青森地方裁判所 平成17年(わ)300号 判決 2006年3月16日
主文
被告人を懲役3年に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,青森県上北郡a町b丁目c番地d木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建家屋(床面積合計129.17平方メートル)に実母及び実弟とともに居住していたものであるが,自己の借金の返済に困窮し,実母所有の同家屋について競売による売却手続が開始されたことに対して何もできない自分がふがいなく,情けなく思い,同家屋に放火して自殺することを決意し,平成17年11月28日午後9時20分ころ,同家屋1階6畳間のFF式ストーブの給油用のコックからゴムホースを外し,コック及びゴムホースから流れ出た灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨毯及び同室内のベッド上から垂らしていたバスタオルに点火して火を放ち,その火を柱,天井等に燃え移らせ,よって,上記実母らが現に住居に使用する同家屋1階の被告人の居室,玄関,廊下,便所及び脱衣所等約21.06平方メートルを焼損したものである。
(弁護人の主張に対する判断)
1 弁護人は,被告人が,本件犯行当時,焼酎の水割りを8杯から10杯飲んでいるが,その飲酒量は被告人の適量を大幅に超えていること,犯行前後の広範囲の記憶が欠落していること,普段利用していないFF式ストーブへ灯油を給油するコックからホースを抜いて灯油を撒くという不自然な犯行態様をとっていること,自己の借金のために実家が競売されるとの自責の念から精神的に不安定な状況にあったことから,心神耗弱状態にあった旨主張するので,この点について判断する。
2 確かに,被告人の普段の飲酒量は,概ね,焼酎水割りで四,五杯程度であるところ,本件犯行当日,午後6時30分ころから,稼働先の事務所で焼酎の水割りを四,五杯程度飲み,その後帰宅してからも,自室でさらに焼酎の水割りを四,五杯飲んだことが窺える。
3 しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,判示のとおり,自己の借金のため,母親所有の本件家屋が競売されることに思い悩み,自分をふがいなく感じ,本件家屋に放火して自殺しようとしたものであって,被告人の供述する本件犯行の動機は了解可能であること,また,本件犯行の態様は,判示のとおり,本件家屋1階6畳間のFF式ストーブのコックからゴムホースを外し,コック及びゴムホースから流れ出た灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨毯及び同室内のベッドから垂らしていたバスタオルに点火して火を放ったというものであるところ,被告人はベッド上から手を伸ばしてFF式ストーブのコックからゴムホースを抜き,中の灯油を撒いたのであって,コックが外のホームタンクに連結していたことと併せ考慮すれば,ベッドから立ち上がり,他のストーブからカートリッジを取り出して同カートリッジ内の灯油を撒くよりも容易であるとも言えるから,犯行態様は特に不自然ではないこと,犯行後の行動も,実母に自分が放火したので逃げるように告げ,自分は自殺するので室内に残ると述べるなど,合理的な行動を取っていること,犯行直後の被告人の様子に特に異常なところはなく,言葉も冷静であり,会話にも特に不自然な点はなかったこと,被告人は,本件犯行直後に,消防隊員に対し,本件犯行について,「自分の部屋のFFストーブ配管を抜きゴムホースから灯油をバスタオルに振りまいて,使い捨てライターで火を付けた」と話すとともに,警察官に対してもFF式ストーブのゴムホースに関する話をし,検察官に対する弁解録取時から,コックからゴムホースを外したこと,コックやゴムホースから流れ出る灯油を室内の絨毯に撒いた上,ライターで点火したことなどの本件犯行の重要部分について供述しており,この内容は捜査段階において一貫していること,供述内容が,時を追うにつれて特に詳細になったり,内容が変遷したということも認められないこと,本件犯行に至る経緯,犯行の動機,犯行態様等について,供述内容は全体として具体的で詳細であり,記憶のある部分とない部分を明確に分けて供述していることを総合考慮すれば,飲酒量が普段より多かったことは窺えるものの,被告人が本件犯行当時心神耗弱の状態にあったとは認められず,被告人の責任能力には何ら問題はないと言うべきである。
4 したがって,弁護人の主張は採用することができない。
(量刑の理由)
本件は,自己の借金のため,実母所有の土地家屋が競売されることになったため,何もできない自分をふがいなく思った被告人が家屋に放火して自殺することを決意し,上記家屋内の自室において,FF式ストーブのゴムホース内の灯油等を同室内の絨毯等に撒いた上,簡易ライターで火を放って放火し,上記家屋の一部を焼損させた事案である。
被告人は,平成2年ころから消費者金融会社などから借金をするようになり,飲食代,パチンコ代,生活費等のために次々と借金を重ね,平成13年7月にはそれまでの借金を一本化するために実母所有で実母及び実弟と共に居住していた土地家屋に抵当権を設定したものの,期待どおりに借金を一本化することはできず,借金はさらに膨らみ,借金返済のためにさらに借金をするという状況に陥り,平成15年初めころにはさらなる借金ができなくなったために借金返済が不可能となり,平成17年10月末ころ,実母所有の上記土地家屋について競売による売却手続が開始される旨知るに至ったことから,何もできない自分に情けなさ,ふがいなさを感じ,精神的に追い詰められて本件家屋に放火して自殺することを決意して,本件犯行に及んだもので,その動機は自己中心的で安易である。被告人は,本件家屋内の自己の居室に設置してあるFF式ストーブのコックからゴムホースを外し,屋外に置いてあるホームタンクと繋がっているコックから流れ出た灯油及びゴムホース内の灯油を同室内の絨毯に撒いた上,簡易ライターで絨毯及び自己のベッドから垂れ下がっていたバスタオルに火を放っており,犯行態様は悪質である。加えて,本件家屋は築25年以上経過した木造家屋であり,本件犯行時,本件家屋内には実母及び実弟が在宅していたこと,本件家屋の外に置かれていたホームタンクには約200リットルもの灯油が入っていたこと,本件家屋の北側の隣家とは数メートルしか離れていなかったことからすれば,一歩間違えば大惨事となりかねない危険な犯行で,近隣住民に与えたであろう不安感も無視できない。また,一部焼損にとどまったとはいえ,被告人の犯行により,本件家屋の継続使用は必ずしも可能とは言えず,現に実母及び実弟は本件家屋から転居していること,被害額が約83万円と高額であることからすれば,結果も重大である。被告人から実母に対する被害弁償も,当然のことながら全くなされていない。以上によれば,被告人の刑事責任は重いというべきである。
他方で,被告人は,突発的に本件犯行に及んだものであること,焼損した部分の面積も約21平方メートルと,建物の総床面積の約6分の1にとどまっていること,被告人は,今後,借金について法的整理も含めてしっかり対応する旨述べるなど本件犯行について反省の情を示していること,被告人が公判請求されるのは今回が初めてであることなど被告人にとって有利な事情も認められる。
そこで,これらの諸事情を総合考慮した上で,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。
(求刑 懲役5年)
(裁判長裁判官 髙原章 裁判官 室橋雅仁 裁判官 香川礼子)