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青森地方裁判所 平成18年(わ)27号 判決 2006年6月06日

主文

被告人を懲役5年に処する。

未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は,機械工として稼働し,本件当時,青森県むつ市内において自衛隊艦船の補修作業を行うため派遣されていたものであるが,平成18年2月11日夜,派遣先関係者と飲食していた際,自己の仕事上の不手際について謝罪したところ,被告人の同僚のV(当時67歳)が,被告人に対し,仕事を辞めればよいととれるような発言をしたことから,被告人は,同人に面白くない気持ちを抱き,同人を詰問するため,宿泊先の同市a町b番c号所在の民宿甲荘に戻った後,既に就寝していたVの頬をたたいて起こしたところ,同人と揉み合いになり,これに激高して,翌12日午前零時20分ころ,上記甲荘2階2号室において,上記Vに対し,その顔面を手拳で数回殴打するなどの暴行を加え,よって,同日,同所において,同人を顔面打撲に基づく急性硬膜下血腫により死亡させたものである。

(証拠の標目)省略

なお,被告人は,本件犯行の動機に関し,逮捕後,当公判廷に至るまで,本件犯行直前の宴会において被害者から申し向けられた発言の真意を確かめようとして被害者を起こしたところ,被害者から突然胸倉を掴まれ,4,5回位膝蹴りのようなことをされたり,右拳で4,5回位顔を殴られそうになり,そのうちの1発が自己の頬をかすめたことからカッとなって被害者の顔面を殴打した旨供述するが,就寝していたところを突然起こされたとは言え,その後被害者が,被告人に対し,一方的に殴る蹴るの暴行をするのは,被害者の性格及び特段の不和が認められたわけではない本件前の被告人と被害者との関係に鑑み不自然である上,被害者と被告人との距離が40ないし60センチメートル程度しか離れていなかったにもかかわらず,被告人はとりたてて避けることもなかったのに,被害者の膝蹴りも殴打も被告人にまともに当たらなかったというのも不自然であるばかりでなく,被害者は被告人に起こされ,「Vちゃん,さっきの話何なのよ。」と声をかけられると,一瞬で被告人の胸倉を掴み,被告人に暴行を加えたとして被害者が機敏な行動を取ったとしながら,その後の被害者は,上記のとおり,連続的に暴行をしかけていて,被害者には強い暴行の意図を有していたことが窺われながら,その態様は,被告人を殴打しようとする被害者の拳の指と指の間の溝が分かるほどのスピードしかなかったなどとしていて,いかにも緩慢なものとなっており,その供述はそれ自体,不自然不合理である。また,被告人は,逮捕前には,起こした被害者が強い口調で言い返してきて,突然,ジャンパーの襟首を掴まれ,突き倒そうと押してきたために頭にきて被害者を殴打した旨供述していたものの,上記のとおり,供述を変遷させているところ,この変遷は,被告人が被害者を殴打することになった直接の契機という重要かつ強く記憶に残るはずの事柄に関するものである。被告人は,当初は重要なこととは考えていなかったので,被害者を殴った事実だけ供述したが,当番弁護士から本当のことを言うように言われたため,供述内容を変えた旨供述しているところ,被告人は被害者から胸倉を掴まれたことや数発殴られそうになったことは一貫して供述しているのであって,被害者を殴打した事実のみを供述しているわけではないことから,供述の変遷の理由に関する被告人の供述は不合理と言わざるを得ない。以上によれば,本件犯行動機に関する被告人の上記供述は信用できない。

他方で,上記逮捕前の本件犯行の動機に関する供述についても,就寝中の被害者が被告人に突然起こされたとは言え,被告人を突き倒すほどの勢いで同人のジャンパーの襟首を掴むという攻撃的な態度に出た点を含めて不自然な点が見られ,上記のとおり,被告人の記憶に強く残るであろう本件犯行直前の被害者の行動について供述が変遷しているという事実自体も考慮すれば,この供述についても直ちに信用することはできないと言うべきであって,結局,被告人の供述内容,被告人の同僚の供述及び被告人から相当の力が加えられたことを窺わせる,被害者が着用していたパジャマのボタンが2個外れて室内に飛んでいたことなどの事実を総合すると,被告人が被害者を起こした際,被告人と被害者とが揉み合いになり,その過程で,被告人が激高して一方的に被害者の顔面を手拳で数回殴打するなどしたと認定するのが相当である。

(法令の適用)省略

(量刑の理由)

被告人は,判示の経緯から被害者に激高して,その顔面を中心に,手拳で数回殴打したものであって,その動機は短絡的で,酌量の余地はなく,被害者の死因等からすれば相当程度強い力で,一方的に殴打したことが窺われ,犯行の態様も悪質である。被害者は,同僚の被告人から就寝中にいきなり起こされ,顔面を強打されるなどしたもので,かような暴行を甘受すべき落ち度はなく,念願であった長男の結婚式を催すこともできず,人生半ばで命を奪われた無念さは察するに余りある。被害者の妻は突然最愛の夫を失ったその喪失感を整理しきれず,被告人の厳重処罰を求めていたところである。

そうしてみると,被告人の責任は重いものがある。

他方,本件犯行は突発的になされたものであること,被告人は,本件により身柄を拘束されたため,長らくダウン症と白血病で療養介護を受けていた次男の今わの際に立ち会えなかったことも手伝って,本件について反省悔悟の情を強めていること,被害者の妻は,現在も夫を失った悲しみが癒えず,夫はもう帰ってこないというあきらめの気持ちを抱きつつ,被告人及び被害者の勤務先の社長が間に立って被告人の妻と話し合いがなされ,被告人の妻が被害者の妻に対し,現在工面できる限度の300万円を支払い示談が成立するに至っていること,これまで被告人は罰金刑前科1犯を有するのみで公判請求されたのは今回が初めてであること,被告人の妻が今後の監督を誓約していることなど,被告人にとって酌むべき事情も認められる。

そこで,これらの事情を総合考慮して,主文のとおりの刑を量定した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役8年)

(裁判長裁判官 渡邉英敬 裁判官 室橋雅仁 裁判官 香川礼子)

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