長野地方裁判所諏訪支部 平成13年(ワ)1号 判決 2005年1月27日
原告
A野一郎
訴訟代理人弁護士
野村尚
被告
B山春子
訴訟代理人弁護士
菊地一二
主文
一 原告の主位的請求を棄却する。
二 被告は、原告に対し、三一四六万八五五八円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の予備的請求を棄却する。
四 訴訟費用中、鑑定費用は被告の負担とし、その余の費用はこれを二〇分し、その一一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 主位的請求
(1) 被告は、原告に対し、一億三五七〇万六〇四二円及びこれに対する平成一六年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(2) 被告は、原告に対し、別紙物件目録[2]記載の各不動産について、真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二 予備的請求
被告は、原告に対して、三三〇七万九九一二円及びこれに対する平成六年四月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二争いのない事実等
一 当事者
原告と被告は、別紙親族関係図のとおり、訴外亡A野太郎(以下「太郎」という。)と訴外亡A野花子(以下「花子」という。)との間の子である。
二 相続開始
花子は、平成三年七月三〇日、死亡し、太郎は、平成五年四月三日、死亡した。
三 太郎の所有財産
(1) 太郎は、別紙物件目録[1]から[4]記載の各不動産(以下、それぞれ「本件不動産[1]から[4]という。)を所有し、別紙預貯金等目録[1]記載の預貯金(以下「太郎預貯金」という。)を有している。
(2) 上記財産の価格は次のとおりである。
ア 本件不動産[1] 一億三五七〇万六〇四二円
イ 本件不動産[2] 一一三五万六九三五円
ウ 本件不動産[3] 一億四一八二万四六九四円
エ 本件不動産[4] 二〇一一万七五五〇円
合計 三億〇九〇〇万五二二一円
オ 太郎預貯金 七六七万九八二四円
総合計 三億一六六八万五〇四五円
四 花子の所有財産
(1) 花子は、別紙物件目録[5]記載の不動産(以下「本件不動産[5]という。)を所有し、また、別紙預貯金等目録[2]記載の預貯金(以下「花子預貯金」という。)を有していた。
(2) 上記財産の価格は次のとおりである。
ア 本件不動産[5] 二七一〇万五六七〇円
イ 花子預貯金 一一二万二四八二円
合計額 二八二二万八一五二円
五 遺言及び遺産の処分等
(1) 太郎は、平成四年六月一九日、自分の所有する全財産を被告に相続させる旨の遺言(以下「本件遺言」という。)をした。
(2) 本件不動産[1]から[4]については、本件遺言に基づき、太郎から被告に対する所有権移転登記手続が経由された(なお、本件不動産[5]の所有名義は、依然として、花子のままである。)。
(3) さらに、本件不動産[1]については、長野県及び岡谷市の道路拡幅工事のため、被告において売却手続をとり、被告が売買代金一億三五七〇万六〇四二円を取得している。
(4) また、本件不動産[4]についても、被告が、これを売却して売買代金二〇一一万七五五〇円を取得している。
六 遺留分減殺請求(予備的請求の請求原因)
原告は、平成五年五月二一日、本件遺言の存在を知り、平成六年四月一〇日、被告に対し、遺留分減殺請求の意思表示をした。
なお、被告は価額弁償(民法一〇四一条)による清算を求め、原告も価額弁償を求める。
七 経費清算の合意(抗弁―いずれの請求原因に対しても)
原告と被告は、本件訴訟において要した鑑定費用の予納金(九五万円)及び本件不動産について生じた公租公課(一一二六万七〇〇〇円)の合計一六一一万三五四〇円(現在は被告が負担)について、本件不動産の取得割合により清算し、被告が原告に対して支払うべき金員と対当額で相殺することを合意した。
第三争点
一 贈与契約(主位的請求の請求原因)
(原告の主張)
太郎は、平成五年一月一五日、原告に本件不動産[1]及び[2]を贈与し、その限度で本件遺言を取り消した。
(被告の認否)
否認する。
原告は、本件不動産[1]及び[2]を対象とする遺留分減殺請求調停事件(長野家庭裁判所諏訪支部平成六年(家イ)第一〇二号事件)においても、太郎から上記不動産の贈与を受けたとの主張は一切していなかったから、原告が、太郎から、上記不動産の贈与を受けていたはずはない。
二 信義則違反(仮定抗弁―主位的請求原因に対する)
(被告の主張)
原告は、上記遺留分減殺請求調停事件において、贈与の事実を主張しておらず、その後、同調停事件が不調となり、本件訴訟が提起された段階で、贈与の事実を主張することは信義則に反する。
(原告の認否)
否認する。
原告は、上記調停事件において、贈与の事実について陳述書を提出している。
三 遅延損害金の起算点(請求原因―法律上の主張)
(原告の主張)
(1) 主位的請求
不当利得を請求した準備書面送達の日の翌日である平成一六年七月二一日から遅延損害金の支払を求める
(2) 予備的請求
遺留分減殺請求の翌日である平成六年四月一一日から遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
(1) 主位的請求について
土地売却は、被告が原告と合意の上で行って売却代金を保管しているが、売却代金の清算は、原被告が合意するか判決によることと原告との間で合意している。したがって、遅延損害金の起算点は判決確定の時である。
(2) 予備的請求について
遺留分減殺請求は金銭的請求ではなく持分(抽象的な権利)の主張であって具体的な請求権ではない。金銭支払かどうかは、裁判所が決めることであるから、遅延損害金は裁判所が決めた履行期を守らないときに発生するものである。
第四請求のまとめ
一 主位的請求
原告は、本件不動産[1]及び[2]について太郎から贈与を受けているから、被告が本件不動産[1]について取得した売買代金は、本来、原告が取得すべきものであり、また、本件不動産[2]は原告の所有である。
被告は、原告に対し、不当利得に基づき、利得金一億三〇五四万一五五〇円及びこれに対する平成一六年七月二一日(請求をした準備書面送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、本件不動産[2]について真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める。
二 予備的請求
(1) 原告の相続分と遺留分を前提とする法律関係
ア 原告は、花子の相続について、法定相続分一〇分の一、遺留分二〇分の一を有し、太郎の相続について、法定相続分五分の一、遺留分一〇分の一を有している。
イ したがって、原告の遺留分減殺請求により、原告は、太郎の遺産である本件不動産[2]及び[3]については、一〇分の一の共有持分を有し、本件不動産[1]及び[4]の売却代金並びに太郎預貯金の合計額の一〇分の一に相当する金額について不当利得返還を被告に請求できる。
また、本件不動産[5]及び花子預貯金は花子の遺産であるから、同人の死亡により、太郎が二分の一の共有持分を取得し(なお、原告も相続人として一〇分の一の共有持分を取得する。)、太郎の死亡により、太郎の共有持分は、同人の遺産の一部として、本件遺言に従い、被告が相続することとなったが、原告の遺留分減殺請求(遺留分は一〇分の一)により、太郎の持分(二分の一)の一〇分の一(全体の二〇分の一)は原告の共有持分となる。
ウ ところで、太郎固有の遺産の総合計価格は三億一六六八万五〇四五円であり、花子を被相続人とする相続(遺産の総価格は二八二二万八一五二円)により同人から太郎が承継した財産の総合計価格は一四一一万四〇七六円であるから、太郎の遺産総額は三億三〇七九万九一二一円となる。
(2) 請求のまとめ
原告は、被告に対して、遺留分(一〇分の一)減殺請求に基づいて、弁償金三三〇七万九九一二円(太郎の遺産総額の一〇分の一)及びこれに対する平成六年四月一一日(遺留分減殺請求の翌日)から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第五理由
一 主位的請求について
(1) 贈与契約の成否(争点一)について検討するに、前記争いのない事実に《証拠省略》を総合すれば、次の事実が認められる。
ア 太郎は、妻である花子と暮らしていたが、平成三年七月三〇日に花子を亡くしてからは、一人で生活するのが難しかったことから、被告に引き取られて、同人と暮らすようになり、同年秋ころには、自分の所有する全財産を被告に相続させる趣旨の自筆証書遺言を作成した。
イ 太郎は、心臓の具合が悪く、平成四年四月二五日から同年九月六日までの間、長野県岡谷市内の病院に入院していたが、その間の同年六月一九日、改めて、公正証書により、自分の所有する全財産を被告に相続させる旨の本件遺言をした。
ウ 平成五年一月一五日に花子の法事が原告宅で営まれ、原告、被告及び太郎のほか、親族(証人D原冬子も含まれる。)が集まった。
エ 太郎は、その席で、「(岡谷市字上ノ原)《番地省略》の土地(本件不動産[5])に家を建てて被告と住みたい」、また、「(岡谷市字上ノ原《番地省略》の土地(本件不動産[5])は春子(被告)にやり、原告には、同人が自宅及び経営している会社(C川物産)の社屋を建てている土地(本件不動産[1]及び[2]の一部)をやりたい」といったような話をしているが、被告がこの話に反対した。
そのため、それ以外の財産については具体的な話は出ず、結局、雑談的になり、はっきりとした結論は出ずじまいになった。
オ 太郎は、同年二月八日、心臓の具合が悪く、再度上記病院に入院し、同年四月三日、死亡した。
カ 原告は、平成五年五月二一日ころ、本件遺言の存在を知り、被告に対して、同年一〇月三一日、自ら、本件遺言について遺留分減殺請求をする旨の通知をなすとともに、平成六年四月一〇日、改めて代理人(弁護士)を通じて、本件遺言について遺留分減殺請求をする旨の通知をした。
キ 被告は、平成五年一二月七日、本件不動産[1]から[4]について、本件遺言に基づいて、太郎から被告に対する所有権移転登記の申請手続をとり、その旨の登記が経由された。
ク 原告は、平成六年五月一八日ころ、当庁に、被告を債務者として、遺留分減殺請求権を被保全権利として、本件土地について処分禁止の仮処分を申し立てて、当庁からその旨の決定を受けた。
ケ 原告は、被告からの起訴命令の申立てを受け、同年七月八日、当庁に、被告に対する遺留分減殺請求権に基づく土地所有権移転登記請求手続訴訟を起こすとともに、同月一二日、長野家庭裁判所諏訪支部に、被告を相手方として、遺留分減殺による物件返還請求の調停を申し立てている(その後、不調により終了)。
(2) 以上の事実によれば、花子の墓参りの際、太郎から、自分の死後、自分の遺産をどのように処分したらよいかについて話が出たことは認められるものの、被告が太郎の案に反対したため、財産分けの話がそれ以上に進まず、最終的には、確定的な結論が出たとまで認めることはできない。
(3) これに対して、原告は、本人尋問において、「太郎は、平成五年一月一五日、原被告を含む子らの前で、本件不動産[1]及び[2]を原告に、その余の財産を被告にそれぞれ贈与することなどを伝えた」と供述している。しかし、この供述を裏付ける客観的な証拠は全くない。たしかに、花子の墓参りの際における話であるから、太郎の財産をどうするかという話が全くなかったわけではないであろうが、たとえ、親子の間柄の契約であることを考慮に入れても、本件不動産[1]及び[2]は、相当高額にのぼる不動産(鑑定の結果によれば、合計二億六〇〇〇万円余の資産価値がある。)であり、また、太郎の主要な財産のほとんどが含まれるものであることからすると、これらの財産を口頭で贈与するというのは不自然といわざるを得ない。さらに、太郎は、当時、公正証書により、全財産を被告に相続させる旨の遺言をしていたことを考えると、何らの書面を残すことなく口頭のみで上記遺言を無にするような財産処分を行う意思があったとはいえないというべきである。加えて、原告の供述自体をみても、原告が太郎から贈与を受けた不動産の範囲について、岡谷市所在の不動産に限るのか諏訪市所在の不動産も含むのかについて曖昧な供述をしているほか(原告本人尋問二九から三一項)、贈与を受けたにもかかわらず、これまで所有権移転登記手続を求めた形跡はなく(原告が申請した証人D原冬子に対する証人尋問三九項)、原告は未だに贈与を受けたはずの不動産を利用することについて賃料を支払っていることについて合理的な説明ができていないことからすると(原告本人尋問二三から二八項)、贈与するかどうかの話が上ったとしても、贈与の話がまとまって、太郎が原告に贈与するとの最終的な合意が成立したとまでは認められない。証人D原冬子も、「岡谷の《番地省略》の土地(本件不動産[5])は被告に、原告が経営している会社が使っている土地(本件不動産[1]及び[2]の一部)は原告にやりたい」との話は出たものの、それ以上は、雑談的な話はしたが、はっきりした意思表示ではなく、また、はっきりとした約束として出た話とまでいえるものではなかったと供述しているところである(同証人に対する証人尋問五から一〇項及び四六から五〇項)。なお、原告は、花子の法事の席上で、本件不動産[5]の権利証を被告に渡したと供述しているが(原告本人尋問一〇項)、証人D原冬子も、原告が被告に封筒は渡したが権利証かどうかはわからないと供述しているし(同証人尋問四三、四四項)、権利証は太郎の意向というよりも原告が自発的に持ってきたことからすると(同証人尋問一一項、一二項)、権利証を被告が受け取ったかどうかという点は、太郎が原告に本件不動産[1]及び[2]を贈与したかどうかを判断するについて決め手になるものではない。
そうすると、太郎が原告に本件不動産[1]及び[2]を贈与したとする原告の上記供述は容易に採用することができず、他に、原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(4) 以上に検討したところによれば、原告の主位的請求は理由がない。
二 予備的請求について
上記のとおり、原告の主位的請求は理由がないことになるから、予備的請求について検討すると、予備的請求については、請求原因に争いがない。
また、被告は相当額の価額弁償による清算を求め、原告もこれに同意しているが、その清算金額は三三〇七万九九一二円であることに争いがない。なお、遺留分減殺請求権の行使に対して、受遺者が裁判所の定めた価額の弁償(民法一〇四一条)を求めた場合、裁判所は、事実審口頭弁論終結時を算定基準として弁償額を定めた上、受遺者が弁償額を支払わなかったことを条件として、目的返還請求を命ずることとなるが(最高裁判所平成九年二月二五日判決民集五一巻二号四四八頁)、本件では、原被告とも価額弁償による清算を求めていることから、遺留分減殺請求については、価額弁償のみを命ずることとする。
ところで、原被告は、鑑定費用等(現在は被告が負担)について本件不動産の取得割合により清算して被告が原告に対して支払うべき価額弁償額と対当額で相殺することを合意しており(抗弁)、原告が負担すべき鑑定費用等の金額は一六一万一三五四円(遺留分相当の割合一〇分の一)である。
したがって、清算金額三三〇七万九九一二円から一六一万一三五四円を控除すると、原告が被告に請求できる清算金額の残額は、三一四六万八五五八円となる。
三 遅延損害金の起算点(争点三)
上記清算金の請求権が何時の段階で遅滞に陥ることになるのかについては疑問があるが、遺留分減殺請求権者(原告)が価額弁償を求めることができるのは、受遺者(被告)が価額弁償による清算を求めたことが前提となるから、遺留分減殺請求権を行使したとき(本件では平成六年四月一〇日)から清算金について遅滞に陥ると考えるのは相当でない。また、受遺者が価額弁償を申し出た場合、裁判所は、事実審口頭弁論終結時を算定基準として弁償額を定めた上、受遺者が弁償額を支払わなかったことを条件として、目的返還請求を命ずるのが原則であるから、かかる原則との均衡を考えるならば、受遺者が価額弁償を申し出たときに清算金について遅滞に陥ると考えるのも相当でない。
上記のとおり、弁償額は事実審口頭弁論終結時を基準として算定され、かつ、清算金の支払は裁判所が判決により命ずることになること、また、原則的な判決主文の場合には遅延損害金は付されることはなく、受遺者は判決確定後直ちに弁償額を支払えば足りることになっていることとの均衡を考えるなら、遅延損害金の起算点は、清算金の支払を命じた判決が確定した時とするのが相当と考え、仮執行の宣言はこれを付さないこととした。
四 よって、主文のとおり判決する(なお、訴訟費用のうち、鑑定費用の負担については、当事者間の合意に基づいて、遺留分の弁償額を算定する中で清算しているので、被告に負担させることとした。)。
(裁判官 飯畑勝之)
<以下省略>