青森地方裁判所 平成15年(ワ)55号 判決 2004年12月24日
原告
X
訴訟代理人弁護士
石田恒久
被告
Y1
被告
Y2交通株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士
石橋忠雄
主文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,金586万6762円及びこれに対する平成15年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その4を被告らの負担とし,その余を原告の負担とする。
4 この判決は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
被告らは,原告に対し,連帯して金1793万3524円及びこれに対する平成15年3月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1 本件は,被告株式会社Y2交通(以下「被告Y2交通」という。)の従業員であった原告において,上司の立場にあった被告Y1から,平成6年2月頃から平成14年12月頃までの間,セクシュアルハラスメントに該当する行為(以下「セクハラ行為」という。)を執拗かつ継続的に受けていたにもかかわらず,被告Y2交通では原告から前記セクハラ行為によって被害を受けている旨の申告を受けながら何ら防止策や抑止策を講じず,被告Y1の行為を野放しにしたため,原告は退職することを余儀なくされたものであり,被告らによって人格権(性的自己決定権)や快適な職場環境の中で就労する権利を侵害されたとして,(1)被告Y1に対しては不法行為(民法709条)責任を,(2)同Y2交通に対しては,不法行為(使用者責任・民法715条)責任,または同被告はそもそも雇用者として被用者に対する関係で職場環境を調整する義務を負うことから,セクハラ行為を事前に防止する義務及び事後にはこれに適切に対処すべき責務があるにもかかわらずこれを怠ったとして債務不履行責任(同法415条)を主張し,原告に生じた損害(慰謝料及び逸失利益並びに弁護士費用)の賠償及び遅延損害金の支払いを求めている事案である。
これに対して,被告らは,被告Y1が原告に対してセクハラ行為をしたことはないとして全面的に否認するとともに,仮にそのような事実があったとしても,被告Y1の行為は同Y2交通の「事業の執行につき」行われたものではないし,被告Y2交通においてはセクハラ行為に対する防止策を講じており,原告から被告Y1からのセクハラ行為によって被害を被っているとの申告を受けたことに対応して適切に対処したものであるから,原告の退職と被告らの行為との間には相当因果関係がない等と反論して,争っている。
2 争いのない前提事実
(1) 被告Y2交通は,昭和12年9月4日設立(当時の商号はaバス株式会社・昭和59年11月20日現社名に変更・発行済株式総数18万株・年商約8億円・正社員数約160名・うち130名のバス運転手及び7名のバスガイドを除いた残員数は事務職員)された会社で,乗合旅客自動車運送事業,団体旅客自動車運送事業並びに観光事業,地方鉄道業等を目的としている。
(2) 原告(昭和○年○月○日生)は,青森県立b高等学校を卒業した後,家事手伝いを経て,昭和48年11月10日被告Y2交通に会計係として入社した。
原告には夫と2人の娘があり,夫及び2女夫婦と暮らしている。
原告は,平成5年11月1日付で被告Y2交通の業務部業務係を,同7年4月1日付で営業部営業係を,同10年4月1日付で経営企画部経営企画主任を,同14年3月1日付で観光部観光係を命じられたが,同年12月20日付で退職した。
(3) 被告Y1(昭和○年○月○日生)は,昭和50年東京の大学を卒業し,当時の養父Aが被告Y2交通の取締役(先々代の社長にして現在の監査役)であったところから,同被告に入社した。
被告Y1は妻との間に二男一女がおり,妻及び長女の3人暮らしである。
被告Y1は,平成4年5月21日以降は被告Y2交通の総務課長を,同7年4月21日以降は総務部部長兼課長を,同10年4月1日以降は経営企画部部長を,同14年4月1日以降は取締役事業本部長をしており,被告会社のナンバースリーの立場にある者である。
第3争点及び争点に対する当事者の主張
(原告の主張)
1 原告に対する被告Y1のセクハラ行為及び被告Y2交通の対応
(1) 平成6年2月以降同8年3月頃まで
<1> 平成6年2月当時,原告(平成5年11月1日から業務部業務係)と被告Y1は被告Y2交通の本社事務所の内勤として同一フロアーで仕事をしていたが,被告Y1(当時総務課長)は,同月から同年4月までの3ヶ月間,原告の机の周辺を通るときには必ず原告を睨み付けたり,たまたま原告が顔を上げて被告Y1の机の方向に目をやって互いに視線が合うと,必ずのように睨み付けた。
原告としては,被告Y1に対して面と向かって,「睨み付ける行為をやめて下さい」と話そうと考えたこともあったが,相手は上司であり,しかも,先々代社長にして監査役の養子であり,人事権に影響力を有していることが明らかであったことから,人事その他の面で何をされるかわからないという恐怖感が先立ち,話すことができなかった。
そこで,原告は,被告Y2交通のY2交通労働組合(以下「Y2交通労組」という)B書記長(当時。)を通じて,睨み付けることをやめるようにと被告Y1に対して注意してもらった。
その後,被告Y1が原告を睨み付けることはなくなったが,同被告から原告に対して悪いことをしたなどと謝ることはなかった。
<2> 被告Y1(平成7年4月21日以降は総務部部長兼課長)は,平成7年9月頃から,朝の出勤後間もない時刻に,会社のお茶汲み場等の誰もいない場所と時間を狙って,原告(平成7年4月21日以降は営業部営業係)に対するラブレターを「手紙」と言って手渡すようになった。
その内容は「Xさんのこと心から好きです」などというものであって,夫や子のいる身である原告にとっては嬉しいどころか迷惑なことであり,非常に困惑したが,露骨に嫌な感情を表に出して「手紙」と称するラブレターの受け取りを拒絶すれば,前のように睨み付けられたり,職場でその他の嫌がらせを受けるのではないかという漠然とした不安感が心をよぎったため,嫌々ながら「手紙」を受領した。
被告Y1は,そのような「手紙」を10数通も原告に手渡した。
<3> 原告は,被告Y1から,事あるごとに呼び出されて,「好きだ。好きだ。」と連発されることがあり,原告が一瞬でも嫌な表情を正直に出してしまうと,被告Y1は,部下のCを呼び,原告に対して,次のような意地悪をさせることもあった。
たとえば,平成8年4月からの運賃改正に備えるため,原告は営業係として超多忙であり,残業をしないと予定日までに終わらないときでも,被告Y1はCに命じて原告には時間外の残業をさせないようにしたりした。
(2) 仙台出張時におけるセクハラ行為
平成8年3月上旬,被告Y1,C課長及び原告の3人は東北運輸局に対する運賃申請業務のため,日帰りの予定で仙台に出張した。
被告Y1は,仙台までの電車の中で原告の隣に座り,自分の身体を原告の体に触れるように寄せてきて,誰にも聞こえないよう低い声で耳打ちするように「好きです,好きです。」と連発し,原告に自分のことを色々話して,「少しは自分のことを好きになりましたか。」と聞いたりした。
同日の業務は予定外に遅くまでかかったため,急遽仙台周辺に宿泊することに決まった。
宿泊場所は古びた温泉宿で他の宿泊客はいない感じであり,原告は1人で一部屋に被告Y1とCは2人で一部屋に泊まったが,原告の部屋は戸も鍵も昔風で,鍵はあっても強く引っ張ると開いてしまうような粗雑な造りで鍵としての効用を果たしていなかった。
原告は,夜間,自分の部屋の布団で就寝中,部屋の戸の鍵音がするので何だろうと不思議に思い,起きあがって戸を開けてみたところ,被告Y1が戸を開けようとしており,原告が戸を開けたことを幸いに部屋に無理矢理入ってきた。被告Y1は,原告を布団の上に押し倒して無理矢理原告の上半身の下着をはぎ取り,力づくで原告の乳房を触ったり,抱擁したりした。
原告は必死で抵抗したが,男の強さには勝てず,また恥ずかしさ故に声を出して助けを呼ぶこともできず,抵抗する力もだんだん失せて,ただやりきれない悲しい思いが募り,我慢するだけであった。
被告Y1は,原告の下半身にまで触ろうとしたが,Cが風呂から上がる気配を感じたせいか,突然それ以降の行為をやめ,天下でも取ったような満面の笑みを浮かべながら原告の部屋から立ち去った。
被告Y1は,Cが風呂に入るため部屋を留守にした時間を狙って計画的に原告1人の部屋でわいせつ行為をしようとしたものである
原告は直ちに自宅に帰宅したい思いに駆られたものの,所持金が1万円程しかなかった上,宿泊場所の所在もはっきりわからなかったため,そのまま泊まるよりなかった。
(3) 仙台での事件以降原告の退職(平成14年12月20日)に至るまで
<1> 被告Y1は,平成8年5月下旬頃,原告だけに翌6月分の同被告個人の行動予定表を記載した書面のコピーを渡した。
<2> 被告Y1は,平成8年6月頃,原告に対して,仙台出張の際おみやげに買ってきたと言って女性用のスカーフを渡した。
原告は,何度もスカーフを返そうとして最後には包装紙も破れてしまったが,被告Y1のどうしても受け取って欲しいという要請に折れて手元で保管したものの,一度も使ったことはない。
<3> 被告Y1は,出張する際,「Xが自分の傍にいると思うと力強いし,頑張れる」等と言って,原告の使っているボールペンを貸してくれと懇願するため,原告がやむなくボールペンを貸したことがあった。
<4> 被告Y1は,その立場上社員の時間外手当を裁量で決定することができたため,原告が休日出勤の申請書を提出していないにもかかわらず,原告に対して時間外手当という名目で平成8年6月の給与として1万2150円余計に支給した。
原告は,同金員を返金しようとして持参し,「理由のない金は受け取れない。」と言ったが,被告Y1は「これは私があなたに付けてあげるのです。」と言って受け取らなかった。
しかし,被告Y1は,原告の翌月(平成8年7月)分の給与明細書に「既払定期代1万2150円」と記して1万2150円分減額して支給した。
<5> 被告Y1は,会合で飲み会があるときに,原告の自宅に夜間に電話して,「外に出て来て一緒に飲もう」と誘うことが再三あり,これを断れば次の日から睨まれたりいじめや嫌がらせをされるため,原告は3回程同被告の誘いに付き合わざるを得なかった。
原告は,そのようにして被告Y1からスナック「c」等に呼び出され,酔っぱらった同被告から「帰るな」と言って引き留められ,同被告がタクシーを呼んで「モーテルに行こう」と言うので,乗らずに逃げたこともあった。
また,被告Y1の家と原告の家とは自動車で5分位の距離にあることから,同被告は,帰宅後にも「ピザを食べにいこう」と言って原告を電話で誘うことがあり,原告が嫌々ながら車を運転して出かけると,被告Y1が助手席に座り込み,運転席にいる原告にいきなりキスしたことも2度あり,同被告から「まだ帰りたくない」と言われて同じ道を何度も運転したことがあった。
<6> 被告Y1は,他の社員がいない隙に原告を会議室に呼び出し,いきなり2度ほどキスした。
<7> 原告は,被告Y1からセクハラ行為を受けていたが,夫には誤解されてもいけないと思い打ち明けることもできず,さりとて同被告に嫌な態度を取れば,同被告は態度を一変させて憎しみを露骨に表現して反発し,いじめや睨み付け等々の嫌がらせが続くため,被告Y2交通で仕事を続けることに我慢できなくなり,一時は自殺するしかないとまで思い詰め,平成8年7月退職願いを作成した。
結局,原告は家族のことを考えて退職を思いとどまった。
<8> 平成9年2月初め頃,原告は,Y2交通労組のD委員長に電話して,従前の経緯をすべて打ち明けたため,同委員長は被告Y1に対してセクハラ行為をやめるよう注意をした。
これにより被告Y1のセクハラ行為は一時やんだが,嫌がらせが完全に終わったわけではなく,同被告は,Cに指示して次のような嫌がらせを続けた。
たとえば,被告Y2交通では平成9年4月1日から消費税が5パーセントに増税されることに伴う運賃改正のための事務処理があったため,営業部は連日残業しなければ乗り切れず,残業をせずに間に合うわけがないのに,被告Y1は,原告に対してだけ,残業をするな等の文章をCに書かせて渡させ,残業をさせないようにして原告の仕事をわざと滞らせるようにした。
<9> 原告は,平成10年4月1日付で経営企画部経営企画主任に任じられたが,被告Y1は,それからも社内で人の見ていない隙をついて,原告の肩を触ったり,言葉は発しないままニタッと笑いながら原告の脇の下に手を入れて触ったりした。
その回数は,平成13年11月末頃までの間週に1回位,少なくても月に2,3回の割合であったが,原告は同被告の睨み付けや意地悪が怖かったので,やめて下さいなどと言葉に出すことができなかった。
<10> 原告は,平成14年2月観光部観光係に配置転換する旨の内示を受けた。
原告は,それまで,平成4年に自費で購入したワープロで同5年の業務部配置以降の業務に必須の時刻表,交番表,指示書等の書類の作成を1人でこなしたし,同7年4月営業部への配置転換後もほとんど1人で補助金の申請や減免申請等文書作成の仕事を続けており,仕事には自分なりに努力していたにもかかわらず観光部観光係へ異動させられたのは,同13年3月の鉄道事業部廃止によってその経理担当者のEが同年11月本社に配転されたことで原告が邪魔になったことによるものである。
そこで,原告は,平成14年2月Y2交通労組に対して,被告Y1のセクハラ行為を申告し,かつ,何故に主任の肩書きを外されて平社員となり不慣れな観光部へ配置転換されるのかについても訴えるとともに,上司のF部長に対しては,被告Y1から受けた被害の骨子として,「被告Y1から,過去に手紙をもらったこと,仙台に出張した際に乱暴されたこと,日常的に不愉快な言動を受けていること」を申告した。
原告の申告に対し,Y2交通労組は,被告Y1のセクハラ行為については賞罰委員会を開催するとの文書を作成したが,配置転換を拒否すれば会社を辞めなければならないと伝えてきた。
<11> 原告は,平成14年3月1日付で観光部へ配転されるとともに主任の肩書を外された。
原告は,平成14年3月2日G委員長及び被告Y2交通H社長の3人で話し合った(以下「3者間話合い」という。)が,H社長は,原告に対して,「Cと原告の2人合わせて1人前であるのに対して,Eは1人で仕事ができる,不当な配置転換というのは原告の被害妄想である。セクハラ行為の件は原告から一方的に聞いてもだめだ。被告Y1からも聞いてみる。」と言って立ち去った。
原告は,その後1週間経過しても,会社からもG委員長からも何の返事もないので問いただしたところ,G委員長から,被告Y1にも家庭があるからセクハラ行為の件は我慢してくれと言われた。
平成14年3月5日,被告Y2交通のI専務は同Y1から事情を聴取したが,すべて原告の作り話であったという回答を得たとするだけであり,F部長から「手紙」を見せて貰うこともしなければ改めて原告の言い分を聴取することもなかった。
原告は,観光部への配置転換後,H社長から一言の言葉をかけられることもなかったため社員として無視されていると感じた。
<12> 原告の配置転換の後,被告Y1は原告をすごい目で睨み付けたり,原告のデスク近くに設置してあるコピー機に10分毎に20数回もわざとらしくコピーを取りに来てみたり,コピーを取らない場合でもわざわざコピー機の付近まで来て,黙って戻ったり,わざとらしく書類を原告の足下に落として拾い上げるなどの行為をした。
<13> 原告は,被告Y1の長年にわたる一連のセクハラ行為や,それを知りながら同被告の行為を全く改めさせようともしない被告Y2交通の処置にますます落ち込んで体調が悪い状態が続いたため,ストレスが溜まり,頭が「ぼー」となることも多く,通勤するのも嫌になってきたり,被告Y1の一連の仕打ち等を思い出すと,左腕がだるくなって力が入らず使えない状態となったため,被告Y2交通を退職することを決意せざるを得ず,平成14年12月20日付で退職した。
2 原告の退職と被告らの行為との因果関係
原告はそれまで被告Y2交通に迷惑をかけることもしていないし,平成14年12月当時住宅ローンの残額が1988万円はあり,原告や家族は原告が定年(60歳)まで勤務を継続することを望んでいた。
ところが,原告は,被告Y1から受けたセクハラ行為及び被告Y2交通の前記のような対応により,不慣れな観光部での平社員としての仕事に加えて体調不良が続いたため退職を決意せざるを得ない状況に追い込まれた。
3 被告らの責任
(1) 被告Y1について
被告Y1の原告に対する前記一連の行動は,原告の人格権を無視するものであり,原告に対する不法行為にあたる。
すなわち,ある人と性的関係を持つかどうか,性的な誘いかけを望むかどうか等は個人の尊厳に関わることであって,本来,個人が自己決定権を有することであるが,被告Y1は,自分が被告Y2交通の歴代の経営陣と親族関係にあり,原告の上司であるという地位を利用し,原告に対して長期間にわたり執拗で残酷なセクハラ行為をしており,被告Y1が原告の性的自己決定権を侵害していることは明らかである。
また,原告は,被告Y1の同行為によって,被用者として働き易い職場環境のなかで働く権利を侵害されて心身を害され,被告Y2交通を退職するまでに追い込まれたものであるから,同行為の違法性は極めて重大である。
(2) 被告Y2交通の責任について
<1> 使用者責任
被告Y1のセクハラ行為のうち,仙台での旅館における行為と帰宅後の飲酒の要請以外はいずれも勤務時間中の会社内における行為であるが,仙台での行為は,原告が上司である被告Y1と出張で仙台に出かけた際のものであり,帰宅後の飲酒の要請は,被告Y1から睨まれたり,職場において嫌がらせをされることを防ぎ,一応働きやすい環境を維持するためにやむなく応じたものであり,これら被告Y1の行為は,被告Y2交通の課長,部長又は取締役事業本部長としてのものであり,職場に密接に関連するから,被告Y2交通が事業の執行について加えた損害というべきである。
<2> 不法行為または債務不履行責任
およそ使用者は,被用者に対して,被用者が労務に服する過程を通じてその生命及び健康を害しないよう職場環境について配慮すべき注意義務を負うものであって,労務遂行に関連して被用者の人格的尊厳が侵害され,その労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ,これが発生したときは適切に対処し,被用者にとって働き易い職場環境を保つように配慮すべき注意義務(以下「職場環境調整義務」という。)を負っている。
およそ使用者がこのような職場環境に対して注意すべき義務に違反したときは,被用者に対する債務不履行責任または不法行為責任が認められるべきである。
いわゆる男女雇用機会均等法(平成10年成立同11年4月1日施行,以下「均等法」という。)第21条は「事業主は,職場において行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益を受け,又は当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をしなければならない」と定め,厚生労働大臣の指針として,セクハラのない職場にするため事業主が雇用管理上配慮すべき事項として,「<1>職場におけるセクシュアルハラスメントを許さないという事業主の方針の明確化と周知・啓発<2>相談・苦情への対応のための窓口の明確化と,相談・苦情への適切かつ柔軟な対応<3>職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた場合の,迅速かつ適切な対応」の3項目すべてが義務付けられている(<証拠省略>)。
ア 事前防止義務違反
被告Y2交通は,前記職場環境調整義務の内容として,一般的に,セクハラ行為の事前防止義務を負っているから,<1>就業規則に職場におけるセクハラ行為の禁止及び同違反行為者が懲戒処分等の対象となることなどを明記するなどして使用者の方針を明確にし,職場での周知・啓発を充分になすこと,とりわけ<2>管理職に対して念入りに研修をなすこと,<3>相談苦情の窓口を明確にし,相談窓口を複数設置したり,カウンセラーや弁護士等外部の専門家に相談員を委託する等被用者の相談し易い状態を作ることが求められていた。
しかし,被告Y2交通においては,セクハラ行為の禁止は,平成12年7月5日付で禁止行為のひとつとして,就業規則13条(8)において「むやみに身体に接触したりするなど職場での性的な言動によって他人に不快な思いをさせることや職場の環境を悪化させること」との表現で付加されたものの,これが懲戒処分の対象となることは明記されておらず,実質上はセクハラ行為は許さないとの使用者の方針は周知,啓発されていなかったし,効果的な研修もされておらず,相談の窓口も設置されていなかった。
被告Y2交通は,平成15年2月になってようやく「セクシュアルハラスメントのない職場を作ろう!」というチラシ(<証拠省略>)を作成したに過ぎず,原告が退職するまでの間全くといってよいほどセクハラ行為対策を講じていなかった。
イ 事後の適正対処義務違反
被告Y2交通は,職場環境調整義務の一内容として,セクハラ行為が発生した場合にこれに適正に対処する義務を負っているが,その具体的内容として,<1>被害者のプライバシーに配慮しつつ,事実関係を迅速・適正に調査すること,<2>被害者に直接注意したり,仕事上の対応を行う等問題解決のための具体的対応を行うこと,<3>被害者が退職等の具体的な不利益を受けることのないように配慮することが求められていた。
ところが,被告Y2交通は,原告が,B書記長に対して,平成6年頃には被告Y1のセクハラ行為をやめてもらうよう相談し,同書記長を通じて被告Y1に対する注意がなされていたにもかかわらず,被告Y1に対して注意する等の措置を全く講じず,同9年2月頃原告がD委員長に相談したときにも同様であった。
原告は,平成14年2月頃上司にあたるF営業企画部部長(以下「F部長」という。)にも,被告Y1からセクハラ行為を受けている旨を話したが,同部長からは自分にはどうすることもできないと言われ,同年3月頃3者話合いをした後も何の措置もとられず,ただ双方の家庭があるから我慢しろという対応をされた。
要するに,被告Y2交通は,セクハラ被害の訴えに対して,前記法令に規定されている措置を全くとっていなかったし,社内の有力者である被告Y1の一方的な言い分を取り上げて原告の言い分を聞くということもせず,苦情相談の流れとして事実関係の確認に必要な本人からのヒヤリングも,第三者からのヒヤリングも実施せず,被告Y1からのヒヤリングにより原告にある種の異常性を感じた,原告も異動事由について納得したと判断されるのでこれ以上対峙させずに終息させることにしたとして原告には何の連絡もせず,事実上配置転換の苦情を取り上げて貰えなかったという結果が知らされただけであった。
被告Y2交通は,遅くてもこの段階で同Y1のセクハラ行為の事実を認めた上,被告Y1に対して相当の懲戒処分をする一方,原告に対しては真にやむなく配置転換をしたものであること,同被告にはセクハラ行為をさせないよう厳重な態度をとる旨を明言し実行すべきであった。
ところが,被告Y2交通は,同Y1の言い分を丸呑みして何ら非を認めなかったものであって,長年にわたるセクハラ行為により心身共に疲れた原告を肉体的にも精神的にも打ちのめしたに等しい。
4 損害
原告は,被告Y1から前記一連のセクハラ行為を受けて精神的,肉体的な苦痛を被っただけではなく,被告Y2交通における定年は60歳であるにもかかわらず満50歳で退職することを余儀なくされた。
しかも,退職後も暫くは体調不良のために通院せざるを得なかったし,被告Y1のセクハラ行為によって受けた心身の疲労によって再就職したくても容易に就職することもできず,原告の退職時の年齢や経済環境に照らすと退職後相当期間は再就職することができないし,現に就職先は見つかっていない。
したがって,少なくても退職後2年間は原告が再就職できないことを認めるべきであり,その間の給与相当額は本件セクハラ行為と相当因果関係にある損害である。
(1) 慰謝料 1000万円
被告らの行為によって原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は1000万円を下らない。
(2) 逸失利益 633万3524円
定年(60歳)まで残り約10年分に相当する額の所得を失ったことに対する賠償として,その間に得べかりし所得のうち2年間分に相当する額(633万3524円,平成14年分の所得合計額316万6762円の2倍相当額)の支払いを求める。
(3) 弁護士費用 160万円
原告代理人弁護士に対する報酬のうち,少なくても160万円は被告らの行為と相当因果関係のある損害である。
(被告らの反論)
1 被告Y1が原告に対してセクハラ行為をしたという主張に対しては,全面的に否認する。
(1) 平成6年2月以降同8年3月頃まで(なお,以下では,原告の主張欄記載の数字と同記号と同番号にその反論を記載する。)
<1> 被告Y1が原告を睨み付けたりしたことはない。
被告Y2交通の本社事務所は50坪程度のワンフロアの事務室で,その中に役員室,総務,営業,観光の各部が入っており,各部とも数名から7,8名で合計しても30名程度の所帯であるが,業務部は中央付近に,総務部は出入口ドアから向かって右奥にある。同事務所への出入口は1カ所だけで独立した通路はないから,被告Y1はもとより他の社員も出入りする際には必ず業務部の周辺を通行することになり,同部の職員とは常に顔を合わせることになるから,仕事をしていれば常時顔を合わせることになるのは当然であって,被告Y1が原告を睨み付けたりしたことはない。
そもそも顔の表情自体が不法行為になるのか,根本的に疑問である。
被告Y1が原告の上司であること及び被告Y2交通の人事権を持っていることは争う。
平成6年頃,原告がB書記長に対して相談したことは認めるが,その内容は,原告から「挨拶をしても知らないふりをしている」という苦情が来たので注意して貰いたいというものである。
被告Y1は,「気が付かなかったので今後は気を付ける」と答えており,原告に対しても同旨の謝りの言葉を述べている。
<2> 被告Y1が原告の主張する「手紙」を渡したことは認めるが,その回数は原告の主張している程ではない。
被告Y1は,原告に対して,家族のために頑張りなさいと励ましてきたものであって,原告が対人面で偏ったところがあると判断し,それを直してもらいたいという思いから度を超した表現になったものであるが,「手紙(甲1号証)」の意味合いは,全体として,「頑張れ」,「応援する」という点にある。
<3> 被告Y1が原告に対して何回も「好きだ。」と言ったことはないし,被告Y1が原告に対して意地悪をしたとか,時間外の残業を禁じたということもない。
被告Y1は,平成7年9月ベテランの営業部員が退社したために営業部を兼務することになったので,原告らに対して計画的に仕事をするよう命じたことはあった。
原告は,当時,男性社員とトラブルを起こし,被告Y1に,退職したい旨相談してきたため,被告Y1が後日原告の夫をも交えて相談した結果,原告が退職しないことになったのである。
(2) 仙台出張時におけるセクハラ行為の主張に対して
平成8年3月頃,被告Y1が原告及びCと3人で仙台に日帰りで出張し,被告Y1と原告の電車の座席が隣になったこと,同日,仙台周辺の旅館に宿泊したことは認める。
しかし,被告Y1は,同日Cと一緒に風呂に入って就寝しており,原告に対して強制わいせつや強姦未遂に該当するような行為をしたことはない。
(3) 平成8年5月以降原告の辞職までについての主張に対して
<1> 被告Y1は平成8年5月下旬に同年6月の同被告の予定表を原告に渡したが,これは同被告の仕事が両部署にまたがり忙しくなったので便宜上そうしたものであって,予定表は,総務,企画,営業関係者に対しても渡している。
<2> 原告に対してスカーフを贈ったことは認めるが,原告からリンゴやウイスキーのプレゼントを貰ったことに対する返礼であり,何度も返されそうになったということはない。
<3> 被告Y1が原告からボールペンを借りたことはない。筆記用具の貸借は同室の仕事仲間ではよくあることであり,不法行為となるものではない。
<4> 被告Y1が原告の平成8年6月分の給与として1万2150円を付加したことは認めるが,単なる計算ミスに過ぎない。
原告から指摘されて,被告Y1は翌7月分から同じ額を控除している。
<5> 被告Y1が原告とスナックで飲酒したことはある。しかし,原告とは家族同士の交流があり,原告の夫や被告Y1の妻も同席して「d」や「c」というスナックで4,5回程度飲食しているし,子供の運動会でも席を隣にしたりしていた。
被告Y1が原告と車に同乗したことはあるが,原告から相談を持ちかけられた際のものであり,原告の主張するような事情はない。
<6> 被告Y1は原告に社内でキスし(ママ)などしていない。
<7> 原告が退職届を作成したこと,被告Y1が辞めないよう原告を励ましたことはあったが,原告の退職願は運賃や消費税の改正の仕事が山積したことが原因と思われる。
平成9年2月頃原告がD委員長に相談したことは認めるが,内容は知らない。D委員長から被告Y1に対して対応に注意するようにとの話はあったが,同被告が部下に指示して原告に対する嫌がらせを続けたなどということはない。
当時,業務が消費税問題のために多忙であったことは認めるが,被告Y1は,営業部に対して計画的に仕事をして残業をしないように指示しただけであって,原告に対してだけ残業させないようにしたものではない。
なお,原告については,平成7年度から時間外手当(同年度分は23万7993円)が急増し,平成8年度は合計69万3907円となったため,被告Y1は,このような状態では会社の経営が立ち行かなくなると考えて,同年12月20日前記指示を出したものである。
時短は平成5年労働基準法改正に基づく法律上の要請であり,被告Y2交通は,H社長の就任(平成7年5月)以降,財政改革を進め,仕事を効率的,計画的に処理し,残業をなくすことを方針としていたものであって,被告Y1とは何の関係もない。
<8> 被告Y1が原告の肩に手を置いたことはあるが,原告の病気や退職願の件などもあって,「頑張って。」と言ったものであり,原告の脇の下に手を入れたことはないし,周囲に沢山の社員がいるなかでできる訳もない。
<9> 原告の観光部への配転後,被告Y1が再び執拗ないじめを繰り返したなどということはない。
被告Y1は,原告の主張するような態様でコピーを取りに来たことはない。そもそもコピー機は1台しかなく,事務室内の全員がコピーを取るために原告の近くに歩いてゆかざるを得ないのであるから,被告Y1がコピーを取りに来たとしてもそれがセクハラ行為になるわけではない。
2 被告Y2交通は,被告Y1によるセクハラ行為の有無,内容については知らら(ママ)ない。
3 平成14年2月以降の被告Y2交通の対応に対する反論は次のとおりである。
原告が人事の件についてY2交通労組に訴えたことは認めるが,賞罰委員会の件は知らないし,人事は被告Y2交通の役員会で審議し決定するものであって,被告Y1の権限ではない。
3者間での話合いがあったことは認める。
その経緯は,平成14年2月16日,H社長とI専務とがF部長から,原告が被告Y1からセクハラ行為を受けており,原告に対する観光部への配置転換の内示は同被告の嫌がらせによる不利益扱いである旨申し立てているとの連絡を受けたため,同月19日I専務がF部長の説明を受けたことに基づいてなされたものであり,同専務は同年3月5日には被告Y1からも事情を聴取した。
被告Y1からの事情聴取が申告後半月あまりも後になったのは同被告の体調がその頃極度にすぐれなかったためであり,故意に遅らせたわけではない。
その際,被告Y1は,仙台の件を否認し,「手紙」についても激励の趣旨であったとしていたものであり,強姦未遂や強制わいせつは重大な犯罪行為であるから,同被告がこれを認めるならば格別,否認している以上,これを覆す物証でもない限り,被告Y2交通のように何ら法的権限のない民間人が事実関係を究明することは不可能である。
被告Y2交通がこれを怠ったとして,本件対応に落度があるとする原告の主張は甚だ理解に苦しむものである。
なお,平成14年2月の人事異動は,同13年3月の被告Y2交通における鉄道事業の廃止という事態を受けた大きな人事であり,原告の異動もその一環としてなされたものであって,被告Y1の不当介入はない。
被告Y2交通が原告から主任の肩書きを外したのは,他部署へ異動する場合はそのような措置にする慣例があるためであり,主任の役職手当はそのまま支給している。
原告は,3者話合いのなかで,「他部配転の場合は降格するのが慣例であること,降格となったのは原告のみではないこと,降格しても主任手当は支給されること,配転は鉄道部廃止とK氏の退職に伴うやむをえない措置であること」等の説明を受けて了承していたものである。
原告は,平成14年11月10日退職届を提出して同年12月20日付で退職金を受領し,同15年3月17日付で本訴を提起しており,その経過からすれば,本件提訴は,原告が観光部への配置転換に対して大きな不満を持ったことを契機としてされていることが明らかであり,セクハラ行為との関連性はなく,原告の被害者意識は異常である。
原告が退職したことと被告らの行為とは何の関連もない。
4 被告らの責任に対する反論
(1) 使用者責任の主張に対する反論
被告Y1の行為は,「事業の執行につき」という要件に該当しない。
およそ職場で行われた行為がすべて使用者の責任になるわけではなく,当該行為が事業の外形を伴う必要がある。被告Y1の行為が社内で行われたとしても,事業の外形を伴ったものは,せいぜい「予定表の交付,時間外手当の支給,頻繁にコピーを取りに来ること」のみであり,それ以外は被告Y2交通の事業とは何の関係もない。
(2) 債務不履行,不法行為責任について
原告は,均等法21条2項を指摘して被告Y1の行為が同条項に違反したとするが,その指針が被告Y2交通の法的責任を根拠づけるという立場であるとするならば,同条項には平成11年法160号で改正されたという経緯があるから,同11年12月以降の被告Y1の行為に限って適用が検討されるべきであって,それ以前の行為に対しては法律不遡及の原則により適用されないし,同条項は強行規定ではなく努力規定に過ぎないから,雇用主としては各職場環境に応じて相当な施策を講じれば良い。
被告Y2交通においては,就業規則の改正,チラシの掲示,各職場での周知,総務部長を相談窓口とすること等の措置を順次講じているのであり,本件を除けば社内で長期間にわたるセクハラ事件が発生したことはない。
被告Y2交通の処理が前記法の建前からみて充分満足のいく内容であったか否かは別として,同被告においてそれなりの努力をしてきたことは評価されるべきである。
(3) 抗弁(消滅時効)
仮に,被告Y1が仙台で原告の主張するような強制わいせつや強姦未遂に該当する行為をしたとしても,同行為時から3年経過後である平成11年3月慰謝料請求権の消滅時効期間が到来したので,被告らは(消滅)時効を援用する。
したがって,原告の被告らに対する損害賠償請求権は消滅した。
(4) 原告の主張する損害について
争う。
5 消滅時効の抗弁に対する原告の反論
消滅時効期間は経過しておらず,被告の主張は失当である。
原告は仙台の件を強制わいせつや強姦未遂として問題にしているのではなく,原告の意思に反する性的言動すなわちセクハラ行為の一環として主張しているのであって,被告Y1の原告に対する一連のセクハラ行為は,平成6年から同14年12月20日頃まで8年間のほぼ継続的な不法行為である。
そのように長期間にわたる継続的なセクハラ行為による被害者の苦痛は,精神的にも肉体的にも蓄積していくと捉えることが可能であり,時効の起算点はその行為がやんだとき,すなわち原告が被告Y2交通を退職したとき(平成14年12月20日)である。
また,債務不履行に基づく責任構成による消滅時効期間は10年であり,本件事案では消滅時効の問題は生じない。
第4争点に対する判断
1 本件の事実経過について
前掲争いのない事実及び本件証拠(<証拠省略>及び原告並びに被告Y1各本人尋問の結果<但し後掲認定に反する部分については除外する。>)に弁論の全趣旨を総合すれば,本件の経緯,経過として以下のような事実があったことが認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
(1) 平成6年2月当時,原告(当時は業務部業務係)と被告Y1(当時は総務課長)は被告Y2交通の内勤として本社事務所の同一フロアに机を有していた(<証拠省略>)。
原告は,平成6年2月頃から,被告Y1が原告の机の側を通る際や原告と同被告の視線が合ったりしたときには,同被告からまるで睨み付けられているかのような印象を受けるようになり,同被告の視線が嫌で嫌でたまらないという気持ちになった。しかし,原告としては,被告Y1が上役であり先々代の社長の息子でもあることに対する遠慮があり,同被告に対して,直にそのような目つきで見るのを遠慮して欲しいなどとも言うこともためらわれたため,同年6月頃,Y2交通労組のB書記長に対して,「被告Y1から睨み付けられるのが嫌で嫌で会社にも行きたくないのでやめて欲しい」などと訴えて相談した。
これを受けたB書記長から被告Y1に対して原告がそのように述べているので注意して欲しい旨伝えたところ(<証拠省略>),同被告は今後は気を付けると話したため,B書記長は,原告に対し,被告Y1が今後は気を付ける等と話していたという報告をした。
一方,この点に関して,被告Y1は,B書記長から注意をうけたのは事実であるが,その内容は,原告の主張するようなものではなく,「挨拶をしても知らんふりをされるので直して欲しい」というものであったとする。しかし,B書記長は,原告から「被告Y1が睨み付けるのでやめて欲しい」という相談を受けたとしており(<証拠省略>),従前から被告Y1と原告との折合いが悪かった等特段の事情も窺われないのに,「挨拶をしても返されない」程度の事柄に関していきなり労組の書記長に対応を相談するということはいささか大げさでもあり,原告の相談内容は「睨み付けるのをやめて欲しい」というものであったと解される。
B書記長からの注意後,被告Y1が原告に対して睨み付けるような目つきをすることはなくなった。
(2) 被告Y1は,平成7年9月頃から,原告(当時は営業部営業係)が朝方出社して1人でお茶汲場等にいる際,「手紙」と言って書状を渡すようになった。
ところが,その文面は,被告Y1の原告に対する恋情を書き連ねたものであり,いわゆるラブレターに類する趣旨のものであった。
原告にしてみれば,被告Y1からラブレターを貰うなどということはおよそ迷惑なことであって困惑したものの,受取りを拒むようなそぶりをすれば睨まれたりすることから,相手の会社での立場や仕事に影響するかもしれないなどとの懸念から,はっきりと拒否する態度を示すことができなかった。
被告Y1が原告に渡した手紙は何通にも及び,少なくても平成8年9月頃までは続けられていた。
これに対して,被告Y1は,手紙はラブレターなどという趣旨ではなく,職場の人間関係に悩んでいた原告に対して上司として励ましの趣旨で渡したものに過ぎない旨弁解する。
しかし,証拠として残されていた手紙の文面を見ると,「Xさんの事心から好きです。Xさんを好きになって本当に幸せです。(<証拠省略>)」とか,「大切でデリート(デリケートのミス)なXへ・・・俺が『君を好きと』言った為,本来持っている優しさと暖かい心を失い・・・今日,運動会へいった時すぐXを捜しました,終わって犬を散歩させている時Xに会いたいと思いながらe橋を歩いていたらXが車で一瞬通りすぎた時は驚きと嬉しさで君の車が見えなくなるまで見ていました。(会えるという感があった)・・・俺のXは弱いくせに強よ(ママ)がりだから。絶対に守りますよ優しく時には厳しく,俺の人生をかけて弱いくせに強よ(ママ)がりなXのために。(署名)Y1(<証拠省略>)」などと書かれてあり,一読すれば,異性である相手に対して自己の恋情を訴える文章であるとしか解釈しようのないものであり,他の社員がいない場所で手渡されていることや,被告Y1が原告以外の女性社員に対してそのような内容の手紙を出したことはないと供述していることからしても,被告Y1の前記弁解は不合理で,了解し得ないものである。
また,被告Y1は,手紙を渡すほかにも,言葉に出して「好きだ,好きだ。」などと原告に言ってくることもあった。
原告は,被告Y1にそのような振る舞いをされることが嫌であったが,拒否するそぶりでも見せると,睨みつけるような厳しい目つきをされたり,同被告の部下のCを通じて,残業をしないようにとの指示を受けたことがあったりしたため(平成8年12月20日付「時短に向けた仕事の進め方について」と題する書面・<証拠省略>),新たに消費税引上げ(平成9年4月1日以降導入)に伴う運賃改正に向けた仕事が加わり,原告としては残業時間を増やさなければ処理が間に合わないような状態になっていたことから,被告Y1の機嫌を損ねたりすれば仕事がしづらくなるかもしれないと懸念し,態度に出してはっきりと拒絶することができずにいた。
(3) 仙台出張時における出来事(以下「仙台事件」という。)について
(争いのない前提事実)
平成8年3月7日,被告Y1,C及び原告の3名は,運賃申請業務のために日帰りの予定で仙台に出張した。
3人が仙台に到着したのは昼頃であり,東北運輸局での仕事を終えると午後5時前後頃になっていたため,その日はそのまま仙台周辺に宿泊することに決まり,3人で酒も入った夕食を取り,カラオケボックスで飲酒したり歌ったりした後,夜遅くなってから,被告Y2交通に手配してもらった温泉旅館(ラドン温泉)に赴いた。
旅館では,原告は1人1部屋に,被告Y1とCは2人1部屋に泊まることになった。
(原告と被告Y1の供述の信用性について)
その後の仙台の旅館における出来事について,原告は,被告Y1が無理矢理部屋に入り込んだ上,原告に対して次のような行為に及んだ旨主張,供述(原告に対する本人尋問及び同陳述書<証拠省略>も含む。)している。
すなわち,原告によれば,「原告は,部屋に入った後,風呂にもゆかず寒さと疲れで服を着たまま布団で寝ていたが,寝付かないうちに鍵音がするので,不審に思って起きあがり部屋の戸を開けてみたところ,被告Y1がいて部屋の戸を開けようとしているところであり,開いた戸から部屋に入り込んできて,原告を布団に押し倒し,原告の上半身から無理矢理下着を剥ぎ取り,力づくで乳房を触ったり,原告を抱擁するなどしたりした。原告は必死で抵抗したが男の強さに勝てず,恥ずかしさのために助けを呼ぶ声を出せず,抵抗する力もだんだん失せてきて,我慢するだけであった,被告Y1は原告の下半身にまで触ろうとしたところで,Cが風呂から上がる気配を感じたせいか,突然それ以上の行為をやめて,天下でも取ったような満面の笑みを浮かべながら部屋から出て行った,原告は,1人で○○に帰りたい気持ちだったが,当日所持金が1万円程度しかなかったうえ,宿のはっきりした場所も分からなかったのでそのまま泊まるしかなかった,被告Y1が部屋から去った後,原告の気持ちは,被告Y1が肉体関係を強要してきたことに恐怖を覚えるとともに,悔しさがこみ上げてきて1人で泣いていた,一方,被告Y1と最後の一線を越えなかったことに若干の安堵感を覚えた」というのである。
これに対して,被告Y1は,「仙台の旅館で原告に対してそのような行為をしたことはない,自分はCと相部屋であり,同人と一緒に風呂まで往復して部屋に戻った後寝てしまった,そもそも原告の部屋がどこなのかも知らなかった位である」などと述べており,当事者双方が仙台の旅館での記憶として主張,供述するところはひとつの出来事に対する見方や受け止め方の相違などといったレベルのものではなく,事実の有無自体が真っ向から争われているが,事件の痕跡を示す客観的な資料や目撃証人はいないから,その間の事実の存否や態様に関しては,結局のところ,原告,被告双方の供述の信用性を検討してその優劣を探らざるを得ない。
そこで,検討すると,まず原告の供述については,前記陳述書の記載をも含めて主尋問・反対尋問を通じて内容はほぼ一貫して前記のとおりであり,その内容はそれなりに具体的であって,被告Y1からわいせつ行為をされた際の心境(恥ずかしさのために助けをだす声も出せず,ただ我慢しているだけであった,被告Y1が原告の下半身にまで手を伸ばしてきたが,その後行為をやめて部屋から出て行った後,被告Y1が肉体関係を強要してきた事に対して恐怖を覚えるとともに最後の一線を越えなかったことに対して若干の安堵感があった,悔しさがこみ上げて泣いてしまった等)は臨場感に満ちており,その供述態度とも合わせると,被害にあった者としての体験に根ざした現実感が十分に感じられたし,平成14年2月19日まで被害を打ち明けずにいた事由(夫に誤解されても困ると思い,恥ずかしくて誰にも話せなかった,D委員長や奈良のおじに相談した後夫に話してもらった等)についても,原告は,それまで職場の誰からも被害を察知して貰ったり防いでもらえないまま,被告Y1からの被害に苦しめられるという抑圧の下に置かれていたのであるから,そのような劣後的な立場に置かれた者の心理として,被告Y1に逆らって職場での立場を悪くするようなことは回避したい,その方が職業上プラスになるとの自己防衛的な姿勢に基づく作用が働き,事を露わにすれば夫に誤解されたり,原告の方にも落ち度があったのではないか等として周囲の者の偏見や好奇の目に晒されるかもしれない,上司に逆らったとして不利益な扱いを受けるかもしれないなどとの懸念から被害を打ち明けられずにいたとしても不自然ではなく,被害の申告が遅れたことは特に原告の供述の信用性を損なうものではない。また,時期的に見て仙台への出張を境にして被告Y1の行動が従前のものと比較しても強い態様のものになっていったことが認められることからすれば,その間に原告の主張するような事件が介在していたとしても不思議ではないし,原告の供述は,その余の被害エピソードをも含め,主尋問,反対尋問を通じて全体としてほぼ一貫しており,本件提訴に至るまでの経緯,経過と照合してもそれなりに筋が通るものであって,不自然,不合理な点も特に窺われず,これをして原告の作話や捏造であるとか妄想であるとすることは困難であるし,原告においてそのようにする必要性も特に窺われない。
したがって,原告の供述は一応信用性が高いものと評価し得る。
一方,被告Y1は仙台の事件について全面的に否定しており,旅館ではCと同室であり,同人と一緒に風呂まで往復して帰室後は寝てしまったと供述している。しかし,たとえば,被告Y1は(平成16年2月6日被告Y1の尋問調書36頁以下),「・・・原告の泊まられた部屋は,私は分かりませんでした」と述べながら,反対尋問で問いつめられて,「・・・旅館の方が部屋のほうまで案内したと記憶しており,3人一緒に案内されてまず原告の部屋に届いた後,自分たちの部屋に案内された」としながらもなお,原告の部屋については「・・・そこは記憶にありません」とする等他と整合性がなく,不合理で理解し難い供述が少なからず認められる上,仮にも原告の申告が虚偽や捏造であったとするならば,(被告Y1の供述を前提とすれば)家族同士で懇意にし,職場で相談を受けてやっていた部下から裏切られて,事もあろうに仙台へ出張時に強姦まがいの行為をされたと非難され,提訴までされている以上,加害者とされた事で自分の名誉を侵害されたことに対する怒りや激しい反論,対抗する態度が露わにされるのがむしろ通常であると解されるにもかかわらず,ただ「仙台で原告に乱暴をしたこと,私はないから・・・そういうことはありませんということで,重くは受け止めておりませんでした」とか,「訴状をもらったときに,こういうことはないと思いましたので,Cさんに確認しました」とするにとどまっており,その態度からはおよそ虚偽の被害申告や提訴までされたことに対する被害者の自然な感情としての怒りや反感はほとんど感じられない。しかも,被告Y1は,仙台事件の以前から,原告が部下であり夫や子がいることを承知で恋文を渡したり,「好きだ」と言う等およそ上司にあるまじき態度で接していたにもかかわらず,これを否定しており,これら事情は被告Y1の供述の信用性を大きく低下させる要素というべきである。
結局,被告Y1の供述内容や態度は全体として弁解に終始するものと評価せざるを得ず,これを信用することはできない。
したがって,原告の仙台での事件に関する供述は,被告Y1のそれと比較しても相対的に高い信用性があるものというべきであり,ほぼ原告の供述のとおりの事実があったものと認定するのが相当である。
(4) その後,原告と被告Y1間には次のような出来事があった。
<1> 被告Y1は,平成8年5月下旬頃,仕事の予定のほかに「f病院検査9:00」等同被告の個人的な予定を書き込んだキャノン卓上カレンダー(同年6月分)のコピー(<証拠省略>)を原告に渡した。
この点について,被告Y1は,部下に対して仕事の予定を連絡するために自分の机の卓上カレンダーをコピーして配っていたものであり,原告に対する関係で個人的に渡したものではない,他の社員にも配っていた旨弁解している。しかし,月毎の業務予定を連絡するためと称しながら原告に対して渡されたのは前記6月分を合わせても2,3回であり,他の社員というのもJ(前記卓上カレンダーの記載をした女性社員)及びCの他にはいなかったこと,被告Y2交通では会社としての毎月の予定表が作成されていたこと(<証拠省略>)などからすれば,前記のような極めて個人的な予定まで書き込んである卓上カレンダーのコピーが専ら仕事のために各社員に対して配布されていたとは解し難く,同被告の弁解は不自然であり,信用し難い。
<2> 被告Y1は,平成8年6月,原告に対して,仙台出張のみやげであると言って女性用のスカーフ1枚を手渡した。原告は,それまで被告Y1からそのような品物を貰ったこともなければ,自分の方からプレゼントしたこともなかった。
なお,被告Y1はスカーフをプレゼントした理由として,前年暮頃に原告自らが被告Y1の自宅までリンゴを届けてくれた事に対する返礼であるとか,ウイスキーを貰った返礼であるなどと述べている。しかし,I専務は,「事情聴取の際,被告Y1はスカーフを贈ったと言っていたが,リンゴのことは何も聞いていない」としており,そもそも返礼の理由とされるリンゴ等の贈答があったのか否かすら疑わしい上,そうとしても,前年暮に貰ったリンゴやウイスキー等に対する返礼として,翌年初夏になってから,女性が身に付ける品物であるスカーフを選んでプレゼントするなどということは,職場の男性上司と女性部下という間柄における単なる儀礼的なやりとりとしては度を超したものであると考えられ,不自然である。
<3> 平成8年6月,原告の給与明細書には,休日出勤の申請書を提出していなかったにもかかわらず時間外手当の欄に「時3@12150」(<証拠省略>)という記載があり,1万2150円が加算されていた。そのため,原告は,給与計算の責任者であった被告Y1に対して,同金員を持参して返金しようとしたが,「これは私があなたに付けてあげるのです」などと言われて受け取ってもらえなかった。
ところが,原告の翌月(平成8年7月)分の給与明細書には「既払定期代」の欄に「12150(<証拠省略>)」という記載があり,1万2150円の控除がされていた。しかし,原告は,それまで定期券を利用したこともなければ定期代という名目の金銭を受領したこともなかった。
この点について,被告Y1は,同Y2交通においては職種が多様で給与計算が複雑であることから給与の過払いや計算ミスが恒常化していたものであり,過払いが生じた場合は,翌月分の給与から「過払定期代」という費目により控除する方法が会社として慣例化していたとする。しかし,I専務は「給与の過払いはまれ」であったと供述しており,パソコン処理導入後においてもなお過払いや計算ミスが恒常的に存在していたということや,被告Y2交通程度の組織にあっても,そのような杜撰ともいうべき処理が慣例的に行われていたなどとは考え難く,本訴に提出された原告の給与明細(<証拠省略>)を見ても「過払定期代」欄により更正がされているものは上記以外には全く見あたらない。
この点に関する被告Y1の弁解は信用できない。
<4> 被告Y1は,原告が帰宅した後でも,家に電話をかけて同被告のいるところまで出てくるようにとか,ピザを食べに行こうなどと言って原告を呼び出すことがあった。原告としては,誘いを断りでもすれば被告Y1の機嫌を損ねて職場で睨み付けられたり,立場が悪くなって仕事がしづらくなるかもしれないと思うと断ることができず,同被告から言われるままにスナック「c」とか「d」などという店に赴いたりすることもあった。
この点について,被告Y1は,同被告と原告とは互いの配偶者も交えて4人でよく一緒に食事をしたり,原告から職場の人間関係のことで数十回にも及ぶ相談を受ける等配偶者や子供をも含めた家族同士での付き合いをしていたため,原告をスナックに呼んだり一緒にピザを食べに行ったりしたのもその流れに過ぎないとしている。
しかし,原告の夫(看板業者)が被告Y2交通の仕事を受注していることや子供の学区が同じであったことなどから,子の運動会で顔が合ったり(<証拠省略>),互いの配偶者も一緒に食事をしたことが1回ほどあったことは窺われるものの,両家の間に被告Y1の主張するほどに親密な交流があったことは窺われない。
(5) 原告は,前記のような被告Y1からの理不尽な仕打ちに悩まされていたが,上司としての相手の立場や背景を考えると,職場での立場が悪化するかもしれないとの危惧感や恐れから相変わらず強い態度で応対することができずにいたことから,悩んだ末に会社を辞めようと考えて,平成8年7月末退職届(<証拠省略>)を作成して上司である被告Y1に対して提出したものの,結局退社には至らなかった。
そのような経緯から,原告は,平成9年2月初め頃,Y2交通労組のD委員長の家に電話をかけ,同委員長に対して,被告Y1からセクハラ行為を受けて悩んでいる旨を相談した。
これを受けて,D委員長から被告Y1に対する注意がされたため,同被告が原告を睨み付けたり,夜間に電話で原告を呼び出したりすることはなくなった。
(6) 原告は,平成10年4月1日付で経営企画部経営企画主任に任じられた。
その頃から,被告Y1(同日付で経営企画部部長に就任)は,社内にあまり人のいないときを見計らって原告に近づき,原告の肩に触ったり右の脇の下に手をいれるなどの行為を繰り返すようになった。
(7) 被告Y2交通においては,均等法の施行を受けて,平成12年7月5日付で就業規則を改正して第13条(8)「むやみに身体に接触したりするなどして職場での性的な言動によって他人に不快な思いをさせることや職場の環境を悪化させること」を禁止条項として追加し(<証拠省略>),平成13年1月10日付文書により,Y2交通労組に対して,セクハラ被害に対する相談窓口として総務部を充てる旨通知した(<証拠省略>)。
しかし,総務は人事担当であったことから指名されたに過ぎず,相談担当者として指定された者に対する指導や訓練はほとんど行われず,平成15年2月以前にはその際の手続マニュアル等も準備されていなかった(平成15年3月12日付I専務の調書22頁等)。
(8) 原告は,平成14年2月初旬観光部観光課へ配置転換する旨内示を受けた。
原告としては,そのような異動は予想だにしていなかったことであり,それまでは自前のワープロ機を用いて,業務部で時刻表,交番表,指示書等書類作成の仕事をし,営業部へ配転されてからも補助金の申請や減免申請等文書作成の仕事に懸命に取り組んできたほか,自費でパソコン教室にも通学する等自分なりに努力して仕事をしてきたという気持ちでいたため,いきなり経験のない部署への異動を告げられた上,主任の肩書まで外されて平社員の身分とならなければならない理由が飲み込めず,被告Y1との経緯から会社が自分を厄介視しているのではないかなどと考えた挙げ句,平成14年2月19日頃(<証拠省略>),Y2交通労組のB委員長に対して,異動に対する不服及び仙台での事件も含めてそれまで被告Y1から受けた仕打ちをほぼすべて打ち明けて相談するに至った。
原告は,同日中に,直属の上司にあたるF部長に対しても,手紙やスカーフ等を呈示して仙台事件等被告Y1から受けた被害の骨子を伝えるとともに,観光部への異動は同被告からの嫌がらせによるものであるなどと訴えた。
F部長は,同日,I専務に対して,被害の申告があったことやその骨子,証拠として示された手紙を一部見たが愛情表現と捉えられるようなものもあったことなどを伝えた。
I専務は,これを直ちに役員室へ報告して相談し,担当を総務部ではなく社長と同専務にすることが決まった。
(9) 平成14年3月2日,Y2交通労組は,原告の主張しているセクハラ行為の被害に関する賞罰委員会を開催する旨の被告Y2交通に対する通知書(<証拠省略>)を作成した。
同日,原告は,B委員長及びH社長と話し合う機会を得たが,H社長から,「原告はCと2人併せてようやく一人前であるのに対し,Eは1人で全部仕事をこなせるのであるから,不当な配置転換というのは原告の被害妄想である,セクハラ行為については原告から一方的に聞いてもだめであり,被告Y1からも聞いてみる」という趣旨の言葉が出た程度で終わった。
その後,B委員長からも被告Y2交通からも何の連絡も入らなかったため,原告の方から同委員長に連絡して結果を問い合わせたところ,同委員長からの話は,社長は一応のことはしたと言っている,被告Y1にも原告にも家庭があるから今回は我慢してくれというものであり,前記賞罰委員会も開催されなかった。
原告は,セクハラ行為の申告には取りあって貰えず,異動を拒否すれば会社を辞めなければならなくなるとまで言われると生活のことを考えざるを得なくなり,今回は諦めて新しい部署でやり直そうと自分に言い聞かせて異動の内示を受け入れた(平成15年11月21日付原告の調書・41頁)。
原告は平成14年3月1日付で観光部観光係を命じられるとともに,主任の地位を失った。異動について不服を申し立ててから異動の発令までの間,原告に対する異動事由やその必要性についての説明は全くなかった。
(10) 一方,被告Y1は,平成14年3月4日から同年4月3日まで会社を休んでいたが,同年3月5日I専務から事情聴取を受けた。その際,被告Y1の述べたところは,「仕事の相談をうけている内,申立人(原告)の性格やものの考え方に疑念を抱くようになった」とか,「Kに対する原告のネタミに似た思いに余計に偏屈さを感じた」,「この考え方の偏屈さを直したいという思いもあり,前述のとおり,X夫妻行きつけの店dで2~3回会った」,「好きになったという感情を手紙の中で表現した,手紙の内容は仕事上におけるチームプレーの大切さとかに関した,業務上のものであるが,一部に,好きになったということを仕事上で見守っている」,「(手紙を)そんなに多く出した記憶はない」,「(平成8年)当時の組合の委員長から注意を受けた」,「多少のギクシャクは見えたが,その後2人で仕事上のことで,会って相談することはなかった」「(平成12年)その後,仕事のことで激励の意味で肩に手を触れたことはあった」などというものであった(いずれも乙144の1,2枚目より引用(なお,乙140,乙144の作成,提出の経緯経過に関するI専務の供述や乙144の体裁に照らすと,同4枚目は後日作成,添付された可能性が濃厚である。)(ママ)
I専務は,聴取の際に被告Y1の述べたところに従い,H社長に対して,「男性側(被告Y1)からの聴取において(原告に)ある種の異常性を感じた,申出人(原告)の主たる事案である異動事由については申出人も納得したと判断されるので,これ以上対峙させずに終息させる」旨の報告をした(乙144・4枚目)。
被告Y2交通は,被告Y1に対して何ら措置をとらず,同被告は同年4月1日付で取締役本部長に昇進した。
(11) その後,被告Y1は再び原告を睨み付けるような眼差しで見たり,原告の配置された机近くのコピー機(<証拠省略>)のところまで立ち寄っては原告を眺めたりするようになった。
被告Y1はこれを否定しているが,原告は「あまりに頻繁であったため同被告がコピー機に立ち寄る間隔を時計で計ったこともあった」などとしており,同被告がこれ見よがしにコピー機の側まで立ち寄って来ることが頻繁にあり,これによって原告が強い圧迫感を被っていたものと解さざるを得ない。
原告は,前記のとおり,組合からも,被告Y2交通からも,相手の家庭を考えて我慢しろとか,異動を拒否すればやめなければならないとまで言われ,生活のことを考えて我慢したにもかかわらず,観光課に異動してもなお被告Y1の仕打ちに悩まされることになったため,無力感や会社に対する疎外感等が一段と強まるとともに頭痛や体の痛み等の不調を覚えるようになり,平成14年11月10日退職届(<証拠省略>)を作成し,同年12月20日付で被告Y2交通を退職するに至った。
本件証拠に弁論の全趣旨を総合して認定できる事実はおおむね以上のとおりである。
2 原告の退職と被告らの行為の因果関係について
被告Y1が,原告の意思に反する性的行動及び原告を睨み付ける等その関連行為(本件セクハラ行為)を行っていたことは,前記認定のとおりである。
しかして,原告が,平成14年2月19日には仙台事件をも含めておよそ本件セクハラ行為のほぼ全体にわたって雇用者である被告Y2交通に対して申告していたにもかかわらず,事実が解明されることも被告Y1のセクハラ行為がやむこともなかった原因としては,被告Y1はもとより,同Y2交通のセクハラ行為に対する認識の低さや対応の仕方の不十分さがまず指摘されるべきである。
すなわち,前記のとおり,被告Y2交通においては,平成14年3月5日被告Y1から事情聴取したとしているところ,同専務は,F部長の「原告が被告Y1から乱暴されたと訴えている」という言葉により,婦女暴行的な意味ではないかと受けとめたとしており,被告Y1からも,「手紙を渡したり,激励の意味で肩にふれたことはあった」等相手方の受止め方如何によってはセクハラ行為になりかねない事実が述べられていたにもかかわらず,証拠物(手紙やスカーフ)の呈示を求めることや原告自身から直接事情を聞き取ることはもとより,原告の夫やC等事情を知り得る可能性のある者からの事情聴取等によって周辺事情の裏付けや確認をしたり,(経験則上,加害の事実がある場合であってもこれを否定する態度に出ることは通常ありがちなことであるから)客観的で公平な立場にある者の関与や協力を得ること等この種事案の解明のために通常であれば講じられるべき手段は本件においては全くなされていない。それどころか,被告Y2交通においては,被告Y1のみからの事情聴取に依拠して,「性格に異常性が認められる」などと原告の人格に対する否定的判断を下した上,原告には確認や連絡もしていないのに,「原告の了解によって問題が終息した」と結論づけており,これら対応のまずさから原告の被害事実を見過ごし,被告Y1のセクハラ行為をその後もなお放置したことによって,原告をして退職という不本意な結論を選択することを余儀なくさせたものというべきである(なお,被告Y2交通は,チラシの掲示,相談窓口の設置等できる限りの対策をしたとするが,実効性がなく,奏功していないことは明らかである。)。原告が退職にまで至ったのは,被告Y1から受けたセクハラ行為のみならず,原告の被っている被害に対する被告Y2交通の無理解な対応に帰因するから,被告Y1のセクハラ行為及び同Y2交通の前記対応と原告の退職との間には相当因果関係があるものと認められる。
3 被告らの責任について
(1) 前記認定によれば,被告Y1は,平成6年春頃から,原告に対して前記認定欄記載のとおりの行為に及んでいたものであり,これら行為は,いずれも原告に対する性的行動として,あるいはこれに関連して行われたものであるから,原告の性的決定権に対する不当な侵害行為として不法行為を構成することは明らかであって,これによって生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(2) 被告Y2交通の責任について
原告に対する被告Y1のセクハラ行為のうち,仙台における行為は社外で行われたものであるが,仕事のために社命を受けて出張した際に行われたものであるから,会社の業務の執行に関連して行われたものと認められる。
また,社外で行われたセクハラ行為についても,それら行為の背景には,いずれも被告Y1の同Y2交通における優越的地位があり,部下として職場環境を悪化させたくないとの原告の立場からすれば,社内における行為と同様,被告Y2交通の業務と密接な関連を有するものと評価すべきである。
したがって,被告Y2交通は同Y1の使用者または雇用者として,原告に生じた責任を賠償する責任がある。
(3) 消滅時効の主張について
被告らは,仙台事件については既に消滅滅(ママ)時効期間が経過したと主張しているが,本件セクハラ行為はそれぞれ別の機会に個々のものとして独立して行われたものではなく,被告Y1の原告に対する性的行動の一環として継続的に続けられていた行為であり,一連のものとして把握,評価されるべきものであるから,原告が被告Y2交通を退職して被告Y1の行為が終わったときをもって消滅時効の起算点とすべきである。
また,債務不履行(不完全履行)の消滅時効期間は10年間であるから,時効の問題は未だ生じない。
したがって,消滅時効期間の経過を前提とする被告の主張は,その前提を欠くものであり,採用できない。
4 損害額について
(1) 慰謝料 200万円
前示のとおり,被告Y1の行為は,被告Y2交通の幹部職員にして原告の上役であるとの優越的地位を背景としたものであって,部下としての相手の対(ママ)場や心情を無視した自己中心的な行為として強い非難に値するものであり,その態様は異なっても平成6年2月頃から原告が退職する同14年12月頃までの間ほぼ継続しており,なかでも仙台の事件は強姦未遂や強制わいせつ行為の類であると言われかねない酷い態様のものであること,被告Y1のセクハラ行為及びこれに対する被告Y2交通の認識の低さと原告に対する対応の悪さとが原告をして退職することを余儀なくさせ,その後の生活設計にも影響を及ぼしたと解されるし,原告は定職を失い,再就職を希望しているが現況(年齢50歳代,女性,家族と同居)では被告Y2交通と同程度の条件の就職口を見つけることは著しく困難であると解されること,本件弁論終結時に至るまでの間の被告らの原告に対する態度等本件証拠に現れた一切の事情を考慮すれば,原告が被告らの行為により被った精神的苦痛に対する慰謝料の額としては,200万円と認めるのが相当である。
(2) 逸失利益 316万6762円
原告は定年(満60歳)になる10年前に退職を余儀なくされたが,平成11年に住居として取得した不動産の住宅ローン(25年)の主債務者として1900万円余りの負債を抱えていたものであり,給与が重要な生活費であったことからすれば,再就職をして収入を得る必要があるし原告自身も再就職を望んでいるが,前記原告の現況に照らすと一般に求職活動期間として予想される以上の時間を要するであろうことは想像に難くない。そのような条件を踏まえれば,本件原告については,被告Y2交通を退職した後少なくても1年間を再就職をすることの困難な期間として認めるべきであるから,その間における得べかりし給与相当額については被告らの行為と相当因果関係にある損害(逸失利益)として認められるべきである。
そこで,同額については,原告の平成14年度源泉徴収簿兼賃金台帳(<証拠省略>)に照らし,同年度における原告の年収額(合計316万6762円)をもって算定する。
(3) 弁護士費用 70万円
本件事案の性質や訴訟追行の難易度,請求額及び認容額等の諸事情を考慮すれば,本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用としては,70万円を認めるのが相当である。
第5結論
以上の次第であるから,原告の被告らに対する請求は主文掲記の限度で理由がある。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判官 伊澤文子)