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長野地方裁判所飯田支部 平成13年(わ)20号 判決 2002年10月08日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中三九〇日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、本籍地である山形県西村山郡で農業を営む父親と共働きの母親との間の第一子として昭和四九年に出生し、学生のころから、親の財布から度々金銭を持ち出したり、友人から借金をして約束通り返済しなかったりし、これらが問題となるとその場しのぎの言い逃れをするという性癖を有していた。高校卒業後は、山形市内の会社に就職したが長続きせず、職を転々としたり、家出をするなどし、サラ金から自己あるいは友人名義で借り入れをしたが返済できず、父親が平成八年ころ合計約七〇〇万円を返済した。被告人は平成九年一一月に人材派遣会社に就職し、契約社員として福島県の工場に派遣され、平成一〇年七月から、長野県駒ヶ根市の工場に派遣され、以来、自動車部品等の製造に従事し、会社の寮である住居地の××マンション四〇五号室に居住した。

被告人は、甲野花子(以下「甲野」という。)が被告人と同じ人材派遣会社の契約社員であり、同じ階の四〇一号室に居住していたことから、平成一一年七月ころ、同女と面識を持ち、廊下で会うと挨拶を交わしたり立ち話をするようになり、平成一二年一二月ころからは、時々甲野の電子レンジで冷凍食品を温めてもらうようになった。

被告人は、給料をパチンコ等に無計画に費消する一方、欠勤や遅刻が多く、基本給を引き下げられ、また、給料を前渡金として受け取るのを常とし、平成一三年一月以降は、給料日には支給額がなくなり、食費にも困る有様となり、職場の同僚らから借金をしてしのいでいた。

被告人は、平成一三年二月二七日ころ、冷凍食品を温めてもらうために甲野の部屋を訪ねた際、甲野から相談事を持ちかけられ、初めて甲野の部屋の中に入り、「目標一〇〇万」などと書かれた壁の張り紙を見、甲野が約四年間勤務していたことから、甲野が既に相当額の金銭を貯めていると思った。被告人は、同僚からの借金を返済して楽になりたいということや、パチンコを思う存分やりたいといった気持ちから、甲野から金銭を奪うことを思いついた。そして、甲野を襲う方法に考えを巡らせ、職場で手に入るモンキーレンチで甲野の頭を叩いて気絶させ、甲野の部屋から預金通帳と印鑑を奪う計画を立てた。被告人は、翌二八日ころ、職場の工場からモンキーレンチを持ち出し、被告人方に持ち帰るとともに、平日は夜勤の人が廊下を出歩くことなどから、甲野を襲うのは、土曜日か日曜日にすることとしたが、同年三月二日金曜日に、被告人の銀行口座に給料の前渡金九八〇〇円が振り込まれたことから、当座の食費はしのげると考え、計画の実行を思いとどまった。

しかし、同月一〇日ころには、所持金がほとんどなくなったため、計画実行の準備として、甲野の部屋を物色する際などに指紋が付かないように職場から手袋を持ち帰った。被告人は、その後、同僚等から食事をおごってもらうなどして日を過ごしていたが、いよいよ金銭に窮し、同月下旬の土曜日及び日曜日に計画実行の機会を窺い、冷凍食品を温めてもらいに甲野の部屋を訪ねたものの、甲野の体調不良や、被告人の虫歯の痛みが激しかったことなどから機会を得られなかった。被告人は、そのころ、同年四月一杯で会社を辞めることを上司に伝えたところ、上司から同僚らに借金を返済するように言われた。

被告人は、同年四月二日から歯痛のため仕事を休んだが、数日後には歯痛も収まり、甲野を襲う計画を実行しようと考えていたところ、同月八日日曜日の午後三時ころ、自室を出て廊下を歩いていたところ、部屋から出てきた甲野からゲーム機のソフトをクリアして欲しいと頼まれ、甲野の部屋に上がり、ゲームをした。同日午後四時ころ、甲野が買い物に出かけると言ったため、被告人は、ゲーム機を持って自室に戻り、ゲームを続けた。同日午後六時ころ、被告人は、「今日こそ甲野さんから金銭を奪わないと、上司から同僚に金を返すように言われる。」などと考え、モンキーレンチをジーパンの後ろポケットに入れたが、モンキーレンチで叩いた際に、甲野が気絶せずに騒ぐなどした場合には刺し殺そうと考え、ラップを巻いた刃体の長さ約一〇センチメートルの果物ナイフ一本を用意し、手袋とともにデイバッグに入れ、ゲーム機を持って、甲野の居室に行き部屋に上がり、再びゲームを始めた。被告人は、日曜日は寮の住人の多くが早く寝て静かになることから、午後九時ころまでに犯行を実行しようと考えていたところ、午後九時前ころ、甲野が被告人に背を向け前屈みの姿勢となったことから、甲野を襲う決意をし、モンキーレンチをズボンの後ろポケットから取り出した。

(罪となるべき事実)

被告人は

第1  甲野花子(当時二六歳)から金品を強取しようと企て、平成一三年四月八日午後九時ころ、長野県上伊那郡南箕輪村<番地略>所在の「××マンション」四〇一号の同女方において、同女の頭部を所携のモンキーレンチ(平成一三年押第5号の1、長さ約三〇〇ミリメートル)で数回殴打したが、同女が気絶しなかったことから、同女を殺害するしかないと考え、デイバッグから取り出した果物ナイフで同女の胸部、腹部等を多数回突き刺すなどし、よって、そのころ、同所において、同女を心臓損傷等に基づく失血により死亡させて殺害した上、同女所有又は管理にかかる株式会社八十二銀行発行の同女名義のキャッシュカード一枚、携帯電話機一台、携帯電話機用充電器一台、鍵一個、携帯ゲーム機一台(時価合計約八九五〇円相当)及び現金約六〇〇〇円を強取し

第2  前記強取にかかるキャッシュカードを使用して、現金自動預払機から金員を窃取しようと企て、同月九日午前一〇時二分ころ、同県駒ケ根市赤穂<番地略>所在の○○株式会社□□事業本部○○工場敷地内△△農業協同組合○○支所キャッシュサービスコーナーにおいて、同所に備え付けの現金自動預払機から、上記キャッシュカードを使用して、同農業協同組合○○支所乙野太郎管理にかかる現金八万九〇〇〇円を払い出して窃取したものである。

(証拠)<省略>

(法令の適用)

罰条

1  判示第1の行為について

刑法二四〇条後段

2  判示第2の行為について

刑法二三五条

刑種の選択 判示第1の罪について

無期懲役刑を選択

併合罪の処理

刑法四五条前段、四六条二項

未決勾留日数の算入

刑法二一条

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法一八一条一項ただし書

(争点に対する判断)

1  争点

(1)弁護人は、本件強盗殺人の公訴事実について、被告人の殺意について疑問がある旨主張し、被告人もこれに沿う供述をし、また、(2)弁護人は、本件犯行時被告人は心神耗弱の状態にあった旨主張するので、以下検討する。

2  殺意の有無について

(1)  被告人が本件判示第1の犯行に用いた凶器は、刃体の長さ約一〇センチメートルの先端鋭利で十分な殺傷能力を有すると認められる果物ナイフであるところ、被告人は、同人からモンキーレンチで頭部を数回殴打されたため仰向けの状態になりながら上体を起こそうとしていた甲野に向かって、右手(順手)に握った前記果物ナイフで、先ずその左前胸部(被告人はみぞおち付近と供述している。)を力一杯刺し、刃が被害者の体に根元まで入り、容易に引き抜けないのを力を込めて引き抜き、曲がった刃を直して、腹部を相当に強い力を込めて、数回にわたって突き刺し、その結果、甲野に対し、左前胸部に致命傷となった深さ約9.5センチメートルの心臓に達する刺創の他、腹部に深さ約2.8センチメートルないし約七センチメートルの合計七カ所の刺創を負わせている。

このように、人体の枢要部である胸部及び腹部を集中して果物ナイフで攻撃しているのであるから、犯行時被告人に確定的殺意があったことは優に認められる。

(2)  なお、検察官は、被告人がモンキーレンチを準備した計画の当初から甲野を殺害して金品を強奪する意図を有していた旨指摘するので検討する。

関係証拠によれば、①被告人は、甲野の預金通帳等を奪う方法については、「甲野を気絶させてその隙に奪おう。」と考えたこと、果物ナイフを用意したのは、「モンキーレンチで殴って気絶しなかったらどうしよう。俺が襲ったことがばれてしまうし、甲野さんは大声を出して騒いで人をよぶだろう。そんなことになったら逮捕されてしまう。そうなったらもう殺すしかない。殴ってもだめなら刺し殺そう。」などと考えたためである旨、それぞれ一貫して供述していること(乙8、11、12警察官調書等)、②本件強盗殺人の際、被告人としては、頭部をモンキーレンチで一回力一杯殴打すれば、甲野が気を失うと思っていたが、甲野はうなりながら起きあがろうとしたので、被告人は、甲野の頭をモンキーレンチで更に数回殴打したが、甲野は気絶せず起きあがろうとしていたことから、「もう殺すしかない。」などと考えて、果物ナイフで甲野を多数回刺したこと、③被告人の使用したモンキーレンチの形状は、金属製で長さは約三〇センチメートル、重量約六五〇グラムで、固定あご根元部の厚さは18.7ミリメートルであること(甲36)が認められる。

被告人が、当初から甲野殺害の意図を有していたのであれば、殴打後すぐに果物ナイフを用いるのが自然と考えられるところ、被告人はモンキーレンチで甲野の頭部を一回力一杯殴打し、甲野が気絶しないで頭を押さえていた後も、直ちに果物ナイフを用いず、さらに数回モンキーレンチで殴打しており、当初から確定的殺意を有していたとみるには疑問がある。そうすると、甲野を気絶させてその隙に預金通帳などを奪おうと考えたという被告人の供述は信用できるものと解される。結局、被告人には、果物ナイフを用意した時点から、モンキーレンチで殴打しても甲野が気絶しなければ殺害しようという条件付殺意が生じていたが、確定的殺意は認められず、本件強盗殺人の実行に着手した後、果物ナイフで甲野の胸部等を刺す時点で確定的殺意が生じていたものと認定するのが相当である。

3  責任能力について

(1)  鑑定人丙野次郎の鑑定結果(以下「丙野鑑定」という。)の鑑定主文は、「①被告人は、染色体検査によりクラインフェルター症候群(XXY症候群)と診断された。②被告人の知能と性格は、クラインフェルター症候群に見られる一般的な特徴を呈した。知能指数は、ウェクスラー成人知能検査改訂版で全検査IQが七〇であり、軽度の精神遅滞に極めて接近した境界域にある。性格は、抑止力が低く、内省力に乏しく、自己責任を回避する傾向にある。③被告人の起こした事件は、計画的に行われたものであり、事件当時の精神状態は、本人の意志に従った行動であり、意識障害、幻覚、妄想は見られなかったものと判断される。④被告人の責任能力は、生来の精神発達上の低下を考慮すると、知的水準や判断力の低下が見られ、軽度ながらその減退があるものと考えられる。」というものである。丙野鑑定は、被告人について精神分裂病等の精神的疾患・障害、多重人格障害、反社会性人格障害、非社会性人格障害をいずれも否定している。

なお、丙野鑑定が主文で指摘する被告人の抑止力等の低さというのは、鑑定人丙野の証言によれば、例えば被告人が借金をしながら返済をしなかったり、職場で一生懸命頑張って耐えていくことができないなどといった社会生活上の抑止力等の低さであって、人の命を奪うという抑止力の低下とは本質的に性質の違うものであり、また、被告人のクラインフェルター症候群と本件犯行との直接的関連は否定されている。

(2)  丙野鑑定は、被告人の責任能力について、軽度ながらその減退があると指摘しているので検討する。

丙野鑑定は被告人の知能指数がやや低いことを重視しているが、その数値は、境界域ではあるものの、直ちに責任能力に疑問を抱かせるものとは考えられない。

そして、①本件犯行の動機は、食費にも事欠き、同僚らからの借金の返済を迫られていた被告人が、甲野の部屋で「目標一〇〇万」と書かれた張り紙を見たことなどから、相当の金銭を貯めていると思い、預金通帳などを奪おうと思ったもので、犯行の動機は十分に了解可能であること、②被告人は、職場からモンキーレンチ及び手袋を持ち帰り、さらに、指紋等が付かないよう柄にラップを巻いた果物ナイフを用意しており、このように周到に準備をした上、犯行に及んでいること、③被告人は、甲野を、果物ナイフで刺した後、同女の上に布団をかぶせて押さえ込み、ぴくぴく動いていた足の指が動かなくなったことを確認した後、手袋をし、部屋を物色してキャッシュカード等を奪った上、甲野が生年月日をキャッシュカードの暗証番号にしていると見当をつけ、甲野の保険証に記載してある生年月日を記憶し、その後、空き巣の犯行に見せかけるため、ベランダ側の窓を少し開け、物干しを倒すなどした上で、同女の部屋を出たのであり、確実に甲野を殺害した上、財物奪取及び犯行隠蔽行為を着実に遂行していること、④被告人は、犯行後、果物ナイフをアルミ箔に包んで側溝に捨て、また奪ったキャッシュカードと鍵を土中に隠すなどしていること、などからみて、被告人の本件犯行遂行時及び本件犯行前後の被告人の行動は、計画に基づいた合目的なものであると認められる。

更に、前記犯行に至る経緯で指摘したとおり、被告人は本件犯行の一か月以上前から、甲野を襲って預金通帳等を奪うことを何度か実行しようと考えたものの、給料の前渡金が振り込まれたり、同僚から食事をおごってもらったことなどから、甲野を襲うことをしばらく思いとどまっていたことを併せ考慮すると、被告人について、本件犯行当時、本件犯行についての抑止力等の低下を認めることはできない。

以上を総合的に判断すると、被告人は、知能面において若干劣る面があるとは言えるものの、本件犯行当時、判断能力及び行動制御能力は十分に保たれており、完全責任能力を有していたと優に認定できる。

(量刑の理由)

本件は、判示のとおり被告人が判示第1の強盗殺人を敢行した上、奪ったキャッシュカードを用いて判示第2の窃盗に及んだ事案である。

その動機は、金銭に窮していた被告人が、甲野が多額の預貯金を持っていると思い、その預貯金を奪えば、同僚等に借金を返済でき、パチンコも思う存分できるなどと考えたことにあり、欠勤・遅刻等が多い自己の勤労態度や無計画に金銭を費消するという生活態度を何ら改めることをせず、甲野の預貯金を殺害してまでも奪おうという暴挙に出たもので、余りにも短絡的かつ自己中心的な犯行であり、動機において全く酌量の余地はない。

また、本件強盗殺人は、あらかじめモンキーレンチ、手袋を準備し、モンキーレンチで殴打しても気絶しなければ殺害することも考えて果物ナイフを用意して敢行されたという計画的なものである。また、犯行態様は、被害者の隙をついて背後から頭部を力一杯モンキーレンチで数回殴打し、さらに無抵抗の甲野に対し果物ナイフで力を込めて多数回突き刺して確定的殺意のもと殺害したというものであって、極めて残虐であると言うほかない。しかも、虫の息となっていた被害者に布団を掛けてその上に乗るようにして足で押さえつけ、布団から見えていた被害者の足の指が動かなくなるのを確認していた被告人の態度は冷酷非情である。

そして、前記のような犯行態様に鑑みれば、甲野が本件犯行によって被った肉体的・精神的苦痛は筆舌に尽くし難いものがあったというべきであり、本件当時二六歳の将来のある善良な女性であったにもかかわらず、唐突に理不尽な攻撃を受けて惨殺され金品を奪われた無念さは察するに余りある。また、最愛の娘を育て上げその将来を楽しみにしていた被害者の両親は、一瞬にしてその楽しみを奪われたものであって、その悲嘆は深く、当然のことながら処罰感情は強く、被告人に厳しい刑を望むことは十分理解できることである。それにもかかわらず、被告人及びその親族は慰謝の措置を全くと言ってよいほど講じていない。被告人は、当公判廷において、反省や遺族への謝罪の言葉も口にするが、その供述全体からは自己の犯した重大な結果を直視することを意識的に回避したり、遺族の立場を察せず自分の心情を優先する無責任な態度が見られ、その心中に真摯な反省を見ることはできない。

さらに、被告人は、空き巣による犯行に見せかけるために甲野の部屋内を荒らしておく等の罪証隠滅工作をした上、判示第2の犯行によって甲野の預貯金のほぼ全額を引き落とし、その金銭で同僚らに借金を返済した後、パチンコに興じるなどしており、被告人の罪障感の欠如は深刻であって、この点においても厳しい非難を受けなければならない。

以上の諸点を考慮すると、被告人の刑事責任は極めて重いといわざるを得ず、本件強盗殺人において当初から確定的殺意のもとに計画準備していたものとまでは認められないこと、被告人は比較的若年で前科もないこと、知能が軽度の精神遅滞に極めて接近した境界域にあり、社会適応に際して多少のハンディキャップがあること、捜査官に対して比較的素直に事実関係を述べていることなど、被告人に有利に斟酌すべき事情を最大限に考慮しても、検察官の求刑どおり、無期懲役刑を科するのが相当である。

(裁判長裁判官・野村高弘、裁判官・藤田昌宏、裁判官・坂本寛)

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