大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

青森地方裁判所 昭和35年(行)4号 判決 1962年10月19日

原告 岩田唯四郎

被告 国

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が、昭和三五年八月二〇日別紙第四目録記載の土地についてした農地法第八〇条の規定による売払処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求める旨申し立て、その請求の原因として、次のとおり述べた。

一、別紙第一目録記載の山林は、原告の所有であつたが、昭和二四年三月二日自作農創設特別措置法(以下単に措置法という。)第三〇条第一項の規定により、未墾地として被告に買収された。

二、右買収後、昭和二五年二月二八日被告が、原告から所有権移転登記を経由するに当り、右土地を別紙第二目録記載のとおり二筆に分筆して、その地目を原野と変更した。

三、被告は、右買収原野のうち二反八畝一九歩を除くその余を第三目録記載のとおり一一筆に分筆し、売渡期日を昭和二七年一一月一日と定めて、措置法第四一条の規定により、

(一)、訴外多田昌雄に、別紙第三目録記載の(3)および(4)の原野を

(二)、同山本一二三に、同(5)、(6)および(7)の原野を

(三)、同赤石正吉に、同(8)、(6)および(10)の原野を

(四)、同岩木村に、同(11)の原野を

(五)、同赤石喜六に、同(1)の原野を

それぞれ売り渡し、右各原野につき、昭和三一年一月一九日所有権保存登記を経由した。

(なお、右売り渡された反別の合計は、一町三反二歩であるが、その余の二反八畝一九歩は昭和三五年七月一六日原告に返還された。)

四、ところが、岩木村は、昭和三三年七月二五日青森県知事に対し、右売り渡された土地の使用を止める旨申し出たので、同知事は、同年一〇月一五日農地法第七二条の規定により、右土地を買収し、また多田昌雄、山本一二三、赤石正吉および赤石喜六に売り渡した土地については、昭和三三年七月二九日同法第七一条の規定による検査の結果、同人らは、右各土地を既に訴外岩木観光株式会社百沢温泉に転売していたので、同知事は、同年一〇月一五日前同規定により、赤石正吉の相続人赤石弥四郎外六名から、また同年一二月一五日前同規定により赤石喜六から右各土地をそれぞれ買収し、右(3)ないし(11)の原野については、昭和三四年一月二五日、(1)の原野については、同年三月七日それぞれ所有権移転登記を経由した。

五、そして、農林大臣が、右買収土地全部を同法第七八条の規定により、管理していたところ、昭和三四年一〇月二二日右土地全部(すなわち本件係争地)について、自作農の創設に供しないことを相当と認め、別紙第四目録記載の如く分合筆し、その一部は地目を変更し、旧所有者である原告に売り払わないで、同法第八〇条の規定により、昭和三五年八月二〇日訴外浅妻惣平にこれを売り払つた。

六、前記の如く、本件係争地は、自作農創設、農地開発等のため原告から買収されたものであるが、右買収は、農地の適正配分による耕作者の地位の安定を図るという公共の福祉を理念とする措置法によつて行われるものであるから、右買収地を不用のものとして売払処分をするには、被告は、これを旧所有者に対し、買収価格をもつて返還すべき公的義務を有するものであり、このことは、同法第八〇条第二項によつても明白である。したがつて、原告が本件係争地の買受を希望しない旨を被告に申し立てない限り(原告は、かえつて、昭和三四年一一月一六日被告に対し、原告に売払をするよう申し入れた。)、旧所有者である原告に通知し、原告に売り払わなければならないものであり、これにそむくことは、憲法第二九条にそむくことになり、絶対に許されないところであるから、前記浅妻惣平に対する売払処分には重大かつ明白なかしがあり、無効であるといわなければならない。

七、よつて、原告は、被告に対し、右売払処分の無効確認を求めるため本訴請求に及ぶ。

と述べ、

「被告の主張事実中第三項の青森県知事が多田昌雄外四名に対し、措置法第四一条の二の規定によりその主張土地の使用を認めたことは否認するが、その余の事実は認める。」と述べた。

(証拠省略)

被告指定代理人は、主文同趣旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の主張事実中第一ないし第五項の事実は認めるが、第六項の法律的見解は争う。なお、第三項の売渡処分は、次に述べる理由により農地法所定の売渡処分としての効力を有するもので、その効力に消長はない。

二、被告が本件係争地を原告主張のように多田昌雄外四名に売り渡した経過は次のとおりである。

1  訴外岩木村農業委員会(以下単に村農委という。)は、昭和二七年八月一一日別紙第三目録記載の土地につき、原告主張の第三項(一)ないし(五)記載のとおりの相手方に対し、その各記載の土地をいずれも売渡時期昭和二七年一一月一日等と定めて売り渡す旨の売渡計画を樹立し(措置法第四一条第一項第一号、第二項、第一八条第一、二項)、同年一〇月一四日青森県農業委員会(以下単に県農委という。)において、同計画を承認し(同法第四一条第二項、第一八条第五項、第八条)、かつ、そのころ青森県知事に対し、同計画書の送付を済ませていた。したがつて、同知事としては同計画に基き、措置法所定の売渡通知書を作成した上、これを多田昌雄外四名に交付して右売渡処分をすべきであつた(措置法第四一条第二項、第二〇条)ところ、これを遅滞しているうちに農地法が施行されるに至つた。したがつて、同法施行前に措置法第四一条第一項の規定による右土地に対する売渡手続も農地法施行後は、同法第六一条の規定による売渡手続とみなされ、同法または同法の規定に基く命令の規定によつて爾後の売渡手続をすることを要し、同法施行前に既に措置法または同法に基く命令の規定によつてされた売渡手続は、農地法または同法に基く命令中のこれに相当する規定によつてしたものとみなされることになつた(農地法施行法第三条、第一三条、第六条第一項)。

されば、右土地の売渡手続においては、既に述べた如く、農地法施行当時既に県農委の承認を得ることによつて売渡計画は確定し(なお、同計画書も同知事に送付済みでさえあつた。)、同知事において、その売渡通知書を作成し、交付する段階にあつたのであるから、農地法第六六条の規定による同知事に対する町農委からの進達手続は、既にされていたものと解すべきであり、したがつて爾後の売渡手続としては、同知事において、同法第六七条の規定による売渡通知書を作成の上交付する手続をすべきところ、同知事は、昭和二八年五月二〇日措置法第二〇条(第四一条第二項により準用)の規定による売渡通知書を作成し、そのころこれを右多田昌雄外四名に交付した。

2  ところで、右売渡通知書には、前記売渡計画に基き措置法第二〇条(第四一条第二項により準用)の規定により、売渡時期昭和二七年一一月一日その他所定事項の外、当該土地の開墾を完了すべき時期を明記している(この実務の取扱が「売渡通知書に記載された売渡の時期から起算して五年を経過した後」なる旨の農地法施行法第一二条の規定となつてあらわれたものと解される。)ことはもちろん売渡対価についても、農地法所定の対価と一致しているのである。すなわち同知事は、昭和二五年八月三一日右多田昌雄外四名に対し、措置法第四一条の二の規定により、前記各土地に対する使用を認めた(同人らの使用を認められた土地は、前記売渡計画によつて定められた土地とそれぞれ一致する。)ので、農地法施行当時は同人らにおいて右各土地を使用していたものであり、右売渡処分は、同人らにその使用している土地をそれぞれ売り渡すのであるから、これが売渡対価は、措置法第三〇条第一項の規定による買収対価である(農地法第六七条第二項、同法施行令付則2参照、なお、農地法施行規則付則3所定の補償金額はない。)。そして、右売渡通知書記載の売渡対価は、まさに右措置法第三〇条第一項の規定による買収対価である(措置法施行規則第三一条の一の三第一号参照)。

されば、右売渡通知書は、農地法第六七条第一項第一号ないし第七号および第二項所定の要件を充足しているものということができる。そして、かかる売渡通知書が既に述べた如く、本件係争地の買受人たる多田昌雄外四名に交付された以上、農地法第六七条の規定による売渡通知書の交付がされたものというべく、したがつて、同法第六一条の規定に基く売渡処分により前記各土地に対する所有権が右売渡通知書記載の売渡期日たる昭和二七年一一月一日右多田昌雄外四名にそれぞれ移転したものというべきである(同法第六七条第三項、第四〇条)。

(なお、被告は、本件係争地を措置法第三〇条第一項の規定により、買収し、これが所有権を原始取得したのであり、したがつて、売渡に当つても、農地の場合の小作人の如き直接の利害関係人もないのであるから、農地法第六七条第一項の規定による同知事の村農委に対する売渡通知書謄本の交付行為を欠いても右多田らに対する売渡処分を無効ならしめるものではない。)。

三、原告は、右売払手続は、農地法第八〇条第二項の規定に違背する旨主張するが、以下の理由により正当でない。

農地法第八〇条の規定によれば、同法第四四条第一項の規定によつて、買収し、農林大臣の管理している土地を同大臣が自作農の創設に供しないことを相当と認めて処分する場合には、政令に別段の定めがない限り、旧所有者に売り払うことを要するから、先ず、本件係争地は、右「農地法第四四条第一項の規定によつて買収し、農林大臣の管理している土地」に該当するか否かについて、検討する。

本件係争は、被告が、原告から措置法第三〇条第一項の規定により、買収し、農地法施行の際は、措置法第四六条第一項の規定により、農林大臣が、現に管理していたものであるから、農地法第六一条および第八〇条の規定の適用については、同法第四四条第一項の規定により買収したものとみなされる(農地法施行法第六条第一項第一号)ところこれを農地法第六一条第一項第一号の規定により、多田昌雄外四名に一たん売り渡し、その後、同法第七二条の規定によつて買収して農林大臣が管理していたのである。しかるところ、農地法上、同法第四四条第一項の規定によつて買収した土地と、同法第六一条第一項第一号の規定によつて一たん売り渡し、その後、第七二条の規定により買収した土地とは、明確に区別されている(第六一条、第七八条第一項参照)ことからしても、同法第七二条の規定によつて買収された土地が当初同法第四四条第一項の規定によつて買収された土地であるとしても、そのことから直ちに、同法第八〇条第二項の「農地法第四四条第一項の規定によつて買収し、農林大臣の管理している土地」に該当すると即断できないことは明らかである。

そして、右の事情は、農地法第八〇条第二項所定の同法第四四条の規定により買収した土地のうち、政令の定めにより、旧所有者に売り払うを要しない場合を検討することによつて一層明白になる。すなわち農地法施行法第六条第一項においては、措置法第三〇条第一項の規定(農地法第四四条の規定に相当する。)によつて買収した土地と、同条によつて買収した土地を同法第四一条第一、二項の規定(農地法第六一条の規定に相当する。)によつて一たん売り渡し、同条第四項の規定が準用する第二八条の規定(農地法第七二条の規定に相当する。)により国が買い取つた土地とを明確に区別した上で、特に、「農地法……第四章の適用については国が同法第四四条第一項の規定により買収したものとみなす。」と規定し、一応農地法第八〇条の規定の適用については、同一に取り扱う観を呈しながらも、同法施行令第一八条第三号の規定が準用する第二八条の規定により買い取つた土地については、農地法第八〇条第二項の規定が排除されるに至つているのである。その理由は、右買い取つた土地は、措置法第三〇条第一項の規定による買収地とは異なり、売渡処分によつて一たん自作農創設等の公共的目的に供し、その目的を一応達成したのであるから、その後の事情が変化しても旧所有者の立場を考慮する必要がないという点に存するものと解される。

そうだとすれば、前記農地法第七二条の規定による買収地についても右の場合と別に取り扱わねばならない理由はない。

したがつて、農地法第七二条の規定による買収地は、同法第八〇条第二項所定の「第四四条の規定により買収した」土地には該当しないものということができ、農地法も当然区別して取り扱うことを予定しているものということができる。

以上の次第であるから、本件係争地を旧所有者たる原告に売り払わなかつたとしても、右売払手続は農地法第八〇条第二項に違背するものではない。

と述べた。

(証拠省略)

理由

原告主張の第一ないし第五項の事実および被告主張の事実中青森県知事が、多田昌雄外四名に対し、措置法第四一条の二の規定により、本件係争地の使用を認めたことを除くその余の事実は当事者間に争いがない。

そこで、先ず、別紙第一目録記載の土地が、措置法第三〇条第一項の規定により、被告に買収され、その後において、農林大臣が、本件係争地を農地法第七八条の規定により、管理するに至るまでの経過について、吟味するに、措置法は、昭和二七年一〇月二一日廃止され、同日農地法が施行され、同法施行法第三条の規定によると、農地法施行前に買収され、かつ売渡通知書の交付による売渡処分未了の未墾地については、農地法の規定によつて売渡処分がされることになるものであるところ、青森県知事は、昭和二八年五月二〇日措置法第二〇条(第四一条第二項により準用)の規定による売渡通知書を作成し、そのころこれを多田昌雄外四名に交付して本件係争地の売渡処分をしたのであるが、右買収地を措置法の規定により売り渡すと、農地法によつて売り渡すとその目的、効果を異にするとは考えられず、本件当事者間に争いのない事実によると、農地法施行前本件係争地の売渡手続は適法に確定され、措置法廃止後にされた本件係争地の売渡処分は、農地法に規定する売渡処分として成立せしめるに足りる要件を充足しているものというに妨げがなく、その後、右売渡処分に対してはなんら不服申立はなく、有効なものとして扱われ、現在に至つているのであるから、青森県知事のした本件係争地の右売渡処分は、農地法の規定による処分として有効のものと認めてなんら支障がないものといわなければならない。

そこで、本件係争地の売払処分が農地法第八〇条第二項に違背し、引いては憲法第二九条に違背し無効であるか、どうかの点について、考えるに、本件係争地は、農林大臣が農地法第七八条の規定によつて管理していたところ、同法第八〇条の規定により売り払つたものであるが、前記の如く、本件土地は、もともと措置法第三〇条第一項の規定に該当する土地として措置法の規定により買収、売り渡され、売渡については、農地法による売渡として有効のものと認められ、その後、更に、農地法第七二条の規定によつて買収された土地であつて、売払の相手方について規定した同法第八〇条第二項の規定によると、同法第七二条によつて買収された土地は、売払をするについて、買収前の所有者に売払をすべき土地から除外されているのであるから、本件土地の売払については、必ずしも最初の措置法による買収前の所有者に売り払うことを要しないものである。そして、また同法第八〇条第二項の解釈について、右と異なる原告の見解は当裁判所の採らないところであつて、本件係争地が同法第八〇条第二項に規定する同法第四四条の規定によつて買収した土地に該当しないものと解すべきことについては、被告が答弁第三項において主張するところであつて、右主張は十分に首肯することができ、被告が本件係争地を浅妻惣平に売り渡したことをもつて同法第八〇条第二項に違背し、引いては憲法第二九条に違背する無効のものということはできない。

その他、本件係争地の売払処分を無効たらしめるべき主張、立証がないから、本件売払処分をもつて無効と認めることはできない。

よつて、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野村喜芳 太田昭雄 野沢明)

(別紙物件目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例