を感じていたとしても、それは原告X2がAと離婚した際に親権者とならなかったがゆえに生じた当然の手続的負担であり、被告に対する慰謝料が発生する余地はない。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(国家賠償法上の違法性の有無)について
(1) 証拠(事実の末尾に記載する。ただし、後記認定に反する部分を除く。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる(争いのない事実も含む。)。すなわち、
ア 原告X1が原告X2と同居するに至った経緯について
(ア) Aは、平成16年9月に長男であるB及び次男である原告X1(平成11年○月○日生)(以下「子ら」という。)を連れて原告X2と別居し、子らと共に東京都世田谷区の実家で生活するようになった。その後、原告X2及びAは、平成19年4月に裁判離婚し、その際、原告X1の親権者はAと定められた。その後、Aは、平成21年4月に子らと共に前住所に転居した。(甲19から21、乙1から3、弁論の全趣旨)
(イ) 原告X1は、平成22年9月17日、Aに無断で、原告の下へ行く旨のメモを残し、前住所を出て現住所に移り、同所において原告X2と共に生活し始めた。(甲19から21、24、42、乙3、弁論の全趣旨)
イ 原告X2及びA間の親権ないし子の引渡しを巡る紛争について
(ア) 原告X2は、同月19日、Aを相手方として、東京家庭裁判所に対し、親権者変更を求める申立てをしたが、Aが後記(ウ)の申立てをしたことから、長野家庭裁判所松本支部に申立てをすることにし、同年11月30日、上記親権者変更を求める申立てを取り下げた。(甲21、弁論の全趣旨)
(イ) 原告X1は、世田谷区長に宛てて、同年9月22日付け転出届を郵送したが、同区は、同年10月5日付けで、世帯主であり親権者であるAが転出届を出す予定であること、原告X1が15歳未満の未成年者であることを理由にこれを受理しなかった。(甲22の1・2)
(ウ) Aは、同年11月12日、原告X2を相手方として、長野家庭裁判所松本支部に対し、原告X1の引渡しを求める申立て(同裁判所同支部(家)第469号)をしたところ、同裁判所は、同申立てが原告X1の福祉に反するとは認められず、親権者であるAからの非親権者であって監護権者でもない原告X2に対する同申立てはこれを認容すべきであるとして、同年12月27日、原告X2に対し原告X1の引渡しを命ずる旨の審判をした。(甲19、21、24、乙3、弁論の全趣旨)
(エ) 原告X2は、同月6日、Aを相手方として、長野家庭裁判所松本支部に対し、親権者変更の申立て(同裁判所同支部平成22年(家)第504号)をしたところ、同裁判所は、平成23年1月21日、同事件を東京家庭裁判所に移送する旨の審判をした。(甲21、弁論の全趣旨)
(オ) 東京高等裁判所は、同年5月6日、前記(ウ)の審判に対する抗告に対し、家庭裁判所調査官が原告X1の真意について原告X2からの影響力の行使の有無、程度を含めて調査する必要があり、さらには、Aの原告X1に対する具体的な監護内容や原告X1が家出に至るまでの母子関係の変化等を明らかにする必要があるとして、原審判を取り消して事件を長野家庭裁判所に差し戻す旨の決定をした。なお、その際、同裁判所は、同決定において、原告X1が、それなりの意思や判断力が期待できる年齢にあり、原告X2の下で生活することを望んでいること、原告Aに親権者としての基本的な責務を怠っていた疑いがあり、原告X1が家出をして原告X2の下で生活していることについてやむを得ない事由がなかったものと断定することができないことなどを指摘した。(甲20)
(カ) 東京高等裁判所は、同年6月6日、前記(エ)の審判に対する抗告に対し、原告X1の住所は現住所にあると解するのが相当であるとして、原審判を取り消す旨の決定をした。(甲21)
(キ) 同年10月19日、調停により原告X1の親権者がAから原告X2に変更された(さらに、同年11月28日に父の氏を称する入籍があった。)。(甲42、乙1)
ウ 原告X1の住民票への記載に関する被告内部の検討状況について
(ア) 白馬村教育委員会係長Cは、平成22年9月24日、原告X1に対するa小学校への通学に関する実態調査を行った。もっとも、被告住民福祉課においては、同日時点で、白馬村教育委員会から、原告X1が原告X2の自宅にいることを聞いてこれを認識していたが、その理由までは把握していなかった。
(弁論の全趣旨)
(イ) 原告X2は、同月29日、被告住民福祉課研修派遣職員Dに対し、本件転入届①を提出した。これに対し、Dは、原告X2に対し、難しいケースなので課長及び係長に相談してからでないと手続できない旨を伝えた。(甲25の1、乙4)
(ウ) 被告住民福祉課長Eは、地方事務所への問い合わせに対する回答を待って判断することにしたところ、地方事務所地域政策課企画振興係のFは、同年10月1日、Dに対し、①原告X2からの転出届を資料として、世田谷区が実態調査をした上で職権削除し、それを受けて転出証明書、それに準ずる証明書又は削除された住民票の写しを発行してもらう、②どうしても世田谷区の転出処理がされない場合は、本件転入届①を原告X2に返却し、Aと話し合って転出証明書を出してもらうようにする旨を回答した。これを受けて、Dは、同日、世田谷区に電話をしたどころ、同区担当者は、これから実態調査をしたとしても相当に時間が掛かり、その目途は6か月である旨を返答した。(甲25の1、乙4)
(エ) E課長は、同月4日、原告X2に対し、原告X1の戸籍の附票が職権消除されるのは望ましくないことや、県から世田谷区とよく話し合って進めるよう指示されたことを伝えるとともに、原告X2においてAに対し転出届を提出してもらうよう説得してほしいと要請した。原告X2は、これを承諾し、再度、Aに対し手紙を送付して催促する意向を示した。(乙4、証人G)
(オ) Dは、同月5日、世田谷区の担当者から、Aに転出届を提出する意向がある旨を聞き取った。(乙4)
(カ) E課長は、同月12日、原告X2に対し、Aに対する手紙の返事がどうなったのかを尋ねたところ、原告X2は、全く返事がない旨を返答した。(乙4)
(キ) 原告X2は、同月28日付けで、Eに対し、原告X1につき速やかに住民登録をすることを求める旨が記載された「未成年者(AX1)の住民登録について」と題する書面(甲2)を送付した。これを受けて、E課長、被告住民福祉課住民福祉係長G、同課保健介護係長H及びDが協議をしたところ、E課長からAに対し転出届の提出を要請する旨の電話をすることとし、E課長は、Aに対し、その旨の電話をした。(甲2、乙4)
(ク) E課長は、同年11月1日、原告X2に対し、Aに転出届を提出してほしい旨を伝えたこと、Aからは現時点で転出届を出す考えがない旨の意向が示されたこと、そうであれば本件転入届①を返却するとともに、勝手に職権記載もできないことを告げ、本件転入届①を不受理とした。(乙4、証人G)
(ケ) Dは、同月2日、再度、Fに相談したところ、同人から、居住の事実があるので住基法上、職権により処理すべきであるとの回答を受けた。(乙4)
(コ) G係長及びH係長は、同月8日、弁護士に相談したところ、同弁護士から、子の福祉を考慮し、住所の転入を受けるべきとの回答を受け、E課長らは、原告X1の居住実態につき実態調査を行う準備を進めることとした。(乙4)
(サ) これと並行して、E課長は、原告X2に対し、同人からの転出届によって転出証明書がとれることになっているので、出してみてほしい旨を伝えた。そこで、原告X2は、世田谷区長に対し、同年11月11日付け転出届を郵送したが、同区は、同月22日付けで、原告X1の住所の判断に当たっては慎重かつ客観的に調査を行う必要があるとした上で、平成23年1月19日付けで、届け出るべき人物からの届出がないことを理由にこれを受理しなかった。(甲23の1~3、乙4)
(シ) G係長及びDは、平成22年11月19日、原告X1の現住所を訪問し、原告X1に対し、名前やいつから同所にいるのかを尋ねるなどして、原告X1の居住実態に関する第1回目の実態調査をした。(乙4、証人G)
(ス) Dは、同年12月3日、G係長に対し、原告X1の居住実態に関する第2回目の実態調査について尋ねたが、原告X2が世田谷区の求めに応じて原告X1の通学証明を同区に提出しようとしていたことから、その様子を見ることとなった。その後、E課長は、原告X2に対し、世田谷区から連絡があったかを何度か尋ねたが、原告X2からはまだ連絡がないとの返答であった。(乙4)
(セ) そうしていたところ、Dは、平成23年1月13日、世田谷区の担当者から、平成22年12月27日に原告X1をAに引き渡すことを命ずる旨の審判(前記イ(ウ))がされたこと、そのため職権消除にはもう少し時間が掛かる旨を聞き取った。(乙4)
(ソ) 原告X2は、同年2月17日、Dに対し、本件転入届②を提出した。E課長は、原告X2に対し、すぐには処理ができないが検討する旨を伝えた。(乙4)
(タ) そのころ、被告は、Fに対し問い合わせをし、届出に転出証明書が添付されない場合は、戸籍の附票及び戸籍謄抄本を添付しなければならないこと、これらが添付されない場合であっても、届出を受理できない要件には当たらないこと、職権記載する場合の異動日を届出書に記載のとおり平成22年9月17日まで遡らせることでよいことなどの回答を受けた。E課長は、平成23年2月23日、G係長、H係長及びDに対し、同年3月半ばを目途に職権記載していきたいとの意向を示し、事務的な手続を進めるよう指示した。(乙4)
(チ) G係長は、同年3月16日ころ、世田谷区はAの承諾がない限り職権による処理はできないこと、被告で職権記載をすると二重登録になってしまい、被告だけ勝手にできないこと、そのため、先日、被告村長と話し合った結果、職権記載をしないとの結論に達したことなどを報告した。これを受けて、E課長は、同月18日、原告X2に対して、原告X1を転入させないとの被告の方針を説明した。(乙4、証人G)
(ツ) 原告X2は、同月26日、被告が本件転入届②の処理を行わないことに対する異議申立てをした。
(テ) 被告は、同月31日、原告X1の母であり親権者であるAが転出を認めていないこと、転出証明書が添付されていないため、受け付けると二重登録になること及び原告X2がAとの間で子の引渡申立事件等の係争中であることを理由として、原告X2に対し、本件不受理処分②―1をした。(甲5)
(ト) 被告は、同年4月22日付けで、Aの意思を照会したところ、Aは、同月30日付けで、原告X1の転入手続を明確に拒否することや、万一、Aの承諾なく原告X1が転入された場合には法的手続によりこれを争うつもりであることを回答した(その回答は同年5月6日に被告に到達した。)。(乙5)
(ナ) 原告X1は、同年4月28日、被告に対し、本件転入届③を提出したが、異動後の被告住民福祉課長であるI、同課係長J及びDは、原告X2に対し、原告X1が15歳未満の未成年者であることを理由に受理できない旨を伝えた。(甲25の2、6、乙4)
(ニ) 原告X2は、同年5月30日付けで本件不受理処分②―1に対する異議申立てをした。
(ヌ) 被告は、同年6月2日付けで、原告X2に対し、本件転出届②及び③を不受理とした理由として、原告X1は、未成年者であって単独での届出はできず、世帯主はAであるから原告X2には届出権限がないこと、原告X1について居所指定権を有するAから原告X1の転出届をする意思のないことが明らかとなっており、世田谷区の転出証明がないことなどが記載された「転入届不受理通知書」(本件不受理処分②―2及び③)を送付した。(甲8、乙10、証人I)
(ネ) 原告X1は、同年8月31日、被告に対し、本件転入届④を提出した。
(ノ) J係長は、同年9月8日、Aに電話をしたところ、Aは、原告X1本人の意思確認をしたいが連絡する方法がないこと、転出届を提出する気がないわけではないこと、同年9月末から同年10月初旬ころに原告X1との面会が予定されていることなどを述べたことから、その面会を待つことにした。(乙4)
(ハ) Aは、同月20日、世田谷区に転出届を提出した後、J係長に電話をし、同人に対し、同区から転出証明書を受領しており、これを原告X1宛てに手紙で送付して転入届をしてもらうようにする旨を告げた。(乙2、4、証人I)
(ヒ) しかし、その後も原告X2から転入届は提出されず、教育委員会のC係長が同月22日に原告X2に対し転出証明書について尋ねると、原告X2は知らない旨を答えた。また、C係長は、同月29日、Aからの電話に対し、原告X1が未だ転入されていない旨を伝えると、Aは、弁護士を通じて、原告X2に転入届を提出してもらうよう依頼する旨を答えた。(甲42、乙4)
(フ) 原告X2は、同月26日、本件異議申立てに対する決定をしないことにつき、不作為異議申立てをし、被告は、本件不作為異議申立てに対し、同年10月13日付けで、本件不受理処分②―2にかかる「転入届不受理通知書」によるとの理由により、本件不作為異議却下決定をした。(甲10)
(ヘ) Aは、同年10月4日、J係長に対し、電話で、まだ転入届が提出されていないため、転出証明書の再交付を受けて被告村役場窓口で転入手続を行いたい旨の意向を示した。これを受けて、I課長、J係長、H係長、D及びKは、同日、Aからの転入届について、異動日に関する原告X2とAの主張が食い違っていることから、折り合いがつかない場合はこれを受理できないこと、原告X2から転入届が提出される可能性もあることから、職権記載はすべきでないことなどを協議した。被告は、同月11日、Aに電話をして、同人の転入届を受理できない可能性があることを告げたところ、同人は、異動日を曲げる気はなく、受理できないならこのままでいいとの意向を示した。(乙4)
(ホ) 被告は、原告X1に対し、同年10月13日付けで、届出人が平成11年9月6日生まれの未成年者であり、単独での届出はできないこと、職権記載ではなく転出証明をもって転入の手続をすべきことを理由に、本件転入届④を不受理とする旨の「転入届不受理通知書」を送付した(本件不受理処分④)。(甲41)
(マ) 原告X2は、同年11月9日、I課長に対し、被告が原告X2を届出資格者と認めていないため、自分からは提出しないことや、転出証明書は送られてきたが原告X1宛てでありAから委任されているわけでもないので提出できない旨を告げた。(乙4、証人I。原告らは、乙4の当該記載部分の信用性を争うが、前記(ハ)及び(ヒ)の経緯によれば、Aは、原告X1宛てに転出証明書を送付したことが認められるし、さらに、その後、Aは、原告X2に対し、弁護士を通じて転入届の提出を要請したことが認められるが、それでも原告X2は転入届を提出しなかったことからして、原告らの主張は採用することができない。なお、原告X2が同年9月22日時点で知らない旨を回答したことは、乙4にも記載されており、そのことは上記結論を左右するものではない。)
(ミ) 被告は、地方事務所のLに対し、同年11月16日、職権記載の可否を照会し、同年12月8日、可能であるとの回答を受けた。I課長は、同月12日、J係長及びDとの打ち合わせにおいて、職権記載する方向で書類を揃え、その後、原告X2に転入届を提出するよう促し、それでも提出されない場合に職権記載を行うこととした。(乙4)
(ム) 被告は、同月14日、世田谷区に対し、住民票除票、戸籍謄本及び戸籍の附票を公用請求し、同月16日、東京都港区に対し、戸籍を公用請求するなどして資料を揃え、平成24年1月17日、職権記載の可否について弁護士とも相談した上、同日、原告X2に対し再度転入届の提出を依頼したが、これを拒否されたことから、同月23日、原告X1につき職権で住民票に記載した。(甲12、乙2、4)
(2) 処分の遅滞それ自体の違法をいう点について
ア 国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであるから、市町村長が本件認定請求に対する処分のために客観的に手続上必要と考えられる期間内に応答処分をしなかったとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延させたと認め得るような事情がある場合に限り、国家賠償法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。
イ これを本件についてみると、まず、本件各転入届について、前記認定によれば、被告は、本件各転入届に対しいずれもその提出を受けてから三、四十日余りの後に本件各不受理処分を行ったことが認められ、そのことに加えて前記に認定した本件各不受理処分に至るまでの経緯に照らすと、被告が漫然と相当期間を超えて応答処分を長期間遅延させたと認めることができないことは明らかである。
また、本件不作為異議申立てについても、被告は、同申立てがあった17日後に本件不作為異議却下決定をしたことが認められるし、福祉医療費受給資格者証の交付申請についても、証拠(甲14)及び弁論の全趣旨によれば、原告X2は、平成23年3月1日、被告に対し、福祉医療費受給資格者証の交付を申請し、同月16日、不作為異議申立てをしたところ、被告は、同月24日、原告X1を受給者とする同資格者証が交付されたことが認められ、申請日の23日後に同資格者証を交付したことが認められるから、いずれも被告が漫然と相当の期間を超えて応答処分を長期間遅延させたということができないことも明らかである。
これに対し、前記認定によれば、本件異議申立てに対しては、同申立てから7か月余りが経過した後に応答処分がされたことが認められ、平成23年6月2日付け「転入届不受理通知書」をもってした本件不受理処分②―2はあくまで本件転入届②に対する応答処分であったと認められるから、被告が、本件異議却下決定に至るまで本件異議申立てに対する応答処分をしなかったことは不相当であったとの誹りは免れない。しかしながら、本件異議申立てに対する応答処分が上記期間遅延し、原告X2が不安感や焦燥感など一定の精神的苦痛を受けたとしても、その程度は必ずしも大きいものではなく、未だ社会通念上受任すべき限度を超えたものということはできないし、行政不服審査法に基づく手続が遅れたと主張する点についても、同法は、異議申立てについての決定を経ることなく審査請求をすることができる例外的場合を規定しているのであるから(同法20条ただし書)、そのことをもって原告の法的保護に値する権利利益の侵害があったということはできず、その遅延したことにつき国家賠償法上の違法性があったということはできない。
(3) 理由不提示の違法をいう点について
原告らは、本件各不受理処分及び本件却下通知書には法的根拠や十分な理由が提示されておらず、行政手続法8条及び14条に違反する旨を主張するが、そもそも本件において行政手続法は適用されないから(法31条の2)、原告らの主張は失当である上、前記認定によれば、本件各不受理処分にはいずれも被告が本件各転入届を不受理とした理由が記載されていたことが認められる上、本件不作為異議却下決定には、その理由として本件不受理処分②―2にかかる転入届不受理通知書による旨のみが記載されているが、そのような記載によっても、同通知によって既に応答処分がされたことを理由とする趣旨が読み取れるから、理由記載が不十分であるとはいえない。よって、本件不受理処分及び本件不作為異議却下決定における理由の記載が国家賠償法上違法であったということはできない。
(4) 平成24年1月23日に至るまで原告X1を住民票に記載しなかったことの違法をいう点について
ア 前記のとおり、国家賠償法1条1項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負う職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときに、国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定するものであり、市町村長の住所認定に不服を有する者は、当該市町村長に対する異議申立てや都道府県知事に対する審査請求を経た上、最終的には訴訟によって救済を受けることもできるのであるから(法31条の4、32条、行政不服審査法20条、行政事件訴訟法8条)、市町村長が客観的に当該市町村内に住所を有する者につき住所認定をせず、そのことが住基法上違法であったとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、市町村長が当該者につき一見明瞭に住所要件を満たしているにもかかわらず、敢えてその認定をしなかった場合など、その認定判断が著しく合理性を欠く場合に国家賠償法上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。
イ ところで、住基法にいう住所とは、各人の生活の本拠をいい(法4条、地方自治法10条1項、民法21条)、その認定に当たっては、客観的居住の事実を基礎とし、これに当該居住者の主観的居住意思を総合して決定すべきものとされる(住民基本台帳事務処理要領〔甲35〕参照)。
そして、当該居住者が未成年者の場合には、親権者が未成年者の居所指定権を有することから、親権者の意思が介在することは否定できないというべきところ(大審院昭和2年5月4日決定・民集6巻5号219頁参照。したがって、未成年者の住所が親権や居所指定権と無関係であるとする原告らの主張は採用することができない。)、前記認定によれば、Aは、当初、原告X1の転出につき明確に反対の意向を示していたことが認められる上、原告X1は、当時11歳であったことが認められ、それなりの意思や判断力を有していたと考えられるものの、その意思や判断力に未成熟な部分があったことは否定できないから、直ちにその意思が親権者であるAの意思に優先するものとみることもできなかったというべきである(さらに、本件のように原告X1が非親権者たる原告X2の下に身を寄せている場合には、原告X1の意思が現に監護を受けている原告X2の影響を受けている可能性も十分に考えられるから、被告が原告X1の真意を的確に把握するのも困難であったということができる。)。
また、このような原告X1の真意やAの意思といった主観的居住意思ではなく、客観的居住の事実を重視して原告X1の住所を認定するとしても、当該居住者が一時的に当該市町村内に居住しているというだけでは当該場所が住所であると認めるには足りず、前記のように原告X1の真意が被告にとって必ずしも明らかではなく、親権者であるAが明確に反対の意向を表明している状況の下で、原告X1が白馬村内に住所があると判断するためには、単に原告X1が白馬村内に居住しているとの事実のみでは足りず、その場所が社会通念上生活の本拠であると認められる程度の継続的かつ安定的な居住関係を有するに至ったと認められることが必要であったというべきである。
しかしながら、どの程度の期間にわたって客観的居住の事実を継続すれば、社会通念上生活の本拠といえるだけの継続的かつ安定的な居住関係が成立したといえるのかについては明確な基準は存在しない上、前記認定によれば、Aは、平成22年11月に原告X2を相手方として原告X1の引渡しを求める審判を申し立て、同年12月27日には原告X1が原告X2の下で生活することがAの親権を妨害するとの司法的判断が示されたことが認められる。このことは、近い将来において原告X1の客観的居住の事実が消滅する可能性が高く、原告X1の居住関係が不安定になったことを意味するものである上、同審判においてAの親権妨害が肯定されたことは、主観的居住意思としての原告X1の意思よりもAの意思(居所指定権)が優先することが示されたものといえるから、未だ確定するには至っていなかったとはいえ、かかる司法的判断がされたことは原告X1の過去の住所認定にも影響を及ぼすものであったということができる。
このような状況の下においては、被告が原告X1の住所が白馬村内にあるとの判断を行うことは必ずしも容易ではなかったということができるから、Aが原告X1の転出を容認するに至った平成23年9月20日ころの時点で、原告X1が原告X2の下に移り住んでから約1年が経過していたことを考慮しても、一見明瞭に原告X1の住所が現住所にあったということはできず、被告において原告X1の住所が現住所にあると判断しなかったことが著しく不合理であったとまでいうことはできない。
そうすると、被告が平成23年9月20日ころに至るまで原告X1の住所が現住所にあるとの判断をしなかったことが国家賠償法上違法であったということはできないというべきである。
ウ そして、前記認定によれば、Aは、平成23年9月20日、世田谷区に転出届を提出し、遅くとも同月末ころまでには、原告X1宛てに転出証明書を送付したことが認められ、被告は、Aが原告X1の転出の意向を示し、世田谷区に転出届を提出したことにより、原告X1につき住民票への記載をすべきことを認識したといえるが、原告X2からの転入届の提出が期待できる状況にあったため、その提出を待つことにし、その後、原告X2からその意思がないことを聴取したことから、地方事務所に対し職権記載の可否を照会し、必要な資料を揃えるなどした上、平成24年1月23日、職権により原告X1を住民票に記載したことが認められる。
このように、被告は、原告X2から転出証明書の添付された転入届の提出を期待できる状況になったことから、その提出を待ったが、原告X2がこれを拒絶したため、職権による記載をすることにしたものであり、むしろ、被告は、職権により原告X1を住民票に記載すべき義務を適切に履行したものということができるから、平成23年9月20日ころ以降の被告の行為についても何ら国家賠償法上の違法性はないというべきである。
エ 以上によれば、被告が本件各不受理処分をし、あるいは、平成24年1月23日に至るまで職権によっても原告X1を住民票に記載しなかったことにつき、何ら国家賠償法上の違法性は認められないというべきである。
第4結論
よって、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 長谷川武久)