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青森地方裁判所 平成16年(ワ)297号 判決 2006年3月22日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  請求

被告らは、連帯して、原告に対し、金789万0150円及びこれに対する平成16年12月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2  事案の概要等

本件は、被告鯵ヶ沢町(以下「被告剛という。)の助役であった被告Y1が別紙「代理受領確認書」(以下「本件確認書」という。)に確認者として署名押印したが、被告町は原告に支払をせず、原告は工事代金を回収できなくなったとして、被告町に対しては不法行為(被告町自身の不法行為又は被告Y1の使用者責任)に基づき、被告Y1に対しては不法行為に基づき、残工事代金額及びこれに対する民法所定の遅延損害金の支払を求めた事案である。

1  争いのない事実等(括弧内の証拠番号は掲記事実を認めた証拠等であり、その記載のない事実は当事者間に争いがない。)

(1)  原告は主として配管工事等の請負を業とする会社、被告Y1は平成14年7月当時被告町の助役であった者、株式会社a社(以下「a社」という。)は主として建築を業とする会社である。

(2)  被告町とa社は、平成14年7月12日、被告町を注文者、a社を請負人として下記のとおり建設工事請負契約を締結した(〔証拠略〕)。

工事名 鰺ヶ沢地区簡易水道配水管布設替工事(第4工区)

工事場所 鰺ヶ沢町大字北浮田町地内

工期 平成14年7月13日から同年10月25日まで

請負代金 2184万円

(3)  原告とa社は、平成14年7月25日、上記(2)の請負代金2184万円のうち850万円を原告に代理受領を委任する旨の記載がある本件確認書に署名押印し、さらに、被告Y1がこれに確認者として署名押印した。

被告Y1名下の押印の印影は、「Y1」とのみ印象されるものであり、それ自体に被告町の表示や、被告町の助役であることの表示を伴うものではない(〔証拠略〕)。

(4)  原告とa社は、平成14年8月1日、上記(2)の工事に関し、請負人を原告、注文者をa社として下記のとおり請負契約を締結した(以下「本件工事」という。)。

施工場所 鰺ヶ沢町大字北浮田地内

工事内容 配管工事一式

工期 平成14年7月13日から同年10月25日

代金 939万0150円

支払条件 現金100%(役所支払後)

(5)  原告は、平成14年10月25日ころ、本件工事を完成させ、a社に引き渡した(弁論の全趣旨)。

(6)  被告町は、前記(2)の請負代金をa社に全額支払った(弁論の全趣旨)。

(7)  a社は、原告に対して、本件工事代金として150万円を支払ったものの、その余の金員を支払う能力はない(弁論の全趣旨)。

2  当事者の主張

(1)  原告の主張

ア 被告町が代理受領を承認したと認められる場合

(ア) 被告Y1は、町長に匹敵する強大な権限を実質的に掌握しており、助役の専決権限の範囲を超えて慣例的に決裁をしていたから、本件確認書についても被告Y1の専決権限内の範囲であって、その効果が被告町に帰属する。本件確認書の被告Y1名下の押印は、同人が被告町の公印として押捺したものである。

専決権限の範囲に属さなかったとしても、これを基本代理権とする権限外の行為であって、表見代理(民法109条、110条)によって、その効果が被告町に帰属する。

顕名がないとする点については、被告Y1は、被告町のためにする意図で本件確認書に署名押印したのであり、原告はこれを知り、又は知ることができたから、民法100条但書の場合にあたる。

以上によれば、被告町は、a社に対する工事代金の一部である850万円について、原告が代理受領することを承認したものと認められる。

(イ) しかるに、被告町は、a社に工事代金全額を支払い、原告に支払をしない。そして、原告は、a社から本件工事代金として150万円の支払を受けたものの、残金789万0150円(以下「本件残金額」という。)については回収不能となる損害が発生した。

(ウ) よって、原告は、被告町に対し、民法709条の不法行為に基づく損害賠償として、本件残金額及びこれに対する平成16年12月15日(不法行為日以降の日であることが明らか)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(エ) なお、被告町が代理受領を承認したと認められる場合には、原告は、被告Y1に対する不法行為責任は主張しない。

イ 被告町が代理受領を承認したと認められない場合

(ア) 被告町の責任

a 被告町自身の民法709条の責任

被告Y1は被告町では町長に次ぐ地位にあったのであるから、被告町は事務決裁規則(〔証拠略〕)を公示したり、私印を絶対に公印として兼用することのないように公印を制定する等の対策を講じるべき義務があった。

しかるに、被告町は、かかる対策を採らなかったばかりではなく、漫然と被告Y1が公印と私印とを混用する事を放置してきたことにより、原告に本件確認書記載の金額のうちの本件残金額の請求権を喪失させたことになるから、民法709条により、原告に対する損害賠償義務を負う。

b 被告Y1の使用者としての民法715条1項の責任

本件確認書への署名押印は、助役室において、その勤務時間中に行われたものであるから、被告Y1の使用者である被告町がその監督義務を怠っていたことは明らかである。したがって、被告町には、民法715条1項により、原告に対する損害賠償義務がある。

(イ) 被告Y1の責任

a 故意の不法行為責任

被告Y1は、a社の実質的な代表者であったAと共謀して、本件確認書が公文書であり、間違いなく被告町より工事代金が支払われるものと誤信させ、原告とa社との間に本件工事の請負契約を締結させ、a社に本件確認書記載の工事代金を騙取せしめ、もって原告に本件残金額の損害を被らせた。したがって、被告Y1は、民法709条(故意の不法行為責任)により、原告に対する損害賠償義務を負う。

b 過失の不法行為責任

被告Y1は、公印と私印とを区別し、助役としての法律行為なのか、私人としての法律行為なのかを明確に示すべき注意義務があったにもかかわらず、漫然と公私兼用印を押捺して本件確認書を作成した注意義務違反がある。しかも、被告Y1は、本件確認書を被告町の助役室で作成し、その際には支払時期には会計課に指示する、今後とも被告町の工事には入札の機会を与える約束をするなど、誤解を助長するごとき発言をしており、その点でも注意義務違反がある。

被告Y1は、上記注意義務違反により、原告に本件確認書記載の工事代金のうち、本件残金額を受領できない損害を被らせたのであるから、民法709条(過失の不法行為責任)により、原告に対する損害賠償義務を負う。

(ウ) よって、原告は、被告町及び被告Y1に対し、本件残金額である789万0150円及びこれに対する平成16年12月15日(不法行為日以降の日であることが明らか)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。

(2)  被告らの主張

ア 被告町が代理受領を承認したと認められる場合の原告の主張に対する被告らの主張

(ア) 被告町では、平成12年、平成13年に各1件ずつ代理受領を認めたことはあったが、それ以降は代理受領を認めていない。

また、被告Y1の専決権限は鰺ヶ沢町事務決裁規則の範囲内のみであり、これを越えるものにつき、被告Y1には専決権限はない。

さらに、表見代理の点は、そもそも本件確認書には顕名がなく、表見代理成立の基礎を欠く。また、専決権限の範囲は鰺ヶ沢町事務決裁規則に明確に定められており、原告が被告Y1の権限の範囲内と信じることにつき正当な理由があるとはいえない。

よって、被告町が代理受領を承認したとはいえず、これを前提とする原告の請求は認められない。

(イ) また、本件確認書は代理受領を承認するために作成された文書ではない。すなわち、原告が資材問屋から資材を購入するにあたり、被告町発注の工事であることを示し、信用力を示すために作成されたものである。したがって、代理受領の効果は生じない。

イ 被告町が代理受領を承認したと認められない場合の原告の主張に対し

(ア) 被告町の責任についての被告町の主張

a 被告町自身の民法709条の責任について

事務決裁規則は、本件では原告から証拠提出されているとおり、公開されており、原告において容易に入手可能なものである。また、押捺された印章が、公印として使用されていようが、私印として使用されていようが、本件確認書に顕名がない以上、被告町に代理受領の効果が生じる行為ではないことは容易に認識することができる。以上によれば、原告の主張は認められない。

b 被告Y1の使用者としての民法715条1項の責任について

(a) 被告Y1が本件確認書に署名押印したのは、被告町の発注の工事であることを確認する趣旨であり、原告の誤解は、容易に調査、確認できる事実の確認を怠ったからで、重大な過失がある。被告Y1の行為とは相当因果関係がない。

(b) その他、被告Y1に民法709条の責任がないことについては、被告Y1の主張を援用する。

(c) 被告Y1に民法709条の責任があるとしても、被告は重大な過失により、被告Y1の本件確認書への署名が職務権限外であることを知らなかったといえるから、原告の損害は事業の執行につき加えた損害とはいえず、被告町の使用者責任は認められない。

仮に、被告町に使用者責任が認められるとしても、大幅な過失相殺が認められるべきである。

(イ) 被告乙処の責任についての被告Y1の主張

a 被告Y1は、支払時期になれば会計課に指示をするという話はしていない。本件確認書をもって、確実に工事代金が被告町から支払われるものと誤信させたということはない。

b 原告は、平成14年12月30日に、b社振出の約束手形2通(額面額合計700万円)の交付を受けることにより、a社からの工事代金残金700万円の弁済を受け、その余の代金は免除した。したがって、原告に回収不能の損害は発生していない。

また、上記約束手形の交付を受けた際に、本件確認書のことが解決されることを念押しし、原告代表者もこれを了承している。これにより、本件事案は解決済みであって、被告Y1の不法行為責任はない。

第3  争点に対する判断

1  被告町が代理受領を承認したと認められる場合の主張について

(1)  〔証拠略〕によれば、確認者欄に被告町名や被告Y1の役職名は全く記載されていないことから、顕名がないことは一見して明らかである。

この点、原告は、被告Y1名下に押捺された印章は、公印として使用されていたものであると主張する。〔証拠略〕によれば、被告町では助役の公印は特に定められておらず、被告Y1は助役としての職務行為につき押印するときも、それ以外のときも、本件確認書に押捺されたものと同一の印章を使用していたことが認められる。しかし、職務行為につき押印されたものであるか否かは、被告町の名称と助役という役職が表示されることによって明らかになる事柄である。したがって、助役としての職務行為につき本件確認書と同一の印章により押印されることがあったとしても、本件確認書には被告町及び助役という役職の表示がないので、被告町の職務行為につき押印されたとはいえないし、そのような顕名がなされたと見ることもできない。

また、原告は、本件では民法100条但書により、顕名があったと認められるべきであると主張する。しかし、後記(2)のとおり、被告Y1が被告町を代表して、原告が主張する500万円を超える金額の代理受領を承認する権限がないことは明らかであり、被告Y1が、被告町に法的効果を帰属させる意図で、顕名なく本件確認書への署名押印をしたと認めることはできない。したがって、原告の主張は、その前提を欠いており、採用することはできない。

(2)  顕名についての原告の主張を前提としても、以下のとおり、本件では有権代理により、あるいは表見代理により法的効果が被告町に帰属するとは認められない。

ア 助役には会計事務について市町村を代表する権限はないが(地方自治法167条)、証拠(甲8・鰺ヶ沢町事務決裁規則4条(6)、(7))によれば、被告町は、町長の権限に属する事務のうち、1件50万円を超え500万円以下の工事請負契約及び支出命令に関し、助役に専決権限を委ねている。そうすると、850万円の代理受領を承認する旨の本件確認書が専決権限の範囲外であることは明らかである。また、慣例的にこれを越える決裁をしていたとする点(町長から包括的に代理権が与えられていたという主張と解される。)については、これを認める証拠はない。

したがって、有権代理は成立しない。

イ 被告Y1には、上記専決権限の範囲内で基本代理権が存するところ、助役の権限は上記のとおり法律又は規則に明示されている事項であり、これを原告が知らなかったことにつき正当な理由があるとは認められない。

(3)  以上によれば、被告町が代理受領を承認したと認められることを前提とし、被告町が代理受領の効力が生じていることに違背して、原告に損害を発生させたとする原告の被告町に対する請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

2  被告町が代理受領を承認したと認められない場合の主張について

(1)  前記争いのない事実等のほか、〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。

ア Aと原告代表者は、平成14年7月25日、被告町の助役室に被告Y1を訪ねた。a社と原告は本件確認書の確認者欄以外を記載した書面を持参し、被告Y1に、確認者欄に署名押印をして欲しいと依頼した。被告Y1はこれに応じて、確認者欄に自らの名前を自署し、押印をした。被告町では、当時、被告町が発注する工事の請負代金について、受注した者以外が代理して受領することを禁止する方針であり、被告Y1は、その方針及び自己に与えられた専決権限の範囲について認識を有していた。

a社は、当時、建築業者の許可はなく、本来は被告町から工事を受注できる立場にはなかった。

また、原告は、被告Y1が本件確認書に被告町名や役職名を記載しなかったにもかかわらず、同人に対して、その記載をするよう求めたことはなかった。原告は、公共工事において地方公共団体から請負代金を代理して受領した経験はなく、また、他の業者が代理受領を認めてもらったということを聞いたこともなかった。

イ 被告Y1は、工事終了後、原告代表者に対して、a社に対する工事代金の支払準備ができていること伝えようとしたが、実際には連絡を取ることができなかった。被告町は、工事代金全額をa社に支払った。

ウ 被告Y1、A、原告代表者及びb社代表者のBは、平成14年12月30日、Bの事務所で一同に会した(以下「本件会合」という。)。その際、原告は、b社振出に係る額面350万円の約束手形2通(〔証拠略〕。ただし、その際は受取人C以下「本件約束手形」という。)の交付を受けたが、原告とb社間には、当時、同社から原告が支払を受けるという債権債務関係はなかった。

エ 本件約束手形は、本件会合後、Bの事務所外で、原告代表者がAに手渡した。Aはこれを有限会社c社に交付し(受取人欄を補充)、後に本件約束手形はいずれも決済された。なお、同社はa社と実質的経営者を同一にするか、その親族が経営する会社であることがうかがわれる(〔証拠略〕)。

(2)  被告Y1の不法行為責任について

ア 本件確認書の趣旨について

被告Y1は、本件確認書を作成した趣旨について、原告の資材問屋に対する信用力を示すためである旨の主張する。

しかし、本件確認書は、その体裁から、a社が被告町から請け負った工事の工事代金の一部である850万円について、原告に被告町からの受領を委任し(代理受領の委任)、被告Y1がこれを確認する内容のものであることは明らかであり、被告Y1が確認した趣旨は、少なくとも、同人が助役の地位を利用して原告代表者やa社に事実上の便宜を図り、原告が被告町から直接850万円を受領できるようにするという趣旨であったと認められる。被告Y1が原告代表者に工事代金の支払の準備ができたことを伝えようとしたこと、本件会合の際に、原告代表者に本件確認書が解決されたことを念押ししたこと(後記イ(イ))は上記認定に沿う事実である。

そうすると、被告Y1の主張は採用することができない。

イ 検討

(ア) 本件確認書は、既に説示したとおり、その体裁上、被告町及び役職名の顕名がないことは一見して明らかである。もし、被告町に代理受領としての法的効力を生じさせようとするのであれば、この書類が被告町の機関である助役が作成した正式な書類であることを明らかにするため、被告Y1に、被告町の記載や、被告町の助役である旨の顕名を求めるのが自然であるし、その旨の記載がないのであれば、被告町の正式な書類ではないことが容易に認識することができるといえる。そうであるにもかかわらず、原告は、被告Y1に、顕名を求める言動をしていない。

上記の事実から、原告代表者やa社においても、本件確認書に被告Y1が署名押印したことによっても被告町に正式に効力が生じるものではないことを認識しつつ、被告Y1が助役という町長に次ぐ地位にあることを利用して被告町の事務に事実上の影響力を行使することにより、原告に請負代金が被告町から直接支払われることを期待して、被告Y1に本件確認書への署名押印を求めたものと推認することができる。

本件確認書の記載内容や、署名押印が被告町の助役室で原告代表者の面前で行われたこと、さらに、後記のとおり本件会合で本件確認書の解決を図ろうとしたことを総合すると、被告Y1は、上記のとおり、原告やa社(しかも、同社は無資格の業者である。)に対して事実上の便宜を図る意図で本件確認書に署名押印したものと認められる。

しかしながら、他方で、原告も、上記のとおり事実上の便宜を受けるという意図で本件確認書への署名押印を求めたことが認められるのであるから、このような事実関係の下では、原告に、被告Y1との関係で、法的保護に値する利益があるといえるのか疑問である。

(イ) また、被告町がa社に工事代金全額を支払ってしまい、同社から原告は工事代金の支払を受けていない状況において、本件会合の際、原告が取引関係のないb社から本件約束手形の交付を受けたこと、原告代表者が、本件約束手形は、a社の未払の請負代金に充てるものとして受け取った旨供述していること(原告代表者尋問調書37項)は、これにより、本件確認書を巡る被告Y1との紛争の解決を図る趣旨であったことを推認させる事実である。さらに、原告代表者が本件確認書の原本を所持していないこと、被告Y1が、これにより本件確認書は解決されることを念押しし原告代表者がこれを承諾したと供述していることは、上記説示した事実に沿うものである。

原告は、本件約束手形は預かっただけである、その約束手形はすぐにAにとられてしまったと主張する。しかし、原告がb社から本件約束手形を預かる実質的関係がないことは既に説示したとおりである。また、Aに本件約束手形を渡したのは、原告代表者の供述によっても、本件会合後の出来事であり、被告Y1との関係では、これを理由に、解決済みであるとの確認を覆すことはできないというべきである。

さらに、原告は、本件確認書の原本を所持していない理由について、原本は会計事務手続のために被告Y1が所持していたと主張する。しかし、本件確認書は、その法的効力の有無は別として、被告町に支払をするよう主張するにあたり最も重要な書類であることは多言を要しないのであり、これを所持していないということはその件が被告Y1との間で解決済みであることをうかがわせる。また、被告町に効力を生じせしめるものではなく、一見して被告町の正式な書類ではないことが明らかな本件確認書が、被告時の正式な会計事務手続のために利用されるということ自体想定し難い。

以上によれば、原告の上記主張は採用できない。

(ウ) 原告は、被告Y1の故意による不法行為を主張する。しかし、被侵害利益の点について上記(ア)、(イ)のことがいえることに加え、被告Y1の故意の存在を認めるに足りる証拠はない。

また、原告は、被告Y1の過失による不法行為を主張する。しかし、押捺された印章の点は、既に説示したとおり、助役としての職務行為か否かは顕名によって明らかにされるものであり、使用される印章に左右されるものではない。また、本件確認書作成時の被告Y1の言動は、そのような言動があったとしても、双方が事実上の便宜を受ける趣旨であると認識していたものと認められる。以上によると、被告Y1に注意義務違反があったとはいえない。

(エ) 以上によれば、被告Y1に対する不法行為責任の主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

(3)  被告町の不法行為責任について

ア 被告町自身の民法709条の責任について

〔証拠略〕及び弁論の全趣旨によれば、地方自治法は法律事項であるし、被告町の事務決裁規則自体は公開されており、誰にでも確認しうる事項である。また、印章の点は、被告町としての職務行為であるか否かは、顕名の有無によって明らかにされるものであり、公印として使用される専用のものが作成されていないからといって、職務行為であるか否かの判別が困難になるものではない。

したがって、被告町には、原告に対し、その主張に係る法的な義務はなく、原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

イ 被告Y1の民法715条1項の責任について

上記(2)のとおり、被告Y1には民法709条の責任があるとは認められない。また、既に説示したところを総合すると、原告は、本件確認書の外観上、被告町の職務行為ではないことを容易に知りうべきであったと認められる(重過失)。

したがって、原告の主張はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

(4)  なお、原告は、被告町の町長が、本件確認書に関する新聞の取材に対して、「押印したのは一枚だけだと聞いている。法的に認められている行為だが、公人の立場上好ましいものではない。」と回答したことをとらえて(〔証拠略〕)、本件確認書の有効性を公然と認めていたのであるから、本件訴訟でその効力を否認することは信義則上あるいは禁反言の原則上許されない旨の主張もする。

しかし、新聞紙上で被告町の町長が発言したとされている内容をとらえて、被告町が正式に承認したとか、承認したことを前提として本件訴訟態度が信義則に反するとかいうことはできない。原告の主張は失当である。

3  よって主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木健二)

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