青森地方裁判所 平成18年(ワ)50号 判決 2007年5月18日
主文
1 被告は,原告Aに対し,1292万4072円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,646万2036円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,646万2036円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決の第1項から第3項までは,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときは,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1 被告は,原告Aに対し,2714万0119円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は,原告Bに対し,1357万0059円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告は,原告Cに対し,1357万0059円及びこれに対する平成12年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
本件は,青森市内にある通称「城ヶ倉渓流歩道」(以下「本件渓流歩道」という。)において発生した落石事故(以下「本件落石事故」という。)により死亡した亡Dの相続人である原告らが,本件落石事故は本件渓流歩道の管理の瑕疵によって発生したものである旨主張して,本件渓流歩道の管理者である被告に対し,国家賠償法2条1項に基づき,本件落石事故により生じた損害金合計5428万0238円のうち,原告Aは2714万0119円,原告B及び原告Cは各1357万0059円並びにこれらの各金員に対する本件落石事故の日である平成12年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたという事案である。
その中心的な争点は, (1) 本件渓流歩道の設置管理の瑕疵の有無,(2) 設置管理の瑕疵と損害の発生との間の因果関係の有無,(3) 損害の発生及びその額,(4) 消滅時効の成否である。
1 前提事実
以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。
(1) 本件落石事故の発生
亡D(昭和3年2月生まれ。当時72歳)は,平成12年10月10日午前11時25分ころ,青森市大字荒川字荒川山1番地1所在の通称「城ヶ倉渓流歩道」(本件渓流歩道)を散策中,本件渓流歩道の西方入口(城ヶ倉側入口)から約100メートルの地点(本件渓流歩道の上部に交差する形で架けられている城ヶ倉大橋の東側橋梁の本件渓流歩道上の垂線を基点とした場合,同所から東方27.6メートルの地点。以下,この地点を「本件落石事故現場」という。甲3の31頁,32頁)において,上方から落下してきた岩石の直撃を受け,同日午後0時50分ころ,搬送先のE病院において死亡した(甲3~甲10)。
(2) 当事者
原告Aは亡Dの妻であり,同B及び同Cはいずれも亡Dの子であり,それぞれ2分の1,4分の1,4分の1の相続分を有する亡Dの相続人である(甲14~甲16)。
被告は,公の営造物である本件渓流歩道を整備し,管理する地方公共団体である。
(3) 本件渓流歩道の観光的価値及び位置関係
城ヶ倉渓流は,南八甲田山系に源を発し青森湾に注ぐ荒川の上流先行谷である城ヶ倉渓谷を流れる渓流であり,河床が変化に富んでいて流水の変化も男性的であり,渓谷全体に自然に配置された天然石,岸壁を流れ落ちる滝,松,コメツガ,ブナ等の樹木が一体となった景色等を鑑賞することができる優れた景観美を持つ名勝であり,本件渓流歩道は,十和田八幡平国立公園の中に位置し,城ヶ倉渓流に沿って,東方入口であるF温泉南方の新湯付近から西方入口である城ヶ倉大橋直下の荒川2号橋付近までの約2.1キロメートルにわたって東西に設置されている(甲12,乙15の2)。
(4) 本件落石事故に関する刑事処分
本件落石事故については,事故当時の現場管理者であった被告の観光課長(以下「被告担当者」という。)に対する業務上過失致死事件として立件され,平成16年10月1日,青森警察署から青森地方検察庁に対する書類送検がされたが(甲1),同検察庁は,平成17年9月9日,被告担当者を不起訴処分とした(甲2,甲18)。
(5) 本件訴訟の提起
亡Dの相続人である原告らは,平成18年2月22日,本件落石事故により亡Dが死亡したことについて,被告には国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任がある旨主張して,本件訴訟を提起した。
2 当事者の主張
(1) 本件渓流歩道の設置管理の瑕疵の有無
ア 原告らの主張
(ア) 本件落石事故現場付近の状況等
本件渓流歩道のある渓谷の斜面は,主として,火山性の流紋岩溶岩からなっており,その溶岩が琉理構造(溶岩が流れたときにできる面構造)を形成し,これがその後の地殻変動により縦方向又は斜め方向に柱状節理(柱状の規則正しい割れ目)となって発達している。このような柱状節理は長年月の風化作用により剥離して岩石となるが,本件落石事故現場の北側上方には,それらの岩石群が溜まる場所(ロックシェルター)があり,更にその下方には一部はオーバーハング化(傾斜が垂直以上になっている状態)した断崖があって,本件渓流歩道(本件落石事故現場)はその断崖の直下に位置する。そして,上記ロックシェルター部に溜まっていた岩石が,自然の風化作用による支持力の低下を含む何らかの原因によって上記断崖から落下し,本件落石事故現場にいた亡Dを直撃した。
(イ) 本件渓流歩道の管理の瑕疵
本件落石事故現場は,その上方が上記(ア) のとおりの状況であり,常に落石の危険のある場所であった上,本件渓流歩道は一般観光客向けの遊歩道として多数の観光客の通過が当然に想定されていたものであるから,その管理者である被告としては,落石が発生しないように上方にある岩石を完全に取り除いたり,落石防止ネットを敷設して岩石を固定したりするなどして,落石の発生そのものを未然に防止する措置を講じるか,又は,落石が生じた場合に備えて,落石防護柵等を設けたり,場所によっては迂回ルートを設けたりすることにより,落石の及ぼす影響を除去するなどして,落石による直撃事故を防止する措置を講じて人身事故の発生防止に万全を期するべきであった。そうであるにもかかわらず,被告は,落石事故防止のための措置を全く取っていなかったのであるから,本件渓流歩道の管理について瑕疵があった。
また,被告が想定していた本件渓流歩道の利用者は,レジャー又は観光の一環として自然に親しみ,自然を愛する普通の人々であるところ,被告は,利用者に対するヘルメットの貸出しに加え,利用者に配布するパンフレット及び渓流入口の案内板における落石事故に対する注意喚起の文言により,利用者に対する危険性の周知に努めていたようであるが,その程度の注意喚起等がされていたからといって,生命に対する危険の告知としてはおよそ不十分であり,自己の生命に対する危険についてまで利用者自身の自己責任に帰することができるものとは考えられない。
さらに,そもそも被告は,本件渓流歩道の管理が万全であったかのように主張するが,被告が委託していた管理業務が受託団体(G)において適正に行われていたか否かには重大な疑問があるし,仮に適正に行われていたとすれば,本件落石事故の相当以前から現場に存在していたと推定される大小数十個の岩石を漫然と見過ごしていたか,又は発見しながら落石対策を全くしなかったことになり,それ自体が本件渓流歩道の管理に瑕疵があることに他ならない。
(ウ) 本件落石事故発生の予見可能性
被告は,本件渓流歩道の供用再開前に行われた事故防止及び安全管理体制についての調査検討の結果である「城ヶ倉渓流歩道整備に係る事故防止対策検討調査(報告書)」(以下「本件報告書」という。)において,本件落石事故現場について,「この地点は,上の方からの落石に対する防護…を必要とする」との指摘を受けていたことから,落石の危険を当然に認識していた。また,被告は,入渓者に対し,届出義務を課した上で,落石事故に備えて防護用ヘルメットの着用を義務付けていたことなどからしても,本件落石事故の発生を未必的に認識していたといっても過言ではなく,少なくともその予見可能性はあった。
イ 被告の主張
(ア) 本件渓流歩道の供用再開までの経緯等
被告は,昭和49年に発生した風倒木の落下事故等により閉鎖されていた本件渓流歩道の供用を再開するに先立って,同事故発生当時に示された国による指導内容が実現可能であるか否かについて,国や県等の関係機関との十分な連携の下,昭和61年から数次の現地調査を行うなどし,平成元年には,H大学教授を始めとする合同の渓流調査隊を組織して,本件渓流歩道における事故防止及び安全管理体制について調査及び検討を行い,この調査検討結果である本件報告書をもとに,本件渓流歩道の整備及び管理方針(「青森市城ヶ倉渓流歩道整備及び管理方針」)を定め,これに基づき,落石や転石が生じやすい箇所等での迂回路の新設,つり橋架設,風化岩取除,岩盤掘削,落石処理,転石防止,歩道拡幅,風倒木整理,刈払い,案内板の設置等の安全確保及び事故防止策を実施し,これらの事業に当時の予算額として9269万円余の予算を投じた。
また,被告は,供用再開後の管理運営面についても管理方針(「城ヶ倉渓流管理方針」)を定め,この中で,本件渓流歩道を「情報と点検の密度を高めた登山道」(自然の中を自己責任行動するエリア)と位置付けていた。
(イ) 供用再開後の本件渓流歩道の管理状況
被告は,本件渓流歩道の維持管理業務を効果的に実施するために,城ヶ倉渓流を含む八甲田地区の地形,植生,利用状況等の実情を極めてよく把握し,天候変化等に即応可能な団体(G)に同業務を委託し,定例的な管理を行わせてきたほか,台風の接近に伴う本件渓流歩道の閉鎖や雪解けによる増水のための通行止め等の渓流の状況変化等に対する措置を行い,また,本件渓流歩道が「登山道」であり利用者がその責任と相当の注意をもって利用すべき旨を,事故防止用ヘルメットの貸出しの際に配布するパンフレットや渓流への2か所の入り口に設置された案内板に明示するなどしてその周知に努め,さらに,毎年,本件渓流歩道の開放前に,冬季間に生じた破損箇所の修繕,風倒木の処理,歩道や階段の整備を実施し,加えて,本件報告書には落石危険箇所として指摘がなかった箇所についても,独自の安全措置として,落石防止ネットの設置及びその修繕をし,これらの事業に当時の予算額として3249万円余の予算を投じてきた。
(ウ) 本件落石事故現場における落石発生の不存在等
本件落石事故現場においては,本件渓流歩道を再開した平成5年7月から本件落石事故発生までの7年余の期間中,被告の知る限りにおいては落石発生の事実がなかったのであり,本件報告書においても,「著しく足場が悪いので,通行者が滑落することの無いように従来の足場の拡幅をする」ことが対応策として指摘されていたものの,落石の危険性は指摘されておらず,被告は,本件落石事故現場周辺について落石防止措置の必要性を認めていなかった。
(エ) 被告に本件渓流歩道の設置管理の瑕疵がないこと
国家賠償法2条1項所定の「設置又は管理の瑕疵」とは,判例上,「営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい,これに基づく国及び公共団体の賠償責任についてはその過失の存在を必要としない」(最判昭和45年8月20日民集第24巻9号1268頁)と定義され,また,このような瑕疵の有無は,「当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的,個別的にすべきものである」(最判昭和53年7月4日民集第32巻5号809頁)とされているところ,「通常有すべき安全性」は,①他人に危害を及ぼす危険性,②予見可能性,③回避可能性の3点を基準にして判断することが妥当である。
本件落石事故は,上記(ウ) のとおり,本件落石事故現場において極めて稀に発生した落石によるものであり,その予見可能性は認められない。また,本件渓流歩道は,「遊歩道」ではないから,利用者が本来自然の有する危険性に対し特段の注意を払う必要のない程度にまで安全性を求められるものではなく,「登山道」として,利用者が自らの責任と注意に基づく行動を求められる通常備えるべき安全性を具備していれば足りる。そうであるところ,被告は,上記(ア) 及び(イ) のとおり,本件渓流歩道の設置及び管理に関し,施設及び設備面の整備や管理及び運営面についての措置を尽くしており,設置管理者としての危険回避措置義務を果たしていたから,上記「登山道」としての安全性を具備していた。
したがって,被告には,本件渓流歩道の設置管理に瑕疵はない。
(オ) 原告らの主張に対する反論
被告が本件渓流歩道について「登山道」と称するのは,設置者や管理者,利用者にとって不測の事態が発生する可能性を完全には否定しきれない類の工作物であるという意味であり,設置者又は管理者による完全な管理が可能である都市部やその郊外等に設けられるような工作物について一般に称される「遊歩道」との差異を示すためのものである。
そして,被告が本件渓流歩道を「情報と点検の密度を高めた登山道」として位置付け,それに応じた対策を講じるとともに,管理運営を行っているのは,利用者にもその旨を周知して上記の認識を共有させ,それに応じた行動を促すことにより,危険の回避又は軽減を図ることができ,利用者の利益になるからである。原告らは,その周知や注意喚起の内容が生命の危険についてのものとしては不十分であると主張するが,およそ自然の中でのレジャーにおいては,開設者が万全の措置を講じても,不測の事態が発生した場合には生命や身体に危害が及ぶことは周知の内容如何には関わらないし,本件渓流歩道に係る危険性の周知は個々の入渓者に対して行っており,その内容や密度は他の屋外レジャー施設に比して勝りこそすれ,劣ることはない。
また,本件渓流歩道は,渓流沿いにあることから,春先の雪解けによる増水等により冠水することもあり,その際に上流から流されてくる岩石や,下流へ流される岩石が存在することも推定されるから,本件落石事故現場に点在する岩石が,渓流の増水により流下したものなのか,現場上方からの落石によるものかの判定は困難である。
さらに,城ヶ倉渓流の検査業務(パトロール)については,その管理業務の受託者であるGが渓流全域について行っていたものであり,本件落石事故現場の検査業務(パトロール)を怠っていたものではない。
(2) 設置管理の瑕疵と亡D死亡との間の因果関係の有無
ア 原告らの主張
本件落石事故における落石の原因を詳細に特定することは困難だとしても,本件落石事故現場が落石の危険に常時さらされていたこと,被告が事故防止を期するべく万全の措置を取っていなかったことは明らかであり,本件落石事故の刑事処分において,落石の発生原因が不明なことを理由の一つとして被告担当者が不起訴処分となったことは,被告の損害賠償責任に影響を及ぼすものではない。
また,被告は,本件落石事故が発生するまでは本件落石事故現場において全く落石がなかったと断定するが,本件落石事故現場に点在する大小数十個の岩石のほとんどは,下部周囲に土砂が堆積しており,相当以前から同所に存在していると推定されるものであり,このことは,本件落石事故現場においては,本件落石事故の発生以前から岩石が落下していたことを如実に物語るものである。
イ 被告の主張
本件落石事故の発生当日,本件落石事故現場の直上にある県道において,ガードレール補修工事が行われていたこと,平成5年7月以降本件落石事故の発生当日までは,本件渓流歩道の開放期間中,被告の知る限りは本件落石事故現場において全く落石発生の事実がなく,本件落石事故に限って自然現象により落石が発生したというのは偶然すぎると考えられること,上記補修工事現場と本件落石事故現場との間にある台形状の湿地部分に上記補修工事に伴い落下したとみられるコンクリート片等が多数発見されていること,青森県警が当初は被告担当者のほかに上記補修工事の施工業者らも送検する方針であったところ,結局は被告担当者だけを送検した上,その被告担当者も落石の原因が特定できなかったことを理由の一つとして不起訴処分にされたことなどの事情を総合すると,上記補修工事の影響により落石が生じた可能性を否定しきれず,本件渓流歩道の設置管理の瑕疵と本件落石事故による損害の発生との間の因果関係は不明である。
(3) 損害の発生及び額
ア 原告らの主張
(ア) 葬儀関係費用 150万円
(イ) 逸失利益 1784万5671円
(80万2632円+207万3800円)×8.863×(1-0.3)=1784万5671円
亡Dは,元国家公務員(営林署職員)であり,本件落石事故時には既に退職して,老齢基礎年金として年額80万2632円,退職共済年金として年額207万3800円(いずれも死亡前年の平成11年の受給額)を受給していた。
亡Dの死亡時の年齢は72歳であり,死亡前年である平成11年当時の平均余命は12.16年(端数を切り捨て,12年とする。)であることから,そのライプニッツ係数は8.863である。
亡Dは死亡当時妻である原告Aと2人暮らしであったこと,亡Dは老齢基礎年金を受給していたこと,原告Aも年額約220万円の教職員退職共済年金を受給していたことなどからすると,基本的な生活費は退職共済年金以外で十分賄えたものであり,このような事情を考慮すると,生活費控除率を3割とすべきである。
(ウ) 慰謝料 3000万円
(エ) 弁護士費用 493万4567円
(オ) 損害金合計 5428万0238円
(カ) 原告らの相続額
原告Aの相続分2分の1 2714万0119円
原告B及び同Cの相続分各4分の1 1357万0059円
よって,国家賠償法2条1項に基づき,被告に対し,原告Aは2714万0119円,同B及び同Cは各1357万0059円並びにこれらの各金員に対する平成12年10月10日(本件落石事故の日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
イ 被告の主張
争う。
(4) 消滅時効の成否
ア 被告の主張
原告らは,本件落石事故の発生当日に,被告の観光課職員から「公園を管理している者」である旨告げられていたから,同日において「損害及び加害者」を知っていたことになるし,仮にその時点において原告らが亡Dの死亡原因を知らなかったことから上記発言内容が理解できなかったとしても,平成13年2月2日付けで青森警察署に被告の対応を非難する内容の内容証明郵便を送付した時点においては,亡Dの死亡原因が落石によることを知っていたのであるから,遅くとも同日時点において,「損害及び加害者」を知っていたといえる。
したがって,本件においては民法724条の消滅時効が完成しており,被告はこの消滅時効を援用する。
イ 原告らの主張
原告らは,捜査機関による捜査の進ちょく状況以外には本件落石事故の真相を知る手段がなかったところ,加害者が被告である可能性を知ったのは,本件落石事故発生当時の被告の観光課長が書類送検された平成16年10月の時点であるし,さらに,加害者が被告であると現実に認識したのは,青森地方検察庁において不起訴処分の決定がされた後に,原告らが代理人弁護士を通じて不起訴事件記録の閲覧謄写申請をして,同検察庁からその許可が得られた平成17年11月の時点である。
原告らが平成13年2月に青森警察署に内容証明郵便を送付したことは確かであるが,それは,本件落石事故発生直後,被告の観光課職員が何らの根拠もなく亡Dの死亡は自己過失による転落死である旨主張したことから,捜査機関に対して真実を追究すべく適正な捜査を要請する意味でしたためたものであり,原告らが加害者を知ったことの根拠とはならない。
第3当裁判所の判断
1 裁判所が認定した事実
前記前提事実のほか,証拠(甲1~甲12,甲17~甲21,乙1の1~乙44)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,本件の事実経過等として,以下の事実を認めることができる。
(1) 本件渓流歩道の設置から閉鎖までの経緯等(甲11,甲12)
本件渓流歩道は,昭和7年に青森営林署によって国有林見回り道として設置されたものであるが,昭和9年に国民宿舎F温泉が開業して以来,八甲田山を探勝する観光客等が城ヶ倉渓流を散策するための道として,利用されるようになった。
昭和30年にF温泉が渓流探勝者の利便に供するため本件渓流歩道の改修及びつり橋の架設を行ったが,利用者から本件渓流歩道の整備に対する強い要望があったため,被告は,国及び県と協議の上,国立公園の歩道事業として,昭和46年から翌47年にかけて2か年計画により本件渓流歩道の整備を行った。その結果,本件渓流歩道は,地理的に青森市の市街地近傍に位置していたこともあり,身近なハイキングコースとしてその利用者が急増することとなった。
上記整備後も,本件渓流歩道は,渓流の両壁が柱状節理の発達した岩壁となっており,歩道への落石や転石の危険性が考えられたため,巡視等による安全管理対策が行われていたが,昭和49年9月13日,集団遠足で入渓していた青森市内の中学生5名が,風倒木の落下により重軽傷を負う事故が発生した上,同年冬の豪雪によるつり橋の破損や,翌昭和50年の集中豪雨による土砂崩れの発生等もあり,その復元整備に問題があったことから,本件渓流歩道はいったん閉鎖された。
(2) 本件渓流歩道の供用再開までの経緯等(甲11,甲12,乙44)
その後,青森県,F温泉,一般利用者等から本件渓流歩道再開の強い要望があったことや,閉鎖されたにもかかわらず相当数の入渓者があり,これを看過した場合には不測の事故が発生することも懸念されたことなどから,被告は,歩道事業の執行とは単に施設の整備にとどまらず巡視や施設の改善等の管理行為をも当然に含むものであるから本件渓流歩道を廃止するよりも改善の努力をして事業継続の方向で検討されたい旨の前記風倒木落下事故発生当時に国から示された指導内容(乙1の1~3)を踏まえて,昭和61年から再開に向けての数次の現地調査を行い,平成元年にはH大学教授I,県及び被告の担当者,地元関係者からなる合同の渓流調査隊を組織して本件渓流歩道における事故防止及び安全管理体制について調査検討を行い,この調査検討結果である本件報告書(甲12)に基づき,渓流の状態に応じた安全確保及び事故防止策を講じれば本件渓流歩道の再開が可能であるとの結論に至った。
そこで,被告は,安全確保及び事故防止のための具体的な措置及び対策を講じるに当たって,国や県等の関係機関と連携を図りながら(乙5の1~乙6の4),本件報告書に基づき「青森市城ヶ倉渓流歩道整備及び管理方針」(乙5の3)を定め,これに従って,落石や転石が生じやすい箇所等での迂回路の新設,つり橋架設,風化岩取除,岩盤掘削,落石処理,転石防止,歩道拡幅,風倒木整理,刈払い,案内板の設置等を実施し(乙3~乙4の3,乙7の1~乙14の3,乙16の1及び2),これに約9269万円の予算を投じた(乙2の1)。そして,本件落石事故現場付近についても,本件報告書(甲12)において,「危険度数13(最高位19)」及び「緊急度Ⅱ(最高位Ⅰ)」に位置付けられ,その状況は「小規模の落石が生じる」とされ,その対応(改修)策として「刈払い 岩盤削取 風化岩除去」との指摘を受けるとともに(甲12の15頁~16頁,乙44の17頁),「安全通過についての所見」として「この地点は,上の方からの落石に対する防護と,足場の悪さにより人の滑り落ちることのないような棚を必要とする。なお,立ち止まらず速やかに通過だけするように指導する。」(甲12の20頁)旨が指摘されていたことから,これらの指摘に沿った対策工事を実施した(乙44の17頁)。
被告は,上記の措置及び対策を講じた後,平成5年7月20日から本件渓流歩道の供用を再開した(甲11)。
(3) 供用再開後の本件渓流歩道の管理状況(乙44)
被告は,供用再開後も関係機関との連携を図る一方(乙20の1~3),供用再開後の管理運営面について,「城ヶ倉渓流管理方針」(乙15の1及び2)を定め,この中において,本件渓流歩道を「情報と点検の密度を高めた登山道」(自然の中を自己責任で行動するエリア)と位置付け,利用者に対し,安全確保及び事故防止策として,意識啓発用の簡易軽量型ヘルメット(ただし,安全認定がなく,防護能力がほとんどないもの。甲17)の無料貸出しを行って危険区域を通行しているとの意識の発揚を図り(乙44の8頁~9頁),その貸出しの機会を利用して登山の際の入山届に相当する入渓届(乙15の2の9頁)を義務付けるとともに,「城ヶ倉渓流歩道は,登山の時と同じような装備をしたうえ,安全管理には十分注意してください。」などと記載されたパンフレット(乙40)を配布し,渓流への2箇所の入口に設置されている案内板(乙41の1及び2)にも「城ヶ倉渓谷(渓流歩道)は常に落石や転落等による事故の発生が考えられますので危険であることを認識のもとに,自らの責任で十分注意し行動して下さい。」と明示して,本件渓流歩道が登山道であり利用者が相当の注意をもって自己責任で利用すべきであることについての周知を図った(乙9の5)。
また,被告は,F温泉及びJ温泉を含む八甲田山地域の観光関連業者で組織するGが本件渓流歩道の出入口両端に最も近い場所で事業を行い,環境や気象等の即時的な周辺状況の把握も可能である上,職員の中に自然公園指導員を有するなど適切な公園利用に関する知識経験を有すると考えられたことから(乙44の6頁~7頁),本件渓流歩道の維持管理業務を効果的に実施するために,Gに対し,本件渓流歩道の管理業務を毎年有償(約170万円前後)で委託し,定期的な巡回点検や異常の有無の報告等をさせるなどしていたほか(乙21の1~3,乙26の1~3,乙30の1及び2,乙35の1~4,乙39の1~5,乙43),渓流の状況変化等に対する措置として,台風の通過による一部破損に伴う閉鎖(乙31)や,雪解けによる増水のための通行止め(乙33)等の対応も行うなどしていた。
さらに,被告は,毎年,本件渓流歩道の開放前に,冬季間において発生した破損箇所の修繕,風倒木の処理,歩道や階段の整備を実施し(乙22の1~乙25の3,乙27の1~乙29の3,乙32の1~3,乙34の1~4,乙36の1~3,乙38の1~4),これを同一の事業者(株式会社K)に継続的に受注させ,同一の現場監督や作業員に継続的に行わせることにより,ノウハウの蓄積や活用が図られるようにした(乙44の11頁)。
加えて,本件報告書には落石危険箇所として指摘のなかった箇所についても独自の判断で落石防止ネットを設置し(平成6年から平成11年にかけて3か所で合計772平方メートル),その修繕を行った(乙17の1~乙19の7,乙37の1~3)。
以上のとおりの本件渓流歩道の供用再開後の設備等の維持管理のために,被告は約3249万円の予算を投じ(乙2の2),本件落石事故現場付近についても,毎年,開放期間前には調査や必要な修繕を行い,開放期間中にも継続的な巡視等を行った(乙44の17頁)。
平成5年から平成12年までの入渓者は3万1226名であり,この間に被告が支出した修繕費,委託費等の運営管理費の合計は約4600万円であり,一人当たり約1400円であった。再開当初の整備費用約9874万円を加えると,入渓者一人当たりの費用額は約4600円になっていた(乙44の12頁)。
(4) 本件落石事故の発生
亡D(当時72歳)は,平成12年10月10日午前11時25分ころ,秋田県●●町(当時)の自然を楽しむ会のメンバー約20名と一緒に(甲2,甲9),前記のとおり防護能力のほとんどない簡易軽量型ヘルメットを着用して,本件渓流歩道を散策中,本件渓流歩道の西方入口(城ヶ倉側入口)から約100メートルの地点にある本件落石事故現場において,上方から落下してきた岩石の直撃を頭部に受け(乙42の1~4),同日午後0時50分ころ,搬送先のE病院において死亡した(甲3~甲10)。
(5) 本件落石事故直後の事故現場に残されていた真新しい岩石
本件落石事故から10日後の平成12年10月20日に実施された現場の実況見分においては,別紙1「現場見取図第1図」(甲6添付)記載のとおり,本件落石事故現場の直近に存在する岩石の中に(同図面A地点),真新しい擦過痕跡が残る岩石(長さ約51センチメートル,上幅約60センチメートル,上幅部分厚さ約30センチメートル,下幅約34センチメートル,下幅部分厚さ24センチメートル,重さ約62.5キログラム)が発見され,その周囲(同図面B地点)には同様の岩石の小破片(真新しい破砕面が一致することからA地点の岩石の先端から剥がれたと考えられる小破片)が破砕面を上向きに落下していた(甲5,甲6)。
そして,上記の真新しい落石は,上部のロックシェルター部にある節理塊と同様の流紋岩(節理塊)であった(甲10)。したがって,これらの岩石が亡Dの頭部を直撃した可能性が高い。
(6) 本件落石現場への落石の危険性
ア 本件落石現場の北側斜面等の地形等
本件落石事故の発生後に行われた鑑定の結果(甲10)によれば,次のとおり認めることができる。本件落石事故現場の北側斜面は,別紙2「図1.現場模式断面図」(甲10添付)のとおり,上方から順に,県道青森・田代・十和田線直下から始まる傾斜50~45度の急な斜面があり,その下に傾斜45~30度の少し緩やかになったロックシェルター部があり,更に下方に一部オーバーハングしている高度差約30メートルの急崖部を経て本件渓流歩道があり,本件渓流歩道脇の高度差数メートルの斜面を経て渓流(河床)へとつながっていた。そして,別紙3「平成13年7月20日付け現場見取図」(甲7添付)記載のとおり,これらの斜面は,城ヶ倉渓流の屈曲部に位置して沢を形成し,この沢は,水が流れ,樹木がないために石等が転がりやすい樋状の地形(甲8)になっており(同図面①地点付近にはコンクリート片20~30個が存在しており,同図面⑦地点付近にも約30個のコンクリート片が存在していた。),二つの沢が合流する湿地帯(同図面②地点)から沢の斜面がやや緩やかに変化している上記ロックシェルター部には,その上の斜面にある柱状節理から剥離した岩塊(30センチメートル×15センチメートル×10センチメートル程度の大きさのもの)に混じって,コンクリート片40~50個(20~30センチメートル×20~30センチメートル)が混在していたが(同図面④地点),オーバーハング直上部(同図面D地点)にはコンクリート片が存在していなかった(甲3,甲7)。そして,本件落石事故現場は,この樋状の沢の延長線と本件渓流歩道との交差部に位置しているため,本件落石現場の真上に位置する上記ロックシェルター部にある岩塊が,工事や地震等の振動や降雨による土壌の流出に起因する岩石周囲の支持力の低下等により,直下にある本件落石現場へ落下する可能性があった。
イ 本件落石現場にあった岩石の状況
実際にも,本件事故直後の本件落石事故現場付近には,大小数十個の岩石が固まって存在していたが,その岩石の下部周囲に土砂が堆積していたことからすると(甲6),その岩石は相当以前から同所に存在しているものと認められる。そして,その岩石は,川の上流から流されたものではなく,北側斜面上方からの落石であったものと認めることができる。すなわち,①川の増水時に上流から流れてきた岩石であれば,本件事故現場の上下流にも同様の岩石が散在しているはずであるが,本件事故現場の上下流方向には同種の岩石が散在していないこと,②本件落石事故現場付近には,真上にある沢の水が本件渓流歩道の歩道脇を伝って数メートル下の河床に流れ込むために斜面を削ったのではないかと思われる窪みがあり,その窪みに後で落石による自然石が埋まってできたかのような逆三角形の岩石群が歩道脇から河床まで流れるように固まって存在していたことからすると(甲3の写真番号34~36,甲4の4頁及び5頁の各写真,甲5の218丁表裏の各写真),上記岩石は増水時に上流から流されてきたものではなく,北側斜面からの落石であったものと認めるのが相当である。
ウ 本件落石事故後の落石実験の結果
平成12年10月24日,本件落石事故現場において,青森県警察による落石実験が行われ,次のような結果が判明した。本件落石事故現場に至る急斜面には,別紙4「平成12年10月24日作成図面」(甲8添付)のとおり,流水により削り取られて生じたと認められる雑木等のない樋状の部分があり,上方の旧道の下にある同図面①の沢から人為的に自然石を転がしたところ,途中で停止するものもあったが,渓流まで達したものもあり,その自然石は同図面③の沢を斜めに横切り,本件落石事故現場のやや下流側に落下した。他方,同図面②の沢からコンクリート塊を転がしたところ,途中で停止するものもあったが,渓流まで達したものは同図面③の沢に沿って転がり落ち,ほぼ本件落石事故現場付近に落下した(甲8)。
エ 以上によれば,落石の通り道である沢の延長線上にあるロックシェルター部の直下に位置する本件落石事故現場付近は,上記ロックシェルター部の岩塊を取り除き,又は固定したり,落石防止柵等で止めるなどの処置を取らない限り,落石の危険性を回避することが困難な場所であったということができる(甲10)。
(7) 本件落石事故発生当日における被告観光課職員の発言内容
本件落石事故の発生当日,被告の観光課職員は,原告Aに対し,「公園を管理している者」である旨告げた上,本件落石事故について,落石事故ではなく単なる転落事故である旨説明した(甲19)。
(8) 原告Aによる青森警察署長に対する内容証明郵便の送付
原告Aは,平成13年2月2日付けで,青森警察署長に対し,本件落石事故に係る捜査の内容や進ちょく状況の照会及び本件落石事故発生当日における被告の観光課職員の対応等を非難する内容の内容証明郵便を送付した(甲19)。
(9) 本件落石事故に関する刑事処分
本件落石事故については,当初は本件落石事故現場の直上に位置する県道上においてガードレールの補修工事を行っていた施工業者らを被疑者とする立件も検討されていたものの(甲3,乙42の1~4,乙44),最終的には事故当時の現場管理者であった被告担当者のみに対する業務上過失致死事件として立件され,平成16年10月1日,青森警察署から青森地方検察庁に対して書類送検をされたが(甲1),同検察庁は,平成17年9月9日,落石の原因を特定できないことや被告が本件渓流歩道の安全対策に多額の予算を投じており社会通念上要求される注意義務を尽くしていたことを理由に,嫌疑不十分として被告担当者を不起訴処分とした(甲2,甲18)。
(10) 原告Aによる不起訴事件記録の謄写
原告Aは,平成17年11月18日,代理人弁護士を通じて,不起訴となった被告担当者に対する上記業務上過失致死事件に係る捜査関係記録を謄写した(甲20,甲21)。
(11) 本件訴訟の提起
亡Dの相続人である原告らは,平成18年2月22日,本件落石事故によって亡Dが死亡したことにつき,被告は国家賠償法2条1項に基づく損害賠償責任を負担すべきであるとして,本件訴訟を提起した。
2 本件渓流歩道の設置管理の瑕疵の有無について
(1) 国家賠償法2条1項にいう公の営造物の設置又は管理の瑕疵とは,営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいい(最高裁昭和42年(オ)第921号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1268頁参照),当該営造物が通常有すべき安全性を欠いているか否かの判断は,当該営造物の構造,用法,場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的個別的に判断すべきであるが(最高裁昭和53年(オ)第76号同年7月4日第三小法廷判決・民集32巻5号809頁参照),当該営造物の利用に付随して死傷等の事故の発生する危険性が客観的に存在し,かつ,それが通常の予測の範囲を越えるものでない限り,管理者としては,事故の発生を未然に防止するための安全施設を設置するなどの必要があるものというべきであり(最高裁昭和54年(オ)第227号同55年9月11日第一小法廷判決・判例時報984号65頁参照),管理者がそのような対策を講じなかったために当該営造物の利用に際し安全性が確保されていなかった場合には,当該営造物の設置又は管理に瑕疵があったものと認めるのが相当である。
(2) これを本件についてみると,前記認定のとおり,①落石の通り道である沢の延長線上にあるロックシェルター部の直下に位置する本件落石事故現場付近は,上記ロックシェルター部の岩塊を取り除き,又は固定したり,落石防止柵等で止めるなどの処置を取らない限り,落石の可能性があったこと,②本件落石事故現場が本件渓流歩道の西方入口(城ヶ倉側入口)付近にあり,多くの利用者が通過する場所であること,③本件落石事故現場のような幅員約90センチメートル(甲3)程度の歩道上において,利用者が上方からの突然の落石を自力で回避することは困難であること,④本件落石事故現場の南側は渓流に至る斜面となっており,落下してきた岩塊が衝突することによって,利用者が本件渓流歩道上から渓流に転落するおそれがあったこと,⑤上記ロックシェルター部と本件渓流歩道との高低差が20メートル以上はあり,本件渓流歩道と渓流の河床との高低差も数メートルはあること(甲10)などにかんがみると,本件落石事故現場付近においていったん落石が発生した場合には,それが本件渓流歩道を通行中の利用者を直撃するおそれがあり,しかも,20メートル以上の高さから落下してくる岩塊による衝撃の大きさや,数メートル下の渓流に転落する際の衝撃の大きさも相まって,落石の直撃を受けた利用者の生命等に重大な結果を生じさせる客観的な危険性が常時存在していたものと認めるのが相当である。そして,このような危険性は,前記認定のとおりの本件渓流歩道の構造や用法,場所的環境,利用状況等に照らせば,通常の予測の範囲を超えるものではないと認めるのが相当である。
したがって,本件渓流歩道の管理者である被告としては,落石事故の発生を未然に防止するために,落石が発生しないようにロックシェルター部にある岩塊を完全に取り除いたり,落石防止ネットを敷設して岩石を固定するなどして,落石の発生そのものを未然に防止する措置を講じるか,又は,落石が発生した場合に備えて落石防護柵等を設け,場所によっては迂回ルートを設けたり,落石に耐え得るシェルターを設けたりすることにより,落石の及ぼす影響を除去するか,若しくは,もし仮にそれらの手段が取り得ないのであれば,究極的には本件渓流歩道を通行止めするなどして,落石による直撃事故を防止する措置を講じる必要があったというべきである。そうであるのに,被告は,事故防止及び安全管理のため,前記認定のとおりの一定の措置を一応講じてはいたものの,本件落石事故現場については,上記のような落石防止措置等を講じることまではしなかったのであるから,本件渓流歩道の設置管理には瑕疵があったものと認めるのが相当である。
(3) これに対し,被告は,本件渓流歩道の設置及び管理に関し,施設及び設備面の整備や管理及び運営面についての措置を尽くしており,設置管理者としての危険回避措置義務を果たしていたというべきであり,これにより,本件渓流歩道は,利用者が自らの責任と注意に基づく行動を求められる「登山道」として通常備えるべき安全性を具備していた旨主張する。
しかし,前記説示のとおり,①落石の通り道になっている樋状の沢の存在,②その下部にあるロックシェルターの存在,③その真下に位置する本件落石事故現場にあった落石と疑われる大小数十個の岩石の存在からみて,本件渓流歩道の管理者である被告としては,落石事故の発生を未然に防止するために,落石の発生そのものを未然に防止する措置を講じるか,又は,落石が発生した場合に落石の及ぼす影響を除去する措置を講じるか,若しくは,もし仮にそれらの手段を取り得ないのであれば,究極的には本件渓流歩道を通行止めするなどして,落石による直撃事故を防止する措置を講じる必要があったのに,本件落石事故現場については,上記のような落石防止措置等を講じることまではしなかったのであるから,被告が本件渓流歩道の設置及び管理に関して必要な措置を尽くしたということはできない。また,前記認定のとおり,入渓届を提出して簡易ヘルメットを着用するのみで特段の装備をすることもなく誰でも手軽に本件渓流歩道を通行することができ,平成5年から平成12年までの間に3万1226名もの利用客が本件渓流歩道に入渓していたことを考えると,本件渓流歩道をもって被告主張のように利用客が自らの責任と注意に基づく行動を求められる「登山道」であったということはできない。よって,被告の上記主張は採用することができない。
(4) また,被告は,被告の知る限りにおいては本件落石事故以前には本件落石事故現場において落石発生の事実はなく,本件報告書においても本件落石事故現場付近については落石の危険性が指摘されていなかったことから,本件落石事故現場付近における落石事故発生につき予見可能性がなかった旨主張する。
しかし,仮に被告において本件落石事故現場への過去の落石の事実を把握していなかったとしても,上記のとおり①落石の通り道になっている樋状の沢の存在,②その下部にあるロックシェルターの存在,③その真下に位置する本件落石事故現場にあった落石と疑われる大小数十個の岩石の存在に照らせば,落石発生を予見することができなかったとはいえない。同様に,仮に被告において本件落石事故発生前において本件落石事故現場の上方に複数の岩塊が散在するロックシェルター部が存在することを認識していなかったとしても,それは単なる調査不足を示すものというほかなく,落石事故発生の予見可能性を否定する事情とはなり得ない。
以上の諸事情に照らせば,本件落石事故現場周辺における落石事故発生につき予見可能性がなかった旨の被告の主張は採用することができない。
3 設置管理の瑕疵と損害の発生との間の因果関係の有無について
(1) 本件落石事故現場付近において,前記説示のとおりの適切な落石防止措置等が講じられていれば,そもそも落石が発生しなかったか,又は,落石の原因が県道工事の影響であれ,柱状節理の自然風化等であれ,本件落石事故が発生することはなかったものと推認するのが相当であるから,本件渓流歩道の設置管理の瑕疵と損害の発生との間に因果関係があるというべきである。
(2) これに対し,被告は,本件落石事故現場の直上に位置する県道上において行われていたガードレールの補修工事の影響で落石が生じた可能性を否定しきれないことを理由として,本件渓流歩道の設置管理の瑕疵と本件落石事故による損害の発生との間の因果関係が不明である旨主張し,確かに前記認定のとおりロックシェルター部には自然石に混じってコンクリート片が40~50個存在していたことを認めることができる。
しかし,仮に県道工事におけるコンクリート破片の落下等が最初の落石の原因であったとしても,亡Dに激突した物体はコンクリート破片それ自体ではなく,自然石であるから,樋状になっている沢を落下したコンクリート破片がロックシェルター部に滞留していた自然石を玉突きするような形でこれを押し出したものと推認されるところ,そのロックシェルター部の岩石を取り除いておくか,ネットをかけるか,落石防護柵を設置するなどの対策を取るか又は通行禁止の措置を取っていれば,本件落石事故を発生させることはなかったものと認められるから,それらの対策が取られていなかったという本件渓流歩道の設置管理の瑕疵と,本件落石事故との間には,なお相当因果関係があるものというべきであり,これに反する被告の上記主張を採用することはできない。
4 損害の発生及び額について
(1) 葬儀関係費用 150万円
(2) 逸失利益 764万8145円
(80万2632円+207万3800円)×8.863×(1-0.7)=764万8145円
亡D(昭和3年2月27日生)は,死亡当時72歳であり(甲14),老齢基礎年金として年額80万2632円,退職共済年金として年額207万3800円(いずれも死亡前年の平成11年の受給額)の合計287万6432円を受給していた(甲13)。そして,亡Dが,死亡当時72歳の年金生活者であったこと,妻である原告Aと2人暮らしであったこと(弁論の全趣旨),原告Aも年額約220万円の教職員退職共済年金を受給していたこと(弁論の全趣旨)などからすると,70パーセントの生活費控除を行うのが相当である。そして,死亡前年である平成11年当時の平均余命は12.16年であったことから,12年間のライプニッツ係数である8.863を生活費控除後の年金受給額に乗じると,逸失利益の額は764万8145円となる。
(3) 慰謝料 1500万円
本件落石事故が偶発的な事故であることその他本件訴訟に現れた諸事情を総合考慮すると,亡Dの死亡による慰謝料額としては,1500万円と認めるのが相当である。
(4) 弁護士費用 170万円
本件訴訟における認容額や本件訴訟の経過等諸般の事情を総合すると,本件落石事故と相当因果関係のある弁護士費用としては,170万円と認めるのが相当である。
(5) 損害額合計 2584万8145円
(6) 原告らの相続額
原告Aの相続分2分の1 1292万4072円
原告B及び同Cの相続分各4分の1 646万2036円
5 消滅時効の成否について
(1) 民法724条にいう「加害者を知った時」とは,加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに,その可能な程度にこれを知った時をいうと解されるころ(最高裁昭和45年(オ)第628号同48年11月16日第二小法廷判決・民集27巻10号1374頁参照),①原告らは本件落石事故の真相究明に関して捜査機関による捜査の進ちょく状況の把握以外に特段の情報収集手段を有していなかったとみられること,②本件落石事故直後に原告Aが被告の観光課職員から本件落石事故について単なる転落事故である旨の説明を受けていたこと,③青森警察署長あての平成13年2月2日付け内容証明郵便において原告Aが捜査の進ちょく状況を照会していること,④その後も原告らが本件落石事故に関する事実関係を知り得る機会があったことはうかがわれないことなどを考慮すると,原告らが被告に対して損害賠償を請求することが可能な程度に本件落石事故に関する事実関係を知ったのは,原告Aが代理人弁護士を通じて不起訴となった被告担当者に対する業務上過失致死事件に係る捜査関係記録を謄写した平成17年11月18日(甲21)の時点であると認めるのが相当である。
(2) これに対し,被告は,原告らは本件落石事故の発生当日に被告の観光課職員から「公園を管理している者」である旨告げられているから,同日において「損害及び加害者」を知っていたことになるし,原告Aが平成13年2月2日付けで青森警察署に被告の観光課職員の対応等を非難する内容の内容証明郵便を送付した時点においては亡Dの死亡原因が落石によることを知っていたのであって,遅くとも同日において「損害及び加害者」を知っていたといえるから,いずれにせよ民法724条の消滅時効が完成している旨主張する。
しかし,捜査機関においても本件落石事故に関する事実関係の詳細を把握していなかったとみられる本件落石事故発生当日はもちろん,原告Aが送付した上記内容証明郵便において捜査の進ちょく状況を照会していることからすれば,原告Aが同内容証明郵便を送付した時点においても,原告らが被告に対する損害賠償請求が可能な程度に本件落石事故に関する事実関係を認識していたということはできないから,被告の上記主張は採用することができない。
6 結論
以上によれば,原告らの被告に対する請求は,原告Aにおいて1292万4072円,同B及び同Cにおいて各646万2036円並びにこれらの各金員に対する本件落石事故の日である平成12年10月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないからいずれも棄却することとする。なお,仮執行宣言については,被告から仮執行免脱宣言の申立てがされているが,同宣言は相当ではなく,上記認容部分の執行開始の時期を,本判決が被告に送達された日から14日を経過したときと定めるのが相当である。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)