青森地方裁判所 昭和33年(ワ)234号 判決 1962年6月18日
原告 佐藤幸子
被告 高田喜三
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し別紙物件目録<省略>第一記載の建物を収去し、同目録第二記載の土地を明渡し、かつ昭和二七年一月一日より右明渡済みまで一月金一、五〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、別紙物件目録第二記載の土地(以下本件土地という)は原告の先代父栄の所有であつたところ、原告は昭和二六年一〇月栄より贈与を受けその所有者である。かりに右贈与の事実が認められないとしても後記の如く原告は昭和三四年一〇月五日本件土地の所有権を取得し同年一一月一三日その登記を了したものである。
二、被告は何等正当な権原がないのに本件土地を同土地上に別紙物件目録第一記載の建物(以下本件建物という)を所有して昭和二七年一月一日より不法に占有している。
三、よつて原告は被告に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを求めると同時に、右不法占有により本件土地の使用収益を妨げられ一月金一、五〇〇円の割合による賃料相当額の損害を蒙つているので同日より右明渡しずみに至るまで一月金一、五〇〇円の割合による損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ、と述べ、被告の抗弁に対し、
一、抗弁(一)の主張事実中本件土地が本訴提起前原告等七名の共有であつたことは否認する。もつとも本件土地は登記簿上原告等七名の共有名義となつていたけれども、実体的には原告の単独所有である。
仮りに本件土地が原告等七名の共有であつたとしても原告の本訴請求は保存行為であるから適法である。
かりに右主張が認められないとしても本訴提起後原告以外の共有者六名(栄の共同相続人)は昭和三四年一〇月五日各自の持分全部を放棄したため本件土地は原告の単独所有となり、同年一一月一三日その旨の取得登記を了したものであるから原告の本訴請求は適法である。
二、抗弁(二)の事実は否認する、と述べ、再抗弁として、
(一) 栄は訴外出町市三郎との間に本件賃貸借契約を締結したもので被告との間でしたものではないのであるが、かりに被告との間で右契約が締結せられたとすれば右契約は要素の錯誤に基くものであるので無効である。即ち栄は右契約の相手方(賃借人)は栄の親せきである右出町であると信じて賃貸したのであり、見知らぬ被告であれば賃貸するのではなかつた。従つて出町が単なるあつせん人にすぎなくて被告が賃借人であつたとすれば契約の相手方につき錯誤があつたもので右は要素の錯誤にあたるものである。
(二) かりに栄と被告との間に賃貸借契約が締結せられたとしても右契約は左の理由によつて無効である。
(1) 右契約当時本件土地は訴外小山藤基外九名の共有に属し、栄は右土地につき四二分の一二の持分を有するにすぎず他の共有者の代理人でもなくまた右土地につき管理権を有していたものでもないから栄には右賃貸借契約をなす権限はなかつたものである。よつて権限のない栄と被告との間に締結せられた右賃貸借契約は無効である。
(2) かりに栄が管理権を有し又は有限の定めない代理人であつたとしてもかかるもののなし得る賃貸借契約(仮りに管理行為に属するとしても)の期間は民法第六〇二条により五年を越えることは出来ず、五年を趣える期間は無効である。そうして栄は昭和二五年一一月八日被告の代理人である右出町に対し右契約更新拒絶の意思表示をなしたから右契約は五年の期間の経過とともに消滅したものである。
(3) のみならず右期間経過後の賃貸借契約には県知事の許可を必要とするところ、右許可は得ていないから右期間経過後の賃貸借契約はこの点からも無効である。
(4) そもそも本件土地は農地であるから本件賃貸借契約当時県知事の許可が必要であつたところ、右許可を得ていないから右契約は無効のものであつた。
(5) のみならず右賃貸借契約は本件土地(農地)をサル毛の採取に関する事務所の設置並びにサル毛の乾燥用地として使用することを目的として締結せられたものであるところ、このように農地を耕作以外の目的に使用するために賃貸借契約を締結する場合には臨時農地等管理令第五条により地方長官の許可を必要とするところ、かかる許可は何も得ていないから右契約は無効である。
(三) かりに栄と被告との間の右賃貸借契約が有効に成立したものとしても
(1) 栄は前記の目的に供するため、しかも期間三、四年間の一時使用のために本件土地を賃貸したものであり、しかも被告はサル毛採取事業を賃貸後一、二年間で廃止したので右契約は成立の日である昭和二〇年一〇月よりおそくとも四年を経過した昭和二四年一〇月末日をもつて終了したものである。しかも栄は昭和二三、四年以来被告に対し本件土地明渡の請求をなし、右は契約更新拒絶の意思表示とみなさるべきものであるから右契約は更新もされていない。
(2) かりに右主張が認められないとしても被告は昭和二一年度の賃料を支払つたのみでその後の賃料の支払をしない。そうして栄の再三の請求にもかかわらずこれが支払をしないものである。そこで栄は被告に対し昭和二三、四年中、及び昭和二五年一〇月三〇日右契約解除の意思表示をなしまた同年一一月八日、被告に対し本件土地明渡の請求(甲第一号証)をなし右は契約解除の意思表示を包含するものと推認せらるべきものであるから、右意思表示が被告に到達した同月一〇日をもつて右契約は賃料不払により解除せられたものである。なお被告の供託は弁済の提供のない不適法な供託である。
(3) のみならず被告は前記使用目的に違反し原告に無断で本件土地上に住宅である本件建物を建築しもつて契約に違反したため栄は被告に対し同月八日右契約解除の意思表示をなし(甲第一号証)前記の如く右意思表示は同月一〇日に被告に到達したから同日右契約は解除せられたものである。
(4) かりに右主張が認められないとしても右賃貸借契約は期間の定めのないものとなるところ、原告は本訴提起により被告に対し本件土地の明渡を請求しておりかかる行為より解約の申入の意思表示が推認せられるから、本訴提起の日である昭和三三年一一月一八日より一年を経過した日である昭和三四年一一月一八日の経過とともに右契約は解約により終了したものである。なお被告は本件土地(農地)に住宅を建設することによりその部分については自ら農地調整法の保護を放棄したものであり、そしてその部分の土地の賃貸借は「建物の所有を目的とする賃借権」でもないから借地法の適用もなく一般民法の規定により契約を解除することができるものである、と述べた。<証拠省略>
被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、
一、請求原因一、の事実中、本件土地がもと原告先代父栄の所有であつたことは認めるが、原告が栄より本件土地の贈与を受けたことは不知。
二、同二、の事実中、被告が本件土地を、同地上に本件建物を所有して占有していることは認めるが、被告に占有権原がないとの点は否認する。
三、同三、の主張は争う、と述べ、抗弁として、
(一) 本件土地は本訴提起前原告等七名の共有にかかるものであつて原告の単独所有ではない。また原告が単独で本訴請求をなすことは必ずしも他の共有者にとつて利益とはならないから本訴請求は保存行為とは云えない。
よつて本訴請求は不適法として却下せらるべきものである。
(二) 被告は昭和二〇年一月頃訴外出町市三郎のあつせんにより栄との間に本件土地につき建物所有の目的をもつて賃料一年金四〇〇円の約で賃貸借契約を締結し、昭和二〇年一〇月一三日本件土地上に本件建物を建築し、昭和二一年七月一五日右建物の所有権保存登記を経由したものである。よつて被告は右賃借権に基いて本件土地を正当に占有しているものであるから原告の本訴請求は失当である、と述べ、原告の再抗弁に対する答弁として、
一、再抗弁(一)の主張事実は否認する。
二、同(二)の各主張事実はすべて否認する。殊に県知事の許可が必要であることを前提とする主張は争う。原被告間の本件賃貸借契約成立当時は農地の賃貸借契約につき右許可は必要でなかつたものである。
三、同(三)の各主張事実はすべて否認する。殊に被告は昭和二二年度分以降の賃料を支払わなかつたけれども、これは原告が被告の賃料の提供にもかかわらずこれが受領を拒絶したからであり、しかも被告は昭和三三年一二月九日昭和二二年度分より昭和三三年度分までの賃料を供託したから何等賃料の不払はない、と述べた。<証拠省略>
理由
被告が本件土地を、同地上に本件建物を所有して占有していることは当事者間に争いがない。しかして本訴提起前本件土地は原告等七名の共有であつたところ、原告以外の共有者六名が昭和三四年一〇月五日各自の持分全部を放棄したため本件土地が原告の単独所有となり、同年一一月一三日その旨の取得登記を了したことは被告の明らかに争わないところである。
被告は本訴提起前本件土地は原告の単独所有ではなく原告等七名の共有であり、かつ本訴請求は保存行為とも認められないから不適法として却下せらるべき旨抗弁し、原告は右共有の事実を争い、仮りに本件土地が被告等主張の如く原告等七名の共有であるとしても本訴請求は保存行為であるから被告の右抗弁は理由がない旨抗争するのであるが原告の全立証をもつてするも本訴提起前本件土地が原告の単独所有であることを認めることはできず却つて成立に争いのない乙第七号証の一、二によれば本訴提起前本件土地は原告等七名の共有に属することが推認せられるのであるところ、本件土地の共有者の一人である原告が提起した本訴請求は保存行為と目すべきものであるがかりに保存行為でないとしても本訴提起後である昭和三四年一〇月五日原告以外の共有者が各自その持分全部を放棄したため原告が本件土地の単独所有権を取得し同年一一月一三日その旨の取得登記を了したことは前記のとおりであるから原告は当事者適格を取得するに至つたものというべきであり此の点に関する被告の抗弁はその理由がない。なお右の如く共有者の一部のものの持分放棄により他の共有者にその持分が移転する場合は農地法第三条所定の県知事の許可は要しないと解すべきである。
よつて被告の占有権原の点について判断することとする。
成立に争いのない乙第一、二号証、証人竹内勝太郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第八ないし一〇号証、証人福士襄、出町市三郎、山野みつ、葛西正雄、竹内勝太郎、中谷芳江の各証言に被告本人尋問の結果(第一、二回の各一部)に弁論の全趣旨を綜合すれば被告は訴外出町市三郎のあつせんにより原告先代父佐藤栄と面談の上同人より昭和二〇年一月頃畑であつた本件土地を一部は被告の居住のための家屋と倉庫建築所有のために、一部はそのまゝ畑として耕作使用する目的で期間の定めなく賃料は一年金四〇〇円と定めて借受けたこと、そうして被告はその頃本件土地の引渡を受けその後まもなく本件建物を建築して昭和二一年七月一五日これが所有権保存登記を了し、また右建物の敷地以外の部分は畑として耕作使用して来たことが認められ、右認定に反する甲第一号証の記載、証人佐藤ヱチの証言、原告と被告(第一、二回の各一部)の各本人尋問の結果はたやすく措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
そこで原告主張の再抗弁について考察することとする。
原告は右賃貸借契約は栄が訴外出町市三郎と締結したもので被告と締結したものではないから被告との間に締結せられたとすれば右契約は要素の錯誤により無効である旨主張するが前記認定により明らかな如く被告は出町のあつせんにより栄と面談のうえ右契約を締結したものであつて栄は被告に対し賃貸したものでその間相手方について何等の錯誤も存しないから右主張は採用の限りではない。
原告は右契約当時本件土地は栄を含む訴外小山藤基外九名の共有に属し栄は他の共有者より本件土地を賃貸する権限を授与されたことはなくまた右土地につき管理権をも有しないから右契約は無効であると主張するので按ずるに成立に争いのない甲第二号証の一、二証人小山藤基の証言と弁論の全趣旨によれば本件土地は栄の先々代佐藤喜一郎の所有であつたところ、同人が大正年間に死亡したため右契約当時はその相続人である原告を含む訴外小山藤基外数名の共有であつたことが認められる。右認定に反する証拠はない。そうすると共有者の一人である栄が被告に対し本件土地全部を賃借したこととなりしかも右賃借権の設定は実体上共有物の利用行為に該当するものというべくしたがつてその設定については特段の事情がない限り民法第二五二条所定の共有者の過半数の決議を必要とするところ、その決議を得たことについては被告の主張、立証しないところであり、しかも右決議を得ないことについて特段の事情があつたものとは認められない。そうすると右賃借権の設定は同条に違反することとなるわけであるけれども、同条は共有における内部関係を規律するにとどまり右決議を得ないとの一事をもつて右賃借権の設定を無効ならしめるものではない。右賃借権によつて自己の持分権を侵害される他の共有者は該持分権に基きその部分についての妨害排除請求権若しくはこれによつて蒙つた損害賠償請求権を取得しうるに止るのである。よつてこの点に関する被告の主張はその理由がない。
上来説示したところにより栄が処分の権限のないものであるから本件土地の賃貸借契約は契約成立の日より五年を越えることはできないところ、右契約は栄において更新拒絶をなした旨の主張もまたその理由のないことは明らかである。そしてまた右更新以後の契約については県知事の許可を要するところ、右許可がないから右契約は無効であるとの主張もまたその理由のないことは前述したところより明らかである。
次に被告は本件土地は農地であるから右賃貸借契約の締結には県知事の許可が必要であるのに右許可がないから契約は無効であると主張する。右契約成立当時である昭和二〇年一月頃施行せられていた臨時農地等管理令第七条の二によれば新に農地につき賃貸借契約を締結せんとする当事者は其の契約の締結につき農商大臣の定めるところにより地方長官の許可を受くべきこととされているが右許可は取締の目的で規定せられたものであつて契約の私法上の効果に影響を及ぼすものではないと解すべきであるから右許可がないからと云つて右契約を無効たらしめるものではない。よつて此の点に関する原告の主張もまた理由がない。
次に被告は本件契約は農地を耕作以外の目的たるサル毛採取事業に関係する用途に供するため締結せられたから地方長官の許可を必要とするところ、右許可がないから右契約は無効である旨主張するが右契約は本件土地(農地)を一部は建物所有の目的で、その敷地以外の部分は耕作の目的で締結せられたものであつて被告主張の如き目的で締結せられたものでないことは前記認定のとおりであるから、問題は右敷地部分のみについて果して右許可が必要か、必要とした場合右許可のない契約の効力如何が問題となる。ところで前記臨時農地等管理令第五条によれば農地を耕作以外の目的に供するために賃借権を取得せんとするものは農商大臣の定めるところにより地方長官(特別の場合は農商大臣)の許可を受けるべきこととされている。しかしながらこの規定もまた取締の目的に出でたもので右許可は私法上の効力に影響を及ぼさないものと解すべきであるから右許可がないからと云つて右契約は無効となるものではない。よつて此の点に関する原告の主張もまた理由がない。
次に原告は右賃貸借契約は期間が三、四年間の一時賃貸借であると主張する。しかしながら前記認定のとおり右契約は期間の定めのない契約であつて一時賃貸借ではないから、一時賃貸借であることを前提とする原告の主張はその理由がない。
次に原告の被告の賃料不払による契約解除の主張について考察する。被告が栄に対し昭和二一年度分(昭和二一年中の分)までの賃料を支払つたがその後の賃料を支払つていないこと、被告が昭和三三年一二月九日、昭和二二年度分(昭和二二年中の分)より昭和三三年度分(昭和三三年中の分)までの賃料を供託したことは当事者間に争いがない。そうして被告は栄に対し昭和二二年度分以降の賃料を適法に弁済提供したけれども同人はこれが受領を拒絶したため前記の如く供託をなしたことは被告本人尋問の結果(第一回)により認められ、右認定に反する証人佐藤ヱチの証言、原告本人尋問の結果はたやすく措信し難く他に右認定を左右するに足りる証拠がない。そうすると被告に何等賃料不払の責任はないから賃料の不払を前提とする原告の主張はその理由がない。
かりに被告に賃料不払の責任があつたとしても、原告の契約解除の意思表示のなされた昭和二五年当時施行の農地調整法第九条第三項によれば農地の賃貸借の解除をなす場合には市町村農地委員会の承認を受くべきこととされ、同条四項によれば右承認を受けずしてなした行為は無効とせられている。しかるに当時原告が右解除につき右承認を得たことの主張立証のない本件においては右解除の意思表示は無効というべきものである。
次に原告は被告は契約の使用目的に違反して原告に無断で本件土地上に住宅である本件建物を建築したから契約を解除する旨主張するが右契約における本件土地の使用目的の一は住宅の建築所有にあつたことは前記認定のとおりであるから被告に契約違反の事実はなくこの点に関する原告の主張もまたその理由がない。
なお農地の賃貸借の解除には市町村農地委員会の承認を要し、かかる承認を得ない行為の無効であることは前記のとおりであるが右解除につき原告が右承認を受けたことの主張、立証は何もない。
次に原告の本訴提起による解約の申入の主張について判断する。本件建物の敷地以外の部分が農地であることは前記認定のとおりであるがおよそ農地の賃貸借の当事者は都道府県知事の許可を受けなければ解約の申入をなし得ないことは農地法の明定するところである。このことは右解約の申入が訴訟においてなされる場合も同様であり、右許可以前において裁判所が右解約の申入の当否について判断することは許されないものといわなければならない(因みに右許可を条件として右解約による農地の明渡を訴求し右許可を条件として右請求を認容することもまたできないものというべきである)そうすると原告が右許可を得たことについて主張、立証のない本件においては右主張は理由がないこととなる。そうして本件建物の敷地部分については前記認定の如く被告が建物所有の目的で栄より賃借したものであるからこの部分については借地法の適用があるものというべく、そうして建設すべき建物の種類及び構造を契約をもつて定めなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるから被告の賃借権は非堅固建物の所有を目的とするものとみなされ従つて存続期間は法律上当然に三〇年となるものであつて解約の申入によつて右敷地部分の賃借権の終了する余地はないのである。
以上判断したところにより原告の再抗弁はいずれもその理由がないから被告はその主張の賃借権に基いて本件土地を占有しうるものというべきである。
よつて原告の本訴請求は失当として棄却を免れず民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 太田昭雄)