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青森地方裁判所 昭和25年(行)16号 判決

原告 太田文吉

被告 三本木税務署長

一、主  文

被告が国税犯則取締法に基くものだとして、別紙目録記載(イ)のようにした差押処分が何れも無効であることを確定する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、被告が国税犯則取締法に基くものだとして別紙目録(イ)(ロ)のようにした差押処分が何れも無効であることを確定する、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める旨申立てその請求の原因として、原告において昭和二十一年特許願第四一一号を以て特許廳に出願し、特許廳において昭和二十三年八月二十日出願公告をして昭和二十四年三月十二日登録し、原告に帰属する特許第一七八一二五号特許権の内容たる発明の要領は次の通りである。即ち[禾参]、大麦、その他の穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊しこれに種麹を加えて製麹して乾燥したもの、又はでき上がりのまゝのものに牛乳と酵母との混合液を吸收させ、これを乾燥粉末にした滋養食品で、その目的は甘味と栄養とに富む経済的母乳代用品特に動物性物質を造るにある、即ち[禾参]、麦その他の穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊するから[禾参]、麦等に不足している糖分が乳酸として釀成され、蛋白質が「カゼイン」として補足されるから製麹を助け又これを牛乳と酵母との混合液とに吸收させるからヴイタミンを多量に含有し甘味と栄養とに富む母乳代用品が精製される。この方法で生じた麹は酒税法に所謂麹と異り特に動物性蛋白質、脂肪等を多量に含有し、酵素作用が強く蒸炊により徴生物が殺滅されている。今一例を挙げて説明すれば次の通りである。

[禾参]一石を脱脂乳(水分約九〇パーセント、蛋白質約四パーセント脂肪約〇、二パーセント、乳糖約四パーセント、灰分約〇、八パーセント)一石に一夜浸漬して、水分を悉く吸收させて蒸炊し、これを手で捻り、餠状のものにして放冷し、種麹を加え麹室で攝氏三〇度の温度で一日温めるときは「アスペルギルスオリーゼ」が繁殖する。そこでこれを麹室から取り出し攝氏五五度の温度で乾燥粉末化し、又はそのまゝのものに牛乳一升と乳状酵母一勺との混合液を吸收させ、乾燥粉末化したものは窮局の目的製品たる滋養食品である。即ち麹の醗酵素と酵母と牛乳とが協力して[禾参]を溶解性物質(攝氏六〇度の温湯では、溶解量は三〇パーセント)としたものである。

これを要するに右特許権の範囲は、[禾参]、大麦、小麦その他の穀類を脱脂乳に浸漬して蒸炊し、種麹を加えて製麹(但し酒税法に所謂麹ではない)し、これを乾燥粉末としたもの、又はでき上がりのまゝのものに、牛乳に酵母を加えた液を吸收させ乾燥粉末としたもの及びその製造法である。從つて本件滋養食品及びその製造過程で顕出される「麹」は何れもわが国古來から公然知られ、又は公然用いられている酒税法に所謂麹とは全然その種類性質滋養度風味その他の様相を異にする、今若しそうではないものとすれば、かような方法又は製品が新規な工業的発明に該当するものとして特許権の目的と爲り得ないことは特許法第四條第一号の規定に徴し極めて明白である。そして原告は右特許権者として前述の滋養食品を製造、使用、販賣又は拡布する権利を專有する(同法第三五條)から折角右特許権を施用して別紙目録記載の日時場所で同記載の物件を使用して同記載のように目的たる滋養食品を製造し、又は製造中被告は右特許権の施用過程又は施用の結果釀成される物質は何れも酒税法に所謂麹に該当し、原告が酒税法第一六條により製造場一個所毎に政府の免許を受けなければ右滋養食品の製造に着手することができないに拘らず、敢てこれを受けないで右食品を製造し又は製造しつゝあり国税犯則取締法第二條、第三條、酒税法第六四條によるものだとして別紙目録記載のように昭和二十四年七月七日から同年十一月二十五日までの間に計五回に亘り同町大字三本木字東小稻一二一番地、松尾信雄方外四箇所において原告所有又は占有の前記滋養食品製造用木製室四基、盛板七十六枚、蒸米箱四個、蒸器(セーロ)一個、種麹六袋(一袋四〇匁入)、製品一石四升を差押えた。併し乍ら右特許権実施過程中又は実施の結果釀成される物質は酒税法に所謂麹に非ず從つて又右製造過程において使用又は消費される器具原料も右麹製造の組成乃至供用物件ではなく、本件差押は法律上差押を許されない物件に対し爲された法律上の不能行爲に外ならないから当然無効である。よつてその確認を求めるため本訴に及ぶ。と陳述し、被告の抗弁に対し原告が酒税法第十六條による免許を受けていないことはこれを認めるけれども原告が本件特許権の実施により毫も酒税法に所謂麹を製造するものではないから固よりかような免許を受ける限りではない、と述べた。

(立証省略)

被告側指定代理人は先づ本案前の抗弁として本訴を却下する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求めその理由として本訴は三本木税務署長が酒税法第六十四條国税犯則取締法第二條、第三條に基いてした差押処分の無効確認を求めるにあるところ、かような差押処分は畢竟国の統治権の一具象的作用に外ならないからかような訴訟の被告は当然国であり、その一機関に過ぎない三本木税務署長は被告たる適格を具有しない。尤も行政事件訴訟特例法第三條は行政廳の違法な処分の取消又は変更を求める訴の被告は処分をした行政廳である旨規定しているけれどもそれは文字通り行政廳の違法な処分の取消又は変更を求める訴訟に限られているからこの規定は移して以て本件のような行政処分の無効確認請求訴訟に準用又は類推嵌用するを許さない。

なお、同法第七條は行政処分取消変更訴訟において、原告が被告とすべき行政廳を誤つたときは被告を変更することができる旨規定しているけれどもこれ又行政処分の取消変更訴訟に限られ、この規定は本訴のように行政行爲の無効確認を求める場合に準用又は類推適用すべきものではないから本訴において原告は被告を国に変更することができない、よつて本訴は須らく不適法として却下しなければならない。と陳述し、本案請求に対し原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め答弁として、原告主張のような特許の出願、公告、登録竝びに右特許権実施の供用物件、原料および製品に対する差押処分があつたこと、右物品が原告の所有又は占有に係ることは何れもこれを認めるけれども爾余の事実は全部否認する。一般に酒税法に所謂麹とは穀類その他の物質に酸類が繁殖しこれにより澱粉糖化酵素剤として利用し得る一切のものを総称し、苟くも酵素を包含する物質である以上、その製法、目的、名称如何を問わず又動物性蛋白乃至脂肪を包含すると否とを論ぜず同法に所謂麹に該当するところ、本件特許権の実施過程中又は実施の結果製出される物質は何れも多量の酵素を包含するから同法に所謂麹に該当することは勿論で、右特許権を実施して目的たる滋養食品を製造するには、同法第一六條により須らく製造場一個所毎に政府の免許を受けなければならないに拘らず、原告は毫もこれらの措置を採らず、本件特許権の行使として原告主張の器具又は原料を使用消費して、同法に所謂麹を製造し又は製造しつゝあつたから所轄三本木税務署長が酒税法第六十二條国税犯則取締法第二條、第三條によりこれらの容器、原料、製品を差押えたもので、該差押は洵に適法妥当であるから原告の請求は理由がない、と陳述した。

(立証省略)

三、理  由

よつて先づ、被告が当事者たる適格を有するかどうかにつき審按するに、成程行政事件訴訟特例法第三條には行政廳の違法な処分の取消又は変更を求める訴は「他の法律に特別の定のある場合を除いて処分をした行政廳を被告としてこれを提起しなければならない」とあるだけでかような処分の無効確認を求める訴の被告が、右取消請求訴訟の場合と同様矢張り原則として処分をした行政廳であるかどうかにつき何等の規定がないから、本件のように国の行政事務の一部を管掌する行政廳のした処分の無効確認を求める訴の被告は、一應国であり、從つてその代表者は「国の利害に関係のある訴訟についての法務総裁の権限等に関する法律」第一條により法務総裁であるように観えないわけではないけれども、元來行政行爲の無効はその取消と、勿論法律上種々の相違はあるとはいえ取消の目的たる行政行爲も一朝取消された曉には行爲の当初に遡及して法律上当然無効に帰し、適法な取消の結果から観れば彼此共に無効という同一点に落付く点において寸毫も甲乙があるわけではないから前記「行政処分取消変更請求訴訟において処分をした行政廳を被告とせよ」という規定はそのまゝ採つて以て本件のような行政処分無効確認請求訴訟にも(準用は格別)少くとも類推適用することができるものと解するを妥当とする。

なお、法律が敍上のように行政処分の取消変更訴訟において当該処分をした行政廳を被告としなければならない旨規定した実質上の理由は、要するに国その他の公共団体の行政事務を司る行政廳の処分の効力を爭う訴訟の被告を国その他の公共団体そのものだけに局限するときは、訴訟の運営を彈力性のない形式的劃一的進行に終始させ、兎角事件処理に溌刺たる地方色、具体的事情を反映させることができず手続が徒らに抽象的虚空性に墮し、機宜の措置を誤り事件の解決を徒らに遅延させその機動的進行を阻害するに至ることは到底数の免れないところであるからこれらの弊害を未然に防遏させ、現地の実情に即し敏速果敢円滑自在に事件の終局処理を推進させよつて以て新憲法下地方分讓民本政治の発達伸暢に役立たせようとするにあり、從つて右規定の適應性は行政処分取消変更訴訟と無効確認訴訟とにより寸毫も軒輊がなく、又あつてはならないところのものであるから該規定は移して以て本件のような行政行爲の無効確認を求める訴にも類推適用することができるものと解するを相当とする。よつて被告の抗弁は採るに足りない。(なお又同一理由により行政事件訴訟特例法第七條所定の被告変更許容の規定も本件のような行政行爲無効確認請求訴訟に類推適用するを妨げないものと観じなければならないであろう。)

よつて進んで本案請求の当否につき考察するに、原告主張のような特許出願、公告、登録竝びに右特許権実施の供用物件、原料及び製品に対する差押処分があつたこと、右物品が原告の所有又は占有に属することは何れも当事者間に爭がない。ところで凡そ「物」の新規な工業的発明を内容とする特許は、既に「特許出願前国内ニ於テ公然知ラレ又ハ公然用ヰラレタルモノ」についてはこれを受けることができないことは特許法第一條、第三五條、第四條第一号により明白であるから苟しくも特許出願者が同法第三五條第一項前段により特定の「製品」につき特許権を附與されその登録を経由した場合においては他に格段の事情がない限り、該物品が特許出願前国内において公然知られ又は公然用いられたものでない物、即ち新規な工業的発明品といわねばならない。そして該物品の非公知性、非公用性、新規発明性につき異議を挿む利害関係人において須らく特許法第八四條第一項第二号、第一〇五條、第一〇九條、第一二八條ノ二以下の規定により特許廳又は東京高等裁判所に特許権の範囲確定の申立又は提訴をし、その確定審判又は確定判決を受けない限り特許権の実施による製品は、一應特許出願前国内において公然知られ又は公然用いられたものではない物、即ち新規な工業的発明品であり何人もこれに対し兎角の論議を構えることができず、特許権者は公然適法に特許権を実施して目的品の製造に從事することができるものといわねばならない。今若しそうでないものとすれば立法者が特許権の範囲につき利害関係人間に爭がある場合、その確定につき前述のように先づ、專問的知識、技能、経驗を有する特許廳審判官の審判に俟たねばならない旨準繩を設け、水泳不能の徒輩をして泳法を傳授させる愚を極度に避けようとする精神を全然沒却するに至るであろう。

從つて特許権の実施過程乃至実施の結果に違法不当の廉がある旨主張する利害関係人は前記手続によりその主張事実の存在が確定されない限り特許権の実施を拒否妨害することができないものといわねばならない。そして坊間乃至酒税法に所謂麹は本件特許出願前既に已に久しく国内で公然知られ、又公然用いられていたもので、かような物質は本來特許法第一條、第三五條に所謂新規な工業的発明品ということができないことはわれわれの経驗則に照し極めて明瞭であり、さればこそ原告主張の製品が同法第一條、第四條第一号、第三五條第一項前段により麹と別種の物として本件特許権の目的となることができたものといわざるを得ない。從つて本件特許権の実施により釀成される物質が酒税法に所謂麹であるという事実が前示特許法上の規定により確定されない限り(その既に確定されたことについては被告は毫も主張および立証せず、否本件弁論の全趣旨によれば、まだ確定されていないことを推究するに難くはない。)本件特許権の目的たる物質が一應酒税法に所謂麹でないものと断ずるの外なく、從つて原告において政府の免許を受けないでこれを製造したからとて必ずしも犯則を以て論ずることができないものといわねばならない。尤も成立に爭がない乙第二号証(特許発明明細書)には随所に「麹」「製麹」「麹室」という文字が散見するけれどもこれらの物質は坊間乃至酒税法に所謂麹と異り該麹には含有していない多量の動物性蛋白質、燐酸、石灰、灰分、脂肪等をも包含することは眞正に成立したと認める乙第五号証により明白であるから、前述のような用語は事実に副わず從つてこれらの用語を援いて以て本件特許権の実施により生産される物質が酒税法に所謂麹だと断ずることができないものといわざるを得ない。被告は苟しくも酵素を含有する物質である以上総て酒税法に所謂麹に該当する旨抗爭するけれどもかような見解は著しく社会通念に反し実驗則を無視した立論で固より採用の限りではない。

果してそうだとすれば、本件特許権の行使により釀成される物質が酒税法に所謂麹であることを前提として爲された本件差押処分(イ)は法律上当然無効であり被告がこれを爭う本件においては、原告において即時右無効確認を求める法律上の利益があることはいうを俟たない。(論者あるいは本件のように税務署長が国税犯則取締法により差押えることができない物件を差押えた場合には該差押は訴訟上取消の対象と爲り得るに過ぎないというであろう。併し乍らかような違法な差押に対し刑事訴訟法上不服を申立てることができないことは、(イ)同法がその第四二九條、第四三〇條を以て裁判官、檢察官、檢察事務官、司法警察職員のした押收(差押を含む)に対し不服を申立てることができる旨規定し乍ら税務官吏がした差押処分に対する不服申立方法につき一言も触れていない点と、(ロ)国税犯則取締法に收税官吏のした違法な差押処分に対する救済方法につき何等の規定を措設していない点とを相互に比較綜合して容易に理解し得るところであるから、利害関係人は一般に同法に牴触する行政処分に対しその程度如何により司法裁判所に或は行政事件訴訟特例法によりその取消変更を求めるか或は又一般原則によりその無効確認を求める外はないであろう。そして本件のように税務署長が本來法律上国税犯則取締法により差押えることができない物件を差押えた場合には該差押処分は法律上当然無効であり、單に取消の対象と爲り得るに止どまるものということができないものと解するを相当とする。

蓋し本件差押のように差押物件の所有者又は占有者に刑罰の対象たる犯罪の嫌疑があることを前提として爲される差押処分はその他の行政行爲に比し利害関係者の嘗める苦痛遙かに深刻なものがあり、本來差押えることができない物件が差押えられることにより無辜の良民が忽ち罪人視せられては何人も到底耐え難い所であるから、本件事例のような違法性の甚大な差押は單に取消の対象となるに止どまり、その取消されるまで法律上一應有効であると観るようでは人権の尊嚴を強調する新憲法の趣旨にも背戻するに至るであろう。

これ本件差押が竟に法律上当然無効であると断じなければならない所以である。

然し乍ら本件差押物件中種麹六袋(一袋四〇匁入、別紙目録記載(ロ))は酒税法に所謂麹に該当することおよび原告においてその製造につき政府の免許をまだ受けていなかつたことは原告の自認するところであり、なお原告がその所持禁止につき法定の除外事由を有する点については、原告においても毫も主張および立証しないところであるから被告が原告に酒税法第一六條、第五三條、第六二條所定の犯則行爲の嫌疑があるものとして国税犯則取締法第二條によりこれを差押えるは一應当然である。從つて本件差押中右部分は有効で、これをもし無効違法視する原告の主張は竟に採用するに由がない。よつて本訴請求を以上の限度においてその理由があり、その余の部分を理由がないものと認め訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一條、民事訴訟法第九二條に則り主文の通り判決する。

(裁判官 中川毅 工藤健作 野原文吉)

(別紙目録省略)

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