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青森地方裁判所 平成19年(行ウ)3号 判決 2007年12月07日

主文

1  三沢市長が原告に対して予定価格書を不開示とした平成19年2月2日付け三管発第11号に係る決定を取り消す。

2  三沢市長が原告に対して決裁文書の設計額,配当額及び配当残額を不開示とした平成19年2月2日付け三管発第12号に係る決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1請求

主文同旨

第2事案の概要

本件は,青森県三沢市の住民である原告が,三沢市情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき,その実施機関である同市長に対し,同市立三沢病院建替基本設計業務委託(以下「本件業務委託」という。)の入札における落札予定価格,低入札基準価格及び失格基準価格に関する市長決裁文書について開示請求をしたところ,同市長が,予定価格書の全部を不開示とする決定をするとともに,決裁文書のうち「設計額,配当額,配当残額」の部分を不開示とする決定をしたため,原告が上記各不開示決定(以下「本件各不開示処分」という。)の取消しを求めたという事案である。

その中心的争点は,本件各不開示処分に係る上記不開示部分が本件条例所定の不開示情報(「開示することにより,当該事務若しくは将来の同種の事務の実施の目的が損なわれ,又はこれらの事務の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるもの」)に該当するかどうかである。

1  前提事実

以下の事実は,括弧内に記載した証拠により認めることができるか,又は当事者間に争いがない。

(1)  当事者等

原告は,青森県三沢市内に住所を有する者であり,本件条例5条1号所定の開示請求権者である(乙1,4)。

被告は,本件条例を制定・施行している普通地方公共団体であり,三沢市長は,本件条例2条1号所定の実施機関である(乙1)。

(2)  本件条例の規定

本件条例10条8号は,開示請求に係る行政文書について,「市の機関又は国等の機関が行う検査,監査,取締り,試験,入札,徴税,争訟,交渉,渉外,人事その他の事務に関する情報であって,開示することにより,当該事務若しくは将来の同種の事務の実施の目的が損なわれ,又はこれらの事務の公正若しくは円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるもの」に該当する情報が記録されているときは,実施機関において当該行政文書を開示しないことができる旨規定している(乙1)。

(3)  原告による行政文書開示請求

原告は,平成19年1月18日,三沢市長に対し,本件条例に基づき,「新築三沢市立病院の基本設計入札における落札予定価格,低入札基準価格及び失格基準価格が分かる市長決裁文書」の開示請求を行った(以下「本件開示請求」という。乙4)。

(4)  三沢市長による本件各不開示処分

三沢市長は,本件開示請求に係る行政文書を本件業務委託に係る予定価格書及び決裁文書であると特定した上,予定価格書については,これを開示することにより同種の入札事務の執行に著しい支障が生ずるおそれがあり,本件条例10条8号所定の不開示情報に該当することを理由として,その全部を不開示とする不開示決定をし,平成19年2月2日付けでその旨の通知(同日付け三管発第11号)をするとともに(乙5),決裁文書の「設計額,配当額,配当残額」の部分についても,同様の理由により,これらを不開示とする部分開示決定をし,同日付けでその旨の通知(同日付け三管発第12号)をした(乙6の1~4)。

2  原告の主張

三沢市長が原告に対してした本件各不開示処分はいずれも違法であるから,それらの取消しを求める。

3  被告の主張

(1)  予定価格書記載の各情報を開示しない理由

原告の本件開示請求に係る予定価格書には,三沢市立三沢病院(以下「本件病院」という。)の老朽化による建替えに際し,被告が建築設計業者に基本設計の業務委託(本件業務委託)の入札をするに当たり,担当課が積算した設計額に基づく予定価格,低入札価格調査基準価格,低入札価格調査失格基準価格(以下,これらを併せて「予定価格等」という。)が記載されている。これらの価格は,入札参加者の企業努力やより効率的な経費の執行の促進,極端な低入札の防止等を目的として定められたものであるが,設計業務の積算は,直接人件費,特別経費,技術経費及び諸経費を積算するという比較的単純なものであるため,本件業務委託の入札に関する予定価格等が開示されると,それぞれの金額や割合が目安となって,その後に被告において予定されていた本件病院の工事監理委託業務等,将来の同種業務委託に関する入札事務において,参加者の見積努力を損なわせ,業者同士に談合の余地を与え,落札金額の高止まりを招くなど,業者間の自由競争によって公共団体に有利な条件で契約を締結しようとする入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるものである。普通地方公共団体が行う入札の執行に当たっては,予定価格書の内容が知られると入札参加者に極めて有利な基準を与えることになり,公正な入札を執行することができないことから,その秘密保持については厳格な対処がされている。予定価格書を開示しないのは,入札制度からの本質的な要請である。

(2)  配当額を開示しない理由

配当額については,設計額を基に算出された予定価格に極めて近似の額が記載されていることから,予定価格と同等の意味を持ち,その金額や割合が目安となって,将来の同種業務委託に関する入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがある。また,入札を執行するためには設計額以上の配当額を準備しておく必要があることから,配当額は設計額と同額あるいは近似額になるため,開示することができない。

(3)  配当残額を開示しない理由

配当残額については,本件においては契約済額が0円であることから配当額と配当残額が同額となるため,配当額と同様の理由から開示することができない。

(4)  上記各情報が本件条例10条8号所定の不開示情報に該当すること

このように,本件各不開示処分において不開示とされた各情報は,いずれも本件条例10条8号所定の不開示情報に該当する。

第3当裁判所の判断

1  予定価格書の不開示処分について

(1)  予定価格書の記載事項及びその内容(乙7,9)

ア 予定価格書には,①「入札又は見積に付する名称」,②「予定価格」,③「入札書比較価格」,④「低入札価格調査基準価格」,⑤「低入札価格調査基準比較価格」,⑥「低入札価格調査失格基準価格」,⑦「低入札価格調査失格基準比較価格」,⑧「予算額又は設計額」が記載されており(乙7),これらの記載事項の具体的内容は,次のとおりである。

イ ①「入札又は見積に付する名称」とは,契約事務1件ごとに付される管理上の名称である(乙9の2頁)。

ウ ②「予定価格」とは,競争入札の落札金額等を決定するための基準となる価格(消費税を含む。)である。普通地方公共団体は,競争入札に付する場合においては,「予定価格」の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を契約の相手方とするものとされているから(地方自治法234条3項本文),「予定価格」は実質的には契約予定金額の上限としての性質を有している(乙9の2頁)。

エ ③「入札書比較価格」とは,「予定価格」から消費税相当額を除いた価格である(乙9の2頁以下)。

オ ④「低入札価格調査基準価格」とは,低入札価格制度において調査手続が必要となるか否かの基準となる価格(消費税を含む。)である。低入札価格調査制度とは,良質な業務の履行を確保するため,一定の価格(低入札価格調査基準価格)を下回る入札があった場合において,その入札価格で適正な業務の履行が可能であるか否かについて調査した上で落札者を決定する制度である(乙9の3頁。地方自治法234条3項ただし書,同法施行令167条の10第1項,三沢市財務規則104条〔乙2〕,低入札価格調査制度事務取扱要領〔乙3〕)。

カ ⑤「低入札価格調査基準比較価格」とは,「低入札価格調査基準価格」から消費税相当額を除いた価格である(乙9の3頁)。

キ ⑥「低入札価格調査失格基準価格」とは,低入札価格制度において調査手続を経ることなく入札者を失格として落札させないこととするための基準となる価格(消費税を含む。)である。「低入札価格調査失格基準価格」は,「低入札価格調査基準価格」よりも低く設定されており,その金額での契約について,契約内容に適した履行がされないおそれや公正な取引の秩序を乱すおそれがあって不適当であるとあらかじめ市が判断した価格である(乙9の3頁以下)。

ク ⑦「低入札価格調査失格基準比較価格」とは,「低入札価格調査失格基準価格」から消費税相当額を除いた価格である(乙9の4頁)。

ケ ⑧「予算額又は設計額」のうち,「予算額」とは,業者からの見積により算出した額で,当該入札事案において負担することができる予算上の上限額であり,「設計額」とは,工事のように積算のための基準が示され,単価等を積み上げて算出した額である。「予算額」は主として工事以外の業務で,「設計額」は主として工事の場面で使用されている文言であるが,いずれも「予定価格」との関係では差異がなく,「予定価格」を決定する上で基礎となる金額であり,「予定価格」と同額又はこれと極めて近似した金額となっている(乙9の4頁)。

(2)  予定価格書に記載された各情報の本件条例10条8号該当性について

ア ①「入札又は見積に付する名称」については,契約事務1件ごとに付される単なる管理上の名称にすぎないから,これを開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。

イ ②「予定価格」及び⑥「低入札価格調査失格基準価格」については,これらが実質的には地方公共団体の行う競争入札において契約を受注するための上限及び下限を画する金額であること,④「低入札価格調査基準価格」については,これが低入札価格制度において調査手続が必要となるか否かの基準となる価格であることからすれば,これらを入札前に事前に開示した場合には,当該入札に際し,入札参加者において独自に見積をしなくても,「予定価格」と同額又はこれに極めて近似した金額で入札することや,低入札価格制度に基づく調査を受けることのない金額で入札することが可能となる一方で,確実に落札したいと考えた場合には「低入札価格調査失格基準価格」と同額又はこれに極めて近似した金額で入札することによりほぼ確実に落札することが可能となることから,これらの価格を事前に開示した場合には,本件業務委託に係る入札事務の公正や円滑な執行に支障が生ずるおそれが全くないとはいえない。

しかしながら,既に実施された過去の入札における予定価格等が事後的に開示された場合においては,開示された予定価格等をその後に実施される工事の入札における予定価格等を予測するための参考にしようとしても,地方公共団体の行う工事の種類が多種多様であることや,同種工事であっても工事の対象,目的,工期,地域等の個別的事情が工事ごとにそれぞれ異なること,時の経過に伴って物価も変動し,技術も進歩することなどに照らせば,その予測には自ずから限界があるのであって,入札参加者において見積努力を行う必要がなくなるものではないと考えられるから,本件業務委託に係る予定価格等を事後的に開示することにより,将来の同種業務委託に関する入札事務において,入札参加者の見積努力を損なわせることになるものとはいえない。また,入札参加者らによる談合は,予定価格等の開示とは別の要因によって生じている問題であると考えられる上,予定価格等の事後的開示が定着すると入札価格と予定価格等との不自然な一致又は近似が公表されてしまうことから談合業者らに対する談合抑止の効果も生じ得るのではないかと期待されるし,予定価格等の事後的開示はその積算過程に対する事後的な検証を通じて予定価格等の適正さを担保することにもなると考えられることからすると,本件業務委託に係る予定価格等を事後的に開示することにより,将来の同種業務委託に関する入札事務において,業者同士に談合の余地を与えるとか,落札金額の高止まりを招くなどということになるとはいえない。

したがって,②「予定価格」,④「低入札価格調査基準価格」及び⑥「低入札価格調査失格基準価格」については,これらを事後的に開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。

ウ ③「入札書比較価格」,⑤「低入札価格調査基準比較価格」及び⑦「低入札価格調査失格基準比較価格」については,これらが②「予定価格」,④「低入札価格調査基準価格」及び⑥「低入札価格調査失格基準価格」から消費税相当額を除いた金額であるため,上記③「入札書比較価格」等を知ることができれば上記②「予定価格」等を容易に推測することができることとなるものである。また,⑧「予算額又は設計額」については,「予定価格」を決定する上で基礎となる金額であって,「予定価格」と同額あるいはこれと極めて近似した金額となっているものである。

しかしながら,これらの③「入札書比較価格」,⑤「低入札価格調査基準比較価格」,⑦「低入札価格調査失格基準比較価格」及び⑧「予算額又は設計額」の各情報の開示が実質的にみれば予定価格等を開示することと同視できるとしても,予定価格等については前記説示のとおり本件条例10条8号所定の不開示情報に該当するものとは認め難いのであるから,これらの情報を事後的に開示することにより,将来における本件業務委託に係る入札事務と同種の入札事務の公正や円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの(本件条例10条8号所定の不開示情報に当たるもの)と認めることはできない。

エ 以上のとおり,本件業務委託に係る予定価格書記載の各情報(前記①~⑧)は,いずれも本件条例10条8号所定の不開示情報には該当しない。

2  決裁文書の「設計額,配当額,配当残額」の不開示処分について

(1)  設計額,配当額及び配当残額の内容(乙9)

ア 「設計額」とは,工事費等の積算のために単価等を積み上げて算出した額であって「予定価格」を決定するための基礎となる金額である(乙9の1頁)。

イ 「配当額」とは,予算を計画的に運用するため支払に必要な金額をあらかじめ用意し支払の執行を準備している金額である(乙9の1頁)。

ウ 「配当残額」とは,当該年度において予算科目に配分された執行可能な範囲の額である予算現額のうち,契約行為が終了し契約額が確定している額である契約済額を,配当額から差し引いた額である(乙9の1頁以下)。

(2)  設計額,配当額及び配当残額の本件条例10条8号該当性について

ア 被告は,「設計額」については「予定価格」を決定するための基礎となる金額であることを理由として,「配当額」については「設計額」を基に算出された「予定価格」に極めて近似した額が記載されており,「予定価格」と同等の意味を持つことを理由として,「配当残額」については本件の契約済額が0円であり,「配当額」と「配当残額」が同額となることを理由として,いずれの情報も本件条例10条8号所定の不開示情報に該当する旨主張する。

イ しかしながら,被告の上記主張は,「予定価格」が本件条例10条8号所定の不開示情報に該当することを前提とした上で,上記各情報の開示を「予定価格」の開示と実質的に同視することができることを不開示情報該当性の根拠とするものであるところ,前記説示のとおり,「予定価格」は本件条例10条8号所定の不開示情報に該当するものであるとは認めることができないのであるから,被告の上記主張はその前提を欠くものであり,採用することができない。

ウ したがって,本件業務委託に係る決裁文書に記載された「設計額」,「配当額」及び「配当残額」については,いずれも本件条例10条8号所定の不開示情報には該当しない。

第4結論

以上によれば,本件各不開示処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由があるからこれらを認容することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 澤田久文 裁判官 西山渉)

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