青森地方裁判所 平成14年(行ウ)4号 判決 2002年12月17日
当事者 別紙当事者日録記載のとおり(省略)
主文
1 本件各訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,青森県中津軽郡A町に対し,連帯して3万1500円及びこれに対する平成11年6月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,青森県中津軽郡A町(以下「A町」という。)の住民である原告らが,偽造の支出負担行為書及び支出命令書によってA町から違法な公金支出がされ,これによってA町は支出相当額の損害を被ったと主張し,また,A町は,これにより不法行為による損害賠償請求権ないし不当利得返還請求権を有しているにもかかわらず,その行使を違法に怠っていると主張して,A町に代位して,住民訴訟により,支出行為をした職員である被告B,同C,亡D及び被告Eに対する損害賠償,怠る事実の相手方である被告F,同G及び同Hに対する損害賠償並びに怠る事実の相手方である被告I会社に対する不当利得返還をそれぞれ請求した事案である(亡Dは平成14年10月14日死亡し,被告D1,同D2,同D3,同D4及び同D5がその地位を承継した。)。
なお,本件の審理において,原告らの本件訴えは不適法であると被告らが主張し,原被告間で争点となったことにより,先決問題として,本件訴えの適法性につき判決するため,口頭弁論を終結したものである。
1 前提となる事実(争いのない事実は証拠を掲記しない。)
(1) 原告Jは,A町の住民であり,原告A町長選挙の真実を求める会(以下「原告求める会」という。)は,A町の住民の団体である。
平成11年6月10日当時,被告Bは,A町の町長,被告Cは,A町の収入役職務代理者,亡Dは,A町の選挙管理委員会委員長,被告Eは,A町の選挙管理委員会事務局長であった。
平成11年4月25日施行のA町町長選挙(以下「本件選挙」という。)当時,被告F,同G及び同Hは,いずれもA町の職員であり,選挙管理委員会事務局の事務も行っていた。
(2) A町は,本件選挙に関し,平成11年6月10日,被告I会社に対し,不在者投票用封筒印刷代金として3万1500円をA町の公金から支払った(以下「本件支出行為」という。)。本件支出行為については,起案年月日平成11年4月1日,決裁番号61号と記載されている支出負担行為書(甲1。以下「本件支出負担行為書」という。)及び支出命令年月日として平成11年6月7日,決裁番号61号と記載されている支出命令書(甲2。以下「本件支出命令書」という。)が存在する。
(3) 原告らは,それぞれ,平成14年1月7日,A町監査委員に対し,本件支出命令書は虚偽公文書であり,必要が生じていない時期に起案して不当な支出を行ったのであるから,これによってA町が支出相当額の損害を被ったとして,この損害を補填するため,被告Eにその損害を賠償させるよう必要な措置をとることを求めて,住民監査請求をした(以下「本件各住民監査請求」という。甲5,7)。
A町監査委員は,本件各住民監査請求について監査し,平成14年1月28日,原告らに対し,それぞれ,これを却下する旨通知した。その理由は,監査請求が当該行為のあった日から1年を経過しており,正当な理由があるとも認められないというものであった(甲6,8)。
2 争点(本件各住民監査請求の適法性)
(1) 被告らの主張
本件各住民監査請求は,本件支出行為から1年を経過しているところ,支出行為が極めて秘密裡に行われ,1年を経過した後,はじめて明るみに出たような場合,あるいは天災事変等による交通途絶により請求期間を徒過した場合のように,期間経過について特に相当な理由があるときには当たらない。
したがって,本件各住民監査請求は,地方自治法242条2項の期限を徒過した不適法なものである。
(2) 原告らの主張
本件支出行為が偽造の支出負担行為書及び支出命令書に基づく違法な公金支出であったことは,本件支出行為当時,直接それに関与した職員以外には秘密にされていた。
本件支出負担行為書及び本件支出命令書は,原告求める会の行政文書開示申出により,平成13年8月31日に,原告らに対して開示されたものである。この開示は,平成13年7月1日に施行されたA町情報公開条例によって初めて可能になったものである。
そして,原告Jの代理人弁護士が被告I会社に対して弁護士法に基づく照会を行ったところ,それに対する回答書が平成13年11月19日頃に原告らに到達したものであるが,この回答書の内容と前記開示された文書との間には齟齬が存在した。
原告らは,本件支出行為が偽造の支出負担行為書及び支出命令書に基づく違法な公金支出であったことを,上記調査によってはじめて知り得たのである。
ところで,秘密裡にされた行為についての地方自治法242条2項但書にいう正当な理由の存否は,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的に見て当該行為を知ることができたかどうかによって判断すべきである。本件においては,本件支出行為は偽造の支出負担行為書及び支出命令書によって秘密裡にされ,A町情報公開条例が施行された平成13年7月1日までは,原告らに本件支出負担行為書及び本件支出命令書を閲覧する手だてはなく,前記弁護士照会の回答書が平成13年11月19日頃に到達するまでは,本件支出負担行為書及び本件支出命令書が偽造されたものであることを知ることは極めて困難であったものである。上記のような事情に照らせば,住民監査請求の起算日は,前記弁護士照会の回答書が原告らに到達した平成13年11月19日頃より以前とされるべきではなく,どんなに早くても,A町情報公開条例が施行されて原告らが本件支出負担行為書等を閲覧することが可能となった平成13年7月1日より以前とされるべきではない。
本件各住民監査請求は,前記弁護士照会に対する回答書が原告らに到達した平成13年11月19日頃から約49日目にされたものであり,上記の事情に照らせば,地方自治法242条2項但書にいう正当な理由があるというべきであるから,適法な住民監査請求である。
第3当裁判所の判断
1 地方自治法242条2項は,その本文において,住民監査請求は当該財務会計上の行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときはすることができないと規定して住民監査請求の期間を定め,但書において,正当な理由があるときは,上記期問を経過した後であっても住民監査請求をすることができると規定している。
これは,普通地方公共団体の執行機関,職員の財務会計上の行為が,たとえそれが違法ないし不当なものであったとしても,いつまでも監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るとしておくことは法的安定性を損ない好ましくないとの趣旨によって住民監査請求の期間を定めつつ,他方において,当該行為が,1年を経過してから初めて明らかになった場合等にまで上記の趣旨を貫くことが相当でないことから,上記の期間を経過した後であっても,正当な理由があるときは住民監査請求をすることを認めたものであると解される。
このような法の趣旨に照らせば,問題となっている財務会計上の行為が秘密裡にされた場合に限らず,当該普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても,客観的にみて,住民監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合には,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて,上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から,相当な期間内に住民監査請求をしたときには,地方自治法242条2項但書の正当な理由があるものと解するのが相当である。もっとも,当該普通地方公共団体の一般住民が,相当の注意力をもって調査したときに,客観的にみて,上記の程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなくても,住民監査請求をした者が,上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される場合には,上記正当な理由の有無は,そのように解される時から,相当な期問内に住民監査請求をしたか否かによって判断すべきである(最高裁判所平成10年(行ツ)第86号平成14年10月15日判決,裁判所時報1325号7頁参照)。
なお,本件訴えのうち,被告F,同G及び同H並びに同I会社に対するものは,請求権の行使を怠る事実にかかるものであるが,原告らの主張によれば,前記被告ら4名に対する請求権は,本件支出行為が財務会計法規に違反して違法であり,無効であるからこそ発生するものであるから,これらについても,地方白治法242条2項の規定の適用があるものというべきである。
2 これを本件についてみるに,前記第2の1(2)のとおり,本件支出行為は平成11年6月10日にされたものであるから,この支出行為についての住民監査請求も,平成12年6月10日が地方自治法242条2項本文に定める期限であったというべきところ,本件各住民監査請求はこれを経過していることが明らかな平成14年1月7日にされている。
そこで,本件において,原告らが平成14年1月7日に至って本件各住民監査請求をしたことについて正当な理由があるかどうかを検討する。
後記各項中に掲記した各証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の各事実が認められる。
(1) 原告らは,かねてから,本件選挙においては選挙管理委員会従事者らにより組織的な票の入れ替えがなされたと主張し,選挙無効確認訴訟を提起するなどしていたが,その途上,A町から同選挙の投票用紙の作成を発注された被告I会社は,弁護士会からの照会に対し,1万0200枚の用紙の発注にもかかわらず1万0178枚しか納品していないとの回答をした。そのため,原告らは,この点に深い関心を抱き,上記使用されなかった投票用紙の保管状況,投票用紙の発注書及び納品書の調査が尽くされるべきことを上記訴訟において強く主張していた(甲10ないし12)。
(2) 原告求める会は,A町選挙管理委員会に対し,上記投票用紙にかかわる支出負担行為書等の文書の開示を求め,平成13年7月24日及び同年8月31日の2日にわたって開示を受けた。その場には,原告求める会代表者のK及び原告Jが立ち会った。
ア その際,原告らは,上記投票用紙にかかわる支出負担行為書は平成11年4月1日の起案文書であるのに,その後の同月8日に被告I会社で印刷されたとする枚数で注文枚数に足りない1万0178枚との数字が記載されているという不審な点があることを指摘したところ,被告Gは「実は私が差し替えた。」と発言し,注文枚数1万0200枚と記載された元の文書を廃棄して,上記印刷されたとする枚数に合致する支出負担行為書を作成したことを認めた。
イ 次に,原告Jは,被告Hに対して,被告I会社に対する不在者投票用封筒の追加発注にかかる平成11年4月1日付け本件支出負担行為書の作成経過につき質問したところ,同被告は,平成11年4月23日頃,あらかじめ準備していた不在者投票用封筒が不足したので,追加発注したと説明した。
ウ しかしながら,上記投票用紙にかかわる支出負担行為書は,本来本件支出負担行為書に先行するものであるはずなのに,前者は決済番号が63番であり後者は61番であって番号が逆転しており,また,同時期の起案文書であるのに,封筒の予定単価が異なっているなど,不審な点があった。これらの点から,原告Jは,本件支出負担行為書は被告Hが偽造したものであると判断し,平成13年10月10日には,被告H及び同Gを虚偽公文書作成及び同行使の嫌疑によりa警察署長に告発した。(甲14,33の1ないし9,弁論の全趣旨)。
(3) 原告Jは,上記告発事件に関し,平成13年11月5日,被告I会社に対し,弁護士法23条の2第1項による照会をなし,同月19日,同社から追加発注は2回あり,2回目は平成11年4月23日頃であったとの回答を受けた。原告らはこれら事情のもとで,本件各住民監査請求に及んだ(甲9の1ないし3)。
3 上記2(1)及び(2)によれば,原告Jは,平成13年8月31日に受けた本件支出負担行為書等の文書の開示により,本件支出負担行為書の存在及びその内容,作成経過等を了知し,作成者を虚偽公文書作成及び同行使罪により告発するに足りる程度の嫌疑を抱いていたこと,ひいては,本件支出負担行為が日付を遡らせた文書によってなされるなど,処分の適法性に疑義を抱くに足りる事情があることを認識していたことを認めるに十分である。
そして,上記のとおり,原告Jが支出負担行為書及び支出命令書等の開示を受けた場には,原告求める会代表者としてKも立ち会い,原告Jと共に開示を受けた文書を閲覧し,その内容等についてA町職員に質問しているのであるから,原告求める会は,前記文書開示により,本件支出行為並びに本件支出負担行為書及び本作支出命令書について,原告Jと同等の知識を得たものと認められる。
4 以上の認定事実によれば,本件各住民監査請求に及んだ住民である原告らは,遅くとも平成13年8月31日の時点においては,相当の注意力をもって調査すれば,本件各住民監査請求をすることができる程度に,本件支出行為の事実及び内容を知ることができたというべきであり,このことは,原告らにおいても自認するところである。前記2(3)の弁護士照会の結果は,原告らの嫌疑を裏付け強化するものではあるが,住民監査請求を提起する上で不可欠の事情とは認めがたく,上記認定を左右するものということはできない。
そうすると,本件においては,本件支出負担行為書及び本件支出命令書の作成経緯等の諸点が明確でないことなどを十分考慮しても,平成13年8月31日から4か月余を経過した後にされた本件住民監査請求は,相当な期問内にされたものということはできず,地方自治法242条2項但書所定の「正当な理由」があるとは認められない。したがって,本件住民監査請求は不適法なものというべきである。
5 以上によれば,本件各訴えは,いずれも適法な住民監査請求を経ていないものであって不適法であるから,これを却下することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河野泰義 裁判官 畠山新 裁判官 守山修生)