大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 平成16年(わ)115号 判決 2005年1月19日

主文

被告人を無期懲役に処する。

未決勾留日数中120日をその刑に算入する。

(犯行に至る経緯)

1 被告人は,むつ市で出生し,地元の高校卒業後,東京都で倉庫会社に勤務しつつ大学の夜間部に通っていたが,昭和53年秋ころ大学を中退し,その後勤務先も次々に替えていた。昭和58年,被告人は,同人の父親が心筋梗塞で倒れたため,むつ市に戻り,そこで働いたり,出稼ぎに出たりするようになった。

昭和59年には被告人の母親が,平成元年には被告人の父親がそれぞれ亡くなり,被告人は,両親の生命保険金等1000万円を遙かに超える金を入手したものの,これらを全てゲーム機賭博に費消してしまい,さらに平成二,三年ころからはパチンコに熱中するようになり,そのため銀行や消費者金融会社等から借金を繰り返した挙げ句,借り入れが出来なくなったため,勤務先の金を使い込んだりした。

被告人は,その勤務先において指示に対し口答え等せず,喧嘩等のトラブルも起こさないという評価を受けることが多かったが,その一方で,使い込みや無断欠勤等の理由により解雇されることもあり,職を転々としていた。その間,被告人は,パチンコに加えてパチスロにも手を出すようになり,また,平成11年には勤務先の同僚であるA(以下「A」という。)の名義を借りて消費者金融会社から借金をするなどしていた。この借金は,Aがさらに借り入れをしたこともあって約100万円に達し,被告人はAやB(以下「B」という。),C(以下「C」という。)と話し合い,Aに対する返済として,平成14年9月以降毎月2万円を支払うようになった。その回収のため,当初はB及びAが,後にはC及びAが被告人方へ赴いて返済金を受け取っていた。

2 被告人は,昭和62年に婚姻し,妻との間に5子をもうけた。その生活は,被告人が給料をしばしばパチンコやパチスロで費消してしまったこともあって苦しく,公共料金や家賃などの滞納が続き,平成16年2月には水道を止められてしまった。同年3月ころには当時の被告人の勤務先の仕事がなくなり,被告人は働いていない状態だった。

3 同年4月ころ,D(以下「D」という。)から自宅を新築するための人手を探すよう頼まれていたBが被告人をDに紹介し,被告人は,同月12日ころから,青森県むつ市a町b丁目c番d号アパートe階D方近くの新築工事現場で働き始めた。やがてDは,被告人をしばしば叱るようになったが,これに対して被告人は反抗することなく,「はい。」と返事をしたり,うなずいたりするだけだった。同年5月30日,Dは,被告人を激しく叱責したが,このときも被告人が口答えをするようなことはなかった。

4 同年5月31日午前8時過ぎころ,被告人は,Dが用意した給料現金5万2500円をBから受け取った。同日午前10時30分ころから,被告人は,この金を使ってむつ市a町のパチンコ店でパチスロを始め,午後7時ころまで同店でパチスロを続けていた。

同日午後6時30分ころには,CやBから前記2万円返済の件で被告人方に電話があり,午後7時ころに被告人の妻がパチスロをしていた被告人に電話のあったことを伝えた。そのときには,上記給料のうち4万円以上が費消されてしまっており,被告人の手元には六,七千円しか残っていなかった。被告人は,今から前記2万円支払分と,妻に渡す生活費分とを用意しなくてはならないが,誰かに金を借りるとしても後1時間くらいは必要だろうと考え,Bに自宅から電話をして,午後8時に2万円を支払う旨伝えた。同日午後7時15分ころ,金策のため車で自宅を出た被告人は,Dが人に金を貸していると話していたことを思い出し,同人から金を借りることにした。

同日午後7時35分ころ,被告人は,Dの住む前記アパートに着き,同人がいる部屋に入った。被告人はその部屋に金が入っていると思われる封筒があるのを確認して,何とか被告人から金を借りようと決意し,Dの前で正座をして,頭を下げ,借金の申し出をした。しかし,Dは,淡々とした口調でその申し出を拒絶した上,正座したまま黙って下を向いている被告人に対して,その仕事振りを含め厳しく非難し,さらに,被告人に金を貸す気はないし,同人が子供を食べさせていけないなら残飯でも食べさせればいいという趣旨のことを言った。被告人が顔を上げると,Dはテレビの方を見ていた。

被告人は,Dに対する憎しみや怒りがこみ上げると共に,もう同人から金を借りるのは無理だ,こうなったら同人を殺してでも金を持ち帰ってやると考えるに至った。

(罪となるべき事実)

被告人は,Dを殺害して同人から金員を強取しようと企て,平成16年5月31日午後7時50分ころ,青森県むつ市a町b丁目c番d号アパートe階D方において,同人(当時75歳)に対し,殺意をもって,同人の左後方から両手でその肩部及び頚部をつかんで仰向けに引き倒し,左手で同人の頚部を強く絞め付け,さらに自己の両前腕部で同人の頚部を挟んで強く絞め付け,よって,そのころ,同所において,同人を頚部圧迫により窒息死させて殺害した上,同所にあった同人所有の現金合計約10万2000円を強取したものである。

(事実認定の補足説明)

第1被告人は当公判廷において,第1回公判期日における事実認否の時点では判示事実のとおり間違いない旨供述していたが,第2回公判期日に至ってDを殺害したときには金員を取ろうという気持ちはなかった,Dに飛びかかったときにはそこまで考えておらず,殺してやろうという気持ちもなかった旨供述し,弁護人も被告人がDを殺害した時点では金品の強取目的があったとは言えず,殺人及び窃盗の各罪が成立するに留まる旨主張するので,以下判示事実のとおり認定した理由について補足して説明する。

第2関係各証拠によれば,まず次のとおりの事実を認定できる。

1 被告人の生活状況等(被告人の公判供述,甲49,50,82ないし86,91,95ないし101,乙1,2,18,20)

(1) 被告人は,高校卒業後,東京都で働きながら大学の夜間部に通っていたが,昭和53年秋ころ大学を中退し,昭和58年には父親が倒れたためむつ市に戻って,地元で働いたり,出稼ぎに行ったりするようになった。勤務先において被告人は,指示に対し口答えせず,おとなしいなどの評価を受けることが多かったが,他方集金した金を使い込んだ,無断欠勤をしたなどの理由により解雇されることもあり,職を転々とする状況だった。

(2) 昭和59年には被告人の母親が,平成元年には被告人の父親がそれぞれ亡くなり,被告人は,両親の生命保険金その他の金を入手したが,これらを全てゲーム機賭博に注ぎ込んで使い果たしてしまった。平成二,三年ころから被告人はパチンコに熱中するようになり,さらにその後パチスロにも手を出すようになって,その間借金を繰り返した。平成11年には勤務先の同僚であるAの名義を借りて消費者金融から借金したこともあった。

(3) 被告人は,昭和62年に婚姻し,その後5子をもうけ,一方で上記のとおり職を転々としつつも働き続けてきたが,平成16年3月ころには仕事がなくなってしまった。当時被告人一家の生活は非常に苦しく,公共料金や家賃などを滞納しており,同年2月には水道を止められてしまっていた。

2 平成16年5月31日(以下「本件当日」という。)に至るまでの被告人に関する事情等

(1) 被告人がAの名義を借りた消費者金融からの前記借金は,その後Aが被告人に連絡することなくさらに借り入れを行うなどしたこともあって額が膨らみ,約100万円ほどになった。平成14年7月ころ,Aが通っていたスナックの経営者Cやその遠縁に当たるBが間に入り,被告人はAに100万円を返済するため,同年9月から毎月2万円を支払うことになった。当初,BがAと共に被告人方へ返済金を受け取りに行っていたが,3回目の支払以降CがAと共に被告人方へ行くようになった。平成16年5月までの間,この2万円の支払いが翌月まで滞るようなことはなかった。(甲38,46,49,50,乙3,20)

(2) 平成16年2月ころ,Dは,自宅を新築するための人手が欲しいので探してくれないかとBに依頼し,Bは,Dに対し,数名を紹介した。同年3月ころ,Dは,青森県むつ市a町b丁目c番d号アパートe階同人方から歩いて二,三分ほどの場所にある土地で,自宅の新築工事を始めた。

同年4月ころ,知り合いから頼まれたBが被告人をDに紹介し,被告人は,同月12日ころから上記新築工事現場で働き始めた。当初Dは,Bに被告人が熱心に働いていると言って誉めたこともあったが,その後しばしば被告人を叱るようになった。これに対し,被告人は「はい。」と返事をしたり,うなずくだけで,口答えをするようなことはなかった。

Dは当時重度の肺気腫を患っており,長時間運動はできない状態だった。被告人は,Dが喘息か何かの病気で,同人方から上記新築工事現場まで歩いていくのさえ二,三回休まなければいけないような状態であると知っていた。(以上につき,被告人の公判供述,甲38,40,72,105,乙4,20,21)

(3) 同年5月26日午後6時30分ころ,Cが同月分の2万円の支払いについて被告人方に電話をしたところ,同人の妻に本件当日まで待って欲しいと言われた。

同月30日,被告人は,Bの指示に従い,工事現場で足場を外したところ,Dに激しく叱責された。Bから見てこの時被告人の顔や態度に不満を感じさせるものはなかった。また,この後Dは,被告人のいる場で,足場を外したことは間違っていないと言った。(以上につき,甲38,46,乙4,21)

3 本件当日

(1) 午前7時20分ころ,BがD方に行くと,Dは当日の仕事を休みにすると言い,Bに,同人,被告人及びAの3名分の給料として現金10万5000円を手渡した。このとき,Dは,2通の封筒のうちの1通から上記現金のうち10万円を取り出した。

これらの封筒は,いずれも一万円札が楽に入るような大きさで,模様はなく,一方の厚さは5ミリくらい,もう一方の厚さは二,三ミリくらいで,Dが金員を取り出したのは後者だった。午前8時ころ,BはD方を退出した。

Bは,午前8時過ぎころ,むつ市a町のA方に行き,上記10万5000円から同人の給料を渡した後,被告人方に電話をして,被告人を呼び出した。被告人は,Dから借りていた軽トラック(以下「本件車両」という。)でA方に行った。このとき被告人は,ほとんど所持金がない状態だった。被告人は,給料として,Bから現金5万2500円を受け取ってA方を退出し,午前8時30分過ぎに被告人方へ戻った。

午前10時過ぎころ,被告人は,上記給料で米や食料品を買うために本件車両で外出し,インスタントラーメンや卵等を購入した。その後被告人は,せっかく給料が入ったから,たまには少しくらいパチスロで遊んでもいいだろうと考え,むつ市a町にあるパチンコ店「E」に行き,給料を使ってパチスロを始めた。午後6時30分ころ,CやBが2万円の返済の件で被告人方へ電話し,午後7時ころ被告人の妻が上記パチンコ店へ行って,被告人にBから電話があった旨伝えた。このとき,被告人は,既にパチスロで4万円以上費消しており,手元には六,七千円程度しか残っていなかった。午後7時10分ころ自宅に戻った被告人は,2万円の支払い分と同人の妻に給料から生活費として渡す分を合わせて最低でも5万円を用意しなければならないが,これから誰かに金を借りに行くとしても1時間くらいはかかるだろうなどと考えて,Bに電話で午後8時に2万円を支払うので被告人方に来るよう伝えた。(以上につき,被告人の公判供述,甲13,39ないし46,51,52,70,乙5,21)

(2) 被告人は,午後7時15分ころ,金を借りるあてもないままに本件車両で同人方を出て,あてもなく車を走らせていたが,まもなく,Dが人に金を貸していると話していたことを思い出し,ちょっと無理かもしれないが同人から金を借りようと考え,D方に車を向けた。午後7時30分ころ,被告人は,前記新築工事現場向かいの空き地(むつ市a町b丁目c番d号)に車を停めた。そこで被告人は,最終的にはただ働きすることになってもいいから今日中にDから金を借りようと決意し,本件車両を降りて徒歩でD方に向かった。(被告人の公判供述,甲72,112,乙5,6,21,22)

(3) 午後7時35分ころ,D方に着いた被告人は,玄関の引き戸を開け,向かって右奥にある居間兼寝室の方に歩いていき,出入口の引き戸を開けながら,「どうしてらどー」と言うと,Dが「おお」と返事をした。そこで,被告人は,部屋内に入った。Dは,最初頭を北側に向けて横になった状態で南西側にあるテレビを見ていたが,被告人が南東側出入口近くのストーブを背にして座った際には,被告人と半身で向き合う形にあぐらをかいて座っていた。被告人は,まずDの体調のことを尋ねたが,同人からは気のない返事があった。被告人は,Dの言にしたがって部屋にあった缶コーヒーを飲み,煙草を吸った。さらに被告人は,翌日の仕事の話や昨日Dに怒られた件についての話を持ち出したが,同人からは面倒くさそうな返事しか返ってこなかった。

被告人は,立ち上がり,部屋を出て,トイレに行った。この時,被告人は,部屋内の北東側隅にあった茶タンスの真ん中辺りに,封筒が置いてあるのを見た。被告人は,この封筒の中に金が入っていると思い,トイレから戻ってくる際には,何とかDから金を借りるようにしようという気持ちになっていた。部屋に戻った被告人は,正座をし,頭を下げて,Dに「突然で悪いんだけども,急に支払いすることになったとこで,5万円でいいから貸してもらえねえか。何とか貸してもらえねすか。」と頼んだが,Dは,「ダメだ,ダメだ。」と答えた。被告人が「何とかお願いします。」と頼んでも,Dは「ダメだじゃ。」とつれない返事で,被告人が重ねて「そう言わねんで,何とか頼めねえべが。」と頼むと,Dは「おめ,ろくに仕事もしないのに,言われたこともできないのに。」「おめ,ペンキ塗りさせでも2週間経っても3週間経っても仕上がんねえべ。」「人の指示どおり仕事しないで,勝手にやって,あどで手直しするの大変だべさ。」と言ってきた。

被告人が正座をしたまま黙って下を向いていると,Dは,さらに,「ろくに仕事もできないくせに,ガキの使いよりも役立だねえ。」「おめみたいなレベルの奴に金貸されねえべ。わだば,貸せねえし,おめ,よそさ行っても,まんず相手にされねえべさ。金貸しても取れる保証ない。貸すだけ能ねえ。」「おめ,わらし,5人もいるんだっきゃ。ろくに仕事もできねんで,くわへていけねえくせに,無計画にガキばかり作りやがって。くわへていけねえべさ。くわへていけなかったら,作らねばいがったべさ。金貸す気もねえし,わらしさ,くわへていけなかったら,菜っぱ取って食ったり,残飯取ってくわへていけばいいべさ。」と,淡々とした口調で言葉を継いだ。

被告人が顔を上げると,Dはテレビの方を見ていた。この直後である午後7時50分ころ,被告人は右手でDの右肩をつかみ,同時に左手をDの首の前に回して,同人を仰向けに倒した。同人は,被告人に対し「何すんだ,この野郎。」と言ったが,被告人は,さらに右手でDの左肩付近を押さえつけながら,左手でその首を絞め続けた。この時被告人は,Dの顔を見るのが怖いと思い,顔を背けていた。

Dがぐったりした後,被告人は,Dの顔を見るのが怖いと思うと共に,手の平に首を絞めたときの感触が残るのは怖いとも思ったため,同人の頭の方に回り込んで,左右の前腕部の小指側の側面部でその首筋を挟むようにして,顔が目に入らないように覆い被さり,両腕の肘を同人の身体の中心部に向けて絞るように近づけながら力を入れた。これらの行為による頚部圧迫によりDは窒息死した。被告人は,自分の手をDの鼻と口に近づけて,息をしているか確かめ,脈がないことも確かめた。さらに被告人は,Dに呼びかけたが,全く返事をしなかったので,Dが死んだと思った。

被告人は,手足がぶるぶる震える状態のまま,部屋内の茶タンスにあった封筒の中に金が入っていることを確認したものの,手が震えてその金を封筒から引き出せず,この封筒を2つに折って自分が着用していたジャンパーのポケットに入れた。また,同タンスに財布が置いてあるのを見つけ,その中にあった千円札2枚を抜き取った。被告人は,午後8時直前ころ,D方を出て,上記空き地に駐車してあった本件車両に戻り,同車両で被告人方に向かった。(以上につき被告人の公判供述,甲3ないし5,7,8,11ないし13,27,29ないし35,74,112,117,乙5ないし11,14,22ないし24)

(4) 午後8時30分ころ,被告人は,自宅近くで本件車両を停めて下車し,同人方敷地内に車を停めてAと共に被告人を待っていたCに,無言で2万円を手渡した。このとき被告人は,無地の封筒から一万円札2枚を抜き取っており,Cからはその封筒の中にまだ10枚くらいの紙片の束があるように見えた。(甲46ないし48,乙23)

第3強盗殺人の犯意に関する被告人の供述

1 捜査段階における供述

(1) 本件当日D方を訪れてから同人を両手で仰向けに倒すに至るまでの自らの心情につき,被告人は,捜査段階で概ね以下のとおり供述していた。

Dの面倒くさそうな様子を見て,どのように借金の話を切り出すか困っていたので,なかなか借金の話を切り出せなかった。トイレに行くため立ち上がった際,心の中の仕切り直しのつもりと,Dがこの場に現金を持っているのか確かめたいという気持ちがあった。このとき,近くの茶タンスに封筒があるのを見つけた。

本件当日,何としても,最低5万円を持ち帰らなければならなかった。断られても,何度でも頼んでその日のうちに現金を借りたいと思っていた。しかし,頭を下げてDにお願いしたにもかかわらず,同人は,お前には金を貸さないと言い,さらに子供に残飯でも食わせろなどという屈辱的なことを淡々と言って,私だけでなく私の家族までも馬鹿にした。このときには,何でそこまで言われなければならないんだと思うと,はらわたが煮えくりかえる気持ちだった。顔を上げたとき,Dがテレビの方を向いていたのを見て本当に頭にきた。Dに対する憎しみや怒りが沸々とこみ上げてきて,もう同人から金を借りるのは無理だ,こうなったら同人を殺してでも金を持ち帰ってやる,こんなひどいことを言う奴はぶっ殺してやる,人を馬鹿にして,この野郎という気持ちになった。(以上につき,乙8,19,22)

(2) そこで上記供述の信用性について検討する。

まず,前記認定事実(第2・1,同2(1),同3(1)及び(2))によれば,本件当時,被告人の生活状況は極めて苦しいもので,その資力に全く余裕はなかったこと,被告人のCらに対する毎月2万円の支払いは,本件に至るまでの約1年以上の間,翌月まで滞ったりすることなく行われていたこと,被告人は,本件当日支払われた給料5万2500円をほとんどパチスロで費消してしまったこと,そのため被告人は,Cらに支払う借金返済分と,その日妻に生活費として渡す分とを合わせて最低5万円を用意する必要があったこと,被告人は,同日午後7時過ぎの時点で,午後8時に上記借金返済分を支払う旨Bに伝えており,他方,Dから金を借りる以外,5万円を用意する手段を思いつかなかったことが認められる。これらの事実関係は,上記供述内容のうち,本件当日最低5万円を持ち帰らなければならず,何度でも頼んでその日のうちにDから金を借りたいと被告人が思っていたという点と符合する。

次に前記認定事実(第2・3(3))によれば,本件当日被告人がD方居間兼寝室内で座った位置から見て,茶タンスは右後方,同室出入口は左後方にあり,立ち上がってトイレに行くため退出する際茶タンスを見るためには,敢えて茶タンスの方向に視線を向ける必要があると認められるが,これは上記供述内容のうち,トイレに行くため立ち上がった際,心の中の仕切り直しのつもりだけではなく,Dがこの場に現金を持っているのか確かめたいという気持ちも被告人にあったという点と符合する。

また,前記認定事実(第2・3(2)及び(3))のとおり,被告人は,D方に向かう際,最終的にただ働きすることになってもいいから今日中に同人から金を借りようと決意していたのであるが,他方Dは,被告人の借金申入れに対し,単にそれを断っただけでなく,被告人の仕事振りを厳しく非難し,さらに被告人の子らには残飯を食べさせればいいなどと言ったのであり,このことは上記供述内容のうち,Dの言葉を聞いた被告人がDに対する憎しみや怒りを抱くと共に,もう同人から金を借りるのは無理だと思ったという点と符合する。

さらに,前記認定事実(第2・3(3))によれば,被告人は,最初に左手でDの首を絞めた際,同人の顔を見るのが怖いと思い顔を背けていたこと,Dがぐったりした後被告人は,同人の顔を見るのが怖いと思うと共に,手の平で首を絞めると,絞めたときの感触が残って怖いと思ったため,同人の頭の方に回り込んで,左右の前腕部の側面部でその首筋を挟み,顔が目に入らないように覆い被さるという姿勢で首を絞めたことが認められる。かように,被告人が執拗にDの首を絞めるという行為を行う一方,同人の顔を見るのが怖い,手の平に首を絞めたときの感触が残るのは怖いと思い,実際にも顔を背け,あるいはあえてDの顔を見ず,かつ,手の平を使わずに首を絞める姿勢をとった行動は,当時被告人がただDに対する憤激のみにかられていただけというのではあまりに不自然ないし不合理なものであるといわざるを得ず,上記供述内容にあるとおり,被告人がDに対する怒りや憎しみだけでなく,同人を殺してでも金を持ち帰ってやるという意図の下に首を絞める行為に出たとみるのが相当である。

加えて,前記認定事実(第2・3(3))のとおり,被告人がDに対する加害行為に出たのは午後7時50分ころで,被告人は,Dが死んだと思った後手足が震える状態のまま,茶タンスの封筒の中に金が入っていることを確認し,さらに財布にある千円札を抜き取るなどして,午後8時直前ころにD方を出ている。わずか10分ほどの短時間で被告人がかような行為をとったことは,Dに対する加害行為に出る時点で,同人を殺して金を持ち帰る意図があったという上記供述内容に符合するものといえる。

以上のとおり,被告人の捜査段階における上記供述内容は,前記認定事実における一連の内容とよく符合する自然かつ合理的なものであって十分に信用できるものである。

2 公判供述

(1) 被告人は,第2回公判期日以降,概ね以下のとおり供述している。

一度トイレに行ったのは借金の話のタイミングをつかむためと,自分の気持ちを落ち着かせるためで,部屋に現金があるかどうか確かめるという気持ちはなかった。捜査段階でそのように供述したのは,取調べのときにそうでないと話が合わないのではないかと言われ,そういうふうに言わなければならないのかなと思ったからである。

Dに対してこの野郎という気持ちになったとき,Dを殺してやろうという気持ちはなかったと思う。金を取る気持ちもなかった。体勢を入れ替えて首を絞めた時点で殺してやろうという気持ちはあったかもしれない。Dが死んだことを確認した後で,金を工面しなければならないということを思い出して,金を盗んだ。

警察での取調べのとき,Dを殺す段階で,金を取ってやると普通考えるのではないかと言われ,私もそういう言い回しが調書を作成する上で適当ではないかと思った。検察庁で,警察での調書と同じようなことを言わなくてもよいと言われ,殺してでも金を奪ってやろうという気持ちになったと警察の段階で言っているけれど本当にそうかと確認された時,それでいいと答えた。警察での調書通りの答えをしていれば間違いないのかなと思ったし,Dを殺したことと金を取った行為を認めることが大事だということしか頭になかった。第1回公判では起訴状どおりで間違いないと答えたが,金を取ってやろうという時期が実に大事だということに気付いたので訂正させてもらった。気付いたのは第2回公判で弁護人の質問を受けている段階である。起訴状の内容が違うと言おうと考えたのは,第2回公判の前である。金を取ってやろうと思った時期で罪が全然違うものになると聞かされた。誰から聞かされたかは覚えていない。

(2) そこで,被告人の公判供述について,先にみた捜査段階における供述の信用性に合理的な疑いを入れる余地があるかという観点から,その信用性を検討する。

ア 前記認定事実(第2・2(2),同3(3))のとおり,本件犯行当日の時点で,被告人は,Dが喘息か何かの病気で,身体が弱いという認識を持っており,また本件犯行の際,両手でDを仰向けに倒した上,同人がぐったりするまで左手でその首を絞め続けたのであるから,すでにこの時点でDに対する殺意があったとみるのが相当である。さらに,先にみたように,被告人が執拗にDの首を絞めるという行為を行いつつ,その顔を見たり,手の平に首を絞めたときの感触が残ったりするのが怖いと思ったため,顔を背けて首を絞め,その後あえてDの顔を見ないようにして手の平を使わずに首を絞める姿勢をとったことからすれば,そのとき被告人がただDに対する憤激にかられていただけであるというのは相当に不自然ないし不合理である。これらに鑑みると,被告人の公判供述のうち,Dに対してこの野郎という気持ちになったとき,同人を殺してやろうという気持ちも,金を取ろうという気持ちもなかったとの点はあまりにも不自然かつ不合理といわざるを得ない。

また,本件犯行当日,被告人がD方居間兼寝室内で座った位置からすれば,立ち上がってトイレに行くため退出する際に茶タンスを見るためには,敢えて茶タンスの方向に視線を向ける必要があることも既にみたとおりであるが,このことからすれば,被告人の公判供述のうち,トイレに行った際,部屋に現金があるかどうか確かめるという気持ちはなかったという点もやはり不自然というべきである。

イ 被告人の公判供述によれば,捜査段階において前記1(1)の内容を供述した理由について,取調べの際そうでないと話が合わないと言われ,そのように言わなければならないのかなと思った,検察庁では警察の調書と同じようなことを言わなくてもよいと言われたが,警察での調書通りの答えをしていれば間違いないのかなと思った,Dを殺したことと金を取った行為を認めることが大事だということしか頭になかったなどというのであるが,これらの理由はそれ自体合理的とはいえず,にわかには納得しがたい。加えて,同供述では,上記各理由を前提としつつ,第2回公判において公訴事実を一部否認したのは,金を取ろうとした時期が大事だということに気付いたためで,気付いたのは同公判で弁護人の質問を受けている段階であるとする一方,金を取ろうと思った時期で罪が異なるものになると聞かされて起訴状の内容が違うと言おうと考えたのは同公判の前であるとするなど内容自体に不可解な食い違いがあり,しかも,金を取ろうと思った時期で罪が異なるものになると誰から聞かされたのかは覚えていないというのであって,あまりにも不自然というべきである。

ウ 以上のとおり,被告人の公判供述は,前記認定事実と符合しないのみならず,その内容自体あまりに不自然ないし不合理といわざるを得ないのであって,極めて信用性に乏しく,同供述をもって先にみた捜査段階の供述の信用性に合理的な疑いを入れる余地はない。

第4結論

これまで検討してきたところに鑑みると,前記認定事実及び被告人の捜査段階における供述から,判示のとおり,被告人は金員強取の意図のもと,殺意をもってDの首を絞めて殺害したと優に認定できるものである。

(量刑の理由)

1 本件は,判示のとおり,借金返済と妻に渡す生活費に充てるべき給料をパチスロで費消してしまった被告人が,被害者から金員を借りようとしたものの,これを断られたのみならず,被告人にとって家族を馬鹿にされたと感じられる言葉を口にされ,憤激すると共に,もはや被害者を殺害して金員を奪うしかないと決意し,被害者の首を絞めて殺害した上,犯行現場にあった現金約10万2000円を奪ったという強盗殺人の事案である。

2 被告人は,ゲーム機賭博にのめり込んで散財を重ね,結婚後子供が生まれてからもこの種の遊興に溺れる姿勢を全く改めることなく,パチンコやパチスロに熱中して一家の生活を困窮させ,本件犯行当日も借金返済や生活費に充てるべき給料をほとんどパチスロに注ぎ込んでしまったものである。その挙げ句,金員の算段に困り,被害者に借金を頼み込んだが,相手にされなかった上,被告人の子供には残飯を食べさせればいいなどという趣旨のことを言われ,被害者に対する怒りや憎しみと共に同人を殺して金員を奪う意図を抱いたというのであって,被告人の本件犯行に至る経緯及び本件犯行動機は,実に身勝手で自己中心的,短絡的といわざるを得ず,酌量の余地は全くない。

その犯行態様も,高齢で肺を病み,身体の弱っている被害者に対し,二度にわたって首を絞め続けるという執拗なものであり,態様自体が相当に悪質なだけでなく,犯意が極めて強固なものであることを表している。この行為によって,被害者は窒息死させられたのであって,結果が極めて重大であることは,言うまでもない。被害者は,自宅新築後静かな余生を送り得たはずであるのに,被告人によって突然その命を絶たれたのであり,無念の想いは想像に難くない。

また,被告人は,本件犯行で奪取した現金を借金返済や生活費のみならず,宝くじ購入やパチスロにも費消しており,犯行後の態様も良くない。その上,現在に至るまで被告人から被害者の遺族に対する慰藉の措置は何らなされておらず,当然のことではあるが,遺族側の処罰感情は厳しい。

加えて,本件は,小中学校も近くにある住宅街のただ中で敢行された重大犯罪であり,その社会的影響も決して見過ごすことはできないところである。

以上からすれば,被告人の刑事責任はあまりに重く,厳罰をもって臨む以外にない。

3 従って,被告人に前科前歴はなく,今回初めて逮捕勾留の上,相当期間身柄を拘束されており,当公判廷において,遺族の方に対して本当に申し訳ない旨反省の弁を述べていること,本件犯行自体衝動的なものであり,計画性は認められないこと,7歳の子を初めとして,本来被告人が養うべき家族のいることなど有利に斟酌できる事情を最大限に考慮しても,被告人に対し酌量減軽することが相当とはいえず,主文の刑を科することとした。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 無期懲役)

(裁判長裁判官 髙原章 裁判官 結城剛行 裁判官 吉田静香)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例