青森地方裁判所 平成17年(行ウ)8号 判決 2006年7月14日
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,別表「被請求者」欄記載の者に対し,それぞれ同表「返還請求額」欄記載の金員を支払えとの請求をせよ。
2 被告は,別表「被請求者」欄記載の者のうち,番号27及び番号48から56までの者を除く者に対し,平成18年6月から同年11月までの間,A市特別職の職員の給与に関する条例に基づく議員報酬及び期末手当の支給をしてはならない。
第2事案の概要
本件は,合併前のA市(以下「旧A市」という。)と青森県南津軽郡B町(以下「旧B町」という。)の合併(以下「本件合併」という。)により新たに設置されたA市(以下,合併後のA市を単に「A市」という。)の住民である原告らが,平成16年10月26日に成立した議員定数に関する協議(以下「本件議員定数協議」という。)及び在任特例に関する協議(以下「本件在任特例協議」という。これらの協議を合わせて「本件各協議」という。)は旧B町において法定告示を欠いており無効であるから,別表「被請求者」欄記載の者(以下「被請求者ら」という。ただし,番号16の者の郵便物配達先は「C」,番号22の者の住所は「D」,番号52の者の住所は「E」である。)は本件合併時からA市議会議員としての地位を有しておらず,議員報酬及び期末手当(以下「議員報酬等」という。)の支給を受ける権利を有しないなどと主張して,地方自治法242条の2第1項1号及び4号に基づき,被告A市長に対し,被請求者らに対する既払議員報酬等についての不当利得返還請求及び被請求者らのうち議員報酬等受給中の者に対する未払議員報酬等についての支給差止めを求めたところ,被告が本件各協議は有効であるなどと主張して争っているという事案である。
その中心的争点は,(1)本件各協議に関する法定の告示の存否,(2)法定の告示を欠く本件各協議の効力,(3)議員活動の実態を理由とする不当利得返還債務の有無である。
1 前提事実
以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。
(1) 本件合併の経緯
旧A市議会及び旧B町議会は,平成16年10月26日,それぞれ臨時議会を開催し,旧A市と旧B町の廃置分合について,平成17年4月1日から旧A市及び旧B町を廃し,その区域をもって新たにA市を設置するとの議決をした。
その後,所定の手続を経て,平成17年4月1日,旧A市と旧B町の合併(本件合併)の効力が生じ,新たにA市が成立した。
(2) 本件合併に伴う本件各協議の内容とその告示
ア 旧A市と旧B町は,平成16年10月26日,①地方自治法91条7項の規定に基づき,A市議会議員の定数を46名とすることの協議(本件議員定数協議)と,②市町村の合併の特例に関する法律(平成17年4月1日失効。以下「旧合併特例法」という。)7条1項1号の規定に基づき,旧A市及び旧B町の各議会議員が平成18年11月25日まで引き続きA市議会議員として在任することの協議(本件在任特例協議)を成立させた。
イ 本件各協議の内容について,旧A市は,同市役所庁舎前に設置している掲示場に掲示する方法により平成16年10月29日付けの告示を行った(弁論の全趣旨)が,旧B町は,掲示場に掲示する方法による告示を行わず,同年11月,「『オンリーワン』のまちづくりを目指して」と題するパンフレット(乙3。以下「本件パンフレット」という。)を行政連絡員を通して住民に配布する方法により公表した。
ウ なお,旧B町には,本件各協議を成立させた当時,地方自治法16条の規定に基づき条例及び規則の公布並びに規程の公表に関する公告式を定めた条例であるB町公告式条例(甲3)があり,条例の公布(2条2項),規則の公布(3条),町長の定める規程の公表(4条2項),町の機関の定める規則で公布を要するものの公布(5条1項)及び町の機関の定める規程で公表を要するものの公表(5条2項)は,いずれも「B町役場掲示場に掲示しなければならない。」と定められていた。
旧B町には,上記条例以外に告示等の手続,形式等を定めた告示式,要綱及び要領等は存在せず,慣例的に公告式条例の例により行われていた(弁論の全趣旨)。
(3) 被請求者らに対する議員報酬等の支給
ア 被請求者ら56名は,いずれも本件在任特例協議により平成18年11月25日までA市議会議員として在任することが定められたとされている者であり(乙6の1,6の2,7の1,7の2,8),そのうち別表番号1の者は同市議会議長,同表番号2の者は同市議会副議長である。
なお,別表番号48から52までの者はいずれも平成17年6月に,同表番号53及び54の者はいずれも同月7月に,同表番号55及び56の者はいずれも同年8月に,同表番号27の者は同年12月末に,それぞれA市議会議員を辞職した。
イ A市は,A市特別職の職員の給与に関する条例(甲2。以下「本件給与条例」という。)に基づき,平成17年4月から平成18年5月までの間,被請求者らに対し,役職や在職期間等に応じて,別表「返還請求額」欄記載の額の金員を議員報酬等として支給した。
なお,本件給与条例に基づく報酬月額は,議長が71万8000円,副議長が65万8000円,旧A市の議員が63万3000円,旧B町の議4員が51万5000円である。また,平成17年6月及び同年12月に支給された各期末手当額は,議長がそれぞれ137万8560円と150万7800円,副議長がそれぞれ126万3360円と138万1800円,旧A市の議員がそれぞれ121万5360円と132万9300円,旧B町の議員がそれぞれ98万8800円(弁論の全趣旨)と108万1500円であった。
(4) 原告らによる監査請求
いずれもA市の住民である原告らは,地方自治法242条1項に基づき,A市監査委員に対し,被請求者らに対する議員報酬等の支給が違法な公金支出であると指摘してその監査を求める住民監査請求をしたが,同委員は平成17年10月14日付けで原告らの請求を棄却した(甲1)。
(5) A市によるA市議会議員定数条例の施行
A市は,同市議会の議員定数を46名とするA市議会議員定数条例を制定し,平成17年12月20日,公布の上,施行した(乙9,10)。
2 原告らの主張
(1) 旧B町における法定の告示の欠如
本件議員定数協議については地方自治法91条8項に基づきその定数を,本件在任特例協議については旧合併特例法7条4項,6条8項に基づきその内容を,それぞれ直ちに告示すべきであり,その告示は当然B町公告式条例に基づき旧B町役場掲示場に掲示する方法で行われなければならないところ,旧B町はいずれについても同条例所定の方法による告示をしなかった。
(2) 法定の告示を欠く本件議員定数協議の効力
地方自治法91条9項は「前項の規定により告示された新たに設置される市町村の議会の議員の定数は,第1項の規定に基づく当該市町村の条例により定められたものとみなす。」と規定しているが,同条8項(「前項の規定により新たに設置される市町村の議会の議員の定数を定めたときは,設置関係市町村は,直ちに当該定数を告示しなければならない。」)の規定により告示された議員の定数が存在しないときは,原則に立ち返り,新たに設置される市町村の議会の条例により議員定数が定められなければならないのであるから,同条8項に定める告示は,同条9項のみなし規定の効力要件であると解するほかない。
したがって,法定の告示を欠く本件議員定数協議は,その効力が生じていない。
(3) 法定の告示を欠く本件在任特例協議の効力
ア 旧合併特例法7条に基づく在任特例に係る告示は地方自治法91条9項,1項の特例(議員定数に関する特例)が認められるための要件であるところ,同条9項自体が同条8項の告示がなければ効力が発生しないのであるから,旧合併特例法7条4項,6条8項所定の在任特例協議の告示もまた在任特例の効力発生要件であると解さなければならない。実質的にみても,旧合併特例法による在任特例は,新たに設置される市町村の住民に対して,当該市町村の議会の設置選挙における選挙権及び被選挙権を一方的に剥奪するという著しい不利益を課す措置であるから,議員定数に関する地方自治法91条7項から9項所定の手続にも増して手続的厳格性が要求される。
したがって,法定の告示を欠く本件在任特例協議は効力が生じていない。
イ また,仮に本件在任特例協議の効力自体は否定されないとしても,在任特例の結果として超過が認められる場合の基礎となる定数自体が告示を欠くことによって定まっていないことになるのであるから,本件在任特例協議の効力を認めるべき前提に欠ける。
(4) 議員報酬等についての不当利得の成立
本件給与条例が適用されるのは,あくまでA市の市議会議員たる身分を有する者であるところ,本件在任特例協議の効力が発生していない以上,本件合併前の旧A市議会議員及び旧B町議会議員である被請求者らは本則どおり本件合併と同時に当然に身分を失うから(公職選挙法33条3項,117条),本件給与条例は適用されず,被請求者らに支給される議員報酬等は不当利得となる。
よって,原告らは,被告に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,被請求者らに対してそれぞれ別表「返還請求額」欄記載の金員を支払えとの請求をすること,及び同条項1号に基づき,被請求者らのうち,番号27及び番号48から56までの者を除く議員報酬等受給中の者に対して平成18年6月から同年11月までの間,A市特別職の職員の給与に関する条例(本件給与条例)に基づく議員報酬等を支給しないことを求める。
3 被告の主張
(1) 旧B町における法定の告示の欠如の主張に対して
旧B町が,本件各協議について旧B町役場掲示場に掲示する方法による告示を行っていないことを認めるが,このことから直ちに法定の告示がされていないと断定できるかについては疑問がある。
旧B町においては,地方自治法16条に基づきB町公告式条例があり,条例及び規則等の公布は,当該条例により行われていたものであるところ,「公布」と「告示」とでは法制度上の位置付けが異なるから同列に論ずることができず,本件各協議の告示が当然にB町公告式条例に基づいて行われなければならないということにはならない。そして,旧B町においては,行政連絡員を通じて本件パンフレットを毎戸配布する方法により,本件各協議の内容を一般住民に知らせるという告示の目的を達成しているから,告示を欠くということはできない。
(2) 法定の告示を欠く本件議員定数協議の効力
原告らは,地方自治法91条8項の定める告示は同条9項の効力規定であると主張するが,同条8項,9項には,例えば同法7条7項,8項の「告示によりその効力を生ずる。」のように告示が効力要件であると明確に定めた文言がないから,同法91条8項の定める告示を欠いたとしても,それだけで直ちに本件議員定数協議が無効になるわけではない。
(3) 法定の告示を欠く本件在任特例協議の効力
原告らは,旧合併特例法7条に基づく在任特例に係る告示は地方自治法91条9項,1項の議員定数特例が認められるための要件であるとし,旧合併特例法7条4項,6条8項所定の在任特例協議に関する告示もまた在任特例の効力発生要件であると解さなければならないとしているが,地方自治法91条9項において同条1項の議員定数の特例が認められるための要件は同条8項の規定(議員定数特例協議)による告示であって,旧合併特例法7条4項,6条8項(在任特例協議)に基づく告示ではないから,原告らの主張はその前提を欠く。旧合併特例法7条4項,6条8項(在任特例協議)の定める告示を欠いたとしても,それだけで直ちに本件在任特例協議が無効となるわけではない。
(4) 本件各協議は重大かつ明白な瑕疵である場合に限り無効となること
ア 本件各協議が法定の告示を欠いたため無効となるのは,その告示の性質,その趣旨,立法上の文言等から,重大かつ明白な瑕疵と評価できる場合と解するべきである。
イ 告示の種別としては,①一般処分としての性質をもつ告示,②立法行為としての性質をもつ告示,③通知行為としての告示(告示により一定の法的効果が生ずるもので,その法的効果の内容が明示されているもの),④事実行為としての告示(単なる事実行為としての通知行為の性質を有するもので,不特定多数の者に一定の事項を通知するのみで,何らの法律的効果も生じないもの)があるところ(乙5の1及び2),本件各協議に係る告示は,いずれも上記④事実行為としての告示であると解される。
ウ そうであるところ,旧B町においては,前記のとおり平成16年11月に行政連絡員により毎戸に配布した本件パンフレットの中で議決内容を含めた法定合併協議会等の協議結果を公表しているから,旧B町が本件各協議について法定の告示をしなかったとの見解をとったとしても,その告示の趣旨である一般住民に対する周知効果は事実上果たされているものということができ,告示の手続に瑕疵があったとしてもそれは相当程度治癒したものと解することが十分に可能である。
一般的に「公布」とは成立した成文の法を一般国民(住民)が知ることができる状態に置くことをいい,これは一般希望者が知り得る状態に置かれたか否かによって判断されるものであって(最高裁判所昭和33年10月15日大法廷判決参照),国民(住民)が実際にそれを手に取って読むか否かによって判断されるものではないから,公布の効果は一種の擬制であるということができる。本件パンフレットの毎戸配布は純然たる事実行為であり,擬制の効果は生じないものの,法令等の公布が実現する状態以上の周知の機会を事実上実現している。
エ さらに,被告は,平成17年12月20日,A市議会議員定数条例を可決,公布し,同日に施行しており(実際には,在任特例期間経過後の議会定数に適用される。),本件合併期日以後においても取り得る限りの治癒措置を講じている。
オ 以上によれば,旧B町における本件各協議には,重大かつ明白な手続上の瑕疵があるとまでは評価することができず,いずれも有効であると解される。本件合併に係る合併協議事項の告示に関する内閣総理大臣の答弁内容も上記とほぼ同趣旨の見解であると理解される(乙1,2)。
(5) 被請求者らの職務遂行による不当利得の不成立
ア 被請求者らは,既にA市議会議員として職務を遂行してきているのであるから,このような場合には,既に支給された議員報酬等は不当利得にはならず,返還請求すべきものではない。
なぜなら,議員報酬請求権の財産的側面については,継続的契約関係である民法上の雇用に準じて考え,事実的法律関係を重視して既払分の報酬額についての返還請求権が生じないと解するべきであるし,実際上も,被請求者らは平成17年4月1日以降事実上無報酬でA市議会議員としての職務を遂行してきたことになるとすれば,この結果は格別落ち度のない被請求者らにとって極めて不利益であり,社会通念上も極めて妥当性を欠くからである。
イ 原告らも,被請求者らに支給された議員報酬等のすべてを不当利得であるとは主張していないが,これは,個々の議員の活動について市議会議員の役務に相当する役務を提供したか否かについて,裁判所が個別的に評価し判断することを正当とするものである。
しかし,現行法制は議会の自主性を第一次的に尊重し,議員の活動についてもその適否は地域住民の選挙による判断に委ね,司法権は例外的な場合にのみ介入することにしており,実際にも,被請求者らについて個別に市議会議員の役務に相当する役務を提供したか否かを審査,判断することは不可能に近い。
したがって,具体的に一定の場合に既に支給された報酬等を返還する旨の法律が立法されない限り,被請求者らに対し,支給済みの議員報酬等の返還を請求することはできないと解さざるを得ない。
4 原告らの再主張
(1) 瑕疵の重大性
ア 条例は公布されなければその効力を生じないので,条例事項である普通地方公共団体(市町村)の議会議員の定数(地方自治法91条1項)についての条例が制定されたとしても,当該条例が公布されなければその効力を生じない。
地方自治法91条7項から10項は新設合併の場合の議員定数について条例によらない定め方を規定しているが,協議について「設置関係市町村の議会の議決を経なければならない。」として実質的に条例で定めるのと同等の手続を担保していることからすれば,同条8項にいう「告示」についても条例事項にふさわしい手続,すなわち公布と同等の手続であることが要求される。地方自治法91条9項が「告示された新たに設置される市町村の議会の議員の定数は,第1項の規定に基づく当該市町村の条例により定められたものとみなす。」としているのも,同条8項に基づく「告示」と条例の公布とが同等の手続であることを前提としているからである。
イ 旧合併特例法7条1項による在任特例も条例事項である議員定数に直結するから,上記の議論がそのまま妥当する。加えて,在任特例においては法律事項である議員の任期(地方自治法93条)も変更されるのであるから,任期について定める法律の効力発生要件と同等の要件を備えるべきこと,すなわち公布と同等の手続がされるべきことが当然に要求される。
ウ 以上のとおり,地方自治法91条8項の「告示」及び旧合併特例法7条4項,6条8項の「告示」はいずれも条例の公布と同じ意味を持つのであって,その欠缺は条例における公布の欠缺に等しく,重大な瑕疵となる。
エ また,F県では,地方自治法91条9項,1項による議員定数特例と旧合併特例法7条4項,6条8項による在任特例のいずれについても告示が効力発生要件であるとして扱われており(甲4),F県と青森県とで告示の効力が異なるはずがないから,青森県でも同様に告示が効力発生要件でなければならない。
(2) 告示に代わる本件パンフレット毎戸配布の主張に対して
ア 条例の公布等について条例で要式性が定められるのは,条例の公布等を当該要式に従って行えば,現実に個々の住民が当該条例等の内容を知らなくても,その効力を全住民に対して及ぼすことができるようにするという趣旨からであり,逆に,当該要式によらない公表手段を用いた場合は,現実に全住民が当該条例等の内容を知らされていない限り,その効力を全住民に対して及ぼすことができない。
イ 旧B町が行政連絡員により毎戸配布した本件パンフレットは,その配布を受けた住民がこれを読む義務を負うものではないし,配布を受けた住民がこれを読むという保証もないから,これによる一般住民に対する周知効果は検証不可能である。したがって,B町公告式条例に基づく手続を本件パンフレットの毎戸配布により代替させることは不可能であり,瑕疵は全く治癒されていない。
(3) A市議会議員定数条例の可決等の治癒措置を講じたとの主張に対して
A市議会議員定数条例の可決,公布及び施行により告示欠缺の瑕疵について治癒の効果が認められるかどうかはさておき,被告がこれらの措置を講じたのは,告示が効力発生要件であることを自認したものにほかならない。
(4) 議員活動の実態を理由とする不当利得返還債務不成立の主張に対して
ア A市議会議員としての身分を欠いていても,実質的に市議会議員としての役務に相当する役務を提供した者に対し,それに見合う報酬や弁償費用が支払われた場合には,それらが不当利得を構成しないと解する余地があるとしても,その場合に支払われるべきものはあくまでも現実に提供した役務の対価としての報酬であって,本件給与条例に基づく報酬ではない。本件給与条例に基づく報酬は市議会議員が現実に提供する役務の対価として構成されているものではなく,このことは,旧A市議会議員であった者と旧B町議会議員であった者とで本件給与条例に基づく議会議員の報酬額に格差が設けられていることや,被請求者らのうち身柄拘束を受け議会議員としての役務を提供することができなかった者に対してまでも本件給与条例に基づく報酬支給がされていた事実からも明らかである。
イ なお,実質的にA市議会議員としての役務に相当する役務を提供した者に対して支払われるべき報酬の基準となるのは,本件給与条例5条にある「委員等」(同条例1条7号から37号までに掲げる職員)に対する日額8700円の報酬しかないから,被請求者らの受給した議員報酬等のうち,不当利得としての返還を免れる余地があるのは,議会又は委員会に現実に出席した日数に上記日額8700円を乗じた金額と,それぞれが現実に支出した費用に相当する金額との合計額にとどまる。
ウ また,議員報酬等の支払を受けた者がその対価となるべき議員活動等を行わなかったと認められる場合に,当該議員報酬等が不当利得であるとしてその返還を命じた裁判例(東京高裁第9民事部平成13年11月28日判決,東京地裁民事第44部平成17年2月28日判決)がある。
別表番号27及び48から56までの者は,同表番号27の者が平成17年A市議会6月定例会初日に出席した以外には,本会議等に全く出席しないまま議員を辞職しており,これらの者が議員活動を全く行わなかったのは明らかであって,支給された議員報酬等に見合う労務を提供することによってA市に利益をもたらしたとみることは到底できない。
第3当裁判所の判断
1 旧B町における法定の告示の存否について
(1) B町公告式条例の存在
普通地方公共団体の長は,条例の送付を受けた場合においては,原則として,条例の送付を受けた日から20日以内にこれを公布しなければならないが(地方自治法16条2項),当該普通地方公共団体の長の署名,施行期日の特例その他条例の公布に関し必要な事項は,条例でこれを定めなければならないとされ(同条4項),普通地方公共団体の規則並びにその機関の定める規則及びその他の規程で公表を要するものについても,法令又は条例に特別の定めがあるときを除き,必要な事項を条例で定めなければならないとされている(同条5項)。
そして,この地方自治法16条の規定を受けて,旧B町は,B町公告式条例を定めており,条例の公布について旧B町役場掲示場に掲示する方法により行うと規定していたほか(2条2項),規則の公布(3条),町長の定める規程の公表(4条),議会の会議規則,傍聴人取締規則その他町の機関の定める規則で公布を要するものの公布(5条1項)及び町の機関の定める規程で公表を要するものの公表(5条2項)についても,旧B町役場掲示場に掲示する方法により行う旨を定めていた(甲3)。そして,旧B町には前記公告式条例以外に特段の規定がなかった。
(2) 本件各協議に係る法定の告示の方法
そこで,本件各協議に係る告示の方法についてみると,本件各協議は,議員定数や議員の在任特例を内容とするものであって,いずれも,規則(3条),町長の定める規程(4条),議会の会議規則,傍聴人取締規則その他町の機関の定める規則で公布を要するもの(5条1項)及び町の機関の定める規程で公表を要するもの(5条2項)に劣らず旧B町の住民にとって重要なものであること,本件各協議の告示が法律の規定(地方自治法91条8項,旧合併特例法7条4項,6条8項)により関係市町村に義務付けられていたことからすると,本件各協議の告示の方法は,旧B町役場掲示場に掲示する方法により行う必要があったものと認めるのが相当である。これに反して本件パンフレットの毎戸配布により告示に代替することができる旨の被告の主張は採用することができない。
(3) 本件各協議に係る法定の告示の有無
そうであるにもかかわらず,旧B町は,本件各協議について,旧B町役場掲示場に掲示する方法による告示を行わなかったのであるから,法定の告示を欠いていたものということができる。
2 法定の告示を欠く本件議員定数協議の効力について
(1) 地方自治法91条9項は「前項の規定により告示された新たに設置される市町村の議会の議員の定数は,第1項の規定に基づく当該市町村の条例により定められたものとみなす。」と規定しているから,その文言からすると,議員定数協議に係る告示の存在が,新たに設置される市町村議会の議員定数を条例で定めたこととみなすための効力要件になっているものと解される。
(2) そうすると,新たに設置されるA市議会の議員定数を条例で定めたこととみなすための要件(同条9項)を欠くことになり,本件議員定数協議に係る同市議会の議員定数を定めた条例が存在しなかったことになる。
3 法定の告示を欠く本件在任特例協議の効力について
(1) 当裁判所の判断
市町村の合併に伴い新たに市町村が設置された場合の議員の身分については,原則として,合併関係市町村の各議会議員はその合併と同時に議員としての身分を失い,新たに設置された市町村の設置の日から50日以内に当該市町村の議会議員の一般選挙(設置選挙)が行われるが(公職選挙法33条3項,117条),本件合併当時においては,その特例として,合併関係市町村の協議(旧合併特例法7条1項)及びこれに対する議会の議決とその告示(同法7条4項,6条8項)を経ることにより,合併関係市町村の議会の議員で当該合併市町村の議会議員の被選挙権を有することになるものは,一定の期間に限り,引き続き合併市町村の議会議員として在任することができることとされていた(同法7条1項)。これは,市町村行政の広域化の要請に対処し,自主的な市町村の合併を推進し,あわせて合併市町村の建設に資するため(旧合併特例法1条),議員の身分の継続について特例を認めたものと解される。
そうであるところ,旧合併特例法は,在任特例協議に係る告示(旧合併特例法7条4項,6条8項)についても,文言上,「直ちにその内容を告示しなければならない。」(同法6条8項)と規定しているにとどまるから,その告示を在任特例協議の効力発生要件とはしない趣旨であるものと解される。
したがって,本件在任特例協議は,法定の告示(旧合併特例法7条4項,6条8項)を欠いているが,なお有効である。
(2) 原告らの主張に対する判断
ア これに対し,原告らは,「旧合併特例法7条に基づく在任特例に係る告示は地方自治法91条9項,1項の特例が認められるための要件であるところ,同条9項自体が同条8項の告示がなければ効力が発生しないのであるから,旧合併特例法7条4項,6条8項所定の告示もまた在任特例の効力発生要件であると解さなければならない。」旨主張する。
しかしながら,本件在任特例協議に係る告示(同法7条4項,6条8項)は,議員定数についての地方自治法91条9項,1項の特例が認められるための要件であるとはいえないから,原告らの上記主張は前提を欠き,採用することができない。
イ また,原告らは,「実質的にみても,旧合併特例法による在任特例は,新たに設置される市町村の住民に対して,当該市町村の議会の設置選挙における選挙権及び被選挙権を一方的に剥奪するという著しい不利益を課す措置であるから,議員定数に関する地方自治法91条7項から9項所定の手続にも増して手続的厳格性が要求される。」旨主張する。
しかしながら,旧合併特例法による在任特例は,「新たに設置された合併市町村にあっては,市町村の合併後2年を超えない範囲で当該協議で定める期間」に限る(同法7条1項1号)という制限が付されており,当該市町村の議会の設置選挙における選挙権及び被選挙権に対する制約についても,旧合併特例法の立法目的を達成するために必要な合理的範囲にとどまっているのであるから,選挙権及び被選挙権に対する事実上の制約であることをもって告示が本件在任特例協議の効力要件であるということはできない。
ウ さらに,原告らは,「在任特例においては法律事項である議員の任期(地方自治法93条)も変更されるのであるから,任期について定める法律の効力発生要件と同等の要件を備えるべきこと,すなわち公布と同等の手続がされるべきことが当然に要求される。」旨主張する。
しかしながら,在任特例協議は,市町村の自主的な合併を推進するという立法目的のために旧合併特例法という特別立法により地方自治法の原則を緩和する例外的措置を定めたものなのであって,当然に地方自治法の原則に準じた解釈をすべきことにはならないから,原告らの上記主張はたやすく採用することができない。
エ 加えて,原告らは,「F県の行政実務においては告示が在任特例の効力発生要件であると取り扱われているから(甲4),青森県においても同様に解すべきである。」旨主張するが,前記のとおり法の解釈としては当裁判所の採用する限りではない。
4 不当利得の成否について
以上の検討のとおり,法定の告示を欠いたがために本件議員定数協議をA市議会の議員定数を定めた条例とみなすことができなくとも,本件在任特例協議の効力はその法定の告示の有無にかかわらず生じており,被請求者らは本件在任特例協議に基づいて新たに成立したA市議会議員としての身分を有しているものであるから,被請求者らによる議員報酬等の受給は法律上の原因に基づくものであるということができる。したがって,被請求者らは,議員報酬等の既受領分について不当利得返還債務を負わないし,被請求者らのうち議員報酬等受給中の者は,未払分についても将来の議員報酬等の請求権を失わない。
5 結論
以上によれば,地方自治法242条の2第1項1号及び4号に基づき,被告A市長に対し,被請求者らに対する既払議員報酬等についての不当利得返還請求及び被請求者らのうち議員報酬等受給中の者に対する未払議員報酬等についての支給差止めを求める原告らの請求は,理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)