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青森地方裁判所 平成17年(行ウ)3号 判決 2006年9月29日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告は、二川原和男に対し、7000万円及びこれに対する平成17年7月13日から完済に至るまで年5分の割合による金員を請求せよ。

第2事案の概要

本件は、大鰐町の住民である原告が、二川原和男(以下「二川原」という。)が同町の町長としてしたa株式会社(以下「本件会社」という。)に対する違法な貸付けにより大鰐町に7000万円の損害が生じたと主張して、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、被告に対し、違法な行為をした二川原個人に対して上記貸付金相当額の損害金及びその遅延損害金の支払を請求することを求めた事案である。

その中心的争点は、原告主張の貸付けが大鰐町長の裁量権を逸脱した違法な貸付けであったかどうかである。

1  前提事実

以下の事実は、括弧内に記載した証拠により認めることができるか、又は当事者間に争いがない。

(1)  当事者等

ア 原告は、大鰐町の住民(町議会議員)である。

イ 二川原は、大鰐町が本件会社に対して平成16年5月19日付け及び平成17年5月31日付けの各貸付けをした当時、大鰐町の町長としてその貸付権限を有しており、また、本件会社の代表取締役でもあった(〔証拠省略〕)。なお、二川原は、現在もそれらの職にある。

ウ 本件会社は、スキー場の開発及び運営管理等を目的として、昭和62年10月1日に大鰐町等の出資により設立された第三セクター方式の株式会社であり、その現在の大鰐町からの出資比率は96%である(〔証拠省略〕)。

(2)  本件各貸付けの実行

ア 平成16年貸付けの実行

平成16年5月19日、二川原は、大鰐町助役Aに対し、同人が大鰐町の代表者として、「a株式会社経営安定化資金貸付要綱」(以下「本件貸付要綱」という。〔証拠省略〕)に基づき、本件会社(代表者代表取締役二川原)に対し、2億2000万円をその弁済期日を平成17年3月31日と定めて貸し付けることを命じ、これを実行させた(以下「平成16年貸付け」という。〔証拠省略〕)。

イ 平成17年貸付けの実行

平成17年5月31日、二川原は、大鰐町を代表して、本件会社(代表者代表取締役二川原)に対し、本件貸付要綱に基づき、2億4000万円をその弁済期日を平成18年3月31日と定めて貸し付けた(以下「平成17年貸付け」という。〔証拠省略〕)。

ウ 本件貸付要綱所定の条件

平成16年貸付け及び平成17年貸付け(以下「本件各貸付け」という。)は、上記のとおり、いずれも本件貸付要綱に基づき行われたが、これによる本件各貸付けの主な条件は以下のとおりであった(〔証拠省略〕)。

(ア) 貸付対象経費 営業費用及び営業外費用の経費

(イ) 貸付限度額 一般会計予算で定める額の範囲内の額

(ウ) 貸付利率 無利子

(エ) 貸付期間 貸付実行日から当該年度の3月末日まで

(オ) 償還方法 最終弁済期日に全額一括償還。ただし、全部又は一部の繰上償還をすることができる。

(カ) 延滞損害金 当該償還期日の翌日から支払日までの日数に応じ当該償還金額につき年1%の割合で計算した延滞損害金を徴収する。

(3)  監査請求と監査結果

平成17年4月15日、原告は、地方自治法242条1項に基づき、大鰐町監査委員に対し、二川原において回収の見込みのないことを認識しながら本件会社に対する貸付けを行うことは大鰐町長の裁量権の逸脱又は権利濫用であり違法である旨主張して、①被告が二川原個人に対して平成16年貸付けのうち平成16年度の運転資金4000万円についての損害賠償を請求すること、②被告が本件会社に対して平成17年度の借換資金及び運転資金についての貸付け(金銭消費貸借契約及びこれに係る支出行為)を行わないこと、以上の勧告を求める旨の監査請求をしたところ、平成17年6月14日、同監査委員は、原告の監査請求を棄却した(〔証拠省略〕)。

2  原告の主張

(1)  本件各貸付けの違法性

ア 返済確実性の必要性

大鰐町の町長である二川原は貸付けについての広範な裁量権を有するが、その裁量権も無制限なものではない。貸付金の原資が住民から徴収した税金であることや、本件貸付要綱の厳格さなどからすれば、貸付けの実行に際してはその返済確実性の存在が必要とされていることが明らかである。

イ 本件会社の返済確実性の不存在

ところが、本件会社は約116億円という多額の債務を負担し、大幅な債務超過に陥っており、大鰐町から「経営安定化貸金」として数年にわたって借り受けてきた金員も実質的には返済しておらず、その累積額が2億4000万円にも達している。また、本件会社が本件各貸付金のほかにも大鰐町に対して多額の債務(2億0178万円余の地方税、5889万円の土地使用料)を負担しており、これまでの各年度の営業収支をみてもその返済をすることは到底不可能である。したがって、本件会社に対する貸付けについては返済確実性が存在するとはいえないことが明らかである。

ウ 大鰐町の厳しい財政状況

他方、大鰐町はいわゆるリゾート政策の失敗により極めて深刻な財政状況にあり、同町のこのような財政状況からすれば、損害を被ることが明らかな新たな貸付けを行うべきではなかった。

エ 回収不能を認識しながらの本件各貸付けの違法な実行

そうであるところ、二川原は、大鰐町の町長として地方自治法221条2項等に基づき本件会社の経営状況等について調査をすることができる地位にあり、また、本件会社の代表取締役として本件会社の置かれている状況について誰よりも詳しく知り得る立場にあったにもかかわらず、返済確実性が全く存在しないことを認識しながら本件各貸付けを行った。その違法性は、次のような諸事情に照らしても、明らかである。

(ア) 大鰐町財務規則254条は、債権の管理に関する事務を定め、同規則260条は、債務者にかかる必要事項を調査し、これを債権管理簿に記載しなければならない旨を定め、同規則267条は担保に関する事項を定めている(〔証拠省略〕)。しかし、大鰐町は、債権管理簿を作成していないし、保証人を含む担保措置を一切取っておらず、債権の適切な管理を怠っている。

(イ) 本件会社を設立してから以降、大鰐町の当時の町長であった油川和世は、本件会社の株式会社b銀行(以下「b銀行」という。)及び株式会社c銀行(以下「c銀行」という。)に対する債務合計11億3500万円について個人として連帯保証をしており、その実行を求められることを回避するために、本件会社に対する運転資金の貸付けを継続し、本件会社の存続を図ったというのが、事の真相である。なお、平成8年8月30日に提出された青森監査法人(調査報酬515万円)の調査結果においては、本件会社の事業存続には採算性がないとされ、油川和世の個人保証についても個人として弁済すべきであるという厳しい意見が付されていたが、2か月後の平成8年10月30日に調査委託がされ、同年12月30日に提出されたd監査法人(調査報酬2369万円)の調査結果においては、本件会社の事業存続には採算性があるとの結論が出されていた。また、本件会社がそのd監査法人との間で2年間の報酬を8350万円とする業務委託契約を交わし、e不動産リゾート部との間でも6か月間の報酬を840万円とするコンサル契約を締結しており、このような高額な費用をかけてまでも、油川前町長は本件会社の存続を目指し、個人としての保証債務の履行請求を受けることを回避したのである。

(ウ) 二川原の町長就任前のかつての反対姿勢

二川原自身が町長就任前には、税金を吸収し続ける本件会社の清算を主張していた(〔証拠省略〕)。

(エ) 本件監査請求を棄却した監査委員のかっての反対姿勢

本件の監査請求を棄却した監査委員であるB自身も、平成11年5月6日の大鰐町臨時議会においては、本件各貸付けと全く同じ運転資金の貸付けに関する議案に対して反対をし、賛成する議員に対しては当該貸付金についての連帯保証をすることを求める旨の動議まで提出していた。

オ まとめ

したがって、二川原による本件各貸付けはその町長としての裁量の範囲を逸脱した違法なものである。

(2)  損害の発生及び損害額

二川原がした違法な本件各貸付けにより、大鰐町は、①平成16年貸付けに係る貸付金2億2000万円のうち、借換原資1億8000万円を除いた平成16年度の運転資金4000万円、及び、②平成17年貸付けに係る貸付金2億4000万円のうち、借換原資2億1000万円を除いた平成17年度の運転資金3000万円の合計7000万円の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、地方自治法242条の2第1項4号に基づき、7000万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成17年7月13日から完済に至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を二川原に対して請求することを求める。

3  被告の主張(本件各貸付けが大鰐町長の裁量権の範囲内であること)

(1)  地方自治法232条の2は「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」と規定しており、金員の「贈与」が「寄附又は補助」として可能なのであるから、同様に公益上必要がある場合においては金員の貸付けを行うことができるものと解される。

(2)  そうであるところ、以下の諸事情によれば、本件各貸付けは公益上必要があり、大鰐町長の裁量権の範囲内のものとして、適法である。

ア 大鰐スキー場は、大鰐町にとってのアイデンティティに等しいものであり、大鰐町民の過半数がその存続を望んでいることからすると、大鰐スキー場を存続させる方向で町政を行う必要があるところ、平成16年度の決算を基にした試算結果によれば、大鰐スキー場の運営を本件会社に委託する方法と、大鰐町が新たに直営する方法とで必要な財政支出にほとんど差がないから、大鰐スキー場の管理運営会社である本件会社に対して必要な運転資金を貸し付け、もって大鰐スキー場を存続させることには合理性があり、公益性がある。

イ 大鰐町は本件会社の債務約46億7136万円(平成8年当時)について既に銀行に対してその損失を補償する旨の契約を締結していたところ、本件会社の法的整理を選択した場合にはその債権者(銀行)らから大鰐町が損失補償金の一括請求を受け、財政再建団体に転落するおそれが高いから、これを防ぐためには運転資金の貸付けを行う必要がある。

ウ 本件各貸付けは、大鰐町が本件会社に対する必要な財政支出を行うという本件会社の債権者らとの間の平成9年12月12日付け契約にある義務の履行として必要なものである。

エ 本件各貸付けに当たっては、議会の承認を経るという民主的手続を履践している。また、本件各貸付けについては、広報誌の記事や行政懇談会の実施、毎戸配布した資料等によって大鰐町民に対して直接説明を尽くしている。

オ 大鰐温泉スキー場の直近3か年の経営実績の比較によれば、本件会社の経営状態は好転しており、将来的に大鰐町への返済が不可能であるとはいえない。

4  原告の再主張

本件会社が破綻した場合に大鰐町が損失補償金の一括請求を受け、財政再建団体に転落するおそれがある旨の被告の主張は、非現実的である。損失補償といっても、それは本件会社の財産に対する債権者らの担保権の実行や財産換価手続等を完了してその損失額を確定させてから後のことであって、その損失額の確定までには相当な時間がかかる。また、そのような損失額の確定等を強行しようとすると、司法による解決が必要であるが、司法、つまり国家が債権者らの意を酌み、その手で極めて零細な一自治体に対して、その財政基盤を根底から破壊するような数十億円もの損失補償債務の履行を一括で命じ、その担保として公共財産である町の資産や各種基金を含めた預金に対して、実行行為である仮差押え等をすることはまず考えられないから、被告の上記主張は全く現実的でない。

第3当裁判所の判断

1  裁判所が認定した事実

前記前提事実のほか、〔証拠省略〕及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると、本件の事実経過は、以下のとおりである。

(1)  大鰐町のスキーの歴史等

大鰐町は、古くから温泉による観光と農業を主体とした産業に支えられていた町であったが、大正時代からは全国的にスキーのさきがけとして有名になり、全国スキー連盟の設立会議も開催され、昭和9年にはジャンプ台も設置され、競技スキーのメッカとされ、様々な競技大会も開催されていた(〔証拠省略〕)。

(2)  本件会社の設立と増資

そこで、大鰐町(当時の油川和世町長)は、スキー場の開発を中心として経済の活性化を図ることを計画し、昭和62年10月1日、スキー場の開発及び運営管理等を目的とする本件会社が、大鰐町、f株式会社等の共同出資による第三セクター方式の株式会社として、資本金2000万円で設立された。その設立当初は、大鰐町の出資比率が51%(1020万円)であり、主に大鰐町が本件会社の運営に関わっていたが、その後の増資により平成元年9月にはその資本金が4億9900万円に増加され、大鰐町の出資比率が約22.1%(1億1020万円)に低下する一方、民間会社であるf株式会社の出資比率が約50.9%(2億5400万円)にまで上昇し、それ以降は同社が本件会社の運営を主導し、「あじゃら高原スキー場」、「スパガーデン湯~とぴあ」等の経営をするようになっていた(〔証拠省略〕)。

(3)  本件会社の経営状態の悪化

しかし、f株式会社の経営の失敗等により長期借入金や損失が累積し、平成8年3月31日時点における本件会社の長期借入金額は約79億円、その繰越損失額は約25億円になり、当期未処理損失額も約5180万円に上るなど、本件会社の経営状態が極度に悪化していった(〔証拠省略〕)。

(4)  g公庫(当時)等に対する大鰐町の損失補償

ところで、大鰐町は、g公庫(当時)との間で、平成元年9月21日及び平成2年12月25日、同公庫の本件会社に対する貸付金合計32億5000万円について仮に同公庫が損失を受けた場合にはこれを大鰐町が補償する旨の損失補償契約を締結していた(〔証拠省略〕)。また、大鰐町は、b銀行及びc銀行に対しても本件会社の債務について同様の損失補償契約を締結しており、平成8年5月当時において、g公庫(当時)、b銀行及びc銀行に対する大鰐町の損失補償額が約46億円にも達していた。その当時の大鰐町の一般会計規模は61億円であり、約46億円の損失補償金の一括請求を受けると、財政再建団体に転落しかねない状況であったことから、大鰐町(当時の油川和世町長)は、弁護士や公認会計士にも相談した上、本件会社を存続させる途を選択し、f株式会社等の保有する株式全部とリゾート関連施設を譲り受け、それ以降は大鰐町がスキー場の管理運営責任を負うという基本方針を取ることとした(弁論の全趣旨[平成17年11月8日付け被告準備書面3頁]、〔証拠省略〕)。

(5)  本件5者協定の成立

f株式会社は、正式に平成8年度末に本件会社の経営から撤退することとなり、同社と大鰐町との間で締結された平成9年10月3日付け協定に基づき、f株式会社はその所有する本件会社株式を全て大鰐町に対し譲渡することになった(〔証拠省略〕)。それとともに、本件会社の主要債権者であるg公庫(当時)、b銀行及びc銀行(以下、この3者を併せて「本件債権者ら」ともいう。)、本件会社及び大鰐町の5者は、平成9年10月3日、本件会社の所有資産の扱い、本件会社に対する大鰐町の財政支援、本件会社の債務の弁済計画等について、基本合意をした(〔証拠省略〕)。

そして、平成9年12月12日、上記の5者は、上記基本合意の趣旨を踏まえて、次のアからエまでを主な内容とする協定(以下「本件5者協定」という。)を締結した(〔証拠省略〕)。

ア 債権者らの本件会社に対する損失補償付き債権額

平成9年12月12日当時、g公庫(当時)、b銀行、c銀行及び大鰐町は、本件会社に対して合計61億8036万円の債権を有しており、そのうち、大鰐町の損失補償付き優先弁済債権額は20億3340万円(その全額が同公庫)、大鰐町の単純な損失補償付き債権額は26億3796万円(同公庫が10億5980万円、b銀行が10億9460万円、c銀行が4億8356万円)であった(以下、本件債権者らが有する大鰐町の損失補償付き債権額合計46億7136万円を「本件損失補償付き債権等」という。)。

イ 本件会社の所有資産の大鰐町への無償譲渡と事業運営受託

本件会社は、その所有に係る観光施設財団に組成される物件及び大鰐町内の山林3筆(合計約22万m2)を行政財産とすべく、抵当権者及び根抵当権者の承諾を得た上で、これらを大鰐町に無償譲渡し、大鰐町は、これらを活用して行うスキー場その他の事業の運営を、本件債権者らの承諾を得た上で、本件会社に対して委託する。

ウ 大鰐町の本件会社に対する財政支援

大鰐町は、本件損失補償付き債権等の弁済に充てる目的で、本件会社に対し、平成9年度から平成11年度までは1億3700万円ずつを、平成12年度から平成14年度までは1億4800万円ずつを、平成15年度から平成37年度までは1億5800万円ずつを、平成38年度は1億8236万円を(平成9年度から平成38年度までの合計額46億7136万円を)貸し付け、平成9年度大鰐町一般会計補正予算(大鰐町議会平成9年10月23日議決)に基づく債務負担行為の補正追加に則し、必要な財政支出を行う。

大鰐町は、本件債権者らが本件会社に対して有する本件損失補償付き債権等及びこれに付帯する一切の債権が完済されるまで、本件債権者らとの間に締結した損失補償契約に基づく債務を負う。

大鰐町は、本件会社が大鰐町より運営の委託を受けて行うスキー場その他の事業の継続に努める。

エ 対象債権の債権者らへの弁済

本件債権者ら及び大鰐町は、上記ア記載の対象となる債権(合計61億8036万円)を優先弁済債権、損失補償付き債権及びその他の債権に区分し、その区分により、前2者については本件債権者らは大鰐町の財政支出を原資として本件会社から弁済を受ける。

(6)  大鰐町と本件債権者らとの間の損失補償契約

本件5者協定の後にも、大鰐町は、b銀行及びc銀行が本件会社に対して有する債権について、改めて、次のとおりの損失補償契約をそれぞれ締結した(〔証拠省略〕)。

ア b銀行に対する損失補償

大鰐町は、b銀行との間で、平成10年3月20日及び平成13年8月7日、本件会社の同銀行に対する債務に関して生じる損失について、その元本極度額を合計10億9460万円とするなどして補償するとの損失補償契約を締結した(〔証拠省略〕)。

イ c銀行に対する損失補償

大鰐町は、c銀行との間で、平成10年3月20日、本件会社の同銀行に対する債務に関して生じる損失について、その元本極度額を4億8356万円とするなどして補償するとの損失補償契約を締結した(〔証拠省略〕)。

(7)  本件会社の各期(4月1日~翌年3月31日)における収支内容

本件会社の第9期(平成7年4月1日~平成8年3月31日)から第18期(平成16年4月1日~平成17年3月31日)までの各決算報告書によれば、第11期に17億4627万6695円、第14期に951万4288円の利益をそれぞれ上げたのを除き、ほぼ毎期において多額の損失が発生しており、その損失額は、5180万3608円(第9期)、16億1068万0517円(第10期)、3258万1546円(第12期)、7166万4594円(第13期)、790万2228円(第15期)、4903万9146円(第16期)、8270万6964円(第17期)及び2794万0251円(第18期)であった(〔証拠省略〕)。

他方、営業利益については、第17期には3798万0361円の赤字であったのに対し、第18期には1345万9216円の赤字となってその赤字額が減少しており、また、繰越損失額についても、平成16年3月31日時点においては26億5153万0688円であったものが、平成17年3月31日の時点においては22億8027万0939円となり、若干減少している(〔証拠省略〕)。

(8)  大鰐町による運転資金等の貸付け

本件会社は、平成9年度から平成11年度の上半期までの間はb銀行等からの借入れによって運転資金等の不足分を捻出していたが、b銀行から融資を拒否されたことから、平成11年度の下半期以降は、主に平成11年10月6日に施行された本件貸付要綱(〔証拠省略〕)に基づく大鰐町からの借入金によって運転資金の不足分を賄うようになった(〔証拠省略〕)。大鰐町は、議会の承認を得て(〔証拠省略〕)、本件会社が必要とする額(借換資金及び当年度運転資金の合計額)を一般会計に予算計上し、年度内に回収することとして、これを本件会社に貸し付けており、その額(以下、括弧内が当該年度の運転資金不足額である。)は、平成11年度が5500万円(全額)、平成12年度が1億1000万円(9000万円)、平成13年度が1億1500万円(5500万円)、平成14年度が1億5000万円(5000万円)、平成15年度が1億8000万円(4000万円)、平成16年度が2億2000万円(4000万円・平成16年貸付け)、平成17年度が2億4000万円(3000万円・平成17年貸付け)であった(〔証拠省略〕)。

(9)  大鰐町によるスキー場運営のための経費負担

大鰐町は、スキー場運営のために修繕料、電気料(基本料金分)等の費用を負担しており、その合計額は、平成13年度が4686万8000円、平成14年度が7194万2000円、平成15年度が6567万5000円、平成16年度が6655万1000円であった(〔証拠省略〕)。

(10)  本件会社の大鰐町に対する債務

本件会社は、大鰐町に対し、前記貸付金に係る債務のほか、滞納固定資産税8923万9700円(平成7年度分から平成9年度分)及びその延滞金1億1254万8400円(平成17年4月30日現在)並びに未納公園施設使用料5076万8923円(平成7年度分及び平成8年度分)及びその延滞利息812万6376円(平成17年3月31日現在)の支払義務を負っている(〔証拠省略〕)。

(11)  大鰐町の財政状況

大鰐町は、その平成16年度の歳入総額が59億2786万3000円、その歳出総額が58億0728万8000円であり、その平成16年度末時点における将来にわたる実質的な財政負担額は、地方債現在高が51億9797万4000円、債務負担行為翌年度以降支出予定額が68億1296万6000円、積立金現在高(財政調整基金、減債基金、その他特定目的基金)が4億8185万7000円であり、平成18年度以降の予算編成においては積立金の取り崩しをあてにすることができないという厳しい財政状況にある(〔証拠省略〕)。

2  争点に対する判断

(1)  普通地方公共団体は、民間企業に対しても貸付けを行うことができると解されるが、貸付金の原資が税金等の公金であって、地方自治法232条の2が「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる。」旨規定していることに照らすと、当該貸付けは、公益上の必要性が認められる場合に限り、許されるものと解される。

もっとも、当該貸付けについてこれを行う公益上の必要性が認められるかどうかの判断においては様々な行政目的を斟酌した政策的な考慮が必要とされるから、当該区域住民の民意に存立の基礎を置き、当該貸付けを行う権限を有する普通地方公共団体の長が行った判断を基本的には尊重するのが相当であり、その判断が著しく不合理であり、当該貸付けを行った普通地方公共団体の長がその裁量権を逸脱し、又は濫用したと認めることができる場合に限り、当該貸付けが違法になるものと解するのが相当である。

(2)  これを本件についてみると、本件会社は大鰐町の貴重な観光資源である同町所有の大鰐スキー場の運営等をしているところ、平成16年度の決算を基にした試算結果によれば、大鰐町が大鰐スキー場の運営を本件会社に対して委託する方法と、大鰐町が新たに直営する方法とではその必要な財政支出の額にほとんど差がないことからすると(〔証拠省略〕)、本件会社に対して必要な運転資金を貸し付ける方策は、大鰐スキー場の運営を継続するためには一定の合理性があるものと考えられる。そして、本件各貸付けをして大鰐スキー場を存続させることにより、大鰐町には一定の雇用効果や経済効果等がもたらされるものと推認されることからすると、本件各貸付けについては公益性があるということができる。

また、大鰐町は、平成9年に締結していた本件5者協定により、既に本件会社に対してスキー場その他の事業の運営を委託することや30年間にわたって本件会社に対して財政支援を行うことなどを義務付けられているところ、同協定締結以前にも大鰐町は本件債権者らに対して本件会社の債務約46億円についての損失補償を約束していたことに照らすと、改めて損失補償を確認して債務の分割弁済等を約束したにすぎない同協定を無効であるということはできないから、原則として、同協定の履行にすぎない本件各貸付けを違法であるということもできない。

さらに、確かに原告主張のように問題の根本的解決を先送りすることなく、町民の負担を必要最小限に抑えるために本件会社に対する貸付けを即刻中止するということも普通地方公共団体の長の政治的、政策的判断としては十分に有り得ると考えられるけれども、他方において、仮に大鰐町が本件会社に対する貸付けを取り止めた場合には、本件債権者らから損失補償契約に基づく損失補償債務の履行を求められるおそれが高く、その責任を免れる法律上の根拠は現行法においては見当たらないから、そのような深刻な事態を回避するために主債務者である本件会社に対する貸付けを続行し、本件5者協定の枠組みを残し、当面は損失補償債務の一括履行について事実上期限の猶予を受け続けるということも、普通地方公共団体の長の政治的、政策的判断としては、有り得るものとも考えられる。

加えて、本件各貸付けを行うに当たっては大鰐町議会の承認という民主的手続を経ており、その過程においては本件会社に対する貸付けの当否について質疑討論がされている(〔証拠省略〕)。

また、大鰐町からの貸付金の一部によって賄われていた本件会社の当年度運転資金も、当初は5000万円以上であったものが最近は4000万円から3000万円へと順次減少する傾向にあり、平成16年度と平成17年度の決算を比較すると、営業利益が増加する一方で繰越損失額が減少しているから、本件会社の経営状態にもやや改善の兆しのあることがうかがわれる。

なお、本件においては、本件各貸付けを行うことが二川原やその関係者に対して本件会社の運営とはかかわりのない不正な利益をもたらすといった事情の存在をうかがわせるに足りる証拠もない。

以上のような諸事情を合わせ考えると、本件各貸付けは地方自治法232条の2に定める「公益上必要がある場合」の要件を満たしているものと認めることができ、本件各貸付けに係る大鰐町長二川原の判断が著しく不合理であり、その裁量権を逸脱し、又は濫用してされた違法なものであるということはできない。

(3)  これに対し、原告は、本件各貸付けにはその返済確実性が存在しないから違法であると主張し、確かに前記認定のような本件会社の厳しい経営状況とその負債額の多さに照らすと、本件各貸付金の返済確実性には多大な疑問がある。しかしながら、大鰐町は補助金を交付するよりも貸付金とする方がその資金が将来返還される可能性が残されることになって適切であると判断したことなどから貸付金としたにすぎないものであって(弁論の全趣旨[平成17年11月8日付け被告準備書面5頁])、その実態は、地方自治法232条の2の「補助金」の交付に近く、前記認定の諸事情によれば実質的には補助金交付の要件である「公益上の必要がある場合」の要件を満たしているものと認めることができる。また、大鰐町は、本件会社に対する貸付けという法形式を取りながら経済的には自らの本件債権者らに対する損失補償債務を間接的に弁済しているものということもできるし、法律的にみても本件5者協定上の債務を履行しているにすぎないものということができる。そうすると、原告主張のように貸付けという法形式にこだわってその返済の確実性の有無のみをもって本件各貸付けの違法性を結論付けることは相当ではない。そして、そのほかに本件各貸付けの違法性を認めるに足りる証拠はない。

3  結論

以上によれば、地方自治法242条の2第1項4号に基づく原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 西山渉)

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