長野地方裁判所飯田支部 平成12年(ワ)39号 判決 2003年4月22日
主文
1 被告は,別紙施設目録記載の産業廃棄物処理施設の操業をしてはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
主文と同じ。
第二事案の概要
本件は,被告が稼働させている別紙施設目録記載の産業廃棄物処理施設(焼却炉)(以下「本件施設」という。)の周辺住民である原告らが,被告は産業廃棄物の処理業について公法上の規制法規や公的機関に対する届出事項を遵守せずに,構造上難点の多い本件施設の能力を超えた大量の産業廃棄物を本件施設において焼却処分しており,このような被告の違法な操業行為により発生するダイオキシン類等の有害物質を含む排煙によって,原告らの健康等の人格的利益(人格権)が侵害されているとして,不法行為に基づく差止請求権により,本件施設の操業の差止めを求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 原告らは,長野県駒ヶ根市A区及びB区に居住している住民である。
2 被告は,平成2年1月に設立され,営業目的の第1に「産業廃棄物の処理及び収集運搬」を掲げ,本件施設において産業廃棄物処理を業としている会社である。被告は,平成11年8月,長野県知事から「廃プラスチック類,ゴムくず,金属くず,ガラスくず及び陶磁器くず,木くず,がれき類」について,産業廃棄物の収集運搬業の許可を取得した。
3 被告の代表取締役Yは,平成元年に産業廃棄物焼却炉建設を計画し,同年2月,長野県駒ヶ根市C地籍内の天竜川左岸沿いの山腹にある本件施設敷地を購入し,整地して本件施設を設けた。被告は,本件施設において,建物解体に伴って生じる産業廃棄物に関し,柱や床などの廃木材について自社処理として,焼却処分している。
二 争点
1 被告の本件施設における焼却行為の違法性について
(原告らの主張)
被告の法規等を無視するこれまでの態度,本件施設の構造,焼却方法は次のとおり問題点が極めて多く,被告の本件施設における焼却行為の違法性の程度は極めて強いというべきである。
(1) 被告は,次のように,法規等を無視する態度に出ている。
ア 被告は,産業廃棄物処分業の許可及び処分場設置許可を得ずに,産業廃棄物を自社処理と称して違法に処分している。
イ 被告が焼却している産業廃棄物の量は,被告の焼却状況等からみて,設置許可を要する1日5トン(平成9年改正前)の基準を遙かに超えて焼却していると推測されるから,自社処理として無許可で処分することが許容されるものではない。
ウ 被告は,平成6年4月26日に産業廃棄物の収集運搬の許可を得たものであるが,この許可期間を経過した平成11年4月26日から再度の許可日の前日である同年8月5日までの間,許可なく収集運搬の業務を継続していたものである。
また,被告は,平成12年6月8日及び同年7月28日に長野県伊那保健所から直ちに操業を停止するよう指示を受けたにもかかわらず,この指示に従わず操業を継続したため,同年10月2日には上記保健所から警告まで受けている。そして,これを受けた被告は,上記保健所に対し,書面を提出して本件施設の使用停止等を約束したのに,その多くを履行していないのである。
エ 被告は,平成13年8月14日ころ,野焼きを行っており,平成6年5月22日ころには,周辺の山林に燃え移った山火事を発生させている。
オ 被告は,焼却灰の処理について,上記保健所から再三に渡り指導や警告を受けているが,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)による管理型最終処分設置許可を得ずに処分している。
(2) 本件施設の構造や焼却方法には以下に述べるような問題点があり,ダイオキシン類の発生を抑止できない。
ア ダイオキシン類は,800度以上の温度で2秒以上燃焼しなければ分解できない。
しかし,本件施設の二次燃焼室内で800度以上の温度になるか疑問であり(例えば,本件施設は,二重扉構造でなく,廃棄物の連続投入装置も備えていないため,炉の投入扉を開放して廃棄物を投入せざるを得ないが,その際に外気が流入し炉内の温度が下がることは避けられない。),また,二次燃焼室内で2秒以上の燃焼ガスの滞留も確保できないものであって,本件施設ではダイオキシン類を分解することができない。
イ 本件施設において,ダイオキシン類の発生を防止するシャワーリング(800度以上の温度で,しかも2秒以上の滞留時間を確保して燃焼させてダイオキシン類を分解できたとしても,続いて一気に200度に冷却できなければ,「デノボ反応」によって再びダイオキシン類が合成されてしまうため,これを防止するために必要な冷却装置)やばいじんを捕集するサイクロンは1時間あたり512㎏の焼却量を前提に設計されているところ,現実の焼却量はその数倍であるから,その効果を発揮できるようには機能していない。
また,バグフィルターは,古い構造の本件施設にとってダイオキシン類排出防止に欠かせないものであるが,本件施設においては使用されていない。
ウ 本件施設は,間欠式焼却炉であるから,焼却物を投入する度に炉内温度が下がることは避けられない。
また,ごみ破砕機がなく,焼却物をその形のまま投入せざるを得ないから,安定した燃焼を確保できず,炉内温度の安定確保もできないことになる。
エ 本件施設は,焼却物の移動・かくはんを行う装置のない固定式バッチ炉であり,焼却状況によっては内容物が蒸し焼き状態になってダイオキシン類を含む有害物質が多量に発生する可能性がある。
また,被告は,バックホーを用い,投入口をあけたまま焼却物のかくはんを行うので,その際の排煙(前記のとおり有害物質を多量に含んでいる蓋然性が高い。)が大量に発生する。
オ 被告は,焼却の際,焼却物の投入量をきちんと計量していない。このことは,被告の実際に行っている焼却量が届出量あるいは法定量をはるかに超えていることを推認させるものである。
(被告の主張)
(1) 被告は,建物解体によって生じる廃棄物を焼却処理しているが,約3年前から解体工事現場でその都度分別し,廃木材のうち良質のものはリサイクルに回し,その他の廃木材については自社焼却に適するものと適さないものに分け,前者は本件施設に運搬して自社焼却しているが,その他の廃棄物は自社以外の産業廃棄物処理業者に委託して最終処理をしている(なお,自社の解体物件以外の産業廃棄物については,原告ら住民から疑念を持たれているため,伊那保健所からの指導もあって,収集運搬しない方が良いと判断し,現在産業廃棄物収集運搬業を事実上休業している状態である。)。
このような産業廃棄物の処理事業は,各地方自治体が次第に民間の産業廃棄物処分業者に処理させる分野の比重が増加しているものであり,被告の産業廃棄物処理業務は公共的性格を有するものであって,その有用性が認められるところである。
(2) 本件焼却施設は,廃掃法施行令付則2条2項の「みなし許可」の要件を満たしており,その稼働は適法と認められる。
被告は,長野県主催の説明会に数回出席し,指導を受けたが,みなし許可のために要する届出については何ら指導を受けることがなかったため,届出書類を提出することなく,みなし許可の要件を満たすものと考えて,改修後の本件施設を稼働させていたところ,平成12年6月ころ,長野県伊那保健所から突然みなし許可の届出がないと指摘を受けた。そこで,被告は,長野県に対し,「説明会に出席し行政指導に従っていたにもかかわらず,従前と異なる対応をした。」として抗議したところ,長野県は行政指導において従前の指導に問題のあったことを率直に認め,届出を追完することによりみなし許可の要件を満たすことを認めたものである。
(3) 原告らは,本件施設が原始的で容量も大きすぎるものであると主張する。しかし,本件施設は,平成12年に伊那保健所の立会いの下に調査が行われ,同年10月から12月ころにかけて改修され,伊那保健所の完了検査も受けており,その後,長野県から特に問題を指摘されたこともない。
(4) 本件施設は,二次燃焼室内での燃焼ガスの滞留時間が800度で2秒以上ある。仮にこの要件を充たしていないのであれば,長野県による数回の検査や伊那保健所により毎月数回行われている被告方への現地訪問の際に指摘されるはずであるが,そのような指摘を受けた事実がないことからみても,本件施設には問題がないことが裏付けられる。
また,被告は,平成14年12月1日から国のダイオキシン対策の規制基準が強化されることに伴い,それに先立つ同年11月下旬には本件施設の投入口を改修し,焼却物投入の際のダイオキシン類の発生を抑制する対策を講じた。さらに,被告は,ダイオキシン対策を進めるため,バグフィルターを購入し,今後取り付ける予定である。
(5) 被告は,かつては排煙によって原告らに迷惑をかけたことがあったかもしれないが,本件訴訟が提起されたことを契機として,廃プラスチック用焼却炉を撤去したり,進んで本件施設の改修工事を行う等,法規を遵守する方向で努力している。
(6) 県が平成13年10月に実施した抜き打ち検査の報告書等(乙56)によれば,本件施設は,平成14年12月1日以降の廃掃法などの関係法規の基準値を満たしている。
なお,この抜き打ち検査は,原告らが県に対し調査を要請して実施されたものであるから,その信頼度も高いと言わなければならない。
(7) 被告の平成13年8月の野焼き騒動については,積極的な野焼きではなく,結果として消火活動をしなかった点を県から野外焼却と同様のものとの指摘を受けたにすぎず,失火であることは行政庁においても確認している。
2 原告らに生じた健康被害の有無及び被告の行為と原告らの健康被害との因果関係について
(原告らの主張)
(1) 被告は,本件施設において,建築廃材を焼却しているが,これには単に木くずだけでなく,ビニール・マットレス・カーペット等が含まれているし,木くずにも薬剤(トリプルチルスズ化合物,有機塩素系農薬,ヒ素,銅など)が付着していたり,新建材や壁紙にも接着剤(ホルマリン等)が付着しているため,これらを焼却することによりダイオキシン類等の危険有害物質が発生する。
(2) 被告の焼却に伴う排煙は,付近の天竜川一帯にたな引き,背山をはいのぼりD地区からA区,B区に立ち込んでいる。このように,原告らの居住地に本件施設からの排煙が連日及んでいるが,排煙にはダイオキシン類等の危険有害物質が含まれていると推定され,これを毎日吸っている原告らは,健康のみならず生命まで侵害されるおそれがある。
(3) アンケート方式による疫学的調査は,地域の健康状態を統計的に把握するものである。
原告らが平成12年に住民の健康状況のアンケート調査をした結果によれば,目の症状,鼻の症状,喉や声の症状,呼吸器の症状など大気環境の悪化が直接的に影響する感覚器の症状の訴えが高く,かつ,この訴えの高さが本件施設からの排煙が流れる経路と一致していることなどから,本件施設操業による原告らの健康被害が現実化しており,しかも深刻化していることを明確に示している。また,本件施設周辺では松枯れが生じている。
(4) 被告の行ったダイオキシン類の測定結果(乙43ないし45,56)が提出されているが,ダイオキシン類の数値測定は測定条件の変化によって測定結果が大きく変化するところ,本件施設では,焼却の際に投入口から大量の煙が排出されており,かかる煙については煙突を通らないために調査結果に含まれていないことや,測定の事前連絡を受けた被告が焼却物を調整した疑いがあるなどの点から信用性が高いとは言えない。むしろ,本件施設の付近では,ダイオキシン類を含む灰が大量に排出されている。
(被告の主張)
(1) 原告らの主張する健康被害のアンケート調査には,調査方法及び調査内容について多くの問題点があるから,これを根拠に「原告らに健康被害が生じている。」と認定するのは疑問がある。
(2) 仮に,原告らに健康被害が発生しているとしても,次に述べるとおり,本件施設からの排煙との間の相当因果関係は証明されていないと言うべきである。
ア そもそもA区の大気中のダイオキシンの数値は,駒ヶ根市の調査結果(乙54,58)によると,特に問題がない。
イ 次に,原告らの主張する本件施設からの排煙の流れは,長野県駒ヶ根市の調査結果(乙58)と全く一致していない。特に,A区においては,風向は多方面に拡散しており,本件施設の排煙がA区に滞留する事実は認められず,むしろ,駒ヶ根市の伊南清掃センターの排煙の影響がかなりあるはずである。
また,A区には,木工業を営み,木くず類を頻繁に小型焼却炉で焼却している業者があり,農業等による野焼きや各家庭の簡易焼却炉による焼却も行われていたのである。
したがって,これらの影響によって原告らの主張する健康被害が発生している可能性も否定できないはずである。
ウ B区においても,駒ヶ根市の報告書(乙58)によれば,風向は必ずしも一方向でなく,また東南東の方向に比較的強い風が吹くので,本件施設からの排煙等が滞留するわけではない。
エ 原告らの被害体験は,本件施設を改修した平成12年10月よりも数年前のことであり,改修後は,排煙による悪臭や黒煙はほとんど見られなくなっている。
第三争点に対する判断
一 当裁判所の判断の骨子は,以下のとおりである。
1 不法行為によって人格的利益(人格権)が侵害された場合において,不法行為である侵害行為を差し止めることの可否は,侵害行為の態様,当該人格的利益の重要性及び侵害の程度,侵害者の公法上の規制基準遵守の有無,被害防止対策の可能性等諸般の事情を総合考慮して判断される。
2 被告は,廃掃法上の許可を得ずに産業廃棄物を収集運搬したり,廃掃法,大気汚染防止法,ダイオキシン類対策特別措置法に違反して無許可,無届けで本件施設を設置していたもので公法上の規制を遵守していなかったものであり,また,無許可で埋め立てた焼却灰を撤去することを保健所に対して約束しながら未だ撤去しないなど規制や指導を遵守していない。
3 被告の本件施設での操業状況は,届出の内容と異なっているものであり,また,届出内容の焼却量をかなり上回る産業廃棄物を焼却していることが強く推認されるもので,かつ,投入口から大量の煙が排出していたり,投入口の蓋を開けたまま多量の煙を排出させながら焼却していたというもので,ダイオキシン類等の有害物質を含む排煙を生じさせ,付近に拡散させる危険がある。
4 本件施設の実際の焼却能力及び焼却量は,届出内容の数倍以上であることが強く推認されることからすると,本件施設の排ガス処理装置等が適正に機能することを認めがたいこと,ダイオキシン類抑制のために必要とされる,燃焼ガスを800度以上の高温で2秒以上滞留させることが期待できないこと,届出の約2倍の回数廃棄物を投入していることなどからすると安定した焼却を確保できないことなどが認められ,本件施設の構造や焼却方法には重大な問題があり,ダイオキシン類等有害物質の発生を抑止できないものと認められる。
5 上記2ないし4に照らすと,被告が本件施設を操業する行為は,継続して原告らの健康等の人格的利益(人格権)を侵害する危険性のある高度の違法性を有する行為ということができる。
6 原告らの撮影した写真によれば,本件施設の大量の排煙は,本件施設と同じ川岸にある山筋に沿うなどして拡散し,原告らの居住地区に到達していることが認められる。また,本件施設付近の地形や立地条件から見て,原告らに対する本件施設の排煙の影響は,伊南清掃センターのそれより遙かに大きいと認められる。
7 原告らの行ったアンケート調査結果は一定の信用性が認められる。よって,原告らにはアンケート調査結果にみられる体調不良等の症状が生じており,健康被害ないしその兆候が認められる。そして,上記6に照らせば,被告の操業と原告らの健康被害ないしその危険との間には因果関係が認められる。
8 以上に検討したように,本件施設の違法な操業により,原告らの生命・身体・健康といった人格的利益が侵害され,あるいは侵害される危険性が認められることなどからすると,原告らはその人格的利益の侵害を防止するため,本件施設の操業の差止めを求めることができる。
9 以下,かかる判断枠組みに従い,判決理由を論じる。
二 不法行為により人格的利益が侵害された場合の差し止め請求権の可否について不法行為の態様が,過去のものだけでなく,将来も継続される可能性が強い場合であって,侵害される利益が人格的利益(人格権)である場合においては,既に生じた損害の賠償のみでは被害者の救済に十分ではなく,侵害行為を将来に渡って,差し止めることによって,被害者の救済を図ることが相当であると判断される場合があるというべきである。
不法行為による人格的利益の侵害の場合に,侵害行為を差し止めることが認められるか否かは,侵害行為の態様・違法性の程度・継続性,被侵害利益である原告らの人格的利益の内容・性質・程度,被告の公法上の規制基準の遵守の有無,被害防止対策の可能性等の諸般の事情を総合考慮して判断するのが相当である。
三 争点1(被告の本件施設における焼却行為の違法性について)
1 被告の本件施設操業と公法上の規制基準遵守の有無について
(一) 証拠(甲13,14の5,17,40,41,乙1,14ないし17,40ないし42,48ないし50,59,75,証人A,被告代表者Y)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) Y(以下「Y」という。)は,平成元年2月ころ,産業廃棄物焼却炉の建設を計画し,同年2月に本件施設の敷地を購入した(争いがない)。
(2) Yは,平成2年1月,被告会社を設立し,平成3年11月ころ焼却施設を設置し,遅くとも平成4年の後半ころから,毎日,産業廃棄物を収集・運搬して焼却することを始めた。
(3) 被告は,平成6年4月26日,産業廃棄物収集運搬業について,廃掃法14条1項の許可を初めて受けた。被告は,それ以前は,株式会社和泉開発駒ヶ根出張所の名義を利用して,収集運搬をし,本件施設で焼却していた。また,その許可の有効期限は,平成11年4月25日までであったが,被告は,有効期限が経過した平成11年8月6日になって,新規許可を受けた。
(4) 被告は,平成9年春ころ,廃プラスチック用の焼却炉(以下「2号機」という。)を設置し,平成11年6月ころ,2号機の釜を交換した(その焼却能力には差異がない)。また,被告は,平成9年8月ころ,本件施設焼却炉の容量を拡大したが,長野県伊那保健所(以下「保健所」という。)の指示・警告を受け,平成12年11月ころ,改修して元の容量に戻した。
(5) 被告は,平成12年5月26日及び同年6月6日に,伊那保健所(以下「保健所」という。)から,廃掃法19条及び大気汚染防止法26条に基づく立入検査を受けた。その結果,本件施設の焼却能力は,燃焼室熱負荷を10万キロカロリー,低位発熱量を5000キロカロリーとして計算すると,1時間あたり800.2㎏の焼却能力があること,2号機の焼却能力は,1日あたり1000㎏であることが判明した。そこで,保健所は,被告に対し,「本件施設の焼却能力が,1時間あたり200㎏以上であり,廃掃法15条の産業廃棄物処理施設及び大気汚染防止法2条の廃棄物焼却炉に該当し,2号機の焼却能力が,1日あたり100㎏以上であり,廃掃法15条の産業廃棄物処理施設に該当する。」という不適正事項を指摘し,本件施設及び2号機の使用を直ちに停止することを指示した。
(6) 被告は,平成12年7月28日にも保健所から指示書を出され,同年10月2日には警告書を出された。これに対し,被告は,同年10月30日,保健所に回答書を提出した。被告は,この回答書において,①本件施設を直ちに停止し,増設以前の状態に戻すこと,②被告が上赤須処分場に処分した焼却灰を許可を受けた最終処分場に搬出することとし,その作業を平成13年12月30日までに完了すること等を約束した。
(7) 被告は,平成12年10月24日の段階で,産業廃棄物の処分業の許可及び産業廃棄物処理施設の設置許可を取得しておらず,また,平成9年6月の廃掃法改正に伴う既存焼却炉に係る「特定産業廃棄物焼却施設(いわゆるみなし許可施設)使用届出書」を提出していない。
さらに,ばい煙発生施設設置の届出をしていなかった。
(8) 被告は,本件施設の焼却能力を縮小すべく改修工事を始め,平成12年11月6日,焼却能力を1時間あたり512㎏,1日あたりの使用時間を午前9時から午後5時まで,1日の使用量を4096㎏として,ダイオキシン類対策特別措置法に基づく特定施設設置変更届出書を保健所に提出し,同日受理された。また,同年12月15日,焼却能力及び1日あたりの使用時間を前記同様とした大気汚染防止法に基づくばい煙発生施設設置届出書を保健所に提出し,同日受理された。また,保健所は,平成13年1月15日,ダイオキシン類対策特別措置法に基づく被告の特定施設設置の届出書を受理した。
(二) 以上の認定事実をもとに,以下検討する。
(1) 廃掃法14条1項によれば,「産業廃棄物の収集運搬を業として行うためには,県知事の許可を受けなければならない。」とされている。ところが,被告は,少なくとも,平成4年の後半から平成6年4月26日までの間,及び平成11年4月26日から同年8月5日までの間,上記廃掃法の規定に違反して許可を受けずに産業廃棄物を収集・運搬していた。
(2) 廃プラスチック類の焼却施設については,1日あたりの処理能力が100㎏を超える施設,及び,その他の産業廃棄物の焼却施設については1時間あたりの処理能力が200㎏以上の施設については,県知事の許可が必要である(廃掃法15条,同施行令7条8号,7条13号の2)。しかし,被告は,平成9年8月から平成12年11月ころの本件施設の改修及び2号機の撤去までの間は,無許可で焼却施設を設置していた。すなわち,本件施設については,平成9年8月以後上記改修前までは,保健所の算定による1時間あたりの焼却能力が800.2㎏であるから,1日7時間操業すると1日あたりの焼却能力は5トンを超えており,平成9年12月1日施行の改正廃掃法にも,「1日あたり5トン以上の焼却施設については許可を要する」としていた改正前の廃掃法にも違反しているにもかかわらず,平成12年10月時点においても,みなし許可の届出書を出さずに操業していたのである(なお,本来,みなし許可の届出は,廃掃法施行令施行日の3か月以内,すなわち,平成10年3月までに届け出なければならないものであるが,被告は,届け出ていなかった。)。また,2号機についても,1日あたりの処理能力が1000㎏で,規制値の1日あたり100㎏を超えていたから,これを撤去するまでの間は,無許可で焼却施設を設置していたことになる。
(3) 焼却能力が1時間あたり200㎏以上の廃棄物焼却炉であるばい煙発生施設については,県知事に届け出なければならない(大気汚染防止法6条,同法施行令2条)が,被告は,平成12年12月14日まで無届けで本件施設を操業していた。
(4) 平成11年7月16日に公布されたダイオキシン類対策特別措置法12条では,廃棄物焼却炉について焼却能力が1時間あたり50㎏以上の「特定施設」については県知事に届け出なければならないが,被告は,平成12年11月5日まで無届けで本件施設を操業していた。
(5) 被告は,上記(一)(6)のとおり,無許可で焼却灰を埋め立て,その撤去を平成13年12月30日までに実行するとしながら,現在まで除去していない(被告代表者Y)。
(三) 以上のとおり,被告は,公法上の規制を遵守せずに本件施設等を操業していたものであって,公法上の規制を遵守する意識に乏しいと言わざるを得ないし,また,保健所に対して約束した焼却灰の撤去も実行していないものであって,公法上の規制や指導を遵守していないと言わざるを得ない。
2 本件施設の焼却状況について
(一) 証拠(甲15の2,16,31,52,56ないし60,乙41,42,48,49,53,原告X,被告代表者Y)によれば,以下の事実が認められる。
(1) 被告は,平成11年7月16日,午前6時30分ころから本件施設に廃棄物の投入を開始し,ビニールを午前6時30分,午前6時36分,午前6時39分に投入している。また,同年7月22日は,午前8時49分ころに焼却炉投入口付近から多量の煙が流出し,午前9時11分にも投入口から多量の煙が流出し,本件施設敷地内に煙が蔓延している。平成12年6月24日午前9時7分ころには本件施設周辺に煙が立ちこめており,同年7月8日午前10時ころには投入口から炎が大きく上がり,同日午前10時8分ころには投入口より大量の煙が流出し立ち上がっている。さらに同日午前11時29分ころには,再び投入口より大きな炎が上がり,煙が立ちこめ,同日午後1時23分ころには投入口付近から煙が流出している。また,平成12年10月21日午前11時17分ころにも,焼却炉投入口付近から多量の煙が流出している。
(2) 被告は,平成12年11月6日,保健所に対し,ダイオキシン類対策特別措置法に基づく特定施設設置変更届出書を提出し,受理されたが,その届出書において,本件施設の焼却能力を1時間あたり512㎏,1日あたりの使用時間を午前9時から午後5時まで,原料及び燃料の種類を産業廃棄物である木くず(90パーセント)・紙くず(5パーセント)・繊維くず(5パーセント),1日の使用量を4096㎏としている(同年12月15日に受理された大気汚染防止法に基づく届出書でも同様の内容である。)。そして,届出書のダイオキシン類発生抑制のための構造上の配慮及び運転管理に関する事項として,「1日あたりの施設への産業廃棄物の投入は,午前9時から午後5時までの8時間とし,投入回数は4回までとして処理能力を超えた運用をしない。」こと等を定めた。
(3) 被告が,本件施設を改修し,上記(2)の届出をした後の本件施設での焼却状況は以下のとおりである。
① 平成12年12月17日は,午前6時37分ころから,廃棄物の投入を開始している。そして,廃棄物の投入は,10トン程度のダンプカー(被告代表者Y)にほぼ満載された廃棄物をダンプカーの荷台から直接に本件施設に投入している。
② 平成13年8月14日は,午前7時44分ころから,廃棄物の投入を開始し,午前7時49分ころ,焼却炉に火をつけている。また,廃棄物の投入に際し,はかりは使用していない。そして,午前8時37分ころには,2回目の廃棄物の投入を行っているが,その際,投入口から炎が上がり,投入口付近から多量の煙が吹き出している。午前11時45分ころには,本件施設敷地内の焼却炉とは別の場所で煙が上がり,同日午後5時10分ころまで煙が上がり続けている。また,午前11時46分ころには,6回目の投入が行われている。そして,午後1時1分ころには7回目の投入が行われ,約12分間,投入口の蓋を開けたまま焼却している。
(4) 被告の廃棄物処理施設(焼却炉)運転日誌(以下「運転日誌」という。)の平成13年8月14日の記載(乙53・163頁)には,稼働時間を8時から16時30分とし,投入時間を8時から16時30分まで合計8回,木くずを4500㎏,紙くずを15㎏,繊維くず(畳)を5枚焼却したとしている。被告代表者Yによれば,運転日誌の投入量の記載は,はかりを用いずに,全て勘に頼って記載し,午前中に焼却した量と午後に焼却した量を見当をつけて記載したとしている。
また,運転日誌の記載によれば,平成13年2月25日から同年9月25日までの間,被告は本件施設をほぼ毎日操業しているが,操業時の廃棄物の投入回数は,そのほとんどが9回であり,最も少ないときでも6回であり,また,廃棄物の投入開始時間は,そのほとんどが午前7時30分である。
(5) 本件施設で焼却する対象物は,解体した建築廃材や畳などであるところ,それらには,接着剤,殺虫剤,防腐剤等の薬剤が付着していたり,壁紙に使われるポリ塩化ビニル,断熱材に使用されるポリスチレン等の化学物質が含まれており,これらを焼却すると,ダイオキシン類を始め,塩化水素,臭化水素,有害金属類等の有害物質が発生する。
平成11年7月に制定され,平成12年1月15日に施行されたダイオキシン類対策特別措置法は,ダイオキシン類が人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある物質であることにかんがみ,ダイオキシン類による環境汚染の防止及びその除去等を行うため,ダイオキシン類に関する施策の基本とするべき基準を定めると共に,必要な規制,汚染土壌に係る措置等を定めて国民の健康の保護を図ることを目的としている(同法1条)。そして,同法は,ダイオキシン類の耐用1日摂取量が,人の体重1㎏あたり4ピコグラムと定めている(6条。1ピコグラムは,1兆分の1グラム。)。
(6) 保健所は,上記(3)の平成13年8月14日の本件施設敷地内の本件施設とは別の場所から出た炎と煙について,「失火による火災を積極的に消火しなかった行為が廃掃法上禁止されている野外焼却に該当する」という環境省の回答等を元に検討し,平成14年11月22日,同月23日から被告の産業廃棄物収集運搬の全部停止20日を命じた。
(二) 以上の認定事実をもとに検討する。
被告は,上記(一)(2)の届出をした後も,上記(一)(3)のとおり届出に従わないで操業をしている。すなわち,平成12年12月17日も平成13年8月14日も,午前9時以前に廃棄物の投入を開始していること,投入回数は4回までとしているのに,平成13年8月14日には,午後1時1分ころには7回目の投入をしており,運転日誌でも8回投入したことになっている。また,平成12年12月17日には,10トン程度のダンプカーにほぼ満載された廃棄物を1度に投入していることや,平成13年8月14日を始め従前の被告の操業状況,運転日誌の記載等に照らして,被告は恒常的に1時間あたりの焼却量512㎏及び1日あたりの焼却量4096㎏をかなり上回る廃棄物を焼却していることが強く推認される。
そうすると,被告は,本件施設を改修し上記(一)(2)の届出をした後も,届出の内容の多くの点に従わずに操業をしていることが認められ,これは,少なくとも公的な規制に従わない違法な操業ということができ,上記(一)(1)の従前の被告の操業状態をも併せ考えると,今後も違法な操業を続ける危険性が極めて高いと認められる。
そして,本件施設を改修し,上記(一)(2)の届出をした後の,平成13年8月14日においても,廃棄物の焼却・投入の際に,投入口から炎が上がったり,投入口付近から多量の煙が吹き出していること,約12分間,投入口の蓋を開けたまま焼却していること,本件施設敷地内の本件施設以外の場所で,炎と黒煙が上がりながら,それを5時間以上も放置していること,並びに上記(一)(1)の従前の焼却状況(ビニールを投入したり,投入口付近から度々多量の煙を流出させていることなど)及び被告が届出を上回る大量の廃棄物を恒常的に焼却していると推認されることに照らすと,今後も被告が本件施設の操業を続けることにより,上記(5)のとおりのダイオキシン類を始め,塩化水素,有害金属類等の有害物質が本件施設から生じる排煙等により本件施設周辺に拡散する危険性が認められ,被告による本件施設の操業は,実質的にも付近住民の健康等を侵害する高度の危険のある違法なものと認められる。
3 本件施設の問題点について
(一) 証拠(甲49,50の1,51,60,乙48ないし50,76,77,証人B,同C,同A,原告X,被告代表者Y)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 焼却炉の能力は,燃焼空気量,除じん装置の大きさ,冷却水量,その他補助燃料の量や灰の貯蔵タンクの大きさなどを決める最も大きな要素となるところ,本件施設の焼却能力(1時間あたり512㎏)は,熱燃焼室負荷の値は,長野県環境部長が指導指針とする10万キロカロリーから25万キロカロリーの中の下限10万キロカロリーを採用し,かつ,低位発熱量においても,一般雑芥の3500キロカロリーから5000キロカロリーの中の最大値5000キロカロリーを採用して計算したものであり,実際の焼却能力に比して相当過小に計算されていると認められる。
(2) ダイオキシン類は,燃焼過程とそれに続く排ガス処理過程で,不完全燃焼物(有機性ガス,炭素など)から生成するところ,ダイオキシン類の発生抑制に最も重要なことは,これらの不完全燃焼物の生成を抑制する,完全燃焼とされている。そして,完全燃焼を達成する条件は,一般に,(ア)高い燃焼ガス温度である摂氏850度以上(なお,廃掃法規則では,800度以上を規制基準としている。),(イ)十分なガスの滞留時間である2秒以上,(ウ)炉内の十分なガスかくはん,すなわち二次空気との混合であるとされ,これらの条件をできる限り実現することが,燃焼ガス中の未燃炭素,炭化水素(特に,前駆体物質としてダイオキシン類に変化しやすいクロロベンゼンやクロロフェノール,ポリクロロビフェニル等)を減らすことになるとされている(甲60)。
本件施設の二次燃焼室は,煙道直径1.3メートル,バーナー以降の長さが1メートルであること等を基に計算すると,燃焼ガスの滞留時間は,0.45秒程度に過ぎない。また,本件施設の発生ガス処理の方法は,サイクロン及び湿式スクラバー,シャワー水による排ガス冷却洗浄であり,サイクロンはばいじんの捕集能力が低く,また,バグフィルターは設置準備があるものの本件施設に未だ接続されていない。
(3) 被告は,平成14年9月30日,ダイオキシン類対策特別措置法に基づく特定施設設置変更届出書を保健所に提出し,燃焼室にプッシャー式の押し込み装置(二重扉)を設置する内容に変更し,保健所は,同年11月29日,変更届出書のとおり特定施設が変更されていることを確認した。
(4) 本件施設は,自動投入装置がなく,廃棄物投入の都度,投入口を開ける間欠式焼却炉であり,ごみ破砕機もない。
(二) 上記(一)(1)のとおり,本件施設では,長野県環境部長が指導指針とする数値のうち,燃焼室熱負荷の値及び低位発熱量の値の双方において,最も焼却能力が低くなる値をそれぞれ用いて計算しており,実際の焼却能力はこの数倍であることが推認されることや,上記2(一)(2)(3)で認められた被告の現実の操業状態(届け出た1日4回の投入回数の倍以上廃棄物を投入し,投入量は計測せずに,10トンほどのダンプカーにほぼ満載された廃棄物を1回で投入していることなど)に鑑みれば,実際の焼却能力並びに焼却量は,この数倍以上であることが強く推認される。そうすると,届け出た内容を基準に設計された本件施設の排ガス処理装置(サイクロン等)が適正に機能するとは認め難いし,仮に今後バグフィルターを設置したとしても,バグフィルターが能力に応じて適正に機能するとは認め難い。
また,従前,投入口の蓋をしないで焼却したり,投入口付近から炎や多量の煙が流出していたことに加え,新しく設置された二重扉が機能するかは不明であることにかんがみれば,二重扉を設置したことによって,ダイオキシン類等の有害物質を含んだ投入口付近からの排煙を適正に防止できるとは言い難い。
そして,上記(一)(2)のとおり,本件施設の二次燃焼室では800度以上の状態で2秒以上の燃焼ガスの滞留は確保できない。証人Cは,本件施設の二次燃焼室でも2秒少々滞留が可能である趣旨の証言をしているが,その根拠は,計算に基づくものでなく,経験と勘によるものに過ぎないことや,二次燃焼室は800度以上の状態で排ガスを滞留させる必要があるから,その始点はバーナー以後の長さを基準とするのが相当であることに照らし,前記証言は採用できない。
なお,証人Cも,本件施設で安全性を確保するためには,適正な管理あるいは燃焼のさせ方が必要であるとし,そのためには,廃棄物の投入量をきちんと計量することや空気量を調整して燃やすことが必要であるとしているところ,被告は,投入量は計算しておらず,また,空気量を計算していることは証拠上窺われないから,本件施設の安全性が確保されているとは言い難い。
そしてまた,上記(一)(4)及び被告が1日に届出の倍くらいの回数で廃棄物を投入していることからすると,本件施設では,安定した焼却は確保できない。
以上のように,本件施設の構造や焼却方法には,重大な問題があり,ダイオキシン類等の有害物質の発生を抑止できないと言うべきである。
4 本件施設のダイオキシン類測定結果の信用性について
(一) 証拠(乙43ないし45,56の1ないし6,58,証人B,同C,原告X)によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件施設について,煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類濃度の規制値は,平成14年12月1日以降適用されるダイオキシン類対策特別措置法及びダイオキシン類対策特別措置法施行規則によれば,排ガス1立方メートルあたり10ナノグラムである。
(2) 本件施設について,三浦工業株式会社三浦環境科学研究所が平成13年3月22日に採取した試料に基づくダイオキシン類測定分析結果によれば,本件施設の排ガス中のダイオキシン類濃度は,排ガス1立方メートルあたり1.7ナノグラムであった(乙43ないし45)。
(3) 長野県生活環境部公害課が,東京テクニカル・サービス株式会社に委託して行った本件施設の排ガス中のダイオキシン類調査において,平成13年9月5日の測定結果は,排ガス1立方メートルあたり10ナノグラムであった(乙56の6)。
(4) 長野県駒ヶ根市が,東京テクニカル・サービス株式会社に委託して行った平成11年11月9日から同月10日の長野県内7地点の環境大気のダイオキシン類濃度は,B区では,WHO-TEF.1997方法で1立方メートルあたり0.13ピコグラム,International-TEF方法で0.12ピコグラムであり,A区では,WHO-TEF.1997方法で1立方メートルあたり0.033ピコグラム,International-TEF方法で0.035ピコグラムであり,規制値の0.6ピコグラムを下回っている。
(二) 以上の認定事実をもとに検討する。
(1) 上記(2),(3)の測定結果によれば,本件施設の排ガス中のダイオキシン類濃度は規制基準を下回っている。しかし,(2)及び(3)の測定においては,どのような燃焼物をどのくらいの量,どのような条件で燃焼したのかが不明であり,ダイオキシン類の測定結果は,気象条件,風向き,燃焼方法,検体の分析方法,測定方法(例えば環境計量士が測定全体をきちんとプロセス管理しているか否か)などにより,大きな差異が生じる(証人B,同C。なお,証人Bによれば,1万倍から10万倍,証人Cによれば,今から2,3年前までは1000倍から1万倍ということもあったが,計測管理が進んでいる現在でも10倍から100倍で,非常にエラーが大きい状態では1万倍という段階である。)ことを考えると,上記測定により規制値を超えなかったことだけをもって,被告が本件施設の操業を続けることが安全であると認めるのは相当ではない。
(2) 上記(4)によれば,原告らの居住するB区及びA区の大気中のダイオキシン類濃度は規制基準を下回っていることが認められる。しかし,上述のように,ダイオキシン類の測定結果は,気象条件,風向き,検体の分析方法,測定方法などにより,大きな差異が生じることや,B区,A区のどの地点で採取したかも不明であることに照らすと測定により規制値を超えなかったことだけをもって,被告が本件施設の操業を続けることが安全であると認めるのは相当ではない。
(3) そして,既に検討したとおり,本件施設の焼却状況(施設の能力を超えた大量の廃棄物を投入していること),排煙状況(煙突部分だけでなく焼却炉投入斑部分からも多量の排煙が生じていること),本件施設の構造はダイオキシン類を抑制するのに不十分であることなどに照らすと,本件施設からダイオキシン類が排煙により流出するおそれが高いと考えられる。
5 以上の検討結果によれば,①被告は,従前,公法上の規制を遵守せずに,廃棄物の収集運搬をし,本件施設を操業するなどしていたもので,公法上の規制を遵守する意識に欠けていたばかりか,保健所との約束に反して未だ焼却灰を排出しておらず,公法上の規制や指導に従っていないこと,②本件施設の操業状況は,改修届出後も,届出の内容に違反した違法なものであり,かつ実質的にもダイオキシン類等の有害物質を排煙を通じて付近に拡散させる危険性があり,違法性が認められること,③本件施設の構造や焼却方法には重大な問題があり,ダイオキシン類等の有害物質の発生を抑止できないものであることが認められる。
そして,被告が本件施設を操業する行為は,操業する間,継続して,原告らの生命,身体,健康という人格的利益を侵害する高度の危険性のある私法上違法な行為と認められ,かつその違法性の程度は高度なものであると認められる。また,このような違法行為を行っている被告には,特段の事情のない限り,少なくとも過失があると推認されると言わなければならない。
四 争点2(原告らに生じた健康被害の有無及び被告の行為と原告らの健康被害との因果関係について)
1 本件施設による排煙状況について
(一) 証拠(甲1の1,1の2,3の1ないし3,12の1,2,21,29,30,43の1ないし6,47)によれば,以下の事実が認められる。
(1) 本件施設は,天竜川南側河岸に設置され,本件施設のある南側河岸は,急な山地となっており,天竜川底の標高が約550メートル,本件施設の標高は約570メートル,本件施設から東南に約100メートルの地点の標高は約600メートルとなっている。また,本件施設から北西に約480メートルの地点の標高は,約590メートルである。
原告らの居住する・・区は,本件施設と同じく南側河岸にあり,本件施設の西側に位置する。また,原告らの居住するA区は,同様に南側河岸にあり,本件施設の東側に位置する。
(2) 原告らが撮影した写真(甲43の1ないし6)によれば,平成11年6月19日,同月23日,及び平成12年10月21日,本件施設から多量の白煙が立ち上がり,周辺に拡散していることが認められる。また,平成11年7月22日,本件施設の投入口付近から多量の白煙が上がっていること,同年11月7日には,本件施設の煙突から激しく煙が立ち上っていること,平成12年6月24日には,本件施設付近に煙が拡散していること,同年7月8日には,本件施設の投入口及び煙突から大量の煙が流出していること,同年10月21日にも,本件施設から大量の煙が立ち上っていることが各認められ(甲15の1),平成13年8月14日には,本件施設の投入口付近及び煙突から大量の煙が流出し,施設の敷地内の失火によっても多量の黒煙が立ち上がっていることが認められる(甲31)。
(3) 原告らが撮影した写真(甲3の3写真1ないし4)によれば,平成10年10月24日,平成11年2月4日,平成11年7月13日,平成12年6月11日に,明らかに本件施設から多量の煙が排出されていることが認められる。そして,平成12年6月11日の排煙状況からすると(甲3の1の写真4,甲3の3の写真4),本件施設から排出された多量の煙が山並みに沿ってB区側に拡散している状況が認められる。また,平成11年12月6日の本件施設周辺の白煙が,山をはい上がるようにしてA区側に拡散している状況が認められる(甲3の2写真2)。また,平成11年12月12日撮影の写真(甲3の1の写真1)によれば,本件施設周辺に白煙状の気体が山に沿って立ち上がる形でかかっていることが認められる。
(4) 原告が撮影した写真(甲4)によれば,平成12年4月30日,本件施設から白煙が流出し(写真②③,施設直近の白煙が色が濃く,白煙が躍動して流出している。),低い山をせり上がるようにしてB区の山間部全体に白煙が拡散している(同①)。また,平成12年8月30日,本件施設から流出した白煙が流出し,B区の方向に拡散している(同⑫,⑬,施設直近の白煙が色が濃く,白煙が躍動して流出している。)。
(5) 原告が撮影した写真(甲29)によれば,本件施設の改修後である,平成13年10月24日,本件施設から,他の場所とは区別できる多量の煙状の気体が流出し(本件施設付近の気体の色が最も濃い,甲29の写真⑥),本件施設付近の山間に沿って拡散していることが認められ(同⑦⑧),同年11月28日には,本件施設付近から他の場所とは異なる多量の煙状の気体が流出しており(同③),付近に徐々に拡散している(同④,⑤)。また,平成14年1月23日及び同月27日も,本件施設付近から他の場所と識別できる色の濃い煙状の気体が流出し,山間に沿って付近に拡散していることが認められる(甲29の①②)。同様に平成14年3月9日も,本件施設の煙突から多量の煙が流出し,低山を超えて山間部に拡散していることが認められる(甲47のNo2の写真)。
(二) 以上の認定事実をもとに検討すると,上記(2)のとおり,本件施設の投入口付近及び煙突等から多量の煙が流出しており,上記(3)及び(4)のとおり,本件施設から排出された多量の煙が山並みに沿って,低山を超えてB区側及びA区側に拡散していることが認められる。そして,かかる本件施設からの多量の排煙状況とそれらの拡散の状況に鑑みると,上記(3)及び(5)において,山に沿って立ち上がる形で拡散している白煙状の気体は,本件施設から流出された多量の煙であると認められる。そうすると,本件施設からの排煙の流出経路は,ほぼ原告作成の「本件焼却炉の無風時排煙拡散気流図」(甲21)のとおり,本件焼却場から煙が立ち上がり,低山の山並に沿って立ち上がり,山筋に沿うなどして拡散し,原告らの居住地区に到達していくものと認められる(甲3の1写真1及び写真4参照)。
(三) また,上記(5)のとおり,本件施設の改修後も本件施設から多量の煙が排出され拡散しており,また,前記二3(二)のとおり,改修後であっても本件施設のダイオキシン類等の有害物質の発生を抑止する効果は十分に期待できないのであるから,改修後も,本件施設からのダイオキシン類等の有害物質を含んだ排煙が拡散し,原告らの居住地区に到達する危険性が高いということができる。
(四) 駒ヶ根市の調査結果(乙58)によれば,その風配図において,B区では,東南東の風の頻度が60パーセントと高く,本件施設からB区に排煙が流出しやすいことを示している。
もっとも,A区では,風は多方面に拡散していることが認められるが,多方面に拡散しているに過ぎず,本件施設からの排煙がA区に流出することを否定する根拠になるものではない。また,上記気流図(甲21)は無風時のものを視認して作成したもので,かつ原告らの撮影した写真等とほぼ符合しているので,信用性は十分認められる。
(五) 平面図及び断面図(甲12の1,2)並びに上記(1)によれば,本件施設の標高は約570メートル(煙突部を合わせると約580メートル)で,本件施設は北東から南西に流れる天竜川東岸にあり,天竜川東岸沿いの標高700ないし900メートルの山並みを背後にした位置にある。そしてB区の標高が約563メートル,A区C地籍の標高が約590メートルである。そうすると,本件施設付近の地形及び立地条件から見て,本件施設の排煙は,天竜川沿いの本件施設付近一帯に滞留しやすいと考えられる。
一方,伊南清掃センターは,本件施設から見ると天竜川対岸に北西の方向約1.7キロメートル先の開けた高台上にあり,標高は約640メートルで煙突部分を合わせると約695メートルとなるのであって,原告らの居住地区の標高とは100メートル以上の差異がある。
そうすると,被告の本件施設からの排煙の影響が伊南清掃センターの排煙による原告らの居住区に対する影響より遙かに大きいと考えるのが相当である。
2 原告らの健康被害について
(一) 証拠(甲18,19,28,33,46,48,乙64,証人B,同C,原告X)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実が認められる。
(1) 原告らは,原告らが居住するA区及びB区の住民に対して健康調査のためのアンケートを平成12年9月ころから10月ころにかけて行った。アンケートの調査事項は,佐久総合病院並びに日本農村医学研究所の調査票をもとに,「風邪を引きやすいかどうか,喉が痛いかどうか,喉がいがらっぽいかどうか,眼がしょぼしょぼするかどうか,皮膚がかゆいかどうか」など26項目について,最近半年の自覚症状を問うたものである。このアンケート用紙は,各自治体の隣組を通じて配布され,アンケート回答人員は住民全体の約81パーセントの624名(A区は82.5パーセントの481名,B区は,約76.9パーセントの143名)であった。
(2) アンケート調査の結果,A区もB区も,風邪を引きやすい,喉が痛い,喉がいがらっぽい,風邪でないが咳が出る,眼がしょぼしょぼする,皮膚がかゆい,頭痛,頭が重い,だるい横になりたい,といった事項に対する有訴率が共通して高く,有訴率の多寡の状況はほぼ共通したものである。
(3) 原告らは,原告らの居住する自治区を本件施設に近い距離から,B区では,B2区,B1区(甲21,28)と,A区では,A1区から順に6区まで区分けした。しかるに,有訴率の高さでは,B区では,より遠いB1区がB2区より高く,A区では,最も遠い6区を筆頭に,以下1区,3区,4区,5区,2区で有訴率の高い順となった。また,各地区の調査項目ごとの有訴率の多寡の状況はほぼ共通したものである。
(二) 以上をもとに検討すると,本件アンケート調査の結果は,上記(一)(1)のとおり,住民全体の約81パーセントの624名から回答を得たもので,同(2)及び(3)のとおり,有訴率の多寡の状況がどの地区でも共通していること,B区では有訴率が距離の遠い1区が2区より高く,A区でも距離の遠い6区が1区より有訴率が高いところ,これは,上記1(二)で認められた本件施設からの排煙状況(排煙が山並みに沿って上昇し拡散する)に合致しており,信用性が認められる。そうすると,原告らの相当数の者に,本件アンケート結果にみられる,「風邪を引きやすい,喉が痛い,喉がいがらっぽい,風邪でないが咳が出る,眼がしょぼしょぼする,皮膚がかゆい,頭痛,頭が重い,だるい,横になりたい」といった体調不良が生じており,総じて健康被害ないしその兆候が生じていると考えるのが相当である。
証人Cは,本件アンケート調査結果に疑問を呈しているが,その疑問は「アンケート用紙を単に配って回収したもので正しく集められたものかどうかわからないので,本件アンケート調査結果に対し意見は述べられない。」としているにすぎず,本件アンケート調査の結果が住民全体の約81パーセントの624名から回答を得たものであることなどに照らしてみると,批判は当たらないものと考えられる。
3 上記の検討によれば,①被告が操業している本件施設からの排煙は,山並みに沿って立ち上がるなどして拡散し,原告らの居住地区に到達していること,②本件施設の構造及び操業状況に鑑みると,ダイオキシン類等の有害物質の発生の抑止を期待できず,排煙にはダイオキシン類等の有害物質が多量に含まれる危険性があること,③被告の本件施設からの排煙の影響が伊南清掃センターの排煙による原告らの居住区に対する影響より遙かに大きいと認められること,④原告らには原告らが行ったアンケート調査結果に見られる健康被害ないしその兆候が生じていると認められること等を総合考慮すると,被告の本件施設の操業に伴う排煙と原告らに生じている健康被害ないしその兆候との間には因果関係が認められると考えるのが相当である。
そうすると原告らは,身体及び健康といった人格的利益を侵害されつつあると認められ,被告による本件施設の操業が継続することにより,今後その侵害の程度が深刻化することが予測できる。
原告らの健康被害ないしその兆候は今のところ,直ちに生命や身体に対する重大な脅威を及ぼす程度に至っているとは認められないが,原告らが現在の健康被害等及び将来のその深刻化を受忍すべき事由があるとは認められない。
なお,本件施設の排煙のいかなる物質が原告らの健康被害ないしその兆候を発生させているのか明らかでないが,ダイオキシン類等の有害物質を含むと認められる本件施設の排煙と原告らとの健康被害ないしその兆候との間に因果関係が認められる以上,その原因物質の特定及び健康被害等発生の医学的機序の解明は不法行為成立の要件ではない。
五 結論
1 被告の本件施設の焼却状況は,届け出た操業時間及び投入回数を遵守していないものであり,本件施設の焼却能力を超えた大量の建築廃材等を焼却していることが強く推認される上,投入口付近を開放したまま焼却をするなどその操業状況には大きな問題がある。しかも,本件施設の構造は,ダイオキシン類等の有害物質の発生を抑制するには不十分である。
以上からすると,ダイオキシン類等の有害物質を含む多量の排煙が焼却炉の投入口付近や煙突部分から排出されているおそれが高く,被告の本件施設の操業(侵害行為)の態様は,被告の過失に基づく,人の生命や健康を侵害する危険性が高い,高度の違法性を有するものであることが認められる。
2 次に,①原告らの行ったアンケート調査結果は一定の信用性が認められ,アンケート調査結果に見られる健康被害ないしその兆候が原告らに生じていると考えられること,②本件施設からの排煙状況,その拡散の状況等に照らすと,被告の侵害行為と原告らの健康被害ないしその兆候との間には,因果関係が認められること,③被告が本件施設の操業を継続すれば,原告らの健康被害ないしその危険等は継続し,かつ深刻化することが予想されることがそれぞれ認められる。
3 被告は,本件施設が公共的性格を有し有用性があるので停止を認めるべきでないと主張する。産業廃棄物の焼却施設が公共的性格を有することは認められるが,その公共性は,諸規制を遵守し,環境汚染を防止し国民の健康の保護を図る(ダイオキシン類対策特別措置法1条参照)方向で重視されるべきであり,被告が主張するような維持費用(コスト)の低廉さの面でこれを重視すべきものではないと考えられる(維持費用の面から諸規制を軽視するとすれば公共性の名に値しないことになる)。
4 そうすると,被告主張の本件施設の公共性などを考慮しても,本件における侵害行為の態様・違法性の程度・継続性,被侵害利益である原告らの人格的利益の内容・性質・程度,被告の公法上の規制基準の遵守の有無,被害防止対策の可能性等の諸般の事情を総合考慮し,原告らは,被告の不法行為による人格的利益の侵害を防止するため,本件施設の操業禁止を求めることができると認めるのが相当である(なお,仮執行の宣言は相当でないから付さないこととする)。
(裁判長裁判官 野村高弘 裁判官 藤田昌宏)
裁判官 坂本寛は,転勤のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 野村高弘