青森地方裁判所 平成22年(行ウ)3号 判決 2011年8月26日
主文
1 弘前市代表監査委員が平成17年10月7日付けで原告に対してした平成16年度第3回監査委員協議会記録と題する文書(ただし、平成16年6月14日付け住民監査請求に係る請求人の氏名、住所、職業、印影を除く。)及び平成16年度第4回監査委員協議会記録と題する文書(ただし、平成16年6月14日付け住民監査請求に係る請求人の氏名、住所、職業、印影を除く。)を不開示とする旨の決定を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
弘前市代表監査委員が平成17年10月7日付けで原告に対してした平成16年度第3回監査委員協議会記録と題する文書及び平成16年度第4回監査委員協議会記録と題する文書を不開示とする旨の決定を取り消す。
第2事案の概要
本件は、被告(弘前市)の住民である原告が、市町村合併前の弘前市情報公開条例(以下「旧情報公開条例」という。)に基づいて、その実施機関である弘前市代表監査委員に対し、弘前市監査委員協議会において作成された平成16年6月及び7月分の会議録の開示を請求したところ、これを不開示とする旨の決定を受けたため、これを不服として上記決定の取消しを求めた事案である。
1 前提事実(争いがないか後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1) 当事者等
ア 原告は、被告の住民である。
イ 被告は、平成18年2月27日に当時の青森県弘前市、同県中津軽郡岩木町及び同郡相馬村の合併により成立した普通地方公共団体である(公知の事実)。
ウ 弘前市代表監査委員は、旧情報公開条例(平成10年3月24日弘前市条例第1号。乙1)及び市町村合併後の弘前市情報公開条例(平成18年2月27日弘前市条例第19号。以下、平成19年9月28日弘前市条例第28号による改正前のもの及び改正後のものを併せて「新情報公開条例」という。乙2)の実施機関である(旧情報公開条例2条1号、新情報公開条例2条1号)。
(2) 新旧情報公開条例における不開示情報等の定め
ア 旧情報公開条例(乙1)
10条柱書によれば、実施機関は、開示請求に係る公文書に同条各号のいずれかの不開示情報が記録されているときは、当該公文書を開示しないことができるとされる。
そして、同条2号本文によれば、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、特定の個人が識別され、又は他の情報と照合することにより識別され得るものが不開示情報として挙げられている。なお、同号本文に規定される情報であっても、法令等の規定により何人でも閲覧することができる情報などは、同号但書において、不開示情報から除外されている。
また、同条7号によれば、市の機関が行う監査の事務に関する情報であって、開示することにより、当該事務若しくは将来の同種の事務の実施の目的が損なわれ、又はこれらの事務の適正な執行に著しい支障が生ずるおそれのあるものが不開示情報として挙げられている。
イ 新情報公開条例(乙2)
(ア) 7条柱書によれば、実施機関は、開示請求があったときは、開示請求に係る公文書に同条各号に掲げる不開示情報のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該公文書を開示しなければならないとされる。
そして、同条2号本文によれば、個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができるもの(他の情報と照合することにより、特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)又は特定の個人を識別することはできないが、公にすることにより、なお個人の権利利益を害するおそれがあるものが不開示情報として挙げられている。なお、同号本文に規定される情報であっても、法令若しくは他の条例の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報などは、同号但書において、不開示情報から除外されている。
また、同条6号によれば、市の機関等が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの等が不開示情報として挙げられている。
(イ) 附則2項2号によれば、同条例は、市町村合併前の弘前市から承継した公文書(同条例の施行日の前日である平成18年2月26日において、旧情報公開条例の適用を受けていた公文書)について適用される。
また、附則6項によれば、平成18年2月26日までに旧情報公開条例の規定によりされた処分、手続その他の行為は、それぞれ新情報公開条例の相当規定によりされたものとみなされる。
(3) 本件訴訟の提起に至る経緯について
ア 被告の住民らによって構成されている団体は、平成16年6月14日、被告が平成13年5月に策定した「○○地区整備計画(案)」に係る基本計画作成のために450万円の委託料を入札業者に支出する行為は市民全体の利益に反し違法ないし不当であるから、上記委託料の支出は差止められるべきであるとして、弘前市監査委員に対し、地方自治法242条1項に基づく住民監査請求をした(以下「本件住民監査請求」という。甲20ないし甲22、乙5)。
弘前市監査委員は、本件住民監査請求を受け、平成16年度第3回協議会及び第4回協議会において、審査及び協議を行った上、本件住民監査請求は不適法であるとして、平成16年6月30日、これを却下した(乙5)。
イ 原告は、平成17年9月22日、旧情報公開条例(平成17年9月30日弘前市条例第52号による改正前のもの)5条に基づき、弘前市代表監査委員に対し、平成16年6月及び7月分の①旅行命令書、②復命書、③会議録について、その開示を請求した(甲1ないし甲3)。
ウ 弘前市代表監査委員は、上記請求を受けて、平成17年10月7日、①旅行命令書及び②復命書については開示決定を行ったものの、③会議録については、市の機関が行う監査の事務に関する情報であって、開示することにより、当該事務若しくは将来の同種の事務の実施の目的が損なわれ、又はこれらの事務の適正な執行に著しい支障が生ずるおそれ(旧情報公開条例10条7号)に該当する情報があるとして、平成16年度第3回監査委員協議会記録と題する文書(同年6月分。以下「第3回協議会記録」という。)及び平成16年度第4回監査委員協議会記録と題する文書(同年7月分。以下「第4回協議会記録」といい、「第3回協議会記録」及び「第4回協議会記録」並びに各会記録に添付された資料を併せて単に「本件文書」という。)を不開示とする旨の決定をした(以下「本件不開示決定」という。)(甲1)。
エ 原告は、平成17年11月14日、弘前市代表監査委員に対し、行政不服審査法に基づく異議申立てをし、本件不開示決定の取消しを求めた。そこで、弘前市代表監査委員は、平成18年2月8日、旧情報公開条例(平成17年9月30日弘前市条例第53号による改正後のもの。施行日平成18年1月1日)14条1項に基づき、弘前市情報公開・個人情報保護審査会に対し、上記異議申立てについて諮問をした。上記審査会は、これを受けて、平成21年7月22日、弘前市代表監査委員に対し、本件不開示決定を取り消し、本件文書を開示すべきである旨の答申をした(甲2)。
オ 弘前市代表監査委員は、上記答申を受けるも、同年11月30日、上記異議申立てを棄却する決定をしたため(甲3)、原告は、平成22年5月21日、本件訴えを提起した。
(4) 本件文書について
ア 第3回協議会記録及び添付資料
(ア) 第3回協議会記録は、弘前市監査委員が平成16年度第3回協議会において作成した文書であり、そこには、本件住民監査請求に関し、弘前市監査委員が協議した日時、協議場所、弘前市監査委員の出欠及び協議結果が記載されている。
(イ) 第3回協議会記録には、資料として、①議事進行次第、②本件住民監査請求に対する通知文案、③事実証明文書一覧、④本件住民監査請求内容の整理と請求人の求める各論旨に対する考察及び結論を記載した一覧表、⑤「不動産売買契約書」・「物件移転補償契約書」・「○○地区自然体験型拠点施設基本計画作成委託料」に対する弘前市監査委員の考察・所見等を記載した一覧表、⑥地方自治法242条及び同法242条の2に関する法令解釈を記載した書面(③ないし⑥は弘前市監査委員事務局が作成したもの)、⑦本件住民監査請求書、⑧本件住民監査請求に係る請求人が弘前市監査委員に提出した各事実証明文書が添付されている。
(ウ) 上記資料①には、本件住民監査請求に関し、弘前市監査委員が協議した日時、協議場所、弘前市監査委員の出欠及び協議結果のほか、審査及び協議の方法などが記載されるとともに、本件住民監査請求に係る請求人の氏名及び住所が記載されている。
②は、弘前市監査委員による合議が整う前の原案である。
③は、弘前市監査委員が本件住民監査請求に係る請求人から提出された⑧の各事実証明文書を元に作成した一覧表である。
④は、弘前市監査委員が本件住民監査請求を具体的に分析し、それぞれについて検討を加えた結果を記載したものである。
⑤の一覧表のうち、「不動産売買契約書」及び「物件移転補償契約書」に係る一覧表は、それぞれ、契約の名称(不動産面積)、契約金額(締結年月日)、支出金額(支出年月日)、考察、所見から構成され、また、「○○地区自然体験型拠点施設基本計画作成委託料」に係る一覧表は、予算の款項目(議決年月日)、予算額、判断基準、所見から構成される。そして、これらの項目のうち、考察、所見、判断基準においては、本件住民監査請求に対する弘前市監査委員の検討過程や判断手法が記載されている。
⑦には、請求人の氏名、住所、職業が記載されるとともに、氏名の横に押印がされている。
イ 第4回協議会記録及び添付資料
(ア) 第4回協議会記録は、弘前市監査委員が平成16年度第4回協議会において作成した文書であり、そこには、第3回協議会記録と同様、本件住民監査請求に関し、弘前市監査委員が協議した日時、協議場所、弘前市監査委員の出欠及び協議結果が記載されている。
(イ) 第4回協議会記録には、資料として、⑨議事進行次第、⑩本件住民監査請求に対する通知文案、⑪「住民監査請求及び訴訟」に関する文献・裁判例(判例体系CD―ROMからの印刷物)が添付されている。
(ウ) 上記資料⑨には、本件住民監査請求に関し、弘前市監査委員が協議した日時、協議場所、弘前市監査委員の出欠及び協議結果のほか、審査及び協議の方法などが記載されるとともに、本件住民監査請求に係る請求人の氏名及び住所が記載されている。
⑩は、弘前市監査委員による合議が整う前の原案である。
2 争点及び当事者の主張
本件の争点は、本件文書に記載された情報が新情報公開条例7条6号又は2号の不開示情報に該当するか否かである。
(1) 新情報公開条例7条6号該当性について
ア 被告の主張
(ア) 「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」とは、当該事務の一般的な内容や性質に照らし、当該情報の開示によってその適正な遂行に支障を及ぼす客観的な危険性が認められることを意味するところ、情報の開示によってどのような支障を及ぼすかについては、当該事務の一般的な内容や性質を踏まえた上での予測的判断が必要であり、その判断については実施機関の側に一定の裁量が認められるべきものといえる。
したがって、実施機関は、上記おそれの有無の判断にあたっては、個々の具体的な事情について考慮すべきではなく、当該事務の一般的な内容や性質を考慮すべきであり、その結果としての裁量的判断に合理性が認められる限り、そのような判断に基づく不開示決定は適法である。
(イ) そして、実施機関である弘前市代表監査委員がした本件不開示決定は、本件住民監査請求に係る審査及び協議の過程で弘前市監査委員が作成した協議会記録等を不開示とする旨の決定であるから、住民監査請求に係る監査事務の一般的な内容や性質を考慮して上記おそれがあるとした弘前市代表監査委員の裁量的判断に合理性が認められる限り、そのような判断に基づく本件不開示決定は適法である。
(ウ) そこで、住民監査請求に係る監査事務の一般的な内容や性質について鑑みるに、監査委員が住民監査請求に対する決定をするにあたっては、住民訴訟の前審として、慎重かつ公正偏頗のない審議が必要であることから、監査委員の合議によるものとされており、そのような審議を可能ならしめるためには、監査委員が外部から無用な批判や圧力を受けることなく自由かつ公正な意見交換をすることができることが保障されていなければならない。
このような監査事務の特質に照らすと、住民監査請求に係る合議及び決定に至るまでの事務については、監査委員の合理的裁量に委ねられているというべきであり、実際に、弘前市監査委員は、従前から、住民監査請求があった場合には、監査委員協議会自体は非公開で行い、合議が整うに至る過程については公表をしないという運用に従って対応してきたのであって、このような運用に基づいて監査事務を遂行することもまた上記裁量の範囲内であるというべきである。
(エ) 以上のような観点からみるに、第3回協議会記録及び第4回協議会記録は、地方議会における会議録などのように作成が法律上義務付けられているものではなく、その性格は弘前市監査委員が合議に至るまでの経過を記録した備忘録にすぎないものであるから、その作成についてはそもそも弘前市監査委員の合理的な裁量に委ねられている。
そして、本件文書のうち、上記各協議会記録及び添付資料中の①⑨議事進行次第には、弘前市監査委員が協議した日時、協議場所、弘前市監査委員の出欠及び協議結果や、本件住民監査請求に対する審査及び協議の方法などが記載されており、これらの情報を開示すると、協議方法について外部からの監視や批判を受けるなどして協議が硬直化するといった弊害が生じることはもとより、協議結果について外部からの圧力や批判を受けるなどして自由な意見交換を行うことが著しく困難になる。
また、添付資料中の⑥地方自治法242条及び同法242条の2に関する法令解釈を記載した書面、⑪「住民監査請求及び訴訟」に関する文献・裁判例(判例体系CD―ROMからの印刷物)は、弘前市監査委員が最終的な決定に至る過程において作成ないし収集した文書であり、これらの情報を開示すると、弘前市監査委員がどのような判断方法を用いて最終的な結論に至ったのかが推知され、自由な意見交換を行うことが著しく困難となる。
さらに、④本件住民監査請求内容の整理と請求人の求める各論旨に対する考察及び結論を記載した一覧表、⑤「不動産売買契約書」・「物件移転補償契約書」・「○○地区自然体験型拠点施設基本計画作成委託料」に対する弘前市監査委員の考察・所見等を記載した一覧表は、弘前市監査委員が本件住民監査請求について具体的に分析及び検討を加えた文書であって、そこには弘前市監査委員の決定に至る判断過程が詳細に示されており、これらの情報を開示すると、審査の具体的手法やその過程、合議の詳細な内容などが明らかにされ、自由な意見交換を行うことが著しく困難となる。
また、⑦本件住民監査請求書、⑧本件住民監査請求に係る請求人が弘前市監査委員に提出した各事実証明文書(③はその一覧表)は、請求人において将来的に公表されることを前提としないで提出されたものであり、これらの情報を開示すると、住民が監査対象者や利害関係人等から批判、非難などを受けることを恐れて今後の住民監査請求を差し控える事態を招来しかねない。
さらに、②⑩通知文案は、監査委員による合議が整う前の原案であるから、これを開示すると、原案と最終的な監査結果とを比較対照することによって、監査結果のみでは明らかとならない合議の内容を第三者が推測することが可能となり、合議の際の自由な意見交換に萎縮的な効果を与えるような事態も予想される。
(オ) 以上のような監査事務の一般的内容及び性質並びに弘前市監査委員がこれまで裁量権の行使として行ってきた住民監査請求に係る監査事務の遂行についての運用状況などに照らすと、本件文書については、これを公にすることにより、将来の住民監査請求に対する監査事務の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるというべきであり、このようなおそれがあるとの判断に基づいてした本件不開示決定は、弘前市代表監査委員の合理的な裁量の範囲内の処分であるから、適法である。
イ 原告の主張
新情報公開条例7条6号の規定は、実施機関に広範な裁量権限を与えるものではなく、「公にすることにより、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれ」の有無については客観的に判断する必要があり、「支障」の程度については、実質的なものが要求され、また、「おそれ」の程度については、法的保護に値するだけの蓋然性が要求される。したがって、本件不開示決定の適法性については、このような解釈と運用に適合しているか否かによって判断されなければならない。
しかし、本件文書は、これを開示したからといって将来の住民監査請求に係る監査事務の適正な遂行に支障を及ぼす危険を本来的に有しているとはいえないことはもとより、被告は、上記解釈と運用に照らして要求される程度の「支障」や「おそれ」について何ら具体的な主張立証をしていない。
したがって、本件文書に記載された情報は、新情報公開条例7条6号所定の不開示情報に該当しない。
(2) 新情報公開条例7条2号該当性について
ア 被告の主張
本件文書の添付資料中の①⑨議事進行次第には、本件住民監査請求の請求人の氏名及び住所が記載され、また、⑦本件住民監査請求書には、請求人の氏名、住所、職業が記載されるとともに、氏名の横に押印がされている。これらの情報は、個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるものであり、新情報公開条例7条2号の不開示情報にあたる。
したがって、上記(1)の理由を併せ考慮すると、本件不開示決定は適法である。
イ 原告の主張
本件文書の添付資料中の①⑨議事進行次第に記載された本件住民監査請求に係る請求人の氏名及び住所、⑦本件住民監査請求書に記載された請求人の住所、氏名、職業及び同請求書上の請求人の印影が個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるものであり、新情報公開条例7条2号の不開示情報にあたる点は認める。
したがって、上記不開示情報を除いて、本件不開示決定は違法である。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)(新情報公開条例7条6号該当性)について
(1) 本件文書の内容は上記認定のとおりであるところ、確かに、その作成自体は法律上義務付けられているものではない。しかし、住民監査請求に対する決定は監査委員の合議による(地方自治法242条8項)ものとされていることに照らすと、本件文書は、弘前市監査委員が本件住民監査請求に関し法律上要求されている審査及び協議の過程において作成した協議会記録や、同過程において作成ないし取得した添付資料によって構成されているものというべきである。したがって、本件文書は、弘前市監査委員が法律等により与えられた任務又は権限の範囲内において作成し、又は取得したものというべきであるから、実施機関の職員が職務上作成し、又は取得した文書にあたる。
そして、上記認定のとおり、本件住民監査請求は平成16年6月14日付けでされ、弘前市監査委員は同年度第3回協議会及び第4回協議会において審査及び協議をした上、同月30日付けで同請求に対する却下決定をしていることからすれば、遅くとも本件不開示決定がされた平成17年10月7日の時点では、本件文書については実施機関において定めている決裁、供覧等の手続が既に終了し、実施機関の管理下に置かれていたものというべきである。
以上によれば、本件文書は、旧情報公開条例(平成17年9月30日弘前市条例第52号による改正前のもの)2条2号所定の「公文書」にあたる。
(2) 新情報公開条例においては、3条で実施機関は公文書の開示を請求する権利が十分に尊重されるようにこの条例を解釈し、運用しなければならない旨規定されており、弘前市情報公開条例に係る「解釈・運用」(甲19)によれば、7条の解釈として、実施機関は公文書を裁量によって開示しないという対応をとることはできないとされていることに照らしても、同条は、実施機関に広範な裁量権限を与える趣旨の規定ではなく、同条6号所定の「当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの」の要件該当性については客観的に判断する必要性があるというべきであり、この「支障」の程度については、名目的なものでは足りず実質的なものが要求されるものと解すべきである。また、この「おそれ」の程度については、単なる抽象的な可能性ではなく、法的保護に値する具体的な蓋然性が要求されるものと解すべきである。
(3)ア 被告は、本件文書のうち、第3回協議会記録及び第4回協議会記録並びに添付資料中の①⑨議事進行次第を開示すると、外部からの圧力や批判などを受けるなどして自由な意見交換を行うことが著しく困難になると主張する。
しかしながら、各協議会記録及び①⑨議事進行次第の内容は上記認定のとおりであるところ、住民監査請求に係る審査及び協議が既に終了した後に当該協議の日時、場所、監査委員の出欠、審議及び協議の方法といった形式的事項に係る情報を開示したからといって、それが将来の住民監査請求に係る監査委員の審査及び協議に影響を与えるものということはできない。また、協議結果については、住民監査請求に対する決定と密接に関連するものであるという性質上、住民による批判の対象となることは避けられないものの、地方自治の本旨に即した市政の推進の観点からすれば、単に住民による批判を受ける可能性があることをもって、将来の住民監査請求に係る監査委員の審査及び協議における自由な意見交換を行うことが著しく困難になるということはできない。
そうすると、各協議会記録及び添付資料中の①⑨議事進行次第を開示したところで、将来の住民監査請求に係る弘前市監査委員の監査事務の適正な遂行に実質的支障を及ぼす具体的な蓋然性があると認めることはできない。
イ また、被告は、⑥地方自治法242条及び同法242条の2に関する法令解釈を記載した書面及び⑪「住民監査請求及び訴訟」に関する文献・裁判例(判例体系CD―ROMからの印刷物)を開示すると、弘前市監査委員がどのような判断方法を用いて最終的な結論に至ったのかが推知され、自由な意見交換を行うことが著しく困難になると主張する。
しかしながら、地方自治法は、住民監査請求の前置主義を採用し、監査委員は、問題とされる財務会計行為の違法性ないし不当性について、合議の上で決定を出すことが求められているのであって、このような住民監査請求制度の構造に照らせば、監査委員が住民監査請求に係る審査及び協議をするにあたり、法令解釈が記載された文献や裁判例等を参照するのは一般的なことであるから、如何なる文献や裁判例を参照したのかを開示したからといって将来の監査事務において自由な意見交換を行うことが著しく困難になるとは到底いうことができない。
そうすると、これらの情報を開示したところで、将来の住民監査請求に係る弘前市監査委員の監査事務の適正な遂行に実質的支障を及ぼす具体的な蓋然性があると認めることはできない。
ウ さらに、被告は、④本件住民監査請求内容の整理と請求人の求める各論旨に対する考察及び結論を記載した一覧表、⑤「不動産売買契約書」・「物件移転補償契約書」・「○○地区自然体験型拠点施設基本計画作成委託料」に対する弘前市監査委員の考察・所見等を記載した一覧表を開示すると、審査の具体的手法やその過程、合議の詳細な内容などが明らかにされるから、自由な意見交換を行うことが著しく困難になると主張する。
しかしながら、住民監査請求に対する監査委員の検討過程や判断手法は、その性質上、住民監査請求に対する最終的な回答ともいえる決定と密接に関連するものであって、監査委員による決定の公表が地方自治法上も義務付けられている(同法242条4項)ことも併せ考えれば、上記のような情報を開示したからといって、監査委員による自由な意見交換が著しく困難になるということはできない。
そうすると、これらの情報を開示したところで、将来の住民監査請求に係る弘前市監査委員の監査事務の適正な遂行に実質的支障を及ぼす具体的な蓋然性があると認めることはできない。
エ また、被告は、⑦本件住民監査請求書、⑧本件住民監査請求に係る請求人が弘前市監査委員に提出した各事実証明文書を開示すると、住民が監査対象者や利害関係人等から批判や非難などを受けることを恐れて今後の住民監査請求を差し控える事態が生ずるから、将来の監査事務の適正な遂行に支障を及ぼすと主張する。
しかしながら、そのような事態は、住民監査請求をした者の個人情報を除いて開示することによって回避できるのであるから、個人情報を除いた部分を開示したところで、将来の監査事務の適正な遂行に実質的支障を及ぼす具体的な蓋然性があると認めることはできない。そして、⑧の各事実証明文書の開示によって上記支障を生ずる具体的な蓋然性があるとはいえない以上、⑧の一覧表である③の文書の開示によっても上記支障を及ぼす具体的な蓋然性はないものといわざるを得ない。
オ さらに、被告は、②⑩通知文案を開示すると、監査結果のみでは明らかとならない合議の内容を第三者が推測することが可能となり、合議の際の自由な意見交換に萎縮的な効果を与える事態が予想されると主張する。
確かに、上記認定のとおり、②⑩通知文案は、弘前市監査委員による合議が整う前の原案であるから、その意味で、監査結果として請求人に通知される前段階の意思形成過程における文書としての性格を有する点は否定できない。
しかしながら、監査委員の意思形成過程を経た上での最終的回答としての決定自体は、既に説示したとおり、その公表が地方自治法上義務付けられているのであるから、上記のような情報を開示したからといって、監査委員の合議の際の自由な意見交換に萎縮的な効果を与えるということはできない。
そうすると、これらの情報を開示したところで、将来の住民監査請求に係る弘前市監査委員の監査事務の適正な遂行に実質的支障を及ぼす具体的な蓋然性があると認めることはできない。
(4) 以上によれば、本件文書については、これを公にすることにより、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものということはできず、新情報公開条例7条6号所定の不開示情報があるとは認められない。
2 争点(2)(新情報公開条例7条2号本文該当性)について
(1) 上記認定によれば、本件文書の添付資料中の①⑨議事進行次第には、本件住民監査請求に係る請求人の氏名及び住所が記載され、また、⑦本件住民監査請求書には、請求人の氏名、住所、職業が記載されるとともに、請求人による押印がされているところ、これらの情報が個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるもの(新情報公開条例7条2号本文の不開示情報)にあたることについては当事者間に争いがない。
(2) したがって、本件文書のうち、①⑨議事進行次第及び⑦本件住民監査請求書には、個人に関する情報であって、特定の個人を識別することができるもの(新情報公開条例7条2号所定の不開示情報)が記録されているものというべきである。もっとも、そのような個人情報が記録されている部分とそれ以外の部分とを容易に、かつ、開示請求の趣旨が損なわれない程度に分離することができるから、実施機関は、上記個人情報が記録されている部分を除いて、本件文書を開示しなければならないというべきである。
3 以上によれば、本件文書中、上記個人情報が記録された部分は新情報公開条例7条2号に該当するから、これを不開示としたことは適法であるが、上記個人情報の記録を除く部分は、同条6号に該当せず、これを不開示としたことは違法である。
4 よって、原告の本件請求は、本件不開示決定のうち、上記個人情報(平成16年6月14日付け住民監査請求に係る請求人の氏名、住所、職業、印影)の記録を除いた部分を不開示とした部分の取消しを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法64条但書、同法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 浦野真美子 裁判官 武田正 須藤隆太)