大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 平成16年(ワ)29号 判決 2005年7月12日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求の趣旨

1  被告は,原告に対し,500万円及びこれに対する平成16年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  被告は,選定者C及び同Dに対し,各250万円及びこれに対する平成16年2月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告の亡妻A(以下「亡A」という。)がB病院(以下「被告病院」という。)を受診した平成13年11月26日の時点で,既に転移性がんに罹患していたにもかかわらず,担当医師が約3か月後である平成14年2月22日になるまで,亡Aの夫である原告及び子である選定者らにがん又はその疑いがあることを告知しなかったために亡Aが家族の手厚い看護を受け,又はアガリクス等の民間療法を試すという期待権が侵害された旨主張して,亡Aの慰謝料請求権を相続した原告及び選定者らが,被告病院を設置運営している被告に対し,診療契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,相続分に応じた各慰謝料(原告及び選定者ら3名の総額1000万円)とその遅延損害金の支払を求めたという事案である。

その中心的争点は,(1)担当医師において最初に診察をした平成13年11月26日又は遅くとも平成14年2月8日の時点において亡A本人及び原告ら家族に対してがんの確定診断をし,その旨の告知をすべき義務があったといえるかどうか,(2)仮にその確定診断をするに至らなかったとしても,担当医師において平成13年11月26日の段階においてがんの疑いのあることを亡A本人及び原告ら家族に対して告知すべき義務があったといえるかどうかである。

1  前提事実

以下の事実は括弧内に記載した証拠により認めることができるか,当事者間に争いがない。

(1)  当事者

ア 原告は,亡Aの夫であり,別紙選定者目録記載の選定者C及び同Dは,原告と亡Aとの間の子である(甲1)。

イ 被告は,被告病院を設置して運営する地方公共団体である。

(2)  亡Aが死亡するまでの経過

ア 平成13年11月,亡Aは,かかりつけのE病院において胸部X線写真を撮影してもらったところ,肺にくもりがあると言われて,被告病院における精密検査を受検するように勧められた。

イ そこで,亡Aは,平成13年11月26日,被告病院を受診し,被告病院との間で,肺のくもりの診断及び治療を目的とする診療契約を締結した(以下「本件診療契約」という。)。

ウ 平成13年11月26日以降,亡Aは,被告病院において検査等を受け,平成14年2月12日から同月28日までの間は,精密検査を受けるため被告病院に入院した。

エ 亡Aが被告病院に入院中の平成14年2月22日,亡Aの主治医であるF医師は,原告に対し,亡Aが末期がんに罹患している事実を告知した。

オ 平成14年4月10日,亡Aは,転移性肺腫瘍により死亡した(甲2)。

2  原告の主張

(1)  被告の債務不履行(医師の告知義務違反)

ア 医師は,診療契約上の義務として,患者に対し,診断結果や治療方針等を説明する義務がある。

患者が末期的疾患に罹患しており,それを告知をするのが相当でないと判断した場合に,その判断が医師としての合理的裁量の範囲内であるとしても,担当医師は,診療契約に付随する義務として,少なくとも,患者の家族に対し,診断結果等を説明する義務を負うというべきである。

イ 本件においては,被告病院の担当医師は,第1次的には平成13年11月26日に,遅くとも平成14年2月8日には,亡Aが末期がんに罹患していることを確定的に診断することができ,これを亡A又は原告ら家族に告知すべき義務があった。しかし,担当医師は,これを怠った。

ウ 仮に,担当医師が平成13年11月26日又は平成14年2月8日の時点において末期がんであることを診断することができなかったとしても,平成13年11月26日の時点においては亡Aにはがんの疑いがあったのであるから,担当医師は,亡A又は原告ら家族に対し,その旨を告知すべきであった。しかし,担当医師は,これを怠った。

エ 担当医師は被告の履行補助者であるから,被告は,亡Aに対し,担当医師の過失により亡Aに与えた精神的損害を賠償すべき債務不履行責任がある。

(2)  亡Aの損害

亡Aが末期がんであり又はその疑いのあることを担当医師が告知しないまま漫然と時日を経過させたことにより,亡Aは,より早い段階で家族である原告らから手厚い看護・世話を受けたり,原告らとより多くの時間を過ごすなどして一層充実した日々を送ることができ,又はアガリクス等の民間療法を試すことができたことについて,それらの期待権を侵害された。

担当医師の不告知により亡Aが被った精神的苦痛の慰謝料としては1000万円が相当である。

(3)  原告らの相続

原告及び選定者らは,亡Aの上記慰謝料請求権を法定相続した。

(4)  よって,原告は,被告に対し,本件診療契約の債務不履行による損害賠償請求権に基づき,原告に対する500万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるほか,選定者C及び同Dに対する各250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成16年2月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  被告の主張

(1)  亡Aの症状は結果的に悪性かつ転移性腫瘤であったが,担当医師が確定的な診断結果を得るためには,実際に行われた諸検査を経る必要があった。

平成14年2月12日亡Aが被告病院へ入院した当日の喀痰検査の結果,悪性のがんが進行していることが推認され,更に検査を進めた結果,同月20日には膵臓にも腫瘤のあることが確定的となった。そこで,同月22日,担当医師は,亡Aの夫である原告に対し,亡Aの症状を告知した。

したがって,被告病院の医師が亡Aの夫である原告に対し,がんの告知を怠ったという事実は存在しないのであり,債務不履行はない。

(2)  また,担当医師は亡Aに対しては最後までがんの告知をしていないが,患者本人に対するがんの告知については,病状それ自体の重篤さのほか,患者本人の希望,その人格,家庭環境,医師と患者の信頼関係,医療機関の人的・物的設備等を考慮して,慎重に判断すべき事柄であって,その判断は第1次的には,治療に当たる医師の合理的裁量によるべきものである。

本件では,担当医師にとっても亡Aは初診の患者であり,その性格等も不明であったから,一連の検査により亡Aが膵臓の多発性肺転移の可能性が強く考えられるに至った平成14年2月20日以降にも亡Aに対して末期がんの告知をしなかったものであり,これが債務不履行に当たるということはできない。

(3)  原告は,がんの疑いについても告知すべきであるとするが,がんの告知については,いつどのようにするかという定説はなく,その根拠もないままに単なるがんの疑いがあるというだけでは,患者及び家族に対してがんの疑いがある旨の説明をするわけにはいかない。

第3当裁判所の判断

1  争いのない事実のほか,証拠(甲2から5まで,乙A1の1から7まで,H証言)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,本件の経過は,以下のとおりである。

(1)  当初の診察及び診断

ア 平成13年11月22日,亡A(当時65歳)は,かかりつけのE病院において,胸部エックス線写真を撮ったところ,肺にくもりがあると言われ,被告病院を受診して精密検査を受けることを勧められた。

イ 平成13年11月26日,亡Aは,上記勧めに従って被告病院を受診したが,その際に亡Aが持参したE病院のG医師作成の診療情報提供書(甲3)には,「症状経過及び検査結果」として,「4月23日の健診での胸部写真では問題ありませんでしたが,11月の胸部写真で両肺に円形の小さな陰影を認めました。CTを施行したところ,metastasis(注:転移)を思わせる陰影でした。」「primary(注:原発巣)等,検索していただければ幸いです。」「なお,患者さん並びに御家族には,malignancy(注:悪性)については全く説明しておりません。」などと記載されていた。

同日,被告病院内科のH医師(がん患者の診療経験症例数は500以上)が亡Aを診察し,胸部エックス線写真の撮影及び採血を行い,CRP等一般的な血液検査項目と腫瘍マーカーと呼ばれる検査項目について検査を依頼した。その際の亡Aには,自覚症状が全くなかった(乙A1の1の2頁)。H医師は,亡Aに多発性肺転移腫瘍の疑いがあったため,確定診断をする目的でそれ以後各種検査を行うこととし,E病院のG医師に宛てた「来院・入院報告書」(甲4)においても,多発性肺転移性腫瘍の疑いとして精査・治療を進めていく旨の記載をした。

しかし,H医師は,診察の際に亡Aが線の細い感じの人物であると判断されたことから,亡Aに対しては,胸部写真上で複数の異常陰影があり,何かの病気があるので精密検査が必要であり,場合によっては入院して治療する必要がある旨を説明したにとどまり,がん等の重大な病気の可能性があることについての説明をしなかった(乙A6,H証言49頁)。

(2)  その後の検査経過等

平成13年12月3日から平成14年2月22日までに,亡Aが受けた検査等の経過は以下のとおりである。

ア 12月3日 胸部及び腹部のCTを実施し(乙A1の1の9頁),胸部に病変(両肺に最大1㎝程度の結節が多発しており,縦隔リンパ節腫大)のあることが確認され,H医師のほか,放射線科のI医師もCT画像を見て診断をしたが,多発性の肺転移性腫瘍疑いと診断されたのみであって,その病変の原因が肺転移性腫瘍であるのか,結核その他の感染症であるのかなどについての確定診断をすることができず,その後の鑑別診断が必要と判断された(H証言3頁)。

イ 12月6日 11月26日に実施した腫瘍マーカーの数値がいずれも正常であった(例えばCEA〔腺がん型の腫瘍マーカー〕が正常値5以下のところ1.4であり,CA19-9〔腺がん型の腫瘍マーカー〕が正常値37以下のところ20.5であり〔乙A1の1の17頁〕,SCC〔扁平上皮型の腫瘍マーカー〕が正常値1.5以下のところ0.7であり,NSE〔小細胞がん型の腫瘍マーカー〕が正常値10以下のところ6.5であった〔乙A1の1の23頁,H証言6頁〕。)。そこで,更に消化器についても精査するため,被告病院第3内科において亡Aを診察するも,がんの所見がなく,確定診断をするには至らなかった(乙A4の1)。

ウ 12月10日 次に気管支鏡検査を実施し(乙A1の1の8頁),細胞診検査と肺の一部を取る生検を行い,J医師(病理専門医)が病理診断,組織診断及び細胞診断をしたが(乙A1の1の14頁,15頁),いずれの検査においてもがんの所見がなかった(H証言12頁以下)。

エ 12月17日 また,被告病院婦人科においても亡Aを診察したが,子宮・卵巣とも正常であり,異常がなかった(乙A5の1)。

オ 12月20日 そこで,被告病院内科において上部(胃と食道)内視鏡検査を実施したが,亡Aには軽い急性胃炎があったのみであり,特段の異常がなかった(乙A1の1の24頁,乙A4の1)。

カ 12月28日 次に被告病院内科において12月下旬に下部(大腸)内視鏡検査が予定されていたが,亡Aの申出により平成14年1月下旬に延期された(乙A1の1の25頁,乙A4の1,H証言19頁以下)

キ 1月29日 延期された下部(大腸)内視鏡検査が行われ,検査の結果大腸ポリープの存在が認められたが,小さすぎて,悪性腫瘍とは判断されなかった(乙A1の1の25頁,乙A4の1,H証言17頁)。

ク 2月1日 H医師が亡Aを診察し,同日までの検査では確定診断がつかなかったため,2月6日にもう一度気管支鏡検査を実施することとした(H証言22頁)。

ケ 2月6日 気管支鏡検査の実施が予定されていたが,亡Aの緊張感が強かったことから実施されなかった(乙A1の1の4頁,H証言22頁)。ただし,そのころから亡Aに痰が出るようになってきたことから,喀痰細胞診が実施された(乙A1の1の30頁,H証言38頁)。

また,同日,H医師は亡Aを診察し,肺の陰を調べるためという説明をして入院を勧めたため(乙A2の1の13頁),亡Aは,2月12日から検査のため被告病院に入院することとなった。

コ 2月7日 前日に行った喀痰細胞診の結果,クラスⅢという悪性が疑われる結果が出たため,末期がんの疑いが強くなった(乙A1の1の30頁,H証言23頁)。

サ 2月12日 亡Aは被告病院内科に検査のため入院した。その際,主治医はH医師から研修医のF医師となったが,診療はすべてH医師と相談しながら行われた(H証言25頁)。

シ 2月20日 亡Aが入院して以降,全身CT等の検査が実施された結果,膵頭部腫瘍とその転移が強く疑われる所見が認められたため(乙A2の1の9頁等),H医師らは亡Aががんである(原発は膵臓がんであり,それが肺に転移した確立が高い。)との確定診断をし,亡Aの夫である原告に対して告知をすることとした(H証言27頁以下)。

ス 2月22日 F医師は,連絡を受けて被告病院を訪れた原告に対し,「亡Aの肺に進行の速い多発する腫瘍が認められ,がんであると考えられる。膵臓にもがんがあり,どちらが原発かは不明である。」との告知を行った上,「余命はあと3か月から6か月程度と予想されるが,抗がん剤治療をしてもその効果をあまり期待することができず,本人に告知をするかどうか,帰宅して通院治療をするか,抗がん剤投与による入院治療をするかどうかについて家族で考えてほしい。」旨の説明をした(乙A2の1の9頁,56頁,H証言31頁)。

(3)  その後の状況

ア 亡Aが罹患していたがんは進行性のがんであり,H医師らが確定診断をするに至った平成14年2月20日の時点では,既に治療がほぼ不可能な状態であった(H証言32頁)。末期がんの告知を受けた原告は,亡Aに対しては,末期がんの告知をせず,肺炎であるからその治療をする必要があるという説明のみを行い,本人の希望に従い,自宅に戻って通院治療をすることにした。原告から病状を聞いた東京在住の長男は,アガリクスを青森の原告方へ送付してきた。

イ そこで,平成14年2月28日,亡Aは,被告病院内科を退院し,自宅療養を行ったが,平成14年3月27日に病状が悪化して再度被告病院内科に入院した(乙A3の1の5頁)。

同日以降,被告病院内科において治療が行われたが,平成14年4月10日,亡Aは転移性肺腫瘍により死亡した。

ウ 平成14年6月末ころ,原告は,最初から市議会議員を同伴して被告病院を訪れ,H医師らと面談した。

その際,H医師は,原告に対し,亡Aが被告病院を受診してから死亡するまでの経過や,亡Aの病状について説明をしたが,原告はH医師の説明に納得することはなく,「おまえが隠した。おまえが悪い。おまえが殺した。」などと述べ,H医師から「患者さんは私を信じてくれていました。」と言われても,「そうだ,そのために自分が飲まそうとしたアガリクスを飲まなくても,おまえの出した薬は飲んだ。だからおまえが悪い。おまえが殺した。」などと述べた(乙A6,H証言)。

(4)  告知の状況等

被告病院のH医師らは,亡Aが性格的に告知に耐えることが困難であると判断したことから,平成14年4月10日に死亡するまで,亡Aに対しては,末期がんであることを告知せず,末期がんの疑いがある旨の説明もしていなかった(H証言49頁)。

また,被告病院の医師は,夫である原告に対しては,上記のとおり平成14年2月22日に末期がんの告知をしたが,同日以前に亡Aががん等の重大な病気である可能性がある旨の説明をしていなかった。

以上のとおり認定することができ,上記認定に反する原告の陳述(甲5)は採用することができない。

2  被告の債務不履行の有無について

(1)  医師は,診療契約上の義務として,患者に対し診断結果,治療方針等の説明義務を負担するが,患者が悪性腫瘍のような重篤な疾患に罹患している場合には,患者の病状,性格,家庭環境等の事情を総合考慮の上,患者に対して病名が悪性腫瘍であることを告げるかどうかについて,一定の裁量を有しているものと解するのが相当である。

そうであるところ,亡Aが悪性腫瘍に罹患しているとの確定診断をすることができた平成14年2月20日の時点においては,治療により亡Aが回復することがほぼ不可能な状態にあり,被告病院医師らが亡Aは線の細い性格であるから告知が相当でないと判断していたことや,その判断の相当性を裏付けるように原告ら家族自身も末期がんの告知を受けた後にも亡A本人に対してはその告知をしていなかったことなどの前記認定事実の下においては,H医師らが亡Aに対してがんの告知をしなかったことは,医師としての裁量の範囲内であったものと認めることができ,末期がんの不告知が患者である亡Aに対する債務不履行には当たらないというべきである。

(2)  次に,原告は,「原告ら家族に対してもがんの告知をしなかったことが債務不履行に当たる。」旨を主張しているので,この点について検討する。

患者が末期的疾患に罹患しその余命が限られている旨の診断をした医師が,患者本人にはその旨を告知すべきではないと判断した場合には,当該医師は,診療契約に付随する義務として,患者の家族等に対する告知が適当な場合には,その診断結果を説明する義務を負うものというべきである。

これを本件についてみると,H医師らは,亡Aが末期がんに罹患しているとの確定診断をすることができた平成14年2月20日の2日後である同月22日には,家族である原告に対してその旨の告知をしているから,家族に対する告知義務を果たしたものということができ,原告ら家族に対する関係において被告に債務不履行があったと認めることはできない。

(3)  また,原告は,「亡Aが被告病院を受診した平成13年11月26日の時点においてがんの疑いがあったのであるから,その疑いの告知をすべきであった。」旨主張する。

しかしながら,前記認定のとおり,平成13年11月26日の時点において亡Aには自覚症状がなく,胸部エックス線写真の画像により両肺の病変の存在が確認されたのみであって,その病変の原因が多発性肺転移性腫瘍であるのか,肺炎等の感染症等であるのかの鑑別診断が必要な状況にあった。そして,仮にその病変の原因が多発性肺転移性腫瘍であったとすると,その告知が患者に与える心理的打撃は大きいであろうから,そのような根治困難な疾患の疑いの告知については,より慎重な配慮が必要なものというべきである。そして,本件においては,亡Aのかかりつけ医(紹介医)であったG医師の紹介状においても亡A及びその家族には肺転移性腫瘍疑いの説明をしていない旨の記載がされていたのであるから,同様の肺転移性腫瘍の疑いの診断をするにとどまっていた被告病院のH医師としては,かかりつけ医と同じように患者及び家族に対する肺転移性腫瘍の疑いの告知を控えるということにも十分な合理性があったものと考えられる。また,それ以前に亡Aが被告病院を受診したことがなく,被告病院としては,亡A及びその家族の状況等についての情報を有していなかったから,積極的な告知を行うべき状況にもなかったということができる。

もっとも,一般的には,担当医師が重大な疾患の疑いを告知しないことにより患者が自己の病状を重大視しないで治療に協力しなくなる可能性もあるから,同医師としてはそのような治療への不協力(来院検査の中断)がないように配慮する必要がある。また,その配慮をするための一つの方策として,患者本人のみならず,家族である原告らに対しても肺転移性腫瘍の疑いを告知することも考えられる。しかしながら,本件においては,H医師が,亡A本人に対して「胸部写真上で複数の異常陰影があり,何かの病気があるので精密検査が必要であり,場合によっては入院して治療する必要がある。」旨を説明していたというのであるから,上記の来院検査の中断回避のための配慮をしていたものということができる。また,本件においては亡Aが通院継続と精密検査に同意しており,実際にも亡Aは被告病院のH医師らを最後まで信頼して検査及び治療に協力していたというのであるから(乙A6),そのような本件においては,患者本人の治療への協力を確保する一つの方策としてその家族に対して肺転移性腫瘍の疑いを告知する必要があったものということもできない。

以上の検討によれば,平成13年11月26日の時点において亡A本人及び原告ら家族に対して肺転移性腫瘍の疑いを告知すべき義務が被告病院医師らにあったとまではいうことはできず,その疑いの不告知が本件診療契約上の債務不履行に当たる旨の原告の主張は採用することができない。

第4結 論

以上のとおり,原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 伊澤文子 裁判官 石井芳明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例