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長野地方裁判所飯田支部 平成13年(ワ)6号 判決 2003年3月25日

主文

1  被告は,別紙施設目録記載の産業廃棄物処理施設(焼却炉)の操業をしてはならない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,被告が建設し,操業しようとしている別紙施設目録記載の産業廃棄物処理施設(以下「本件焼却炉」という。)の周辺住民である原告らが,被告が焼却する建築廃材の分別方法及び本件焼却炉の焼却能力にはいずれも限界があり,本件焼却炉の操業により大量のダイオキシン類が排出され,原告らの生命,身体,健康等に多大の被害を発生させるとして,人格権に基づく差し止め請求権により本件焼却炉の操業禁止を請求した事案であり,被告は,本件焼却炉から人体に有害な濃度のダイオキシン類は発生しないとして,原告の請求を争っている。

1  争いのない事実等

(1)  当事者

原告らは,後記の本件焼却炉の周辺にある長野県伊那市・・・の各住民である。

被告は,土木工事業,舗装工事業,産業廃棄物収集運搬等を主務とする株式会社である。

(2)  本件焼却炉及び事業の概要

被告は,平成9年11月28日ころ,長野県伊那市・・・の土地上に下記概要の本件焼却炉のコンクリート(捨てコンクリート)の打設を開始し,同10年7月中旬ころ,本件焼却炉を建設完成させた。

ア 本体名  TOUKAI INCINER 木屑燃焼炉

イ 本体外寸法  3000W×4000L×3000H

外板3.2t  L12.5×65

外板4.5t  L6×65

ウ 焼却可能な廃棄物  木くず

エ 仕様書の予定焼却量  4.3トン/日(8時間)以下

オ 使用方法  燃焼室上部より廃棄物投入。灰出口から焼却灰を排出。上記操作を9時間で2回行う。

カ 燃焼管理方法  固定式炉。開閉式の投入口から燃焼物を投入する(尚,投入口と焼却炉との間に3~5センチメートルの隙間が設けられている)。連続投入装置は設置されていない。

(3)  被告は,平成10年9月8日ころ,本件焼却炉の操業を開始し,現在までに延べ6日間の操業(被告代表者第6回6頁)を行っている。

2  争点

(1)  本件焼却炉の構造上及び維持管理の技術上の問題点

(原告らの主張)

ア 本件焼却炉は,下記のように,平成14年12月1日以降本件焼却炉に適用される廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)の規則が定める廃棄物処理施設の技術上の基準(以下「構造基準」という。)及び廃棄物処理施設の維持管理の技術上の基準(以下「維持管理基準」という。)を満たしておらず,大量のダイオキシン類が発生する危険性が高く,操業が許されないものである。

① 本件焼却炉は,二重スライド式扉を備えていない上,燃焼室への廃棄物の連続投入装置も設置されておらず,「外気と遮断された状態で,定量ずつ連続的に廃棄物を燃焼室に投入できる供給装置を設置すること」(廃掃法規則4条1項7号イ。なお,当該規定は,1時間あたりの処理能力が2トン未満の焼却施設には適用されないが,本件焼却炉は実質的には1時間あたり2.8トン程度の焼却能力を有するから,適用されると解すべきである。)という要件を満たしていない。

② 一次燃焼室の投入口の蓋と焼却炉との間に3から5センチメートルの隙間があり,「燃焼室において外気と遮断すること」(同号ロ(3))という要件を満たしていない。

③ 「燃焼ガスの温度を速やかに800度以上にし,これを保つため必要な助燃装置を設けること」(同号ロ(4))という要件を満たしていない。増設された新しい助燃装置の実際の能力は全く不明である。

④ 投入口を完全に塞いでしまうと酸素不足の状態となるので,これを補うための酸素供給装置が必要なのに,これが設けられておらず,「燃焼に必要な量の空気を供給できる設備が設けられていること」(同号ロ(5))という要件を満たしていない。

⑤ 排ガス処理設備は,ダブルサイクロンと水噴霧だけであり,「ばいじんを除去する高度の機能を有する排ガス処理設備を設置すること」(同号ヘ)という要件を満たしていない。

⑥ 「燃焼室中の燃焼ガス温度を800度以上に保つこと」(同条の5第1項2号ハ)という要件を満たしていない。

⑦ 「排ガス中の一酸化炭素濃度を100ppm(ppmは100万分の1)以下とすること」(同号ル)という要件を満たしていない。

⑧ 「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素濃度を連続的に測定し,かつ記録すること」(同号ヲ)という要件を満たしていない。

⑨ 「煙突から排出される排ガスを水により洗浄し,又は冷却する場合は,当該水の飛散及び流出による生活保全上の支障が生じないようにすること」(同号タ)という要件を満たしていない。

イ また,本件焼却炉は,上記のように行政法規上の規制に違反しているばかりでなく,次に指摘する通り,実質的にも安全性を欠き,原告らの生命,身体,健康等といった人格的利益を侵害する蓋然性が極めて高いから,なおさら操業は許されないものである。

① 本件焼却炉の第1の欠陥は,一次燃焼室において,立ち上がりから埋火まで常時800度以上の高温が確保・維持されていないということである。

その原因は,強制通風送風機から供給される空気量の不足を,投入口蓋に3~5センチメートルの隙間を設けてここから誘引ファン(ブロア)の力により空気を取り入れることによって補おうとしているものの,同投入口蓋からの外気の導入を科学的・技術的にコントロールできないため,廃材の燃焼が弱まった段階においても外気が入り込み温度の低下を招いていること,助燃バーナーの能力があまりにも小さいため炉内を十分に温めきれないこと,連続投入装置がなく二重スライド式扉も設置されていないこと,ロストルがないこと,解体された直後では廃材に水を打って燃やすようにメーカー自身が指導していること等の点にある。

② 本件焼却炉の第2の欠陥は,排ガスの温度が800度以上にまで高まった時であっても,同排ガス自体が2秒以上滞留されていないことである。

これでは,ダイオキシン類を分解することは不可能である。

③ 本件焼却炉の第3の欠陥は,800度以上の高温が十分に維持されていない中で,完全燃焼に近い燃焼が確保されていないことである。こうなると,木材に加えて塩素化合物が燃焼される結果,多量の未燃有機分解ガスが発生し,この中にダイオキシン原因物質(ポリ塩化ベンゼン等)が多く含まれることになって,ダイオキシン類が大量に生成されることになる。

④ 本件焼却炉の第4の欠陥は,冷却装置に急遽集塵機能を持たせようとしたが,排水が全て蒸発しなかったため洗浄排水が大量に生じてしまい,当初から排水処理を念頭においていなかったことから,その排水処理が極めて不十分であるということである。この排水には大量のダイオキシン類が含まれているのに,その有害排水の管理が実に杜撰であるため,煙突,ダブルサイクロンにおける飛灰の取り出し口,既存の投入口蓋冷却槽,各排水を通す配管の接続部分や配管そのもの,一次冷却槽における使用しないノズルの口の穴等から,有害排水が漏れ出す可能性が高い。

⑤ 本件焼却炉の第5の欠陥は,集塵装置としてダブルサイクロンしか設置されていないこと(バグフィルターや電気集塵機が付されていないこと)である。ダブルサイクロンは集塵機としては機能しておらず,ダイオキシン対策には何らの意味も持たないものである。

なお,ダブルサイクロンを補う機能を持たせようとした水噴霧による除煤効果も決して十分ではない。

したがって,本件焼却炉では,排ガス処理は機能していないと言っても過言ではない。

ウ 被告は,2度にわたるダイオキシン類の濃度の測定検査の結果をもって,本件焼却炉が安全であると主張している。

しかしながら,被告が実施した排ガス内のダイオキシン類に対する上記2回の測定結果は,通常の操業状態と同様の条件下において測定が実施されたものでない上,検査方法,報告書記載内容がずさんであり,適正に作成されていない疑いがあり信用できない。

(被告の主張)

ア 本件焼却炉の安全性については,設計上あるいは構造上からの理論で決定されるべきものではなく,あくまでも実際に稼働させた上での結果が重視されるべきものである。

そして,本件焼却炉については2度にわたってダイオキシン類の濃度の測定を実施しており,測定方法等に問題のない科学的・合理的検査の結果,いずれも維持管理基準で定められた10ナノグラム(ナノグラムとは10億分の1グラム)を遙かに下回る値となっている(第1回目である平成10年11月5日実施の株式会社環境測定センターの検査では1立方メートル当たり2ナノグラム,第2回目である平成11年7月23日実施の財団法人化学品検査協会の検査では1立方メートル当たり0.17ナノグラム)。本件焼却炉の安全性は,上記測定結果によって実証されている。

イ 本件焼却炉は木くず専用の燃焼炉であり,燃焼されるものは木くずに限られるので,そもそもダイオキシン類は発生しない。

もっとも,木くず専用と言っても木くずには高分子系の繊維等が密接不可分に紛れ込むことは想定できる。しかし,これは分別の問題であり,焼却炉そのものの性能に関する問題ではない。

ウ 仮に,木くずの中に少量の塩素系物質が混入していたとしても,下記のとおり,本件焼却炉の燃焼室の性能(800度以上の高温の継続維持と燃焼ガスの2秒以上の滞留確保)によりダイオキシン類が発生することはあり得ない。

① 本件焼却炉の投入口の隙間は,空気の取り入れ口としてあけられたものであり,本件焼却炉には,二次冷却塔の下に強制通風装置(ブロアー)が設置されており,焼却炉内の空気を吸い込んで煙突へはき出すように空気を引いており,投入口の隙間から排ガス等が逃げることはない。

② 本件焼却炉は,燃焼室において常時800度以上の高温維持が可能であり,現に800度以上の高温維持を確保している(甲11号証の温度グラフによると,1時間30分程度で800度から下がっているけれども,これは,燃焼物が完全に燃焼したために,燃焼の対象を失い温度が低下したに過ぎない)。また,被告は,その後に助燃装置を増加して,従来の燃焼力を3倍に増加したから,なおさら,800度以上の高温維持は可能である。

③ 本件焼却炉では,冷却装置で水を噴霧することにより,集塵装置としての機能を営み,ダイオキシン類だけでなく,ばいじんや塩化水素等を除去している。

したがって,原告らが指摘する「本件焼却炉にはダブルサイクロンしかない。」との批判は当たらない。

④ 被告は,焼却炉の投入口蓋を冷却する水と焼却炉内で排ガスを冷却する水とを別の水にするように改造し,かつ,排ガスを冷却する水については,その水槽と隔壁と敷地をコンクリートで固め,屋根を設置したから,排ガスを冷却した水が外部に漏れることは防止されている。

⑤ 本件焼却炉では,排ガスを800度以上で2秒間滞留することは要求されていない上,二次燃焼室ならびに冷却塔をも含めた空間で考慮すれば,2秒以上の滞留は十分行われている。

⑥ 本件焼却炉には,外気と遮断された状態で,定量ずつ連続的に廃棄物を燃焼室に投入できる供給装置を設置することという規定は適用されないから,かかる原告らの批判は当たらない。

(2)  分別の問題点

(原告らの主張)

被告は,本件焼却炉を操業するに当たり,以下のとおり,十分な分別を講じようとしておらず,ダイオキシン類対策は全く採られていない。

ア 解体現場において,重機(破砕機)によって建物をミンチ状に解体するだけであって,一次分別が行われていない。

イ 更に,これを搬出する際にも分別は行われていない。

ウ 本件焼却炉内においても,バックホーのペッカーにより撹拌した木くず類の山の頂上部だけの選り分け作業に終始し,しかも作業員らも一見して目に付いた異物だけを取り除いているだけであって,木くずの山の中に隠れた膨大な異物や建材に付着したビニール・プラスチック類は全く除去されていない。

(被告の主張)

本件焼却炉の操業においては,①建物を取り壊す時点において,目のつく範囲で木くずとそれ以外の廃棄物とに分別する。②本件焼却炉へ搬入されてきた後にも,常時3名の男性社員によって一建物につき30分から1時間かけて木くずとそれ以外のものとに更なる分別を行う。③被告自身で分別のためのマニュアルを作成し,これに従って厳格な作業を行う予定であり,分別作業は万全を期している。また,ミンチ解体は違法であり,被告は行うはずはなく,平成14年5月30日施行の「建設工事にかかわる資材の再資源化等に関する法律」により確実な分別活動が要求されており,被告は,義務づけられた分別についての技術管理者1名を設置している。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所の判断の骨子は,以下のとおりである。

(1)  被告による本件焼却炉の操業により,原告らの生命,身体,健康等に多大の被害を発生させる高度の蓋然性があると認められる場合には,原告らは,人格権に基づき本件焼却炉の操業禁止を求めることができる。

(2)  ダイオキシン類は非常に少量で人の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある物質であるが,ダイオキシン類の大半は,ごみ焼却施設及び廃棄物焼却施設で発生しており,これらの焼却施設でのダイオキシン類の生成を抑制するためには,被焼却物対策,焼却過程における対策,排ガス対策等を講じる必要がある。

(3)  廃掃法は,ダイオキシン類削減の観点から同法規則による廃棄物処理施設の構造基準及び維持管理基準を見直すほか,小規模施設に対する規則強化のために構造基準・維持管理基準の適用対象施設の拡大等を行っている(平成9年及び14年改正)。

(4)  上記構造基準・維持管理基準は,ダイオキシン類の生成抑制のための科学的見地等を踏まえて定められているということができ,構造基準・維持管理基準に違反している焼却炉は,単なる行政法規違反というに止まらず,実質的に相当量のダイオキシン類を発生させる危険性が高く,人の健康や環境等に多大の被害を与える危険が高いと判断するのが相当と言うべきである。

(5)  被告は,本件焼却炉に関するダイオキシン類濃度の測定結果が基準値を下回っており安全であると主張するが,被告が提出しているダイオキシン類の測定結果(乙9,11)については疑問点が少なからずあるから,この測定結果だけをもって本件焼却炉が安全であると認めるのは相当でない。

また廃棄物焼却施設の排ガス中のダイオキシン類濃度の基準値は,廃掃法規則の維持管理基準の一つに過ぎず,それを満たせば他の構造基準及び維持管理基準を不問とする態度を廃掃法規則は取っていない。かかる態度は,ダイオキシン類の人体や環境に及ぼす危険性,焼却施設におけるダイオキシン類発生の危険性,ダイオキシン類測定が測定条件によって値が著しく異なることなどに照らし,首肯できる。

(6)  本件焼却炉の焼却対象物が解体家屋であること,被告の過去の分別状況を見ると,被告が今後ダイオキシン類対策のために十分な分別を行うことは困難であると認められる。

(7)  原告らは,本件焼却炉近くに居住しており,本件焼却炉が稼働すれば,ダイオキシン類に汚染された大気により,原告らの健康や周辺環境等に多大の被害が発生する蓋然性が高いと判断するのが相当であるから,原告らは,人格権に基づき本件焼却炉の操業禁止を求めることができる。

(8)  以下,かかる判断枠組みに従い,判決理由を論じる。

2  人格権侵害に基づく差止め請求について

(1)  本件は,本件焼却炉の近隣に居住する原告らが,本件焼却炉の操業により,原告らの生命,身体,健康等に多大の被害が発生するとして,人格権に基づいて操業の禁止を求めたものである。

人の存在において最も基本的な価値である生命,身体,健康等の人格的利益が違法に侵害され,または侵害される高度の蓋然性が認められるときは,その人格的利益の主体は,人格権に基づき,人格的利益を侵害し,または侵害しようとする者に侵害行為の差止めを請求できると解せられる。生命,身体,健康等に関する人格的利益は最大限に尊重されるべき基本的な権利であって(憲法13条,25条参照),私法上も排他的な権利として尊重されるべきものであるから,物上請求権と同様,人格権に基づく妨害排除請求権ないし妨害予防請求権が,私法の一般法理によって認められると解される。

(2)  本件において特に問題となるのは,原告らの生命,身体,健康等が侵害される高度の蓋然性があるか否かをどのような基準で判定するかである。

原告らの主張する生命,身体,健康等への被害(以下「健康等被害」という。)は,主に本件焼却炉から発生するダイオキシン類を原因物質とするものであるところ,後述のとおり,ダイオキシン類が極めて少量で人体に害を及ぼす猛毒であること,その現実の操業時における継続的かつ確実な測定が困難であること,大気中に拡散し,自然界に蓄積される性質から,近隣住民の人体に健康被害等が発現してからでは,身体的な被害回復が手遅れになる可能性が高いのみならず,大気中あるいは自然界に蓄積したダイオキシン類の除去が不可能またはきわめて困難であることを考慮すると,健康被害等発生の高度の蓋然性について,厳密に医学上の見地からの裏付けを要するとすることは相当でない。

本件で主に問題となるダイオキシン類に関しては,ダイオキシン類対策特別措置法及び同法施行規則において排出基準等が定められ,廃掃法及び同法規則により,廃棄物処理施設の構造基準及び維持管理基準が定められている。これらの法規は,単に行政施策達成のために技術的な基準を定めたものと解すべきではなく,「国民の健康の保護を図ることを目的」(ダイオキシン類対策特別措置法1条)とし,「生活環境の保全及び公衆衛生の向上を図ることを目的」(廃掃法1条)とする見地から,ダイオキシン類の生成抑制のための科学的見地等も踏まえた上で,種々の規制を定めたものであるから,究極的には,近隣住民を含む国民一般の保護を目的とするものである。

そして上記各法規及び各基準等による規制は,各立法目的に沿い,社会的実態を踏まえた合理的なものであると考えられるから,健康被害等の人格権侵害の蓋然性判断においても重要な指標または基準になり得るものと考えられる。

(3)  一方被告は,もとより公共の福祉に反しない限り営業の自由を有するものであるが,本件焼却炉の運営者として上記各法規を遵守すべき立場にあるから,上記基準を採用することは何ら不利益ではない。

そして,被告が近隣住民の健康,安全に影響するような構造基準及び維持管理基準等を遵守している場合になお,原告らが健康被害等の侵害の蓋然性が高いとして本件焼却炉の操業差し止めを求めるであれば,原告らがその点を具体的に主張・立証すべきであるが,被告が実質的に上記両基準等に適合していない施設を操業しようというのであれば,両基準等の不合理性ないし,原告らに健康被害等が発生しないことを積極的に主張・立証すべきである。

以上の見地から,本件焼却炉が各法規及び両基準に実質的に違反しているか否かを検討し,更に分別処理の問題等を検討し,原告らに対する人格権侵害の蓋然性の有無を判断することとする。

3  ダイオキシン類の危険性等について

(1)  証拠(甲14,40の1ないし40の3)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア ダイオキシン類は,有機塩素系化学物質の一種で,ダイオキシン,ダイベンゾフラン,コプラナーPCBの総称で,極めて毒性の強い化学物質である。ダイオキシンで最も毒性が強く,一般にダイオキシンと呼ばれているのは,2,3,7,8-ダイオキシンであり,ダイベンゾフランで最もヒトへの残留性と毒性が強いものは,2,3,4,7,8ダイベンゾフランである(甲40の2・20頁ないし30頁)。

2,3,7,8-ダイオキシンの1日摂取許容量は,我が国では,平成8年に,カナダやイギリスと同じく10pg(ピコグラム)/kg(人の体重1キログラム当たり10ピコグラム)と定められた(pgとは1兆分の1グラム)。これは,PCBや農薬の1日摂取許容量と比較して,およそ100万分の1という極めて小さい値である(なお,2,3,7,8-ダイオキシンの1日摂取許容量は,ガン発症の危険性を考慮したアメリカでは,0.01pg/kg,子宮内膜症の発症の危険性を考慮したオランダでは1pg/kgと定められている)。この理由は,ダイオキシン類は,ホルモンと同じように,リセプターを介する作用によって,働きの違う様々な遺伝子を活性化し,身体にいろいろな悪影響を及ぼすため,非常に少量で生理作用が発現するためである(甲40の2・52頁ないし70頁)。そして,ダイオキシン類対策特別措置法では,平成11年に国及び地方公共団体が講ずるダイオキシン類に関する施策の指標とすべき許容一日摂取量は,人の体重1キログラムあたり4ピコグラム以下で政令で定める値とすると定めている(同法6条1項)。

アメリカでの平成3年の疫学調査によれば,ダイオキシン類に,微量であっても長期間にわたってさらされると,全てのガンによる死亡が全体として50パーセント増加し,特に結合組織と軟部組織のガンや肺ガンによる死亡が増加するとの報告がある。また,ダイベンゾフランが原因物質であるカネミ油症事件において,男性患者の全てのガンによる死亡が普通の人の約2倍高くなると言う報告がある(甲40の2・85頁,86頁)。

ダイオキシン類対策特別措置法は,ダイオキシン類が人の生命及び健康等に重大な影響を与えるおそれがある物質であることにかんがみ,ダイオキシン類による環境の汚染の防止及びその除去等をするため,ダイオキシン類に関する施策の基本とすべき基準を定めている(同法1条)

イ  ゴミ及び産業廃棄物焼却施設とダイオキシン類

大阪市立環境科学研究所の実験結果(平成2年)等によれば,我が国の環境中のダイオキシン類の最大の汚染源は,ゴミ焼却処理場である。また,京都大学のグループの研究報告(平成3年)等によれば,我が国で1年間に生成するダイオキシン類の全体量5100ないし6000グラムのうち,8割以上の4300ないし5000グラムは,一般の都市焼却場で固形の廃棄物が焼却処理される際に発生し,1割以上の550ないし700グラムが産業廃棄物の焼却処理により発生しており,煙や灰を通じて生活環境を汚染している(甲14・181頁,40の2・98頁ないし103頁)。

ウ  焼却炉におけるダイオキシン類の排出対策として,①被焼却物対策,②焼却過程における対策,③排ガス対策などがあげられる(甲14・182頁以下)。

① 被焼却物対策(甲14・183頁以下)

ダイオキシン類の発生原因となる塩化ビニル類・その他のプラスチックや塩化ナトリウムなど無機塩素化合物の燃焼をできるだけ行わない方法である。

しかし,木造家屋解体木くずの中には,扉など板の表面を塩化ビニル製品でコーティングしたり,塩化ビニル製のシートやパイプなどが必ず混入しており,中でも,フェノールやクロロフェノール類を多く含むリグニン系の燃焼にはダイオキシン類の発生が高くなると言われ,これらのものを焼却前に除去するのは事実上困難である(甲14・183頁以下)。現実に,産業廃棄物のうちで,大きな割合を占めるものに,家屋やビルなどの解体物があるが,これらの各部材は接着されたり,固定されており,解体時に分離することは困難なため,分別することなく解体されている(甲40の1・245頁)。

② 焼却過程における対策(甲14・186頁以下)

小型焼却炉におけるダイオキシン類対策の中心は,燃焼過程における対策を中心とすべきである。現実的な対策としては,まずダイオキシン類の発生そのものをできるだけ抑制することを目指すべきであり,そのためにできるだけ完全燃焼に近づけることが重要である(甲14)。すなわち,焼却炉でダイオキシンが生成するには,不完全燃焼という条件が大きく関与している。不完全燃焼では,煙が発生するが,煙の中に含まれる煤塵は,ベンゼン環がいくつもつながった多核芳香族炭化水素やポリ塩化ベンゼンなどの有機物からできており,それからダイオキシンができる。一般に,ダイオキシンは900度以上の温度で燃やせば出てこないし,ダイオキシン自身も分解すると言われているが,酸素不足の状態で不完全燃焼させた場合には,ダイオキシンのもとになるポリ塩化ベンゼンが1100度でも生成し,ダイオキシンの生成も多くなる(甲40の1・78頁ないし79頁)。排ガス中の一酸化炭素濃度は不完全燃焼の目安とされており,低いほど燃焼状態がよい(甲40の1・87頁)。

完全燃焼に近づけるためには,温度,滞留時間,混合を十分確保することである(甲14・187頁以下)。

(ア) 燃焼開始

燃焼開始時は炉内温度も高くないため不完全燃焼になりやすく,ダイオキシン類の濃度も高い。したがって,補助バーナーで二次燃焼室の温度をできるだけあげた後,廃棄物燃焼の開始を行う。この場合,1次燃焼室にも補助バーナーを設置し,定常運転近くまでに炉内温度を速やかに上昇させることが必要である。

(イ) 燃焼の安定化と高温燃焼

a 投入方法

バッチ燃焼は投入時に過剰な冷却空気が炉内に入りやすいため燃焼室温度の低下が避けられない。このため不完全燃焼になりやすく,ダイオキシン類の発生濃度が高くなる。炉内の温度低下を防ぐためには,投入を連続的にするか,こまめに投入して燃焼の変化をできるだけ小さくすることである。さらに二重投入口にして冷却空気若しくは過剰空気が入らないようにする必要がある。

b 温度

二次燃焼室の温度は800から850度以上にする必要があり,できれば900度前後が望ましい。一次燃焼室や二次燃焼室において重要なことは,温度計の位置である。補助燃料や熱分解ガスなどの火炎に温度計が直接当たると,一次燃焼室や二次燃焼室温度が上がらなくても少なくとも900度以上の高温を示し,真に必要な温度の判断を誤るから,温度計の位置には特に注意する必要がある。

c 混合

空気と可燃性ガスの混合について,ダイオキシン類対策には特別な配慮が必要である。二次燃焼室で十分混合させないと,いわば「ガス道」(焼却室の中心部分をガスがかくはんされないまま通り抜ける道)ができて燃焼滞留時間が短縮され,燃焼時間も短縮されることになる。二次燃焼室におけるかくはんの方法として,燃焼ガスを回転させる旋回流方式があげられる。

d 滞留時間

滞留時間は温度変化や燃焼速度変化の大きい一次燃焼室ではなく,温度が高温で安定している二次燃焼室の滞留時間と考えるべきである。小型焼却炉で二次燃焼室の滞留時間を長く確保することは容易ではないが,ダイオキシン類対策には不可欠である。およその目安として温度900度程度,滞留時間約2秒程度で,ダイオキシン類の排出濃度は1ナノグラム-TEQ/Nm3(TEQとは毒性等量のことで,ダイオキシン類の毒性を毒性等価係数(TEF)によって最も毒性の強い2,3,7,8-TCDDの量に換算した上,足し合わせた値であるが,表記として省略されることがある。)以下になると期待される。

e 一酸化炭素(CO)濃度の低減

都市ゴミ焼却炉において,CO濃度がおよそ100ppm以下になると,大部分は4から10ナノグラム-TEQ/Nm3であり,中小の産業廃棄物焼却炉において一般雑芥及び医療系廃棄物を焼却した場合は,都市ゴミ焼却炉よりCO濃度とダイオキシン類濃度の相関性が高い。

③ 排ガス対策(甲14・195頁以下)

(ア) バグフィルターによる方法

200度以下では,ダイオキシン類の大部分は微粒子になっていると考えられるので,バグフィルターを設置することによって低減できる。都市ゴミ焼却炉の事例では,バグフィルター単独使用で200度以下で90パーセント以上の除去効率が得られている。できるだけ排ガスの温度を低温にすると97パーセント程度の除去率が得られる。バグフィルターの直前に粉末活性炭などの吸着剤を添加するとさらに除去効率が向上する。

(イ) 排ガス洗浄による方法

排ガスを洗浄して除去する方法である。排ガス温度は水噴射によって急速に100度以下にすることができるためダイオキシン類の大部分は粒子状物質となる。水洗によって一定割合の微粒子状のダイオキシン類とその他の微粒子がともに排ガスから水に移行することになる。ダイオキシン類は極めて難溶性なので,大部分は他の浮遊物質(以下,浮遊粒子状物質を「SS」ということがある。)に付着していると考えられる。洗浄水を循環して使用するときは,洗浄水中のダイオキシン類を除去したものを使用しなければならない。もし,洗浄水中のダイオキシン類を除去しないで使用すると,水中に分散したものやわずかに溶解したダイオキシン類が排ガス洗浄によって再び排ガス中に移行してしまうからである。排ガス洗浄方式にはスプレー,充填搭などがある。洗浄方式の長所はダイオキシン類の除去だけでなく,煤塵や塩化水素なども同時に除去できる点である。しかし,廃水処理が必要となる。水中のダイオキシン類はSSを10mg/㍑以下にすればかなりの部分除去されるが,SSがこれ以下にならない場合は,砂ろ過あるいは膜を使用したろ過を行うことによって大部分が分離できる。

4  争点(1)本件焼却炉の構造上及び維持管理の技術上の問題点(廃掃法規則の構造基準・維持管理基準と本件焼却炉の適合性と危険性など)について

(1)  被告は,本件焼却炉で焼却されるのは木くずに限られるのでダイオキシン類は発生しないと主張する。

証拠によれば,産業廃棄物のうちで,大きな割合を占めるものに,家屋やビルなどの解体物があるが,これらの各部材は接着されたり,固定されており,解体時に分離することは困難なため,分別することなく解体されている(甲40の1・245頁)こと,ダイオキシン類の排出対策として,発生原因となる塩化ビニル類・その他のプラスチックや塩化ナトリウムなど無機塩素化合物の燃焼をできるだけ行わないことがあげられるが,木造家屋解体木くずの中には,扉など板の表面を塩化ビニル製品でコーティングしたり,塩化ビニル製のシートやパイプなどが必ず混入しており,中でも,フェノールやクロロフェノール類を多く含むリグニン系の燃焼にはダイオキシン類の発生が高くなると言われているところ,これらのものを焼却前に除去するのは事実上困難である(甲14・185頁)こと,床下の防腐剤(CCA防腐剤)には銅・クロム・ひ素といった重金属が含まれ,燃焼によってこれら重金属が飛散し,環境汚染を引き起こすこと,家の壁紙のほとんどはポリ塩化ビニル(塩ビ)でできたいわゆるビニールクロスであるところ,塩ビを燃やせばダイオキシンが発生する危険性が指摘されていること(甲20)が認められる。

そうすると,本件焼却炉は,純粋の木くずを対象とする炉でありながら,燃焼対象物は解体家屋である(当事者間に争いがない。)から,焼却によりダイオキシン類が発生する危険性が高いと考えられ,焼却施設の構造及びその維持管理を適正なものとするとともに,十分な分別作業をおこなうなどダイオキシン類の生成を抑制する対策をきちんと取らなければならないと解される。

(2)  平成9年に改正された廃棄物処理法施行令及び廃棄物処理法施行規則は,ダイオキシン削減の観点から焼却施設の構造・維持管理基準を見直すほか,小規模施設に対する規則強化のために許可対象範囲の見直し(構造・維持管理基準の適用対象施設の拡大)等を行い,廃棄物の高温での完全燃焼による分解,排ガス処理の徹底による大気中への拡散防止というダイオキシン類対策を採用し,平成9年12月1日から施行され,平成14年12月1日からは,さらに規制を強化した基準が適用されている(甲6,77,乙17)。

そして,構造・維持管理基準に違反した場合には改善命令の対象となり(廃掃法19条の3),改善命令違反に対しては,1年以下の懲役又は300万円以下の罰金が設けられている(同法26条2号)。

本件焼却炉について問題となる基準は次のとおりである。

ア 産業廃棄物処理施設の技術上の基準(構造基準)(廃掃法規則12条の2第5項,4条1項7号)

① 外気と遮断された状態で,定量ずつ連続的に産業廃棄物を焼却室に投入することができる供給装置が設けられていること。ただし,1時間あたりの処理能力が2トン未満の焼却施設にあっては,この限りではない。

② 次の要件を備えた燃焼室が設けられていること,すなわち,(ア)燃焼室において発生するガス(燃焼ガス)の温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を焼却することができるもの,(イ)外気と遮断されたものであること,(ウ)燃焼ガスの温度を速やかに(ア)に掲げる温度以上にし,及びこれを保つために必要な助燃装置が設けられていること,(エ)燃焼に必要な量の空気を供給できる設備(供給空気量を調節する機能を有するものに限る。)が設けられていること

③ 冷却施設の煙突から排出される排ガスによる生活保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備(ばいじんを除去する高度の機能を有するものに限る。)が設けられていること

④ 焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること

イ 産業廃棄物処理施設の維持管理の技術上の基準(維持管理基準)(廃掃法規則12条の7第5項,4条の5第1項2号)

① 焼却室中の燃焼ガスの温度を摂氏800度以上に保つこと

② 煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度が100万分の100(100ppm)以下となるように産業廃棄物を焼却すること

③ 煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録すること

④ 煙突から排出される排ガスを水により洗浄し,又は冷却する場合は,当該水の飛散及び流出による生活環境保全上の支障が生じないようにすること

⑤ 煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類の濃度が次の濃度以下となるように焼却すること(既存施設)

焼却室の1時間あたりの処理能力が2トン未満のもの  排ガス1立方メートルあたり10ナノグラム

同2トン以上4トン未満のもの  同5ナノグラム

同4トン以上のもの  同1ナノグラム

(3)  本件焼却炉の上記規制との適合性及び危険性

ア 外気と遮断された状態で,定量ずつ連続的に産業廃棄物を焼却室に投入することができる供給装置が設けられていること(ただし,1時間あたりの処理能力が2トン未満の焼却施設にあっては,この限りではない)について本件焼却炉の一次燃焼室には,連続投入装置がなく,二重スライド式扉を備えておらず,焼却物投入口の蓋と焼却炉との間に3センチないし5センチメートルの隙間が設けられている(当事者間に争いがない。)。

そして,証拠(甲3,14<57頁>,68,74)によれば,以下の事実が認められる。

① 焼却炉の焼却能力とは,現実の焼却量を言うのではなく,当該焼却炉の最大限の焼却量をいい,かかる最大限の焼却量に基づいて法は規制している。

② 1時間につき1立方メートルの空間で廃棄物が燃焼して発生する熱量を燃焼室熱負荷といい,この値を日本産業機械工業会小型焼却炉部会が現在採用している25万kcal/?・※hとし,一次燃焼室と二次燃焼室の容積合計が,25.5立方メートルで,木くずの低位発熱量が3800kcal/㎏である(甲3)として計算すると,本件焼却炉の1時間あたりの焼却量は,250000kcal/?・※h×25.5?※/3800kcal/㎏=1677㎏/hとなる(甲68)。

以上によれば,本件焼却炉の1時間あたりの処理能力は,2トン未満となり,上記基準は適用されないと解される。

なお,本件焼却炉の仕様書(乙2)では,焼却炉熱負荷10万9000kcal/?・※hとし,焼却量を538㎏/hと設定しているが,一般の焼却炉の燃焼室熱負荷はおおむね25万kcal/?・※hと考えてよい(甲14)ことや,大阪府や埼玉県では,15万から30万kcal/?・※hの値を採用していること,本件焼却炉には投入廃棄物を計測する自動計測器がなく(甲3,乙43),過剰投入を回避することが困難である(甲14・22頁)上,被告は平成11年5月下旬ころ,数日に渡り,温度測定装置の電源を切り,記録を残さずに操業規制時間外に廃材投入口をあけたまま操業するなどしていた(甲26ないし28,30,61,62)もので,かかる操業態度からは,被告の主張する焼却量に止まることを期待することはできないと考えられる。

また,A意見書(甲68)では,被告代理人の「本件焼却炉では,約40分燃焼すると炉内の木くずが完全に燃焼する」との主張(被告の平成13年1月19日付準備書面10丁表)を考慮に入れて,1時間あたりの処理能力が2トン以上であると考えてよいとするが,被告代理人主張の事実自体正確な根拠がなく(被告が行った平成11年7月23日の測定<乙9,10>によれば,木くずを1400㎏焼却したとされ,その燃焼時間はその温度グラフ<甲11,58>によると2回合計で約115分であるし,また,同測定結果には後述のように疑問がある。),採用できない。

イ 本件焼却炉の燃焼室は外気と遮断されたものであるか否かについて

前記アのとおり,本件焼却炉には,二重扉は設置されておらず,焼却炉の投入口の蓋と焼却炉との間には3ないし5センチメートルの隙間が設けられている(当事者間に争いがない。)。

そして,証拠(証人B,証人C)によれば,以下の事実が認められる。

① 外気との遮断が要求される理由としては,外気が入ると温度が下がり焼却が安定せず,ダイオキシン類やすすが多くなること,炉の中の炎や煙などが外へ流出することがあげられる(C5回43頁,B7回14頁)。そして,1時間あたりの処理能力が2トン未満の焼却施設については,定量供給装置を設けなくてもよいが,二重扉を設置するなど燃焼室が外気と遮断された状態を保ち,炉温の低下を防止するために必要な措置を講ずる必要はある(廃掃法施行令の一部改正等について<平成9年9月30日衛環第251号>)。

② 本件焼却炉の測定時の温度グラフ(甲11,58)で,燃焼時に焼却炉内の温度が800度以下となっている場合があるのは,焼却炉の隙間から入ってくる空気の量が多いことが一因である(B6回24頁)。すなわち,おき炊きの状態で空気がたくさん入ると温度が下がると考えられる(B7回16頁)。

③ 本件焼却炉は,平成14年12月以降適用される現行の構造基準を満たすためには,焼却炉の上記隙間を完全に塞いで,酸素を供給するブロワーの能力を上げなければならない(B7回18頁)し,伊那保健所も,平成13年6月29日現在で,本件焼却炉は,外気と遮断された燃焼室の要件を満たしていないとしている(甲10の3の1)。

④ 被告は,平成14年10月以降に,上記隙間に格子等を設け(乙48),これにより,本格的燃焼時には隙間を全開にし,おき炊きの時には人力で隙間を少し塞ぐことを想定している(B7回17頁)。

⑤ 冷却ファン(甲3)が設置されているかどうかは判然としないが(甲4,甲5・8頁),仮に仕様書のとおり設置され,それが燃焼排ガスを煙突より外に排出するように誘引するとしても,その能力は1分あたり200立方メートルである(甲3・45頁の図面)から,1時間あたり12000立方メートルとなる。本件焼却炉の仕様書(甲3)では,1時間に538キログラムの木くずを燃やし(同36頁),1時間あたりの湿りガス量を5738立方メートルとしているから,本件冷却ファンでガス量をまかなうためには,1時間に1125キログラムを超えて燃焼してはならないことになる(甲68・5頁)。

以上の争いのない事実及び①から③の事実によれば,本件焼却炉は,投入口の蓋と焼却炉の間に隙間があり,二重扉はなく,焼却炉内の温度も800度以下に下がり焼却が安定しておらず,「燃焼室が外気と遮断されたものであること」という構造基準に反していることが認められる。

そして,本格的燃焼時には隙間を全開にし,おき炊きの状態になったら隙間を少し塞ぐという被告の考えは,④のとおり,燃焼の状態の判断及び供給する空気量をいずれも人の判断に委ねるもので,これにより安定した焼却が保証されるとは認められない。また,⑤のとおり,本件冷却ファンでガス量をまかなうためには,1時間に1125キログラムを超えて燃焼してはならないところ,前記(3)ア②のとおり,本件焼却炉の1時間の焼却量は1時間あたり1677㎏と想定されることから,本件冷却ファンでは排ガスを完全に吸引することはできず,排ガスが焼却炉の隙間から排出することが想定される。また,証人Bも「ブロアー(冷却ファン)を止めた場合は排ガスが隙間から出る危険がある。」ことを指摘している(第7回19頁)。そうすると,本件焼却炉は,隙間があることにより,外気が入り焼却炉内の温度が下がり,安定した焼却は保証されず,また,排ガスが流出することも想定されるから,上記構造基準の趣旨にも反していると考えられる。

ウ 「燃焼ガスの温度を速やかに摂氏800度以上にし,及びこれを保つために必要な助燃装置が設けられていること」及び「燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を焼却できるものであること」という構造基準を本件焼却炉は満たしているか。

証拠(甲11,甲58)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

① 本件焼却炉の温度測定の結果(甲11)によれば,立ち上がりから埋火まで常時,800度以上の高温が維持確保されていない。すなわち,平成11年7月23日についてみれば,同日午前9時40分ころに本件焼却炉に木材が投入され,午前9時50分頃から同10時30分頃までは,800度以上で燃焼しているが,その後,600度前後に温度が下がっている。そして,午前10時50分ころに,木材が追加投入されているところ,午前11時ころから午前11時50分頃まで800度以上で燃焼した後は徐々に800度から600度程度に温度が低下し,午後4時前頃には400度程度にまで下がっている。また,平成11年5月22日では,午前8時ころから午後5時ころまで複数回にわたり焼却しているところ,800度以上の状態で焼却されているのは,午前9時50分ころから午前10時10分ころの間,午前11時30分ころから午前11時50分ころまでの間,午後1時40分ころから午後2時20分ころの間,午後3時10分ころから午後3時50分ころの間,午後3時55分ころから午後4時30分ころの間であり,それ以外は800度以上の状態ではない。

② 被告の設置した温度計の位置は,バーナーから約30センチメートルと近く(甲5,5頁,B6回27頁),不適切であり,実際は,測定結果よりも低い温度であった可能性が高い。

③ 本件焼却炉には,当初は,助燃バーナー1基が設置されていたが,この助燃バーナーでは,300度前後が限度である(甲の9の1・17頁)。そして,伊那保険所は,被告に対し,平成12年3月22日,焼却中の二次燃焼室内の温度を800度以上に保つために助燃装置の能力向上を行うよう指導しているが,平成13年6月29日現在では改善されていなかった(甲10の3の1)。また,証人Bも800度以上の燃焼が確保できないことの一因として,助燃バーナーの能力が少ないことを指摘している(B6回24頁)。

④ 被告は,平成14年11月ころ,従来の助燃バーナーの能力の2倍の助燃バーナー1基を新設したとしている(乙36,39)が,これにより,800度以上の燃焼が保たれるかは不明である。また,本件焼却炉の二次燃焼室は,燃焼ガスを回転させる旋回流方式等を講じておらず,空気を攪はんできる構造となっていなく,温度計の位置も不適切であることから,ガスの温度を直接計測する可能性があり,ガス全体の温度を正確に計測できないし,誤って,800度以上と測定してバーナーの稼働が自動停止するおそれも指摘されている(甲68)。

以上①ないし④の認定事実をもとに検討する。

上記基準の趣旨は,ダイオキシン類の発生を抑制するためには,高温で十分な燃焼が続くことが必要と考えられており,一般にダイオキシン類は900度以上の温度で燃やせば発生せず,ダイオキシン類自身も分解すると考えられている(甲40の1,78頁)ことなどに基づくものと考えられる。

そして,本件焼却炉のような準連続型の焼却炉では,焼却物を燃やし始める立ち上げ時と焼却を止めていく立ち下げ時には温度が低くなり,不完全燃焼が起こり,立ち上げ,立ち下げというわずかな間にダイオキシンの全生成量の約半分が生成するとの報告がある(甲40の1,79頁)ことをも考慮すると,800度以上の燃焼は,立ち上げ及び立ち下げ時の避けられない温度低下を除く全課程において要請されるべきものと考えられる。

そうすると,上記①ないし③のとおり,本件焼却炉では燃焼ガスの温度が安定的に800度以上の状態で産業廃棄物を焼却できるものではない。なお,おき炊き状態も燃焼状態であり,基本的に800度以上の燃焼が確保されなければならないから,被告の主張は採用できない。

また④のとおり,被告が増設した助燃バーナーによっても,800度以上の燃焼が確保されるとは認められない。

したがって,本件焼却炉は,「燃焼ガスの温度を速やかに摂氏800度以上に保つために必要な助燃装置が設けられて」いるとは認められず,かつ「燃焼ガスの温度が摂氏800度以上の状態で産業廃棄物を焼却できるものである」とは認められず,上記構造基準に反している。

そしてまた,維持管理基準の「燃焼室中の燃焼ガスの温度を800度以上に保つこと」という基準についても,上記①ないし④に照らすと,これを実質的に満たしていないと考えられる。

エ 燃焼に必要な量の空気を供給できる設備(供給空気量を調節する機能を有するものに限る。)が設けられていること

この基準の趣旨は,ダイオキシンは高温度で燃やせば出てこず,ダイオキシン自身も分解するものの,酸素不足の状態で不完全燃焼させた場合には,ダイオキシンのもとになるポリ塩化ベンゼンが高温度でも生成し,ダイオキシンの生成も多くなるということ(甲40の1・79頁)に照らし,定められたものと考えられる。そうすると,上記基準に言う設備とは燃焼に必要な十分な空気量を合理的な計算に基づき調節できる機能をいうものと解すべきであり,前記衛環第251号においても,空気供給設備とは,押し込み送風機又は誘引送風機を単独又は組み合わせたものであって供給空気量の調節機能を有するものであることとしている。

上記イで検討したとおり,本件焼却炉は,燃焼中に不足する空気を燃焼室の蓋の隙間から取り入れ,改造後も,燃焼時には隙間を全開にし,おき炊き状態になった際に人手で隙間を少し閉めるというものであり,上記構造基準のいう燃焼に必要な量の空気を供給できる設備とは言えない。

オ 冷却施設の煙突から排出される排ガスによる生活保全上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備(ばいじんを除去する高度の機能を有するものに限る。)が設けられていることという構造基準について

この構造基準は,排ガスの中に含まれるばいじんは,ベンゼン環がいくつもつながった多核芳香族炭化水素やポリ塩化ベンゼンなどの有機物からできており,それからダイオキシンができる(甲40の1・79頁)ことから,ばいじんを除去する高度の機能を有する排ガス処理設備を要請したものと考えられる。

証拠(乙39)によれば,以下の事実が認められる。

① 本件焼却炉では,当初,排ガス処理設備として,遠心力によるばい煙分離装置であるサイクロン2基(ダブルサイクロン)を備え,排ガスの冷却装置として,水スプレー式のスクラバーを設置していたが,前記スプレー式スクラバーにも煤じん除去機能があるとして,これも排ガス処理設備であると変更した(乙39)。

② 排ガス処理設備として高度の機能を有するバグフィルターでは粒径0.1ミクロン程度でも除去率は95パーセントであるのに対し,サイクロンでは粒径1ミクロン以下の粒子除去率はゼロであり(甲68),本件焼却炉を設計した業者も本件サイクロンでダイオキシン類を捕集することは極めて困難としている(甲9の1・14頁)。伊那保健所は,平成13年6月29日現在,本件焼却炉(ダブルサイクロン)は,煙突から排出される排ガスによる生活環境上の支障が生じないようにすることができる排ガス処理設備に適合していないと指摘しており(甲10の3の1),また,前記衛環第251号において,排ガス処理設備とは,スクラバー,電気集じん器又はろ過式集じん器等焼却する廃棄物の種類や焼却方式に応じてばいじんを十分に除去することができる集じん器を有するものであることとし,具体例にサイクロンをあげてはいない。

③ 排ガスを水で洗浄するという方法は,ばいじん等を除去する効果が認められるが(甲14),スプレー式では,スプレー塔内のガス速度が小さく,液ガス比が大きく,ばいじんガスと液滴の接触している時間が長いほど集塵率は高くなるが,50パーセント分離限界粒子径は3ミクロンであるなど,他の排ガス洗浄方法と比べ除去効率は低い(甲68,甲14・70頁)。

④ 本件焼却炉のスプレー式スクラバーは,元来,冷却装置であって,排ガス処理設備ではなく,集塵率を合理的に計算することができない(証人Bも,集塵の計算は,本件ではノズルがどのようなものかわからないので集塵の計算ができないと証言する<B7回37頁>)。また,本件焼却炉では,排ガスの洗浄水は,改造後でも,洗浄あるいは冷却に使用した水を再利用する構造で(乙30),しかも,排水は中和するものの,ろ過をするなどのダイオキシン類対策はしない(B7回38頁から40頁)。したがって,機械の管理が難しく,また,苛性ソーダを入れることによりノズルが目詰まりするから,目詰まりしているかどうか毎日確認する必要がある(B7回46頁)。また,このように洗浄水中のダイオキシン類を除去しないで使用すると,水中に分散したものやわずかに溶解したダイオキシン類が排ガス洗浄によって再び排ガス中に移行してしまう危険がある(甲14・198頁)。

以上①ないし④の認定事実によれば,本件のダブルサイクロンについては,ばいじんを除去する高度の排ガス処理設備には該当しない。また,スプレー式洗浄装置は,他の排ガス洗浄方法と比べ除去効率が低いことに加え,本件のスプレー式スクラバーは,本来は排ガス処理設備として設計されたものでなく,しかも集塵率を合理的に計算できず,その上,維持管理に困難を伴うし,洗浄水中のダイオキシン類を十分除去しないで再利用するため,ダイオキシン類が再び排ガス中に移行する危険があり,以上の点に鑑みると,高度の排ガス処理設備に該当しないというべきである。よって,本件焼却炉は,上記構造基準に反している。

カ 「焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」(構造基準),「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度が100万分の100(100ppm)以下となるように産業廃棄物を焼却すること」(維持管理基準)及び「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録すること」(維持管理基準)を満たしているか。

この基準が設けられた趣旨は,酸素不足の状態で不完全燃焼させた場合には,ダイオキシンのもとになるポリ塩化ベンゼンが1100度でも生成し,ダイオキシンの生成も多くなる(甲40の1・79頁)ところ,排ガス中の一酸化炭素濃度は不完全燃焼の目安とされており,低いほど燃焼状態がよい(同87頁)とされていること,そして,一酸化炭素濃度とダイオキシン類濃度との間には相関関係が認められること(甲14・195頁)に基づくと考えられる(なお,上記維持管理基準は,改正附則<平9厚令65>3条2項により,本件焼却炉にも適用される。)。

伊那保健所は,平成13年6月29日現在,本件焼却炉は煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置を設置するという構造基準に適合していないと指摘しており(甲10の3の1),また,全証拠によっても,本件焼却炉に「焼却施設の煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録するための装置が設けられていること」は認めることができないから,上記構造基準に反する。よって「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度を連続的に測定し,かつ,記録すること」という維持管理基準も満たしていない。

次に,証拠(乙9,11)によれば,①平成10年12月株式会社環境測定センター作成の排ガス中のダイオキシン類測定結果報告書(乙11)によれば,平成10年11月5日の測定では,排ガス中の一酸化炭素濃度は,平均で350ppmであり,最低でも約180ppmで100ppm以下になることはなく,最高時には500ppmを越える大量の一酸化炭素が検出されていること,②また,財団法人化学品検査協会作成の報告書(乙9)によれば,平成11年7月23日午前9時から午後1時30分の測定で,平均で226ppmの一酸化炭素量が発生し,末尾グラフ(乙9の8枚目)によると,5000ppmを越える一酸化炭素がしばしば(5回,午前10時過ぎ及び午前10時半から11時半にかけて)計測されていること,がそれぞれ認められる。上記認定事実によれば,「煙突から排出される排ガス中の一酸化炭素の濃度が100万分の100(100ppm)以下となるように産業廃棄物を焼却すること」(維持管理基準)は,本件焼却炉においては極めて困難であると認められる。

キ 煙突から排出される排ガスを水により洗浄し,又は冷却する場合は,当該水の飛散及び流出による生活環境保全上の支障が生じないようにすることについて証拠によれば以下の事実が認められる。

① 被告は,本件焼却炉の事業計画書において,冷却水は蒸発し,排水施設の必要はないとしており(甲63),付近住民に対しても,排水は一切ないと説明していた(被告代表者7回19頁)。その後,被告は,冷却塔の冷却水を水槽に沈殿させた上で循環し,上蓋の冷却水としても使用するとした(被告代表者第7回。甲49の3)。そこで,伊那保険所は,平成12年3月22日,被告に対し,平成10年12月28日付特定産業廃棄物焼却施設使用届出書の「産業廃棄物処理施設の技術上の基準の対応」(届出書の対応)に記載のとおり,焼却炉からの排水がないよう所要の措置を講ずること,焼却室蓋の冷却水は,地下水を直接用いるようにすることを指示した。しかし,平成13年6月29日現在改善がない状態であった(甲10の3の1)。

② 被告は,その後,投入口蓋を冷却する水と冷却塔で排ガスを冷却する水とは別の水とするように冷却フローシートを変えたと主張し(乙30,38,被告代表者,証人B),排ガス冷却水を貯蔵する水槽の敷地をコンクリートで固め,屋根を設置した(乙37)とする。また,被告は冷却塔の冷却排水の処理・管理については,排水槽の上澄み液を取り泥だけ抜いて水を入れ,必要に応じ苛性ソーダを入れ中和させ(B第6回20頁),水中のダイオキシンについてはろ過するなどの対策は特にせず(B7回40頁),排水槽の排水の中和については,自動投入ポンプで苛性ソーダを入れ,高度に濃縮した汚染水は処理業者に持っていくが,その余の処理水はph8以上の濃度になればくみ出すことを考えている(被告代表者7回22,31頁)としている。

そこで,検討すると,ダイオキシン類の特性として,温度が200度以下であれば,大部分の2,3,7,8-TCDDは固体微粒子となり,また,水に対する溶解度は極めて小さく,2,3,7,8-TCDDは,水中では固体微粒子(SS)として存在し,他の個体微粒子に付着しやすく(甲14・177頁),そのため,排ガス洗浄をした場合には,廃水処理が必要となるところ,水中のダイオキシン類は固体微粒子を10mg/㍑以下にすればかなりの部分除去されるが,個体微粒子がこれ以下にならない場合は,砂ろ過あるいは膜を使用したろ過を行うことによって除去することが考えられるところである(甲14・198頁)。しかしながら,本件焼却炉では,上記②のとおり,排水中の固体微粒子量を考慮した上で,砂ろ過等を講じるダイオキシン類対策は取られていない。

また,②のとおり,被告の主張する改造後の冷却フローシートによっても,冷却塔で排ガス洗浄をする水は循環され再利用されるものとなっており(乙30),洗浄水中のダイオキシン類が除去されないで再利用されるため,水中に分散したダイオキシン類やわずかに溶解したダイオキシン類が排ガス洗浄によって,再び排ガス中に移行し,外部に流出する構造となっている(甲14・198頁,甲68)。ことに,本件焼却炉では,既に認定したとおり,高温度による完全燃焼に近い燃焼が構造上保証されておらず,排ガス中のダイオキシン類濃度が高度であると考えられるから,その危険性は極めて高いと考えられる。また,被告の主張する排水処理の改造内容は,全証拠によっても明確なものではなく,不備な点が予想される上,排水の処理・管理内容も適正に行われる具体的な担保は全証拠によっても認められず,また上記①の従前の被告の排水処理についての対応を考慮すると,適正な排水処理を期待することはできないと解するのが相当である。

ク 煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類濃度の基準値を満たしているか。

① 前記アのとおり,本件焼却炉の焼却室の1時間あたりの焼却能力は,2トン未満であるから,煙突から排出される排ガス中のダイオキシン類濃度の基準値は,排ガス1立方メートルあたり10ナノグラムとなる。

② 本件焼却炉に関しては,2度に渡るダイオキシン類の濃度の測定検査が行われており,1回目である平成10年11月5日実施の株式会社環境測定センターの検査では1立方メートル当たり2ナノグラム(乙11),2回目である平成11年7月23日実施の財団法人化学品検査協会の検査では1立方メートル当たり0.17ナノグラム(乙9)と,本件焼却炉に適用される基準値である1立方メートルあたり10ナノグラムを下回っている。

③ しかしながら,上記2回の実験の測定結果には次のような疑問点がある。

(ア) 1回目の実験について,どのような燃焼物についてどのくらいの量を投入したのか不明である。また,排ガス中の一酸化炭素濃度は,100ppm以下になることは一度もなく,平均値は350ppmで最高値は500ppmを超えている。また,測定時の燃焼室内の温度も不明である(乙11)。

(イ) 2回目の実験については,

a 本件焼却炉は,稼働時間8時間で,1日あたり4300㎏の稼働が予定されている(甲3)ところ,測定当日は,4.5時間稼働で1400㎏焼却したとあり(乙9・2頁),これは,ごみ処理施設にかかるダイオキシン類の測定分析のための試料採取は,通常の負荷,管理状態において行うこと(廃棄物処理におけるダイオキシン類標準測定分析マニュアル)という定めや,ダイオキシン類の測定は「排ガスの採取に当たっては,通常の操業状態において,燃焼条件が安定した時点から1時間経過した後,原則として4時間以上採取すること」(ダイオキシン類対策特別措置法施行規則2条1項イ)という定めに反していること,

b また,計量証明書の補足資料(乙10)には「10時30分から10時53分に燃料試料の補給を行ったため,酸素及び一酸化炭素の濃度が変動した。さらに,11時から11時30分にかけては,理由がわからないが,燃焼室への送風機の空気取り入れ口を塞いでしまったため,濃度が変動した」(乙10・10頁)とあり,通常と異なる操作をしており,上記の各規定に反していること,

c 当該測定にかかるダイオキシン類採取記録におけるガス吸引量は,2200㍑(2.2立方メートル),吸引時間は,午前10時15分から12時23分の2時間8分となっているが,これは,廃棄物処理におけるダイオキシン類標準測定分析マニュアルが,「最終排出口における吸引ガス量は3N立方メートル(4時間平均)以上を原則とする。」と定めていることに反していること(なお,午前10時15分から12時23分の間,稼働状況等が安定しているとは判断できない<甲11,58>。),

d 測定条件について事前の打ち合わせ等は行っておらず,試料ガス採取後に当日の燃焼条件について情報を提供されたとあり(乙8),環境計量士が測定条件を監督した上で測定しておらず,被告から後日提供された情報に基づいていること,

e 測定時の一酸化炭素濃度は平均226ppm(乙9・2頁)で,最高時は5000ppmを超えており(乙9・8頁),炉内の燃焼温度は,800度以上が十分確保されていない(甲11)こと,

f 報告書(乙9)では,水分測定(同5頁)において,番号2の乾きガス量の数値及び水分量の数値が計算式に合致せず,したがって証明書の数値とも一致しなくなること,

g 測定時には,本件焼却炉からほとんど煙を視認することができない(甲31)が,同年5月21日,22日,29日,30日の操業時には多量の煙を視認でき,排煙状況が明らかに異なっている(甲27,30)ことが認められる。

④ 上記③(ア)(イ)指摘の疑問点に加え,ダイオキシン類の測定は,非常にわずかな物質の測定になるため,測定条件や検体の採取の方法等によって値が著しく異なる特徴がある(甲8の2,C第4回3頁)との指摘をも考慮すると,被告の行った上記2回の測定結果だけをもって本件焼却炉が安全であると認めるのは相当でない。

⑤ なお,被告は,重要なのは結果としてダイオキシン類を基準値以下に抑えるかどうかということである旨主張する。しかし,前記維持管理基準は,排ガス中のダイオキシン類濃度について規制しているところ,廃掃法・同規則等は,排ガス中のダイオキシン類濃度の規制をクリアーすればそれで全てよいとしているわけではなく,焼却施設の構造の安全性,その維持管理の安全性を満たすことを求め,維持管理基準の一つとしてダイオキシン類濃度の規制をあげているに過ぎない。かような態度は,ダイオキシン類の人体への危険性,焼却施設における相当量のダイオキシン類発生の危険性,ダイオキシン類測定が測定条件等によって値が著しく異なることなどに照らし,首肯できるものと考えられ,被告の主張は採用できない。

ケ 本件焼却炉には「燃焼室において,燃焼ガスが摂氏800度以上の温度を保ちつつ,二秒以上滞留できるものであること」という基準は適用されない。しかしながら,小型焼却炉で二次燃焼室の滞留時間を長く確保することは容易ではないものの,炉内温度が800度以上で2秒前後滞留できれば,ばい煙の発生を抑止でき,ダイオキシン類対策には不可欠であるとされており,また,滞留時間は温度変化や燃焼速度変化の大きい一次燃焼室ではなく,温度が高温で安定している二次燃焼室の滞留時間と考えるべきである(甲14・14頁,194頁)とされている。

本件焼却炉では,二次燃焼室における排ガスの滞留時間は約0.82秒と考えられ(甲8の3),二次燃焼室において排ガスの2秒以上の滞留が確保されておらず,ダイオキシン類を抑制する構造として不十分である(この点,当初,本件焼却炉の製造者は,排ガス量5867?※/hで,1秒間当たり1.63?※/secで,二次燃焼室でも,十分2秒以上は確保できるとしていたが(甲16),滞留時間の計算は,二次燃焼室における温度での排出ガスの体積を用いなければならない<ボイル・シャルルの法則>から,誤りである<甲8の3>。)。

また,本件焼却施設では,前述のとおり,温度計の設置場所が不適切であり,一次燃焼室及び二次燃焼室で800度以上の燃焼が保証されているとは言い難い。

これに対し,被告は,二次燃焼室及び冷却塔を含めて考えれば,2秒以上の滞留は可能であると主張する。しかし,冷却塔は,冷却のための設備であって助燃バーナー等は設置されておらず(甲3,乙43),800度以上の温度で滞留できるとは考えられない。

コ さらに,本件焼却炉は,バッチ炉で逐次投入方式であり(争いがない),焼却炉に投入廃棄物を計測する自動計測器がなく,計量物量の計り方が人手によるものである(甲3,乙43)。

バッチ炉は,燃焼室内の火床の上に搬入ゴミを人力で直接投入し,燃焼後の焼却灰は,炉体の灰出し扉から手操作で排出するもので,全て人力によるものであり,また,廃棄物を焼却炉に逐次投入して焼却するもので,焼却速度が大きいため廃棄物の投入量がばい煙発生や焼却能力に大きな影響を与えることから,焼却量を絶えず注意しながら投入することが必要なため,人を常時焼却炉につけておくことが必要である(甲14・25頁)。また,廃棄物の投入量は,小型焼却炉の焼却能力を発揮する上で極めて大きな要素であり,どのように優れた焼却炉であっても,焼却能力以上に廃棄物を投入するとその能力は発揮できず,焼却炉に投入廃棄物を計測する自動計測器があれば,投入ごとに投入量がわかるため過剰投入を避けることができるが,自動計測器のない場合,いちいち計測することは面倒であるため,現実には計測をしないまま過剰投入する危険があると考えられる(甲14・22頁)。

そして,被告は,本件焼却炉の操業を6日間している(冒頭の争いがない事実等)が,そのうちの平成11年5月下旬ころ数日間に渡り,温度測定装置の電源を切り,記録を残さずに,操業規制時間外に,廃材投入口をあけたまま稼働するなどしていた(甲26ないし28,30,61,62)ことがあり,かかる操業状況からすると,適切な焼却量を期待することはできず,本件焼却炉の本来の能力すら発揮できない危険性が高い。

サ 小括

以上のイないしキの検討によれば,本件焼却炉は,焼却炉の構造,燃焼状況,排ガス設備,排水処理において,本件焼却炉に現在適用される構造基準・維持管理基準を満たしていないことが認められる。そして,構造基準・維持管理基準は,ダイオキシン類が人や環境に及ぼす危険性を考慮し,その生成抑制のため,ダイオキシン類の特性等の科学的見地を踏まえた上で設けられていると解され,かつ,構造基準・維持管理基準違反は改善命令等の対象となり,改善命令違反には刑罰が科せられていることからすると,構造基準に違反する施設や維持管理基準に違反する施設操業は,単なる行政法規違反であると言うに止まらず,実質的にも相当量のダイオキシン類を発生させ,人の健康や環境に悪影響を与える危険性が高いと判断するのが相当と言うべきである。

これに加えて,上記ケ及びコに認定した点も考慮すると,なおさら本件焼却炉には相当量のダイオキシン類を発生する危険性が高いと考えられる。

5  争点(2)分別の問題点について

被告が作成した焼却炉作業の分別マニュアル(甲35)では,分別基準と作業内規を定め,分別基準として,「1家屋解体工事における分別 台所,風呂場,洗面,トイレ,屋外配線,壁 これらの部分は木屑以外の混入が多いと考えられるので,解体工事の際には十分に注意し,木屑のみトラックに積み込む。2西部クリーンセンターでの分別 焼却炉に混入してはならないもの ①電気配線,②鉄くず等の金属くず,③ビニール類,焼却可能なもの ①木屑,②畳,③障子,④これらと付加一体物」と定めている。しかしながら,平成11年8月当時の被告が実施した家屋解体・廃棄物分別作業の一次分別の状況を見ると,ビニール袋や金物,ガラス戸などがそのままの状態で建物が解体されており(甲22の写真1),バックホーにつかみあげられトラックへ積み込まれるミンチ状の廃材の中にビニール製のござがあり(同写真2),水道配管の保温材,ちぎれたビニールクロス,電気配線コード等が解体家屋の中に混在していることが認められる(甲22,23)。

被告による平成11年8月当時の本件焼却炉敷地内での分別作業を見ると,分別作業の内容は,積み上げられた木屑をバックホーでひとつかみずつその場に置き,数名の作業員がビニール様の包装材等の異物を手で取り出し,「金属類」と「ビニール,プラスチック類」と表示された鉄製の箱に投入しているが,解体前に分別すべき,プラスチック製のコンテナやマット,ビニールのござ,グラスウールの断熱材,コード類,外壁材,配電盤のような物などが施設内で仕分けされている(なお,従前も解体前に分別すべきビニールクロスやプラスチック類が分別されずに本件焼却炉の敷地内に搬入されていた<甲30,39>。)。また,施設内の分別作業は,時間にして10分程度である(甲24,25)。

以上によれば,被告の従前の分別作業状況は,木くずのみをトラックに入れるという分別基準を遵守しておらず,本件焼却炉敷地内での分別作業も十分なものとは言い難い。かような従前の分別状況と,前記3(1)で認定したように解体家屋における分別の困難性が指摘されていることをも考慮すると,被告が今後ダイオキシン類対策のために十分な分別を行うことは困難であると認められる。

そうすると,本件焼却炉は,解体家屋を焼却する以上,上記3で認定したとおり,その構造上及び維持管理上の点だけでも,相当量のダイオキシン類を発生させる危険性が極めて高いが,それに加えて,十分な分別を行うことも困難であるから,本件焼却炉が稼働すれば,相当量のダイオキシン類が発生する危険性は非常に高いと判断するのが相当である。

6  本件焼却炉の稼働による原告らへの影響

証拠(甲50,52,76,78,80)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,本件焼却炉から半径4キロメートル以内に居住していること,原告らの居住する地域の気象は,中央アルプスから吹き下ろす西風が年間を等して卓越し,沢に沿って流下し,また,逆転層(気温が高さとともに上昇している層で大気が安定していると考えられる。)が年間150日程度発生し,霧が発生しやすい気象条件にあり,本件焼却炉から排出されるダイオキシン類を含む大気は,気象条件によって,本件焼却炉の周辺地域を漂いながら,中央アルプスからの西風に乗って,沢に沿ってよどむことが認められる。

以上によれば,原告らは本件焼却炉の稼働により,本件焼却炉から排出されると予想されるダイオキシン類の影響を直接的に受けやすい居住関係にあると認められる。

なお,証人Bは,本件焼却炉が稼働しても,約1キロメートル先の地点で,0.003ピコグラム程度のダイオキシン類が影響を与えるに過ぎないとする(第7回・48頁,乙18)が,ダイオキシン類が煙突からのみ排出されると仮定し,しかもその値を100度で2ナノと設定するなどして計算したもので,原告らが安全であるとする十分な具体的根拠とはならない。

7  まとめ

以上の認定事実によれば,ダイオキシン類はごく微量であっても,人の生命や健康に対する危険性があり,ダイオキシン類の大半がごみ焼却施設及び産業廃棄物焼却施設から発生していること,そこで,廃掃法や廃掃法規則は,焼却施設の構造の安全基準及びその維持管理基準を定めているところ,本件焼却炉は,現在適用される構造基準の多くを満たしておらず,今後も構造基準をきちんと満たすような改善は困難であること,本件焼却炉の維持管理においても,構造が不十分な上,人手による維持管理に頼らざるを得ない面が多いうえ,従前の被告の操業状態に鑑みると,今後も維持管理基準の多くを満たすことは期待できないこと,被告が行った測定結果には疑問点が少なからずあって直ちに採用するには至らないこと,構造基準以外の点でも焼却炉の構造に問題があること,本件焼却炉は純粋の木くずを燃やす構造でありながら,焼却物は,解体家屋であるところ,建築廃材の性質や被告の従前の分別状況を見ると,十分な分別を今後も期待できないことが認められる。

そうすると,本件焼却炉を操業することにより,相当量のダイオキシン類が排出され,近隣に居住する原告らの生命,身体,健康等が侵害される高度の蓋然性があるものと判断するのが相当であり,原告らはその侵害を予防するため,人格権に基づき本件焼却炉の操業禁止を求めることができるものというべきである。

よって,原告らの本訴請求(人格権に基づく本件焼却炉の操業禁止の請求)は理由がある(なお,なお,本件については操業禁止の仮処分決定が先行していることなどを考慮すると仮執行宣言を付するのは相当でない。)。

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

(裁判長裁判官 野村高弘 裁判官 藤田昌宏 裁判官 坂本寛)

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