青森地方裁判所 平成16年(行ウ)1号 判決 2004年11月09日
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1 被告は,訴外Bに対し,36万円を支払えとの請求をせよ。
2 被告が,訴外Bに対し,36万円を支払えとの請求を怠ることは違法であることを確認する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,A市の市議会議員である訴外Bが,平成14年度に支給された政務調査費36万円全額を「広報費」として「D訪問報告書印 刷・製本代」に支出したのは違法であるとして,A市の住民である原告が,A市長に対し,訴外Bに対して36万円の損害賠償ないし不当利得返還請求をすることを求めるとともに,これを怠っていることが違法であることの確認を求めた事案である。
1 前提となる事実(争いがないか,証拠上容易に認められる事実)
(1) 当事者
原告は,A市の住民である。
被告は,A市長である。
訴外B(以下「訴外B」という。)は,平成14年度当時,A市の市議会議員であった者である。
(2) 政務調査費の支出
訴外Bは,平成14年度にA市から政務調査費として36万円の交付を受けたが,その全額を,A市議会政務調査費の交付に関 する規則(甲3,以下「規則」という。)の定める使途基準のうちの「広報費」として「D訪問報告書」(以下「本件報告書」という。)の制作費に支出した(甲1)。
(3) A市の政務調査費に関する諸規定の内容(甲2,3)
A市議会政務調査費の交付に関する条例(以下「条例」という。)によれば,議員は,政務調査費を別に定める使途基準に従って使用するものとし,市政に関する調査研究に資するため必要な経費以外のものに充ててはならないとされている(条例5条)。そして,政務調査費の使途基準を定める規則によれば,政務調査費の使途基準によれば,「広報費」とは「議員の調査研究活動,議会活動及び市の政策について住民に報告し,PRするために要する経費(広報紙,報告書印刷費,送料,会場費等)」とされている(規則別表)。
政務調査費の交付を受けた議員は,当該年度分の政務調査費に係る収入及び支出の報告書を作成し,交付に係る年度の翌年度の4月30日までに議長に提出することとされており(条例6条1項,2項),議長は,提出された収支報告書の写しを,市長に送付するものとされている(規則6条)。
また,市長は,政務調査費の交付を受けた議員がその年度において交付を受けた政務調査費の総額から,当該議員がその年度において市政の調査研究に資するため必要な経費として支出した総額を控除して残余がある場合,当該残余の額に相当する額の政務調査費の返還を命ずることができるとされている(条例8条)。
(4) 住民監査請求及び監査委員による監査結果
原告は,平成16年3月16日,本件につきA市監査委員に対して,「A市長に対する措置請求書」と題する書面(甲5)を提出し,地 方自治法242条1項の規定に基づいて住民監査請求をした(以下「本件監査請求」という。)。
同市監査委員は,同月25日,本件監査請求は地方自治法242条に定める請求要件を欠くとして,請求を却下した(甲6)。
2 争点
(1) 本件における広報費としての支出が,政務調査費の趣旨を逸脱し,違法か否か。
(原告の主張)
ア 広報費として認められるのは,「住民に報告し,PRする」ことが大前提であり,「報告書」の作成はそのための手段でしかなく,「報告書」を活用した活動実績がなければ「広報費」として認められない。
訴外Bが報告書を使って広報活動をするつもりであったとしても,当該年度に広報活動を行っていない以上,本件で広報費として支出された36万円は,条例5条の趣旨を逸脱して違法である。
イ また,政務調査費の支出が認められるのは,単年度で完了した事業分の経費であり,翌年度以降に繰り越す事業分は認められない。訴外Bが支払ったとされる広報費は,翌年度以降に繰り越された「印刷・製本代」を含むものであり,地方自治法208条の会計年度及びその独立の原則に違反している。
条例8条でも,「その年度において市政の調査研究に資するために必要な経費」しか支出できず,翌年度以降の繰越分はそもそも想定していない趣旨とも符合している。
(被告の主張)
議員の活動を市民に知らしめることは,議会制民主主義が存立する基礎として,欠くべからざる行為である。議員は,自己の任期中,市民に活動内容を知らしめる不断の努力を傾注すべきものであるから,その活動は,年度ごとの断続的な行為ではなく,年度の枠に縛られる筋合いのものではない。
したがって,議員がある年度に作成した広報文書やパンフレット等についても,その年度で使い切ることが要求されるものではなく,ある年度に作成したパンフレット等を次年度や次々年度の広報活動に用いても,何ら非とすべきものではないし,また,広報資料を作るのに年度がまたがっても,何ら異とするところはない。予算の年度原則があるからといって,議員の広報活動が年度限りになるわけではないから,議員としての任期がある限り,その資料は,翌年も翌々年も使って差し支えない。
条例5条及び規則に定める広報費は,自分が議員として市政に関与した内容を一般市民に知らせる活動のために支出した費用である。本件において訴外Bが発注していた報告書は,広報活動のためのものであることは明らかであるから,条例5条の趣旨から逸脱するところはない。
(2) (仮に違法な支出であるとして)被告が,広報費として支出された36万円について,損害賠償ないし不当利得の返還の請求をしないことが違法であるか。
(原告の主張)
条例6条によると,政務調査費の交付を受けた議員は,当該年度の政務調査費にかかる収入及び支出について収支報告書を作成し,交付に係る年度の翌年度の4月30日までに議長に提出し,議長は,収支報告書の写しを市長に送付しなければならないことになっている。
したがって,被告は,訴外Bの平成14年度の収支報告書について,平成15年4月30日以降のある時点で送付を受けており,その内容を確認することができた。
また,原告が発行する「C新報」の2003年12月28日号で,この件を報道し,訴外Bが本件報告書を完成させていないことが公になった時点でも,被告は,訴外Bに対し,損害賠償請求ないし不当利得返還請求をすることができた。
しかしながら,被告は,訴外Bに対して上記請求をしておらず,条例8条の趣旨からしても,被告が返還を命ずることを怠っていることは,違法である。
(被告の主張)
当該年度に交付された金員の全額が,A印刷に支払われて編集段階に達しているのであるから,目的を達しているものであり,条例8条により返納の対象となるものではない。
したがって,被告は,訴外Bに返還等を命ずることを怠っているとはいえない。
第3争点に対する判断
1 争いのない事実,証拠(甲1,乙1,2の1・2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) 平成14年5月,訴外Bは小中学生を引率してDを訪問した。
(2) 同年秋頃,訴外Bは,D訪問について報告書を作成することとした。訴外Bは,有限会社A印刷(以下「A印刷」という。)に対し,本 件報告書の作成を依頼し,その費用はおよそ40万円以内とされた。
上記依頼を受けたA印刷は,関係者からの原稿集めや編集作業に着手した。
(3) 平成15年2月26日,A印刷では,予定された原稿が全て集まっておらず編集作業中であったが,訴外Bからの申出を受け,36万円を受領した(甲1,乙2の1)。
(4) 同年3月末ころ,訴外Bは上記広報費の支出について,A市議会議長に報告書(甲1)を提出した。
(5) 平成16年3月31日,本件報告書が完成し,A印刷は訴外Bに対し,その旨連絡をした。
(6) 同年4月14日,訴外Bは,A印刷に対し,本件報告書作成の残代金10万円を支払った(乙2の2)。
2 争点(1)について
(1) 原告は,広報活動が現実に当該年度に行われなければ,そのための経費を広報費として支出することは許されないと主張する。
① 政務調査費のうち「広報費」として支出することが許されるのは,議員の調査研究活動の内容を住民に報告等するために要する経費である。
しかし一方,ア 議員の調査研究活動等は,その性質上,必ずしも年度ごとに完結するものばかりではなく,むしろ,その任期中継続的に行われるものと考えられるから,ある年度に行われた活動について,住民に報告等をするのが翌年度以降に渡る場合も当然あるものと想定される。また,イ 地方自治法上,政務調査費の支出等については,条例の定めによるとされているところ(100条13項,14項),条例5条を受けて規定されている規則の使途基準にも,広報費の支出について,年度内に広報活動が行われた場合に限るとの限定はない。
上記のような,議員活動の性質・あり方や,条例等の規定に照らせば,必ずしも現実の広報活動が当該年度において行われなくても,規則の定める使途基準及び趣旨に合致していれば,交付を受けた政務調査費を広報費として支出することは許されると解するのが相当である。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
② しかるところ,前記認定に照らすと,本件報告書は,訴外Bが,議員としての調査研究活動等の内容について,住民に報告することを前提に作成されたものと認められ,本件報告書の製作費用として政務調査費を充てることは,規則の定める広報費としての使途基準に合致していると認められる。
(2) 原告は,訴外Bが支払った広報費は,翌年度以降に繰り越された「印刷・製本代」を含み,これは地方自治法208条の会計年度独立の原則に反するとも主張する。
しかし,同原則は,地方公共団体に対して,当該年度において支出すべき経費は当該年度における歳入をもって支弁すべきことを定めた原則であり,その対象及び内容からして,個々の議員に対するものでないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は,独自の見解に基づくものであり,採用することができない。
(3) 上記のとおり,本件における広報費としての政務調査費の支出が違法であるということはできない。
3 争点(2)について
本件における広報費の支出が違法とはいえない以上,被告が,訴外Bに対して,損害賠償ないし不当利得返還請求をすることを違法に怠っているものとはいえない。
第4結論
よって,原告の請求は,いずれも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
青森地方裁判所第2民事部
(裁判長裁判官 河野泰義 裁判官 佐々木健二 裁判官 石井芳明)