青森地方裁判所 平成12年(行ウ)1号 判決 2000年11月07日
原告
甲
右訴訟代理人弁護士
清藤恭雄
同
菅野修
被告
十和田税務署長 玉川勲
右指定代理人
翠川洋
同
高橋藤人
同
佐藤勉
同
金田和典
同
畑中長規
同
蛯澤政則
同
日下正次
同
鈴木芳樹
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告が平成一一年三月五日及び同年六月三日付けで被告に対してした平成九年分の所得税の更正の請求について、被告が何かの処分をしないことが違法であることを確認する。
第二事案の概要
一 前提事実(以下の事実は、当事者間に争いがないか又は証拠によって容易に認定できる。)
1 原告は、肩書住所地において「A」の名称で診療所を開設し患者の診療に従事している医師である。
2 原告は、平成一〇年三月一六日、被告に対し、平成九年分の所得税の確定申告をしたが、後に事業所得の計算上必要経費(減価償却費)の計上漏れのあることが判明したため、平成一一年三月五日、右所得税の更正の請求をした。
また、被告が原告に対して平成一一年二月一九日付けでした原告の平成六年ないし平成八年分の各所得税についての税額等の更正決定により、原告の平成九年分の所得税の所得金額の計算において必要経費(減価償却費)の計上不足が生じた。このため、原告は、平成一一年六月三日、平成九年分の所得税について再度更正の請求をした(以下、これら二つの更正の請求を併せて「本件各更正の請求」という。)。
3 原告は、平成一二年三月二二日、本件訴えを提起し、その計上は同月三〇日に被告に送達された。
4 被告は、本件各更正の請求について、平成一二年三月三一日付けで、それぞれ更正すべき理由がない旨の通知をし、その通知書はいずれも遅くとも同年四月四日までに原告に送達された。
二 争点
本件の主要な争点は、訴えの利益の有無である。
(被告の主張)
不作為の違法確認の訴えは、訴えの提起を通じて行政庁に処分又は裁決を促し、これによって行政庁の不作為から申請者を救済することを目的とするものであるから、訴えの提起から口頭弁論終結時まで行政庁の処分又は裁決についての不作為状態が継続することが前提となり、行政庁による処分又は裁決がされ不作為状態が解消された場合には、違法確認を求める法律上の利益は失われるというべきである。
しかして、本件訴え提起後、本件各更正の請求について、それぞれ更正すべき理由がない旨の通知がされた以上、本件各更正の請求についての不作為状態は解消されているから、その違法確認を求める法律上の利益はいずれも失われたものというべきである。
(原告の主張)
以下の理由により、本件訴えには訴えの利益がある。
1 原告は、被告に対して再三にわたり早期の処分を求めていたにもかかわらず被告の怠慢により長期間不作為状態が継続したため、やむを得ず本件訴えの提起を余儀なくされたのであるが、行政庁が不作為の違法の判断を免れるために提訴後すぐに処分をした本件のような場合に常に訴えの利益が欠けるとすると、行政庁は不作為の違法確認請求訴訟が提起されるまでは怠慢を許されることになり、行政庁の違法な不作為、怠慢を助長することになりかねない。したがって、行政庁の不作為が違法であることが明らかな場合には、たとえ行政庁が処分をして不作為状態が解消されたとしてもなお違法判断を求める訴えの利益は失われないと解するべきである。
2 原告は、被告の違法な不作為によって被った損害につき国家賠償法に基づく損害賠償請求をすることを検討しており、そのためには本件で不作為の違法確認を求める法律上の利益がある。
3 原告は、被告による違法な不作為に対し、早期の処分を申し入れるべく税理士や公認会計士に委任し、また弁護士にも本訴提起を委任しなければならず、多大な時間と労力を費やし、多額の出費を強いられた上、平成九年分の所得税につき本税及び加算税に加え延滞税も賦課される不利益を受けた。原告が被った右精神的、経済的被害は甚大であり、本件訴えの利益の有無の判断に当たっては、これらのことが考慮されるべきである。また、被告が今後このような不作為によって納税者たる国民に対して同様の違法不当な損害を与えないよう警告するためにも、本件不作為の違法を確認する法律上の利益があることは明らかである。
第三争点に対する判断
一1 行政事件訴訟法三条五項の不作為の違法確認の訴えは、行政庁が法令に基づく申請に対し相当な期間内に何らかの処分等をすべきにもかかわらずこれをしない場合に、その不作為の違法を判決で確認することにより、行政庁に違法状態の解消のため速やかに事務を処理することを促し、もって行政庁の処分を受けるという原告の法的利益を救済する趣旨で設けられた制度と解される。そうすると、不作為の違法確認訴訟の口頭弁論終結時以前に行政庁の不作為が解消された場合には、行政庁の処分を受けるという原告の法的利益は既に救済され、判決により行政庁に作為を促す必要性が欠けるに至るから、当該訴えについて裁判所が本案判決をすべき法的利益である訴えの利益は失われるものというべきである。
これを本件についてみると、本件では、前記第二の一4のとおり、被告が本件各更正の請求に対して本件訴え提起後の平成一二年三月三一日付けで更正すべき理由がない旨の各通知をし、その通知書がいずれも原告に送達されているのであるから、これによって、原告において本件各更正の請求に対する被告の不作為につき違法確認を求めるべき法律上の利益は失われ、本件訴えは訴えの利益を欠くに至ったものといわざるを得ない。
この点につき、原告は、行政庁の作為によって訴えの利益が失われると解することは、訴え提起があるまでの間の行政庁の違法な不作為、怠慢を助長する危険があること、原告が今後被告の不作為によって被った損害につき国家賠償請求を予定していること及び被告の不作為によって原告が被った損害が甚大であること等を理由に、被告の応答後もなお訴えの利益は失われないと主張するけれども、右主張は独自の解釈に基づくものであり、採用できない。
2 右のとおりであるから、本件訴えの利益は既に失われているというほかない。
二 よって、その余について判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるから却下を免れない。なお、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民訴法六一条、六二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山﨑勉 裁判官 畠山新 裁判官 宮﨑謙)