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青森地方裁判所 平成18年(行ウ)2号 判決 2006年6月02日

主文

1  本件訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

被告が平成18年2月20日に作成した選挙人名簿の別表記載の各選挙人の登録に関する原告の異議の申出につき,これを棄却する旨の被告による同月23日付けの決定を取り消す。

第2事案の概要

1  本件は,被告が公職選挙法22条2項に基づき平成18年2月20日付けで行ったA村の選挙人名簿の登録に関し,選挙人である原告が,A村内に住所を有していない別表記載の23名(以下「本件選挙人ら」という。)が登録されているのは違法であると主張して,被告に対し,同法24条1項に基づき,異議の申出をしたところ,被告がこれを棄却する決定をしたため,同法25条1項に基づき,その取消しを求めた事案である。

2  証拠(甲A1,乙1,乙7)及び弁論の全趣旨によれば,本件で前提となる事実として,次の事実を認めることができる。

(1)  原告は,A村の選挙人である。

(2)  被告は,公職選挙法22条2項に基づき,平成18年2月20日付けで,A村議会議員選挙の施行にかかる選挙人名簿の登録を行い,同法23条1項に基づき,選挙人名簿に登録した者の氏名,住所等を縦覧に供した。

(3)  原告は,平成18年2月21日,被告に対し,本件選挙人らはいずれもA村内に生活の本拠を有しておらず,被登録資格がないとして,公職選挙法24条1項に基づき,異議の申出をした。

(4)  被告は,平成18年2月23日,本件選挙人らについては調査の結果いずれも選挙人名簿に登録することが適当であると認めたとして,原告の異議の申出を棄却する決定をした(甲A1)。

(5)  本件選挙人らは,いずれも平成17年12月2日までにA村の選挙人名簿に登録されていた者である(乙1)。

3  争点

(1)  本件選挙人らの登録に関する不服が公職選挙法24条1項の異議の申出及び同法25条1項の訴訟の対象となるか

ア 被告の主張

公職選挙法では,永久選挙人名簿制度を採用し(19条1項),選挙管理委員会は,毎年3月1日,6月1日,9月1日,12月1日を基準日としてする定時登録と,選挙を実施する際に原則として告示日の前日を基準日としてする選挙時登録により,選挙人名簿の追加登録を行い(19条2項,22条),その都度,追加登録者の氏名及び住所等を縦覧に供することとされ(23条),選挙人は,この登録に関し不服があるときは,縦覧期間内に選挙管理委員会に対し異議を申し出ることができ(24条1項),その異議の申出に対する選挙管理委員会の決定に不服があるときは,訴訟(名簿訴訟)を提起することができるとされている(25条1項)。

このように,公職選挙法24条1項の異議の申出をすることができるのは同法23条の縦覧期間内に限られており,縦覧の対象は追加登録者の氏名及び住所等であることからすれば,本件においては,平成18年2月20日の選挙時登録の際の追加登録のみが,異議の申出及びこれを前提とする名簿訴訟の対象となるに過ぎない。

本件選挙人らのうち,別表6番の者は平成17年8月29日の第44回衆議院選挙の際の選挙時登録において,別表23番の者は同年12月2日の定時登録において,それぞれ選挙人名簿に登録された者であり,その余の者はいずれも平成15年6月2日の定時登録以前に選挙人名簿に登録されていた者であって,平成18年2月20日の選挙時登録までに既に選挙人名簿に登録されていた者であるから,そもそも異議の申出の対象とならず,これを棄却する決定の取消しを求めて原告が訴訟を提起することはできない。

なお,原告が引用する最高裁判決(最高裁判所昭和60年1月22日判決・判例時報1144号67頁・甲A3)は,選挙時登録の際の被登録資格の調査に関するものであり,選挙管理委員会が住所の有無等につき調査すべき対象は追加登録者に限られることを前提としており,以前から既に選挙人名簿に登載されている者についてまで調査の義務があると述べたものではない。

イ 原告の主張

現行の永久選挙人名簿制度では,いったん選挙人名簿に登録されれば,法定の手続により抹消されない限り,その登録は永久に効力を有することとされているが,昭和41年の公職選挙法改正以前には,毎年調製され,1年限り効力を有する基本選挙人名簿と,選挙時に調製され,基本選挙人名簿の有効期間内に限り効力を有する補充選挙人名簿があり,いずれも名簿訴訟の対象とされていた。これは,登録内容の誤りを是正する点において基本選挙人名簿と補充選挙人名簿との間に差異を設ける必要はないからである。この理は上記法改正後も何ら変わりはなく,当該市町村内に住所を有しない者を選挙人名簿から抹消する必要性があることにつき,実際には転入していない者が追加登録された場合と,登録された後に転出したにもかかわらず抹消されていない場合との間で差異はない。したがって,同法22条に基づく追加登録のみならず,従前からされている登録についても,同法24条1項の異議の申出及び同法25条1項の名簿訴訟の対象となると解されなければならない。名簿訴訟は,選挙人名簿の誤載又は脱漏を争い,これを修正させることを目的とする制度であり,かかる目的に照らしても,その対象を同法22条に基づく追加登録に限定すべき理由はない。同法28条において,法定の抹消事由として追加登録の抹消と従前の登録の抹消を区別していないのも,いずれの場合も異議の申出及び名簿訴訟の手続を経ることがあり得ることを前提としたものと解される。

また,選挙管理委員会は,当該市町村の選挙人名簿に登録される資格を有する者に関する調査義務があるとされており(公職選挙法21条),この義務は,同法22条に基づく追加登録に限定したものではないから,選挙人名簿の登録後に住所を移転して登録要件を失った者が多数登録されていることを疑うべき事情があるのに,選挙管理委員会が調査をせず,あるいは外形的調査にとどまって実質的調査を行わないときは,上記調査義務を一般的に怠ったものとして,選挙人名簿の調製手続全体に通ずる重大な瑕疵があるとされ、当該選挙人名簿に基づき行われた選挙が無効と評価されることもあり得る(前記最高裁判所昭和60年1月22日判決参照)。すなわち,同法24条1項の異議の申出の対象を限定する被告の主張によれば,選挙人名簿の誤載を修正する機会を奪い,誤載が累積して選挙自体が無効となる事態を招来しかねないのであり,火事場に臨んだ者に対して小火のうちは消火するなというに等しい。本件においても,被告は,原告ほか4名の選挙人が同法29条3項に基づき調査を請求した131名につき,調査書の提出や調査員による聞き取りなどの外形的調査により安易に居住実態があると判断しており,選挙人名簿の誤載を是正することに前向きな姿勢を有しているとはいえず,選挙人名簿の誤載が累積されていくがい然性が極めて高い。

(2)  本件選挙人らがA村内に住所を有するといえるか

ア 原告の主張

(ア) 選挙人名簿の登録の要件である「当該市町村の区域内に住所を有する」(公職選挙法21条1項)とは,登録基準日において当該市町村の区域内に現実に住所を有するという意味であり,住所は,その生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心をもって判断すべきであり,私生活の住所,事業活動面の住所,政治活動面の住所等を分離して判断すべきではない。また,生活の本拠の認定は客観的居住の事実を基礎とすべきであり,夫婦及び子は,特に生活の根拠を別にしていると認めるべき事情がない限り,その住所は同一と推認すべきである。

(イ) これを本件について検討すると,例えば,別表番号1のB及び同番号2のCについては,次のとおりである。

上記両名は,夫婦であり,平成10年12月19日生まれの長女と,同16年1月16日生まれの長男をもうけているから(甲B1の1),家族であるC,B,長男及び長女は同居しているものと推認される。

D市の水道供給契約名義人はCであり,水道供給契約上の住所も同所である(調査嘱託に対するD市水道部の回答結果)。

また,同所の電力供給契約名義人もCであり,電力供給契約上の住所も同所である(調査嘱託に対するE株式会社D営業所の回答結果)。

更に,同所に付属する駐車場には,C名義の自動車が駐車されている(甲B1の3~6)。

加えて,A村の前村長であるFは,平成18年1月6日に同村議会議長に対して辞表を提出し,辞職したところ(甲B1の18,19),Cは,「私自身,家庭の事情で,前村長辞職まで村外(D市)に住んでいた。」と述べている(甲B1の7~11)。Cは,平成15年9月25日にも,同村議会議員に対して同旨の釈明をしている(甲B1の12)。

これらを総合すると,B及びCの住所は,遅くとも平成18年1月6日までは,D市に在ったものと認められる。

(ウ) 結局,本件選挙人らは,別表「登録住所」欄に住民登録をしているが,別表番号1ないし6,10,12,13,17ないし19,21ないし23記載の者は,それぞれ別表「現住所等」欄記載の場所を生活の本拠としており,その余の者も,現時点における生活の本拠を確認することはできないものの,いずれも住民登録上の住所に居住していないというべきである。

イ 被告の主張

(ア) 被告は,原告ほか4名の選挙人から本件選挙人らを含む131名の選挙人につき公職選挙法29条3項に基づく調査の請求を受けて,調査対象者に対し,選挙人名簿に記載されている住所地あてに調査依頼書を郵送し,同所に居住しているか否かを記載した調査書の提出を求めることにした。そして,調査書を提出しなかった者や,調査書の記載内容が不明確な者については,調査事務専従者を選任して実態調査を行った。その結果,本件選挙人らについては,A村内に居住実態があると判断した。ただし,別表3番及び4番の2名については,原告の異議の申出を棄却する決定をした後に実態調査が完了し,居住実態のないことが確認されたため,投票用紙を交付しなかった。

(イ) なお,Cは,A村村長選挙において当選した者であるが,村長選挙において反対陣営に立つ者が,Cについて,公職選挙法237条1項の無資格投票の事実があるとして刑事告発をしていた。しかし,青森地方検察庁D支部は,平成18年3月2日,Cに対し,不起訴処分とする告知をした(乙9)。また,Cは,上記告発事件について偏向報道と受け取られかねない報道をしたG社に対し,訂正の申入れをしている(乙10)。

第3当裁判所の判断

1  争点1(公職選挙法25条1項の訴訟の対象性)について

(1)  公職選挙法の規定の解釈

ア 公職選挙法25条1項は,同法24条1項の異議の申出に対する選挙管理委員会の決定に不服がある者は出訴をすることができる旨規定し,同法24条1項は,「選挙人は,選挙人名簿の登録に関し不服があるときは,縦覧期間内に,文書で当該市町村の選挙管理委員会に異議を申し出ることができる。」と規定しているところ,同法24条1項にいう「登録」が前回の登録以降新たに被登録資格を備えた者(追加登録者)の新規登録のみをいうのかどうかが争われているので,以下において,検討する。

イ 公職選挙法19条1項によれば,選挙人名簿は,各選挙を通じて一つで,永久に据え置くものとされており,選挙人がいったん選挙人名簿に「登録」をされると,その「登録」は継続的に効力を有し,死亡や当該市町村の区域外への転出等の法定の事由により同法28条の規定に基づき抹消されない限り,その「登録」の効力が失われることはないものと解される(永久選挙人名簿制度)。

このような永久選挙人名簿制度の下においては,いったん選挙人名簿に登録された者(既登録者)についてはそれ以後改めて「登録」をする必要がないことになるから,公職選挙法22条の定時登録及び選挙時登録にいう「登録」のみならず,同法24条1項にいう「登録」も,前回の登録以降新たに被登録資格を備えた者(追加登録者)の新規登録のみをいうものと解するのが自然である。

ウ また,既登録者の登録内容の適否に関して,公職選挙法は,選挙管理委員会が選挙人名簿の記載内容に変更や誤りがあることを知ったときはこれを修正又は訂正し,被登録資格を喪失した者については職権でその登録を抹消しなければならないと規定するとともに(同法27条2項,28条),選挙人は,選挙人名簿の抄本を閲覧することができ(同法29条2項),選挙管理委員会に対して,選挙人名簿の修正に関し,調査の請求をすることができるとしている(同法29条3項)。しかし,その調査結果に対しては選挙民の不服申立手続や訴訟の制度を設けてはいない。すなわち,異議の申出(公職選挙法24条)や訴訟(同法25条1項)に関する条文は,「登録」(同法22条)及びその「縦覧」(同法23条)に関する条文の直後に位置しており,上記の登録の抹消の条文(同法28条)の後には位置していない。

これらの公職選挙法の条文の位置や構造等からすると,既登録者の登録内容については,上記の選挙人による選挙人名簿の抄本の閲覧及び選挙管理委員会に対する調査の請求等に支えられた選挙管理委員会の職権による登録の抹消制度(同法28条)を通じて,その適正の維持を図るというのが公職選挙法の趣旨であるものと解される。

エ 以上の検討によれば,公職選挙法25条1項の訴訟においては,選挙管理委員会がした追加登録者の「登録」に関する不服のみを審判の対象とするものであり,既登録者の登録に関する事項は審判の対象にはならないものと解するのが相当である(横浜地方裁判所平成16年(行ウ)第48号同年11月24日判決,徳島地方裁判所平成9年(行ウ)第11号平成10年3月27日判決参照)。

(2)  原告の主張について

ア これに対し,原告は,「当該市町村内に住所を有しない者を選挙人名簿から抹消する必要性があるのは,追加登録者についても既登録者についても同様であり,両者の間で差異を設ける理由はなく,選挙人名簿の誤載又は脱漏を争い,これを修正させるという目的に照らしても,追加登録のみならず既登録者の登録についても異議の申出及び名簿訴訟の対象となると解されなければならず,その対象を限定すると,選挙人名簿の誤載を修正する機会を失い,ひいては誤載が累積して選挙自体が無効とされる事態になる可能性もある。」旨主張する。

イ しかしながら,そもそも,公職選挙法25条1項に基づく訴訟は,選挙人たる資格に基づき,他の選挙人につき選挙管理委員会がした選挙人名簿の登録に関し争うことができるもので,自己の法律上の利益にかかわらない資格で,国又は公共団体の機関の法規に適合しない行為の是正を求める民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)の一種であり,法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起することができるにとどまるものであるところ(同法42条),その法律である公職選挙法が,前記のとおり選挙人名簿の登録内容に関する訴訟につき,その審判の対象を追加登録者の「登録」に関する不服に限定し,既登録者の登録内容に関する不服を訴訟で争う制度を設けていない以上,既登録者の登録内容に関する事項を訴訟の審判の対象とすることはできないものといわざるを得ない。既登録者についても追加登録者と同様に被登録要件を失った者を抹消する必要性があり,これを職権抹消の制度のみならず選挙民による訴訟制度により図るのが相当である旨の原告の主張は,立法政策の当否の問題であるというほかない。

なお,原告が引用する判例(最高裁判所昭和58年(行ツ)第148号昭和60年1月22日第三小法廷判決・民集39巻1号44頁)は,公職選挙法22条2項に基づく選挙時登録における追加登録者の被登録要件に関する選挙管理委員会の調査に関するものであり,既登録者の被登録要件に関する本件とは事案を異にする。また,既登録者について審判の対象性を否定し続けると選挙人名簿に被登録要件を欠く者が多数登録されるようになった段階において一挙に選挙自体が無効になる可能性がある旨の原告の主張についても,それは立法政策の当否の問題であって,それを根拠に既登録者に関する事項を公職選挙法25条1項の訴訟の審判の対象に含まれると解することはできない。

したがって,原告の上記主張を採用することはできない。

2  結論

以上によれば,選挙時登録より前に既に選挙人名簿に登録されていた者である本件選挙人らの登録に関する事項は,公職選挙法24条1項の異議の申出及びこれを前提とする同法25条1項の訴訟の審判の対象とはならず,これを審判の対象とする本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)

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