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青森地方裁判所 平成18年(行ウ)1号 判決 2006年12月28日

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  b労働基準監督署長が平成15年3月13日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法による障害補償給付に関する処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,原告が,b労働基準監督署長(以下「監督署長」という。)が平成15年3月13日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)による障害補償給付に関する処分(以下「本件障害補償給付処分」という。)は誤った低い障害等級の認定に基づくものであるとして,その取消しを求めた事案である。

その中心的争点は,本件障害補償給付処分の違法性である。

1  前提事実

以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。

(1)  本件災害の発生状況等(乙1の1~乙4)

ア 原告(昭和○年○月○日生)は,青森県a市所在の船舶冷凍設備の配管修理を業とする「c社」の事業主であり,労災保険特別加入制度の中小事業主等の特別加入者(労災法33条1号,34条,労働者災害補償保険法施行規則〔以下「労災則」という。〕46条の16,46条の19)である。

イ 原告(当時60歳)は,平成14年4月8日午前11時15分ころ,青森県a市所在のd港に着岸していたe船上において,ヘルメットを着用して一人で作業中,パイプを運搬していた際に滑って後ろ向きに転倒し,頸部及び腰部を甲板に強打した(以下「本件災害」という。乙2)。

頸部等を強打した際,原告は意識を失い,意識が戻ってからもしばらく全身が痛くて体を動かせなかったが,徐々に体が少しずつ動くようになり歩けるようになったので,船から降りて自分の車で自宅に帰った。

しかし,夜になっても痛みがとれなかったため,原告は,その日の午後8時ころ,妻に車で当番医であったa市立市民病院(以下「市民病院」という。)に連れて行ってもらい診察を受けた。

なお,本件災害発生当時,本件災害を現認した者はいなかった。

(2) 原告の治療経過(甲9,乙5の1~3)

ア 市民病院

診療期間

平成14年4月8日から同年7月31日まで

診療実日数

7日(整形外科・通院),2日(脳外科・通院)

傷病名

整形外科

中心性頸髄損傷の疑い,頸部挫傷,腰部挫傷,末梢神経障害

脳外科

頭部外傷,頭蓋内出血の疑い

治療法

投薬(薬物療法)

イ f労災病院(以下「労災病院」という。)

診療期間

平成14年8月12日から同年11月28日まで

診療実日数

7日(整形外科・通院)

傷病名

中心性頸髄損傷

治療法

投薬(薬物療法)

ウ g整形外科診療所(以下「g整形」という。)

診療期間

平成14年11月29日から平成15年1月31日まで

(平成15年1月31日治癒)

診療実日数

16日(通院)

傷病名

頚髄損傷

治療法

投薬(薬物療法),理学療法

(3)  原告による障害補償給付支給請求と本件障害補償給付処分

原告は,平成15年2月3日,監督署長に対し,本件災害による傷病について,労働者災害補償保険の障害補償給付支給の請求をした(乙1の1及び2)。

これに対し,監督署長は,平成15年3月11日,原告に残存する障害を労災則別表第1に定める障害等級表上の第9級の7の2(「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」)と認定し,同等級に応ずる障害補償給付を支給する旨の処分(本件障害補償給付処分)をした(乙6,7)。

2  原告の主張

原告が治療を受けた市民病院,労災病院及びg整形の5名の医師は,頸部脊柱管狭窄症を見落としており,これらの誤診に基づいて原告の障害等級を第9級の7の2と認定した本件障害補償給付処分は不当であるから,その取消しを求める。

3  被告の主張

(1)  本件障害補償給付処分が適法であること

障害補償は,障害による労働能力の喪失に対する損失てん補を目的とするものであるから,負傷又は疾病(以下「傷病」という。)が治ったときに残存する当該傷病と相当因果関係を有し,かつ,将来においても回復が困難と見込まれる精神的又は身体的なき損状態(以下「障害」という。)であって,その存在が医学的に認められ,労働能力の喪失を伴うものを障害補償の対象としている(乙14の65頁)。

また,ここにいう「治ったとき」とは,傷病に対して行われる医学上の一般に承認された治療方法をもってしても,その効果が期待し得ない状態(療養4の終了)で,かつ,残存する症状が,自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいうから,障害の程度の評価は,原則として療養効果が期待し得ない状態となり,症状が固定したときにこれを行うこととなる(乙14の65及び66頁)。

原告の残存する障害の状態については,原告の自訴は多彩であり複雑な諸症状を呈しているが,災害の発生状況,傷病名,四肢の痺れ及び痛み,各診療担当医師の所見からして,これらの障害はすべて第4・5頚髄間の損傷に起因して派生しているものと認められ,「せき髄の障害」としてこれらの諸症状を総合評価して,その労働能力に及ぼす影響の程度により障害等級を認定するのが妥当である。原告の障害の状態は,MRI所見にて第4~5頚髄にせき髄変性が認められ,四肢痙性不全まひ等の明らかなせき髄症状を呈しているものであるが,その程度は軽度なものと認められるし,その症状は,療養中からほぼ不変なものであると認められ,現に,療養中にも船舶冷凍設備の修理作業を難儀ながら継続する等,一般的な労働能力は存在するものと認められるから,原告の残存障害は,障害等級表第9級の7の2「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するものであり,本件障害補償給付処分は正当である。

(2)  原告の主張が前提を欠き失当であること

原告の請求の趣旨は,障害等級の認定処分の取消しを求めるものであり,症状の固定を前提としていたものであるが,陳述書(甲16)では治療の継続を求めており,請求の前提事実である症状の固定を自ら否定している。

また,障害補償給付決定を受けた被災者がより上位の等級に該当する障害が存在すると主張して当該決定の取消訴訟を提起した場合には,その者がより上位の等級に該当する障害が存在することを主張立証する責任を負うと解するのが相当であるところ(乙16の795頁),原告は上位の等級に該当する障害が存在することを主張していないので,請求の趣旨に添った監督署長の処分の違法性を主張していないことになる。

結局,原告の主張は,その前提を欠き,主張自体失当である。

第3当裁判所の判断

1  裁判所が認定した事実

前記前提事実のほか,証拠(甲9,16,乙1の1~乙13,乙20の1~乙28,原告供述)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,以下の事実を認めることができる。

(1)  原告の受傷及び治療の経過

ア 本件災害の発生状況等

(ア) 原告(昭和○年○月○日生)は,青森県a市所在の船舶冷凍設備の配管修理を業とする「c社」の事業主であり,労災保険特別加入制度の中小事業主等の特別加入者(労災法33条1号,34条,労災則46条の16,46条の19)である。

(イ) 原告(当時60歳)は,平成14年4月8日午前11時15分ころ,青森県a市所在のd港に着岸していたe船上において,ヘルメットを着用して一人で作業中,パイプを運搬していた際に滑って後ろ向きに転倒し,頸部及び腰部を甲板に強打した(本件災害)。

頸部等を強打した際,原告は意識を失い,意識が戻ってからもしばらく全身が痛くて体を動かせなかったが,徐々に体が少しずつ動くようになり歩けるようになったので,船から降りて自分の車で自宅に帰った。

しかし,夜になっても痛みがとれなかったため,原告は,その日の午後8時ころ,妻に車で当番医であった市民病院に連れて行ってもらい診察を受けた。

なお,本件災害発生当時,本件災害を現認した者はいなかった。

イ 原告の治療経過

(ア) 市民病院

診療期間

平成14年4月8日から同年7月31日まで

診療実日数

7日(整形外科・通院),2日(脳外科・通院)

傷病名

整形外科

中心性頸髄損傷の疑い,頸部挫傷,腰部挫傷,末梢神経障害

脳外科

頭部外傷,頭蓋内出血の疑い

治療法

投薬(薬物療法)

(イ) 労災病院

診療期間

平成14年8月12日から同年11月28日まで

診療実日数

7日(整形外科・通院)

傷病名

中心性頸髄損傷

治療法

投薬(薬物療法)

(ウ) g整形

診療期間

平成14年11月29日から平成15年1月31日まで(平成15年1月31日治癒)

診療実日数

16日(通院)

傷病名

頚髄損傷

治療法

投薬(薬物療法),理学療法

(2)  原告に残存する障害の状態

ア 原告の自訴等

(ア) 原告は,平成15年2月13日,監督署長に対し,障害の程度等について,次のとおり申し立てた(「障害の程度等申立書」・乙17)。

「手が冷えるとペンを握れない」

「足冷えると歩行困難」

「左右の手の握力は回復なし」

「寒い所では手足の痺れがひどく痛む」

「足は歩いている時も感覚なく宙を飛んでいる感じ」

「履き物も今迄のサイズでは圧迫され痺れが余計ひどくなり歩けない」

「サイズの大きい靴を履くと靴の中で足が空を飛び歩けない」

「階段は昇るのは良いが下る時軸足の踏ん張りが弱いので手すり等がないとバランスを崩し落ちることもある」

「特に椅子等程の高さより下りる時バランスを崩して転倒する事の恐怖心で椅子より飛び下る」

「坂道等も登る時は足のかかとに力が加わりアキレス腱が痛む」

「下る時前脛骨筋が痛む」

「起床後時間経過するにつれ痛みが増す」

(イ) 原告は,平成15年2月13日,b労働基準監督署の担当調査官に対し,日常生活の状況及び自訴について,次のとおり述べた(「日常生活の状況及び自訴調査票」・乙18)。

a 運動能力:介助不要

屋外で行動できる(腰部から下肢にかけてのしびれが強く,踏ん張りが弱いため,階段を下る際は手すり等がないとバランスを崩して転落することがある。椅子程度の高さでも不安である。通常歩行はしびれはあるが可能。走るのは無理。車の運転を主治医から止められてはいないが,1時間以上続けるのは怖い。)

b 食事:介助不要

支障がない(寒いところでは箸がうまく使えないことがある)

c 入浴 施設改善の有無:無

支障がない

d 用便 施設改善の有無:無

排便・排尿とも支障がない

e 精神能力:正常

f 言語能力:正常

g 衣服脱着

支障がない(ボタンがけ等細かい部分には不便を感じる。)

h 就労状況

就労していない(以前と同様の作業ができず,注文者との信頼関係もあるため)

i その他参考事項

「障害の程度等申立書」記載のとおり

(ウ) 原告は,平成15年5月1日,青森労働者災害補償保険審査官(以下「審査官」という。)に対し,自己の労働能力について,「独力では一般平均人の2分の1未満に労働能力が低下しているもの」であるとした上,要旨,次のとおり申し立てた(「障害の程度等の申立書(追加)」・乙9)。

a 車の運転について

足,腰,膝が痛み運転業務がかなり制限され持続力も一般の者より著しく劣る。また,車酔いをするようになり嘔吐することもたびたびある。

座席に座っていると腰,膝等も痛くなるので,信号待ちの間に手でマッサージしながら10分~15分位の道のりならなんとか運転できる。

しかし長距離を走る場合,信号のほとんどない所では30分も連続して運転すると,腰から下,特に足の指先が痛くなり,がまんできなくなる。そのためいったん停車し,腰,膝,指先等をマッサージしながら車内で休む。そして再度発進するが,20分も走るとまた同じように痛くなり運転できなくなる。

以前は車酔いなどすることはなかったのに本件災害後は車酔いがひどくなり,車中で嘔吐してしまうこともたびたびあり,時間がかかりそうな時は食事をしないで運転している。

b 尿路機能障害(トイレの問題)について

本件災害前は,尿便意を感じても少しの間は我慢できたが,本件災害後は,特に小便を我慢することができなくなり,水分をとるとすぐに尿意がする。油断すると尿失禁の状態となり,外出時などは不安となり,飲食を控えるようにしている。

c 疼痛及び感覚異常について

軽易な労働以外の労働に常に差し支える程度の疼痛がある。背中から両脇にかけ,腰から膝,足の指先と下になる程痛みがひどい。

足の指先などは常にホッカイロ等で温めていないと痛みがひどく,冷える時などは痛みを通り越し,感覚がなくなってしまう。

手の指先も同じく感覚がなくなるので,ペンなどを握るときはストーブ等で暖めないと字も書けない。これらの繰り返しのため最近,とくに精神的に参っている。

就寝時,仰向けで膝を伸ばしきった姿勢で10分も経過すると腰より下が痛くなってくる。横になり膝を曲げたりもするが,同じ体勢では痛くなり,熟睡できない。また,膝,足が痛むので正座はできない。

シャツ等の前ボタン5個ある内の下3個は両手でやっと掛けられるが,上2個は掛けることができない。また,手首のボタン等は片手のため全然掛けられない。

d 運動機能(腕の力,足の力)の減退について

物を持ち上げる力も本件災害前の半分以下になった。以前は18リットル入りの灯油缶を2個同時に持ち上げて歩くことが可能だったが,現在は両手を使って1個の灯油缶を持ち上げるのがやっとで,とても持って歩くことなどできない。

道路を歩くのも以前は500メートル程の道のりを4分位で歩けたのに,今は連続して歩けないので休み休み15分はかかってしまう。信号のある片側3車線の横断歩道などは直前で一時足を休ませてからでないと渡り切れないようになった。幅員の広い道路は怖くて渡れないでいる。

(エ) 原告は,平成15年6月9日,審査官に対し,要旨,次のとおり述べた(「聴取書」・乙3,「審査請求審理調査書」・乙4)。

a 「障害の程度等の申立書(追加)」に記載した症状は,監督署へ提出した「障害の程度等申立書」を補強したものであり,監督署に提出した以降に新たに症状が出現したものではない。

b 決定された障害等級第9級の7の2では不服であり,私の症状は少なくても第7級の3以上に該当するものと思う。

c それぞれの症状については,医師に話してあるが,しょうがないという感じで取り合ってくれず,何の治療もしてくれなかった。

d 労災病院のH副院長に治療方法について聞いたが,「手術をしても良くなるとは限らない,後遺症は残る。」と言われ,手術ができないのであればとg整形に替わった。

e g整形のI医師に,「症状は安定し固定している。後遺症の補償が出る。」と言われ,治療を打ち切って障害補償を請求したものである。首自体は痛くもなんともない。

f 今,一番困っていることは,手・足の痛みである。常時引っ張られるような痛みがあり,同じ姿勢をとり続けるのが難しい。

g 歩くのが非常につらい。歩くよりは車に乗るほうが楽なので,車(業務用トラックでマニュアル車)を使っている。

h 負傷時にしていた仕事は,その後療養中に時間をかけて完成させた。

i 今も軽い作業はやっているが,非常に時間がかかるので,期限に追われた仕事は請けられない。ボルトにナットを通すのに,ナットを5個も6個も持ってやらないと直ぐに落としてしまう状態で,指先の感覚がない。

j (アフターケアについて)g整形で月2回投薬を受けている。薬の名称は知らないが,毎食前1錠・食後2錠飲んでいる。痛みのため眠れないといったら精神安定剤と思われる薬をくれ,毎日就寝前に1錠飲んでいるが,あまり効き目はない。

k 精神の障害はないと思う。負傷当初,市民病院で脳外科の診察も2回受け,CTも撮ったが,異常なしであった。

イ 原告の担当医らの所見等

(ア) g整形I医師の診断内容(乙1の2)

a 傷病名 頚髄損傷

b 障害の部位 四肢しびれ

c 療養の内容及び経過

「H14.4.8受傷し,H14.11.29当院受診。C5以下でMMT5-レベル。シビレあり,リハビリ,内服による保存的加療施行した。症状は,ほぼ不変で安定状態であった。」

d 障害の状態の詳細

「握力 右30kg 左31kg(病前60kg前後とのこと)

MMT 5-レベル

Th10以下よりシビレ感増悪

anal refrex +

ROM:full,特に可動域制限なし」

(イ) g整形I医師の所見(乙20の1及び2,乙21)

a 原告の主訴及び自覚症について

頸部以下での全身のしびれ感,感覚低下あり。筋力の低下も認められる。

b 頚髄損傷の部位及び症状の程度(感覚異常の状態)について

患者の脊損の状態については,骨の損傷がないため,レントゲン写真の画像上には現れない。労災病院でMRIを実施しており,その結果,第4頸髄と第5頸髄との間に明らかな損傷が認められる。症状は第5頸髄以下全身のしびれ感であり,特に第10胸髄以下でしびれ感が増悪していると認められる。

c 障害の程度について

しびれ感により特に高所作業は危険であると認められることから,一般的労働能力はあるが,明らかな脊髄症状が残存し,就労の可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるものの状態に該当する。

d アフターケアの要否について

今後,症状の軽減の目的のために,内服加療を必要とする見込みがある(薬剤:筋弛緩剤,鎮痛・消炎剤等)。筋弛緩剤等の投与が必要であると認められる。

(ウ) 労災病院H医師による診断内容の補足説明(乙22)

a C5以下…第5頸髄以下

b Th10以下…第10胸髄以下

c anal reflex+…+は正常,-は不全を意味する。

d 診断書記載のMMT5-レベルとは,0~5の6段階に0以外には+-が付く11段階評価で,MMT5-は5+の次順位であるが,症状の相違は主観的なもので,さほど症状に相違はない。

e XP青コピー(レントゲン写真を写真湿式複写機でコピーしたもの)からは損傷の部位・程度は不明である。

(エ) 市民病院J医師の所見(乙23,25)

a 初診時の自訴及び他覚症状診断に係る所見について

「主訴:右上下肢のシビレ(4/8救急室)

4/11両手の動きにくさ,四肢のシビレ,他覚的には反射は正常,筋力も正常でした。」

b 中心性頸髄損傷の疑い,頸部挫傷,腰部挫傷,末梢神経障害(整形外科)及び頭部外傷,頭蓋内出血の疑い(脳外科)と診断した検査結果等の医学的根拠に係る所見について

「転倒時,頸部と腰部を打撲しておりますが,レントゲン上骨折等はないため頸部,腰部挫傷となっています。

中心性頸髄損傷の疑いについては,4/9当科受診時,右手の脱力やシビレがあり,中心性頸髄損傷の疑いとしています。その他,4/11のMRIにて中心性頸髄損傷と思われる輝度変化が認められています。」

c 治療方法・内容に係る所見について

「中心性頸髄損傷のため,頸椎カラーの装着,仕事は休む,内服等の治療を行いました。」

d 転院時の症状及び将来残存すると思われた障害の状態に係る所見について

「7/31転院,シビレ。中心性頸髄損傷の改善によりますが,残るとすればシビレと思われます。」

e その他,請求人の申立書等に係る参考所見について

記載なし

(オ) 労災病院H医師の所見(乙24,26)

a 初診時の自訴及び他覚症状診断に係る所見について

「四肢シビレ,特に両前腕~手指,両下肢の知覚鈍麻がみられます。四肢反射の亢進が著明です。しかし,筋力は両上下肢ともほぼ正常でした。JOAスコアーは12点/17点でした。」

b 中心性頸髄損傷と診断した検査結果等の医学的根拠に係る所見について

「四肢痙性不全まひ。MRI所見にてC4~5に脊髄変性がみられます。」

c 治療方法・内容に係る所見について

「シビレに対するメチコバール(0.5)3丁/dayの投与。四肢筋力強化,ADL訓練を主体としたリハビリテーション。」

d 転院時の症状及び将来残存すると思われた障害の状態に係る所見について

「平成14年11月28日g整形外科へ本人希望により紹介した。四肢痙性不全まひ。将来残存の見込み等本人に説明しました。」

e その他,請求人の申立書等に係る参考所見について

「平成15年7月17日再診時,臨床所見は当科初診時と不変でした。平成15年7月31日MRI所見も前回と同様C4~5の脊髄変性がみられます。」

(3)  本件訴訟が提起されるまでの経緯

ア 原告は,平成15年2月3日,監督署長に対し,本件災害による傷病について,労働者災害補償保険の障害補償給付支給の請求をした。

これに対し,監督署長は,平成15年3月11日,原告に残存する障害を労災則別表第1に定める障害等級表上の第9級の7の2(「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」,障害補償年金が支給されず,障害補償一時金として給付基礎日数の391日分が支給されるもの)と認定し,同等級に応ずる障害補償給付(給付基礎日額5000円×391日分=195万5000円)を支給する旨の処分(本件障害補償給付処分)をした(乙6)。

イ 原告は,平成15年5月1日,審査官に対し,本件障害補償給付処分について,「b労働基準監督署長が平成15年3月13日付けで行った障害等級第9級の7の2の認定を,第7級の3(「神経系統の機能又は精神に障害を残し,軽易な労務以外の労務に服することができないもの」,障害等級認定基準・昭和50年9月30日付け労働省労働基準局長通達〔昭和56年1月31日付け基発第51号により一部改正,平成15年8月8日付け基発第0808002号による改正前のもの〕によれば,独力では一般平均人の2分の1程度に労働能力が低下しているものと認められ,「労働能力が一般平均人以下に明らかに低下しているもの」に該当するもの,障害補償年金として1年につき給付基礎日額の131日分が支給されるもの)以上の認定に変更決定することを求める」ことを審査請求の趣旨とする労働保険審査請求をした(乙8,9)。

これに対し,審査官は,平成15年9月19日,本件障害補償給付処分は妥当であって,これを取り消すべき理由はないとして,審査請求を棄却する決定をした(乙10)。

ウ 原告は,これを不服として,平成15年11月11日,労働保険審査会会長に対し,労働保険再審査請求をし(乙11),平成16年1月8日,再審査請求の趣旨を「b労働基準監督署長が平成15年3月13日付けでした障害補償給付の支給に関する処分を取り消すとの裁決を求める。」とする補正をした(乙12)。

これに対し,労働保険審査会は,平成17年8月19日,本件障害補償給付処分は妥当であってこれを取り消すべき理由はないとして,再審査請求を棄却する裁決をした(乙13)。

エ 原告は,平成18年2月15日,本件障害補償給付処分の取消しを求めて青森地方裁判所に本件訴訟を提起した。

2  本件障害補償給付処分の違法性について

上記認定事実によれば,労災病院でのMRIにより第4頸髄と第5頸髄との間に明らかな損傷(脊髄変性)を認めることができるほか,原告に残存する主な障害として,①四肢のしびれ感があること(第5頚髄以下全身にしびれ感が残存し,特に第10胸髄以下でしびれ感が増悪しており,背中から両脇にかけ,腰から膝,足の指先と下になるほど痛みがひどい。),②左右の手の握力が低下したこと(重いものを持てず,特に寒冷時には指先の感覚がないため,ペン等が握れず,ボタン掛け等の細かい作業ができない。),③歩行が困難となったこと(長時間歩行は困難であり,階段を降りる際にバランスを崩す。),④車の運転が困難となったこと(30分以上の連続運転となる長距離走行は困難であり,車酔いによりたびたび嘔吐するようになった。),⑤尿便意が近くなったこと(特に尿意)を認めることができる。

他方,上記認定事実によれば,その程度については,原告が負傷時に行っていた船舶冷凍設備の修理作業を療養中に継続して時間をかけながらも完成させたこと,原告(事故時60歳)が負傷後も時間はかかるものの軽度の作業は行っていたこと,MMT(徒手筋力テスト)の結果は「5-レベル」と正常であること,ROM(関節可動域測定)の結果も「full」であり,特に可動域の制限はないこと,JOAスコアー(頚髄症判定基準)の結果も「12点/17点(17点中12点)」と比較的軽度なものであることなどを認めることができる一方,しびれ感により特に高所作業は危険であることなども認めることができる。

以上の事実によれば,原告の障害の状態は,一般的な労働能力は存在するものの,第4頸髄と第5頸髄との間にせき髄変性があり,四肢痙性不全まひ等の明らかなせき髄症状を呈していることにより,高所作業等を行うことは困難であるものと認めることができるから,「一般的労働能力はあるが,明らかなせき髄症状が残存し,就労の可能な職種の範囲が相当な程度に制限されるもの」(障害等級認定基準・昭和50年9月30日付け労働省労働基準局長通達〔昭和56年1月31日付け基発第51号により一部改正,平成15年8月8日付け基発第0808002号による改正前のもの〕・乙28)に該当し,「神経系統の機能又は精神に障害を残し,服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」(労災則14条1項,別表第1障害等級表第9級の7の2)に該当するものと認めるのが相当である。

したがって,本件障害補償給付処分が違法であり,これを取り消すべきであると認めることはできない。

これに対し,原告は,頸部脊柱管狭窄症を見落として原告の障害等級を第9級の7の2と認定した本件障害補償給付処分は不当である旨主張するが,監督署長は,原告の障害等級を認定するに当たり,原告が頸部脊柱管狭窄症による症状であると主張する症状も踏まえて障害等級の認定を行っているのであるから,仮に本件障害補償給付処分の前提とする傷病名によっては原告に残存する障害について説明しきれない部分があったとしても,そのことにより本件障害補償給付処分が違法となるものではない。

3  結論

以上によれば,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)

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