長野家庭裁判所飯田支部 昭和47年(家)391号 審判
主文
事件本人が昭和一八年一一月二〇日応召を受けた際本籍下伊那郡○○村○○○番地(現在飯田市○○×××番地)戸籍筆頭者船岡裕三の養子となる縁組の届出を申立人に委託したことを確認する。
理由
申立人は主文同旨の審判を求め、その申立の実情として事件本人船岡裕は船岡裕三の異母弟であるが裕三と妻亡ツルエとの間に子供がなかつたので、事件本人を裕三夫婦の養子に迎えることとし、じらい裕三夫婦は事件本人を事実上の養子として生活をともにしていたものであるところ、昭和一八年一一月二〇日事件本人は応召を受けて戦場に赴くこととなつたため、事件本人は出発に際し、当時○○村の村長であつた申立人に対し事件本人を裕三夫婦の養子として縁組の届出をなすことを委託したのであつた。ところが右縁組届出のなされないまま事件本人は昭和二一年五月八日中華民国江蘇省○○司令部○○衛生隊で死亡し、その間養母となるべき裕三の妻ツルエも同一九年一月二四日に死亡するに至つている。
以上の次第で上記の縁組届出委託の事実は真実であるから、その確認を求めるべく申立に及んだと述べた。
そこで審按するに筆頭者船岡時治郎の原戸籍謄本、筆頭者船岡裕三の戸籍謄本ならびに申立人および船岡裕三の各審問の結果等一切の資料によれば、申立人の主張するごとく事件本人裕が出征に際し裕三を介し申立人に対して上記の養子縁組届出の委託をなした事実が認められる。
よつて昭和一五年法律第四号「委託又は郵便に依る戸籍届出に関する件」戸籍法附則一三八条に基づき養子縁組届出の委託確認を求める本件申立は相当であるからこれを認容し、主文のとおり審判する。
(なお事件本人裕は出征前千枝と婚姻しており、配偶者のある者はその配偶者とともにしなければ養子縁組を行なうことができない(旧民法八四一条)のであるから、本件においては事件本人裕、裕三のほか千枝をも縁組当事者として届出委託確認の申請をなし、またその旨の審判をすべきものではないかとも解され、かつその方が実際にも合致するものと思われるのであるが、千枝は事件本人裕の死亡後単独で裕三を養親とする養子縁組を結び昭和二二年九月三〇日その旨を届出ており、右届出は適法と考えられるうえ、委託による戸籍届出の制度が戦死者等の生前の意思を尊重して設けられたいわば便宜的な制度であることからして、届出委託確認の申請ならびに審判はその目的達成に必要な範囲にとどめるのが相当とも思われるのであるから、本件届出委託確認は事件本人裕、裕三を縁組当事者とする申請をなし、その旨の審判をなすことで足り、あらためて事件本人裕、千枝と裕三を縁組当事者とする届出委託確認の申請をなし、その旨の審判をなす必要はないと考える。)
(家事審判官 武藤冬士己)