大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 平成18年(行ウ)7号 判決 2007年6月01日

主文

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

1  上北地域県民局長が平成18年3月9日付けでした株式会社Aに対する同日から平成19年3月8日までの砂利採取計画の認可を取り消す。

2  上北地域県民局長は,青森県a市b番における砂利採取について,株式会社Aその他の者に対する砂利採取法16条による採取計画の認可をしてはならない。

第2事案の概要

本件は,条例の改正に伴う経過措置により上北地域県民局長が行ったものとみなされる,十和田県土整備事務所長が砂利採取業者である分離前共同被告株式会社A(以下「A」という)に対して平成18年3月9。日付けでした原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)における砂利採取計画の認可(以下「本件認可」という。)について,原告が,本件認可はAにより偽造された採石権設定契約書に基づいてされた違法なものであるなどと主張して,本件認可の取消しを求める(以下「本件認可取消しの訴え」という。)とともに,本件認可に係る採取期間経過後もなお継続してAに対する砂利採取計画の認可がされるがい然性があるなどと主張して,本件土地におけるAその他の者に対する砂利採取法16条による採取計画の認可の差止めを求めた(以下「本件差止めの訴え」という。)という事案である。

その中心的な争点は,(1)本件認可取消しの訴えが鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律50条所定の裁決主義に反する不適法なものであるかどうか,(2)本件認可が砂利採取法の諸規定に反する違法なものであるかどうか,(3)本件差止めの訴えが「一定の処分…がされようとしている場合」(行政事件訴訟法3条7号)に該当するかどうか,(4)本件差止めの訴えが訴訟要件である「重大な損害を生ずるおそれがある場合」に該当し,その例外事由とされている「その損害を避けるため他に適当な方法があるとき」に該当しない(同法37条の4第1項)といえるかどうか,(5)本件差止めの訴えが本案差止判決の要件である「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」(同条第5項)に該当するかどうかである。

1  前提事実

以下の事実は,括弧内に記載した証拠若しくは弁論の全趣旨により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。

(1)  当事者等

ア 原告は,本件土地の所有者である(甲1)。

イ Aは,昭和49年に設立された盛土整地工事等の業務を目的とする株式会社であり,昭和51年12月10日に砂利採取業者として登録されている(甲2,乙1)。

ウ 本件認可当時,青森県知事から砂利採取法16条に規定による採取計画の認可権限の行使を委任されていたのは十和田県土整備事務所長であったが,平成19年4月1日施行の青森県行政機関等設置条例の一部を改正する条例により,同認可権限の行使は上北地域県民局長に委任されることとなるとともに,その施行日前においてAが行った十和田県土整備事務所長に対する本件認可の申請及び同所長が行った本件認可は,それぞれ上北地域県民局長に対して行い又は同局長が行ったものとみなされることとなった(乙3の1~乙4の2。以下,上記条例の施行日前に行われた本件認可に係る部分については,その処分行政庁を「十和田県土整備事務所長」と表記する。)。

(2)  Aによる本件認可の申請

Aは,十和田県土整備事務所長に対し,本件土地について原告との間で締結したとする平成17年10月5日付け採石権設定契約書(以下「本件採石権設定契約書」という。)の写し等を添付した平成18年2月28日付け採取計画認可申請書を提出し,本件認可の申請をした(乙1)。

本件採石権設定契約書の記載によれば,原告がAに対して本件土地について砂利採取のための採石権を設定し,その存続期間を砂利採取法に基づく最初の認可の日から3年間としていた(甲3,乙1)。

(3)  十和田県土整備事務所長による本件認可

十和田県土整備事務所長は,平成18年3月9日,Aに対し,本件認可をした(甲2,乙1)。

本件認可の概要は,採取期間を平成18年3月9日から平成19年3月8日までとし,採取をする砂利の種類及び数量を総数量3万2399立方メートル(砂2万9817立方メートル,土・その他2582立方メートル)とするなどというものである(甲2,乙1)。

(4)  Aによる砂利採取及び搬出

Aは,平成18年3月9日以降,本件土地において,相当量の砂利を採取し,搬出した(甲4,7)。

(5)  本件訴訟の提起

原告は,平成18年9月7日,本件認可について,砂利採取法40条に基づく公害等調整委員会に対する裁定の申請を経ることなく,本件訴訟を提起した(弁論の全趣旨)。

2  原告の主張

(1)  本件認可取消しの訴えについて

ア 申請手続の違法性

砂利採取法16条による砂利採取計画の認可を受けるためには,同法18条2項により要求されている採取区域に係る権原を有することを証する書面を申請書に添付する必要があるが,Aは,本件採石権設定契約書を偽造して添付するという不正な手段を用いているから,本件認可は違法である。原告は,Aとの間で,平成16年夏ころから採石権設定契約の締結交渉をし,Aから採石権設定代金として200万円の提示を受け,内金として20万円を受領しているが,その後,原告の三男であるBを介して,600万円以上を要請しており,権利設定の合意には至っていない。

イ 砂利採取法19条違反による違法性

本件認可は,Aに採取権原がないことを看過して行われたことにより,本件土地の所有者である原告に対して危害を及ぼしているから,砂利採取法19条に違反するものであり,違法である。

(2)  本件差止めの訴えについて

ア Aに対する認可のがい然性があること

偽造された本件採石権設定契約書においてAが平成21年3月8日まで採石権を有するとされていること,Aが原告との話合いに応じないばかりか砂利採取の中止を求める通知を受けた後も砂利採取を強行していること,平成18年3月9日にAに対して本件認可がされていることからすれば,平成19年3月9日以降もAに対して砂利採取計画の認可がされるがい然性がある。

イ 救済の必要性があること

本件認可に基づくAの砂利採取により本件土地の砂利は相当程度消失しており,採取された砂利が搬出されてしまえばこれを取り戻すことは困難である。このままAによる砂利採取を放置すれば,本件土地の砂利が存在しなくなり,何ら金銭的価値の存在しない土地が残るだけであって,原告に重大な損害が生ずる可能性が極めて高い。

また,本件認可は採取期間を1年間としているため,個々の認可に対して個別に取消訴訟を提起したとしても,結審までに認可期間が経過して狭義の訴えの利益を喪失することにより司法救済を受けることができなくなるがい然性が類型的に高く,取消訴訟制度のみによっては何ら抜本的解決を得ることができないおそれがある。

3  被告の主張

(1)  本件認可取消しの訴えについて

ア 本案前の主張(裁決主義違反)

本件認可は砂利採取法16条に基づくものであり,同条の規定による処分に不服がある者は,公害等調整委員会に対して裁定の申請をすることができるところ(同法40条1項),同委員会による裁定の手続について定めた鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律50条は,原処分の取消しの訴えの提起を許さず裁決取消しの訴えのみの提起を認める旨規定している(裁決主義)。

本件認可取消しの訴えは,裁決主義に反するものであり,訴訟要件を欠く不適法なものであるから,却下されるべきである。

イ 本案の主張(本件認可が適法であること)

(ア) 申請手続の違法性の主張に対して

砂利採取法16条に基づき砂利採取計画の認可を受けようとする砂利採取業者は,申請書を提出するに際し,砂利の採取計画等に関する規則(以下「認可規則」という。)3条2項7号所定の「砂利採取場で砂利の採取を行うことについて申請者が権原を有することまたは権原を取得する見込みが十分であることを示す書面」を添付しなければならないが(同法18条),これ以外に,砂利採取法及び認可規則上,認可申請を審査するに当たり,私法上の権利関係である申請者の採取権原の有無を審査する義務を都道府県知事に負わせる規定はない。また,都道府県知事には採取権原の有無を最終的に判断する権限はなく,認可処分がされたとしても,砂利採取の禁止に伴う公法上の不作為義務が解除されるにとどまり,採取権原が新たに設定されたり,その存在が公権的に確定されたりすることはない。以上に照らすと,認可規則3条2項7号が「申請者が権原を有することを示す書面」の添付を要求する趣旨は,採取権原がないか又はこれを取得する見込みのない者を可能な限り排除して,無用な認可処分のされることを防止しようとすることにあると解するのが相当であり,同規定は採取権原のない者による違法な採取行為の防止を直接の目的とするものではないから(採石法に関する東京高裁昭和58年3月28日判決・判例タイムズ506号145頁参照),都道府県知事としては,申請者に実体上採取権原のないことを知っているなどの特段の事情がない限り,添付された書面により採取権原を一応認定することが可能である以上は,更に進んで実体に立ち入って審査をする義務はない。

本件認可の申請において,青森県知事(十和田県土整備事務所長)としては,上記のような特段の事情はなく,申請者であるAから本件採石権設定契約書の写しの提出を受けている以上は,その真偽について立ち入って審査をする義務はなかった。

(イ) 砂利採取法19条違反による違法性の主張に対して

砂利採取法19条は,専ら公益的見地から採取計画を規制するところにその趣旨があるのであり,採取の行われる土地について私人が有する所有権等の私法上の権利を保護しようとするものではないから(前記東京高裁昭和58年3月28日判決参照),仮に原告の所有権が侵害される結果となったとしても,直ちに同条にいう「公共の福祉に反する」場合に該当することにはならない。

(ウ) 以上のとおり,本件認可は適法であるから,本件認可取消しの訴えは棄却されるべきである。

(2)  本件差止めの訴えについて

ア 本案前の主張

(ア) Aに対する認可のがい然性があるとの主張に対して

Aに対する認可のがい然性があるとの主張を争う。平成19年3月9日以降,本件土地に関する砂利採取計画が申請された場合,これを認可するかどうかは,その申請内容を検討してその都度青森県知事(上北地域県民局長)が決定することとなる。

なお,申請時点において,申請者が採取権原を有しないことが被告にとって明らかであるという特段の事情がある場合には,青森県知事(上北地域県民局長)としてはこれを認可しないこととなる。

(イ) 救済の必要性があるとの主張に対して

差止めの訴え(行政事件訴訟法37条の4)は,事前救済を求めるのにふさわしい救済の必要性があり(同条1項本文),一定の処分又は裁決がされることを差し止めることによる救済が最も直接的かつ実効的な救済方法であると考えられる場合に限って認められると解されるところ(同項ただし書),原告の主張する損害を防止するためには,所有権を根拠としてAに対し本件土地の所有権侵害の排除を求めることが最も直接的かつ実効的な救済方法であり,民事上の仮処分等によって比較的容易に救済を受けることができると考えられる。

したがって,本件差止めの訴えは,救済の必要性に関する要件を充足しないものであり,訴訟要件を欠く不適法なものであるから,却下されるべきである。

(ウ) 本件差止めの訴えの請求の趣旨が無限定で包括的なものであること

本件差止めの訴えの請求の趣旨は,「本件土地について,永久に,誰に対しても認可をしてはならない」というものであって,何の限定もない極めて包括的なものであるが,原告には,このような無限定な包括的差止めを求める権利はない。

イ 本案の主張(差止めの訴えの本案勝訴要件を充足しないこと)

前記3(1)イ(ア)で主張したとおり,青森県知事(上北地域県民局長)は申請者から要件を充たした申請がされればこれを認可しなければならない立場にあるのであって,本件土地について要件を充たした申請がある場合にこれを認可したとしても,「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきでないことがその処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認められ又は行政庁がその処分若しくは裁決をすることがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用となると認められるとき」(行政訴訟法37条の4第5項)には該当しないから,本件差止めの訴えは棄却されるべきである。

4  原告の再主張

(1)  本件認可取消しの訴えについて

ア 本案前の主張(裁決主義違反)に対して

平成19年3月9日以降の認可処分の差止めについては裁判所が判断をするのに対し,平成18年3月にされた本件認可処分の取消しについては公害等調整委員会が判断をするということになれば,同種の事件についての判断を求めているにもかかわらず,判断が分離されることも考えられるが,それを防止するための併合手続,移送手続は何ら規定されていない。

原告は,本件差止めの訴えとの統一的な判断を受けるために本件認可取消しの訴えを裁判所に提起したものであり,このような事態は砂利採取法及び鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律が想定していないものであるから,本件認可取消しの訴えは,たとえ裁決主義があるとしても,正当な場合として認められるべきである。

したがって,本件認可取消しの訴えは適法である。

イ 本案の主張(本件認可が適法であること)に対して

(ア) 申請手続の違法性の再主張

砂利採取法における採取計画の認可制度は,災害の防止を直接の目的としているが,不法な砂利の採取を容認するものではなく,採取計画の認可又は不認可の判断をするに際しては,適法な法律関係の上に立った砂利の採取であることを当然の前提にしているため,認可規則3条2項7号は砂利の採取についての権原関係を示す書面を要求している。このように,適法な法律関係であることを当然の前提とするのであるから,青森県知事(十和田県土整備事務所長)には,単に権原関係を示す書面の提出の有無を審査するだけではなく,書面の作成の真正についても確認すべき義務があった。

なお,仮に被告の主張するとおり,青森県知事(十和田県土整備事務所長)には形式的な審査義務しかなかったとしても,本件の場合,青森県知事(十和田県土整備事務所長)が判断の資料とすべき唯一の資料ともいえる本件採石権設定契約書には,所有者である原告の署名もその意思を推測しうる実印等の押印もないのであるから,これだけではAの採取権原を認めることはできない。

したがって,本件認可は違法である。

(イ) 砂利採取法19条違反等による違法性の再主張

砂利採取法19条に定める「公共の福祉」の判断については,砂利採取業の企業活動と公益上の見地の比較考量によって判断すべきであるとされているところ,周辺土地への影響などの公益上の見地からも原告は保護されるべきであるのに対し,無権原であるAには保護される利益がなくその企業活動を保護する必要性もないから,同条に定める「公共の福祉に反する」場合に該当する。

また,砂利採取法19条の認可基準には該当しなくとも,本件のように他人の土地において何の権原も有さずに不法に砂利を採取することが明らかである場合には,砂利の採取により公共の福祉が著しく害されるから,その採取計画を不認可とすることができると解される。

したがって,本件認可は違法である。

(2)  本件差止めの訴えについて

ア 本案前の主張に対して

(ア) Aに対する認可のがい然性があることの再主張

被告によれば,申請者に採取権原のないことを知っているなどの特段の事情がない限り,添付された書面により採取権原を一応認定できれば実体に立ち入らないで認可をするというのであり,そうであれば,平成19年3月9日以降も認可がされるがい然性が高いことに変わりはない。

(イ) 救済の必要性があることの再主張

差止めの訴えは,取消訴訟及び執行停止制度によっては国民の権利を救済することができない場合を想定して設けられたものであり,そのような場合にはたとえ民事救済が可能であっても救済の必要性の要件を充足する。

(ウ) 本件差止めの訴えの請求の趣旨についての主張

原告が差止めを求めているのは,「所有者の同意なき採取計画の認可をしてはならない」という趣旨である。

イ 本案の主張(差止めの訴えの本案判決要件を充足しないこと)に対して

(ア) 申請手続の違法性

被告の主張を前提としても,所有者である原告と申請者であるAとの間で権原関係が争われている本件の場合,Aには採取権原がないとみるべき特段の事情があることは明らかであり,青森県知事(上北地域県民局長)には実体に立ち入って審査をする義務があるから,今後の認可申請に対する審査において,Aから提出される本件採石権設定契約書だけで採取権原を一応認定し,Aに対して本件土地における砂利採取計画の認可をすることは,違法である。

(イ) 砂利採取法19条違反等による違法性

前記4(1)イ(イ)で主張したとおり,本件は砂利採取法19条に定める「公共の福祉に反する」場合に該当するし,同条の認可基準には該当しなくとも,本件のような場合には不認可とすることができると解されるから,原告との合意がされない限り,今後のAからの認可申請に対して認可をすることは,違法である。

5  被告の再主張

(1)  本件認可取消しの訴えについて

ア 本案前の再主張(裁決主義違反)

裁決主義を定める鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律50条に対する例外が認められる余地はない。原告の主張は独自の見解に基づくものであり,失当である。

イ 本案の再主張(本件認可が適法であること)

(ア) 砂利採取法の趣旨

前記3(1)イで主張したとおり,砂利採取法の規制は専ら公益的見地から採取計画を規制するところにその趣旨があるのであり,採取の行われる土地について私人が有する所有権等の私法上の権利を保護しようとするものではなく,申請書に「申請者が権原を有することを示す書面」の添付を要求する趣旨は,採取権原がないか又はこれを取得する見込みのない者を可能な限り排除して,無用な認可処分のされることを防止しようとすることにあるにすぎないと解するのが相当であり,これは採取権原のない者による違法な採取行為の防止を直接の目的とするものとは解されないから,青森県知事(十和田県土整備事務所長)としては,申請者に実体上採取権原のないことを知っているなどの特段の事情がない限り,添付された書面により採取権原を一応認定することが可能である以上は,更に進んで実体に立ち入って審査する義務はなかった。これは,前記東京高裁昭和58年3月28日判決のほか,公害等調整委員会の裁決においても既に確立した見解であり,これに異を唱える学説も見受けられない。原告は,独自の見解に基づいて主張を繰り返しているにすぎない。

(イ) 本件採石権設定契約書による採取権原の認定に違法性がないこと

一般的に記名押印により作成される契約書類は多数存在すること,そもそも認可規則においても印鑑証明書の添付が要求されていないこと,申請書に添付すべき「申請者が権原を有することを示す書面」としては「契約書の写し」で足りるとされていることからすれば,本件採石権設定契約書によりAに採取権原が存在することを一応認めたことについて,違法性はない。

(ウ) 本件認可時には実体審査をすべき特段の事情がなかったこと

本件認可時には,青森県知事(十和田県土整備事務所長)にとってAに実体上採取権原がないことをうかがわせる特段の事情は全くなかったのであるから,本件認可に違法性はない。

(2)  本件差止めの訴えについて(本案前の再主張)

ア Aに対する認可のがい然性があることの再主張に対して

都道府県知事としては,申請者に実体上採取権原のないことを知っているなどの特段の事情がある場合には,形式的には「採取権原を有することを示す書面」が提出されたからといって,認可をすることはない。

本件においては,原告から本件採石権設定契約書が偽造文書であることを理由として本件訴訟が提起されており,原告の主張にも相応の根拠のあることが,現時点では青森県知事(上北地域県民局長)にも明らかとなっている。したがって,現時点では,青森県知事(上北地域県民局長)にとっても,Aには実体上採取権原がないことをうかがわせる特段の事情があるから,Aが今後も継続的に本件土地について砂利採取計画の認可申請をしたとしても,直ちに認可を得られるということはない。

イ 救済の必要性があることの再主張に対して

申請者が契約書を偽造して砂利採取計画の認可を得たという場合には,青森県知事(上北地域県民局長)にその旨を申し述べれば,青森県知事(上北地域県民局長)において申請者に対して行政指導や行政処分を行うことにより,違法状態を解消することが可能であるし,原告の主張する損害は,民事上の仮処分等によって比較的容易に救済を受けることが可能なものであるから,本件における損害の回復の困難の程度,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質(行政事件訴訟法37条の4第2項)からして,本件では事前救済を求めなければならないほどの必要性はない。

第3当裁判所の判断

1  本件認可取消しの訴えについて

(1)  裁決主義との関係

本件認可は砂利採取法16条の規定による処分であり,これに不服がある者は,「公害等調整委員会に対して裁定の申請をすることができる。」とされている(同法40条1項前段)。そして,公害等調整委員会による上記裁定の手続について定めた鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律50条は,「裁定を申請することができる事項に関する訴は,裁定に対してのみ提起することができる。」旨規定している。このように裁決主義が採用されているにもかかわらず,原告は,本件認可について,公害等調整委員会の裁定を経ることなく,当裁判所に本件認可取消しの訴えを提起している。

そうすると,本件認可取消しの訴えは,裁決主義を定めた上記規定に反するものとして,不適法である。

これに対し,原告は,本件差止めの訴えとの統一的な判断を受ける必要性があることなどを理由として,公害等調整委員会の裁定を経ることなく本件認可取消しの訴えを提起することは正当な場合として認められるべきである旨主張するが,そのように解すべき法律上の根拠はないから,原告の主張を採用することはできない。

(2)  訴えの利益との関係

なお,本件認可に係る採取期間は平成19年3月8日までであり,既にその期間が経過しているから,訴えの利益が消滅しており,この点からも本件認可取消しの訴えは不適法である。

2  本件差止めの訴えについて

(1)  行政庁が一定の処分又は裁決をするがい然性

差止めの訴え(行政事件訴訟法37条の4)は,行政庁が一定の処分又は裁決をすることを差し止めるよう求めるものであるから(同法3条7項),その訴訟要件として,行政庁が一定の処分又は裁決をするがい然性が認められることが必要である。

(2)  Aに対する認可の差止めについて

ア 砂利採取法16条に基づき砂利採取計画の認可を受けようとする砂利採取業者は,申請書を提出するに際し,その添付書類(同法18条2項)として認可規則3条2項7号所定の「砂利採取場で砂利の採取を行うことについて申請者が権原を有することまたは権原を取得する見込みが十分であることを示す書面」を添付しなければならないとされているが,砂利採取法には,砂利採取業者からの砂利採取計画の認可申請を審査するに当たり,都道府県知事に私法上の権利関係である申請者の採取権原の有無を審査する義務がある旨を定めた規定がない。また,都道府県知事には申請者の採取権原の有無を最終的に判断する権限がなく,申請に対し認可処分がされたからといって,砂利の採取が禁止されていることに伴う公法上の不作為義務が解除されるにとどまり,私法上の採取権原が新たに設定されるものではないことはもちろん,その存在が公権的に確定されることになるものでもない。これらの点に照らすと,申請者に対して採取権原を有することなどを示す書面の添付を上記規定が要求している趣旨は,採取権原がない者又はこれを取得する見込みのない者を可能な限り排除して,無用な認可処分のされることを防止しようとすることにあるにすぎないものと解するのが相当であり,上記規定が採取権原のない者による違法な採取行為の防止を直接の目的とする趣旨であるとは解することができない。そして,上記の趣旨からすれば,都道府県知事としては,添付された書面が偽造書面であることは極めて稀であって,通常は添付された書面により採取権原又はその取得の見込みを一応認定することが可能である以上は,認可処分当時何らかの事由により申請者に実体上採取権原のないことを知っているなどの特段の事情がない限り,更に進んで実体に立ち入って審査する義務はないと解されるとともに,他面において,上記特段事情がある場合等には,単に書面の記載のみによることなく,当該土地の現実の利用状況や申請者の操業をめぐる紛争の有無等従前の経緯を考慮に入れることも何ら妨げられるものではないものと解される(採石法に関する東京高裁昭和58年3月28日判決・判例タイムズ506号145頁参照)。

イ 本件においては,被告も本件採石権設定契約書が偽造であるという原告の上記主張には相応の根拠のあることを認めており,青森県知事から権限を委任されている上北地域県民局長においても,現時点においては,Aに実体上採取権原がないことをうかがわせる特段の事情があることを認識しているものと推認されるところ,Aが今後も継続的に本件土地について砂利採取計画の認可申請をしたとしても直ちに認可を得られるということはない旨を被告が明言しているのであるから,上北地域県民局長においても上記認可をするがい然性があるとはいえないものと認めるのが相当である。

ウ そうすると,本件差止めの訴えのうち,Aに対する認可の差止めを求める部分については,処分のがい然性を欠くものとして,不適法である。

これに対し,原告は,Aに対する認可のがい然性があるなどとるる主張するが,採用することができない。

(3)  「その他の者」に対する認可の差止めについて

ア 原告は,本件差止めの訴えとして,Aに対する認可の差止めのほか,「その他の者」(すなわち,Aを除く全ての者)に対する認可の差止めも求めているが,A以外の者に対する認可がされるがい然性についてはこれを認めるに足りる証拠がないばかりか,そもそも「その他の者」に対する認可の差止めはAを除く全ての者に対する全ての認可という無限定かつ包括的な処分を前提とするものであり,「一定の処分」の差止めを求める差止めの訴えの請求の特定として,最低限度の特定すらされていない不特定なものであるといわざるをえない。

イ そうすると,本件差止めの訴えのうち,「その他の者」(Aを除く全ての者)に対する認可の差止めを求める部分については,処分のがい然性を欠くものであるほか,そもそも請求の特定を欠くものとして,不適法である。

(4)  以上の検討によれば,本件差止めの訴えは,不適法である。

3  結論

以上のとおり,原告の請求は,いずれも不適法であるからこれらを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例