長野地方裁判所諏訪支部 昭和33年(ワ)16号 判決 1959年6月23日
事実
原告小池喜代一は昭和二十八年春頃「百瀬金融」(貸金業者百瀬富寿雄の営業上の名称)の諏訪出張所長をしていた際、被告坂本公嶺から、同人がハイヤー会社を設立するについて必要な設立準備金や運動費を貸してほしい旨の申入を受けたので、原告は「百瀬金融」の諏訪出張所長として坂本に対し、会社設立の上はその会社を連帯債務者とする約束の下に、昭和二十八年七月六日金一万円を日歩五十銭で貸し付けたのを初めとして昭和二十九年九月三十日まで前後四十五回に亘り元金合計百三十三万八千三百五十円を貸与した。ところで原告は昭和二十九年六月一日「百瀬金融」から独立して貸金業を営むようになつたが、「百瀬金融」の被告坂本に対する前記貸金は原告において引き継ぐことになり、同年六月三十日現在でこれを精算したところ、未払元利金合計が金百五十三万円となつた。原告は、この金額を「百瀬金融」に支払つて同人から右貸金債権の譲渡を受け、同年七月五日頃その金額並びに債権譲渡を受けた旨を被告坂本に通知し、その承諾を得た。一方、被告有限会社米本ハイヤーは昭和二十九年四月六日設立、登記を終えて成立したので、原告は被告坂本に対し、同人の原告に対する前記百五十三万円の債務について被告会社を債務引受人として加えることを申し出たところ、被告坂本はこれに同意し、同年七月八日従前の被告坂本の債務の内容を変更し、新たに被告会社を連帯債務者として加え、且つ元金を百五十三万円、貸借年月日を昭和二十九年七月一日、弁済期を同年七月三十一日、利息を年一割五分、期限後の損害金を日歩八銭二厘とする債務に更改した。そしてこの更改契約は、被告会社との関係では、被告坂本がその権限なくして被告会社の代理人として締結したものであるが、その後被告会社代表者は原告に対しこれを追認したので、同年七月八日当事者間に右更改の効力が生じたものである。その後原告は、被告等に対し昭和二十九年七月十日金三万円を貸与したが、これを含め同年十月一日現在で被告等に対する前記貸金の未払元利金を精算したところ金百九十八万円となつた。よつて原告は計算の便宜上昭和三十年一月十九日までの損害金の請求を放棄し、右元金百九十八万円及びこれに対する昭和三十年一月二十日から支払済まで日歩八銭二厘の割合による損害金の支払を求める、と主張した。
被告有限会社米本ハイヤーは、原告主張の事実を全部否認し、被告会社は被告坂本の原告に対する金百五十三万円の債務の引受をしたことはない。そして原告が本訴において請求する元金百九十八万円は、前記更改後被告会社に貸与したと主張する金三万円を除いては、右百五十三万円にその利息を加算したものであるから、当然その債務も存在しない。また、右の三万円についても被告会社はこれを借り受けたことはない、と抗争した。
理由
原告本人尋問の結果によれば、原告が「百瀬金融」の諏訪出張所長として被告坂本にハイヤー会社の設立資金として元金合計百三十八万三百五十円の貸付をした際、被告坂本は原告に対し、将来会社が設立されたならば、その出資金をもつて借金の返済をする旨を述べたことが認められる。そして証拠を綜合すれば、被告坂本は、原告と右のような約束もあつたので、被告会社を重畳的債務引受人として加えることを承諾し、昭和二十九年七月八日頃原告の事務所において原告及び被告坂本の間で従前の債務の内容を変更して、被告両名を連帯債務者とし、元金を百五十三万円、その他の条件を原告主張のとおりとする債務に更改したことが認められる。
ところで原告の主張によれば、右債務の更改は、被告会社との関係では被告坂本が権限なくしてこれを代理し、後に本人たる被告会社がこれを追認したというのであるから、以下被告会社が被告坂本の右無権代理行為を追認したかどうかについて検討する。
証人林浩正の証言によれば、被告会社代表者であつた同人は、昭和二十九年七月八日頃及び同年十月一日頃何れも原告の電話による照会に対して「会社が借りて会社が使つた金ならば、会社の借金として認めることもやむを得ない」という趣旨の返事をしたことが認められる。そこでこの原告に対する返事が前記被告坂本の無権代理行為を追認した趣旨と解せられるかどうかを検討するのに、証人林浩正の証言によれば、同年六・七月頃被告会社の社員の間で、被告坂本の原告に対する本件債務は、会社の業績が上れば、被告坂本の会社設立に対する報償金として支払つてやろうという趣旨の話ができていたことが認められる。従つて、被告会社としても、できれば被告坂本のために善処してやりたい気持があつたことをうかがうことができるけれども、一方他の証拠によると、昭和三十一年四月頃被告会社の営業権を訴外小松正木等が前記林浩正から引き継ぐ際には、原告に対する本件債務は被告会社の債務として確認されていないことが認められる。従つて、こうした事実からみれば、被告会社に、原告に対して直接被告坂本の債務の引受人となるまでの意思があつたものとは認め難い。林浩正の原告に対する前記の電話の返事を以て、被告坂本の前記無権代理行為を追認したものと解することは到底無理であるといわなければならない。
以上のとおり被告坂本が被告会社の代理人としてなした前記債務引受ないし債務の更改は、本人たる被告会社が追認した事実が認められず、被告会社に対して効力を生ずるに由ないから、原告の被告会社に対する請求は失当であるとしてこれを棄却した。(原告の被告坂本に対する請求は正当であると認容している。)