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青森地方裁判所 平成14年(行ウ)5号 判決 2004年5月11日

青森県a郡b町大字b字bc番地のd

原告

青森県a郡b町大字b字be番地のf

被告

青森県a郡b町大字b字hg番地h

参加人

b町長 C

主文

1  被告は,b町に対し,146万4323円及びこれに対する平成14年5月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用のうち,参加によって生じた訴訟費用は参加人の負担とし,その余は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

本件は,b町の住民である原告が,b町職員である訴外D(以下「D」という。)を,職務命令によりE株式会社(以下「E」という。)に派遣し,その派遣期間中である平成13年1月18日から同年3月31日までの間,同人に対し給与を支出したのは違法であり,これによってb町が損害を被ったとして,b町長の職にあった被告に対し,地方自治法〔地方自治法等の一部を改正する法律(平成14年法律第4号)による改正前のもの。以下同じ。〕242条の2第1項4号に基づき,b町に代位して,支出された給与相当額の損害賠償を求めた事案である。

1  前提となる事実(争いがないか,証拠上容易に認められる事実)

(1)  当事者

ア 原告は,b町の住民である。

イ 被告は,本件当時b町の町長の職にあった者である。

ウ 参加人は,現b町長である。

(2)  給与等の支給

被告は,b町長として,b町職員のDを,平成11年4月から平成13年3月までの間,職務命令により,町職員としての身分を残したままEに派遣した(以下「本件派遣」という。)。

被告は,DがEに派遣されていた期間中,Dに対してb町の予算から給与等を支給したが,平成13年1月18日から同年3月31日までの間に支給された金額は合計146万4323円であった(以下「本件給与支出」という。)。

なお,Dは上記期間,同様に財団法人F(以下「F」という。)への派遣を命じる人事発令を受けていた。

2  争点

本件給与支出が違法か否か。

(原告の主張)

Eは,b町の行政組織上のどの部にも属するものではなく,b町とは法人格を全く異にする,営利を目的とした一私企業である。Dは,本件派遣の期間中,町長の指揮監督を離れて,Eの業務に従事させられた。b町職員は,地方公務員法35条により,b町に対する職務専念義務があるが,DがEで行った業務は公務には全く該当せず,被告が,Dを単に職務命令をもってEに派遣したことに法律上の根拠はない。

地方公務員法24条1項は,職員の給与はその職務と責任に応ずるものでなければならないとし,また,同条4項は,職員は他の職務を兼ねる場合においても,これに対して給与を受けてはならないと規定しており,現行法上,職員を他の団体に派遣することができる場合は限定的に規定されている(地方公務員等共済組合法18条1項,地方公務員災害補償法13条1項,地方自治法252条の17等)。更に,上記地方自治法252条の17第3項は,他の地方公共団体に派遣された職員の給与等は,派遣先の地方公共団体の負担とすると規定している。

これらの規定に照らすと,被告が職員をb町の業務に従事させず,b町の行政組織に属さず地方公共団体でもないEへ派遣し,被告の具体的な指揮監督のされていない時期について,町が給与を支給することは全く許されないというべきである。

よって,被告がb町長としてDをEに派遣した行為は,地方公務員法35条に反し違法であり,これと密接不可分の関係にある本件給与支出も違法である。

(被告及び参加人の主張)

b町は,観光客の誘致とb町民への安定した雇用の提供とを実現するという公益的な目的で,いわゆる第3セクター方式をとってEを設立した。

その後,資本参加していた民間会社が経営不振のため撤退したが,b町としてはEを存続させるほかなく,b町がEを支配し,スキー場等のリゾート関連施設もb町の所管に移り管理運営責任を負うことになった。その結果,Eの現場トップにb町職員を当てる必要性が生じた。

しかし,Eは破綻寸前で,当該職員の給与を賄えるだけの資金的余裕がなかったため,都市公園施設管理事務の一環として,職務命令に基づいてEの運営に関与するという方法がとられたに過ぎない。

Eは,b町にとって最も重要な産業というべきスキー場の運営・管理をしている,いわば町の一部局,一機関であって,その経営はb町にとって公益そのものであり,都市公園条例に基づく管理運営業務に従事することは,b町職員としての職務遂行である。

したがって,本件給与支出は公益に資するものであり,違法ではない。

(原告の反論)

本件リゾート関連施設の管理はb町の担任する事務であるが,Eが本件リゾート関連施設に対して行う管理の事務は,b町と交わした業務委託契約に基づいて契約上の義務を履行しているものであって,b町の公務そのものではない。

Eは,株式の大半をb町が所有し,その役員に町長や助役が就いているにしても,本質的には営利を目的とする商法上の一私企業であることに変わりはない。会社が行っている業務の実態は,本件リゾート関連施設の管理委託業務に限定されるものではなく,他にリフト利用券などの販売や日用雑貨品,酒類,煙草の販売などの事業を展開して営利を追求している。

被告によって派遣されたDは,Eの営業全般にわたる業務の推進を指揮,統括するという極めて重要な部署に就いており,会社の実質的な運営を主体的に行った。

したがって,派遣されたDの業務をb町の公務と同一視することはできない。

また,DはEの社長である被告の決裁を仰いでいたのであり,町長としての指揮監督がDに及んでいたともいえない。

なお,被告は,b町としてはEを存続させるという選択をするほかなかったというが,本件では派遣職員に対する給与の支給行為の適法性が争点であり,会社存続の可否などは別次元の問題である。

第3争点に対する判断

1  争いのない事実,証拠(甲3の1・2,6の1~5,丙1,5,6)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができ,これを覆すに足りる証拠はない。

(1)  b町は,スキー場を中心とするリゾート開発・整備を進め,観光客の誘致とb町民への安定した雇用の提供とを実現するため,スキー場の開発及び管理運営等を目的として,昭和62年10月1日にEを設立した。当時,リゾート開発にあたって民間の資本と経営手腕を導入するというのが国の施策となっていたことから,Eはいわゆる第3セクター方式により設立され,設立時におけるb町の出資割合は51パーセントであった。

(2)  その後,Eに資本参加していた民間会社(以下,単に「民間会社」という。)の経営が悪化し,平成8年5月にEから撤退する方針を固めた。その際,Eの運転資金は民間会社が供給していたため,b町は,Eを引き続き存続させるか,それともEを法的に整理してEが管理運営していたスキー場を町の管理に移行させるかという選択を迫られた。

検討の結果,b町は,法的整理をしてスキー場の運営ができなくなった場合にはb町の経済に悪影響が生じるおそれがあることや,できるかぎり存続させてほしいという青森県の意向を考慮し,b町がEを実質的に引き継ぐ形で存続させることを決定した。

その結果,平成9年10月までに,民間会社の株式全部をb町が譲り受け,b町が100パーセント出資して設立したb開発公社の保有する分も含めると,b町がEの株式の95パーセント以上を保有するに至り,b町長が代表取締役となるほか,Eの役員をb町職員が占めることになった。同時に,b町は,民間会社が所有していたスキーリフト等のリゾート関連施設の譲渡を受け,同施設について管理運営責任を負うことになった。

b町は,存続させたEに引き続き上記リゾート関連施設の管理をさせるため,b町都市公園条例9条の2を新設して(丙1)Eとの間で業務委託契約を締結し(甲6の5),上記リゾート関連施設を含むbi公園施設の管理をEに委託した。なお,上記業務委託契約では,公園施設の利用料金はEの収入とされ,Eは,業務委託の実施に必要な費用を,公園施設の利用料金をもって充てるものとされていた。

(3)  民間会社の撤退後,Eの事務部門では,それまで民間会社から出向してきた社員の行っていた業務を担当できる社員がおらず,また,Eとb町は意志疎通を円滑にする必要が生じたことから,被告は,b町職員にEの事務を担当させることとした。被告は,Dに対し,b町の都市公園施設管理事務に従事させるという職務命令を発して,Dにb町職員としての身分を残したまま,本件派遣をし(甲3の1・2),都市公園施設管理業務の一環としてEの事務に従事させた。

ところで,平成9年10月に民間会社がEから撤退する以前は,b町が職員をEに派遣する際には,条例及び規則の定めに従い,当該職員を休職扱いとし,給与もEが負担していた。これと異なり,本件でDが休職扱いとされず,職務命令によりEに派遣されたのは,Eにはb町職員と同水準の給与を支給する資金的余裕がなかったためであった。

(4)  Eは,スキー場事業のほか,サーフプール事業,食堂事業,弁当事業などの営利事業を行っていたが,Eに派遣されたDは,スキー場運営全般に関する指揮を行うとともに,主としてb町役場とEの連絡調整業務にあたっていた。

Dはスキー場運営全般につき,b町長であるとともにEの代表取締役でもある被告に対して随時報告をしており,固定経費以外の支出が必要な際にはその都度被告に報告して指示・決裁を仰いでいた。また,DはEの事務所に出勤していたが,休暇承認等はb町役場助役の決裁となっていた。

2  以上の事実に基づいて,本件給与支出の適法性について判断する。

(1)  地方公務員法35条は,「職員は,法律又は条例に特別の定がある場合を除く外,その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い,当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と規定しているところ,同条は,直接には,職員に対し職務に専念する義務を課しているものであるが,職務専念義務は,全体の奉仕者である公務員の服務全体に通じる基本原則であって,地方公共団体の行政の運営もこれに拘束されるものと解すべきである。したがって,地方公共団体がその職員に対して職務専念義務に反する行為をさせるような措置をとることは同条の趣旨に反し,当然には許されないと解すべきである。

そうすると,地方公共団体が当該地方公共団体以外の法人その他の団体に職員を派遣し,その業務に従事させるためには,原則として,条例等に基づき適法に職務専念義務を免除するなどの措置を講ずることが必要であり,本件派遣のように,単なる職務命令のみにより,職員を,その身分を保有させたまま他の団体に派遣することは,当該団体の事務が地方公共団体の事務と同一視しうるものであり,かつ,職員に対する地方公共団体の指揮監督権が及んでいるといった特段の事情があって,職務専念義務に反しないとみられる場合でない限り,違法であると解するのが相当である。

(2)ア  これを本件についてみるに,Eはb町の行政組織とは別個の株式会社であり,DがEで行っていた業務も,主としてEとb町との連絡調整業務であって,これは本来の町職員としての業務と同一視できるものとはいえない。

被告は,Eは実質的に町の一部局,一機関であって,その経営はb町にとって公益そのものであり,都市公園条例に基づく管理運営業務に従事することは,b町職員としての職務遂行であると主張する。しかしながら,Eは公園施設の管理業務以外にも食堂事業等の営利事業を行っており,実質的にみても,Eが町の一部局であるということはできない。確かに,Eは,b町が管理責任を負っているリゾート関連施設の管理業務を行っているが,上記管理業務はb町との業務委託契約に基づくものであるから,この観点からも,Dの従事した業務が町職員としての職務遂行であるということはできない。

イ  また,Dは,スキー場運営全般につき被告に随時報告し,固定経費以外の支出にあたっては被告の指示・決裁を仰いでいたなどの事情はあるとしても,Eの業務を行うにあたって,役員である被告らの指揮監督を受けるのは当然のことであり,これをもって町による指揮監督が及んでいたと認めることもできないというべきである。

ウ  その他,被告及び参加人の主張を前提とする限り,EにおけるDの業務をb町の事務と同一視できるといった特段の事情があるとはいえず,本件派遣が職務専念義務に反しないとみられる場合であるということはできない。

そもそも,民間会社が撤退する以前,b町の職員をEに派遣する際には当該職員を休職扱いにするという措置がとられていたのは,Eへの職員の派遣が職務専念義務との抵触を生じるからであって,Eに給与を負担できる資金的余裕がなくなり,b町において給与を支給する必要性が高かったからといって,直ちに本件のような職員の派遣ができるようになると解することはできない。

(3)  そうすると,被告の本件派遣は,地方公務員法35条の趣旨に反し違法であり,したがって,本件給与支出も,地方公務員法24条1項,地方自治法204条の2に違反して違法である。そして,b町は,これによりDに支給された給与相当額について損害を受けたといえるから,被告はb町に生じた上記損害を賠償すべき義務がある。

3  よって,本件請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河野泰義 裁判官 伊澤文子 裁判官 石井芳明)

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