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青森地方裁判所 平成18年(わ)62号 判決 2006年8月21日

主文

1  被告人を懲役16年に処する。

2  未決勾留日数中60日をその刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は,平成6年7月に前妻と離婚したが,その際,生活費として毎月12万円を支払うことになり,自宅の住宅ローンを抱えていたことや,平成7年3月に婚姻した現在の妻が居住していたアパートの賃料も支払わなければならなかったことから,消費者金融等から借金を繰り返すようになり,平成15年7月には自己破産をするに至り,平成9年4月から働いていたパン製造会社も退職した。さらに,被告人が居住していた土地建物は,平成16年に競売にかけられたため,被告人及びその家族は,同年3月に現在の住居地に転居を余儀なくされ,被告人は,妻や娘たちから自宅を被告人の借金のために失ったことや被告人の収入が少ないことを非難されるようになり,妻から離婚届を書かされるなどした。被告人は,同年5月からホームセンターでアルバイトを始め,その給料は平均して月13万円程度であったが,被告人は,妻に少なくとも11万円を生活費として渡していたため,小遣いに窮していた。平成18年に入ると,家族の被告人に対する非難は一層激しくなり,妻は,被告人の仕事が休みの都度,「給料が少ないのなら,他にアルバイトをすればいいじゃな。嫌ならここを出て行けば。」,「誰のおかげでここにいられると思っているんずや。あまりでかい態度をとるな。」などと被告人を強く責めるようになった。さらに,同年1月分の給料は,妻に渡す生活費の目標としていた11万円を下回った上,同年2月からはアルバイト先の勤務時間も減り,勤務日数も1月より少なくなることから,同年3月に振り込まれる2月分の給料見込額は約9万5000円にしかならないことが分かった。被告人は,このままでは,また収入が少ないと妻に責められる,妻に11万円を渡すという意地とプライドが崩れてしまう,何としても不足分の1万5000円を手に入れなければならないと思いつめるうち,競売で失った家屋の隣りに20年以上にわたって居住していたAのことを思い出し,同女が3年ほど前に1万円を貸してくれたことから,懇願すればまた同女が借金に応じてくれるのではないかと思った。しかしながら,被告人は,同女に対する前記借金を返済していなかったことから,これを返済した上で,新たに借金を申し込むこととして,同年3月11日,同女方を訪れ,前記1万円の返済を申し出たところ,同女は,餞別にあげる旨言って受け取らず,さらに,入院中の被告人の母親の容態を気遣うなどしたため,被告人は,同女から借金ができると思った。同月24日,被告人は2月分の給料9万5000円を銀行から引き下ろし,同日午後5時50分ころ,被告人は,改めて同女方を訪れ,3万円の借金を申し込んだところ,同女から暗にその申し出を断られ,被告人の母親の容態の話に話題を変えられた。そこで,被告人は,同女の気を引くため,かつて被告人が同女方の隣りに居住していた当時の排水処理の不始末につき同女に謝ったところ,被告人の予想に反し,同女は「本当に汚くて臭かった。」旨申し向けるとともに,被告人が借金したために自宅を失って被告人の母親が施設に入らなければならなくなったと非難したため,被告人は憤激した。さらに,被告人が再度借金を懇願したにもかかわらず,同女は,「あんたに貸しても返せねえべ。」と断ったため,被告人は,同女に見下されたと思い,その瞬間,怒りが爆発し,同女に対する殺意を抱いた。

(罪となるべき事実)

被告人は,

第1  A(当時78歳)から示された態度に憤激し,平成18年3月24日午後6時20分ころ,青森市a丁目b番c号所在の同女方玄関前廊下において,同女に対し,殺意をもって,その頭部を同女方玄関前廊下のソファー上にあったモップの柄及び右手拳で数回殴打し,大声をあげた同女の口を左手で塞ぐと同時に,同女の首に右腕を回して同女を押し倒し,引き続き同女の口を左手で塞いだまま同女の首を後ろから鷲づかみにするように右手で締め上げ,さらに,両手で同女の頚部を圧迫し,よって,そのころ,同所において,同女を窒息死させて殺害した

第2  前記犯行直後,前記犯行の発覚を防ぐため,前記Aの死体を前記同女方浴室に運んで浴槽内に投棄した上,同女が金銭を貸してくれなかったことなどに対する怒りや憎しみを晴らすため,同女方台所から持ち出した包丁を同女方浴室内の湯かき棒にくくりつけて同女の顔面等を数回突き刺し,もって,前記死体を遺棄,損壊した

第3  前記第2の犯行後,前記A方居間において,同女所有又は管理に係る現金約1万2998円,キャッシュカードほか3点在中の財布1個(時価約500円相当)及び預金通帳3冊を窃取した

第4  前記のとおり,小遣い銭に窮していたことから,平成17年10月21日午前11時30分ころ,当時販売補助員として雇われていた青森市d丁目e番地f所在の株式会社甲の乙店正面出入口南側の軒下コーナーにおいて,同店店長B管理に係る段差プレート3枚(税込価格合計1万7400円)を窃取した

第5  前同様の理由で,平成18年3月30日午後零時30分ころ,前記株式会社甲の乙前記軒下コーナーにおいて,前記店長B管理に係る亀甲ネット1巻(税込価格1万5000円)を,情を知らないCをして,同コーナーから搬出させて窃取した

ものである。

(証拠の標目) 省略

(法令の適用) 省略

(量刑の理由)

被告人は,判示の経緯から被害者を殺害したものであるが(判示第1の犯行),被害者なら自己の借金の申し入れに当然応じるものと思い込み,意に反してこれを拒むなどした被害者の態度に理不尽にも憤激した上での犯行であって,その動機は短絡的,自己中心的かつ身勝手であって,酌量の余地は全くない。被告人は,被害者の頭部を金属素材のモップの柄が湾曲するほどの力で殴りつけ,さらに手拳で強打し,大声を出した被害者の口を塞ぎ,同時に首を締め付け,被害者を押し倒し,助けを求めて手足をばたつかせる姿を意に介さなかったばかりか,何らの躊躇もなく,その口を左手で塞いだまま同人の首を後ろから鷲づかみにするように右手で締め上げ,さらにぐったりするまで同人の首を両手で締め続け殺害したものであり,被害者の首の軟骨が骨折していることからも,被告人が相当の力で被害者の首を締めたことがみてとれるのであって,その犯行態様は執拗かつ残虐,冷酷であり,殺意の強固さを物語るものである。その上,判示第2の犯行は,被害者を殺害した直後,犯行の発覚を防ぐために,被害者の死体を浴室に移動させて浴槽に入れた上,被害者に対する全く理不尽な怒りから,包丁をわざわざ湯かき棒にくくりつけた上,同人の顔面を中心に数回にわたり,包丁で突き刺して死体を損壊し,被害者の遺体を折り曲げて完全に浴槽内に入れ,浴槽の蓋をして,その上にホースを乗せるなどし,死体の存在を分からないようにして遺棄したものであって,被害者の生命に対する畏敬の念は微塵も感じられず,犯行態様は冷酷かつ残虐である。判示第3の犯行は,あろうことか被害者を殺害し,その死体を損壊,遺棄した直後に敢行したものであって,被害者を殺害したことに対する動揺もなく,何としても現金を取得するという自己の欲求に駆られて行ったもので,利欲本位で悪質である。被害者には,人生半ばで命を奪われるような落ち度はないのはもちろんのこと,夫を亡くした悲しみからようやく立ち直り,亡夫の連れ子の子の成長を楽しみに穏やかな老後を送っていた矢先に,数年前まで被告人と隣人関係にあり,親切にも被告人に金を貸したがために,被告人によって,突然その人生の幕を閉ざされた挙げ句,死後も包丁で顔面等を突き刺され,浴槽に押し込められ,無惨な姿で遺族らに発見されたのであって,その苦しみや無念さは察するに余りある。被害者の遺族の処罰感情がいずれも極めて厳しいのももっともである。にもかかわらず,被告人は,何ら慰謝の措置を講じていない。

判示第4及び第5の各犯行は,小遣い銭欲しさに自己の勤務先であった店舗から商品を窃取し,店舗に来ていた顧客に廉価で売却したものであり,その動機は誠に利欲本位であり,身勝手かつ自己中心的で,酌量の余地はなく,白昼,他の従業員の目に触れないように屋外の売り場で敢行し,商品を自らあるいは情を知らない顧客に直ちに運び出させるなど,その犯行態様は大胆で悪質である。特に,判示第5の犯行は,判示第1及び第2の犯行後間もなく敢行したものであって,重大犯罪を行ったことに対する後悔や動揺は全くなく,ただ自己の欲望に突き動かされて犯行を重ねたもので,規範意識が欠落しているというほかない。判示第4及び第5の被害金額は3万2000円余りであり,少額ではない。

以上からすれば,被告人の刑事責任は実に重大であり,被告人の本件各行為は厳しく非難されるべきである。

他方で,被告人は,本件犯行を認め,今後は殺害した被害者の冥福を祈っていくと述べるなど反省の言葉を述べていること,判示第1ないし第3の各犯行は,いずれも計画的なものではないこと,これまで30年以上前の罰金刑前科1犯を有するのみであることなど被告人に有利な事情も認められる。

そこで,これらの諸事情を総合考慮した上,被告人に対しては,主文掲記のとおりの刑を科すのが相当であると判断した。

よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役20年)

(裁判長裁判官 渡邉英敬 裁判官 室橋雅仁 裁判官 香川礼子)

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