青森地方裁判所 昭和27年(行モ)3号 決定 1952年5月27日
申立人 米内山義一郎
被申立人 青森県議会
一、主 文
当裁判所が昭和二十七年四月二十八日本件についてなした申立人に対する被申立人の同年三月十五日附青森県議会議員除名処分の効力の発生を当裁判所昭和二十七年(行)第一〇号県議会議員除名処分取消請求事件の判決が確定するまで停止する旨の決定はこれを取消さない。
二、理 由
本件申立について当裁判所が昭和二十七年四月二十八日主文掲記の行政処分執行停止決定をなしたところ、内閣総理大臣は同年五月十六日当裁判所に対し「議員に対する懲罰の議決は一般の行政庁による処分とは異り全く議会内部の紀律を維持するための自律作用として地方自治法上認められているものであるから、懲罰の議決の執行が裁判所の最終判決に基かないで決定をもつて停止されるということになれば、地方議会の自主的な運営は著しく、且つ不当に阻害される結果となり、延いては地方自治の本旨を害するに至る虞れなしとしないからである。」との理由を示して該行政処分の執行は停止すべきでない旨の異議を述べた。よつて按ずるに、行政処分の執行停止に対し内閣総理大臣より異議の陳述がなされたときは、裁判所はその異議に覊束されて執行停止を命ずることができないことは行政事件訴訟特例法第十条第二項に明規するところである。
即ち、裁判所は内閣総理大臣の異議の当、不当を審理判断することは許されないところであり、異議の理由の如何にかゝわらず執行停止を命ずることはできないのである。これ、行政の最高機関である内閣総理大臣がその執行の停止によつて不当なる行政上の阻害が生ずるものと認め、その理由を明示して異議を述べたときは、行政権の立場を尊重し裁判所はもはや執行停止を命ずることが許されないものとしたのである。
右のように内閣総理大臣の異議は、裁判所を覊束する効力を有し、司法権に対し制約を加える重大な効果を有するものであるから、内閣総理大臣の責任に於て慎重公正になさるべきであり、苟くも恣意専横に流れるようなことがあつてはならないことは云うまでもないところである。
これ、特例法第十条第三項に於て「前項但書の異議は、その理由を明示してこれを述べなければならない。」と規定し、異議の陳述にはその理由の明示を要求し、もつて異議の専横に陷ることを防止し、異議の公正妥当を期している所以である。従つて、異議を述べるには必ず係争の当該行政処分の執行停止によつて如何なる行政上の阻害が発生するかを具体的に説示し執行を停止すべきでないことの理由を明示すべきことは法の要請するところであり、その理由の明示を欠く異議は不適法の異議であるから、之に特例法第十条に云うところの異議としての効力を認めることができないものと解すべきである。しからば、如何なる場合に理由の明示がないものと見るべきかにつき、一考するに、全然理由の記載を欠く場合が之に該当することは説明を要しないところであり、又形式的には理由の記載があつても(イ)その理由とするところが異議とは何等関連性のない事由を述べて居るに過ぎない場合(例えば今日は天気が良いから異議を述べるというが如き場合)(ロ)異議の理由が明白に憲法その他の法令に違背する場合(ハ)理由が抽象的で具体性のない場合(例えば単に公共の福祉に反するからとか不当であるからとか云うだけで、何が故に当該行政処分の執行停止が公共の福祉に反するのか又は不当なのかにつき、何等具体的な説明がない場合)等は結局理由の記載が全然ない場合と何等撰ぶところがないから、理由の明示のない異議と謂わなければならない。以上の次第であるから、裁判所は、内閣総理大臣が理由を明示して異議を述べたときは、その異議の当、不当につき審判する権限がないこと前説の通りであるけれども、その異議が適法であるか否か即ち法の要求する理由の明示があるかどうかについては当然之を判断すべき職責を有することは当然である。よつて、本件異議は理由の明示がある適法な異議であるか否かにつき按ずるのに、本件異議の理由とするところは之を要するに「議員に対する懲罰の議決は全く議会内部の紀律を維持するための自律作用として地方自治法上認められているものであるから懲罰の議決の執行が(最終判決に基かないで)決定をもつて停止されるということになれば地方議会の自主的運営は著しく、且つ不当に阻害される結果となり延いては地方自治の本旨を害するに至る虞れなしとしない。」というにある。
この理由によれば、事情の如何を問わず如何なる場合でも、議員に対する懲罰議決の執行も停止することは地方議会の自主的な運営を阻害するから不当であるという結論になる。この見解によれば、裁判所は、事情の如何を問わず、議員の懲罰処分に関してはすべて執行停止命令を出すべきでないということになり、明らかに議員の懲罰処分に関しても執行停止命令を認めている特例法第十条の法意に違背する同法条は「第二条の訴の提起があつた場合において、処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認めるときは、裁判所は」行政処分の執行を停止すべきことを命ずることができることを明記して居り、議員に対する懲罰の議決の執行の停止について、特に除外例を設けていないのであるから、当然裁判所は同法条に従つてその必要ありと認めるときは、懲罰議決の執行の停止を命ずる決定をなすことができることは云うまでもないところである。その懲罰議決執行停止決定はその効果として必然的に或る程度地方自治体の自治の運営に影響を及ぼす結果を生ずることは当然であり、特例法が懲罰処分について執行停止を認めている以上右の結果は当然法の予定認容するものと謂わなければならない。
本件異議の理由に謂うところの「地方議会の自主的な運営は著しく且つ不当に阻害される結果となり云々」はその論旨余りに抽象的で明確を欠くか、もし懲罰議決執行停止決定による当然の効果として生ずる地方自治体の自治運営に対する影響を意味するものとするならば(本件の執行停止決定につき、特にその不可である所以に関しては何等具体的な説明がなく、単に抽象的に懲罰議決の執行停止は地方議会の運営を阻害すると主張するだけであるから右のようなことを意味するものとしか解することができない)執行停止決定によつて当然生ずべき効果が生ずるから該決定は不当であり取消さるべきであると謂うに帰し執行停止が何故に不当であるかにつき、その理由を明示したものと謂うことができない。これ死刑は人を殺す刑であるから廃止すべきだと論難した死刑廃止を主張するのと何等異るところがない。
従つて本件異議は理由の明示を欠く不適法な異議というより外はない。
(なお、本件異議の理由によれば「懲罰の議決の執行が裁判所の最終判決に基かないで決定をもつて停止されるということになれば云々」と説示し最終判決に基くときは地方議会の自主的運営の阻害にはならないが、決定で停止されるときは阻害になるような趣旨のようにも見えるが、何故判決の場合には阻害にならないのに決定をもつてすればいけないのが甚だ理解に苦しむところであるがその理由を明示してないし異議の理由の主潮をなすものでもないようであるからこれを論ずることも差し控える。)
要するに、本件異議は、本件申立人に対する議員除名処分につきその処分の執行を停止することの不当であることに関し、その理由の明示を欠くものであり、行政事件訴訟特例法第十条に規定する適法な異議と謂うことができないから、当然無効である。
従つて本件異議の陳述は当裁判所がさきに本件につき、なした執行停止決定に対し、何等影響を及ぼすものではないが、一応形式的には異議の陳述があつたのであるから、之を放置するときは色々と疑義が生ずる虞があるから之を避けるため主文の通り決定する。
(裁判官 新妻太郎 小友末知 野原文吉)
疏甲第二号証
(写)
総理府甲第二六七号
昭和二十七年五月十四日
内閣総理大臣 吉田茂
青森地方裁判所長殿
行政事件訴訟特例法第十条第二項但書の規定に基く異議陳述書
昭和二十七年(行モ)第三号事件に関し、行政事件訴訟特例法第十条第二項但書の規定により左記のとおり異議を述べる。
記
昭和二十七年三月二十四日米内山義一郎の申立に係る青森県議会議員米内山義一郎に対する除名処分執行停止の件は、その執行を停止すべきでない。
理由
議員に対する懲罰の議決は、一般の行政庁による処分とは異り、全く議会内部の紀律を維持するための自律作用として地方自治法上認められているものであるから懲罰の議決の執行が裁判所の最終判決に基かないで、決定をもつて、停止されるということになれば、地方議会の自主的な運営は、著しく且つ不当に阻害される結果となり、延いては、地方自治の本旨を害するに至る虞れなしとしないからである。