青森地方裁判所 平成13年(ワ)288号 判決 2003年1月30日
主文
一 被告は、原告に対し、四五〇〇万円及びこれに対する平成一三年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(1) Aは、平成一一年一二月八日、被告との間で、次の内容の普通傷害保険契約(以下「本件普通傷害保険契約」という。)を締結した。
ア 保険期間 平成一二年二月二〇日午後四時から平成一三年二月二〇日午後四時まで
イ 保険契約者 A
ウ 保険者 被告
エ 被保険者 A
オ 保険金額 死亡・後遺障害 二〇〇〇万円
カ 死亡保険金受取人 法定相続人
(2) 原告は、平成一二年六月一九日、被告との間で、次の内容の自動車総合保険契約(以下「本件自動車総合保険契約」という。)を締結した。
ア 被保険自動車の用途車種 自家用小型自動車(家庭用)
イ 被保険自動車の登録番号 青森<省略>(以下「本件車両」という。)
ウ 運転者の年齢条件 年齢を問わず担保
エ 保険金額
(ア) 自損事故 一人につき一五〇〇万円
(イ) 搭乗者事故 一人につき一〇〇〇万円
(3) Aは、次の交通事故(以下「本件事故」という。)にあい、下記の日時に、下記の場所で、本件事故による脳挫傷により死亡した。
ア 日時 平成一二年八月二一日午後一一時二八分ころ
イ 場所 青森市<以下省略>先路上(以下「本件事故現場」という。)
ウ 車両 本件車両
エ 運転者 A
オ 事故の態様 Aの運転していた本件車両がコンクリート製電話柱に衝突した。
(4) 原告は、Aの母である。
(5) よって、原告は、被告に対し、本件普通傷害保険契約に基づく死亡保険金二〇〇〇万円及び本件自動車総合保険契約に基づく保険金合計二五〇〇万円、合計四五〇〇万円並びに上記各金員に対する上記各保険契約による履行期の後である平成一三年四月二七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(4)の事実は、認める。
三 抗弁(免責事由)
(1) 本件普通傷害保険契約及び本件自動車総合保険契約において、原告と被告は、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で運転をしているときに、その本人について生じた傷害については、被告は保険金の支払をしない旨の特約(以下「本件免責特約」という。)がある。
(2) Aの死亡は、本件免責特約にいう「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で本件車両を運転している間に生じた傷害」に基づくものである。
(上記主張を根拠付ける事実等)
ア Aは、本件事故当時、時速一〇〇キロメートル以上の速度で、無灯火で、シートベルトを装着せず走行し、適正な速度調節及びハンドル操作ができない状態で高速、蛇行運転をし、その間に本件事故を起こしており、このような運転状況から判断すると、Aは飲酒の結果、自動車の運転者として十分な注意義務を守ることができない状態にあったものである。
イ Aの体内からアルコールが検出されているが、体重七〇キログラムの人がビール大瓶一本を飲んだ場合、体内アルコールが消えるまで約三時間かかるといわれている(乙第一五号証)。証人Bは、Aは本件事故当日の午後八時三〇分から午後九時にかけてビールをコップで一杯半飲んだと供述するが、もしそうであれば、本件事故の時点(午後一一時二八分)は飲酒から約二時間三〇分から三時間経過しているのであるから、本件事故時及びアルコール検査に着手した本件事故の翌日には、Aの体内からアルコールは消えているはずである。しかるに、実際にはAの体内からアルコールが検出されていることからすると、B証人の上記供述は信用することができない。
四 抗弁に対する認否
(1) 抗弁(1)の事実は、認める。
(2) 抗弁(2)の事実は、否認する。道路交通法及び同法施行令四四条の三によれば、罰則が適用されるアルコールの程度は、血液一ミリリットルにつき〇・五ミリグラム以上とされているが、Aの心臓血から検出されたアルコールは、その半分である一ミリリットル中〇・二五ミリグラムに過ぎないから、酒に酔って正常な運転ができない状態ではなかったことが明らかである。
理由
一 請求原因について
請求原因(1)ないし(4)の事実は、当事者間に争いがない。
二 抗弁について
(1) 抗弁(1)(本件免責特約)の事実は、当事者間に争いがない。
(2) 抗弁(2)(本件免責特約に該当する事実)について
ア 成立に争いのない甲第一ないし第三、第六、第九号証、乙第一号証、第二号証の一・二、第三ないし第六、第八、第九号証、証人B及び同Cの各証言に弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。
(ア) Aは、昭和○年○月○日生まれの本件事故当時二〇歳の男子で、Bが経営する居酒屋「酒楽亭」に勤務していた。Aは、仕事上の失敗で叱られると無口になったり泣いたりしたことがあり、交際していた女性と別れた時、Bの前で泣いたことがあるなど、気が小さく、動揺しやすい性格であった。
(イ) Aは、本件事故当日である平成一二年八月二一日の午後八時三〇分ころから午後九時ころまでの間、「酒楽亭」に勤務中、同店内において、Bとともに食事をし、その際、ビールをコップに一杯半程度飲んだ。Aは、上記のとおりビールを飲んだ後でも、普段と特に変わらず仕事をした。
(ウ) 交通機動隊に勤務するC及びDは、同日午後一一時過ぎころ、青森市内の青森高等技術専門学校前において、覆面パトカーを一台配置して、飲酒運転を取り締まる交通検問(以下「検問」という。)の職務に従事していた。
(エ) Aは、同日午後一一時一五分ころ、「酒楽亭」を出て、本件車両に乗車して運転を開始し、上記の検問の地点に差し掛かった。
(オ) Aは、上記検問の地点を本件車両に乗って通りかかった際、無灯火であったが、そのまま加速し、検問を無視して突破し、検問の地点から約八〇メートル先の横内交差点を左折して、途中、二カ所の大きな勾配(時速六〇キロメートルで走行する場合、制動装置を作動させないと加速する程度のもの)と二つのカーブを通過し、検問の地点から約二・一キロメートルの本件事故現場に至り、本件事故を起こした。
(カ) 一方、C及びDは、パトカーに乗車して、時速約七〇キロメートルから八〇キロメートルの速度で本件車両を追跡した。しかし、追跡開始時には本件車両を見失っていた。C及びDはパトカーで本件車両が逃走した南の方向に向かい、横内交差点で一時停止した際、左側に自動車のようなものが見えたので、左折して、下り坂では時速約七〇キロメートルから八〇キロメートルの速度で追跡を続けたが、自力で本件車両を運転するAを発見することができなかった。
(キ) C及びDは、パトカーで本件車両を検索中、対向車からパッシングを受けたので、当該対向車を停車させ、運転していたEに対し職務質問したところ、同人は本件事故を目撃した旨述べた。そこで、C及びDは、Eとともに、本件事故現場に赴いた。
(ク) C及びDは、本件事故現場において、横転した本件車両を発見し、当該事故現場付近において、倒れていたAを発見した。
(ケ) 本件事故現場は、左カーブを曲がり切った先にある直線道路上で、規制速度が時速四〇キロメートルとされていた。また、街路灯が設置されておらず、本件事故当時は暗い方であった。
本件事故現場に至るまでの左カーブの入口左側縁石に、一四・四メートルの擦過痕が認められた。また、当該左カーブを越えた下りの直線道路の路面に、右から左に弧を描くように、右三八・四メートル、左三五・八メートルのタイヤ痕が、一条ずつ認められた。さらに、青森市<以下省略>所在のF方付近歩道縁石に、〇・五メートルの擦過痕が認められ、当該擦過痕からコンクリート製電話柱に向け歩道上に、右二五・二メートル、左二〇・一メートルのタイヤ痕が、一条ずつ認められた。
本件事故により、青森市<以下省略>所在のコーポ麗奈の敷地内に設置されていたコンクリート製電話柱が根元から折損した。また、上記コーポ麗奈×××号室の外壁が破損していた。
本件車両は、コンクリート製電話柱から離れた地点で停止しており、Aは、コンクリート製電話柱から五・七メートルの地点に、頭から血を流して横たわっていた。
Aは、平成一二年八月二一日午後一一時二八分ころ、脳挫傷により死亡した。
(コ) Cは、Aを発見した際、倒れているAに近づいて声を掛け、顔を覗き込んだが、その際、Aから酒臭を感じることはなかった。DがCに対して、Aから酒臭を感じたと述べたこともない。
(サ) 事故後、Aの心臓血一ミリリットルから、〇・二五ミリグラムのアルコールが検出された。
イ そこで、本件事故が、Aが酒に酔って正常な運転ができない状態のときに引き起こされたものであるか否かについて検討する。
(ア) 被告は、Aの運転状況から、Aは飲酒の結果、自動車の運転者として十分な注意義務を守ることができない状態にあり、Aの死亡は、本件免責特約にいう「酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態で本件車両を運転している間に生じた傷害」に基づくものであると主張する。
(イ) 運転者の体内から検出されたアルコールが、道路交通法施行令四四条の三の規定の示すアルコールの程度(血液一ミリリットルにつき〇・五ミリグラム)を下回っているというだけでは、酒に酔って正常な運転ができないおそれがある状態であったことを直ちに否定することはできない。しかし、本件では、Aの体内から検出されたアルコールが、上記道路交通法施行令の規定するアルコールの程度を大幅に下回っているのであるから、正常な運転ができないおそれのある状態が酒に酔っていたことによって引き起こされたことについて、具体的な立証を要するものというべきである。
(ウ) これを本件についてみるに、本件事故の態様は、前記認定のとおり、Aは、本件事故当時、無灯火で運転しており、また、本件車両の外に投げ出された結果から考えると、シートベルトを装着していなかったことが推認される。また、本件事故現場に残された擦過痕、タイヤ痕等によれば、本件事故の態様は、本件事故現場の前の左カーブ入口の縁石に本件車両が接触し、本件車両が対向車線にはみ出し、さらに進行車線を経て歩道に乗り上げ、横向きにコンクリート製電話柱に衝突して発生し、本件車両は大破して転覆し、また、Aは本件車両の外に投げ出されたというものである。しかし、本件車両の本件事故当時の速度が時速一〇〇キロメートル以上であったとの事実については、本件車両とコンクリート製電話柱の破損状況や本件車両の停止位置などだけからはこれを認めることはできないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(エ) 一方、前記認定によれば、Aは、本件事故に至るまで、約一三分間運転を続け、検問突破後は、約二・一キロメートルにわたり、二カ所の大きな勾配と二つのカーブを通過して運転し、その間、事故を起こした形跡もなく、Cが、本件事故現場において倒れているAの顔を覗き込んで声を掛けた際、酒臭を感じず、DがCにAから酒臭を感じたと述べていないのである。
(オ) そうすると、本件事故の態様からは、Aが、本件事故当時、酒に酔って正常な運転ができない状態で本件車両を運転していたものと認めるには足りず、上記ア(ア)(イ)認定のようなAの性格や、上記(エ)認定のような事情を総合すると、当時まだ若く、気が小さく動揺しやすい性格であったAが、検問で飲酒運転により検挙されることをおそれて、これを突破した後、更に追跡を逃れようとするあまり動揺し、速度を速めて規制速度を超える速度で運転して逃走したが、街路灯もなく暗かった本件事故現場の前の左カーブに至り、縁石に接触して、本件車両を操作できなくなった結果、本件事故を引き起こしたものと推認するのが相当である。
ウ なお、被告は、Aの体内からアルコールが検出されていて、体重七〇キログラムの人がビール大瓶一本を飲んだ場合、体内アルコールが消えるまで約三時間かかるといわれているとの記載(乙第一五号証)を根拠に、証人Bの供述は信用することができないと主張する。
しかし、アルコールが体内から消えるのに三時間かかるという記載をもって、三時間で完全に消え去るということを意味するものではなく、また、アルコールの体内残留時間には個人差もあると考えられるから、本件事故翌日にアルコールがAの体内に残存していたことをもって、B証人の供述の信用性に直ちに影響があるものではない。また、この点を措くとしても、前記イの認定、判断を左右するものではない。
エ 上記のとおり、Aは、本件事故当時、酒に酔って正常な運転をすることができない状態にあったと認めるに足りる証拠はなく、抗弁は、採用することができない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は、理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 河野泰義)