長野地方裁判所諏訪支部 平成18年(ワ)123号 判決 2009年5月13日
原告
X
同訴訟代理人弁護士
松村文夫
被告
長野県
同代表者知事
村井仁
同訴訟代理人弁護士
中山修
同
倉﨑哲矢
同訴訟復代理人弁護士
中嶋慎治
同指定代理人
山本晋司<他6名>
主文
一 被告は、原告に対し、五七五万四〇〇〇円及びこれに対する平成一八年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、九四〇万円及びこれに対する平成一八年一二月九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、長野県知事(以下「知事」という。)が建設業の許可を求めた会社に対して建設業法の基準に違反してこれを許可したために、同社と住宅建設の請負契約を結んだ原告が損害を被ったとして、原告が、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき、損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一八年一二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
一 争いのない事実等(当事者間に争いがない事実のほかは、各項に掲記の各証拠に弁論の全趣旨を総合して認める。)
(1) 建設業法(以下、単に「法」といい、同様に、建設業法施行令を「令」、建設業法施行規則を「規則」という。)上、建設業を営もうとする者は、政令で定める軽微な建設工事(建築一式工事の場合、一五〇〇万円に満たない工事又は延べ面積が一五〇平方メートルに満たない木造住宅工事がこれに該当する。令一条の二。)のみを請け負うことを営業とする者でない限り、国土交通大臣又は都道府県知事の許可を受けなければならないものとされている。そして、建設業を営もうとする者が、その営業にあたって、発注者から直接請け負う一件の建設工事につき、その工事の全部又は一部を、下請代金の額(その工事に係る下請契約が二以上あるときは、下請代金の額の総額)が政令で定める金額以上となる下請契約を締結して施工しようとするものである場合には、「特定建設業の許可」を、それ以外の場合には、「一般建設業の許可」を受けることになり、これらは、建設工事の種類ごとに与えられる(法三条一項、二項、六項)。
このうち、一般建設業の許可を受けようとする者は、二以上の都道府県の区域内に営業所を設けて営業をしようとする場合にあたっては国土交通大臣に、一つの都道府県の区域内にのみ営業所を設けて営業をしようとする場合にあっては当該営業所の所在地を管轄する都道府県知事に許可申請書を提出しなければならず(法五条)、同申請書には、国土交通省令の定めるところにより書類を添付しなければならない(法六条)。また、国土交通大臣又は都道府県知事は、許可を受けようとする者が所定の基準に適合していると認めるときでなければ許可をしてはならず(法七条)、許可を受けようとする者が所定の欠格事由に該当するとき、又は許可申請書若しくはその添付書類中に重要な事項について虚偽の記載があり、若しくは重要な事実の記載が欠けているときは、許可をしてはならない(法八条)。
なお、これらの許可事務に関して、国土交通省では、平成一三年四月に「建設業許可事務ガイドライン」と題する基準(以下「ガイドライン」という。)がまとめられており、長野県では、「建設業許可の手引(平成一四年一〇月改訂)」と題する手引書(以下「手引」という。)が作成されている。
(2) 株式会社輸入住宅直販(以下「本件会社」という。)は、平成一四年一一月二二日、知事による一般建設業(建築工事業)の許可(法三条三項の更新ではなく新規に係るもの)を求めて諏訪建設事務所に許可申請書(以下「本件申請書」という。営業所は、本店所在地である長野県茅野市<以下省略>の一か所のみとなっている。)を提出し(以下「本件申請」という。)、知事は、平成一五年一月一四日、これを許可した(以下「本件許可」という。)。なお、本件会社は、平成九年一一月七日に「有限会社トランスメイトホームズ」として設立され、有限会社輸入住宅直販に商号変更された後、平成一四年八月一六日に株式会社化されたものであり、A(以下「A」という。)がその代表取締役を務めていた。
本件申請書には、「役員(業務を執行する社員、取締役又はこれに準ずる者)の氏名及び役名」として、「A 代表取締役 常勤」「B 取締役 非常勤」「C 取締役 非常勤」と記載されていたほか、法六条所定の添付書類として以下の書類が添付され(本件の争点に関わる範囲のみで掲記)、さらに、平成一四年一〇月三一日現在における本件会社の預金残高が五〇三万〇八三二円であることを証明する旨の株式会社八十二銀行茅野支店作成に係る平成一四年一一月一日付け残高証明書や平成一四年五月から同年九月にかけて行ったD邸新築工事について、本件会社が知事の許可なく工事請負可能な面積一五〇平方メートルを超えて受注、施工したのでお託びする旨が記載された、A作成に係る始末書も添付されている。
ア 「工事経歴書」(法六条一項一号)
「E邸リフォーム工事」の一件が掲げられているだけで、「注文者E」「請負代金の額一五三二六千円」「着工年月平成一三年八月」「完成又は完成予定年月平成一三年一〇月」などと記載されている。
イ 「直前三年の各営業年度における工事施工金額」(法六条一項二号)
平成一一年四月一日から同一二年三月三一日までの「第三期」につき〇円、平成一二年四月一日から同一三年三月三一日までの「第四期」につき一四〇〇円(但し、建設工事の種類ごとに区分して記載する「許可に係る建設工事の施工金額」欄には記載がない。)、平成一三年四月一日から同一四年三月三一日までの「第五期」につき一五三二万六〇〇〇円である旨記載されている。
ウ 「使用人数」(法六条一項三号)
「技術関係使用人」として「法第七条第二号イ、ロ又はハに該当する者一人」「その他の技術関係使用人〇人」、「事務関係使用人」として「〇人」、「合計」として「一人」と記載されている。
エ 「経営業務の管理責任者証明書」(法六条一項五号、規則三条一項柱書、一号)
Aにつき、平成九年一一月から同一四年一一月までの満五年間、建築工事業に関し経営業務の管理責任者としての経験を有することを証明する旨の記載(証明書は株式会社輸入住宅直販代表取締役A)及び同人が許可申請者の常勤の役員で法七条一号イに該当するものであることに相違ない旨の記載がある。
オ 「専任技術者証明書」(法六条一項五号、規則三条二項柱書)
法七条二号に規定する専任技術者としてF(住所:岡谷市<以下省略>。以下「F」という。)を営業所に置いていることに相違ない旨の記載がある。
カ 「一級技術検定合格証明書」(法六条一項五号、規則三条二項三号)
Fについて、「建設業法の規定に基づく昭和五九年度建築施工管理に関する一級の技術検定に合格したことを証し、一級建築施工管理技士と称することを認める」などと記載されている(なお、原本、写しのいずれが提示されたかについては争いがある。諏訪建設事務所に残されているのは写しである。)。
キ 「許可申請者の略歴書」(法六条一項六号、規則四条一項三号)
AのほかB及びCの職歴等が記載されているものであり、このうちAについては、平成九年一一月七日に有限会社トランスメイトホームズを設立してその取締役(常勤)に就任したこと、平成一三年二月二八日に同社の本社を移転して有限会社輸入住宅直販に社名変更しその取締役(常勤)に就任したこと、平成一四年八月一六日に同社を株式会社に組織変更してその代表取締役(常勤)に就任し現在に至ることなどが記載されている。
ク 「貸借対照表」(法六条一項六号、規則四条一項七号)
平成一四年三月三一日現在のものであり、「資産の部」には、資産合計八〇五万一〇〇〇円(流動資産合計六一五万三〇〇〇円、固定資産合計一七一万四〇〇〇円、繰延資産合計一八万三〇〇〇円)、「負債の部」には、負債合計九一四万三〇〇〇円(流動負請合計三五八万六〇〇〇円、固定負債合計五五五万六〇〇〇円)、「資本の部」には、資本合計マイナス一〇九万二〇〇〇円(資本金三〇〇万円、当期未処理損失四〇九万二〇〇〇円)である旨等が記載されている。
ケ 「損益計算書」(法六条一項六号、規則四条一項七号)
平成一三年四月一日から同一四年三月三一日までのものであり、「経常損益の部」には、営業損益として、売上高一五三二万六〇〇〇円、売上原価一三五八万七〇〇〇円、販売費及び一般管理費一五七万四〇〇〇円、営業利益一六万五〇〇〇円、営業外損益として、営業外収益五万四〇〇〇円、営業外費用二一万三〇〇〇円、「特別損益の部」には、当期利益として六〇〇〇円、前記繰越損失として四〇九万八〇〇〇円、当期未処理損失四〇九万二〇〇〇円である旨等が記載されている。
コ 「利益処分(損失処理)」(法六条一項六号、規則四条一項七号)
平成一四年五月三一日における当期未処理損失及び次期繰越損失が、いずれも四〇九万二〇〇〇円である旨等が記載されている。
サ 「商業登記簿謄本」(法六条一項六号、規則四条一項九号)
本件会社に係る平成一四年一一月八日付けのものであり、資本の額が一〇〇〇万円、代表取締役がAである旨等が記載されている。
シ 「納税証明書」(法六条一項六号、規則四条一項一三号)
平成一三年四月一日から同一四年三月三一日までの事業年度につき、法人事業税として納付すべき徴収金額、納付済み徴収金額及び未納の徴収金額がいずれも〇円である旨が記載されている。
ス 「主要取引金融機関名」(法六条一項六号、規則四条一項一四号)
八十二銀行茅野支店及び諏訪信用金庫茅野支店の二機関名が記載されている。
(3) ところで、法七条所定の基準の一つとして、営業所ごとに一定の要件を満たす専任技術者を置くことが定められており(同条二号)、本件会社は、本件申請に際して、前記(2)記載のとおり、専任技術者として一級建築施工管理技士のFを届け出ていた。ところが、実際には、Fは岡谷市<以下省略>においてa建築設計事務所を経営している者であったことから、専任の要件を満たしていなかった。そこで、本件会社は、出勤簿を偽造するなどし、同要件を満たすかのように偽装して本件申請を行ったものであった。本件許可後、原告の申告が発端となり、前記事実が判明したため、知事は、平成一五年一二月二二日、本件会社が不正の手段により建設業の許可を受けたものと認め、法二九条一項五号に基づき、本件許可を取り消した。
(4) 原告は、この間の平成一五年六月一一日、本件会社との間で、代金総額一七〇〇万円(税込み)として本件会社を請負人とする住宅建設の請負契約を結び、その後、本件会社は同契約に基づき基礎工事を行った(ただし、前記住宅建設は、延べ面積が一二四平方メートルであり、(1)記載の政令で定める軽微な建設工事に該当する。)。しかし、同工事には瑕疵が多かったため、原告は、同年一一月二五日、前記契約を解除した。その後、原告は、Aを被告として前記工事について八三〇万六〇九八円の損害賠償等を求める訴えを長野地方裁判所諏訪支部に提起したが(以下「別件訴訟」という。)、Aに支払能力がなかったことなどから、平成一八年一一月一日、同人から一〇〇万円を受領して和解した。
二 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 知事が本件許可をしたことは国賠法一条一項にいう違法な行為に当たるか
(原告の主張)
ア 個別の許可要件に関する主張は別紙「原告の主張」欄記載のとおり
イ 被告は、宅建業免許に関する最高裁判決を引用し、本件において違法性がないと主張しているが、その趣旨を本件に準用するにあたっては、社会生活上の活動に関する規制権限を行政庁に委ねているのは、業者が法所定の規制に違背して取引をした場合には、取引関係者の被害を増大・続発させ、直接国民生活に影響を及ぼすのであるから、もはや裁量の名において規制権限を発動しないことは許されないものであるとする奥野裁判官の反対意見も考慮しなければならない。最高裁判決も、業者に対する免許の付与が基準に適合しない場合であっても取引関係者に対して直ちに違法にあたるものではないというだけであって、違法に当たる場合がある余地を残しているものであり、また、権限が付与された趣旨・目的に照らして著しく不合理と認められるときは、違法の評価を受けうることを認めているものである。
また、本件の建設業許可の場合と宅建業免許の場合とを同列に扱うことはできない。宅建業に関して行政庁の責任を免れる理由として挙げられているのは、「取引関係者が自ら登記簿等により権利関係を確認するなどの自助努力により損害を防止することもある程度は可能である」ことであるが、建設業に関しては、登記簿等による確認の手段はない。すなわち、建設業の場合、宅建業以上に許可によって判断する比重が大きいのである。建設業に関しては、「建設業の実状は残念ながら施工能力、資力、信用に問題のある建設業者がなおその跡を絶たない」ことから、昭和四六年法改正により、従来の登録制度に代えて新たに許可制度を採用され(建設業法解説一〇、一一頁)、また、「施工能力や資力・信用などに問題のある不良業者の市場への不当参入が目に余るものとなっていた」ことから、昭和六二年法改正で許可基準の改正、監理技術者制度の整備がなされ(同解説一三、一四頁)、さらに「不良不適格業者の排除」を目的に建設業の許可要件の強化、監理技術者の専任制の撤底が図られた(同解説一五、一六頁)。すなわち、法一条で目的として掲げられている「発注者を保護する」ことに向けて法改正が重ねられたのであり、建設業許可は宅建業免許以上に、発注者保護を保護利益としているといえる。もっとも、宅建業法においても、昭和五五年改正により「消費者保護の一層の徹底」が図られたのであること(乙二四・四一〇頁)からすれば、同改正前の事案を対象としていた前記最高裁判決の判断基準も消費者保護の方向に変更されうるともいえる。
本件許可については、被告は、前記の法改正の方向とは逆に、「許可をなるべく認める立場に立つ」「過度の負担は現実的ではない」として、許可要件についてチェックを「ガイドライン」「手引」より緩やかに解釈して、許可してしまったのであり、これは、前記の最高裁判決でも判示されている「権限が付与された趣旨・目的に照らして著しく不合理と認められるとき」に当たり、「違法の評価を受ける」ものである。
なお、法一三条は、許可申請手続における提出書類の閲覧を認めているが、その趣旨は、建設工事の注文者等に当該建設業者の施工能力、施工実績、経営内容等に関する情報を提供し、適切な建設業者の選定の利便等に供しようとするものであり、建設業者に関する情報を持たないことによって、建設業者の選定を誤まる一般公衆等が少なくないと考えられるので、これらの人々によって、この閲覧制度が広く利用されることが、もっとも望まれるところであるとされている(甲三二、同法解説一三六頁)。これからすれば、情報を持たないために業者選定を誤るおそれのある原告のような者にとっては、建設業許可が最大の選定基準になるものであって、これを信じた原告に対して、被告は、違法な許可を付与したことによる損害賠償の責任を負わなければならない。
(被告の主張)
ア 個別の許可要件に関する主張は別紙「被告の主張」欄記載のとおり
イ 本件会社に対する本件許可が、不正の手段により許可を受けたものとして法二九条一項五号に基づき取り消されていること、及び法八条において「許可申請書もしくはその添付書類中に重要な事項について虚偽の記載があるときは許可してはならない」とされていることからすれば、本件許可が結果的に誤っていたことは事実である。しかし、「虚偽」というものは、その性質上、許可の段階では分からない場合が多い。特に、申請者が不正の手段によって許可申請をした場合は尚更である。そうであればこそ、法二九条一項五号は「不正の手段により許可を受けた場合」の許可取消規定を置いているのである。したがって、結果的に許可が取り消されたとか、後になって虚偽の記載が判明したからといって、直ちに許可が違法であったとか、許可に過失があったということにはならない。
最高裁判所は、宅地建物取引業法所定の免許基準に適合しない免許の付与ないし更新をした知事の行為と国賠法一条一項の違法性の関係について、宅地建物取引業者に対する知事の免許の付与ないし更新が宅地建物取引業者所定の免許基準に適合しない場合であっても、知事の右行為は、右業者の不正な行為により損害を被った取引関係者に対する関係において直ちに国賠法一条一項にいう違法な行為に当たるものではないと判示しており(最高裁判所平成元年一一月二四日第二小法廷判決・民集四三巻一〇号)、その判例解説には、国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを定めるものであるところ、宅建業者と取引する相手方が業者の免許を信頼することは無理からぬものがあるが、免許は当該業者の人格・資質等を一般的に保証するものではないし、取引関係者が自ら登記簿等により権利関係を確認するなどの自助努力により損害を防止することもある程度は可能であるから、違法免許から生ずるすべての取引関係者の具体的な損害まで国又は地方公共団体が当然にカバーするとはいえない、単なる違法免許の段階では、取引関係者の危険は潜在的かつ抽象的であり、取引の公正確保という法の公益目的に包摂されるともいえる、判旨は、以上のような考え方を宣明した上、本件の具体的事実関係があるだけでは、国賠法一条一項の違法性を肯定し難いことを明らかにするものである旨の記載がなされている(『最高裁判所判例解説民事編平成元年度』四一二、四一三頁)。
一般に、行政処分の取消訴訟において争われる行政処分の違法とその処分の違法を前提として国家賠償訴訟において争われる損害を賠償すべき違法性とは異なり、取消訴訟における違法は、行政処分の法的効果発生の前提である法的要件充足の有無を問題とするのに対し、国家賠償訴訟における違法は、損害填補の責任を誰に負わせるのが公平かという見地に立って行政処分の法的要件以外の諸種の要素も対象として総合判断するものである。もちろん、行政処分の違法を前提とする国家賠償訴訟においては、行政処分における行為規範性が問われているわけであるから、法的要件充足性の有無―取消訴訟における違法性―は国家賠償訴訟における違法性の内容の一部となっているが、それだけではない。行政処分の法的要件充足性の要素以外に国家賠償訴訟において一般的に考慮される違法要素としては、①損害の軽重、②被害者が誰れであるかにより違法判断の相対性(反射的利益論)、③被害者側の事情(建築基準法違反の程度が重大で、しかも容易に違反を被害者が是正できる場合等)等が主たる要素として考えられる。国家賠償訴訟における違法とは、要するに、究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところかどうかという見地からする行為規範性を内容とするものであるといえる。したがって、国家賠償訴訟における違法性の判断に当たっては、単に行政処分の法的要件充足性の有無(取消訴訟における違法性)を審理するだけでは足りず、さらに、被侵害利益の種類、性質、侵害処分(行政処分)の態様及びその原因、行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無、程度並びに損害の程度等の諸般の事情を総合判断する必要がある。(以上、村重慶一編『国家賠償請求訴訟』一二五、一二六頁を参照。)
被告が本件会社に対し本件許可を与えたのは、AとFが共謀し、本件会社に専任技術者が常勤している旨の虚偽の事実を作出した結果である。被告においては、本件会社に専任技術者が常勤していることを、Fの一級建築施工管理技師の合格証明書の原本及び同人が本件会社に平成一五年一一月一日から毎日出勤していることを同人の出勤簿の原本により確認しているのであるから、本件許可をしたことに違法性はなく、過失も認められない。
本件許可は、本件会社の代表者であるAとFが通謀して虚偽の申告をしたためになされたものであり、被告の担当者らは、本件会社から提出された許可申請書類を法の定める許可基準に従い誠実に審査しており、被告も被害者である。原告が本件会社の欠陥住宅の建設により被害を被ったことによる損害は、原告と本件会社との間で解決されるべき問題であり、県民の税金をもって償うべきものではない。
(2) ((1)で違法な行為に当たるとした場合、)知事が本件許可をしたことと原告が損害を被ったこととの間に相当因果関係があるといえるか。
(原告の主張)
原告が本件会社と請負契約を結んだのは、Aから、被告より本件許可を受けていると聞き、及び同社の営業資料等にも明示されていることをもって、当然ながら法の定める基本となる経営体制が備わっているものと判断し、それを信用したからであり、相当因果関係はある。
(被告の主張)
原告は、定年まで勤務し担当していた仕事の関係から建築関係に極めて詳しい経験と見識を有する者であり、本件許可を受けていることを信頼して本件会社に建築工事を発注したものではない上、そもそも原告が発注した工事は、延べ面積が一二四平方メートルであり、「軽微な建設工事」に該当するので、建設業許可を要しない請負契約である。
また、相当因果関係が認められる損害とは、当該行為から通常生ずべき損害及び生ずることが予見可能な特別損害をいうところ、建設業許可をした場合に許可された者が瑕疵だらけの工事を行い、そのために注文者が請負契約を解除して他人に撤去してもらうための費用が生ずることが通常生ずるとはいえないし、また、原告の損害が特別損害に当たるとしても、知事が本件許可をした当時、そのような損害を予見できたとはいえない。
したがって、知事が本件許可をしたことと原告が損害を被ったこととの間に相当因果関係はない。
(3) 原告の損害額はいくらか。
(原告の主張)
原告の損害額は、以下の合計一〇四〇万円から、Aより受領した和解金一〇〇万円を控除した九四〇万円である。
ア 請負契約代金 四〇〇万円
原告は、本件会社との請負契約に基づき、本件会社に対し、平成一五年五月二三日一〇万円、同月三一日一九〇万円、同年六月一一日二〇〇万円をそれぞれ支払った。
イ 撤去工事代金 五四万円
原告は、有限会社ハシケン等に依頼して本件会社が施工した欠陥土台・根太及び基礎本体を解体撤去することを余儀なくされ、その費用として五四万円を支払った。
ウ 出直し設計料、監理料 五〇万円
建築の著作物に該当する旧図面をそのまま他の業者が施工の際に使用することは、著作権法違反となることから、原告は、アイルデザイン室二級建築事務所ことGに依頼して、設計・監理のやり直しを余儀なくされ、その費用として五〇万円を支払った。
エ 別件訴訟等に係る弁護士費用 八〇万九〇〇〇円
原告は、弁護士H等に依頼して、Aを被告とした別件訴訟の提起等(調停、仮差押を含む)を余儀なくされ、その弁護士費用として八〇万九〇〇〇円を支払った。
オ 本件訴訟に係る弁護士費用 一〇〇万円
原告は、原告代理人に依頼して本訴の提起を余儀なくされ、その報酬として一〇〇万円(うち二一万円は着手金として支払済み)を支払うことを約した。
カ 慰謝料 三五五万一〇〇〇円
原告は、本件会社及び被告との交渉等を通じ、多大な精神的・肉体的苦痛を被り、加えて原告の家庭内における非健康的・非平和的現象の発生、当時務めていた会社における職位上の名誉毀損、なおかつ、過去五年間における本件会社と被告の責任追及のために多大なる時間の投入を余儀なくされた。
(被告の主張)
原告の主張する事実はすべて知らない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(知事が本件許可をしたことは国賠法一条一項にいう違法な行為に当たるか)について
(1) 国賠法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたときは、国又は公共団体がこれを賠償する責任に任ずることを定めるものであると解される。そして、国家賠償請求訴訟における違法性は、損害填補の責任を誰に負わせるのが公平かという見地に立って行政処分の法的要件以外の諸種の要素も対象として総合判断すべきものであるから、国賠法一条一項にいう違法性は、行政処分の効力発生要件に関する違法性とはその性質を異にするものであり、究極的には他人に損害を加えることが法の許容するところであるかどうかという見地からする行為規範違反性であると考えられる。したがって、国賠法一条一項にいう違法性の有無は、行政処分の法的要件充足性の有無のみならず、被侵害利益の種類、性質、侵害行為の態様及びその原因、行政処分の発動に対する被害者側の関与の有無、程度並びに損害の程度等の諸般の事情を総合的に判断して決すべきである。
(2) そこで、本件につき、以下検討する。
ア まず、本件許可が法七条二号の要件を充足していないことは前記争いのない事実等(3)記載のとおりである。
イ 次に、被侵害利益の種類、性質であるが、前提として、まず、法の趣旨、目的等について検討する。
法は、資力・信用に問題のある業者が多く、また、工事の施工能力の劣悪な業者も少なくないなどといった建設業の実情にかんがみ、建設工事の適正な施工を確保し、建設業の健全な発達を促進するため、必要な規制を行うとともに適切な保護を加えることとして(乙一二)、「建設業を営む者の資質の向上、建設工事の請負契約の適正化等を図ることによって、建設工事の適正な施工を確保し、発注者を保護するとともに、建設業の健全な発達を促進し、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的とする」(一条)と規定している。すなわち、法の第一の目的は、建設工事の適正な施工を確保し、発注者を保護することであり、「適正な施工を確保する」とは、手抜き工事、粗雑疎漏工事等の不正工事を防止することのほか、更に積極的に建設工事の適正な施工を実現することを意味しており、これにより契約の目的にかなった工事の完成が担保され、「発注者を保護する」ことになり、また、第二の目的は、建設業の健全な発達を促進することであり、以上の二つの目的を達成するための手段として、「建設業を営む者の資質の向上」及び「建設工事の請負契約の適正化」が例示として挙げられているのであって、このうち、「建設業を営む者の資質の向上」とは、建設業の経営の近代化等による実際の経営能力、施工能力の向上のほか、社会的信用の向上をも意味しており、その向上を図るための具体的方策としては、技術者の設置、経営業務の管理責任者の設置等を内容とした建設業の許可制(第二章)を大きな柱として、特に施工技術の確保・向上を図るため技術検定制度を設けている(第四章)(乙一二)。
そうすると、本件における被侵害利益(原告の利益)は発注者の利益であるから、まさに法律上保護された利益に当たるといえる。
ウ さらに、侵害行為(本件許可)の態様及び原因について検討する。
この点、本件会社が出勤簿を偽造するなどし、法七条二号の要件を満たすかのように偽装して本件申請を行ったことは前記争いのない事実等(3)記載のとおりである。
また、前記争いのない事実等、《証拠省略》によれば、法七条二号の要件に関して、ガイドラインには、「『専任』の者とは、その営業所に常勤して専らその職務に従事することを要する者をいう。会社の社員の場合には、その者の勤務状況、給与の支払状況、その者に対する人事権の状況等により『専任』か否かの判断を行い、これらの判断基準により専任性が認められる場合には、いわゆる出向社員であっても専任の技術者として取り扱う。」旨記載されており、手引においても同様の記載があること、ガイドラインでは、さらに、原則として「専任」の者とはいえないものとして取り扱うものとして、①住所が勤務を要する営業所の所在地から著しく遠距離にあり、常識上通勤不可能な者、②他の営業所(他の建設業者の営業所を含む。)において専任を要求する者、③建築士事務所を管理する建築士、専任の宅地建物取引主任者等他の法令により特定の事務所等において専任を要することとされている者(建設業において専任を要する営業所が他の法令により専任を要する事務所等と兼ねている場合においてその事務所等において専任を要する者を除く。)、④他に個人営業を行っている者、他の法人の常勤役員である者等他の営業等について専任に近い状態にあると認められる者が挙げられていること、手引では専任性の確認のために提示すべき書類として、①住民票、②直近三か月分の出勤簿又はタイムカード(写)、③直近三か月分の給与台帳又は給与明細書(写)、④健康保険証(写)又は雇用保険証及び雇用保険資格取得等確認通知書、⑤住所が遠隔地の場合は、通勤を証する書類(新しく雇用した者の場合は、上記②、③に代えて雇用契約書、④に代えて社会保険に関する資格取得届の控)が挙げられていること、本件申請に関しては、諏訪建設事務所の窓口担当者(以下「本件窓口担当者」という。)において、Aに社会保険にも雇用保険にも加入しておらず、出勤簿しかないといわれたことから、平成一四年一一月一日から同月二〇日までの出勤簿を確認したのみで、他に手引に挙げてある書類は何も確認せず、また、これらに代わる何らかの書類を提示させることもせずに、本件申請を受理し、申請書を県に進達し、県に担当者の審査を経て知事が本件許可をするに至ったこと、本件申請時、Aはかなり急いで許可を取りたがっているようであったこと、本件窓口担当者は手引に基づいて業務をこなしており、前記のとおりガイドラインに記載されている原則として「専任」の者とはいえないものとして取り扱うものとされているケースについては把握しておらず、その確認もしていないこと、建設事務所においても、県においても、手引に記載されている提示書類を申請者がすべて持参するということは現実的ではないと考え、そのうちのいずれかで確認できればよいとする運用をしていたことが認められる。
この点、前記のとおり、法の第一の目的は、建設工事の適正な施工を確保し、発注者を保護することにあり、そのための手段たる「建設業を営む者の資質の向上」の具体的方策として許可制が採られていることからすれば、七条二号の要件の審査においては、少なくとも、ガイドラインや手引に記載があるように、その者の勤務状況、給与の支払状況、その者に対する人事権の状況等のいくつかの要素を考慮して判断すべきであって、手引に挙げられている提示書類もそのような観点から原則として提示することを要求されているものと解するべきである。そうすると、二〇日程度の出勤簿のみをもって七条二号の要件を充たすと判断したことは、法七条二号の要件の審査を尽くしたものとはいえず、侵害行為(本件許可)の原因は被告にもあったといわざるをえない。(建設事務所及び県における現在の前記のとおりの運用は、法の目的・趣旨に鑑みれば相当とはいえず、また、前記のとおり、ガイドラインの内容が必ずしも手引にすべて反映されているものでなく、建設事務所の窓口担当者にガイドラインの内容が認識されていない点も改善の余地があろう。)
エ 以上のとおり、七条二号の要件を充たしていないこと、まさに法が保護することを目的としている発注者である原告の利益が本件許可により侵害されていること、被告は審査を尽くしたといえず、これにより本件許可に至ったといえることなどの事情を総合的に判断すれば、知事が本件許可をしたことは国賠法一条一項の違法性が認められるというべきである。
二 争点2(知事が本件許可をしたことと原告が損害を被ったこととの間に相当因果関係があるといえるか)について
《証拠省略》によれば、本件会社が一般建設業の許可業者であったことから、事業体制と業界標準レベルの施工技術が備わっている事業者であると原告が信頼したことが、本件会社に工事を発注した大きな理由の一つであったことが認められる。そうすると、知事が本件許可をしたことと、前記争いのない事実等(4)記載のとおり本件会社が瑕疵が多数みられる本件工事を行い、原告が契約を解除し、損害を被ったこととの間に、相当因果関係は認められるというべきである。
この点、被告は、原告が発注した工事は、延べ面積が一二四平方メートルであり、「軽微な建設工事」に該当するので、建設業許可を要しない請負契約である旨主張するが、法は、「軽微な建設工事」のみを請け負うことを営業とする者について許可を要しないとしているにすぎず、許可業者が「軽微な建設工事」を請け負うこともあるのであるから、原告が発注した工事が「軽微な建設工事」に該当するものであったことをもって、相当因果関係の有無に何ら影響するものではなく、被告の前記主張は採用できない。また、被告は、建設業許可をした場合に許可された者が瑕疵だらけの工事を行い、そのために注文者が請負契約を解除して他人に撤去してもらうための費用が生ずることが通常生ずるとはいえないし、また、原告の損害が特別損害に当たるとしても、知事が本件許可をした当時、そのような損害を予見できたとはいえない旨主張するが、そもそも、前記一記載の法の目的・趣旨からすれば、本件のような事態を想定して法は許可制を設けたというべきであって、知事が本件許可をした当時、原告の損害を予見できたというべきであり、被告の前記主張は採用できない。
三 争点3(原告の損害額はいくらか)について
(1) 請負契約代金
《証拠省略》によれば、原告は、本件会社に対し、請負契約の代金の前払分として、合計四〇〇万円(平成一五年五月二三日に一〇万円、同月三一日に一九〇万円、同年六月一一日に二〇〇万円)を支払ったことが認められ、これらは本件許可と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(2) 撤去工事代金
《証拠省略》によれば、原告は、有限会社ハシケン、諏訪重機運輸株式会社及び有限会社まるか建設に対し、本件会社が施工した土台・根太及び基礎本体の解体撤去工事等を依頼し、平成一五年一一月二六日から平成一六年一月三〇日までの間に、その費用として合計五四万円(有限会社ハシケンに合計六万円、諏訪重機運輸株式会社に四二万円、有限会社まるか建設に六万円)を支払ったことが認められ、これらは本件許可と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(3) 出直し設計料、監理料
《証拠省略》によれば、原告は、アイルデザイン室二級建築事務所こと熊﨑和子に対し、改めて設計・監理を依頼し、平成一五年一二月三日、その費用として五〇万円を支払ったことが認められる。しかしながら、前記争いのない事実等記載のとおり、本件会社との間の契約は解除されており、原告は、それに伴って改めて設計・監理を依頼したにすぎないのであるから、本件許可と相当因果関係のある損害とは認められない。
(4) 別件訴訟等に係る弁護士費用
《証拠省略》によれば、原告が弁護士を委任して別件訴訟の提起、遂行等(調停、仮差押を含む。)を依頼し、その弁護士費用を支払ったことが認められ、上記弁護士費用のうち一〇万円は本件許可と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(5) 慰謝料
《証拠省略》によれば、原告は、平成一六年三月末に定年退職を迎え、社宅を出ることから、それまでに新築で自宅を建築することにし、前記二記載のとおり、一般建設業の許可業者であったことなどを考慮して、本件会社に工事を依頼したものの、基礎工事に多数の瑕疵があり、本件会社との間の請負契約を解除し、直ちに別業者による工事のやり直しを早急に行わなければならなくなり、また、原告は、本件に関し、本件会社及び被告に対する責任追及等のために多くの時間と費用を費やし、相応の精神的・肉体的苦痛を被ったものと認められ、これらの事情を総合すれば、原告の慰謝料としては一五〇万円が相当である。
(6) 本件訴訟に係る弁護士費用
原告が弁護士を委任して本件訴訟の提起、遂行を依頼し、そのための費用を負担したことは、《証拠省略》及び本件訴訟記録上明らかであり、上記弁護士費用のうち六一万四〇〇〇円は本件許可と相当因果関係にある損害と認めるのが相当である。
(7) まとめ
以上によれば、原告の損害の合計は、六七五万四〇〇〇円となる。
そして、前記争いのない事実等のとおり、原告は、別件訴訟の和解金としてAから一〇〇万円を受領していることから、これを控除すると、五七五万四〇〇〇円となる。
第四結論
以上によれば、原告の請求は、五七五万四〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一八年一二月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 島根里織)
別紙《省略》