大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 平成19年(ワ)88号 判決 2008年2月28日

主文

1  原告の債務不存在確認の訴えを却下する。

2  被告鉄道は,原告に対し,101万5000円及びこれに対する平成17年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  原告の被告鉄道に対するその余の給付請求を棄却する。

4  被告鉄道の反訴請求を棄却する。

5  訴訟費用は本訴反訴を通じて被告鉄道の負担とする。

6  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1請求

1  本訴請求

(1)  原告の被告鉄道に対する別紙交通事故目録記載の交通事故による損害賠償債務が存在しないことを確認する。

(2)  被告鉄道は,原告に対し,127万5000円及びこれに対する平成17年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2  反訴請求

原告は,被告鉄道に対し,421万6519円及びこれに対する平成17年2月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事案の概要

本件は,原告が被告鉄道に対し,被告鉄道の踏切内の除雪が不十分であった上,非常警報ボタンが雪に埋もれていたことなどから,踏切内で原告運転の自動車が立ち往生して被告鉄道の特急列車に衝突され,原告自動車が大破する損害を受けたなどと主張し,民法709条又は717条に基づき,上記事故により原告が受けた損害金の支払を求めたほか,原告に安全運転義務違反の過失があるとして被告鉄道から支払請求を受けていた被告鉄道の損害に係る賠償債務の存在しないことの確認を求めたところ,被告鉄道が原告に対し反訴としてその本訴の債務不存在確認に係る不法行為損害賠償金の支払を求めているという事案である。

その中心的争点は,(1) 本件踏切内の除雪又は非常警報ボタンの設置状況等についての被告鉄道の原告に対する民法709条又は717条の損害賠償責任の有無,(2) 原告の被告鉄道に対する不法行為損害賠償責任の有無(原告の安全運転義務違反の過失の有無)である。

1  (前提事実)

次のとおりの事故(以下「本件事故」という。)が発生した(甲1)。

(1)  発生日時  平成17年2月28日午後10時ころ

(2)  発生場所  青森県東津軽郡A町大字B字CD番地E付近の踏切(東北本線「F踏切」。以下「本件踏切」という。別紙「写真撮影位置図」[乙4]参照)

(3)  原告自動車  原告所有の普通乗用自動車(青森●●●す●●●●。以下「原告自動車」という。)

(4)  被告特急列車  被告鉄道が管理運行し,被告鉄道の運転士Gが運転する特急列車(八戸発弘前行特急第25M列車(以下「被告特急列車」という。甲6)

(5)  態様(甲2~4)

原告(当時34歳)が,平成17年2月28日午後9時30分ころ,勤務先から自宅に戻るため,原告自動車を運転して積雪中の本件事故発生場所の本件踏切内に進入したが,その踏切を通過することができず踏切内において立ち往生していたところ,線路を進行してきた被告特急列車が原告自動車に衝突し,約300メートル進行して停止した。

2  (原告の主張)

(1)  本件事故に至る経過等

ア 本件踏切及びその除雪の状況等

(ア) 本件事故の発生した本件踏切は,東北本線にかかっており,道路幅が約3.7メートルで長さが約15.1メートルと比較的長い踏切である。

(イ) 本件踏切に至る道路(以下「本件道路」という。)は,山側にある原告の自宅から海側にある国道4号線に接続する道路であるが,山側にある別の道路1本が冬期間に閉鎖となるため,C・H地区に住む原告を含む住民にとっては,本件道路が冬期間における唯一の生活道路となる。このことは,以前から,原告が被告鉄道のI駅やJR東日本青森地区指導センター(以下「青森地区指導センター」という。)に対して伝えていた。

(ウ) そうであるところ,本件踏切部分を除く本件道路については,雪が降る冬期間には毎朝A町によって除雪されることになっており,大雪のときには朝のみではなく夕方も除雪されているが,被告鉄道が除雪をすることとされている本件踏切部分については除雪への対応がほとんどされておらず,平成13年ころからは,原告から被告鉄道のI駅や青森駅,青森地区指導センターに対して「本件踏切を自動車で通れなくなるが,除雪しないのですか。」などと求めない限り,被告鉄道が除雪をしに来ない状況となっており,また原告が何回も電話をすると逆に「うるさい。」と怒られる始末であった。

(エ) 本件事故の1週間前も,本件踏切内は,前々日から除雪がされていなかった。その後,除雪をしないと車が破損するか事故が起こるので早く対処するようにと,原告が被告鉄道の青森地区指導センターに対して電話をしたが,除雪がされていなかった。そして,原告は,会社に出社するためにやむを得ずそのまま原告自動車を運転して本件踏切を通過した際,バンパーを破損した。そのため原告は青森地区指導センターへ連絡をしたところ,JR東日本青森保線技術センターの副所長から電話を受け,「修理代を支払うが,見積りと写真を送付してほしい。また,誰にも口外しないでほしい。」旨言われた。その際,原告が除雪についての経緯を話したところ,「今後こまめに見回り,除雪を行う。青森地区指導センター等へも周知を行う。」旨の回答を得た。

(オ) 本件事故前日の平成17年2月27日,本件踏切内が除雪されていなかったので,原告が電話をしたが,翌28日朝になってもまだ除雪がされていなかった。原告は,2月28日の天気予報を聞いて,夜間は自動車で通過することができないと思い,再度,前日から電話をしているのに除雪がされていないこと,このままだと事故が起こりかねないことについて青森地区指導センターに電話をしたところ,青森地区指導センターから「分かりました。」などという返事を受けた。

イ 本件事故の状況

(ア) 原告が2月28日午後9時半ころ,青森地区指導センターに対して当時の積雪状況を話した上,「何度も電話をしたのに何で除雪をしないのか。現在,家に帰れない状況だ。」などと電話で話したところ,「今日は見回っただけだから,明日除雪するし,今日これからは除雪する気はありません。無理して通ってください。前回の修理が終わっていないのであれば,破損したら一緒に修理します。」などと言われた。

(イ) そこで,原告は,そのまま踏切に進入すると確実に自動車を破損すると判断し,レールとの段差の部分が平らになるように雪を削り取った。後続の自動車も来ていたので,原告が原告自動車を運転して本件踏切への進入を試み,上り線側を通過しようとしたときに踏切の警報機が鳴り始めた。上り線は何とか通過することができたが,下り線に差し掛かったときに,原告自動車のタイヤがスリップすると同時に原告自動車の車底がレールとレール外の雪の段差につかえて動けなくなった。原告は,自動車から降りて,非常警報ボタンを押そうと下り線側の遮断機の方に向かったが,非常警報ボタンの設置箇所が除雪されていなかったため,どこに非常警報ボタンがあるのか分からない状態であり,非常通報をすることができなかった。後続車の運転手も非常警報ボタンを押そうとしたが同じ状態であった。そこで,後続車の運転手が,原告自動車を押してくれるとのことで,いったん原告が原告自動車に乗り込んだが,被告特急列車が目の前まで近づいていることに気付き,原告が原告自動車から降りたところ,被告特急列車と衝突し,被告特急列車が約300メートル進行して止まり,原告自動車が大破した。

(2)  被告鉄道の責任

ア 民法709条の不法行為損害賠償責任

被告鉄道は,本件踏切について,安全管理の責任を負っており,雪が踏切に積もった場合に除雪を行う必要があったのに,踏切内のレール部分とレール外が約30センチメートルもの段差のある積雪の状況を知りながら,除雪を怠り,踏切を管理する者として踏切内の交通の安全管理義務を果たさなかった。本件事故は,被告鉄道が適切に除雪を行っていれば発生していなかった事故であり,本件事故の原因は,被告鉄道が踏切の安全管理を怠ったことに原因があるから,被告鉄道は,原告に対し,民法709条による不法行為損害賠償責任を負う。

イ 民法717条の危険工作物責任

(ア) 本件踏切の軌道施設のほか,非常警報ボタンも踏切道の軌道施設と一体となる保安設備の一つとして,民法717条にいう土地の工作物に当たる。

(イ) 積雪状況

一般に東北地方は,豪雪地帯であり,青森県も同様である。本件事故地であるIについていえば,昭和59年度(西暦1984年度)は,1月16日の段階で積雪量が102センチメートルとなり,2月29日には積雪量が185センチメートルに達している。平成6年度(西暦1994年度)は,1月29日の段階で積雪量が115センチメートルとなり,2月4日には131センチメートルに達している。平成13年度(西暦2001年度)は,1月18日の段階で積雪量が105センチメートルとなり,2月12日には積雪量が140センチメートルに達している(甲9の1~8)。このように年度によって程度の差はあれ,本件事故現場付近は大雪が一般に予想される地域であった。また,平成17年1月9日以降本件事故日まで降雪量が100センチメートルを下回ったことがなく,本件事故日前後においても大雪が予想され,本件踏切の通行が困難になることも,東北を管轄する被告鉄道盛岡支社としては,当然に予想することができた。

(ウ) そうであるのに,本件事故発生の直近の除雪時刻である平成17年2月27日の早朝から本件事故時である翌28日の午後10時ころまで相当な時間が経過し,相当な降雪が見込まれていたのに,被告鉄道がこれを除雪せず,実際本件踏切には自動車で通行する際に立ち往生を余儀なくされるほどの積雪があった上,自動車が立ち往生したときにこれを列車に知らせる非常警報ボタンも積雪のため使用困難な状況にあったというのであるから,このような本件踏切の状態は,民法717条にいう土地の工作物の保存の瑕疵に当たる。仮に本件事故当時の大雪が例年からは予想もつかない事態であったというのであれば,例年にもまして綿密な除雪体制を取ることが望まれるところであった。

(エ) また,積雪のため人の手によって非常警報ボタンを押すことが困難な状態になり得ることは予想されていたのであるから,そのような場合に備えて被告鉄道としては踏切障害物検知装置などのあるべき保安設備を設置すべきであったのにこれを怠ったから民法717条にいう工作物の設置の瑕疵がある。

(3)  原告の損害

原告は,次のような損害を受けた(甲5の1~甲5の3)。

ア 自動車修理代相当額  79万円

本件事故により,原告自動車(青森●●●す●●●●)が全損となり,原告は,その時価相当額79万円の損害を受けた。

イ 原告自動車の牽引料金  2万5000円

原告は,本件事故による原告自動車の引揚げのため,牽引費用2万5000円の損害を受けた。

ウ 合計損害額  81万5000円

(4)  原告の被告鉄道に対する本件事故による損害賠償債務の不存在確認の利益

ア 被告鉄道から原告に対する損害賠償請求(甲6)

被告鉄道の盛岡支社長は,原告に対し,平成18年2月8日付けで,383万6519円の請求をした。その請求書には,「平成17年2月28日21時57分頃,東北本線B駅構内F踏切において,貴殿が乗用車を運転していた際,踏切内で立ち往生となり,第25M列車が衝撃するという事故が発生しました。つきましては,本件事故により当社が被った損害金を請求しますので,お支払いください。ご請求金額3,836,519円,お支払期限 平成18年3月31日(金)」と記載されていた。

イ しかし,前述したとおり,本件事故は,被告鉄道が本件踏切を除雪するなどして安全に管理する義務を怠ったこと等により発生したものであって,原告には落ち度がないから,原告は被告鉄道に対して損害賠償責任を負わない。

(5)  弁護士費用  46万円

原告は,本件訴訟を原告訴訟代理人弁護士に委任することを余儀なくされ,本件と相当因果関係のある弁護士費用として,46万円の損害を受けた。

よって,原告は,被告鉄道に対し,本件事故による損害賠償債務の不存在の確認を求めるほか,民法709条又は民法717条の損害賠償請求権に基づき,損害金127万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成17年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  (被告鉄道の主張)

(1)  原告主張の事実経過に対する認否等

ア 本件踏切の長さは13.0メートルである。

イ 本件道路の除雪をA町が,本件踏切内の除雪を被告鉄道が,それぞれ行うことになっていたことは認める。

ウ 原告から被告鉄道のI駅,青森駅,青森地区指導センターに除雪を求める電話が何度かあったことは認めるが,その電話の回数,A町の行う除雪作業の頻度,大雪に対する対応等は知らない。

エ 本件事故の5日前の平成17年2月23日に,原告から被告鉄道の青森地区指導センターに対し,原告自動車が本件踏切を通過する際にバンパーを破損したとの電話がされ,その後同指導センターから連絡を受けた青森保線技術センター副所長が原告に対して上記破損に係る修理見積りと写真の送付を依頼し,その補償については被告鉄道の盛岡支社総務部総務課と検討すること,また本件踏切内の除雪作業については除雪担当部署と調整してできるだけ努力したいことを回答した。

オ 被告鉄道は,平成17年2月28日に起きた本件事故の直近では23日,25日及び27日にそれぞれ本件踏切内を除雪している。

カ 本件事故当日である平成17年2月28日朝本件踏切が除雪されていなかったこと及び本件事故直前の同日午後9時30分ころ本件踏切内が除雪されていなかったことは認める。

キ 本件事故直前の2月28日午後9時50分ころ原告から被告鉄道の青森地区指導センターに対し,電話があり,現在の雪の状況のほか,何度も電話をしたのに何で除雪をしないのか,現在家に帰れない状況であるなどと言われたことは認める。その電話では本件踏切の除雪をすぐにしてもらわないと通行することができないのですぐに除雪をしてほしいということであったので,同指導センター担当者は原告に対し,「予定では本件踏切の除雪は翌日早朝の計画となっているが,原告の今の要望を除雪担当の関係部署へ連絡をする。ただし,除雪作業員の本件踏切への到着所要時間などは連絡がつき次第原告に知らせる。」旨返事をしたところ,原告から,「待てというのか。連絡はいらない。」と言われた。その後間もなくして本件事故が発生した。

ク 確かに本件事故時に下り線側の非常警報ボタンは雪に埋もれていたが,上り線側の非常警報ボタンは雪に埋もれていなかった。

(2)  被告鉄道の過失の不存在等

ア 被告鉄道は,冬期間の降雪に備え,列車の安全,安定輸送の確保と通行者等に支障のない状態を維持するため,毎年,冬期対策の事前取組事項,雪害対策事項,線路除雪機械の配備及び排雪列車ダイヤ等を決めて現場へ周知させている。

イ 本件踏切を含む被告鉄道の青森地区の除雪についても青森保線技術センターが毎年除雪等に関する冬期体制を計画し対応してきた。冬期体制は大きな枠組みとしては毎年同じであるが,その年の長期予報や前年度実績を参考に,その年度の具体的な体制を計画している。本件事故発生当時,同センターでは平成16年度の冬期間を同16年12月15日から翌17年3月15日までと定めた「平成16年度冬期体制について」(乙13)の計画に基づく除雪作業等を実施中であった。

ウ 青森保線技術センターにおける踏切除雪作業は基本的に請負会社に請け負わせ,請負会社が上述の冬期体制の計画にのっとり指定された踏切を順次回って除雪作業をしている。除雪の頻度は降雪状況によって判断している。

エ 除雪の判断は,青森保線技術センター社員による列車の添乗や徒歩による巡視,その他駅又は乗務員からの情報,天気予報等により行い,基準としては,基本的に翌日までの降雪量が10センチメートル以上に達すると予想される場合とし,請負会社に前日の午後3時までに除雪作業を発注している。ただし,天候が急変し積雪量が大幅に予想を上回り,除雪状況,その他を勘案し,緊急事態に陥ることを未然に防止する必要があると判断した場合は,上記基本的基準にこだわらず,被告鉄道のみならず請負会社においても緊急に除雪作業を実施することとしている。

なお,本件踏切が所在するA町においても,通常,除雪作業は午前2時ころから午前7時ころまでに実施することとされており,除雪基準も,降雪がおおむね10センチメートル以上でかつ交通の確保が困難と認められる場合と,地吹雪等により交通に支障を及ぼすと判断される場合とされている。このA町の除雪体制(乙17)と比較しても,被告鉄道の除雪体制は合理的なものである。

オ 被告鉄道が緊急時に除雪作業の必要性を認めて具体的な除雪作業を終了させるまでにかかる時間については,状況により異なり,一概にはいえないが,青森保線技術センターから請負会社への連絡→作業員の手配→現地までの移動時間→除雪作業という順序をたどるもので,ある程度の時間の経過を免れないものの,除雪作業に着手すれば通常1時間以内で終了する。

カ 本件事故当夜の午後9時50分ころ,原告から本件踏切の除雪をしてほしいとの連絡を被告鉄道の青森地区指導センター助役Jが受けている。原告からの電話を受けたJは,盛岡支社施設指令にその旨を連絡し,午後9時57分ころに,青森保線技術センターの夜間当番者に連絡をした。その後間もなく,午後10時05分ころ,本件事故が発生したとの一報が,盛岡支社施設指令から青森保線技術センターの夜間当番者にあったものである。

キ 以上に述べたとおり,被告鉄道の除雪体制は十分に整っていたのであり,本件事故当時の本件踏切の積雪についても原告から事故直前の午後9時50分ころに連絡を受け,直ちに除雪をすることができるか検討をするので再度の連絡を待ってほしい旨回答をしていたところ,原告から電話を切られ,そのすぐ後に本件事故が発生したものであり,被告鉄道には本件踏切の除雪に関して安全管理義務を怠った過失はない。

ク また,被告鉄道には,踏切障害物検知装置の設置義務がなく,除雪体制も十分であったから,工作物の設置保存の瑕疵もなく,民法717条の工作物責任も存在しない。

(3)  原告の安全運転義務違反の過失について

ア 自動車が踏切を通過する方法,その際の注意義務については,自動車と列車との衝突事故が多数の死傷者,貨物等の損害を発生せしめる危険があることから,道路交通法第33条第1項は,車両は踏切直前でいったん停止し,かつ,安全確認の後でなければ進行をしてはならないとしている。ここでいう「安全確認」とは,自動車は,踏切を通過するに当たり,列車の近接の有無に注意し,近接する列車があればその通過を待った上,同所を通過することに何らの危険のないことを見定めることをいうが,安全確認の程度及び方法については,当該踏切の地形的状況,天候,時刻や列車等の運行頻度などにより当然異なるから,結局,具体的状況に応じて判断する以外にない。いずれにせよ道路交通法は,踏切の通過に際して,自動車は列車の運行を優先し,その運行を妨げないようにしなければならないとしているのである。したがって,踏切通過に際しての原告の安全運転義務は,踏切の通過に際しての列車運行を自動車が妨げてはならないという原則からすれば,いうまでもない当然のことである。

イ そうであるところ,本件事故当時,本件踏切付近は異常に大量な降雪があり,本件踏切にも積雪があり,現に原告は本件踏切に原告自動車で進入する直前,被告鉄道の青森地区指導センターに対し電話で同踏切の除雪をすぐにしてほしい旨の電話をかけ,同センターからは夜間でもあり除雪を担当する作業員の関係等もあり,除雪にどれくらい時間がかかるかを確認して連絡するとの回答を得たにもかかわらず,連絡は必要ないと一方的に電話を切り,このような本件踏切の積雪状況のもとにおいて原告自動車の特性等車両の状況に応じ,速度を調節し,ハンドル,ブレーキ等を的確に操作し,踏切内で停止することなく安全に進行すべき注意義務があるのに,これを怠り,本件踏切に進入したため,本件踏切内に立ち往生して本件事故を起こしたものであるから,安全運転義務違反の過失がある。

(4)  被告鉄道の損害

被告鉄道は,次のアからカまでの合計421万6519円の損害を受けた。

ア 人件費(復旧作業費)  21万8911円

イ 払戻し費用  1万3210円

ウ 代行輸送費  85万0860円

エ 車両修理費  62万1132円

オ 車両修理工賃  213万2406円

カ 弁護士費用  38万円

よって,被告鉄道は,原告に対し,反訴として,民法709条の不法行為損害賠償請求権に基づき,421万6519円及びこれに対する不法行為の日である平成17年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第3争点に対する判断

1  裁判所が認定した本件の事実経過

前記前提事実のほか,証拠(甲4,乙3,16,原告供述,K証言,J証言)及び弁論の全趣旨により認めることができる事実を加えると,本件の事実経過は,以下のとおりである。

(1)  本件踏切付近の積雪状況

本件事故のあった青森県I地方は雪の多い青森県内でも有数の豪雪地帯であり(乙7),昭和59年にはその1月16日の積雪量が102センチメートルとなり(甲9の1),2月29日の積雪量が最大の185センチメートルに達していた(甲9の2)。昭和61年には1月23日の積雪量が100センチメートルであり(甲9の3),2月16日の積雪量が最大の168センチメートルであった(甲9の4)。平成6年には1月29日の積雪量が115センチメートルであり(甲9の5),2月4日の積雪量が最大の131センチメートルに達していた(甲9の6)。平成13年には1月18日の積雪量が105センチメートルであり(甲9の7),2月17日の積雪量が最大の157センチメートルに達していた(甲9の8)。

そして,本件事故のあった平成17年(平成16年度)は,これらの豪雪年度を上回る記録的な豪雪のあった年であり,積雪量が2月1日には既に138センチメートルであり,2月27日には191センチメートルに達し(乙6の1),2月28日(本件事故日)から3月6日までは計測の限界値2メートルを超える積雪量になったことから積雪量が不明となり(乙7),再び計測が可能になった3月7日の段階での積雪量が195センチメートルであり,その後の3月31日の段階でも148センチメートルもあった(乙6の2)。なお1日当たりのI地方の降雪量も本件事故日の前後である平成17年2月21日から3月6日までは不明であった(乙6の1及び2)。

(2)  本件踏切及びその除雪の状況等

ア 本件事故の発生した本件踏切は,その踏切幅員が約3.7メートルであり,踏切警報機の設置された踏切遮断機相互の間に上り線(海側・北側)と下り線(山側・南側)の二つの線路が設置されている長さ約13.9メートルの踏切である(乙1。別紙「写真撮影位置図」[乙4]参照)。

イ 本件道路は,ほぼ陸奥湾に沿って海側をほぼ東西に走行する国道4号線から,この国道4号線に沿ってやや山側(南側)を同じくほぼ東西に進行している東北本線と本件踏切で交差し,原告宅のある山側のB駅南側地区(C・H地区)に至る道路である(甲8,乙11)。

ウ 本件踏切(F踏切)から見て青森駅方面(西側)にも反対のI駅方面(東側)にもそれぞれ3か所ずつの踏切があるが,それらの踏切は冬期間に全面通行止めとなるため,本件踏切を通行しないとすると,青森駅側に迂回する場合には線路距離にして約3.5キロメートル離れたL踏切まで迂回しないと線路の反対側に行くことができないし,I駅側に迂回する場合には線路距離にして約4キロメートル以上の踏切まで迂回しないと線路の反対側に行くことができない状況にあったし(乙11),そもそも迂回しようとして線路を越えて山側に入っても原告の住むC・H地区までの山側の道路は冬期間には閉鎖になる箇所があるため迂回することもできず,C・H地区に住む原告ら住民にとっては,本件道路が冬期間における唯一の生活道路であった(甲8,原告供述1頁以下,35頁)。そのことは,以前から,原告が被告鉄道のI駅や青森地区指導センターに対して何度も伝えていた(原告供述1頁)。そして,本件踏切の交通量は,鉄道交通量が1日当たり111本であり,平成11年7月8日の12時間調査の結果に基づく歩行者推計数が240人,自動車台数推計数が178台とされており(乙9,10),冬期間には前記のとおり本件踏切の東西両隣3か・※ずつの踏切が全面通行止めとなって本件踏切を迂回路として使用する歩行者や自動車も増えるため,一般的に交通量が減少する冬期間ではあってもその交通量は大きく変化しないであろうと推認された(K証言11頁)。

エ 本件踏切部分を除く本件道路は,雪が降る冬期間には毎朝A町によって除雪されており,A町の除雪基準は「降雪がおおむね10cm以上かつ交通の確保が困難と認められる場合,地吹雪等により交通に支障をおよぼすと判断される場合」とされていたが(乙17),A町は大雪の日には朝方のみではなく夕方も除雪をしていた(甲4,原告供述3頁)。

オ 他方,被告鉄道が除雪を担当している本件踏切については,原告が日頃から除雪が不十分であると感じており,平成13年ころからは,原告らが被告鉄道のI駅や青森駅,青森地区指導センターに対して除雪を求めない限り,ほとんど除雪がされないと原告が感じるような状態になっており(乙3の2頁),原告が何回も電話をすると逆に「うるさい。」とI駅駅員から怒られたこともあった(甲4,乙3の3頁(9))。

カ 本件事故の約1週間前も,本件踏切内の除雪状況について,前々日から除雪がされておらず,前日に原告が被告鉄道の青森地区指導センターに対して電話をし,除雪をしないと車が破損するか事故が起こるので早く対処するようにと要望していたのに除雪がされていなかったことから,原告は,会社に出社するためにやむを得ずそのまま原告自動車を運転して本件踏切を通過したところ,バンパーを破損させてしまった。そのため,原告が青森地区指導センターへ連絡をしたところ,JR東日本青森保線技術センターの副所長から電話を受け,「修理代を支払うが,見積りと写真を送付してほしい。また,誰にも口外しないでほしい。」旨言われたが,その際,原告が除雪についての経緯を話したところ,「今後こまめに見回り,除雪を行う。青森地区指導センター等へも周知を行う。」旨の回答を得た(甲4)。原告は,その後,青森保線技術センターから,原告自動車の物損に係る請求書及び見積書の送付を依頼する旨のファクシミリ送信(甲7)を受けた。

キ 本件事故前日の平成17年2月27日早朝午前2時から午前7時ころまでの間に被告鉄道の下請会社(M株式会社)により本件踏切内の除雪がされたが(乙5の9(5),乙14の4頁),除雪以後も相当の降雪が続いていたことから,当日夜に原告が電話で青森地区指導センターに対して翌朝までに除雪を求める旨の電話をしたが,翌28日朝になっても除雪がされていなかった(原告供述4頁,16頁)。原告は,2月28日の天気予報を聞いて更に相当な降雪があると知っていたことから,その日の夜間は自動車で通過することができなくなるかもしれないと思い,出勤途中の朝に再度,青森地区指導センターに対し,前日から電話をしているのに除雪がされていないこと,このままだと事故が起こりかねないことを電話したところ,青森地区指導センターから「分かりました。」などという回答を受けた(原告供述5頁,16頁)。

(3)  本件事故の状況

ア ところが,平成17年2月28日午後9時30分ころ,原告が会社から自宅に帰るため本件踏切に差し掛かったところ,本件踏切内は除雪がされておらず,レールとレール外の部分に約20センチメートル(乙2)から30センチメートル(甲4,乙4)の段差ができている状況であり,普通乗用車や軽自動車では走行が困難であると思われる状態となっていた(原告供述5頁)。なお,本件踏切の周囲の側雪の高さは約160センチメートルであった(乙5)。

イ そこで,原告が青森地区指導センターに対して電話をかけ,同所の担当者Jとの間で,ほぼ次のような内容の会話をした(乙3,原告供述6頁以下,J証言)。

(ア) 原告 「F踏切を通行しようとしたが,踏切内の雪が多く,途中で止まり,バックした。踏切の除雪をやってもらわないと通れない。この件では何回も電話をしているし,この踏切を通行しなければならない集落があり,誰も電話などしないが他の人も除雪に対しては不満を持っている。」

(イ) J 「以前にも電話を頂いたのは承知しているし,奥の方に集落があるのは承知している。予定では明日の早朝にその踏切の除雪を行う計画がある。」

(ウ) 原告 「明日まで待てということか。この道路を通行しないと通勤できないのですぐ除雪をしてほしい。」

(エ) J 「N温泉の前を通る立派な道路が迂回路になると思うが,そちらを通行することはどうか。」

(オ) 原告 「その道路は冬期間除雪しないから通行止めである。この踏切を通行しなければ家に帰れないからすぐ除雪をしてほしい。」

(カ) J 「すぐと言われても除雪を担当する部署への連絡や,現地への作業員の到着まで時間がかかり,1,2時間を超えると思われる。」

(キ) 原告 「そんなに待てと言うのか。昨日の午後に通行したときにも雪があったので,今朝除雪していると思ったがされていなかった。見回りしているのか。以前は何回も巡回に来てすぐに除雪をしてくれていたが,最近はそのようなこともない。自分は建設関係の現場責任者の仕事をしているが,その関係筋からJRでは人を減らしていると聞いたことがあるが,そこに原因があるのではないか。」

(ク) J 「そのようなことはない。」

(ケ) 原告 「I駅などに何回か電話をしているが,うちは関係ないなどと言われ,怒られたこともある。それを指導してもらわないと困る。それがあなたたちの仕事なのではないか。」

(コ) J 「そのような対応があったとすれば大変申し訳ない。この件に関してはI駅に連絡し,そのようなことのないように気を付ける。」

(サ) 原告 「今,踏切をRV車(ハイラックス)が通っていったが,やっとの思いで通っていった。車高の高い車でさえこのような状態であるから現場の状況が分かるだろう。それに,以前無理に通ってバンパーを破損し,JRで修繕費を出すことになっている。まだ,部品が揃わなくて修理していないが,車検を取ったばかりでこれ以上車を壊したくないので除雪をしてほしい。」

(シ) J 「そんなにこまく除雪,見回りしてやれって言うんだったら,そこは,そのうちJRじゃなくて第3セクターの営業になる。第3セクターってことは多分A役場の除雪担当になるから,そのときにA役場にきめ細かいサービスを期待したらどうですか。」(原告供述7頁以下,36頁,J証言3頁)

「早朝に除雪が予定されており,今晩は除雪をする予定がない。仮にそのまま通行して自動車が破損したら前回分と合わせて一緒に修理の責任を負うから,そのまま横断してほしい。」(原告供述7頁以下)

ウ このような内容の電話でのやり取りを経て,原告としては,直ちに除雪がされないことが判明したことから本件踏切を横断するほかないと考えたが,そのまま本件踏切に進入すると再び原告自動車(日産プリメーラ・ステーションワゴン・4DW[甲5の1及び2])を破損させるかもしれないと不安になったことから,レールとの段差の部分が平らになるように金属スコップで雪を取り除くことにした。その作業中に後続車両2台も来ており,国道までバックすることも困難な状況であったことなどから,原告は,原告自動車を運転して本件踏切への進入をすることとし,上り線側を通過しようとしたときに踏切の警報機が鳴り始めた(原告供述27頁)。上り線は何とか通過をすることができたが,下り線に差し掛かったときに,軌道敷周囲の敷板上部の鉄板(鉄板は冷たくてその上の雪が凍りやすいが,本件事故後にはゴム製に敷き代えられている。)の上にある雪が凍っていたことなどにより原告自動車(前輪駆動)の前輪タイヤがスリップすると同時に原告自動車の車底が上り線のレールと下り線のレールの間にある高い雪の段差につかえて動けなくなった(原告供述28頁以下)。そこで,原告は,原告自動車から降りて,非常警報ボタンを押そうと下り線側の遮断機の方に向かったが,下り線の非常警報ボタン(ボタンの高さ約130センチメートル[乙1])が雪に埋もれてどこにあるのか分からない状態であり,非常通報をすることができなかった(乙4の写真②の1)。後続車の運転手も上り線の非常警報ボタンを押そうとしたが,同じく非常警報ボタンが雪に埋もれて押すことができなかった(原告供述9頁)。

エ そのため,後続車の運転手2名が原告自動車を押してくれるとのことで,いったん原告が原告自動車に乗り込んだが,時速約100キロメートル(乙5)で進行している被告鉄道の特急列車が目の前まで近づいていることに気付き,原告が危険を感じて原告自動車から降り,後続車の運転手2名を含む3名で急いで逃げたところ,被告特急列車が無人の原告自動車に衝突し,そのまま約300メートル進行して止まり,原告自動車が大破した(原告供述9頁)。

2  被告鉄道の責任について

(1)  民法717条の危険工作物責任の有無について

ア 本件踏切の軌道施設は,これと一体となる保安設備である非常警報ボタンも含めて,民法717条にいう土地の工作物に当たると認められる。

イ そして,前記認定事実によれば,本件事故発生の直近の除雪時刻である平成17年2月27日の早朝(午前2時から午前7時ころまで)から本件事故時である翌28日の午後10時ころまで約1日半以上の時間が経過し,その間の天気予報によると本件事故現場付近には相当な降雪が見込まれ,被告鉄道は2月27日夜及び28日朝にも原告から除雪を求める電話要請を受けていたのに本件踏切の除雪を実施せず,実際に本件踏切内には自動車で通行する際に立ち往生を余儀なくされるほどの積雪があった上,自動車が立ち往生したときにこれを列車に知らせる非常警報ボタンも積雪のため上下線ともに雪に埋もれて使用困難な状況にあったというのであるから,このような本件踏切の状態は,民法717条にいう土地の工作物の保存の瑕疵に当たるというべきである。したがって,被告鉄道は,原告に対し,民法717条1項に基づき,本件踏切の占有者としてその保存の瑕疵に起因して発生した本件事故により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

ウ これに対し,被告鉄道は,「上り線(海側・北側)の非常警報ボタンは雪に埋もれていなかった。」旨主張し,証人Jも,「本件事故発生から約1時間半後に事故現場に到着した際には上り線の非常警報ボタンが見える状態であった。下り線(山側・南側)の非常警報ボタンが雪に埋もれていたのは除雪後に吹きだまりができたからであろう。」旨証言し,Jが本件事故現場到着後に見える状態にあったという上り線(海側・北側)の非常警報ボタンを撮影した写真[乙4の①の1,③]を証拠として提出している。

しかしながら,原告は,本件法廷において,本件事故時には上り線の非常警報ボタンも雪に埋もれていたが,本件事故後に真っ先に到着した被告鉄道の社員が埋もれていた上り線の非常警報ボタンを掘り出しているのを見た旨具体的に供述している(原告供述31頁以下,J証言調書中の原告対質供述19頁以下)。

そこで,検討するに,①本件事故現場の非常警報ボタンを押して本件踏切の異常性を事故現場周辺においても明確に知らせるためなどの目的で被告鉄道社員が本件事故現場に到着した直後に上り線の非常警報ボタンのみを掘り出してその非常警報ボタンを押した可能性もあると考えられる。また,②被告鉄道主張のように日頃の踏切内除雪等の一環として本件事故時にも既に上り線の非常警報ボタンの除雪がされていたとすると,上り線の非常警報ボタンのみが除雪され,下り線の非常警報ボタンが除雪されずに雪に埋もれていたということになるが,それは被告鉄道の除雪体制としては不自然な除雪方法である(J証言15頁,21頁参照)。この点について,J証人は,除雪後の吹きだまりにより下り線(山側・本件道路から見て東側)に設置された非常警報ボタンのみが雪に埋まってしまったのではないかと推測するが(J証言15頁,21頁),冬季には一般的には北西側(道路の西側)から雪が吹き付けるから,海側の上り線の非常警報ボタンの東側(道路側)に吹きだまりができ,山側の下り線の非常警報ボタンの西側(道路側)には吹きだまりができにくいと推測されるのに,本件事故現場の状況はその逆になっていたのであって不自然であるから(乙4),上記J証言の推測はたやすく採用することができない(J証言21頁以下参照)。他方,③本件事故当時の本件踏切の側雪の高さは約160センチメートルに達しており(乙5),約130センチメートルの高さにあったという非常警報ボタン(乙1)はそのままでは雪に埋もれていたものと推測されるところ,非常警報ボタンが雪に埋もれた場合の除雪体制については,除雪時にケーブル等を損傷する危険性があるので,保線技術センターから依頼されて踏切内除雪を担当していた通常の下請業者が行うものではなく,基本的には信号技術センターの依頼を受けた信号技術センターの関連会社が別途に除雪作業をすることになっていたことを認めることができるところ(J証言21頁),本件において,その信号技術センターの関連会社等が非常警報ボタンの除雪をしたことを認めるに足りる証拠はない。

そうすると,前記認定(原告供述)のとおり,本件事故時には上り線(海側・北側)の非常警報ボタンも雪に埋もれていたものであると認めるのが相当であり,これに反する被告鉄道の前記主張は採用することができない。

エ また,被告鉄道に勤務していたK証人は,「2月27日早朝に除雪をしており,同日午前中のI派出所の雪見巡視の報告等からは2月28日の除雪の必要がなく,約2日後の3月1日早朝に除雪をすれば足りると判断しており,被告鉄道の雪見巡視及び除雪体制に不備はなく,積雪のため踏切内に立ち往生した自動車と特急列車との衝突事故が2日連続で同じ青森保線技術センター管轄内で発生したとしても,被告鉄道の除雪体制は十分であってこれを見直す必要性はなかったし,早急に具体的な対策を検討したいという被告鉄道青森支店の説明内容が当時の新聞において報道されているけれども(甲3),そのような説明を被告鉄道青森支店がした事実もない。」旨証言し,土地の工作物の保存の瑕疵がなかったかのように述べている(K証言9頁,13項以下,乙21)。

しかし,前記認定のとおり,原告が本件事故直前に除雪要請の電話をしていたほか,その前日の27日夜と28日(本件事故当日)朝にも2度にわたって電話で除雪要請を行い,その当時は相当な降雪の予報がされ,実際にも2月27日には積雪量が191センチメートルに達していたのに被告鉄道による除雪がされず,結果的にも,踏切内で立ち往生した自動車と特急列車が衝突するという重大な事故が本件事故も含めて2日連続で同じ青森保線技術センター管轄区域内で発生したというのであるから(甲3),豪雪下における被告鉄道の当該地域内の除雪体制及び担当者の安全意識には不十分な点があったというほかなく,これらを十分であったとし,本件踏切の保存の瑕疵がなかった旨述べる上記K証言は採用することができない。

(2)  原告の損害額について

本件踏切の保存の瑕疵に起因して発生した本件事故により,原告は次のような各損害を受けたものと認める(甲5の1~甲5の3)。

ア 自動車修理代相当額  79万円

本件事故により,原告自動車(青森●●●す●●●●)が全損となり,原告は,その時価相当額79万円の損害を受けたものと認める。

イ 原告自動車の牽引料金  2万5000円

原告は,本件事故による原告自動車の引揚げのため,牽引費用2万5000円の損害を受けたものと認める。

ウ 合計損害額  81万5000円

エ 弁護士費用  20万円

原告は,本件事故により受けた損害金の支払を求めるため本件訴訟の提起を原告訴訟代理人弁護士に委任することを余儀なくされ,本件と相当因果関係のある弁護士費用として,20万円の損害を受けたものと認める。

(3)  よって,被告鉄道は,原告に対し,民法717条1項に基づき,損害金101万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成17年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

3  原告の安全運転義務違反の過失の有無(反訴請求)について

(1)  被告鉄道は,「原告は,除雪にどれくらい時間がかかるかを確認してから連絡するとの回答を被告鉄道の担当者から得ていたにもかかわらず,連絡は必要ないと言って一方的に電話を切った上,原告自動車の特性等車両の状況に応じ,速度を調節し,ハンドル,ブレーキ等を的確に操作し,踏切内で停止することなく安全に進行すべき注意義務があるのに,これを怠り,本件踏切に進入したため,本件踏切内に立ち往生して本件事故を起こしたものであるから,安全運転義務違反の過失がある。」旨主張し,J証人は,本件法廷において,本件事故発生直前の電話での会話内容について,上記主張に沿った証言をする。

(2)ア  しかしながら,早期の除雪着手の可否について再び電話連絡をするとの電話回答をしていた旨の被告鉄道の上記主張については,(ア) ①被告鉄道は,前記認定のとおり,日頃から踏切内に積雪があるから除雪をしてほしいとの要請を原告より受けてもこれに機敏に対応していなかったことが多く,特に本件事故の前日夜及び当日朝に除雪要請の電話連絡を受けていたのにもかかわらず,その除雪要請に対応していなかったことや,②本件事故の翌日にも同じ青森保線技術センター管轄の青森市内の踏切において同様の積雪が原因で踏切内に立ち往生した自動車と特急列車との衝突事故が本件事故に続いて2日連続で発生しており(甲3),豪雪下における被告鉄道の除雪担当者の踏切内除雪に係る安全意識には不十分な点のあることがうかがわれること,③原告が最後に除雪要請の電話をした午後10時前ころから数時間後の翌朝午前2時から午前7時までの間に本件踏切の除雪が当初から予定されていたことに照らすと,被告鉄道のJ証人が原告からの電話を受けて直ちに除雪の前倒し実施の連絡を取ろうとしたのかどうかについては疑問がある。

また,(イ) 被告鉄道はこの本件事故直前の電話での会話内容について被告鉄道の前記主張に沿った会話状況を再現した陳述書を提出しており(乙3),被告鉄道がその会話状況を録音していたことが強く推認されるのにその録音テープ等を提出していないのは不自然である。この点について,証人Jは電話を受けた際に取ったメモにより後日作成した文書に基づいて陳述書を記載した旨証言するが(J証言1頁),電話を受けながらこれ程詳細な会話内容を逐語調で順序よくメモすることができたかどうかについて疑問がある上,仮にそのようなメモを作成していたとしてもその詳細なメモ等自体を証拠として提出していないことはやはり不自然であるから,被告鉄道の主張に沿った同陳述書部分(乙3)はにわかに信用し難い。

以上の検討によれば,上記J証言等をもって早期の除雪着手の可否を再び電話連絡するとの回答を無視して原告が本件踏切内に立ち入ったという事実を認めることはできず,他に同事実を認めるに足りる証拠もないから,その事実を前提として原告が本件踏切内に進入したこと自体が安全運転義務違反の過失に当たるかのようにいう被告鉄道の前記主張は理由がない。

イ  また,仮に被告鉄道主張のとおり早期の除雪着手の可否を再び電話連絡するとの回答を被告鉄道がしていたとしても,①被告鉄道は本件事故の前日夜と当日朝にも原告から電話で除雪要請を受けていたのにこれを怠っていたこと,②被告鉄道の体制としては,緊急の場合には保線係員や駅の社員が手助けして除雪をすることもあり得たというが(J証言16頁),本件においては,そのような緊急対応措置を原告に対して申し出てはおらず,ただ通常の除雪の下請業者に対して除雪をすることができるかどうか聞いてみてその結果を再び電話連絡するが,それでも1,2時間以上はかかる旨を回答したというにすぎないこと,③被告鉄道の担当者は原告に対して本件踏切内への進入を禁止していたものではなかったこと,④本件踏切を通る本件道路は原告が帰宅するための唯一の生活道路であり,その時刻も夜10時近くになっており,原告自らスコップで踏切内の除雪等も一部行うなど安全横断のための努力をしており,その除雪中に後続車2台も来ていたことその他前記認定の事実経過に照らすと,仮に被告鉄道主張のとおり早期の除雪着手の可否を再び電話連絡するとの回答を被告鉄道の担当者がしていたとしても,原告が本件踏切内に進入したこと自体が安全運転義務違反の過失に当たるということはできない。

(3)  他方,原告自動車の速度調節や,ハンドル,ブレーキ等の操作について原告に過失があったことを認めるに足りる証拠はない。

(4)  以上の検討によれば,原告に安全運転義務違反の過失を認めることはできないから,被告鉄道の原告に対する不法行為損害賠償請求(反訴請求)は理由がない。

4  原告の被告鉄道に対する債務不存在確認請求について

原告の被告鉄道に対する本件事故による不法行為損害賠償債務の不存在確認請求は,これと訴訟物が重なる被告鉄道の原告に対する本件事故による不法行為損害賠償請求(反訴請求)がされてその判断(棄却)がされることにより,その訴えの利益がなくなるから,これを却下するのが相当である。

5  結論

以上によれば,民法709条又は717条に基づく原告の被告鉄道に対する請求は,民法717条1項に基づく損害金101万5000円及びこれに対する不法行為の日である平成17年2月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからその限度で認容し,その余の請求は理由がないから棄却し,被告鉄道の原告に対する不法行為損害賠償請求(反訴請求)は理由がないからこれを棄却し,これと訴訟物が重なる原告の被告鉄道に対する債務不存在確認請求は訴えの利益を欠くからこれを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判官 齊木教朗)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例