青森地方裁判所 平成13年(ワ)181号 判決 2002年9月11日
原告
A野太郎
同訴訟代理人弁護士
舘田晟
被告
B山松夫
同訴訟代理人弁護士
菊池至
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金九〇万円及びこれに対する平成九年九月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が被告に対し貸金の残金として九〇万円及びこれに対する弁済期の翌日からの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、これに対し、被告が弁済の抗弁及び債権の準占有者に対する弁済の抗弁を主張している事案である。
一 争いのない事実
(1) 原告は、平成九年八月八日、被告に対し、弁済期を同年九月七日と定めて、一〇〇万円を貸し渡した(以下「本件貸金」という。)。
(2) 被告は、上記弁済期の前である平成九年八月末ころ、原告に対し、本件貸金のうち一〇万円を弁済した。
二 争点及び当事者の主張
本件の争点は、(1)弁済の抗弁の成否、(2)債権の準占有者に対する抗弁の成否であり、これに対する当事者の主張は、次のとおりである。
(1) 弁済の抗弁の成否
(被告の主張)
ア 被告は、弁済期である平成九年九月七日、D原竹夫に対し、九〇万円を弁済した。
イ 上記弁済に先立ち、原告は、D原竹夫に対し、本件貸金の弁済を受領する権限を授与した。
(原告の主張)
いずれも否認する。
(2) 債権の準占有者に対する弁済の抗弁の成否
(被告の主張)
ア 前記(1)のアと同じ。
イ D原は、被告から弁済を受領する際、被告がかねてD原を介して原告に差し入れていた借用証書や被告の印鑑登録証明書を持参し、被告に返還した。そのため、被告はD原に弁済を受領する権限があるものと信じ、かつ、信じたことに過失はない。したがって、被告のD原に対する弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効である。
(原告の主張)
否認ないし争う。原告は、もともと被告から借用証書や印鑑登録証明書を差し入れられたことはない。これらをD原から返還されたという被告の主張は、被告の自作自演である。
また、D原は、債権の準占有者ではなく、むしろ被告の債務を併存的に引き受けた者である。すなわち、原告は、本件貸付けの際、D原の紹介で被告に一〇〇万円を貸し渡したが、その一〇日後である平成九年八月一八日ころ、D原が「被告に何回言っても借用書を作成しない。紹介した自分が責任を持つ。」と言って、D原の印鑑登録証明書の裏面に一〇〇万円を借り入れた旨の借用書を差し入れ、被告の債務を併存的に引き受けたのである。
その後、D原自身が一〇万円を必要ということで、原告は、平成九年八月末ころ、期限前ではあるが、被告から一〇万円の返済を受け、これをD原に貸し渡した。そして、返済期限である平成九年九月七日ころ、原告が、併存的債務引受人であるD原に対し、本件貸金の残金の支払を求めたところ、D原は「被告となかなか会うことができない。もう少し待ってくれ。」と猶予を求めてきた。そうしたところ、同年九月一二日ころに至り、D原は「知合いのC川社で手形割引金一〇〇万円が必要なので、一〇〇万円を貸してくれ。以前の被告の借入金と同様に自分が責任を持つ。」と言い、C川社の事務所前まで案内したので、原告は、D原の言をすっかり信用し、D原に一〇〇万円を貸し渡した。同時に、D原は、同人の印鑑登録証明書の裏面に二〇〇万円を借り入れた旨の借用書を差し入れてきたので、原告は、これを受け取り、前回の一〇〇万円の借用書を破棄した。この二〇〇万円の借用書(甲五)のうち、九〇万円が被告に対する貸金残金にしてD原が併存的に債務引受けしたものであり、残り一一〇万円はD原に対する貸金である。
ところが、同年一一月初旬に至り、D原が行方をくらまし、原告は、C川社に事実関係を確認したところ、D原が手形割引のための金員を持参した事実はないとの返答があり、原告は、D原にだまされていたことを知った。
しかし、原告は、被告の件については、D原から弁済を受けたことはまったくない。
第三当裁判所の判断
一 前記争いのない事実及び《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 被告は、有限会社E田という不動産仲介取引の会社を経営しているところ、平成九年八月初旬ころ、当座の運転資金として一〇〇万円が必要となり、かねてからの知り合いであったD原竹夫にこれを相談した。D原は、これを受けて、勤務先の同僚である原告に相談し、原告が了承したため、原告が被告に一〇〇万円を貸すことになった。
(2) 原告、D原及び被告の三名は、平成九年八月八日、むつ市内の食堂「よし家」で会い、原告は、その場で一旦は現金一〇〇万円を被告に手渡したが、D原の提案により利息として五万円を差し引くこととなり、結局、被告には九五万円が渡された。
この「よし家」で会った際、原告らは、被告に対し、借用書を差し入れるよう求めたが、被告は、印鑑登録証明書を持ち合せていなかったことから、後刻、D原を介して併せて渡すことになった。
同日、被告は、むつ市役所で自己の印鑑登録証明書を取得し、同日夕方、被告の事務所を訪れたD原に借用書と印鑑登録証明書を手渡した。
(3) 原告は、平成九年八月末ころ、D原から、「一〇万円をどうしても使う必要があるので、被告から取り立てて自分に貸して欲しい。」と言われた。そこで、原告は、被告に電話をかけ、「期限前だけれども、貸していたなかから一〇万円を返してほしい。D原を取りにやる。」などと言った。
被告は、これに応じ、被告のもとを訪れたD原に対し、一〇万円を弁済した。
なお、上記原告と被告との電話の際に、残り九〇万円についても、返済期日にD原が被告の事務所を訪れ、受け取りにいくことが確認された。
(4) 平成九年九月七日、D原が、被告の事務所に赴き、被告は、残金九〇万円を同人に交付し、これと引換えに、借用書と自己の印鑑登録証明書を返してもらった。
(5) D原は、その後、原告からさらに一〇〇万円の貸付けを受け、二〇〇万円の借用書を差し入れ、平成九年一〇月一三日までに返済するとの約束をしていたが、同年一一月ころ、行方不明になった。
なお、原告は、D原が行方不明になるまで、被告に対して直接残金の支払を求めたことはなかった。
以上の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。なお、原告は、平成九年八月末ころ被告を訪れて一〇万円の返済を受けたのはD原ではなく、原告自身であると主張し、原告本人尋問の結果中にもこれに沿う部分がある。しかしながら、《証拠省略》によれば、原告は、本件訴え提起前である平成一三年四月一七日付けの内容証明郵便において、被告に対し一〇〇万円を貸したが何ら返済がないとして一〇〇万円全額の支払を求めていたこと、その後の本件訴状においても同様の記載をして被告に対し一〇〇万円の返還を求めており、これを訂正したのは、本件訴訟で被告から弁済に関する具体的な主張がされた後であることが認められる。すなわち、原告は、本件訴訟で被告から具体的な指摘を受けるまで一〇万円の返済があったこと自体を失念していたものであり、このことに照らすと、原告自身が直接一〇万円の返済を受けたという原告の供述はにわかには信用しがたい。一方、《証拠省略》によれば、被告は、平成九年一二月ころ原告らの相談を受けたむつ警察署から呼出しを受けているが、その際にも、また、前記内容証明郵便に対する回答においても、本件貸金はD原に返済し、借用書と印鑑登録証明書の返還を受けた旨を一貫して述べているのであり、その供述の信用性に特に疑問を入れるべき点はない。
二 そこで、上記一の認定事実によれば、被告は、平成九年九月七日、D原に対して九〇万円を弁済したこと、原告は、被告に対し、一〇万円の一部弁済を受ける際にはD原を代わりに被告のもとに赴かせたこと、その際、原告と被告は、電話で残り九〇万円についてもD原に取りに行かせることを確認したこと、D原は、被告から九〇万円を受領する際、被告がD原に交付していた借用書と印鑑登録証明書を持参してきたことが認められるのであり、これらの事実関係からすれば、D原には、少なくとも債権の準占有者としての外観が認められ(なお、債権者の代理人と称して債権を行使する者も、民法四七八条の債権の準占有者に含まれる。最判昭和三七年八月二一日民集一六巻九号一八〇九頁)、かつ、被告が、D原を原告の代理人であると信じるについて過失はなかったものと認められる(以上によれば、D原は、被告から、借用書や印鑑登録証明書を差し入れられたにもかかわらず、これを原告には交付しなかった疑いが強いが、その後のD原の行動に照らすと、このようなD原の行動も了解可能なものである。)。
なお、原告は、D原は、債権の準占有者ではなく、被告の債務の併存的引受人であると主張するけれども、前記一の事実関係からすれば、たとえD原が原告に対して被告の債務を責任を持って弁済する旨の文書を差し入れるなどしていたとしても、D原が債権の準占有者であると認める妨げになるものではない。
三 以上によれば、債権の準占有者に対する弁済をいう被告の抗弁は理由があり、原告の請求は理由がない。
(裁判官 吉田純一郎)