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青森地方裁判所 平成17年(行ウ)1号 判決 2007年2月02日

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その1を被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  被告が原告に対して平成16年12月24日付け青警本交指第433号をもって行った別紙1文書目録番号1記載の文書の各一部分を開示しないとの処分(平成18年3月30日付け青警本交指第98号においてもその非開示処分が維持されたもの)を取り消す。

2  被告が原告に対して平成16年12月24日付け青警本少第253号をもって行った別紙1文書目録番号2記載の文書の各一部分を開示しないとの処分(平成18年3月30日付け青警本少第64号においてもその非開示処分が維持されたもの)を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,青森県の住民である原告が,青森県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき,その実施機関である被告に対し,平成15年度分の同県警本部交通指導課(以下,単に「交通指導課」という。)及び同少年課(以下,単に「少年課」という。)の捜査報償費に関する文書について開示請求をしたところ,被告がその一部について非開示とする処分を行ったため,原告がその取消しを求めた事案である。なお,本件訴訟の係属後において,被告は,上記開示請求に係る文書に記録された「月ごとの捜査費受入額,残額(返納額),執行額に関する情報」について,非開示としていた当初の処分を取り消した。

その中心的争点は,非開示とされた各文書の非開示要件該当性である。

1  前提事実

以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。

(1)  当事者

ア 原告は,青森県の住民である。

イ 被告は,本件条例2条1項の実施機関である。

(2)  開示義務及び非開示情報に関する本件条例の規定

本件条例中,本件においてその適用が問題となる主な規定は,以下のとおりである(乙1,15)。

ア 5条(開示請求権)

何人も,この条例の定めるところにより,実施機関に対し,当該実施機関の保有する行政文書の開示を請求することができる。

イ 7条(開示義務)

実施機関は,開示請求があったときは,開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き,開示請求者に対し,当該行政文書を開示しなければならない。

ウ 7条3号(個人情報)

個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって,当該情報に含まれる氏名,生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより,特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが,公にすることにより,なお個人の権利利益を害するおそれがあるもの。ただし,次に掲げる情報を除く。

イ 法令若しくは他の条例の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報

ロ 人の生命,健康,生活又は財産を保護するため,公にすることが必要であると認められる情報

ハ 当該個人が公務員等(国家公務員法(昭和22年法律第120号)第2条第1項に規定する国家公務員(独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)第2条第2項に規定する特定独立行政法人及び日本郵政公社の役員及び職員を除く。),独立行政法人等(独立行政法人等の保有する情報の公開に関する法律(平成13年法律第140号)第2条第1項に規定する独立行政法人等をいう。以下同じ。)の役員及び職員,地方公務員法(昭和25年法律第261号)第2条に規定する地方公務員並びに地方独立行政法人(地方独立行政法人法(平成15年法律第118号)第2条第1項に規定する地方独立行政法人をいう。以下同じ。)の役員及び職員をいう。)である場合において,当該情報がその職務の遂行に係る情報であるときは,当該情報のうち,当該公務員等の職,氏名(警察職員(警察法(昭和29年法律第162号)第34条第1項又は第55条第1項に規定する職員をいう。)の氏名を除く。)及び当該職務遂行の内容に係る部分

エ 7条5号(公共安全等情報)

公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報

(3)  本件訴訟に至る経緯及び本件訴訟提訴後の経緯

ア 原告による行政文書開示請求

原告は,被告に対し,平成16年11月29日付けで,本件条例5条に基づき,「平成15年度分の警察本部交通指導課の捜査報償費(県費)支出に関する財務会計帳票及び支出証拠書類のうち捜査諸雑費に関するもの全て」(甲1)及び「平成15年度分の警察本部少年課の捜査報償費(県費)支出に関する財務会計帳票及び支出証拠書類のうち捜査諸雑費に関するもの全て」(甲2)について,開示請求(以下「本件開示請求」という。)をした。

イ 被告による平成16年12月24日付け一部非開示処分

被告は,本件条例11条1項に基づき,本件開示請求に係る各文書(以下「本件対象文書」という。)の一部を開示する一方で(甲49の1~甲62の12),別紙2の1(交通指導課)及び同2の2(少年課)の「開示しない部分」記載の各部分について,同「開示しない理由」記載の各理由(本件条例7条3号該当又は5号該当)によりそれぞれ開示しない旨の決定(以下「平成16年一部非開示処分」という。)を行い,同年12月24日付け各通知書(青警本交指第433号及び青警本少第253号)により原告に対して通知をした(甲1,2)。

ウ 原告による本件訴訟の提訴

原告は,平成17年2月7日,被告を相手方として,平成16年一部非開示処分の取消しを求める本件訴訟を提起した。

エ 被告による平成18年3月30日付け一部開示処分

被告は,平成18年3月30日,本件対象文書に記録された「月ごとの捜査費受入額,残額(返納額),執行額に関する情報」(以下「月別の捜査費に関する情報」という。)について不開示としていた処分を取り消してこれを開示することとしたが(以下「本件変更開示」という。),別紙3の1(交通指導課)及び同3の2(少年課)の「開示しない部分」記載の各部分については,同「開示しない理由」記載の各理由(本件条例7条3号該当又は5号該当)によりそれぞれ開示しない旨の従前の決定を維持することとし,その旨を同年3月30日付け各通知書(青警本交指第98号及び青警本少第64号)により原告に対して通知をした(乙21,22)。

オ 原告による本件請求の訴えの変更(減縮)

原告は,本件変更開示処分を受け,同年6月1日付けで,その部分の訴えを取り下げ,従前のとおり非開示のままとされた別紙1文書目録記載の各文書の各一部分についてのみの取消しを求める訴えの変更(請求の減縮)を行った。

2  原告の主張

(1)  非開示処分の他事考慮による違法性

ア 非開示処分の覇束行為性

非開示処分は覇束行為であり,処分庁に裁量判断の余地はないから,情報公開条例が認めた非開示処分の本来の目的以外の目的のためにされた非開示処分は違法となる。

イ 全国各地の警察における捜査報償費の不正支出例

全国各地の警察において,捜査協力費のほとんどが裏金にされ,警察幹部の飲み代や接待費,餞別,冠婚葬祭費等に費消されていると指摘され,そのような不正経理の事例が全国各地の警察において,続発していた(甲3~8)。最近においても,内部告発等により,①警視庁銃器対策課,②北海道警旭川中央署・北海道警弟子屈署,③静岡県警,④福岡県警,⑤高知県警,⑥京都府警,⑦岐阜県警,⑧愛媛県警,⑨宮城県警等の全国の各警察において犯罪捜査報償費等に関する不正経理が多数明らかにされている(甲9の1~甲48)。

警察と会計検査院,監査委員とのもたれ合いにより,会計検査院や監査委員が踏み込んでくることが絶対にないという警察内部の安心感が,このような警察の不正経理の温床となっている。その上,これまで,警察の会計については,情報公開の対象となっておらず,市民による監視が一切行われていなかったことも影響している。

そして,都道府県警察は,人事,予算のすべての面で警察庁の監督下にあることからすると,北海道,静岡,福岡,警視庁等で明るみに出た裏金作りの悪習慣から,ひとり青森県警のみが免れているということはあり得るはずがなく,裏金作りは全国の警察の共通現象である。実際にも,上記の北海道警における不正支出においては,警察庁から出向してきていた道警幹部が例外なく裏金を受け取っていたことが明らかとなっており(甲4),警察庁が都道府県警察の不正経理(裏金作り)を熟知していたことを示している。

ウ 青森県における警察の不正経理を疑わせる個別的な情報提供

(ア) 平成15年の匿名の手紙による青森県の捜査報償費不正支出の告発

平成15年,Aオンブズパーソンの代表を務める原告のもとに匿名の手紙が届いた。その手紙には,青森県内のある警察署において,幹部が捜査報償費を私的に流用していたこと,そのような捜査報償費の不正支出に関して架空の領収書を作成させていたこと,前年と比較して極端に捜査報償費の支出が多くなったため監査が行われたこと,同幹部は「左遷」されたこと等が記載されており,「テレビで警察の捜査費等の不正が放送されていたが青森県でも全く同じことが行われている。」,「所属長が部下に命じてやらせるが,これを断ると昇進や転勤で虐められる。」とも述べられており,警察関係者からの内部告発的な情報と見られるものであった(甲63)。

(イ) 平成16年の「警察不正経理110番」への内部告発

原告は,平成16年5月22日,「Aオンブズパーソン」の活動の一つである「警察不正経理110番」において,警察の不正経理に関する情報提供を広く市民に呼びかけて電話等を受け付けた際,同日12時40分ころから12時51分ころまでの間,匿名電話の通報者(警部)から次のような話を聞いた(甲64)。

a 捜査報償費に関しては,事実の裏付けのない架空領収書作りを上部の命令によりやらされてきたこと

b 架空領収書作成については,会計部門から各署・各課に金額の指示があり,課長・係長・主任という風に領収書作成の指示が降りてきて作成されること

c 命令を受けて実際に架空領収書を作成する者は,電話帳から氏名や住所を写して記載すること

d 会計部門ではハンコを多数用意しており,架空領収書作成に当たってはそれを用いる。ハンコがないものについては,領収書作成を拒否したという形にすること

e 架空領収書作成によって支出された金は,幹部の交際費や自宅新築費用などに用いられること

f このような不正支出に反発すると,チェックされて昇進できなくなるのでたいていは黙っていること

g 架空領収書作成に際しては,筆跡がみな同じだと困るので,あちこちの部署に回して記載してもらったり,字を角張って書かせるなどしてばれないようにしていること

(ウ) 偽名の捜査報償費の領収書作成の事実

捜査報償費の領収書について偽名のものを作成して処理していたことがあること自体については,平成16年3月18日に行われた青森県議会文教公安委員会において,青森県警のB警務部長がこれを認める答弁をしている(甲65)。

エ 不正経理隠ぺい目的の非開示の違法性

以上のような状況の下で行われた本件の非開示処分は,架空かつ不正な支出を隠ぺいするという非開示処分の本来の目的以外の目的のために行われたものであるから,本件条例7条の非開示事由の該当性を検討するまでもなく違法である。

(2)  本件条例7条3号(個人情報)に該当しないことによる違法性

ア 本件条例7条3号の解釈

本件条例7条3号の趣旨は,憲法13条が保障する個人のプライバシーの権利(私生活をみだりに公開されない権利又は自己に関する情報をコントロールすることができる権利)を保護することにあり,青森県の「情報公開事務の手引」(乙1)によれば,保護すべきプライバシーの範囲を明確に規定し尽くすことの困難性から個人識別情報該当性をもって非開示事由としたとある。そうであるとすれば,形式的には個人識別情報に当たるとしても,実質的にはその開示によって当該個人のプライバシー権の侵害が生じず,むしろそれを開示することの公益性が認められる場合には,本件条例7条3号に該当しないものとすべきである。

また,本件条例7条3号は,ただし書イからハまでの除外事由を設けているが,上記の点に鑑みれば,これらは開示することによる公益性が明らかな定型的な場合を規定しているものと考えるべきである。特に,公務員の職務の遂行に関する情報が記載されている文書の場合には,本件条例1条の趣旨(県民の県政についての知る権利を尊重すること,県の諸活動を県民に説明する責務を全うすること,県民の的確な理解と批判の下に公正で民主的な県政を推進すること)に照らせば,最大限情報公開制度による監視のもとに置かれることが相当であるから,本件条例7条3号ただし書ハにおいて「警察職員の氏名を除く」とされている点は,全く無限定に解釈されるべきではなく,文書の内容等から職務遂行上の大きな支障や警察職員個人又は家族に対する嫌がらせ又は報復のおそれが具体的に認められる場合に限り,当該職員の氏名が非開示となると限定的に解釈すべきである。

イ 本件条例7条3号に該当しないこと

本件で非開示とされた「警部補(同相当職)以下の警察職員の印影」は,本件条例7条3号の個人情報には該当しない。そもそも本件で非開示とされている印影には「氏」しか記録されていないものと考えられ,かかる印影の情報によっては個人を特定することはできないから,「特定の個人を識別することができる」情報には該当しないし,警部補(同相当職)以下の警察職員に関する名簿などは一般人は通常入手しえないであろうから,「他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができることとなるもの」にも該当しない。また,本件条例7条3号ただし書ハにおいて「警察職員の氏名を除く」とされている点については,全く無限定に解釈されるべきではなく,文書の内容等からみて,職務遂行上の大きな支障や警察職員個人又は家族に対する嫌がらせ又は報復のおそれが具体的に認められる場合に当該職員の氏名が非開示となると限定的に解釈されるべきであるところ,本件で非開示とされた印影は,いずれも経理事務手続における事務取扱者や中間的確認又は決裁担当者を明らかにするものにすぎず,これを明らかにすることによって各職員個人のプライバシー侵害や職務上の大きな支障が生じ,あるいは職員又は家族に対する嫌がらせ等が行われるおそれがあるものとは到底いえない。

(3)  本件条例7条5号(公共安全等情報)に該当しないことによる違法性

ア 本件条例7条5号の解釈

本件条例7条5号が非開示事由として「相当の理由」の存在を要求しているのであるから,裁判所は,実施機関の判断を尊重すべきではあるとしても,「裁量権の逸脱又は濫用」だけでなく開示拒否の根拠が具体的に示されているかどうかをきちんと審査すべきであり,実施機関の判断に合理的な疑問がありさえすれば,「裁量権の逸脱又は濫用」とまではいえない場合であっても,いつでも「相当の理由」がなかったと判断する余地が残されているというべきである。また,「相当の理由」の存在(合理性を持つ判断として許容される限度内のものであること)についての主張立証責任は,実施機関にあると解すべきであり,「相当の理由」があったかどうか(実施機関の判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるかどうか)は,守秘義務について問題とされる実質秘性の3要件(①非公開とすべき情報が未だ公知の事実ではないこと,②非公開とすべき必要性,③行政文書に記載されている行為が適法であること)を充足するか否かによって判断するのが妥当である。実施機関(県警本部長)が単に抽象的に「犯罪捜査等に支障が生ずるおそれがある」という理由付けをするだけで非開示処分が正当化されるような運用は,情報公開条例の趣旨に照らして認められるべきではなく,被告が主張する各種の「おそれ」を被告が説得的に論証することができない場合においては非開示処分をするについての「相当の理由」がないというべきである。

イ 本件条例7条5号に該当しないこと

(ア) 実質秘性の要件を満たさず「相当の理由」を欠くこと

本件の非開示処分に係る非開示情報については,本件対象文書に記載された犯罪捜査報償費の支出の全部が違法な目的外支出であるか,少なくとも違法な目的外支出がされたものではないかとの合理的な疑いを差し挟む余地が十分あるから,実質秘性の第3の要件の立証がなく,また,同様に,本件対象文書に記載された犯罪捜査報償費の支出が架空であり,それを公開したとして何らの害悪も生じ得ないから,実質秘性の第2の要件も満たしておらず,本件条例7条5号該当性を認める余地がない。

(イ) 個別の各非開示部分について

a 前渡資金精算書の支払期間欄の非開示について

「前渡資金証拠書のうち前渡資金精算書の支払期間欄の部分」は,それ自体が極めて抽象的一般的な情報であって,これを開示したところで「犯罪捜査の進展等捜査活動の状況が推認」されて「今後の捜査等に支障が生ずるおそれ」が生じるとは社会通念上考えられない。また,各月の月間の捜査報償費の額を非開示とする理由がなく,これを公開したのであるから,その支払期間についても非開示とする理由はない。捜査報償費の使途は極めて広範囲にわたっており,「捜査員に捜査報償費を交付した月日」だけを見たところで,その具体的内容は全く分からないはずであるし,また,少なくとも年と月は各文書の体裁自体からすでに明らかであるから,支払期間欄の情報が「捜査の進展状況が特定又は推認され,捜査活動に支障を及ぼすおそれがある」性質の情報であるとは言い難い。

b 捜査費証拠書のうち表紙の枚数の非開示について

「捜査費証拠書のうち表紙の枚数が記載されている部分」については,これを開示したからといって,「犯罪捜査の進展等捜査活動の状況が推認されるおそれ」,「捜査の手法,技術等が明らかとなり,将来の捜査に支障を生じ,又は将来の犯罪の敢行を容易にするおそれ」又は「捜査協力者が特定され,本人,家族等の生命身体に危害が加えられるおそれ」が生ずるとは到底考えられない。「捜査費証拠書」には支払伝票や領収書も綴られているところ,1枚の支払伝票や1枚の領収書に記載されている金額は千差万別であろうから,「捜査費証拠書」の枚数を知ったからといって,「1件あたりの執行額を推認」することなどできない。また,枚数を比べてみてある月は比較的「高額な捜査費が執行されたらしい」ということだけは推定することができたとしても,その具体的な内容は枚数の記載だけからは全く分からないから,「確度の高い重要な情報提供に対する謝礼が支払われた」などという推定は不可能であり,ましてや,「被疑者等事件関係者が,周辺者から警察への情報提供によって事件が検挙されたことを知ったり,推認し」たりなどということも不可能である。「捜査費証拠書」の枚数を開示したところで,何ら捜査活動に対する支障を生ずるおそれはない。

c 捜査報償費の個別の執行に関する全ての情報の非開示について

捜査報償費の個別の執行に関する情報を全て一律に非開示とする処分は,架空又は不正な支出を隠ぺいする目的でされた疑いがある。

「捜査費を交付した月日,金額,捜査員名,対象事件名及び支出目的」の記載から具体的な「捜査協力者」名やその家族が特定されるということは一般に考えにくい。

「個別の捜査費の執行額」については,非定型的なものが多く,個別の執行額だけを見ても,それがどのような事件捜査のいかなる活動のために使われているかを推知することは不可能である。C証人の証言によれば,捜査協力者に対する謝礼についても基準は全くないというのであり(C証言7頁),そうとすれば,その金額が分かったからといって,直ちに捜査活動への支障が生ずるわけではない。

「捜査費交付の年月日」については,少なくとも年と月は各文書の体裁自体から明らかであり(C証言11頁),これについては開示したとしても個別具体的な事件が明らかになるとか特定の情報提供者等が識別されることにより犯罪捜査に支障が生ずるなどのおそれが生ずるとはいえない(甲77の50頁参照)。

「対象事件名及び支出目的」の記載については,本件の「前渡資金支払額内訳書」(甲69及び74の各1~12の各3枚目)には,少なくとも「事件名」や「支出目的」という欄は存在せず,「備考」欄はあるもののその記載スペースは極めて狭いものであり,具体的な事件を特定しうる記載ができるとは考えられないから,本件の非開示部分には,捜査協力者が特定されるとか特定の事件の捜査体制が明らかになるような記載はないものと認めることができる。

「交付対象人員数」については,仮にこれを開示したとしても,それはあくまで当該の捜査報償費を交付した人員が記載されているにすぎず,個別具体的な事件の捜査に従事している人員の全体が明らかになるわけでもないのであるから,特定の事件の捜査体制が明らかになり犯罪捜査に支障を生ずるおそれがあるものとはいえない。

しかも,C証人及びD証人の各証言によれば,「前渡資金支払額内訳書」の「備考」欄及び「現金出納表」の「概要」欄には,個別具体的な事件を特定しうるような情報は記載されていないことになる(C証言14頁,D証言4~5頁)。また,金銭出納の回数に関し,「前渡資金支払額内訳書」の記載と「現金出納表」の記載との間にある食い違いについて,合理的な説明ができていない(C証言13頁,D証言6~8頁)。

3  被告の主張

(1)  非開示処分の他事考慮による違法性の主張に対して

原告は,全国各地において捜査報償費の不適切な処理の事例が多数明らかになりつつあり,青森県警においても不正経理が行われていたことが強く推認されると主張するが,原告の主張は独自の憶測であり,何ら具体的な根拠がない。そのことは,本件訴訟に係る交通指導課及び少年課を含む警察本部内所属を対象に行われた平成15年度の会計に係る青森県監査委員による監査及び警察庁の行う会計の監査においても,原告の主張するような捜査報償費経理に関する不正経理の指摘がなかったことからも明らかである。

(2)  本件条例7条3号に該当しないとの主張に対して

警察職員の個人情報については,本件条例の規定に基づいて判断している。本件条例に基づき開示請求がされた場合には,警察職員のうち警部及び同相当職以上の職員の氏名については,本件条例7条3号ただし書イ(慣行として公とされ又は公にすることが予定されている情報)に該当するものとして開示しているが,慣行として公とされていない又は公にすることが予定されていない警部補及び同相当職以下の警察職員の氏名及び印影については,特定の個人を識別することができる情報であり,同号ただし書イからハまでのいずれにも該当しないことから,不開示としている。原告の主張は本件条例7条3号に関する独自の解釈に基づくものであり,失当である。

(3)  本件条例7条5号に該当しないとの主張に対して

ア 本件条例7条5号の解釈

本件条例7条5号の該当性の判断においては実施機関の裁量が特に尊重されるべきであり,本件条例の解釈運用基準(平成12年3月13日制定,平成14年2月15日改正)においても,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧,捜査等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがある情報については,その性質上,開示・不開示の判断に犯罪等に関する将来予測としての専門的・技術的判断を要することなどの特殊性が認められることから,司法審査の場においては,裁判所が,本号に規定する情報に該当するかどうかについての実施機関の第一次的な判断を尊重し,その判断が合理性を持つ判断として許容される限度内のものであるか(「相当の理由」があるか)否かについて審理・判断するのが適当であり,このような規定振りとしているものである。」とされている(乙1)。また,本件条例7条5号と同様に規定している行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)5条4号に関して争われた,警察の捜査報償費と類似の性格を有する仙台高等検察庁の調査活動費に関する裁判においても同旨の判決が下されており(仙台地方裁判所平成15年12月1日判決),「4号に該当するとしてされた不開示処分が違法となるのは,行政機関の長の第一次的な判断が合理性のある判断として許容される限度を超える場合,すなわち,当該処分が裁量権を逸脱又は濫用したと認められる場合に限られるというべきである。したがって,4号該当性を争う取消訴訟の審理においては,行政機関の長の認定判断の過程に則して,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があることなどによりその判断が事実の基礎を欠くかどうか,事実に対する評価が明白に合理性を欠くことなどによりその判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くかどうかを審査する方法によるべきであり,かつ,これらの裁量権の逸脱又は濫用を基礎付ける具体的事実の主張立証責任は,同号該当性を争う原告にあると解すべきである。」旨判示されている。

イ 本件条例7条5号に該当すること

(ア) 前渡資金精算書の支払期間欄の非開示について

「前渡資金証拠書のうち前渡資金精算書」の支払期間欄には,個別の執行に関する情報である「取扱者から捜査員に捜査費を交付した月日」が記録されており,支払期間欄に記載される年月日は,まさに警察が内偵捜査の着手,協力者との接触等何らかの捜査目的のために捜査報償費を交付した年月日を特定又は推認することができる情報であり,開示することにより重大な支障がある。また,支払期間欄に記載された年月のみを公にした場合においても,捜査報償費の交付回数が明らかとなり,捜査活動の活発さが推認されるなど捜査活動に支障を生じるおそれがある。

(イ) 捜査費証拠書のうち表紙の枚数の非開示について

月ごとの執行額が同額であっても,捜査費証拠書の枚数の多寡により,1件あたりの執行額を推認することは可能である上,金額に対して枚数が非常に少ない場合があれば,「高額な捜査報償費が執行がされた」という個別の執行に係る情報が特定又は推認されることは否定できず,更に「確度の高い重要な情報提供に対する謝礼が支払われた」などと推認することも可能となるものである。

また,捜査費証拠書は,捜査報償費の支払事実を証する書類であって,捜査報償費を執行する都度作成されるため,その「枚数」は,執行件数の増減に応じて変動する。各月の捜査報償費の執行件数は,各月の捜査活動の状況,すなわち,捜査活動の対象となる事件の捜査体制の規模,事件関係者の人数や動向把握の必要性,捜査活動の場所的,時間的範囲等に応じて増減するため,これに応じて捜査費証拠書の「枚数」に多寡が生じる。また,交通指導課及び少年課が行う捜査活動の対象となる事件は,悪質性が強い事件,広域性がある事件,背景が複雑である事件,社会的反響が大きい事件等の特徴を有するものなどに限られる上,このような事件は本県において同時期に多数認知される類のものではない。他方,事件によっては,被疑者又はその周辺者でなければその発生を知りえない場合が多く,これらの者からの警察への情報提供によって認知されることがあるが,被疑者等事件関係者が,周辺者から警察への情報提供によって事件が検挙されたことを知ったり,推認した場合には,その動きと捜査報償費との関連性を探るなどして,結果として,被疑者等が証拠隠滅,逃亡等をするおそれがある。また,捜査員と捜査協力者の接触状況が推認されると,捜査協力者の保護,事後の捜査協力の確保に重大な支障を生じるおそれがある一方,捜査活動が活発ではないことが分かると,捜査が周辺に及んでいないことを確信して,被疑者が更なる犯行に及ぶなどのおそれがある。

(ウ) 捜査報償費の個別の執行に関する全ての情報の非開示について

いったん取扱者から捜査員に交付した捜査報償費が全額返納される場合であっても,会計経理上,「前渡資金証拠書のうち前渡資金支払額内訳書」及び「捜査費現金出納表」には,取扱者と捜査員間で行われた出納の状況を記録しなければならない。非開示としている部分には,現に捜査報償費の執行はなかったものの,捜査報償費を交付した月日,金額,捜査員名,対象事件名及び支出目的が記録されていることから,捜査協力者が特定され,本人,家族等の生命身体に危害が加えられるおそれや,捜査の進展状況,さらには捜査手法や技術等が明らかとなり,将来の捜査に支障を生じ,又は将来の犯罪の敢行を容易にするおそれがあるなど,捜査の具体的な内容が特定又は推認され,捜査活動等に支障を及ぼすおそれがある。また,捜査諸雑費(日常の捜査活動において使用する少額多頻度にわたる経費)については,個別の執行に係る情報である月日,金額,中間交付者(交通指導課及び少年課の各課長補佐等)名,支出目的及び中間交付者以下交付対象人員が記録されており,払出額の多寡や交付人数により,捜査活動の活発さ,捜査体制等が推認され,捜査活動等に支障を及ぼすおそれがある。

前渡資金支払額内訳書や現金出納表には,捜査報償費の個別の執行に係る情報が記載されており,前渡資金支払額内訳書には,捜査報償費を交付し,又は返納を受けた月日,捜査員名,交付金額,精算金額,受領印及び付記事項が,現金出納表には,捜査報償費を受け入れ,又は払い出した月日,目的及び金額並びに残額が,それぞれ記載されるため,これらを公にすると,交通指導課及び少年課において,いつ,どの捜査員に,捜査報償費をいくら,何の目的で支出したのかといった捜査報償費の個別の執行内容が明らかとなる。捜査活動の対象となる事件の被疑者等の事件関係者にあっては,自己が行った犯罪の犯行地や罪種等から,当該事件の捜査を担当する警察署及び警察本部において捜査を担当する課について,おおよそ把握することができるほか,犯行の内容等から,交通指導課及び少年課が捜査活動に加わる可能性等についても認識し得る。したがって,いつ,どの捜査員に,捜査報償費をいくら,何の目的で支出したのかといった交通指導課及び少年課における捜査報償費の個別の執行内容が明らかとなると,捜査報償費の個別の執行内容を比較し分析することによって,交通指導課及び少年課による特定の時期の捜査活動が自己に向けられたものであることを推認し,証拠隠滅や逃亡等のおそれがある。また,これらの事件は,被疑者やその周辺にいる者等の事件関係者でなければ実態を知り得ず,これら事件関係者からの情報提供によって認知されることが多いため,前渡資金支払額内訳書や現金出納表に捜査協力者の氏名が記載されていないとしても,捜査報償費の個別の執行内容に加えて,上記のように被疑者の周辺にいる者が警察官と会っていたとの噂を聞いた場合など,被疑者が不審に感じるような動向が重なると,当該被疑者の周辺にいる者が警察の捜査協力者であるとの疑念を強め,この者が実際に捜査協力者であるか否かを問わず,この者に危害が及ぶ危険性があるほか,他の者が後難を恐れて警察に協力することをちゅうちょするなど,事後の捜査協力の確保に重大な支障を生じるおそれがある。更には捜査手法・技術等が明らかとなり,将来の捜査に支障を生じ,又は将来同種犯罪の敢行を容易にするおそれがある。

原告は,「前渡資金支払額内訳書の「備考」欄及び現金出納表の「概要」欄には,個別具体的な事件を特定しうるような情報は記載されていない。」旨主張するが,前者には捜査費の交付及び返納に関する特記事項が,後者には交付人数等がそれぞれ記載されるのであって,これらは個別の執行に関する情報である。また,原告は,「協力者への謝礼の基準がなく,その金額が分かったからといって直ちに捜査活動への支障が生ずるわけではない。」旨主張するが,謝礼金の執行自体が協力者等の存在を優に推認させるものであるし,各所属に共通の基準がないとしても,謝礼金額は協力者等への捜査への関わりの度合を意味するのもであり,謝礼金額の多寡により,得られた情報の重要性が推認され,協力者等に危害が及ぶ危険性があるほか,他の者が後難を恐れて警察に協力することをちゅうちょするなど,事後の捜査協力の確保に重大な支障を生じるおそれがある。さらに,原告は,「前渡資金支払額内訳書と現金出納表で記載内容にずれがある。」旨主張するが,前者は月ごとの精算内容を記載するものであるのに対し,後者は年度を通じて月日順に記載するものであるため,各記載の捜査費の交付又は返納の回数が異なって見えるにすぎず,何ら矛盾するものではない。

第3当裁判所の判断

1  裁判所が認定した事実

前記前提事実のほか,証拠(C証言,D証言,乙6,23,24)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,本件においては,以下の事実を認めることができる。

(1)  交通指導課及び少年課の所掌事務

ア 警察法(昭和29年法律第162号)47条4項に基づき制定された青森県警察本部組織条例(平成6年10月条例第41号)の規定により,青森県警察本部には,警務部,生活安全部,刑事部,交通部及び警備部が置かれている。交通警察に関することを所掌する交通部には,交通企画課,交通規制課,交通指導課,運転免許課,交通機動隊及び高速道路交通警察隊が置かれ,そのうち交通指導課は,「道路交通関係法令の規定の違反の取締りに関すること」,「交通反則行為の処理に関すること」及び「交通事故の処理及び交通事故に係る犯罪の捜査に関すること」の事務をつかさどっている。犯罪等の事案に係る市民生活の安全と平穏に関すること,地域警察に関すること,犯罪の予防に関すること,少年非行の防止に関すること等を所掌する生活安全部には,生活安全企画課,地域課,通信指令課,少年課及び生活環境課が置かれ,そのうち少年課は,「少年非行の防止に関する調査及び企画に関すること」,「少年指導委員,少年補導協力員等に関すること」,「少年の補導に関すること」,「少年犯罪の捜査に関すること」,「少年の福祉を害する犯罪の取締りに関すること」,「少年に対する暴力団の影響の排除に関すること」及び「犯罪その他少年の健全な育成を阻害する行為に係る被害少年の保護に関すること」の事務をつかさどっている。

イ 交通指導課及び少年課においては,事務を遂行する上で,捜査報償費を執行する場合がある。その主な例として,交通指導課では,偽装交通事故に絡む保険金詐欺事件,ひき逃げ事件,道路運送車両法違反事件,共同危険行為違反事件等の犯罪捜査の過程において,また,少年課では,少年を食い物にするあるいは少年の健全育成上多大な悪影響を及ぼす児童福祉法違反事件,青森県青少年健全育成条例違反事件,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反事件,労働基準法違反事件等の犯罪捜査の過程において,それぞれ捜査報償費を執行することがある。

(2)  本件開示請求の対象となった行政文書の内容等

ア 前渡資金

犯罪の捜査は,地方自治法施行令(昭和22年政令第16号)161条1項16号の規定により,これに要する経費について資金の前渡によることができるとされており,この資金前渡に関する手続については,青森県財務規則(昭和39年3月規則第10号)92条(前渡資金取扱者の承認),93条(資金の前渡)及び94条(前渡資金の精算)に基づいて行われる(乙2・青森県財務規則の抜粋)。

イ 捜査報償費の執行に伴う手続の概要

捜査報償費は,執行する警察本部内にあっては,所属の長である取扱者が,毎月の所要額を申請し,前渡資金として受領している。各取扱者は,現金の出納管理,捜査員への交付,これに係る会計書類や支払事実を証する捜査費証拠書の作成及び保管並びに捜査報償費を執行した結果に基づく各月ごとの精算を行っている。捜査報償費の支出事務の概要は,別紙4「支出事務のあらまし」(乙6の23頁)記載のとおりである。

ウ 捜査費の流れ

(ア) 捜査費の種類

捜査費は,取扱者(少年課及び交通指導課においては課長)の判断で執行する「一般捜査費」と,捜査員が日常の捜査活動において使用する少額で多頻度にわたる経費について自らの判断で執行する「捜査諸雑費」に分けられる。

(イ) 捜査費の経理

一般捜査費については,別紙5「3 捜査費の流れ(基本)」(乙13の4枚目)記載のとおり,捜査員が捜査上の必要性等を課長補佐等と協議して必要額を補助者(交通指導課及び少年課においては次長)に申し出,補助者が「捜査費支出伺」を作成して取扱者に申請し,取扱者が必要性等を判断して金額を決定し,直接又は補助者から当該捜査員に対して交付される。

これに対し,捜査諸雑費は,別紙5記載のとおり,中間交付者が月初めや突発的な事案が発生した場合などに捜査活動の推移,捜査人員等を勘案して必要額を補助者に申し出,補助者が「捜査費支出伺」を作成して取扱者に申請し,取扱者が必要性等を判断の上必要額を決定して,直接又は補助者から当該中間交付者に対して交付され,交付を受けた中間交付者が担当する捜査費活動の内容等を勘案して部下捜査員に必要額を交付する。捜査諸雑費を執行した後は,各捜査員から日ごとに執行内容が記載された「支払伝票」が中間交付者に提出され,これを受けた中間交付者は,月末又は翌月初めに,各捜査員の捜査諸雑費の執行結果を取りまとめて「捜査費交付書兼支払精算書」に記載し,「支払伝票」を添付の上,補助者を経て取扱者に精算報告する。

エ 本件開示請求の対象となった行政文書の内容

本件開示請求の対象となった行政文書は,交通指導課及び少年課の平成15年度の捜査報償費に係る捜査費執行伺,支出負担行為兼支出命令票,捜査費現金出納表,捜査費証拠書,前渡資金証拠書(前渡資金精算書及び前渡資金支払額内訳書で構成),返納(返納命令)票及び返納通知書・領収証書であって,その内容は次のとおりである。

(ア) 捜査費執行伺(甲49及び56の各1~12)

交通指導課及び少年課において,捜査報償費の交付を受ける必要が生じたときに,交通指導課及び少年課の各長が所要額を申請するための伺書である。なお,本文書には,交通指導課及び少年課において交付を受けようとする捜査報償費の所要額などが記載される。

(イ) 支出負担行為兼支出命令票(甲52,59,67及び72の各1~12)

警察本部内の所属における収入及び支出に関する命令権限を有する警察本部長が,交通指導課及び少年課の各長が申請した捜査費所要額の支出を承認し,指定金融機関に設けた各課の前渡資金取扱者の口座に振り込むことを命ずるものである。なお,本文書には,県警察に配当のあった県費報償費(捜査費を含む報償金,賞賜金等の経費。以下「報償費」という。)の全体の額(配当累計額),配当額のうち各警察署に令達(予算の配分)をした報償費の累計金額(令達累計額),警察本部内の所属に対し支出した報償費の累計金額(支出累計額),配当累計額から令達累計額及び支出累計額を差し引いた金額(残額)などが記載される。

(ウ) 捜査費現金出納表(甲53,60,68,73)

交通指導課及び少年課において,捜査報償費の出納状況について日付順に記載したものである。なお,本文書の末尾には,交通指導課及び少年課における当該年度の捜査費支払額の総額が記載される。

(エ) 捜査費証拠書(甲55,62,71及び76の各1~12)

交通指導課及び少年課において,捜査員が捜査報償費の支払をし,精算をするまでの支払事実に係る証拠書類を支出ごとに整理し,月単位で編てつしたものである。なお,本文書には,捜査費総括表,捜査費支出伺,支払伝票,領収書等が綴られている。

(オ) 前渡資金精算書(甲54,61,69及び74の各1~12)

交通指導課及び少年課において,捜査費の精算手続を行うため,月ごとの精算結果を記載した前渡資金精算書とその内訳を日付順に記載した前渡資金支払額内訳書(乙20)により,命令機関である警察本部長に対して精算結果を報告し,確認を受けるとともに,会計機関である出納局の確認を受けるものである。

(カ) 返納(返納命令)票(甲50,57,70及び75の各1~12)

命令機関である警察本部長が,前渡資金取扱者である交通指導課及び少年課の各長に対して捜査費の月ごとの精算残額について,返納を命じることを決定するものである。なお,本文書には,捜査費の返納額,納入期限等が記載される。

(キ) 返納通知書・領収証書(甲51及び58の各1~12)

返納(返納命令)票の内容を,前渡資金取扱者である交通指導課及び少年課の各長に対して通知し,かつ,当該精算額を返納した場合に領収証書となるものである。なお,本文書には,返納金額,納入期限,納入日等が記載されている。

(3)  原告による本件開示請求

原告は,被告に対し,平成16年11月29日付けで,本件条例5条に基づき,「平成15年度分の警察本部交通指導課の捜査報償費(県費)支出に関する財務会計帳票及び支出証拠書類のうち捜査諸雑費に関するもの全て」(甲1)及び「平成15年度分の警察本部少年課の捜査報償費(県費)支出に関する財務会計帳票及び支出証拠書類のうち捜査諸雑費に関するもの全て」(甲2)について,開示請求をした。

(4)  被告による平成16年12月24日付け一部非開示処分

被告は,本件条例11条1項に基づき,本件開示請求に係る各文書の一部を開示する一方で(甲49の1~甲62の12),別紙2の1(交通指導課)及び同2の2(少年課)の「開示しない部分」記載の各部分について,同「開示しない理由」記載の各理由(本件条例7条3号該当又は5号該当)によりそれぞれ開示しない旨の決定(平成16年一部非開示処分)を行い,同年12月24日付け各通知書(青警本交指第433号及び青警本少第253号)により原告に対して通知をした(甲1,2)。

(5)  原告による本件訴訟の提訴

原告は,平成17年2月7日,被告を相手方として,平成16年一部非開示処分の取消しを求める本件訴訟を提起した。

(6)  被告による本件変更開示

ア 本件変更開示に至る経過

平成17年12月1日にされた交通指導課及び少年課の「平成13年度から16年度までの捜査報償費(県費)支出に関する財務会計帳票及び支出書類のうち,捜査諸雑費に関するものすべて」との開示請求に対して,被告は,「月別の捜査費に関する情報」を開示する処分を行い,平成18年3月30日,当該開示請求者に通知をしたが,その経過については,これらの開示請求の対象となった期間内の「月別の捜査費に関する情報」については,いずれも捜査活動に関連し,金額の変動から捜査の推進状況を推認できることなどから,これを開示すると捜査に支障を生ずるのではないかという疑念を完全に払拭することはできないという認識には変わりがなかったものの,当該決定の時点において,開示しないことの利益と,捜査費執行の透明性を求める県民の要請に対して説明責任を全うすることとの利益とを比較衡量した場合,開示することにより説明責任を全うすることの利益の方が,より重要であると判断したことによるものであると説明している。そこで,被告は,本件訴訟に係る同一部分についても変更開示をすることとし,本件訴訟の提起後の平成18年3月30日,本件対象文書に記録された「月別の捜査費に関する情報」(「月ごとの捜査費受入額,残額(返納額),執行額に関する情報」)について不開示としていた処分を取り消し,本件変更開示をした(甲67の1~甲76の12)。

イ 被告は,上記のとおり平成16年一部非開示処分の一部を取り消して本件変更開示をしたが,別紙3の1(交通指導課)及び同3の2(少年課)の「開示しない部分」記載の各部分については,同「開示しない理由」記載の各理由(本件条例7条3号該当又は5号該当)によりそれぞれ開示しない旨の従前の決定を維持することとし,その旨を平成18年3月30日付け各通知書(青警本交指第98号及び青警本少第64号)により原告に対して通知をした(乙21,22)。

(7)  原告による本件請求の訴えの変更

原告は,本件変更開示を受け,平成18年6月1日付けでその部分の訴えを取り下げ,従前のまま非開示とされた別紙1文書目録記載の各文書の各一部分についてのみの取消しを求める訴えの変更(請求の減縮)を行った。

2  本件各非開示処分の他事考慮による違法性について

(1)  原告は,全国各地の警察において捜査費の不正経理や不正支出が行われていることから,青森県警においても同様の不正経理や不正支出が行われている旨主張するが,仮に原告の主張するとおり全国各地の警察において過去に捜査費の不正経理等が行われていたとしても,そのことから直ちに平成15年度の青森県警において同様の不正経理等が行われていたと推認することはできない。

(2)  また,原告は,自身の受けた差出人不明の郵便物(甲63)や発信者不明の電話(甲64)の内容を根拠として,青森県警において不正経理等があった旨主張するが,これらはいずれも匿名のものであり,各情報提供者に対して確認するなどしてその内容を検証することができないから,これらを根拠として青森県警において捜査費の不正経理等が行われていたと推認することはできない。

(3)  さらに,平成16年3月18日に行われた青森県議会文教公安委員会において,青森県警のB警務部長が捜査報償費の領収書について偽名のものを作成して処理していたことがあることを認める答弁をしているが(甲65),同部長が「実名にすると協力者に危害が及ぶというやむを得ないときに偽名を使った。」などとも答弁していることを考慮すると,偽名の領収書が作成されていたことから直ちに不正経理等が行われていたと推認することはできない。

(4)  以上のとおり,青森県警において捜査費の不正経理等が行われていたと認めるに足りる証拠はない。そうすると,青森県警における不正経理等の存在を前提としてこれを隠ぺいするために本件各不開示処分がされたから違法である旨の原告の主張は,その前提を欠くものとして,採用することができない。

3  本件条例7条3号(個人情報)の該当性について

(1)  本件条例においては,警察職員のうち警部及び同相当職以上の職員の氏名については,本件条例7条3号ただし書イ(慣行として公とされ又は公にすることが予定されている情報)に該当するものとして開示することが相当であるが,慣行として公とされていない又は公にすることが予定されていない警部補及び同相当職以下の警察職員の氏名及び印影については,特定の個人を識別することができる情報であり,同号ただし書イからハまでのいずれにも該当しないことから,非開示とするのが相当である。

(2)  これに対し,原告は,「印影」には「氏」しか記録されておらず,これによって個人を特定することはできないから,「特定の個人を識別することができる」情報には該当しないし,「警部補(同相当職)以下の警察職員」に関する名簿などは一般人は通常入手し得ないであろうから,「他の情報と照合することにより特定の個人を識別することができることとなるもの」にも該当しないと主張する。

しかしながら,個人の「印影」は,「氏」しか記録されていないとはいえそれ自体で直接特定の個人を識別することが可能な情報である上,「警部補(同相当職)以下の警察職員」に関する情報を入手することが必ずしも不可能であるとまではいえず,「印影」に「警部補(同相当職)以下の警察職員」であるとの限定が加わることによって,特定の個人を識別することが容易になるといえるから,原告の主張は採用することができない。

(3)  また,原告は,本件条例7条3号ただし書ハにおいて「警察職員の氏名を除く」とされている点については,文書の内容等からみて職務遂行上の大きな支障や警察職員個人又は家族に対する嫌がらせ又は報復のおそれが具体的に認められる場合に当該職員の氏名が非開示となると限定的に解釈されるべきであるとも主張する。

しかしながら,本件条例の規定上そのように限定する文言はなく,他にそのように限定的に解釈すべき根拠も認めることができないから,原告の主張は採用することができない。

4  本件条例7条5号(公共安全等情報)の該当性について

(1)  本件条例7条5号の解釈について

本件条例7条5号は,「公にすることにより,犯罪の予防,鎮圧,捜査等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」については,開示請求の例外事由となることを定めているが,その趣旨は,上記の公共安全等情報の性質上,これを開示するかどうかの判断には犯罪等に関する将来予測としての専門的,技術的な知識,情報,経験等を要するため,これらを豊富に有する実施機関の第一次的な判断を尊重するのが相当であると考えられることから,その実施機関の判断について相当の理由があると認めることができる場合には,これを開示情報の例外とする趣旨であるものと解される。そこで,以下において順次,その相当の理由があると認めることができるかどうかについて,検討する。

(2)  個別の各非開示部分について

ア 前渡資金精算書の支払期間欄の非開示について

「前渡資金証拠書のうち前渡資金精算書」の支払期間欄には,個別の執行に関する情報である「取扱者から捜査員に捜査費を交付した月日」が記録されているため,これを開示した場合には,警察が内偵捜査の着手や,協力者との接触等の何らかの捜査目的のために捜査報償費を交付した年月日を推認することが可能となるから,その開示により捜査活動に支障が生じるおそれがあると実施機関である被告が判断したことについて相当の理由があると認めることができる。

イ 捜査費証拠書のうち表紙の枚数の非開示について

本件においては,本件変更開示により「月別の捜査費に関する情報」がすでに開示されているところ,これに併せて捜査費証拠書の枚数が開示された場合には,その多寡により1件あたりのおおよその執行額を推認することが一応可能であり,殊に枚数が少ない月については1件あたりの執行額を相当正確に推認することも可能となるほか,枚数の多寡から各月の捜査報償費の執行件数の増減を推認することも可能であるから,被疑者等の事件関係者がこれらの情報を入手した場合,自己の身辺で起きた事情等の他の情報と照合することによって自己に向けられた捜査の進展状況を推察して証拠隠滅,逃亡等をするおそれや捜査が自己の周辺に及んでいないと判断して更なる犯行に及ぶおそれがあることを全く否定することはできないから,捜査費証拠書の枚数の開示により捜査活動に支障が生じるおそれがあると被告が判断したことについて相当の理由があると認めることができる。

ウ 捜査報償費の個別の執行に関する全ての情報の非開示について

前渡資金支払額内訳書に記載された情報(捜査報償費を交付し,又は返納を受けた月日,捜査員名,交付金額,精算金額,受領印及び付記事項),現金出納表に記載された情報(捜査報償費を受け入れ,又は払い出した月日,目的及び金額並びに残額)及び捜査費証拠書に編てつされた証拠書類(支払伝票,領収書等)を開示した場合,交通指導課及び少年課において,いつ,どの捜査員に,捜査報償費をいくら,何の目的で支出したのかなどといった捜査報償費の個別の執行内容が明らかとなるところ,被疑者等の事件関係者が捜査報償費の個別の執行内容を分析することにより,交通指導課及び少年課による特定の時期の捜査活動が自己に向けられたものと推認して証拠隠滅,逃亡等をするおそれや当該被疑者等が捜査協力者であるとの疑念を持った自己の周辺者に対して危害を及ぼすおそれ,他の周辺者等が後難を恐れて警察に協力することをちゅうちょするなど事後の捜査協力の確保に支障を生じるおそれがないとはいえないから,それらの開示により捜査活動に支障を生じるおそれがあると被告が判断したことについて相当の理由があると認めることができる。

5  結論

以上によれば,原告が開示を求めた情報はいずれも開示請求の例外事由に当たる情報であり,本件の非開示処分についての原告の取消請求はいずれも理由がないから棄却することとし,訴訟費用の負担については本件訴訟提起後に本件変更開示がされたことから行政事件訴訟法7条,民事訴訟法62条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)

別紙1文書目録

1 警察本部交通指導課の平成15年度の県費捜査費に係る

(1) 支出負担行為兼支出命令票のうち警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分

(2) 捜査費現金出納表のうち個別の執行に係る情報が記載されている部分

(3) 前渡資金証拠書のうち表紙の警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分,前渡資金精算書の支払期間欄の部分及び前渡資金支払額内訳書の個別の執行に係る情報が記載されている部分

(4) 返納(返納命令)票のうち警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分

(5) 県費捜査費証拠書のうち表紙の枚数が記載されている部分及び個別の執行に係る情報が記載されている書面

2 警察本部少年課の平成15年度の県費捜査費に係る

(1) 支出負担行為兼支出命令票のうち警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分

(2) 捜査費現金出納表のうち個別の執行に係る情報が記載されている部分

(3) 前渡資金証拠書のうち表紙の警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分,前渡資金精算書の支払期間欄の部分及び前渡資金支払額内訳書の個別の執行に係る情報が記載されている部分

(4) 返納(返納命令)票のうち警部補(同相当職)以下の職員の印影の部分

(5) 県費捜査費証拠書のうち表紙の枚数が記載されている部分及び個別の執行に係る情報が記載されている書面

以上

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