青森地方裁判所 平成15年(行ウ)1号 判決 2004年2月24日
原告
A
青森県a市大字f町g番地h
原告
B
青森県a市大字i町j番地k
被告
a市長
C
主文
1 被告は,訴外Dに対して,24万5000円を請求せよ。
2 被告が,訴外Dに対して,24万5000円を請求することを怠ることは違法であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
本件は,平成13年当時a市議会議員であった被告知者D(以下「被告知者」という。)が,平成13年度にa市から交付を受けた政務調査費のうち,広報費として支出したとされる24万5000円について,政務調査費の趣旨を逸脱した違法な支出であり,a市が同額の損害を被ったと主張し,被告に対し,被告知者を相手方として同額の損害賠償請求ないし不当利得返還請求をするよう求めるとともに,被告がそのような請求をしていないことが違法であることの確認を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いがないか,証拠上容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア 原告らは,いずれもa市の住民である。
イ 被告は,a市長である。
ウ 被告知者は,平成13年当時a市議会議員であった者である。
(2) 政務調査費の支出
被告知者は,平成13年度にa市から政務調査費として合計72万円の交付を受け,うち24万 5000円を広報費として支出した(以下,支出された広報費を「本件広報費」という。)。
被告知者が,広報費として支出した24万5000円は,ガソリンスタンドにおけるハイオクタンガソリンの給油代金に全額充てられており(甲7),a市議会議長に提出した平成13年度のa市議会政務調査費収支報告書(以下「収支報告書」という。)には,広報費の内訳として「油代金」と記載されていた(甲1)。
(3) a市議会政務調査費に関する諸規定の内容
a市議会政務調査費の交付に関する条例(以下「条例」という。甲2)によれば,議員は,政務調査費を規則で定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならないとされている(条例6条)。そして,a市議会政務調査費の交付に関する条例施行規則(以下「規則」という。甲3)の定める,政務調査費の使途基準によれば,広報費とは「議員が行った調査研究結果の報告並びに議会活動及び市の政策について地域住民にPRするために要する経費(広報紙,報告書印刷費,送料,会場費等)」とされている(規則別表)。
政務調査費の交付を受けた議員は,当該年度分の政務調査費に係る収入及び支出について,収支報告書を作成し,交付に係る年度の翌年度の4月30日までに議長に提出することとされており(条例7条1項),議長は,提出された収支報告書の写しを,市長に送付しなければならないとされている(条例7条3項)。
議長は,提出された収支報告書を,当該政務調査費の交付に係る年度の翌年度の4月1日から5年間保存しなければならないとされており(条例9条),議員は,政務調査費の収入及び支出について会計帳簿を調整するとともに,領収書等支出を明らかにする書類を整理し,当該会計帳簿及び書類を当該政務調査費の交付に係る年度の翌年度の4月1日から,5年間保管しなければならないとされている(規則7条)。
政務調査費の交付を受けた議員は,当該年度において交付を受けた政務調査費の総額から,当該年度において市政に関する調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合は,当該残金を返還しなければならないとされている(条例8条)。
(4) 住民監査請求及び監査委員による監査結果
原告らは,平成14年12月19日,本件につきa市監査委員に対して,「a市長措置請求書」と題する書面(甲4)を提出し,地方自治法242条1項の規定に基づいて住民監査請求を行った(以下「本件監査請求」という。)。
同市監査委員は,同月26日,本件監査請求は地方自治法242条に定める請求要件を欠くと して請求を却下し,同月27日,原告らにこれを通知した(甲5,6)。
2 争点
(1) 本案前の主張について
(被告の主張)
地方自治法242条1項が住民監査請求の対象としているのは,地方公共団体の長若しくは委員会若しくは委員又は当該普通地方公共団体の職員であり,地方公共団体の議員は含まれていないところ,本件監査請求の対象は市議会議員の行為である。僅かに市長を監査請求の対象とする事項も,「当該市議会議員の行為について何らかの再発防止策を策定すること」を勧告することであり,市議会議員に対する政務調査費の返還請求を市長に求めているものではない。
そうすると,本件監査請求は,同項の規定する監査対象に該当せず不適法であるから,本件訴えも適法な監査請求前置を経ていないことになり,不適法である。
(原告らの主張)
原告らは,議員に対する返還請求等の措置を行うよう市長に勧告することを求めて本件監査請求を行ったものである。
本件監査請求の対象は市長の行為であり,執行機関の違法不当な財務会計上の行為又は財産管理を怠る事実に係る相手方が市議会議員であるにすぎない。
したがって,本件監査請求は適法であり,本件訴えも適法な監査請求を経ており適法である。
(2) 本案の主張について
ア 本件広報費の支出が,政務調査費の趣旨を逸脱した違法な支出であるか。
(原告らの主張)
被告知者は,政務調査費のうち広報費として支出した全額を,ガソリンスタンドにおけるハイオクタンガソリン給油に係る費用に充てている。
全額ガソリン代金に充てられるという支出のあり方は,広報費としての支出とは到底考えられず,政務調査費の支出を逸脱した違法な支出である。
被告知者のガソリン給油量の月平均は約168.6リットルとなるところ,平均的なガソリン1リットルあたりの走行距離を12.3キロメートルとすれば,月平均の走行距離は延べ2073.7キロメートルにもなる。これだけ長い距離にかかる自動車の使用が,全て議員の調査研究結果の報告等の活動に充てられるとは通常考えにくく,政務調査活動とは無関係の活動あるいは議員活動とは無関係な用途での自動車の使用に充てられたものと推認される。
(被告の主張)
広報費とされる項目は,規則の例示項目(広報紙,報告書印刷費,送料,会場費等)に限定されるものではなく,規則の定める使途基準からすれば,本件広報費の支出が,政務調査費の趣旨に全く該当しないと断ずることはできず,違法な支出とはいえない。
イ (違法な支出であるとして)被告が,広報費として支出された24万5000円について,損害賠償ないし不当利得の返還の請求をしないことが違法であるか。
(原告らの主張)
政務調査費は,地方自治法232条の2の補助金としての性格を有しており,条例6条が「市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならない。」と規定していることからすれば,市長は,政務調査費の趣旨を逸脱した違法な支出がないかどうかについて議員から提出された収支報告書をチェックし,違法な支出と疑われるものについては支出の裏付けとなる領収書等の確認を求め,その結果違法支出が認められた場合には当該議員に対してその賠償ないし返還を求めるべき義務がある。
前述の点をチェックすることは,議員の政治活動に対する市長の介入とは別次元の問題である。
被告は,被告知者の平成13年度の収支報告書について,平成14年4月30日以降にその送付を受けており,同報告書の広報費の記載から,これが政務調査費の趣旨を逸脱した違法な支出であることは容易に理解し得た。
しかるに,本件広報費について,被告が上記のようなチェックを全く行わず,被告知者に対して損害賠償ないし不当利得の返還を請求しないことは,市長の裁量権を逸脱するものとして違法である。
(被告の主張)
被告が,被告知者に対し損害賠償ないし不当利得の請求をしないことが,裁量権の逸脱・濫用行為に該当し違法と評価されるのは,それが著しく妥当性を欠いていると認められる場合である。
政務調査費は,執行機関の活動をチェックする機能を持つ議員の政務調査活動のために交付されるものであるが,その政務調査費を執行機関の長である市長がチェックし,個々の支出を議員の活動と照合し,その適否を判断し,場合によってはその一部について返還請求できるとするならば,議員の活動に対して市長が介入するという不当な結果をもたらすことになり,妥当ではない。
そうすると,本件で,被告が被告知者に対して損害賠償ないし不当利得返還の請求をしないことが著しく妥当性を欠くとは到底言えず,裁量権の逸脱・濫用に該当し違法であるとはいえない。
第3争点に対する判断
1 本案前の主張について
(1) 本件監査請求に係る原告らがa市監査委員に提出した住民監査請求書(甲4。以下「本件監査請求書」という。)には,その表題として「a市長措置請求書」と記載されており,表題自体から原告らがa市長に対して一定の措置を講ずることを求めて本件監査請求を行ったことが窺われる。
また,本件監査請求書には,平成13年度に被告知者を含む市議会議員3名に対して支出された政務調査費の使途について,「厳正な監査を実施され,不適正な支出が認められた場合には,実態を公表し,各議員に対し返還を求め,さらに具体的かつ実効性ある再発防止策をとること等を市長に勧告するなど,適正な措置をとるよう地方自治法242条第1項に基づき請求する」と記載されている。
以上の事実に照らせば,本件監査請求の対象は,被告の主張するような市議会議員の行為ではなく,被告知者を含む3名の市議会議員が交付を受けた政務調査費について市に対して返還義務を負っていることを前提として,市長がその返還請求を怠っているという市長の行為であると認めることができる。
したがって,本件監査請求は,普通地方公共団体の長について,地方自治法242条1項所定の「違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠る事実」を対象としたものであり,適法である。
(2) 被告は,本件監査請求の対象は市議会議員の行為であり,市長を対象とする事項は,市議会議員の行為について再発防止策を策定することに限られていると主張する。
しかし,本件監査請求書の表題が「a市長措置請求書」となっていることや,その記載内容をあわせ読めば,原告らが,市長に対して,市議会議員に政務調査費の返還請求をすることを求めていると認めるのが相当である。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
2 本案の主張について
(1) 争いのない事実,証拠(甲1~4,7,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,平成13年度にお ける被告知者の広報費の支出内容,被告知者が行った広報活動の内容等として,以下の事実を認めることができる。
ア 平成13年当時,被告知者は自動車を1台所有しており,広報費として交付を受けた24万5000円全額を上記自動車の給油代金として支出し,その給油量の合計は約2090リットルであった。
イ 平成13年度におけるa市議会の会期は,延べ40ないし50日程度であり,会期外は,被告知者は,自らが居住し支持基盤となっているa市のl地域で開かれる各種会合に出席したり,月に数回程度は自宅から12キロメートルほど離れたa市中心部に赴くといった議員活動を行っていた。その際,被告知者は移動に上記自動車を使用しており,地域の会合等に出席した際には,支持者らに対し市政に関する報告を行うなどといった広報活動も行っていた。
ウ 被告知者は,上記自動車を広報活動を含む議員としての活動に使用するほか,これと区別することなく,日常の私的な移動手段としても使用しており,当時の年間走行距離は2万キロメートル程度であった。なお,上記自動車の燃費は1リットルあたり8キロメートル程度であり,被告知者以外の者が上記自動車を使用することはなかった。
エ 被告知者は,政務調査費の収支について,平成14年4月中に収支報告書をa市議会議長に提出して報告し,a市議会議長はこの写しを被告に送付したが,被告において本件広報費の支出内容の詳細を調査することはなかった。
(2) 以上に基づき,本件広報費の支出が違法であるかについて判断する。
ア 前記認定を前提とすれば,被告知者は1か月当たり1600ないし1700キロメートル程度を上記自動車で走行していたことになるが,被告知者が市政に関する活動の報告といった広報活動を行っていた地域は,主として自身の住居のあるa市l地域内であり,a市中心部に赴いての広報活動を含めて考慮しても,上記自動車の全走行距離中に占める広報活動のために走行した距離の割合は,極僅かであると認められる。そして,被告知者は上記自動車を私的な用にも兼用しているから,大部分は被告知者の私的な目的のために使用されていたと推認される。
そうすると,前記のとおり,被告知者は平成13年度中に給油したガソリン代金のほぼ全額を,a市から交付された政務調査費の中から,広報費として支出しているのであるから,本件広報費も,その大部分は議員としての広報活動とは無関係な被告知者の私的な目的のために充てられたものと認めるのが相当である。
イ そこで,このような支出が規則の定める政務調査費の使途基準に合致するか否かについて検討するに,政務調査費の支出は,規則に例示された項目に限定されるものとは解されないが,条例が,政務調査費は市政に関する調査研究に資するために必要な経費以外のものに充ててはならないと規定し,規則が使途基準を具体的に定めている趣旨に鑑みれば,私的な目的のために使用された部分の本件広報費の支出が使途基準に合致しないことは明らかである。
他方,ガソリン代金のうちには,被告知者が広報活動を行う際の交通費として使用されたと認められる部分も存在するところ,このような支出は規則の規定に照らし,広報費としての使途基準に合致すると解することもできないではない。しかしながら,本来,広報活動のための交通費として使用された部分を特定して報告する責任は被告知者にあるところ,前記認定のとおり,被告知者が広報活動を行うために自動車を使用した割合は,全体からみれば極僅かであり,また,広報活動を行うために使用された部分と私的に使用された部分を区分することは困難であることからすれば,本件広報費の支出は,全体として広報費の使途基準に合致しないと解するのが相当である。
したがって,本件広報費の支出は,市政に関する調査研究に資するため必要な経費とはいえず違法というべきである。
(3) そこで,被告が本件広報費として支出された金額相当額について,返還請求をしないことが違法であるかについて検討する。
ア 前記のとおり,本件広報費を政務調査費として支出することは違法と解されるから,被告知者は広報費として交付された金員を不当に利得していると解され,被告は,被告知者に対し不当利得返還請求権を有することになる〔条例が政務調査費を調査研究に必要な経費以外に充てることを禁ずるとともに(6条),交付を受けた政務調査費の総額から市政に関する調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合は,当該残額を返還しなければならないと規定しているのは(8条),上記の事理を確認したものであると解される。〕。
イ そして,被告が当該不当利得返還請求権を現在まで行使していない以上,その行使を怠っているというべきであるが,以下に述べるとおり,被告が当該不当利得返還請求権の行使を怠っているのは違法であると解すべきである。
すなわち,地方自治法が議員の調査研究に資するため必要な経費として政務調査費を交付することとした反面において,交付を受けた議員に対して収支報告書の提出を義務づけるとともに(地方自治法100条12項,13項),条例及び規則が政務調査費の細目にわたる使途基準を定めていることからすれば,政務調査費が法の趣旨に合致した使途以外に使われることは,法の厳しく禁じるところと解される。このことに,規則が,交付を受けた議員に対し,政務調査費に係る会計帳簿の調整や領収書等の支出を明らかにする書類の整理を義務づけ,当該会計帳簿及び書類の保管を義務づけていること(7条)を考え合わせれば,被告は,当該市議会議員に交付された政務調査費が使途基準に合致して支出されているかについて疑われる事情がある場合には,これを調査し,その結果,使途基準に合致しない支出がされていた場合には,その返還を求める義務を負うと解するのが相当である。なお,条例及び規則には,収支報告の際に上記領収書等の書類を提出することを求める規定はないが,このことは,被告において収支報告書の提出を受けた後に,使途について調査する義務を負うと解することを妨げるものではない。
ウ しかるところ,本件で被告に送付された収支報告書の内訳には「油代金」という一見しただけでは広報費という使途基準に反して政務調査費が支出されたのではないかと疑われるような記載があったにもかかわらず,被告は,その使途について何ら調査せず,不当利得返還請求権の行使を行っていない。被告には,被告知者に対して不当利得返還請求権を行使するか否かについて一定の裁量があるものと解されるが,上記事情の下においては,被告はその裁量を逸脱し,不当利得返還請求権の行使を違法に怠っているというべきである。
エ これに対して,被告は,市長が個々の議員の政務調査費の支出の適否を判断し,返還請求できるとすれば,議員の活動に対して市長が介入するという不当な結果をもたらすと主張する。
しかしながら,政務調査費は使途を定めて交付されているものなのであるから,政務調査費の使途について調査をすることが直ちに議員の活動全般に対して広範な調査を行うことになり,あるいは,不当な介入となるものとはいえない。
したがって,被告の主張は,採用することができない。
(4) 以上からすれば,被告が被告知者に対し,本件広報費相当額の24万5000円につき返還請求をしないことは違法であり,被告は被告知者に対し同額の請求をすべきものである。
3 よって,本件請求は,いずれも理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 河野泰義 裁判官 伊澤文子 裁判官 石井芳明)