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長野地方裁判所松本支部 平成5年(ワ)318号 判決 1998年3月10日

第一事件原告

中村実

外九名

第二事件原告

須山美代子

外二一名

右第一、第二事件原告ら訴訟代理人弁護士

漆原良夫

清見勝利

右清見勝利訴訟復代理人弁護士

桝井眞二

第一、第二事件被告

宗教法人常楽寺

(以下「被告」という。)

右代表者代表役員

池田雄源

右訴訟代理人弁護士

山根伸右

石曽根清晃

小長井良浩

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二事件を通じて、原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、第一事件原告らに対し、別紙寄附一覧表一記載の金員及びこれに対する平成五年一二月一七日から右支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  被告は、第二事件原告らに対し、別紙寄附一覧表二記載の金員及びこれに対する平成六年五月一日から右支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

第二  事実関係

(第一、第二事件)

一  本件は、被告の寺院新築計画に伴い御供養(寄附)を行った第一、第二事件原告ら(以下「原告ら」という。)が、右計画が廃止となったことなどを理由に、被告に対し、不当利得として右寄附金相当額の返還を求めている事案である。

二  請求原因

1  被告は、昭和四九年一〇月二三日に設立された宗教法人であり、訴外日蓮正宗を包括団体とする被包括団体である。

被告の代表役員は、昭和六三年三月までは訴外秋元意道で、その後訴外藤田道雄(以下「藤田元住職」という。)となり、平成五年四月一三日からは訴外猪又法仁である。

2  被告の寺院新築計画

被告は、遅くとも昭和六一年ころ、被告寺院の移転新築を計画し、昭和六二年三月ころ、新築寺院の敷地とするために、大町市大字常盤字本郷所在の約四〇〇〇平方メートルの土地(以下「本件敷地」という。)を購入した。

3  被告による寄附金の募集

(一) 藤田元住職は、平成元年一〇月ころから、被告寺院で行われる御講の席上などで、多数の信徒に対し、寺院新築の費用に充てるための寄附金を募るようになり、信徒が寄附の際に使用するものとして「寺院新築御供養申込書」と題する書面を作成して、被告寺院の受付に備え付け、また、被告寺院内に新築寺院の完成予想図(甲第三三号証。以下「本件完成予想図」という。)を掲げて信徒に示したり、平成三年ないし平成三年度中には完成予定である旨説明したりした。

(二) 原告ら(但し、原告丸山ゆり子及び原告森屋通枝については亡丸山武久)は、被告による右寄附金募集に応じて、被告に対し、別紙寄附一覧表一及び二記載の金額を寺院新築費用に充てることを目的としてそれぞれ寄附した(以下「本件寄附」といい、これにかかる寄附金を「本件寄附金」という。)。丸山武久は、平成六年四月二八日死亡し、原告丸山ゆり子及び森屋通枝がこれを相続した。

4  本件寄附の法的性格

原告らは、前記3のとおり被告が寺院新築資金とするための寄附を募集したことに応じて本件寄附を行ったのであるから、本件寄附は、その使途が被告寺院新築に使用することに限定されているものというべきであり、したがって、本件寄附の法的性格については、本件寄附金を被告寺院新築のため資金としてのみ使用することを内容とする負担を伴う負担付贈与契約、または、本件寄附金が被告寺院の新築のための資金として使用されないことを解除条件とする解除条件付贈与契約と解すべきである。

なお、右負担ないし条件の内容をなす寺院新築とは、当然原告らが本件寄附を行う前提とした、遅くとも平成三年度中には完成予定の本件完成予想図のような寺院の新築を意味し、したがって、将来これとは異なる寺院が新築されるかどうかは関係のないことである。

5  負担不履行の確定ないし解除条件の成就

(一) 計画の廃止による負担不履行の確定ないし解除条件の成就

(1) 訴外日蓮正宗の宗務院は、平成三年ころ、被告を含む各末寺に対し、未着工の寺院新築計画を廃止するよう指示した。

(2) また、被告寺院の新築計画では、その予算として約二億六一〇〇万円が予定され、そのうち、被告の預貯金八四〇〇万円及び土地売却代金七〇〇〇万円を除いた残額一億円余りについては、信徒からの寄附金や本山ないし金融機関からの借入金で賄う予定であったところ、藤田元住職は、平成五年三月一一日及び同年四月中旬の二回にわたり、当時の被告の預貯金の全額である約一億二三〇〇万円を八十二銀行大町支店、大北農協大町支店及び大町郵便局の被告名義の各預貯金口座から下ろして、これを着服横領した。被告の右預貯金は、右計画の資金として予定されていたのであり、そのような重要な資金である預貯金全額が他の用途に流用されるという事態は、右計画が廃止されていない以上、あり得ないことであり、したがって、遅くとも平成五年四月中旬の時点で、右計画が廃止されていたことは明らかである。

(3) さらに、元来被告寺院に参詣する信徒の殆どは創価学会員であり、被告寺院の新築計画は多数の創価学会員の参詣を前提として立案されたものであったところ、平成二年一二月に起きた創価学会と日蓮正宗との紛争を契機に創価学会員である信徒の殆どが被告寺院に参詣しなくなったことにより、当初予定したような規模での寺院新築は意味を失っており、かつ、借入金等の返済の裏付けもなくなったため(信徒が多数参詣すれば、塔婆供養や冠婚葬祭等による寺院収入が見込まれる。)、被告は、右計画を廃止せざるを得ない状況に陥っている。

(4) 加えて、被告は、当初昭和六二年六月一〇日建築工事着工及び昭和六三年一二月二〇日までの竣工を予定し、本件敷地につき農地法第五条の転用許可を申請するにあたっても、昭和六一年一二月二三日から二年以内に寺院新築工事を完成させることを誓約していたにもかかわらず、右期間内の完成が困難となり、そのままでは農地法第五条の転用許可の取消も想定される事態になったため、被告は、昭和六三年一〇月三一日、大町市農業委員会に対して平成四年三月までには全ての工事を完了させることを約して、当初の右予定を変更延期する手続をとったが、被告は、平成四年三月になっても建築工事に着工せず、かつ、大町市農業委員会等に対して何らの延期手続もとっておらず、そのことは、現在に至るも同様であり、本件敷地は更地のまま放置されている。

(5) 右(1)ないし(4)の事実に照らせば、被告寺院の新築計画が既に廃止となっていることは明らかである。したがって、本件寄附金が右計画実現のための資金に供されることもなくなったのであるから、本件寄附は、解除条件の成就により、または、その後に原告らが本件訴状によりなした負担の不履行の確定を理由とする解除により、本件寄附はその効力を失ったこととなる。

(二) 本件寄附金の目的外使用(流用)による負担不履行の確定ないし解除条件の成就

前記5の(一)の(2)のとおり、藤田元住職は、本件寄附金を含む被告の全ての預貯金を出金横領しているのであるから、被告は、その使途を限定された本件寄附金をその使途以外の目的に流用したこととなる。したがって、本件寄附は、右の時点で解除条件の成就により、または、その後に原告らが本件訴状によりなした負担の不履行の確定を理由とする解除により、その効力を失ったこととなる。

(三) 社会通念上相当期間の経過による負担不履行の確定ないし解除条件の成就

被告寺院の新築計画は、期間的に全く無限定なものということはありえず、当然のことながら社会通年上相当な期間内に実現するという負担ないし解除条件が付いているというべきである。前記5の(一)の(4)のとおり、被告は、昭和六三年一〇月三一日には、平成四年三月までには完成させる予定であり、大町市農業委員会に対してもその旨確約していたのであり、原告らも、そのような状況の中、被告からの寄附金募集に応じて、平成元年一二月から平成三年一月にかけて本件寄附を行ったものである。

しかるに、被告は、当初の竣工期限である昭和六三年一二月二〇日からは九年以上、延期後の平成四年三月からでも六年近く経過しているにもかかわらず、全く着工していないばかりか、今後何時着工するかの予定すらない状態である。したがって、もはや前記相当期間を徒過しているものというべきであるから、本件寄附は、解除条件の成就により、または、その後に原告らが本件訴状によりなした負担の不履行の確定を理由とする解除により、その効力を失ったこととなる。

(四) 右(一)ないし(三)のとおり、本件寄附はその効力を失ったのであるから、被告は、原告らに対し、不当利得として本件寄附金相当額を返還すべき義務を負うこととなる。

6  よって、原告らは、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、それぞれ別紙寄附一覧表一及び二記載の寄附金相当金額及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一二月一七日ないし平成六年五月一日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

(請求原因に対する認否)

1 請求原因1、2の事実は認める。

2 同3の事実は不知。

3 同4、5の事実は否認ないし争う。

(被告の主張)

1 被告は、寺院新築計画を廃止ないし中止したことはなく、また、被告の包括法人である日蓮正宗から寺院新築について廃止等の指示を受けたこともない。右計画は、平成二年一二月に日蓮正宗と創価学会との間で紛争が発生し、また、これにより創価学会員である原告らが被告寺院に参詣しなくなったことなどを原因に、しばらくの間様子を見ることとしているが、被告において、寺院を新築する計画には些かの変更もなく、また、信徒の新寺院建立への要望も依然として強く、現在も新寺院建立に対する御供養がなされている。

2 そもそも、寺院の新築は集まった御供養の金額によって計画を具体化したり、或いは着工したりするとかいうものではない。寺院新築への御供養は、宗教心の発露であって、新しい寺院の建立に役立つことにより御本尊に報いるという信仰心に基づくものであり、具体的な日時、建物を前提になされるものではなく、その意味で、御供養と寺院新築との間には直接的な因果関係はなく、せいぜい新しい寺院建立への祈願ともいうべき極めて緩やかな関係が存するものにすぎないのであって、そもそも法律上の条件や負担を付せられるべき性格のものではない。

四  主たる争点

1  本件寄附は、負担付贈与契約ないし解除条件付贈与契約か。右負担ないし解除条件の内容。

2  右負担の不履行ないし解除条件の成就の事実は認められるか。

第三  当裁判所の判断

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第一号証ないし第三三号証、第三六号証、第三七号証の一ないし一二、第三八号証、乙第二号証、証人藤田道雄、同猪又法仁の各証言及び原告塚田利助の本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和四九年一〇月二三日に設立された宗教法人であり、訴外日蓮正宗を包括団体とする被包括団体である。被告の代表役員は、昭和六三年三月までは訴外秋元意道であったが、その後藤田元住職となり、平成五年四月一三日からは訴外猪又法仁となり、平成六年六月からは訴外池田雄源となっている。

2  被告は、信徒数に比較して、被告の本堂や駐車場が手狭であることや建物が老朽化していたこと等から、遅くとも昭和六一年ころ、被告寺院の移転新築の計画を立案し、その一環として、被告は、同年九月二三日付責任役員会議の決議に基づき、昭和六二年三月ころ、新築寺院の敷地とするために本件敷地を購入した。被告の寺院移転新築計画の予算は約二億六一〇〇万円であり、その資金としては、被告の貯金が八四〇〇万円、土地売却代金が七〇〇〇万円であり、その余は、金融機関からの借入金や信徒からの寄附等によることとされていた。

そして、被告は、昭和六一年一二月二三日、本件敷地内に含まれる農地につき農地法第五条の転用許可の申請手続を行い、昭和六二年三月二〇日にその許可を得た(なお、被告は、右申請書に、工事期間につき昭和六二年六月一〇日着工、同六三年一二月二〇日竣工予定と記載し、また、当時の被告住職訴外秋元意道は、右転用許可申請に際し、長野県知事に対し、二年以内に計画を完成する旨の誓約書を提出した。)。また、被告は、昭和六二年二月二三日、右土地につき、都市計画法に基づく開発許可の申請手続を行い、同年三月一〇日にその許可を得た(なお、被告は、右申請書に、工事着工予定年月日を昭和六二年六月二〇日と、工事完了予定年月日を昭和六二年九月二〇日とそれぞれ記載した。)。

3  その後、寺院新築計画が、資金繰りの関係で遅滞したため、被告は、昭和六三年一〇月三一日、長野県及び大町市農業委員会に対して、昭和六六年(平成三年)一一月中には建物建築工事を完成させ、昭和六七年(平成四年)三月中には外堀・造園工事を含めた全ての工事を完了させる旨の誓約書を提出した。また、被告は、業者に本件敷地の造成工事を依頼するとともに、昭和六三年一二月二〇日ころ、訴外山下建築設計事務所に新築寺院の設計工事監理を依頼し、平成二年一二月一日には、甲第三二号証の設計図が完成した。

4  一方、藤田元住職は、平成元年一〇月ころから、被告寺院で行われる御講の席上などで、度々、信徒に対し、新築寺院は平成三年ないし同年度中には完成予定であるなどと説明して、被告寺院の新築費用に充てるための寄附金を募るようになり、それに合わせて、被告寺院内に本件完成予想図を掲げて信徒に提示し、また、御講の後の懇談の席上などで寺院新築の話題が出た際にも、本件完成予想図の説明をした。

5  原告らは、右寄附金募集に応じて、本件完成予想図で示されたような寺院が遅くとも平成三年度中には完成するであろうと考えて、平成元年一二月から平成三年一月にかけて、被告に対し、それぞれ本件寄附を行った。本件寄附は、原告らが「寺院新築御供養として申込みます」などと記載された寺院新築御供養申込書と題する書面に寄附金額等を記載して寄附金とともに被告に交付し、これに対し、被告が「寺院新築御供養としてお受け致し……」などと記載された受書と題する書面を原告らに交付するという方法により行われた。

6  しかし、平成二年一二月、日蓮正宗と創価学会との間に紛争が生じ、創価学会員である原告らは、被告に参詣しなくなった。被告は、寺院の新築の目的が、信徒数に比較して本堂等が手狭であるため、より規模の大きな寺院を新築しようとしたものであることから、原告ら多くの創価学会員が被告に参詣等しなくなると、寺院新築の前提がなくなるばかりか、今後の被告の財政状況にも重大な影響が出ることから、寺院の新築工事を右紛争が解決するまで当分の間見合わせることとした。これに対し、原告平出加栄治は、平成三年六月二三日の責任役員会において、「寺院の移転は絶対できない。だから御供養を返して貰いたい。」と本件寄附の返還を求めたが、藤田元住職は、宗務院に報告して、指導を受けながら対処していく旨返答した。

7  平成四年一月一二日及び二七日、原告平出加栄治らは、藤田元住職に対して、本件寄附金の返還を求めた。同年六月二七日、責任委員会が開催されたが、丸山武久は、藤田元住職に対し、「たとえ、移転できたとしても、私達には寺院は必要ないので新築御供養だけは返して貰いたい。」と本件寄附金の返還を求めた。藤田元住職は、「被告は独立した法人ではないので、宗務院と協議しなければ、被告独自の判断で本件寄附金を返還することはできない。」と返答した。

8  日蓮正宗と創価学会との間の紛争はその後も解決せず、原告ら創価学会員は被告に参詣等しなかったため、被告は、前記のとおり寺院新築計画の前提を失い、右計画を進展させることができなかった。

9  平成五年三月、藤田元住職は、被告の寺院移転新築及び運営等のための預金一億一〇〇〇万円を着服横領し、同年四月一三日、住職を免ぜられた。藤田元住職は、同月一六日、被告名義の大北農協の預金約一三六四万円を払い戻し、藤田個人名義の預金として預け入れたが、右金員については、後日執行手続を経て、被告に取り戻された。

10  被告寺院の新築計画は、現在、本件敷地の造成工事が終了し、設計図等が完成した段階で中断しており、今後の具体的な見通しは立っていない。しかし、被告は、寺院の新築計画を廃止してはいない。

11  原告ら以外の被告の信徒は、寄附金の返還を求めることなく、現在も新たな寄附を続けて、新しい寺院の建築を望んでいる。

二  右認定の事実に基づき原告らの本訴請求の当否について判断する。

1  特定の個人ないし団体に対する寄附は、一般に、贈与契約であると解されるところ、寄附に際して、寄附者と寄附を受ける者との間において、一定の具体的な目的ないし使途が約束されていた場合には、当事者の意思を尊重し、寄附を受けた者は右目的ないし使途を遵守ないし履行すべき義務(債務)を負い、寄附を受けた者がこれを怠ったときには右寄附を寄附者に返還する旨の約束があると解するのが相当であり、したがって、右のような場合における贈与は負担付贈与になる。

2  これを本件についてみるに、前記一認定の事実によれば、本件寄附は、普段日常的になされる供養とは異なり、寺院新築の財源とするため、被告の呼びかけに応じる形で行われた特別の供養であって、本件寄附の申込書の記載内容等に照らしても、本件寄附が寺院新築資金という使途を定められたものであることは明らかであり、したがって、本件寄附金を右以外の使途に充てることは許されないというべきである。さらに、前記一認定の事実によれば、本件寄附当時、被告寺院の新築計画は、単なる構想ないし青写真の段階を越え、既に具体化していたものである。すなわち、被告は、寺院新築のための敷地予定地を購入し、行政機関に対しては開発許可の申請等を行ってその許可を得ており、訴外山下建築設計事務所に新築寺院の設計監理を委託し、これに基づいて設計図が作成され、被告寺院内には新築寺院の完成予想図が掲げられて信徒に示され、また、寺院新築の時期についても、行政機関に対して平成四年三月中には完成させる旨の確約書を差し出し、信徒に対しても、遅くとも平成三年度中には完成予定である旨話すなど、新築寺院の規模、内容や、新築時期等は相当具体的な段階まで進行していた。原告らは、右のような進行状況を見聞きして、本件完成予想図のような新寺院が遅くとも平成三年度中には完成することを信頼ないし期待して、本件寄附を行ったものであり、被告においても、右のことを当然了解の上で、本件完成予想図のような新寺院を遅くとも平成三年度中に完成させるための資金とする意図で本件寄附を受領したものということができる。そして、信徒にとって、どのような寺院が何時新築されるかについては重大な関心があるというべきであるから、本件寄附当時における被告寺院の新築時期等に関する右のような諸状況は、原告らが本件寄附を行うに至った重要な動機づけになっているというべきであり、原告らの前記のような信頼ないし期待は法的にも保護に値するものということができる。

3  ところで、前記認定のように、被告は、現在の被告の寺院の規模が被告の信徒数に比較して小さく、より規模の大きな寺院が必要となったことや寺院の老朽化等から、寺院の新築を計画したものであるが、その後日蓮正宗と創価学会との間に紛争を生じ、原告らが被告寺院に参詣等しなくなったために、新築寺院の規模等は大幅に見直さなければならない状況となり、寺院の新築計画の遂行を現在中断している。しかし、一方、日蓮正宗と創価学会の紛争が、従前どおりの関係に復する形で円満に解決し、原告らが再び被告寺院に参詣等するようになった場合には、当初予定していた本件完成予想図のとおりの寺院を新築する必要があることになる。また、新築寺院の建築資金のうち金融機関から借入金の返済については、信徒からの今後の御供養等の収入に頼ることになるが、これについても原告らが被告寺院に再び参詣等するようになるか否かによって大きく異なることになる。被告としては、これらの諸状況を見定めた上でなければ、どのような規模の寺院をいつ新築するかを決定しがたいのであり、現段階において、これを決定するのは困難な状況にあるといえる。

4  そこで、原告らを含む信徒が、被告寺院新築のための寄附をした際に、寄附当時には予想し得ないような状況の変化(日蓮正宗と創価学会の間の紛争による被告の信徒数の減少、財産状況の悪化等)が生じ、そのために被告において当初予定していた本件完成予想図のような寺院の建築ができないような状況に至った場合に、原告ら及び被告が、本件寄附金の使途(原告らへの返還を含む。)についてどのような意思を有していたかにつき検討する(原告ら及び被告は、右のような状況に至った場合の本件寄附金の帰趨について明示的な意思表示をしていないから、当事者の合理的な意思を推測することになる。)。

原告らを含む被告の信徒にとって、参詣ないし法要等の宗教的行為を行う場所として寺院の存在は不可欠であるところ、前記認定のとおり、被告の寺院は現在老朽化しており、その規模の大小は別として、いずれ新築する必要に迫られていること、原告ら以外の信徒は寄附金の返還を求めることなく、現在も新たな寄附を続けて、新しい寺院の建築を望んでいること、創価学会に所属する原告らは、日蓮正宗と創価学会との間の紛争発生後、被告寺院に参詣等しなくなり、今後も、右紛争が続く限り、被告の信徒として被告寺院を利用する意思はなく、従って、被告寺院を新築する利益を失ったことから、本件寄附金の返還を求めていることが認められるが、これらによれば、原告らを含む被告の信徒が被告寺院新築のためにした寄附は、寄附当時予想できなかったやむを得ない事情により、本件完成予想図のような寺院を新築することができなくなった場合においても、被告が建築する新たな寺院の建築資金として使用することを認める意思でなされたものと認めるのが相当である(原告らも、仮に、右紛争が前記のような形で円満に解決するなどして、再び被告寺院に信徒として参詣等することになれば、建築時期が当初の計画とは大幅に異なることになるが、右寺院の新築のために本件寄附金を使用することに異議はないものと考えられる。)。

5 以上のように、本件寄附は、被告において、(一)特段の事情の変更のない限り、本件完成予想図のような寺院を新築するが、(二)寄附当時予想できなかったやむを得ない事情により右寺院の建築が困難となり、建築する寺院の規模、時期等が変更になった場合にも、右変更後の寺院の建築資金に充てるとの負担ないし条件のもとになされたと認めるのが相当である。そして、被告は、前記認定のように寄附当時予想できなかったやむを得ない事情により寺院新築計画を中断しているのであり、未だ寺院新築計画を廃止してはいないのであるから、原告らは本件寄附金の返還を求めることはできないというべきである。

6  なお、原告らは、本件寄附金は定められた使途以外に使用(流用)されたものであるから、条件成就等により贈与契約は効力を失ったと主張するが、被告寺院新築に要する資金に占める本件寄附金の割合等から考えて、本件寄附金が流用された場合にはいかなる場合にも贈与契約が解除されるとの負担ないし条件が贈与契約の内容となっていたとは認められない。そして、前記一の9認定のように、本件寄附金は一旦藤田元住職によって横領されたが、その後被告によって取り戻され、現在寺院新築資金として保管されているのであり、このような場合にも贈与契約が解除されるとの負担ないし条件が付せられていたとは認められない。

三  以上認定判断したところによれば、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官松丸伸一郎 裁判官太田武聖 裁判官寺本明広)

別紙寄附一覧表<省略>

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