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長野地方裁判所松本支部 昭和22年(タ)38号 判決

原告 根本梅子 外一名

被告 根本正三 (いずれも仮名)

一、主  文

原告根本梅子と被告とを離婚する。

右両名の間の長女和子(昭和十八年十二月十五日生)及長男一夫(昭和二十二年八月十二日生)に対する親権者を原告根本梅子と定める。

原告根本さよと被告とを離縁する。

被告は原告根本梅子に対し金一万円、原告根本さよに対し金五千円を各支拂へ。

原告両名の其の余の請求を棄却する。

訴訟費用は之を五分し其の一を原告両名の負担とし其の余を被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、原告根本梅子と被告とを離婚する、原告根本さよと被告とを離縁する、被告は原告根本梅子に対し金五万円、原告根本さよに対し金三万円を各支拂へ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、其の請求の原因として、

原告梅子は昭和十八年二月二十八日訴外細田正勝の媒酌で被告と結婚式を挙げて事実上の婚姻をなし次で同年三月四日婚姻届出の手続を了し同棲して來たものであるが、同年八月二十六日原告梅子の生家で其の実母に当る原告さよ方に於て当時戸主であつた原告梅子の弟致由が死亡し原告さよが其の家督相続をしたが、原告さよは既に老齢に及び家に子がなかつたため昭和十九年三月二十二日被告は迎えられて原告さよの養子となり其の届出をして原告梅子及長女和子を伴い原告さよの家に入つた。被告は当時名古屋市内の三菱工場に勤務していたが、昭和十九年九月中太平洋戰爭で應召し、名古屋市を引揚げて一先づ養母である原告さよの許に帰り同所から出征した。終戰後昭和二十一年四月三十日復員し爾來原告等と同棲するに至つた。原告梅子は妻として被告に対し貞節を盡し温順に仕え又原告さよは養母として將來老先の短い身を託し安心して死水を取つて貰うために迎えた養子のことであるから勿論被告を疏略に扱うべき筈もなく実子以上に待遇し親切を盡して來たが、被告は生來薄情で親子妻女其の他肉親に対する愛情を欠き僅かのことに激怒して誰彼の見境なく殴打暴行を加え原告等は一日も安心して起居することが出來ない状態である。即ち

(一)昭和二十二年七月五日当時姙娠中であつた原告梅子は被告のため頭部及胸部等を殴打せられ数時間に亘つて人事不省に陥り原告さよや原告梅子の姉で訴外宮沢勇平に嫁したよしえ其の他隣家の人々等の看護により漸く蘇生したが其の直後又々殴打せられ(二)殊に長男一夫姙娠中二女智子が病気のため重態に陥つた際の如き原告梅子が産み月の近い身を以て寢食を忘れ智子の看護に専念して居たにも拘らず原告梅子が被告の意に從わないというので梅子を打ち訶み見兼ねて母(原告さよ)姉(前記宮沢よしえ)が之を制止するや同人等をも打擲し、(三)更に昭和二十二年八月十二日原告梅子は長男一夫を分娩したのであるが、其の二日後に死亡した二女智子の霊を送り出産後の身体未だ回復しなかつた頃全く衰弱して居る原告梅子を捕えて母姉等の目前で敢て情交を迫り梅子が之に應じないので暴力を奮い之がため原告梅子は爾來約六十日間難を他家に避け病気回復を待つて家に帰つた。(四)而も其の留守中であるが同年九月十一日、十二日、十三日及同月二十四日の四回に亘り被告は当時同居中の梅子の姉よしえの寝室に侵入し暴力を以て非倫行爲を強要しようとした。(五)原告等の家庭は被告の外は女子と幼児ばかりなので、原告等は被告の暴力に遭うのが恐しさに原告の意の儘に任せて置くのを常としそのため被告は益々増長し如何に原告等が農事に忙しく働いていても被告は原告家に入つて以來昭和二十二年八月一日僅か半日原告等の農事を手傅つたのみで常に原告等に多額の金銭を強請し甚だしきに至つては被告の長男一夫の配給品代さえ立替えたと稱して原告等から支拂わしめ自己の所持するものは仕舞い込んで家人に手を付けさせない。かくて昭和二十二年九月十四日原告さよが何気なく手近かにあつた被告使用中の風呂敷を用いたところ、被告は之を憤り只管詫びる原告さよを捉え「此の鬼婆」と罵り顔面頭部等を殴打し身体を曳き摺り廻わし遂にさよをコンクリートの床上に叩き付け右前胸部、右臀部其の他数ケ所に傷害を蒙らしめた。

被告の右暴状は旧民法第八百十三條第五号所定の配偶者より同居に堪えざる虐待又は重大なる侮辱を受けたるとき及同條第八号所定の配偶者が自己の直系尊属に対して虐待を爲し又は之に重大なる侮辱を加えたるときに該当するので原告梅子は右事由に基き被告との間の離婚の判決を求め、

尚原告梅子と被告との婚姻は養子が家女と婚姻をした場合に当るので原告さよは旧民法八百六十六條第九号所定の離縁の事由がある。よつて同法第八百七十三條人事訴訟手続法第七條に基き原告梅子の本件離婚の請求に附帶して被告との離縁を求む。

而して原告等は居村に於て中流の生活を営み被告の生家も亦略々同様で原告梅子は將來二兒を抱いて再婚の希望もなく、原告さよは被告の爲從來の明朗な家庭を破壞せられ殊に梅子及其の二兒の將來を考え苦惱甚だしく原告等の受けたる精神的苦痛は甚大であるので被告に対し慰藉料として原告梅子は金五万円、原告さよは金三万円の支拂を併せ求めるため本訴に及んだと述べた。<立証省略>

被告訴訟代理人は、原告根本さよの請求を却下するとの判決を求め本案前の抗弁として原告梅子は昭和十八年三月四日戸主である訴外丸山八百吉の三男の被告と婚姻し根本さよの家籍から出て右丸山の家に入つたもので其の後昭和十九年三月二十二日原告さよと養子縁組をなして根本の家籍に入り妻たる原告梅子も根本の家籍に同籍することになつたものである。斯る場合は旧民法第八百六十六條第九号後段の「養子が家女と婚姻をした場合」に該当しないから原告さよが本件離婚の請求に附帶して請求した本件離縁の訴は不適法であるから却下すべきであると述べた。

本案について原告等の請求を棄却する訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として原告等主張の事実の中原告梅子が昭和十八年二月十八日訴外細田正勝の媒酌で被告と結婚式を挙げて事実上の婚姻をなし次で同年三月四日婚姻届出手続を了して同棲したこと、原告等主張のような経緯で昭和十九年三月二十二日原告さよと被告が養子縁組をなしたこと、原告両名、被告及長女和子が戸主たる原告さよの家に同籍するに至つたこと、被告が名古屋市内の三菱工場に勤務していたが昭和十九年九月中太平洋戰爭で應召し名古屋市を引揚げて原告さよの家に帰り同所から出征したこと、終戰後昭和二十一年四月三十日被告が復員し爾來原告等と同棲して來たこと、原告梅子の姉で訴外宮沢勇平に嫁したよしえが原告等と同居していること、被告を除いて原告家は女子及幼兒のみであること、原告家が居村中流の生活を営んでいる農家であることは認めるが原告等其の余の主張事実は否認すると述べ、尚原告梅子及被告が名古屋市に居住していた約一年半は家庭も極めて円満で其の間原告さよより迎えられて其の養子となつた程であるが、昭和二十一年四月被告が原告方に復員した直後さよの五女よしえが満洲から引揚げて原被告等と同居するようになつてから家庭円満を欠き時に口論の末妻梅子から「正吉、猫かむり、見損つた、出て行け」等いわれ被告も男子として黙して居られず時に暴力に訴えたとしてもそれは被告のみでなく、妻たる原告梅子も被告に対し傷を負わせたことさえある。原告梅子が約三十分間人事不省に陥つたことがあるがそれは姙娠九ケ月の際で梅子のヒステリーによるもので被告の暴力によるものではない。

原告梅子が他家に宿泊したことも養母及よしえの指金によつたもので被告に対する厭がらせである。

被告と原告梅子との間には長女和子、長男一夫の一男一女があり又被告の長兄丸山貢、次兄丸山唯茂へは原告さよの長女かねよ、四女けさみが夫々嫁している重縁の間柄で被告は専ら円満な家庭を築きたく原告等及よしえに対し親睦を目的として先に人事調停の申立をなした程で家庭風波の責任はむしろ原告等にある次第で原告等の本訴請求は失当であると述べた。<立証省略>

三、理  由

眞正に成立したと認める甲第一号証同第五号証(孰れも戸籍謄本)と証人鎌田留一郎、同根本義信、同宮沢よしえの各証言、原告根本さよ、同根本梅子、被告本人の各訊問の結果を綜合すれば、原告根本梅子は昭和十八年二月二十八日挙式の上戸主である訴外丸山八百吉の三男の被告と結婚し次で同年三月四日婚姻届出手続をなして右丸山の家に入つたのであるが、同年八月二十六日右梅子の実家で其の実母である原告根本さよ方に於て戸主であつた右梅子の弟致由が死亡し、原告さよが其の家督相続をなし戸主となつたが右さよには他に家族がなく又さよも既に老齢に達したので根本の家系の絶えるのを虞れ実子梅子の夫である被告を自己の家督相続人たらしめる目的で昭和十九年三月二十二日先づ被告に於てさよの六女梅子の夫として右さよの家に所謂親族入籍をなし同時に原告梅子も夫たる被告に從つて入籍し、(甲第五号証の戸籍謄本によれば被告と梅子の間に昭和十八年十二月十五日生れた長女和子も同日父正吉と共に根本さよの家に入籍したことになつて居りこれは戸籍手続上の過誤によるものと認められるが此の点は直接本件に関係がないので姑らく措く)次で同日原告さよと被告と養子縁組をなしたが、(甲第一号証の戸籍謄本によれば被告は原告さよの婿養子とあるがこれは戸籍事務取扱上の過誤で後に訂正されたことは甲第五号証の戸籍謄本によつて明かである)当時被告は名古屋市の三菱工場の工員をしていたので事実上は被告夫婦等は原告さよと別居して名古屋市に居住し梅子は時折帰郷して母さよの農事の手傳などして來たところ、昭和十九年九月中被告は太平洋戰爭で應召することになり、名古屋市を引揚げて養母たるさよの許に帰りそこから出征した。そして終戰によつて昭和二十一年四月三十日頃復員し爾來原告等の肩書住所に原告等と同棲して來たが、其の間前記和子の外昭和二十年九月二十六日二女智子(昭和二十二年八月十四日死亡)昭和二十二年八月十二日長男一夫の一男二女が生れたことを認定することが出來る。

そこで先づ本訴請求の中原告梅子の離縁請求の当否について判断する。

証人鎌田留一郎、同根本義信、同宮坂婦み江、同宮沢よしえの各証言原告本人根本さよ、同根本梅子、被告本人の各訊問の結果(但し被告本人訊問の結果中後記信用しない部分を除く)並原告本人根本さよ、同根本梅子の訊問の結果により成立を認め得る甲第二乃至第四号証を綜合すると、被告と原告梅子が名古屋市に居住中及被告が昭和二十一年四月三十日頃原告等の現住所に復員して來た当座は別段家庭内に大した風波も起らないで過して來たが、同年六月初頃原告さよの五女(原告梅子の姉)で訴外宮沢勇平に嫁したよしえが満洲から引揚げ原被告等と同居するようになつた頃から性來短気な被告は些細なことに立腹しては家人に暴行を加え而も次第に其の度を重ね時に近隣の人々や居村民生委員又は受持巡査の忠告を受けたこともあつたが被告の暴状は遂に改まらない。即ち

(一)  昭和二十二年七月五日頃被告は皮膚病治療の爲診療所に行く筈だつたが当日農家への肥料の配給があつたので右配給を受けるべく外出したところ意外に配給が手間取り遂に診療所へ行く時間を逸してしまい、立腹の余り帰宅するや否や自宅附近で麦打の農事に從事中の原告梅子に対して何故迎えに來なかつたと謂つて原告梅子の頭部胸部等を手拳で強く連続殴打した爲当時姙娠中の原告梅子は人事不省に陥り家人や隣人達の介抱で漸く蘇生したところ其の直後又々些細のことに立腹して右梅子の頭部を数回殴打した事実。

(二)  同年八月十日頃二女智子(昭和二十年九月二十六日生)が重態に陥つた際臨月の身であつた原告梅子が其の看護に専念していたところ被告は右梅子に対し自分の処え來ないからと云つて立腹し右梅子を引摺り廻して暴行を加えた事実。

(三)  同年八月十四日二女智子は遂に死亡し其の二日前の同月十二日梅子は長男一夫を出産したのであるが右出産の四日後被告は産後間もない梅子に対し心身未だ回復していないにも拘らず執拗に関係を迫り梅子が之に應じなかつたので又々梅子を殴打し之がため梅子はやむなく被告の暴力を避けるため約六十日位夜間は隣家の根本義信其の他の知人方に外泊した事実。

(四)  右外泊の留守中同年九月十一日、十二日及十三日の三回に亘り被告は当時同居中の梅子の姉よしえの寢室に夜間侵入し、更に同月二十四日には夜間よしえの身辺に迫り同人の口に手を当て今日こそは自由にすると云いながら暴力を以て非倫行爲に及ぼうとした事実。

(五)  同年九月十四日頃原告さよが被告が日頃使用していた木綿風呂敷を塩の配給の爲使用したのを立腹し梅子を殴打したので右さよが仲裁したところ被告は右さよを殴打し倒れて起上ろうとしたところを更にコンクリート上に突き飛ばしてさよに傷害を負わした事実。

を認定することができる。被告本人の供述及証人丸山貢の証言中右認定に副わない部分は措信しない。被告は妻から暴言を吐かれた時に傷を負わされたこともある旨主張し被告本人の供述及右供述により成立を認め得る乙第一号証によれば昭和二十二年八月十日頃夫婦喧嘩の際原告梅子が被告の頭部を引掻き僅かの掻破傷を加へたことを認めうるが此の程度のことは被告の爲した前認定の暴状を正当づける理由となし得ない。又被告は原告梅子が人事不省に陥つたのは梅子のヒステリーによるもので被告の暴力によるものでない旨主張するが此の点に関する被告本人の供述は前掲証人鎌田留一郎、根本義信、宮沢よしえの各証言原告各本人の供述に照して信用し難いし其の他に前認定を覆して被告の右主張事実を認めるに足る証拠がない。尚被告は原告梅子が外泊したのは養母さよや姉よしえの指金であり被告に対する厭がらせで家庭風波の責任は原告等にあると主張するが証人丸山貢の証言、被告本人の供述中右主張に副う部分は信用し難いし他に被告主張の右事実を認むるに足る証拠がないので被告の該主張は之を採用し得ない。

而して本訴離婚の請求は改正民法施行前に生じた事実を原因とするものであるから旧民法の例によるべきものであるところ、前認定の(一)乃至(四)の事実及(五)の事実の内原告梅子に対する暴行の事実は旧民法第八百十三條第五号所定の「配偶者より同居に堪えざる虐待を受けたるとき」に該当するものと謂えるし又右(五)の事実の内原告梅子の母さよに暴力を振い傷を負わした点は同條第八号所定の「配偶者が自己の直系尊属に対して虐待を爲したるとき」に該当するものと謂える。そして本訴が原告梅子に於て右離婚原因たる事実を知つたときから一年以内に提起されたものであることは記録上明白である。尚前認定の通り、原告梅子と被告とは一男二女(二女智子は死亡)を挙げた仲であり被告は梅子を娶つた後丸山の家から特に迎えられてさよの養子となつたものであり又前掲各証拠で明かな通り梅子の二人の姉は夫々被告の長兄と次兄に嫁していて所謂因縁の浅くない間柄ではあるが、被告の非行は前認定の如く余りにも苛酷であり且度重なるもので其の他本件に表れた一切の事情を考慮しても改正民法附則第十一條第二項により準用せられている同法第七百七十條第二項にいわゆる婚姻の継続を相当と認める事由は見当らないから原告梅子の本訴離婚の請求は正当として之を認容すべきものとする。

而して原告梅子並被告の各本人訊問の結果によれば被告は目下名古屋市に單身出稼に赴いて工員をして居り原告梅子は肩書の住所で母さよ姉よしえと共に農事に從事し両名の間の長女和子(昭和十八年十二月十五日生)長男一夫(昭和二十二年八月十二日生)の二兒は將來自己の手で養育してゆくことを固く決意して居り右二兒も父よりは母によくなついていることが認められるので改正民法第八百十九條第二項に從い右二兒の親権者を母たる原告梅子と定めるのを相当と認める。

次に原告根本さよの本訴離縁請求の当否について判断する。

先づ被告抗弁の如く本訴離縁の請求は不適法であるや否やについて考えて見る。

凡そ離婚訴訟と離縁訴訟は之を併合して提起することは原則として許されないが、離婚訴訟に附帶して爲す離縁の請求訴訟は之を併合して提起することが出來ることは人事訴訟手続法第七條に照して明である。然らば原告さよの本件離縁の請求は離婚の請求に附帶して爲すことが出來る場合に該当するであろうか。被告は原告梅子との本件婚姻は養子が家女と婚姻した場合に当らないから、養母たる原告さよは原告梅子の被告に対する本件離婚の請求に附帶して離縁の請求をすることができないと抗爭するが、一体旧民法第八百六十六條第九号で「婿養子縁組の場合に於て離婚ありたるとき又は養子が家女と婚姻を爲したる場合に於て離婚又は婚姻の取消ありたるとき」を以て裁判上の離縁原因と定めているのは養子縁組と婚姻とは相互に牽連しているので本号の場合に於て裁判上の離縁の請求をすることを得しめるのが当事者の意思に合致するからであり又旧民法第八百七十三條第一項は斯る場合手数と時間と費用が二重にかゝらないように離婚の請求に附帶して離縁の請求を爲すことを許したものである。斯様な立法理由を考えて見ると、右法條にいわゆる「養子が家女と婚姻を爲したる場合」とは養子縁組成立後養子が養家に在る女と婚姻した場合のみでなく本件に於ける如く家女(原告梅子)が婚姻により一旦他家(丸山の家)に出で其の夫(被告)の親族入籍(旧民法第七百三十七條)により夫に随つて実家(根本の家)に復帰した(旧民法第七百四十五條)後に夫が妻の親(原告さよ)と養子縁組を爲した場合をも含むものと解するを相当とする。蓋し斯る場合婚姻と養子縁組とは相互に牽連関係の存することに於て前者の場合と異らないからである。若し反対の解釈をとるならば離婚ができても裁判上の離縁が出來ない場合を生じ反つて当事者の意思にも反し又附帶の請求の出來ない結果離婚判決の確定を俟つて改めて離縁の訴を提起することになり手数と時間と費用を二重に掛けるような不都合な結果を生ずることになる。

然らば本件離婚訴訟に併合して提起した原告さよの被告に対する離縁の訴は適法であるから被告の右抗弁は採用し難い。

而して本件離婚請求が正当であること前段認定の通りであるから之に附帶して請求する原告さよの離縁の請求も理由ありとして之を認容すべきものとする。

よつて進んで原告等の慰藉料請求の点について判断する。

前認定の被告の無責任なる数々の暴状によつて原告等は家庭生活を破壞せられ本件離婚、離縁のやむなきに至り之が爲多大の精神的苦痛を蒙つたことは容易に窺知することが出來るから被告は原告等に対し右苦痛を慰藉するに足る金員を支拂うべき義務がある。そこで右慰藉料の数額について考えて見ると、証人宮沢よしえ、同丸山貢の各証言、原告各本人並被告本人の訊問の結果と弁論の全趣旨を綜合して認めうる通り原告等は田畑約五反を自作し農業を生計とする居村中流の家庭で原告さよは既に老境にあり、原告梅子は將來老母と幼い二兒を抱えて家庭生活を再建して行かなければならない立場にあること、原告梅子も被告も共に尋常小学校六年卒業の学歴であること、被告にはこれという資産もなく目下名古屋市内の工場に工員として勤務しているもので月收約五千円であること、前認定の本件離婚離縁のやむなきに至つた事由、其の他本件に表れた諸般の事情を斟酌すると原告梅子の精神的苦痛に対する慰藉料は金一万円、原告さよの精神的苦痛に対する慰藉料は金五千円を以て相当と認める。

よつて原告等の請求は右限度に於て正当として認容し其の余は失当であるから之を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條第九十二條本文を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 伊藤顕信)

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