長野地方裁判所松本支部 昭和47年(ワ)103号 判決 1974年5月13日
原告
岩田たけ子
ほか一名
被告
風巻享二
ほか一名
主文
被告らは各自原告岩田たけ子に対し金一四七万〇、九〇五円、原告岩田毅に対し金二八二万一、九七四円及びこれに対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告ら、その一を被告らの負担とする。
この判決は仮りに執行することができる。
事実
(当事者の求める裁判)
一 原告ら「被告らは各自原告岩田たけ子に対し金六〇〇万円、原告岩田毅に対し金一、二〇〇万円及び右各金員に対する昭和四五年一月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行宣言
二 被告ら「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
(当事者の主張)
第一請求原因
一 事故の発生
訴外岩田源司(以下訴外源司という)は、昭和四四年八月一六日午前一一時四〇分頃、長野県飯山市川面の国道一七号線上において普通乗用車を運転進行中、自動車通行部分である道路中央より左側に進入対向して来た被告風巻享二(以下被告享二という)運転の小型貨物自動車(以下被告車という)と接触し、右事故により同日午後三時二〇分頃、肺臓破裂で死亡した。
二 責任原因
(一) 右事故は被告享二が対向するトラツクとすれ違つた際ハンドルを左に切り過ぎて側溝に自車の左後車輪を落したため、側溝から車輪をあげることにのみ気を奪われ、前方注視義務を怠つて対向車の動静を見落し、且つ側溝から車輪を道路上にあけた際自車を道路中心部分を越えて対向車線内に進入させたため発生したもので、同被告には安全確認義務、安全運転義務違反の過失があるから、民法第七〇九条により右事故により発生した損害を賠償する責任がある。
(二) 被告風巻直太郎(以下被告直太郎という)は被告車の所有者であり且つ被告車を自己のため運行の用に供していたものであるから、同被告は自賠法第三条本文により、右事故により発生した損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 訴外亡岩田源司の蒙つた損害
(1) 得べかりし利益
訴外源司は前記事故当時印刷業を経営し、月収一三万円以上を得ていたもので、同人は死亡当時満四〇才であつたから、以後少なくとも二三年間は就労可能であり、その間少なくとも毎月右同額の収入を得ることが可能であつた。
ところで同人の一ケ月間の生活費は金三万円をもつて相当とするから、前記月収から右生活費を控除して得られる年間の得べかりし利益金一二〇万円に年五パーセントの割合による二三年間のホフマン式年金現価指数一五・〇四五を乗ずると金一、八〇五万四、〇〇〇円となり、訴外源司は右同額の損害を蒙つた。
(2) 慰藉料
訴外源司は一家の経済を支える大黒柱で、妻子を養う立場にあつたものであるから、前記事故による慰藉料は金四〇〇万円が相当である。
(3) 相続
原告岩田たけ子は訴外源司の妻として、原告岩田毅は嫡出子として、右訴外源司の損害賠償請求権を原告岩田たけ子は三分の一、原告岩田毅は三分の二宛相続した。
(二) 原告岩田たけ子の蒙つた損害
原告岩田たけ子は訴外源司の葬儀費用として金三〇万円を支出し、同額の損害を蒙つた。
(三) 損害の填補
原告らは自賠法に基づく強制保険より金二九〇万円の支払を受け、原告らの本訴請求の損害額中前項(一)の損害に原告岩田たけ子はその三分の一、原告岩田毅は三分の二相当額を各充当した。
(四) 弁護士費用
本件訴訟は被告らが全く誠意を示さないため止むなく提起したものであつて、その弁護士費用として原告岩田たけ子は金一〇万円、原告岩田毅は金二〇万円を負担した。
四 結論
よつて被告らに対し、原告岩田たけ子は金六七八万五、〇〇〇円、原告岩田毅は金一、二九六万九、〇〇〇円の損害賠償請求権を有するところ、原告岩田たけ子は内金六〇〇万円、原告岩田毅は内金一、二〇〇万円及び右金員に対する昭和四五年一月一日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第二請求原因に対する被告らの答弁
一 一項は認める。
二 二項の(一)は否認する。
本件事故現場は幅員四・四米で被告享二の進行方向に向つて左側に幅〇・四五米の側溝がついている。被告享二は本件事故前被告車の左後輪をこの側溝に落したためハンドルを右に切つてここから脱出しようとしたが、自動車の前部のみが右に頭を振つて道路をふさぐ形となり、後輪を溝に落したまま約六・六米進行すると、自動車は左後部を道路左の側面にすりつけるまで右を向いた。同被告はそのまま約一〇米進行したため、道路は被告車により約半分をふさがれ、道路は約二・二米あいているだであつた。
本件事故現場は見通しがよいので、被告車のかかる異常な状態ははるか前方から十分目撃し得たにも拘わらず、訴外源司は全く減速徐行することなく進行し、被告車に激突して来たもので、本件事故の原因は専ら訴外源司にあり、被告享二には責任がない。
三 二項の(二)は最初認めたが、回答弁中被告直太郎が被告車の運行供用者であるとの点は真実に反し且つ錯誤に基づくものなのでこれを撤回し否認する。
被告直太郎は飯山市内で呉服商を営むもので、松本市内で会社に勤務するサラリーマンである被告享二とは住居も異にし生計も全く独立している。本件事故は被告享二がたまたま被告直太郎方を訪れた際、被告直太郎に無断で被告車を乗り出して起したものであるから、被告直太郎を被告車の運行供用者ということはできない。
四(一) 三項の(一)の(1)は不知。
(二) 同(2)は争う。
(三) 同(3)の身分関係は認める。
(四) 三項の(二)は不知。
(五) 三項の(三)は認める。
(六) 三項の(四)のうち被告らが不誠実であつたことを否認する。
第三被告らの自白の撤回に対する原告の主張
自白の撤回には異議がある。
第四被告らの抗弁
一 仮りに被告直太郎が被告車の運行供用者であつたとしても、本件事故は前記のとおり訴外源司の過失により発生したもので被告享二には過失はなく、且つ被告車には構造上機能上の欠陥がなく、運行の管理にも欠けるところがなかつたから、免責さるべきである。
二 仮りに被告らに帰責理由があつたとしても、本件事故発生には訴外源司の過失も原因しているので、被告らの損害賠償額認定に当つては訴外源司の過失も考慮すべきである。
第五抗弁に対する原告らの認否
全部否認する。
(立証関係)〔略〕
理由
一 事故の発生
訴外源司が昭和四四年八月一六日午前一一時四〇分頃、飯山市川面の国道一七号線上において普通乗用車を運転進行中、自車通行部分である道路中央より左側に進入対向して来た被告享二運転の被告車に接触し、右事故により同日午後三時二〇分頃、肺臓破裂で死亡したことは当事者間に争いがない。
二 責任原因
(一) 被告風巻享二の過失
〔証拠略〕を綜合すると、被告享二は被告車を運転し前記事故現場附近を時速五〇キロメートルで進行中、対向の普通貨物自動車と擦れ違つた際、道路の左側に寄り過ぎて左後輪が側溝に落ちたので、ハンドルを右に切つて路面に該車輪を上げようとしたところ、左後輪が側溝に落ちたままで車体前部だけが右に寄り始めたこと、同所は、道路の幅員が約四・四メートルで狭隘のうえ、折柄対向車である訴外源向運転の普通乗用車が接近しつつあつたので、なおハンドルを右に切れば左後輪が側溝から脱出するとき車体が道路中央部分より右側に進出し、対向車と接触または衝突するおそれがなくもなかつたもので、自動車運転者としては、このような場合前方を注視し、対向車の動向に十分の注意を払い、同車の速度、自車からの距離に応じ危険の予測されるときは直ちに急停車してハンドルを右に切り左後輪を側溝から脱出させる措置を中止し、危険を回避すべき注意義務があるにもかゝわらず、同被告は右の注意義務を怠り、時速三〇ないし四〇キロメートルに減速しただけで、左後輪を側溝から脱出させることのみに気を奪われハンドルを右に切りつつ進行を続けた過失により、左後輪を側溝から脱出させた途端、自車を道路中央部分より右側に進出させ、折柄対向して来た訴外源司運転の自動車を約一七メートル前方に発見し、危険を感じて急遽ハンドルを左に切ると同時に急制動したが避けられず、前記事故を発生させたことが認められるので、同被告は民法第七〇九条により右事故により発生した損害を賠償する責任がある。
(二) 被告風巻直太郎の責任
被告車が被告直太郎の所有であることは当事者間に争いがない。
被告直太郎は最初同被告が被告車の運行供用者であることを認めたが、その後右自白を撤回し、運行供用者であることを否認するので判断するに、〔証拠略〕を綜合すると、被告直太郎は長男の訴外風巻繁と飯山市で呉服商を営み、被告享二は被告直太郎の二男であるが、松本市で会社に勤務するサラリーマンで住居も生計も全く独立していること。本件事故は被告享二が盆休で被告直太郎方を訪れた際、被告直太郎に無断で被告車を乗出して発生させたものであることが認められないではないが、前記各証拠によれば、被告者は被告直太郎が自己の商用に使用していたもので、同被告は被告車を自己のため運行の用に供するものであつたといい得るところ、被告享二は本件事故以前に約二ケ月前被告直太郎の呉服商の手伝をし、その間被告車を運転していたこと、被告車は本件事故当時訴外風巻繁が専ら使用していたが、被告直太郎は被告享二が被告車を使用することを禁じてはいなかつたこと、被告車の鍵は日頃訴外風巻繁が保管していたが本件事故当日同人はこれを勝手場は置いて外出したため、当日盆休で被告直太郎方に帰つていた被告享二がこれを持出し、友人宅を訪問するため、被告車を乗出したことが認められ、右事実によれば、被告享二が被告直太郎に無断で自動車を持ち出してこれを運転したことによつて、被告直太郎の右自動車に対する支配が排除されるに至つたものとは判断できないから、被告直太郎は被告車の運行供用者と認められ同被告の自白の撤回はこれを認めることができない。
従つて被告直太郎は被告車を自己のため運行の用に供する者として、被告享二が被告車の運行により惹起した前記事故にもとづく損害を賠償する責任がある。
三 過失相殺
〔証拠略〕によれば、訴外源司は時速五〇ないし六〇キロメートルの速度で自車を運転して現場附近にさしかかつたが、訴外源司は被告車が左後車輪を側溝に落し、右斜に異常な状態で進行するのを少なくとも五〇メートル前方に発見し得たこと、かかる場合自動車運転者としては対向の動きに注意し、減速徐行して進行すべきであるのに、訴外源司は何等減速することなく、被告車の側方を通過しようとしたことが認められる。右は本件事故発生について訴外源司の過失と認められるので、本件事故により発生した損害につき二〇パーセントの過失相殺をするのを相当と判断する。
四 損害
(一) 訴外亡岩田源司の蒙つた損害
(1) 得べかりし利益
〔証拠略〕によれば、訴外源司は昭和四年五月九日生まれの健康な男子であつて、昭和四二年頃から自営で印刷業を経営していたことが認められ、〔証拠略〕によれば、右印刷業の昭和四四年四月分の納品額は金九万七、三五〇円、同年五月分の納品額は金八万二、九五〇円、同年六月分の納品額は金二万〇、六〇〇円、同年七月分の納品額は金一二万三、八九〇円であることが認められるので、同年四月ないし七月の間の一月平均の売上額は平均金八万一、一九八円と認定するのが相当である。
ところで、〔証拠略〕によれば、訴外源司の印刷業は家賃月額一万二、〇〇〇円で店を借り受け、同業者から譲り受けた二〇万円位の印刷機を使用して従業員を使わず、主として商店の売出のチラシ、納品書、名刺、封筒などを印刷していたもので、その営業態様から見て少なくとも月額金六万円の収入があつたものと認められる。
証人米長竹則は、訴外源司は死亡当時金二五万ないし二六万円の売上げがあり、そのうち純収入は金一四万ないし一五万円であつて、預金も金二〇〇万円位あつた旨証言するのであるが、右証言は〔証拠略〕に徴し直ちに措信し難い。
ところで裁判所に顕著な昭和四四年簡易生命表によれば、訴外源司の余命は約三二年であることが認められ、同人はその余命の範囲内で満六三才に達するまで少なくとも二三年間稼働可能で、その間少なくとも金六万円の月収を得ることができたものと認められ、また同人の生活費は原告らにおいて自認する月金三万円とするのが相当である。
そこで右期間の訴外源司の得べかりし利益の昭和四四年八月一六日の現価を求めると、次の計算のとおり約金五四一万六、二〇〇円と算定される。
{(60,000円-30,000円)×12}×15.045≒541万6,200円
<註> 15.045は年5%の割合による23年間のホフマン式年金現価指数
そして右金五四一万六、二〇〇円に前認定の二〇パーセントの過失相殺をすると、訴外源司の蒙つた損害は金四三三万二、九六〇円と算定される。
(2) 慰藉料
〔証拠略〕によれば、訴外源司は以前参議院の印刷部に勤務していたもので、昭和四二年来多年念願の自営の印刷業を開業し、本件事故当時その事業も軌道にのりかかつていたことが認められ、その他前認定の訴外源司の家族関係、本件事故の態様、訴外源司の過失等を考慮すると、訴外亡源司の慰藉料は金二五〇万円が相当と判断される。
(3) 相続
原告岩田たけ子が訴外源司の妻であること、原告岩田毅が嫡出子であることは当事者間に争いがない。従つて原告らは訴外源司の前認定損害賠償請求権合計金六八三万二、九六〇円を原告岩田たけ子は三分の一である金二二七万七、六五三円、原告岩田毅は三分の二である金四五五万五、三〇七円宛相続したことが認められる。
(二) 原告岩田たけ子の蒙つた損害
〔証拠略〕によれば、原告岩田たけ子は葬儀費用として金一万七、九〇〇円、通夜の諸費用(飲物代金を除くとして金二万〇、八九〇円、葬儀関係費用(飲物代金を除く)として金九、七三九円、通夜、葬儀当日の飲物費用として金一万九、八一〇円を、四九日の法要の費用として金六、五六〇円、以上合計金七万四、八九九円を支出したことが認められる。
そして右金七万四、八九九円に前認定の二〇パーセントの過失相殺をすると、被告岩田たけ子の蒙つた損害は金五万九、九一九円と算定される。
五 損害の填補
(一) 以上の結果、原告岩田たけ子は金二三三万七、五七二円、原告岩田毅は金四五五万五、三〇七円の損害賠償請求権を有するものと判断できる。
(二) ところで原告らが自賠責保険から金二九〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。そこで右金二九〇万円を原告らの相続分に応じた原告岩田たけ子金九六万六、六六七円、原告岩田毅金一九三万三、三三三円を原告らの前記損害(原告岩田たけ子については相続分)に充当していくと、結局原告らの損害額は原告岩田たけ子金一三七万〇、九〇五円、原告岩田毅金二六二万一、九七四円と算定される。
六 弁護士費用
原告らは被告らに対し以上の損害賠償請求権を有するところ、被告らが任意にこれを弁済しないで、原告らが本訴追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであるから、本件の弁護士費用としては、本件認容額のほぼ八パーセントにあたる原告岩田たけ子金一〇万円、原告岩田毅金二〇万円が本件事故と相当因果関係にある損害として被告らに負担させるのを相当とする。
七 結論
よつて原告らの本訴請求は、被告らに対し原告岩田たけ子金一四七万〇、九〇五円、原告岩田毅金二八二万一、九七四円及びこれに対する損害発生後の昭和四五年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲で相当としてこれを認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 木下重康)