青森地方裁判所 平成17年(行ウ)2号 判決 2006年7月28日
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
A労働基準監督署長が,平成12年12月27日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付(費)の支給をしないとの決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は,亡B(以下「B」という。)が急性心臓死により死亡したことについて,Bの妻である原告が,A労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)に対し,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づき,遺族補償給付の支給を請求したところ,監督署長がBの死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして不支給の処分を行ったため,原告がその処分の取消しを求めたのに対し,被告が,監督署長の同処分は正当であってこれを取り消すべき理由はないとして争っている事案である。
その中心的争点は,Bの死亡が業務に起因するものであるかどうかである。
1 前提事実
以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。
(1) Bの発症の状況
B(昭和25年11月4日生。発症当時49歳)は,昭和53年12月に岩手県L市所在のC工業株式会社(以下「会社」という。)に雇用され,平成12年3月から青森県上北郡D町(現E町)所在の会社D工場(以下「D工場」という。)の工場長をしていたが,同年4月8日午前8時ころ,本社で開かれる経営会議に出席するため,D工場工事部長(当時。現D工場長)G(以下「G工事部長」という。)の自家用車に同乗してL(本社)に向かう途中,L市内で,G工事部長が話しかけても返答をしないことからBの異常に気付き,直ちに近くに停車し,救急車の出動を要請し,BをMに搬送してもらったが(乙7,9),Mにおいて,Bの死亡が確認された(乙42)。
(2) 原告による遺族補償給付の支給請求とこれに対する不支給処分
Bの妻である原告は,監督署長に対し,Bの死亡は業務上の事由によるものであるとして労災保険法に基づき遺族補償給付を請求したところ,監督署長は,平成12年12月27日付けで,Bの死亡は業務上の事由によるものとは認められないとして,これを支給しない旨の処分(以下「本件不支給処分」という。)をした(甲1,乙63)。
(3) 原告による審査請求及び再審査請求
原告は,本件不支給処分を不服として,平成13年1月26日付けで青森労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが(乙64),同年3月22日付けで棄却の決定を受けたため(乙63),さらに,同決定を不服として,同年5月20日付けで労働保険審査会に対し再審査請求をしたが(乙66の1及び2),平成17年3月9日付けで棄却の裁決を受けた(甲1)。
2 原告の主張
(1) Bは,会社の会議のために2日続けてL市に出向くことになり,1日目に会議から戻った後も深夜にD工場に出勤して仕事を行い,午前5時ころに帰宅したが,時間がなかったこともあり,食事もしないまま,午前5時15分に自宅を出た後,午前6時ころにG工事部長の自家用車に同乗し,L市での会議に向かう途中で死亡したものであり,Bに対して肉体的にも精神的にも負担を与える業務を課した会社の業務が原因となって死亡したものである。
(2) また,監督署長の判断となっている前提事実についてはほぼ認めるが,そこには,①BがG営業所に異動する前から営業に従事していた事実,②Bが「精神的に疲れている」という理由で6月30日に退職届を提出したが受理してもらうことができなかった事実,③G営業所への異動後も状況に変わりがなく,「辞めないで出て来い。」と言われてBがようやく仕事に出るようになった事実,④Bが突然にD工場長に戻され,引継ぎもなく「訳がわからない。」と述べていた事実が含まれていない。特に,Bが「精神的に疲れている。」という理由で退職届を出した後も,会社に慰留され精神的負担を抱えたまま業務を継続させられていた事実を無視することができない。
3 被告の主張
(1) 新認定基準に基づく判断の合理性
厚生労働省(中央省庁等改革基本法の実施に伴う厚生労働省設置法施行以前においては労働省をいう。以下同じ。)では,脳血管疾患及び虚血性心疾患等(以下「脳・心臓疾患」という。)の発症が業務上か否かを判断するための認定基準を行政通達の形で示しているが,最新の医学的知見に基づき,平成13年12月12日付け基発第1063号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(乙1・以下「新認定基準」という。)を新たに策定し,各都道府県労働局長あてに発出した。
平成12年4月8日のBの死亡当時,被告は,新認定基準が通達される以前の認定基準のもとで認定事務を行っており,原告からの遺族補償給付の支給請求に対し,A労働基準監督署長(監督署長)が平成12年12月27日付けでした処分(本件不支給処分)及び青森労働者災害補償保険審査官が平成13年3月22日付けでした決定は,新認定基準が通達される以前の認定基準に従って判断された。しかし,原告が平成13年5月20日に労働保険審査会に対し行った再審査請求については,審理中に新認定基準が策定されたため,同審査会は新認定基準に従って判断を行った。
新認定基準は,「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書」(乙2・以下「専門検討会報告書」という。)に基づいて策定されたものであり,行政通達である以上その効力は法律と同視し得ないものであるが,その内容は最新の医学的知見を踏まえたものであり,疾病の業務起因性を肯定し得る要素を集約したものであるから,これに基づいた判断は極めて合理的であるといえ,この基準に該当する場合には原則として業務上の疾病と認められる一方,この基準に該当しない場合には医学経験則上業務と疾病発症との間の因果関係自体が基本的に否定されるべきである。
(2) 業務起因性の法的判断枠組み
ア 業務起因性の意義
労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の死亡等に対し補償を行うことを目的とするものであり(労災保険法7条1項1号),労災保険法12条の8第2項により労働基準法(以下「労基法」という。)に規定する災害補償事由が生じた場合(労基法75条1項)に保険給付が行われるものである。
また,労災保険法に基づく災害補償は,労基法75条1項により当該疾病に業務起因性が認められることを必要とするところ,労災保険法及び労基法の諸規定の対応関係,労災保険法の立法理由,その後の同法の改正経過のいずれに照らしても労災保険法が労基法の定める災害補償責任を担保するための保険制度であることは明らかである。
そこで,業務起因性が認められるためには,当該労働者の死亡等が業務上のものであって,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果(死亡等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者の間に相当因果関係のあることが必要であると解するのが確立した判例(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決)である。
そして,相当因果関係が肯定されるためには,当該死亡等の結果が,当該業務に内在する危険の現実化であると認められることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決)。なぜなら,労災保険は労基法の定める使用者の災害補償責任を担保するための制度であるところ,災害補償制度は,労働者が従属的労働契約に基づいて使用者の支配管理下にあることから,労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化して傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失てん補に当たるべきであるとする危険責任の考え方に基づくものであるからである。
ところで,業務上の疾病については,一般の業務災害と同様に,その原因を明確にし得る場合のほかに,業務に内在する危険(健康上有害な種々の因子)を徐々に受けて慢性的に進行する疾病や,有害な作業環境を離れて相当期間経過後に発症する疾病等もあって,労使双方に危険性の認識,又は危険性に起因する疾病であることの認識が乏しいため,災害補償に関する権利義務の存在が不明確となり,その履行の確保が困難となることも予想される。そこで,労基法75条2項は,「前項に規定する業務上の疾病及び範囲は,厚生労働省令(命令)で定める」と規定し,業務上の疾病の範囲を命令で定めることとし,これを受けて労働基準法施行規則(以下「労基則」という。)35条別表第1の2が業務上の疾病の範囲を具体的に定めているが,本件疾病が業務上の疾病に当たるかどうかは,同別表第9号「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するかどうかによることとなる。
イ 脳・心臓疾患の場合
脳・心臓疾患の場合にも,その発症が業務上のものと認められるためには脳・心臓疾患の発症と業務との間に条件関係のみならず相当因果関係が肯定されることが必要であるが,脳・心臓疾患はその発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変等(動脈硬化等による血管病変又は動脈瘤,心筋変性等の基礎的病態)が加齢や一般生活等における種々の要因によって長い年月の間に徐々に進行・増悪して発症に至るのがほとんどであり,その発症には複数の原因が競合し,その複数の原因が結果発生に対して絡み合っているのが通常であって,その結果発生への影響等も強弱様々である。
しかしながら,労災補償制度は業務と業務以外の事由という複数原因が競合しても,業務が寄与した割合に応じて労災補償給付をすることを予定せず,業務上であるかどうかを画一的に判断する制度であるため,複数の原因が競合している場合において,業務と発症との間にどの程度のつながりがあれば条件関係のみならず相当因果関係があるといえるのかが問題となるところ,脳・心臓疾患発症と業務との間に相当因果関係が認められるためには,当該脳・心臓疾患発症が業務に内在する危険の現実化であるといえなければならないのであるから(前掲最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決),まず,①当該業務に危険が内在していると認められることが必要であり(危険性の要件),さらに,②当該脳・心臓疾患が,当該業務に内在する危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件)が必要であり,具体的には,①当該業務による負荷が,当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,通常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(平均的労働者)にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷であると認められること(危険性の要件),②当該業務による負荷が,その他の業務外の要因(喫煙・高血圧など当該労働者の私的なリスクファクターや先天的な素因,私生活上の身体的・精神的負荷等。以下「私的リスクファクター等」という。)に比して相対的に有力な原因となって,当該脳・心臓疾患を発症させたと認められること(現実化の要件)が必要であると解すべきである。以上の考え方は,最高裁判所平成12年7月17日第一小法廷判決においても採用されている。
(3) 新認定基準の策定の経緯
上記の業務起因性の法的判断枠組みを前提として具体的事案において業務起因性の有無を適正に判断するためには,さらに,脳・心臓疾患の医学的知見を踏まえた上で,①脳・心臓疾患の医学的知見によれば,具体的にどのような業務が,平均的労働者にとって,血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得る程度の負荷を与える業務といい得るのか(危険性の要件),②労働者の私的リスクファクター等としては,どのようなものがあり,それぞれのリスクファクターがどの程度の危険性を有するのか(現実化の要件)を具体的に検討する必要がある。
そこで,厚生労働省においては,上記のような観点から,業務上と認定されるための具体的条件を過去の症例,臨床,病理及び疫学等の医学的研究を基礎に取りまとめて認定基準として通達しているところ,平成12年11月に設置した「脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会」(以下「専門検討会」という。)が最新の医学的知見に基づいて具体化した評価要因を専門検討会報告書(乙2)に取りまとめ,厚生労働省労働基準局長がこれを踏まえて新認定基準(乙1)を新たに策定した。
(4) 新認定基準の概要
ア 基本的な考え方
(ア) 脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる血管病変等が長い年月の生活の営みの中で形成され,それが徐々に進行し,増悪するといった自然経過をたどり発症する。
(イ) しかしながら,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変等がその自然経過を超えて著しく増悪し,脳・心臓疾患が発症する場合があり,そのような経過をたどり発症した脳・心臓疾患は,その発症に当たって,業務が相対的に有力な原因であると判断し,業務に起因することの明らかな疾病として取り扱う。
(ウ) 脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼす業務による明らかな過重負荷として,発症に近接した時期における負荷のほか,長期間にわたる疲労の蓄積も考慮することとした。
(エ) また,業務の過重性の評価に当たっては,労働時間,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,検討し,総合的に判断する必要がある。
イ 認定要件
次の(ア),(イ)又は(ウ)の業務による明らかな過重負荷を受けたことにより発症した脳・心臓疾患は,労基則35条別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。
(ア) 発症直前から前日までの間において,発生状態を時間的及び場所的に明確にし得る異常な出来事に遭遇したこと(異常な出来事)
(イ) 発症に近接した時期において,特に過重な業務に就労したこと(短期間の過重業務)
(ウ) 発症前の長期間にわたって,著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと(長期間の過重業務)
ウ 過重負荷の考え方の概要
(ア) 異常な出来事について
a 異常な出来事
異常な出来事とは,具体的には次に掲げる出来事である。
(a) 極度の緊張,興奮,恐怖,驚がく等の強度の精神的負荷を引き起こす突発的又は予測困難な異常な事態
(b) 緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態
(c) 急激で著しい作業環境の変化
b 評価期間
発症直前から前日までの間
c 過重負荷の有無の判断
遭遇した出来事が前記aに掲げる異常な出来事に該当するか否かによって判断する。
(イ) 短期間の過重業務について
a 特に過重な業務
特に過重な業務とは,日常業務(通常の所定労働時間内の所定業務内容をいう。)に比較して特に過重な身体的,精神的負荷を生じさせたと客観的に認められる業務をいう。
b 評価期間
発症前おおむね1週間
c 過重負荷の有無の判断
特に過重な業務に就労したと認められるか否かについては,①発症直前から前日までの間について,②発症直前から前日までの間の業務が特に過重であると認められない場合には,発症前おおむね1週間以内について,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるかどうかという観点から,客観的かつ総合的に判断すること。なお,ここでいう同僚等とは,当該労働者と同程度の年齢,経験等を有する健康な状態にある者のほか,基礎疾患を有していたとしても日常業務を支障なく遂行できる者をいう。
具体的な負荷要因は,次のとおりである。
(a) 労働時間
(b) 不規則な勤務
(c) 拘束時間の長い勤務
(d) 出張の多い業務
(e) 交替制勤務・深夜勤務
(f) 作業環境(温度環境,騒音,時差)
(g) 精神的緊張を伴う業務
((b)~(g)の項目の負荷の程度を評価する視点は別紙「労働時間以外の要因」のとおり)
(ウ) 長期間の過重業務について
a 疲労の蓄積の考え方
恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ,その結果,脳・心臓疾患を発症させることがある。
このことから,発症との関連性において,業務の過重性を評価するに当たっては,発症前の一定期間の就労実態等を考慮し,発症時における疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断することとする。
b 評価期間
発症前おおむね6か月間
c 過重負荷の有無の判断
著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したと認められるかどうかについては,業務量,業務内容,作業環境等を考慮し,同僚等にとっても,特に過重な身体的,精神的負荷と認められるかどうかという観点から,客観的かつ総合的に判断する。
業務の過重性の具体的な評価に当たっては,疲労の蓄積の観点から,労働時間のほか前記(イ)cの(b)から(g)までに示した負荷要因について十分検討する。その際,疲労の蓄積をもたらす最も重要な要因と考えられる労働時間に着目すると,その時間が長いほど,業務の過重性が増すところであり,具体的には,発症日を起点とした1か月単位の連続した期間をみて,
(a) 発症前1か月間ないし6か月間にわたって,1か月当たりおおむね45時間を超える時間外労働が認められない場合は,業務と発症との関連性が弱いが,おおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど,業務と発症との関連性が徐々に強まると評価できること
(b) 発症前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認められる場合は,業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する。
ここでいう時間外労働時間数は,1週間当たり40時間を超えて労働した時間数である。また,休日のない連続勤務が長く続くほど業務と発症との関連性をより強めるものであり,逆に,休日が十分確保されている場合は,疲労は回復ないし回復傾向を示すものである。
エ 新認定基準とリスクファクター
なお,新認定基準は,上記のとおり,業務の危険性(過重性)の要件に関する事項のみを定め,現実化の要件に関する事項(労働者の私的リスクファクター等の内容・評価)については触れていないが,これは,業務起因性の判断に当たって,労働者の私的リスクファクター等を勘案しないという趣旨ではない。すなわち,新認定基準に基づいて業務の過重性(危険性)が認められる場合であっても,業務外の要因が主たる原因となって発症したと認められる場合(現実化の要件が認められない場合)には業務起因性は否定されるのであり,新認定基準も危険性の要件と現実化の要件の双方が認められて初めて業務起因性が肯定されるとの枠組みを採っている。
(5) 本件不支給処分の適法性
ア 発症に近接した時期における業務による負荷
まず,Bは発症前24時間以内に業務に関連する異常な出来事に遭遇したとは認められず,天候の急激な変化等急激で著しい作業環境の変化があったとする事実も認められない。
次に,発症前日から発症当日まで(平成12年4月7日及び同月8日)の状況については,自宅における睡眠時間がやや短時間であったことが考えられるが,業務については総じて日常業務に比べて特に過重なものであったとは認められず,また,本件疾病の発症をもたらす程度に過重なものであったとは認められない。
さらに,本件疾病発症前1週間(平成12年4月1日から同月7日まで)の状況については,詳細な勤務時間の把握はできないものの,会社関係者や原告の申述内容等から推測すると長時間の労働が続いたとは考え難く,また,業務内容についてもL(本社)出張のほかは特段業務に問題が生じたとか普段と異なる状況があったとの事実は見当たらないことからして,Bの発症前1週間に過重な業務が継続したものとは認められず,日常業務と比較して特に過重であったとも認められない。
イ 発症前の長期間における業務による負荷
まず,BがD工場に転勤になった後の平成12年3月における1か月間の労働時間の状況については,会社関係者等の申述内容によれば,発症前1か月間の労働時間が所定労働時間(1日当たり7時間35分,隔週2日休日)を大幅に超えるような長時間労働が続いていたとは認め難い。また,この間の業務内容についても,ISO(国際標準化機構)関係を除く従来の業務については既に前回工場長のころの経験があり特に過重な負荷が掛かったとは考え難く,ISO関係業務についても実質的な作業開始時期等からすれば特に過重な負荷が掛かったとは考え難い。専門検討会報告書に照らして検討しても,同報告書によれば,発症前1か月の残業時間が1週40時間の労働を基準として100時間を超える場合は業務と発症との関連性が強いとされているが,Bの場合,1週間の労働時間は37時間55分(1日7時間35分×5日)ないし45時間30分(1日7時間35分×6日)又はこれをわずかに超える程度とみられ,上記基準には到底達しているとは見込まれず,また,業務内容についてもさして過重であったとは認められない。
次に,BがD工場長に転勤となる以前のG営業所における平成11年10月以後平成12年2月までの労働時間の状況については,タイムカード等による出退勤時刻の詳細は分らないが,会社関係者の申述等によればBの出勤日の1日の実労働時間はおおむね8時間30分程度であったと推認され,また,G営業所における業務内容が,会社の新商品であるマリン防火水槽のPR,普及のため役所を回ることのみで,営業所の組織から独立し,単独で営業活動を行うというものであったことなどからして,G営業所における業務が疲労の蓄積をもたらすほど過重な負荷の掛かるものであったとは認め難い。専門検討会報告書に照らして検討しても,同報告書によれば,発症前2か月以上の間の1か月平均の残業時間が週40時間の労働を基準として80時間を超える場合は業務と発症との関連性が強いとされているが,Bの場合,1週間の労働時間は42時間30分(1日8時間30分×5日)ないし51時間(1日8時間30分×6日)程度であり,上記基準には到底達しているとは見込まれず,また,業務内容についてもさして過重であったとは認められない。
ウ 虚血性心疾患のリスクファクター等について
Bの本件疾病発症前の健康状態,既往歴及びし好をみると,Bは以前から高血圧症及び心臓疾患を有しており,治療を要する状態であったにもかかわらず,平成11年7月からは投薬のみで医師による診察を受けておらず,ワーファリンの服用をやめる一方,虚血性心臓疾患の危険因子とされる飲酒,喫煙を続けるなど,自らの健康状態についての認識及び健康管理が甚だ不十分であったといわざるを得ない。
Bの死因に関して,青森労働局地方労災医員H医師は,「Bは,これら私病の自然経過において,加齢とともに極めて高率に虚血性心疾患等の発症,更には心臓死のリスクが存在したと考えられ,本件疾病発症の自然経過を超えての業務上のトリガーについて,認定要件に記載されているような業務上の過重負荷は,認め難く,Bの死因は,私病の自然経過において発症したものである。」などと見解を述べているが,妥当な所見と認められる。
エ 結論
以上を総合すると,Bが従事していた業務が本件疾病発症をもたらすほど過重な負荷の掛かるものであったとは認められないこと,Bはかねてから心臓疾患を有していたにもかかわらず医師の指示に従わず診察を受けず,他方で飲酒,喫煙を続けるなど自らの健康状態についての認識及び健康管理が甚だ不十分であったこと並びにH医師は業務と本件疾病発症との間に因果関係は認められないとしていることから,Bに発症した本件疾病は,かねてよりBが有していた基礎疾病である心臓疾患が自然経過において増悪し,ついに発症したものとみるのが相当であり,Bが従事した業務に起因して発症したものと認めることはできない。
第3当裁判所の判断
1 裁判所が認定した本件の事実経過
証拠(甲2,乙7,9~21,原告供述)及び弁論の全趣旨によれば,本件の事実経過として,以下の事実を認めることができる。
(1) Bの入社後の状況等
ア Bの勤務先会社(C工業株式会社)は,コンクリート二次製品の生産,販売を業としており,従業員は約200名である。会社は,本社のほか,L工場,N工場,G工場及びD工場の4工場と,O営業所,K営業所,G営業所,P営業所,Q営業所及びR営業所の6営業所を有する。
イ Bは,昭和53年12月に会社へ入社し,研修を受けた後D工場に配属され,平成5年4月にはD工場の副工場長に,平成6年4月にはD工場の工場長に就任し,平成10年3月までD工場に勤務した。
ウ Bは,工場内で労務災害による死亡事故が発生し,工場長として,その監督責任を問われて社内の会議の席において土下座して出席者全員に謝罪するなどして心労がかさみ(原告供述20頁),その他の仕事上の悩みから,平成9年6月30日付けで「精神的に疲れている。」という理由により退職届を提出したが,結果的にこれを受理してもらえなかった(乙20)。
そこで,会社側の配慮により平成10年4月から青森営業本部企画開発部長に就任し,G営業所に勤務することとなった。
(2) 平成10年4月以降のG営業所における勤務状況等
平成10年4月以降のG営業所におけるBの業務内容等は,次のとおりである。
ア G営業所の組織は,所長のほかB及び従業員2名の計4名の構成であったが,Bは,青森営業本部企画開発部長の職にあって営業所の組織からは独立した形となっており,単独で営業活動を行っていたため,営業所の売上げや目標達成といったことには直接関係していなかった(乙9,14)。
イ 平成10年7月末ころ,本社から,Bに対し,「辞めないで出て来てほしい。」との話があり,Bがようやく仕事に出るようになった(乙20)。
ウ Bの営業所における業務内容は,会社新製品のマリン防火水槽のPR,普及のため役所を回る仕事のみであった(乙9,14)。
エ 所定の勤務時間等については,勤務時間が午前8時30分から午後5時30分まで,休憩時間が正午から午後1時までの1時間で,所定の労働時間は8時間である。また,休日は,日曜日,第2・第4土曜日,祝祭日及び年末年始であった(乙9,14,33の2及び3)。
オ 通勤時間は,車で片道1時間程度であった(乙9)。
カ G営業所におけるBの平成11年9月から平成12年2月までの間の勤務状況については,出勤簿(乙33の2)によれば,ほとんど所定の勤務日どおりの勤務で,欠勤はないが,おおむね各週2日のペース及び祝祭日に休日を取得しているほか,12月29日から1月3日までの6日間,年末年始の休日を取っている。
また,勤務時間については,平成11年3月から同年8月の間のタイムカード(乙33の3)によれば,おおむね,午前7時55分ころ出勤し,おおむね午後5時55分ころ退勤していることが認められ,自宅には遅くとも午後8時ころ帰宅していた(乙13)。
(3) 平成12年3月1日以降のD工場における勤務状況等
ア 平成12年2月にD工場の工場長を兼務していた本社のS常務取締役が病気で入院したため,Bは,再びD工場の勤務を命ぜられ,同月28日から工場勤務となり,同年3月1日に再度D工場長に就任したが,引継ぎもなく,妻に対し,「訳が分からない。」と言ったこともあった(乙9,10,13)。
イ 平成12年3月1日以降のD工場におけるBの業務内容等は,次のとおりである。
(ア) 工場では,主としてコンクリートパイルを生産するほか,マリン防火水槽等も生産しており,組織として,常務取締役の下に工場長が配され,工場長の下に工事部門4名,業務部門3名及び製造部門33名が配置されていた(乙9,10)。
(イ) 工場長の職務は,工場従業員を指揮監督するとともに,工場の業務全般について統括管理することである。Bは,午前7時55分から工場長として朝礼で挨拶をし,その後は事務室で書類の整理をしていた(乙9~11)。
(ウ) Bが工場長として来てから以降,商品のクレームなど事件となるような出来事はなかった(乙11,15,16)。
(エ) Bが再び工場長になってから新規に増えた業務は,ISO(国際標準化機構)14001の取得に向けた取組である。これは,平成12年1月に会社としてその取得をすることが決定されたもので,取りあえず,本社,N工場及びD工場が先行して取得することとされ,同年11月の審査に向けて,本社において環境目的,目標を具体的に示して,各工場でこの目標を達成するための検討をするというものであった(乙9,10)。
(オ) 所定の勤務時間は午前8時から午後5時までであり,そのうち休憩時間が正午から午後1時までの1時間と午前10時から及び午後3時からそれぞれ15分で,所定の労働時間は7時間30分であった。また,D工場への出勤(自宅を出る時刻)は午前7時20分から30分の間で,帰宅は午後6時から7時ころであった。休日は,日曜日,第2・第4土曜日,祝祭日及び年末年始であった。D工場の3月におけるBの勤務状況については,勤務した日は23日,休日はおおむね各週2日ずつで計8日取得していた(乙9,10,13,33の1)。
Bは,工場の責任者として,事務所を最後に出ていた(退社)が,たまに従業員より先に帰ることもあり,従業員も含めて残業をすることはほとんどなかった。Bの自宅での仕事も,月に1回の会議に向けた資料を作成する程度のものであった(乙11,16~19)。
(カ) なお,D工場における平成11年3月分及び平成12年3月分の生産実績の比較については,おおむね,次のとおりであり(乙25),数年前から仕事量が減ったために残業もなくなり,余裕があった(乙16)。
項目
平成12年3月分
平成11年3月分
生産トン数(t)
1,088
1,740
型枠本数(型)
505
937
操業時間(時間)
184.0
239.8
操業日数(日)
23
25
平均人員(人)
19.0
26.4
(残業延べ時間)
直接延べ労働時間(時間)
3,497.0
(996.0)
5,286.0
(キ) 通勤時間は,自宅から工場まで距離が約5kmであって,車で片道10分程度であった(乙12,13)。
(4) 発症前1週間(平成12年4月1日)から発症前々日(同月6日)までの勤務状況
ア Bは,4月2日の休日を除き,出勤し(乙33の1),特段の残業もせず,午後6時から7時ころに帰宅した(乙13)。
業務内容は,午前7時55分から朝礼で挨拶をした後,事務室での書類の整理,工場内の見回り等をし,午後5時過ぎころに退勤した。
イ Bは,通常の業務のほかに,4月7日の本社での環境管理推進委員会へ提出する資料(Bのフロッピーディスク〔乙40の4〕に記録されていた「C工業(株)D工場環境目的・目標達成の具体案」と題する文書A4判用紙1枚〔乙34〕)と,同月8日開催の経営会議に提出する日常的な資料(同様にフロッピーディスク〔乙40の4〕に記録されていた「マネジメント・レビュー資料」と題する文書B5判用紙3枚〔乙22〕)の作成等の業務にも従事していた(乙35)。
(5) 発症前日(平成12年4月7日)の勤務状況
ア Bは,その日,本社で午前10時から開催されたISO関係の環境管理推進委員会に出席するため,午前6時45分ころ車で自宅を出発し,D駅発の電車に乗り,L駅に午前8時55分ころに到着し,本社に出向いたものとみられる(乙10)。
イ その日の環境管理推進委員会は,コンサルタントを招いて会社の現状の把握とチェックを行うとともに,本社で示した内容について各部署でどうするか同月15日まで検討してもらうためのものであった。翌日の経営者会議に向けて特に指示が出されたことはなかった(乙15)。
ウ 会議は,昼休みの休憩をはさんで,午後2時30分ころ終了し,その後,Bは,L駅からG駅まで電車で帰り,駅に迎えに来ていた原告の車に乗るなどして午後5時ころ自宅に到着した。自宅到着後,Bは,食事をしながら仕事をし,午後8時ころ就寝した(乙13)。
(6) 発症当日(平成12年4月8日)の勤務状況等
ア 発症当日は,本社において定例的に開催されている経営会議の日で,本社の者及び各営業所長,工場長等が参加することとなっていた(乙9)。Bは,当日の会議のために,フロッピーディスク(乙40の4)に記録されていた「マネジメント・レビュー資料」と題する文書(乙22)及びこれに添付された平成12年3月度の生産出荷に関する資料等(乙23~30)を用意していたが,これらは毎回準備する通例の資料であった(乙15)。
イ Bは,深夜午前零時から早朝にかけて(乙32),工場に出向き,資料作成等の準備をし,工場の風呂に入った上,午前5時ころ自宅に帰宅し,妻に対し,「やっと仕事が終わった。」と言った(乙13,17)。
Bは,時間がなかったため,食事をしないで,午前5時15分ころ車で自宅を出た後,午前6時ころI町の道の駅でG工事部長と待ち合わせをしてG工事部長の車に同乗し,本社に向かった(乙7,10,11,13,31)。
(7) 発症の状況
Bは,平成12年4月8日,本社で同日に開催される経営会議に出席するため,G工事部長の自家用車に同乗してL(本社)に向かった。その途中,午前8時ころ,L市内で,G工事部長は,話しかけても返答をしないことからBの異常に気付き,直ちに近くに停車し,救急車の出動を要請し,BをMに搬送してもらった(乙7,9)。しかし,Bは,上記Mに到着した時点で,既に心肺停止・瞳孔散大の状態であり,心肺蘇生術が施行されたが心拍再開は得られず,死亡が確認された(乙42)。
2 本件疾病発症当時の気象状況について
Bの本件疾病発症当時の気象状況は,おおむね,次のとおりである。
(1) J地域(乙36)
(平成12年)
月日
気温(℃)
降水量
(mm)
平均風速
(m/sec)
平均
最高
最低
4月6日
7日
8日
6.9
9.7
7.3
10.4
17.7
10.9
2.9
0.7
2.3
0
0
2
5.5
3.4
4.0
(2) L地域(乙37)
(平成12年)
月日
気温(℃)
降水量
(mm)
平均風速
(m/sec)
平均
最高
最低
4月7日
8日
7.5
6.9
14.1
9.9
-1.4
3.8
0
1.0
5.1
4.6
3 Bの既往症と治療歴等
(1) J市立J病院等の診断治療
B(昭和25年11月4日生まれの当時49歳)は,昭和58年10月1日以前(それ以前は不明)から高血圧であり,昭和59年に具合が悪くなり,約2週間G赤十字病院に入院した。平成5年ころから労作時の動悸を自覚するようになり,G赤十字病院に通うのが大変なため,いったんG赤十字病院からJ市立J病院へ紹介され,同病院において,「高血圧症」(昭和58年),「発作性心房細動」(平成8年5月ころ),「発作性上室性頻拍」(平成8年5月ころ)及び「心室性期外収縮」(平成2年6月ころ)と診断されていた(乙20,43,44)。
なお,Bの母及び兄(いずれも存命)も高血圧症である(乙10)。
(2) G赤十字病院での治療歴(乙43,44)
ア Bは,平成8年6月4日以降は,再びG赤十字病院の診察治療を受けるようになり,動悸を主訴とし,ホルター心電図検査(平成8年7月3日施行〔乙48〕)を受けた結果,発作性心房細動,発作性上室性頻拍及び心室性期外収縮が確認されたため,J市立J病院と同様に,「高血圧症」,「発作性心房細動」,「発作性上室性頻拍」及び「心室性期外収縮」と診断され,投薬治療を受けたが,比較的難治性であったため,各種抗不整脈薬投与,変更を受けながら,外来で治療観察を受けていた。
イ しかしながら,平成9年以降は,Bの診察回数が減り,年1,2回の診察のみとなり,投薬のみで通院をしていた。そのため,Bは,検査を受けておらず,平成11年7月7日以降診察を受けていなかった。
ウ なお,Bは,塞栓症予防のため,ワーファリンの投与を受け,ワーファリン投与中は,1か月に1回外来で採血する必要があったが,医師に対し,「塞栓症のリスクがあっても,飲みたくない。」などと拒否し,平成11年7月7日以降ワーファリンの投与が中止されていた。
エ 投薬歴
平成8年6月4日:
アダラートL(10)2T,レニベース(5)2T,ピメノール(100)2c
7月19日:
ピメノールを中止し,サンリズム(50)2c,パナルジン2Tを追加
9月11日:
サンリズムを中止し,ベプリコール2Tへ変更
10月14日:
パナルジンを中止し,ワーファリン2.0mg,ジゴシン1/2追加
12月3日:
パラミジン1c追加,ワーファリン1.0mgに減量
平成11年7月7日:
ワーファリン,パラミジンを中止し,プレタール2Tへ変更
(3) Bの直前の健康診断の結果は,次のとおりであった(乙38)。
① 検診年月日 平成11年6月16日
② 現疾患及び既往症 高血圧症(治療中),心臓疾患(治療中)
③ 身体測定 (判定 過体重)
身長 172.7cm,体重 77.7kg
BMI 26.1
④ 血圧 143/79mm/Hg(判定 境界域)
⑤ 血液生化学 (判定 要経過観察)
a 肝機能
総蛋白7.6g/dl,アルプミン4.5g/dl,A/G比1.5,総ビルビリン1.4mg/dl,GOT32KU/ml,GPT34KU/ml,LDH172IU/l,ALP249KA,γ‐GTP42IU/l,血清アミラーゼ154IU/l
b 脂質
総コレステロール216mg/dl,HDL-Ch34mg/dl(基準値41mg/dl以上),中性脂肪151mg/dl(基準値140mg/dl以下)
c 腎機能 尿素窒素15.5mg/dl,クレアチニン1.0mg/dl
d 代謝 尿酸5.1mg/dl
e 糖代謝 血糖107mg/dl
⑥ 血液学 (判定 異常なし)
赤血球数493万個/mm3,ヘモグロビン16.1g/dl,ヘマトクリット47.2%,MCV95.6u3,MCH32.7pg,MCHC34.2%,白血球数7,300個/mm3,血小板数20.3万個/mm3
⑦ 心電図 異常なし
⑧ 総合判定 血圧,生化学 要経過観察
(4) Bのし好
Bは,約20年間にわたって1日15本から20本の喫煙をし,毎日350ml缶のビールと,ウイスキーの水割り1,2杯を飲酒していた(乙10)。
(5) Bのうつ病治療歴
Bは,平成10年2月後半以降,そう状態からうつ状態に変わり,同年6月ころからうつ症状が悪くなり,G営業所を無断欠勤をするなどしたことから,K労災病院で受診した結果,「抑うつ状態」と診断され,治療を受けていた(乙40の1)。
4 業務起因性についての当裁判所の判断
(1) B(死亡当時49歳)は,昭和58年(33歳時ころ)以降,「高血圧症」の診断を受け,治療を受けていたほか,平成8年5月以降,「発作性心房細動」,「発作性上室性頻拍」及び「心室性期外収縮」の診断を受け,その疾患が難治性であったことから,各種抗不整脈薬の投与を受けながら,外来治療を受けていた。加えて,Bには,遺伝子素因(母,兄が高血圧症),肥満(BMI:26.1),高血圧症,高脂血症(軽度),喫煙(1日15本から20本),毎日の飲酒の事実(350ml缶ビール1本と,ウイスキー水割り1,2杯)があった。そうであるのに,Bは,平成11年7月7日以降,「塞栓症のリスクがあっても,ワーファリンを飲みたくない。」などと述べて,一度開始したワーファリンの内服を自己都合により中止しており,塞栓症発生のリスクが高い状況にあった。そして,そのころ以降,Bは,医師の診察を受けず,投薬目的の通院のみを続け,検査を受けることもなかった。
(2) 他方で,Bの業務は,工場長としての業務であって,工場は数年前からその受注量が減少していたこともあって残業がほぼなかったし,発症当日のBは,当日の会議に備えた資料作りをしていたものの,午後8時から少なくとも午後12時(深夜午前零時)ころまでは就寝していた。また,Bが以前に退職届を提出し,これを受理されなかったことがあるといっても,それは約3年前の平成9年6月30日のことであり,そのときの精神的な疲れなどは部下が工場内の労災事故により死亡したために工場長としての責任を問われるなどのやむを得ない事情によるものであったし,その後のBは,仕事を順調にこなし,D工場長の再就任にも同意をしていた。
(3) このような状況にかんがみると,Bの死因は,私病の自然経過において発症したものであって業務起因性を欠く旨の青森労働局地方労災医員H医師の判断は十分首肯することができるものであり,本件のBの死亡と業務との間に業務起因性(労基法75条1項,労災保険法12条の8第2項)があるものと認めることはできない(乙49)。
5 結論
以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)
別紙労働時間以外の要因
就労態様
負荷の程度を評価する視点
不規則な勤務
予定された業務スケジュールの変更の頻度・程度、事前の通知状況、予測の度合、業務内容の変更の程度等
拘束時間の長い勤務
拘束時間数、実労働時間数、労働密度(実作業時間と手待時間との割合等)、業務内容、休憩・仮眠時間数、休憩・仮眠施設の状況(広さ、空調、騒音等)等
出張の多い業務
出張中の業務内容、出張(特に時差のある海外出張)の頻度、交通手段、移動時間及び移動時間中の状況、宿泊の有無、宿泊施設の状況、出張中における睡眠を含む休憩・休息の状況、出張による疲労の回復状況等
交替制勤務・深夜勤務
勤務シフトの変更の度合、勤務と次の勤務までの時間、交替制勤務における深夜時間帯の頻度等
作
業
環
境
温度環境
寒冷の程度、防寒衣類の着用の状況、一連続作業時間中の採暖の状況、暑熱と寒冷との交互のばく露の状況、激しい温度差がある場所への出入りの頻度等
騒音
おおむね80dBを超える騒音の程度、そのばく露時間・期間、防音保護具の着用の状況等
時差
5時間を超える時差の程度、時差を伴う移動の頻度等
精神的緊張を伴う業務
【日常的に精神的緊張を伴う業務】
業務量、就労期間、経験、適応能力、会社の支援等
【発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事】
出来事(事故、事件等)の大きさ、損害の程度等