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長野家庭裁判所諏訪支部 平成22年(家ホ)9号 判決 2011年12月13日

主文

1  原告Aが被告の子であることを認知する。

2  被告は,原告Bに対し,75万円及びこ

れに対する平成22年6月27日から支払

済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告Bのその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,原告Aに生じた費用全部と

原告Bに生じた費用の4分の1と被告に生

じた費用の2分の1を被告の,原告Bに生

じたその余の費用と被告に生じたその余の

費用を原告Bのそれぞれ負担とする。

5  この判決は,第2項に限り,仮に執行す

ることができる。

事実及び理由

第1請求

1  主文第1項と同旨

2  被告は,原告Bに対し,300万円及びこれに対する平成22年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

1  本件は,原告両名が,被告に対し,原告Aの認知を求めるとともに,原告Bが,被告に対し,①被告の妻との婚姻が破綻しており,離婚して結婚する意思があるとの詐言を弄して妊娠・交際を継続させた上,原告Aの出産を積極的に後押しした,②それにもかかわらず,その後態度を翻して原告らの認知請求等に対して不誠実な対応に終始した,③被告の妻が原告Bを提訴した後記別件訴訟において,原告Bを徒に誹謗する内容の陳述書を提出したとして,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料300万円(遅延損害金の起算日は訴状送達の日の翌日)の支払を求める事案である。

2  前提事実

(1)  被告(昭和53年生)とC(昭和40年生。以下「被告妻」という。)とは,平成19年●月に婚姻した夫婦であり,両名の間には,同年●月に長男が生まれている。また,被告は,被告妻と前夫との間の子2名と養子縁組している。(弁論の全趣旨)

(2)  原告B(昭和48年生)は,平成20年初めころ,携帯電話のサイトを通じて被告と知り合い,同年8月,被告に妻子がいることを知りながら,被告と初めて肉体関係を持ち,その後も被告と同様の関係を続けた。(弁論の全趣旨)

(3)  原告Bは,平成21年●月●日,原告A(女児)を出産した。(弁論の全趣旨)

(4)  平成21年7月27日,被告妻は,原告Bに対して,不貞慰謝料の支払を求める訴えを提起した(長野地方裁判所諏訪支部平成21年第●号。以下「別件訴訟」という。)。(弁論の全趣旨)

(5)  平成22年6月18日,原告らは,被告に対して,本件訴えを提起した。(顕著な事実)

3  争点及び争点に関する当事者の主張

(1)  認知請求-原告Aと被告との間に血縁上の父子関係が存在するか

原告らは,原告Aが被告の子であると主張しており,被告は,妊娠したという日から出産日までを算出すると,通常の妊娠期間と比べて早産であり,自分の子ではないなどと主張している。

(2)  原告Bの被告に対する不法行為請求

ア 不法行為責任の有無

(原告Bの主張)

(ア) 被告は,原告Bに対し,その歓心を買うために,被告妻との婚姻関係が破綻していると欺き続け,被告妻と離婚して原告Bと結婚する意思があると申し向けて,原告Bと避妊することなく情交関係を持った。

(イ) そして,被告は,原告Bが妊娠したことを報告すると,これを歓迎し,被告妻と離婚して原告Bと結婚し,一緒に子供を育てる旨の言動を繰り返して原告Bとの情交関係を継続させた。原告Bが何度か中絶を提案したこともあったが,被告は,これは拒否し,出産へ向けて強く背中を押した。

(ウ) それにもかかわらず,被告は,出産直前になって,態度を翻し,原告らとの関わりを断ち,原告らからの再三の認知請求にも応じない。

(エ) そればかりか,被告は,別件訴訟に提出した陳述書において,原告Bの主張を妄想と断じた上,原告Bが同時期に被告の他にも男性と性的関係があったかのように述べて,原告Aが被告の子ではない可能性を暗に示唆している。被告の上記陳述書の別件訴訟への提出は,自己保身のために原告Bを徒に誹謗するものであり,訴訟行為として正当化されるものとは到底いえず,独立の不法行為を構成する。

(被告の主張)

(ア) 原告Bと被告との出会いは,アダルトサイト内の麻雀スレッドを介してのことであり,原告Bと被告とは,同スレッド内のそれぞれのトラブルがきっかけで,メールや電話でのやり取りをするようになり,自然と親しくなって直接会うまでになって,遂に男女の関係から子の認知問題にまで発展する関係となった。

(イ) 被告にとっては,サイト内の世界をバーチャルな仮想現実の世界と認識していた。そして,その中での利用者間のやり取りは,一種の言葉遊びにすぎないことが暗黙の了解となっており,偽りを述べても許容されると理解していた。

被告としては,原告Bとの関係についても,サイトの世界の延長と認識していたものであり,上記暗黙の了解内ないしその延長との認識でいた。

(ウ) 被告は,被告妻の訴訟代理人から求められて陳述書を作成したが,それを別件訴訟に提出したのは,被告妻の訴訟代理人である。陳述書において,「妄想」という表現を用いたのは,原告Bが当初,別件訴訟の答弁書において被告に妻子がいることを知らなかったと主張していたことに驚愕したためにほかならない。また,被告は,原告Bから,サイト内の他の男性と会ったことを聞いていたため,疑念を走らせ,原告Bが指摘するような表現になったものである。

イ 損害額

(原告Bの主張)

被告は,妊娠した原告Bに出産を促す無数の虚偽発言を繰り返してきた。そしてその言動により,原告Bは,中絶の選択肢もあったのに原告Aを出産するに至り,その後,親族も含めて孤立無援の状況の中,一人で子育てを余儀なくされ,更にその苦痛に加えて,被告妻に損害賠償請求訴訟を提起され,その中での被告の言動等によりこの上ない精神的苦痛を被ったのであり,これを慰謝するには300万円が相当である。

(被告の主張)

争う。

第3当裁判所の判断

1  認定事実

前記前提事実に,証拠(甲1【枝番を含む】,甲2【枝番を含む】,甲3~甲9,甲11,甲13,乙2,乙3,原告B本人,鑑定嘱託)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められ,括弧内の証拠中この認定に反する部分は採用することができず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

なお,別件訴訟(甲3,甲10)及び本件訴訟(乙5,被告本人)における被告の各供述は,後記のメールのやり取り等客観的資料・経過と齟齬していること,質問に対する供述態度が誠実さに欠ける上,保身を図る姿勢がうかがわれること等に照らして信用性に乏しく採用できず(証拠に甲3を掲示したのは,そのような内容の陳述書を被告が作成し,別件訴訟に提出した事実を認定するためにすぎない。),反対に原告Bの供述(甲8,甲9,原告B本人)は,客観的資料・経過と整合しており信用性が高いと判断した。

(1)  被告と被告妻は,平成18年●月ころから同居を始め,平成19年●月に婚姻し,同年●月にはその間に長男が生まれた。

そのころから,被告は,夜間,消防団の飲み会,御柱祭の練習,趣味の麻雀で家を空けることが多かった。

平成20年初めころから,被告は,それらに加えて携帯電話のサイトにはまり込むようになり,家庭を顧みなくなった。

被告妻は,育児・家事の負担を重く感じていたところ,被告が上記のように家庭を顧みなくなったこともあって,同年3月ころから生理不順・うつ状態となり,病院に通院するようになった。

また,そのころから,被告と被告妻との間には,被告が携帯電話のサイトにはまり込んでいたことや他のささいなことで度々喧嘩があった。

しかしながら,被告と被告妻との婚姻関係は,その後も別居はなく,夫婦生活もあるなど,後記のとおり,被告と原告Bが初めて情交関係を持った同年8月当時も通常の夫婦関係の範疇であった。

(2)  被告と原告Bとの情交関係の始まり

ア 被告が携帯電話のサイトにはまり込むようになった平成20年初めころ,被告は,原告Bと麻雀スレッドで知り合った。

そのころから,被告は,麻雀スレッドに愛のない生活は嫌だ,離婚したいなどと頻繁に書き込んでおり,原告Bもこれを目にしていた。

イ その後,原告Bと被告は,スレッド内のトラブルをきっかけに,同年3月ころには,メールのやり取りをするようになった。

そのころ,被告は,麻雀スレッドに,別の女性と婚約していたのに,被告妻が嫌がらせをして,その婚約者が精神的におかしくなった,段々壊れていく婚約者を見るのが辛かった,自分は婚約者と一緒にいたかったが,婚約者の両親にもう連絡しないでくれと言われて別れることになってしまった,被告妻の嫌がらせを知ったのは結婚後であり,被告妻も認めているなどと虚偽の事実を書き込み,原告Bもこれを目にしていた。

ウ 同年5月ころ,被告は,原告Bに対し,会いたいとメールしてきた。原告Bが被告には妻がいるので会わないという趣旨の返信をしたところ,被告は,原告Bに対し,妻とはもう関係ないとメールで伝えた。

エ 同年6月,7月ころから,被告と原告Bは,電話で話をするようになった。そのころ,被告は,原告Bに対し,被告妻との結婚生活や夫婦関係について,次のような虚偽の事実を電話で告げた。

(ア) 被告妻とは出会い系サイトで出会い,当時被告には交際相手がいたが,被告妻から遊びでいいからと言われて付き合った。それなのに,妊娠すると,被告妻が堕ろしたら殺人者だとか,母体が持たないとか言うので,やむなく子供が生まれる直前に籍を入れた。そのため,結婚式もしていない。被告妻に子供が2人いることは,妊娠後に知った。これらの子供についても,被告妻から言われてやむなく籍を入れた。

(イ) 被告妻に対しては,愛情はなく,性的関係もない。食事は,朝は家では食べず,昼はコンビニ等で買っており,夜もほとんど家では食べない。

オ 同年7月10日,被告と原告Bは,初めて会った。その際,被告が原告Bを押し倒したが,原告Bが拒否したため,情交関係を持つには至らなかった。

カ その後も,被告は,原告Bに対し,振り向いてもらうまで原告Bのことを絶対に諦めないといった趣旨のメールを送り続けた。

キ 同年8月19日,被告は,原告Bと会い,合意の上で初めて情交関係を持った。その際,被告は,原告Bから避妊を求められたのに対し,原告Bとの結婚も考えているし,子供も欲しいから避妊はしないという趣旨のことを言って,避妊しないでの性交渉に応じさせた。

(3)  被告と原告Bとの交際の発覚とそれに対する被告の対応等

ア 同月22日,被告妻は,被告と原告Bとの交際を知り,被告をして,原告Bに対し,電話及びメールで交際をやめる旨伝えさせた。

しかし,すぐに,被告は,原告Bに対し,先程の電話やメールは被告妻の指示によるものであることを説明するとともに,原告Bとの交際が発覚したことで被告妻との離婚交渉が不利になってしまったが,原告Bとは別れられないし,被告妻とは絶対別れるので,少し待ってほしいなどと言って,原告Bとの交際を継続させた。

イ 同月23日,被告は,原告Bに対し,被告妻とは,情けしかなく,別れさせ屋とかどんな汚い手を使ってでも,できるだけ最小限の支払で1年半後には別れたいと思っているといった内容のメールを送った。

ウ 同月26日,被告は,原告Bに対し,被告と原告B間の子供について,女の子がよく,原告Bが嫉妬する位その子をかわいがるといった内容のメールを送った。

エ 同年9月12日,被告は,原告Bに対し,2人で買った指輪を朝から夕方まで昨日も今日も付けている,次に会ったときには,いつまでも一緒にいられますようにという願いを込めて2人で神社に奉納したいといった内容のメールを送った。

(4)  原告Bの妊娠から音信不通となるまでの被告の対応

同月中旬ころ,被告は,原告Bから妊娠を告げられた。

原告Bの妊娠後も,被告は,少なくとも月1回は原告Bの下を訪れ,原告Bとの情交関係も持ち続けた。

また,その間,被告は,原告Bに対し,安産のお守りを渡す,一緒に安産祈願に行く,立会出産したいと言ってそのための書類にサインするといった行動をとったこともあった。

しかし,平成21年5月20日以降,突如,被告は,原告Bとの連絡を絶ち,音信不通となった。

原告Bの妊娠から音信不通となるまでの間,被告は,原告Bとの間で,以下のア~ケのとおり,メールでやり取りをしている。

ア 平成20年9月25日,被告は,原告Bに対し,会社をクビになったらなったで原告Bの下へ行く,必ず全て清算して行くので待っていてほしい,生まれてくる子にも悲しい思いをさせたくないといった内容のメールを送った。

イ 同月29日及び同月30日,被告は,原告Bからの中絶についての相談に対し,何でそんなことを聞くのか,被告から堕ろせと言うことは絶対にない,産んでほしい,何があっても発生させた責任について逃げるつもりは一切ない,原告Bとずっと一緒にいたい,絶対シングルマザーにさせない,死ぬほど愛しているといった内容のメールを送った。

ウ 同年10月4日,被告は,原告Bから,産婦人科で5週3日と診断されたことを胎児のエコー写真付きでメール報告を受けたのに対して,妊娠を喜ぶ内容のメールを返信した。

エ 同月21日,被告は,原告Bに対し,子供に付ける名前の案をメールで送った。

オ 同年11月上旬から中旬にかけて,被告は,原告Bから中絶の可能性も再度示唆された上で意思を再確認されたのに対して,臨月までに離婚できなければ全て捨てて原告Bの下へ行く,原告Bとのことを思い出にするつもりはなく,ずっと続けて行くといった内容のメールを返信した。

カ 同年12月,被告は,原告Bに対し,原告Bにウエディングドレスを着させてあげたい,生まれてくる子供を私生児にはしたくない,離婚しても半年は入籍できないが認知はできる,本気で原告Bを愛している,全部が好きで好きでしょうがない,本当は今すぐにでも一緒になりたい,前にも言ったが何があっても中絶の書類には署名・捺印はしない,愛する人とずっといたい,離婚しなくていいと言うけど,離婚は前から確定している,被告妻との間の子供は元から望まれない子供だった,被告妻の妊娠が判明したとき,被告妻から堕ろすんだったら母体が持たないので死んでやる,周囲に自分を殺したのは被告だと言いふらすとさんざん脅された,被告妻のことは被告の両親も純粋に認めておらず,別れるなら早く別れろと思っている,だから結婚式も披露宴もしていないといった内容のメールを送った。

キ 平成21年2月,被告は,原告Bに対して,ベビー用品の選定に積極的に関心を示したり,原告B,生まれてくる子供との3人の生活を前提とする内容のメールを送った。

ク 同年3月,被告は,原告Bから,原告Bとの子供がいていいのか,本当は嫌とか面倒があるのではないか,それならそれで考えるといったことも示唆された上で,本心を問い質されたのに対して,今さら何を言っているのか,いいに決まっている,産んでほしくなければ避妊せずに性交渉はしない,原告B以外に心が通じ合っている最高の人はいないといった内容のメールを返信した。

ケ 同年4月,被告は,原告Bに対して,子供に付ける名前の案をメールで送った。

(5)  被告が音信不通となった後の経緯

ア 原告Bは,知人に頼んで,被告の家の所在を調べてもらい,出産1週間前に被告の実家が判明したため,同年5月末ころ,その知人を被告の実家に赴かせた。

これにより,原告Bの出産が近いことが,初めて被告の実家や被告妻の知るところとなり,原告Bは,被告が周囲に何も伝えていなかったことを知った。

そして,被告及び被告の父が原告Bの下を訪れて話合いをすることになったが,話合いが予定されていた日の朝に被告が自殺未遂をし,話合いは頓挫してしまった。

イ 原告Bは,同年●月●日に原告Aを出産した。

出産後間もなく,原告Bは,被告の父を介して被告に対し,原告Aの認知を求めたが,被告の父から,他の男性とも情交関係があったのではないか,被告は中絶を求めたのに原告Bが勝手に産んだと言っている,DNA鑑定はお金が掛かるからしないと言われて,取り合ってもらえなかった(同月16日に被告の父から3万円の送金はあった。)。

また,そのころ,原告Bが被告に直接メールを送ったこともあったが,被告からの連絡は全くなかった。

ウ 同年7月15日,原告Bは,被告に対し,原告Aの認知,養育費等の支払を求める通告書を送付したが返答がなく,同月30日にも同じ内容のFAXを送付したが,やはり被告から返答はなかった。

一方そのころ,被告妻は,原告Bに対し,別件訴訟を提起した。

エ 同年8月,原告Bは,別件訴訟において,交際当初被告に妻子がいることを知らなかった旨記載した答弁書を提出した。

同年11月,原告Bは,別件訴訟において,交際当初から被告に妻子がいることを知っていたと主張を訂正した。

オ 平成22年1月7日,原告ら訴訟代理人は,被告に対し,原告Aの認知を求める通知を送付した。

カ 同年3月ころ,別件訴訟において,一方的に脅された認知などする必要もないといったことが記載された被告の陳述書が提出された。また,その陳述書において,被告は,原告Bの言い分を妄想と述べた上で,原告Bには他の男性とも性的関係があったのではないか,何年も前に妊娠できない体と診断されたと聞いていたので騙されたのは自分の方であるといったことを述べている。

キ 原告Bは,被告に対し,原告Aのためにも戸籍に裁判認知との記載を残したくないとの思いから,上記イ,ウ,オのとおり,任意認知を求めてきたが,上記カの被告の陳述書の内容を読んで,もはや任意認知は見込めないと判断し,前提事実のとおり,本件訴えに踏み切った。

ク 同年10月14日,本件訴訟において,被告が原告Aの父親である確率が99.998%とのDNA鑑定の結果が提出された。

ケ 平成23年3月23日,別件訴訟において,原告Bに対して被告妻に慰謝料150万円を支払うよう命ずる判決が言い渡されたが,原告Bはこれを不服として控訴した。

コ その後,別件訴訟の控訴審において,①被告が原告Aを認知する,②被告が原告Aの養育費として相当額を支払う,③本件訴訟と別件訴訟いずれも慰謝料についてはやり取りなしといった内容の和解案が裁判所から示されたが,原告Bが難色を示したため,和解協議が決裂した。

サ 現在,被告は,別件訴訟・本件訴訟の慰謝料及び原告Aの養育費も含めた包括解決でなければ,任意認知には応じられないとの態度をとっている。

2  争点(1)(認知請求-原告Aと被告との間に血縁上の父子関係が存在するか)について

前記認定事実のとおり,DNA鑑定によって,被告が原告Aの父親である確率が99.998%との結果が出ていること,前記認定事実によれば,原告Bが原告Aを妊娠したころ,被告と原告Bとの間に情交関係があったこと,被告が原告Bの妊娠中原告Aについて自らの子であることを認める言動に終始していたことが認められ,これらに,原告Bが妊娠当時他の男性との情交関係はなかったと述べており,これを揺るがす事情も見当たらないことを合わせ考慮すると,原告Aと被告との間に血縁上の父子関係が存在すると認められる。

3  争点(2)ア(原告Bの被告に対する不法行為請求-不法行為責任の有無)について

(1) 配偶者ある者の婚姻外性関係は,一夫一婦制という善良の風俗に反する行為であり,情を通じた女性は,夫の妻に対する貞操義務違反に加担する共同不法行為責任を負う。したがって,男性に妻があることを知りながら情交関係を結んだ女性が,そのために損害を被ったとしても,その復旧としての慰謝料等を請求することは,一般的には,民法708条に示された法の精神に反して許されないと考えられる。

もっとも,女性が,男性に妻のあることを知りながら情交関係を結んだとしても,情交の動機が主として男性側の詐言を信じたことに原因している場合で,情交関係を結んだ動機,詐言の内容程度及びその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し,女性側における動機に内在する不法の程度に比し,男性側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには,貞操等の侵害を理由とする女性の男性に対する慰謝料請求は許される(最二判昭和44年9月26日・民集23巻9号1727頁)。

(2)ア  前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,原告Bは,被告との交際中,被告が妻子のいる家に帰宅し,離婚しないまま,原告Bと肉体関係を伴う交際を続けていたこと,被告妻が被告と原告Bとの交際をやめさせようとしたことなど婚姻が破綻しているとの被告の言動に疑義を持ち得る事情を認識していたことが認められる。

これによれば,原告Bが,被告妻に対して被告とともに共同不法行為責任を負うことは明らかであるから,前示のとおり,原告Bから被告に対する慰謝料請求は,民法708条に示された法の精神に照らして基本的に許されないことになる。

イ  しかしながら,前記認定事実によれば,被告は,原告Bに対し,全くの虚偽の事実やエピソードも交えて,被告妻との夫婦関係が破綻しており,離婚必至であるとの詐言を弄して,その歓心を惹いた上,避妊を求められた際にも,結婚を考えているし,子供も欲しいといった甘言を用いて,避妊しないでの性交渉に応じさせ,原告Bを妊娠させている。

また,前記認定事実によれば,その後も,被告は,原告Bに対し,実際には被告妻との間で離婚の話など一切していないのに,全くの虚偽の事実やエピソードも交えて,夫婦関係は既に破綻しており,離婚して原告Bと結婚し,子供を一緒に育てるなどと妊娠前と同様の言動を繰り返して,原告Bとの交際を継続させた上,再三の原告Bからの中絶の提案も拒否し,出産を積極的に後押ししている。

このような一連の経過に鑑みれば,原告Bが被告との男女の関係を継続させたのは,被告の詐言を信じたためであり,その詐言の内容程度も全くの虚偽の事実やエピソードを含むなど著しいといえるから,情交関係を結び,継続させたことに関して原告Bの違法の程度に比べて,被告の違法性が著しく大きいと評価できる。

ウ したがって,原告Bの被告に対する慰謝料請求は,貞操権等の侵害を理由として許されるべきである。

なお,原告Bは,情交関係解消後の被告の不誠実な対応を独立の不法行為として主張するが,これについては,慰謝料額算定の際の一事情として考慮するのが相当と思料する。

エ  被告の主張について

(ア) 被告は,原告Bから夫婦関係について問われ,普通にあると電話でのやり取りで答えたと主張するが,前記認定事実のメールのやり取り等からして,上記被告の主張は採用できない。

(イ) 被告は,原告Bと初めて情交関係を持った際,原告Bから何年か前に妊娠できない身体であると産婦人科で診断されたと既に告白されていたので,避妊しなかったと主張するが,被告本人尋問の結果によれば,被告の記憶は曖昧であり,上記被告の主張は採用できない。

(ウ) 被告は,原告Bから妊娠の報告を受けた後,主に電話で何回か中絶を勧めたと主張するが,前記認定事実のメールのやり取り等からして,被告の主張は採用できない。

(エ) 被告は,原告Bに対し,虚構の事実を含む詐言を弄したことについて,原告Bとの関係をサイト内のバーチャルな仮想現実の世界の延長と認識していたなどと主張するが,独自の価値観であって,詐言を正当化する理由には到底ならない。

(3)  以上によれば,被告は,原告Bに対し,その貞操を侵害したことについて,不法行為責任を負うことになる。

4  争点(2)イ(原告Bの被告に対する不法行為請求-損害額)について

(1)  原告Bは,前示判断のとおり,被告から詐言を弄されて,被告と情交関係を持ち妊娠したものであり,被告から出産を促す無数の虚偽発言を繰り返されたため,中絶の選択肢もあったのに原告Aを出産するに至った上,現在まで,親族も含めて孤立無援の状況の中,一人で子育てを余儀なくされている(原告B本人)。

(2)ア しかも,前記認定事実によれば,被告は,出産直前に態度を翻して,原告らとの交信を断ち,原告らからの再三の認知の求めにも応じず,別件訴訟において,自己保身のために,音信不通になる前には指摘したことのない,原告Bと被告以外の男性との性的関係の疑惑を指摘し,原告Aが被告の子ではない可能性を暗に示唆する内容の陳述書を提出したり,本件訴訟において,DNA鑑定によって原告Aが被告の子であることが明らかになった後も,養育費を含んだ包括解決ができない限り,任意認知には応じないとの態度をとるなど,それまでの言動と矛盾に満ちた挙動に終始しているといわざるを得ないのであって,こうした被告の対応も慰謝料額算定の際の一事情として考慮するのが相当である。

イ  この点,被告は,別件訴訟に陳述書を提出したのは,被告妻の訴訟代理人であり,自らには責任がないと主張するが,被告本人尋問の結果によれば,別件訴訟に提出されることを理解した上で,陳述書を作成し,被告妻の訴訟代理人に委ねているのであって,責任を免れる理由にはならない。

なお,被告の別件訴訟における陳述書の提出や本件訴訟における認知に対する対応は,それまでの言動と甚だしく矛盾する挙動という意味では訴訟外の行為と変わりはなく,訴訟上のものであるが故に慰謝料算定の際に考慮してはならないものではないと考える。

(3)  このように,原告Bが受けた精神的苦痛は大きいといえるが,他方で,民法708条に示された法の精神に照らして,被告との情交関係について,原告Bにも違法性が認められることを慰謝料額算定の際の一事情として考慮する必要もある。

(4) そこで,当裁判所は,前記各事情及びその他本件口頭弁論に顕れた一切の事情を勘案して,被告が原告Bに支払うべき慰謝料の額を75万円の限度で認めることとする。

5  よって,原告らの認知請求は理由があるので認容し,原告Bの不法行為に基づく損害賠償請求は,75万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成22年6月27日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

長野家庭裁判所諏訪支部裁判官     佐   藤   久   貴

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