青森地方裁判所 昭和26年(行モ)2号 決定
被申立人は、本案判決が確定するまでの間、青森縣南津軽郡柏木町大字柏木字柳田一一番地一号柏木町役場職員組合員栗林一景、岩淵鉄太郎、須藤良一を本決定書が申立人及び被申立人に各到達した日の翌日から二週間以内に各原職に復帰させ且つ栗林一景、岩淵鉄太郎、須藤良一に対しその各復帰の日から、將來に向つて各從前の標準による給料を支払わねばならない。
二、理 由
申立人は、被申立人が申立人において昭和二五年一二月一八日同年(不)第一四号不当労働行爲救済申立事件についてした命令に從うべき旨の決定を求める旨申立てその理由として、青森縣南津軽郡柏木町役場職員組合は、労働組合法第二條に所謂労働組合で、同組合は昭和二五年九月一六日被申立人を相手方として労働組合法第二七條第一項による救済の申立をした。その要領は次の通りである。同役場吏員栗林一景は同組合書記長、同岩淵鉄太郎は同組合副執行委員長、同須藤良一は同組合執行委員であるところ被申立人は、(イ)右三名共謀の上、昭和二五年九月四日同町役場助役岩淵潔の事務机の抽斗在中の同役場書記木村龍太郎名義の退職願を竊取し、なお(ロ)栗林一景は同月五日前記のように既に退職願を提出してある木村龍太郎を同縣東津軽郡八甲田山麓酸ケ湯で開催された関係市町村戸籍事務講習会に独断で出張させ又同月七日同縣南津軽郡大鰐町で開催された関係市町村更正事務協議会に故なく出席しないで上司に無断青森市に出張したことを理由として同月一五日栗林一景に次いで同年一一月一四日岩淵鉄太郎及び須藤良一にそれぞれ懲戒解雇の通告をした。
しかし右各通告は労働組合法第七條第一号に所謂「労働者が労働組合の正当な行爲をしたことの故をもつて、その労働者を解雇した」場合に該当する。
そもそも、昭和二五年八月一三日柏木町において同町長選挙が施行され相馬彌左衞門が同町長に当選し、就任するや同月三〇日同町柏木小学校で日本共産党柏木町細胞主催の町民大会が開催され同町役場吏員三浦政吉外五名の退陣を決議し、被申立人に同吏員等を解職するよう勧告した。
そこで被申立人は同吏員等に対し「右町長選挙に際し同吏員等が被申立人の競爭対手たる大川候補に應援し被申立人を落選させようと画策した」との理由を以て辞職を勧告した。
よつて同町役場職員組合は即時組合大会を開き右被申立人の辞職勧告は明かに同組合の弱体化を狙つたものであるとの決議をし、組合員岩淵鉄太郎、栗林一景、斎藤讓三名を代表者に挙げ被申立人に再三右辞職勧告の撤回方を交渉させた。他方又同年九月一〇日同町町会議員大湯湧太郎発起の町民大会が開かれ会衆約四〇〇名同組合はその席上書記長栗林一景をして辞職勧告に関する経過報告をさせ右会衆は「右辞職勧告は不当であるから被申立人において即時撤回すべきである」との決議をしその代表者栗林一景をして被申立人の面前へ右決議文を朗読させ被申立人にこれを手交させた。その後更に同月一五日右町民大会の実行委員一〇名が被申立人と右辞職勧告の撤回方を折衝した結果被申立人は実行委員達の要求を容れ右勧告を取消した。この間岩淵鉄太郎、須藤良一も亦栗林一景の活動を支持しこれに協力したことは勿論である。すると被申立人は同日栗林一景に前叙の理由で懲戒解雇の通告をしその後同年一一月一四日岩淵鉄太郎、須藤良一に前述の理由で懲戒解雇の通告をした。
併し乍ら栗林一景、岩淵鉄太郎、須藤良一は同僚組合員六名に対する被申立人の不当な辞職勧告を被申立人に撤回させるため奔走したもの即ち労働組合法第七條第一号に所謂「労働組合の正当な行爲をした」ものに過ぎないから本件解雇通告を受ける謂われは毫末もあり得ない。そこで同組合は昭和二五年九月一六日同法第二七條第一項により申立人に被申立人が同法第七條第一号の規定に違反し不当労働行爲をしたと主張して救済の申立をした。
よつて申立人は被申立人の意見を聽いたところ被申立人は本件救済の申立を棄却するとの命令を求め答弁として被申立人に労働組合法第七條第一号所定の違反行爲があつたとの事実を否認する。被申立人において本件解雇通告処分に出た理由は救済申立組合が引用するように岩淵鉄太郎、須藤良一において竊盜栗林一景において竊盜その他役場吏員として到底看過することができない振舞があつたからであると述べた。
よつて申立人は同年九月二六日から同年一一月一三日までの間審問すること三回幾多の証拠調を経た末大体救済申立組合の主張が理由があり被申立人の言い分が理由がないものと認め同年一二月一八日同法第二七條第二項により「被申立町長は申立組合の構成員栗林一景に対する昭和二五年九月一五日附解雇通告及び同岩淵鉄太郎、同須藤良一に対する同年一一月一四日附解雇通告を取消し、遅滯なく原職に復帰させねばならない。被申立町長は栗林一景に対し昭和二五年九月一五日以降又岩淵鉄太郎、須藤良一両名に対し同年一一月一四日以降の各給料を支拂わねばならない。」との命令を書面でし、同年一二月一八日該命令書写を被申立人及び救済申立組合に交付した。
よつて該命令は翌一九日から効力を生じたところ被申立人はこれを不服とし昭和二六年一月一六日同法第四項行政事件訴訟特例法により申立人を被告として当裁判所に該命令取消請求訴訟を提起し、該訴訟は目下当廳に昭和二六年(行)第一号として繋属中である。ところで本案判決の確定を俟つにおいては右被解雇通告者三名において社会的不名譽による精神上の苦痛が到底耐え難いものがあるばかりでなく又收入の途を杜絶されることによる一家の窮乏悲惨洵に言語に絶するものがあるからここに労働組合法第二七條第五項に則り本案判決が確定するまでの間被申立人が右命令に從うべき旨の決定を求めるため本申立に及ぶと陳述した。
よつて審按するに一件記録殊に本件命令書意見書等を精査すれば(本案請求の当否についての見解は今ここで披瀝する時機ではないから差控えるけれども)所論被解雇通告吏員三名が該通告を受けた後今なお職を得ずその生活に相当逼迫した事情の存する事実を一應推認するに難くはないから被申立人は本案判決が確定するまでの間右吏員三名を本決定書が申立人及び被申立人に各到達した日の翌日から二週間以内に各原職に復帰させ且つ右吏員三名にその各復帰の日から將來に向つて各從前通りの(即ち被解雇通知当時の標準による)給料を支拂わねばならないものと断ずるを相当とする。
唯申立人は、被申立人に対し被申立人から解雇通告を受けた日以降右復帰の日の前日までの給料の支拂をも命じ本件においてこの部分についても服從命令ありたいと申立てているが右吏員三名が右通告を受けた日以後今日までの間所論役場に出勤せず從つて全然同役場の仕事に從事していなかつたことは一件記録に徴し洵に明瞭でありそして右三名がこの期間を各自の心身の保生休養に充てたり又この期間自己の稼働能力を各自の欲する自在の仕事目的に用いたりすることもできた筈であるから、右三名においてかような期間の給料をも当然取得することができる趣旨の特別の規定乃至慣習、法理が差当り発見することができない本件においては当裁判所が被申立人にこの部分の給料の支拂をも命ずることは聊か行き過ぎの譏りを免れない。從つてこの部分についての本件申立は竟に理由がないものとして排斥を免れない。そして以上のように本件申立の一部を排斥する場合主文に、申立人の申立を一部棄却する旨記載することを必要とするかどうかについては一抹の疑問がないわけではないけれども、労働組合法第二七條第五項所定の決定は民事訴訟法第七五八條所定の仮処分の裁判及び行政事件訴訟特例法第一〇條所定の行政処分執行停止決定と同様便宜的應急的仮の措置であり、立法者が裁判所において申立の目的を達するために変通自在、臨機應変に立ち振舞うことを当然予想しているものと解さなければならないから裁判所が労働委員会から本件のような労働組合法第二七條第五項による申立を受けたときは裁判所の自由な意見乃至裁量により申立の目的を達するに必要な限度及び方法で裁判すれば足り実質上申立の一部分を理由がないものと認め棄却する場合でも主文にその旨表示するを必要とせず、否表示してはならないものと観ずるを妥当とする。
よつて主文のように決定する(被申立町長が他日一應本決定に從つた結果同町長と前記組合との間の從前の摩擦が一掃され、町役場の雰囲気が平和の光に充ち溢れることこそ本決定の念願であり、かりそめにも役場事務及び町政に一抹の暗影を投ずるであろうというようなことは本決定の寸毫も予期しないところである。)
(裁判官 中川毅 小友末知 野原文吉)