青森地方裁判所 昭和36年(行モ)3号 決定 1962年1月12日
申立人 今清作
被申立人 青森県知事
主文
本件申立を棄却する。
申立費用は、申立人の負担とする。
理由
(事実関係)
申立代理人の申立の趣旨及び理由は、別紙一記載のとおりであり、これに対する被申立人の意見は、別紙二記載のとおりである。
疎明として、申立代理人は、甲第一ないし第一一号証を提出し、被申立人は、乙第一ないし第七号証を提出した。
(当裁判所の判断)
甲第一ないし第四号証、同第一一号証、乙第一号証によれば、昭和三六年六月二五日、喜良市小学校において、喜良市農業協同組合(以下、組合と略記する。)の役員につき、全員任期満了による選挙が行われ、申立人ほか六名が理事に当選したところ、申立人の当選に対し、中村本真ほか五六名の組合員から、被申立人に対し、当選取消の請求があり(農業協同組合法第九六条)、これに基き、被申立人は、同年一〇月一七日付達第五〇九号をもつて申立人の右当選を取り消す旨の処分をしたことの疎明があり、申立人が、同月二七日、当庁に右処分取消請求の訴(昭和三六年(行)第九号)を提起したことは、当裁判所に顕著な事実である。
ところで、甲第二、三号証、同第一一号証、乙第二、三号証を総合すれば、右組合の理事の定数は、七名であるところ、右のように申立人の理事当選が取り消されたので、組合長職務代行者中村本真は、昭和三六年一〇月二三日、組合の定款及び役員選挙規程に基き、次点者今長十郎を理事の当選者と定めて、所要の手続を了し、右今は、同日、その当選を承諾して理事に就任したことが、疎明される。
思うに、行政処分の執行停止決定は、ただ、将来に向つてその行政処分の効力を一時停止し、その意味で行政処分がなかつたのと同じ状態を暫定的につくりだすもので行政処分取消判決のように、過去に生じた効果までをそ及的に消滅させるものではないと解される。これを本件についていえば、申立人の当選取消処分の執行停止(効力の停止)があると、申立人は、将来に向い、仮に理事としての職権を行使できる地位に復帰するわけであるが、この場合でも、すでに前記判示のように繰上当選によつて理事に就任している後任者今の地位は、影響を受けないというべきことになる。しかも、右組合の理事の定数が後任者の繰上当選によつて全員補充されるに至つたことは、前記疎明のとおりであるから、申立人としては、もはや、その当選取消処分の執行停止を求めても、それによつて理事たる地位に復帰すべき余地がないというほかはなく、従つて、右執行停止の申立は、その余の判断をするまでもなく、この点において理由がないというべきである。
よつて、本件申立を棄却し、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のように決定する。
(裁判官 野村喜芳 福田健次 佐藤邦夫)
別紙一
(申立の趣旨)
被申立人が昭和三六年一〇月一七日付達第五〇九号をもつてした「昭和三六年六月二五日に行われた喜良市農業協同組合の役員選挙により理事に当選した申立人の当選を取り消す。」との処分の効力は、当庁昭和三六年(行)第九号農業協同組合理事当選取消処分の取消請求事件の判決確定まで、これを停止する。
(申立の理由)
一、喜良市農業協同組合は、青森県北津軽郡金木町大字喜良市(旧喜良市村)字弓矢形二二番地の一号に事務所を有する農業協同組合法に基く組合である。
二、申立人は、右組合の組合員であり、昭和三〇年七月一一日同組合の理事となり、組合長にも選任せられ、その任期満了と共に昭和三三年七月七日理事に再選せられたものである。
三、而して、右昭和三三年七月七日選任の理事監事全員の任期が昭和三六年七月満了するため、右組合は、昭和三六年六月二五日役員選挙を喜良市小学校に於て施行した。
四、申立人の組合内に於ける声望をねたむ一派のものが、申立人は理事として再選せられることが確実であるため(申立人は、前二回の選挙に於ても常に最高点を得て来た)、何等かの工作をし、これを阻まんと秘かに工作をしていたものの如くであるが、昭和三六年六月二五日投票終了し同日開票の結果左の事態が発生した
(1) 理事の投票中「今清作」と記載せられたもの四一票あり、内三票には、北津軽郡金木町喜良市と住所の添記があり、
(2) 監事の投票中「今清作」と記載せられたもの五五票あり、内四票には、北津軽郡金木町嘉瀬と住所の添記があつたのである。右の結果について、選挙管理者近藤元二は、その処理に苦慮した末、選挙立会人等と図り、住所の添記のない投票を夫々二分し、これに住所の明記せられあるものを加えて、得票数を決定することとした。
それで、理事の得票については
申立人 二二票
嘉瀬在住今清作 一九票
とせられ、申立人は、理事に当選したのである。
五、然るに申立人の当選について中村本真外数名の組合員から、被申立人に取消の請求があり、被申立人は、申立の趣旨掲記の通り、昭和三六年一〇月一七日付を以て、申立人の理事当選を取り消す旨の処分をした。その理由とする処は、住所の添記のない「今清作」なる投票は、申立人に投票されたものか、果又、大字嘉瀬の今清作に投票されたものか確定されず、無効のものであると言うのである。
六、併しながら、右被申立人の処分は、左の点に於て甚しく誤つている。
(1) 組合は、元喜良市村農業協同組合と称したが、喜良市村が金木町、嘉瀬村其他と合併し、金木町と称し、喜良市村なる呼称が存しなくなると共に、喜良市農業協同組合と改称したものであるが、その基盤とする処は、旧喜良市村即ち現金木町大字喜良市であり、従つて、現在組合員も全部大字喜良市在住者のみで、大字嘉瀬在住者は一名も存しない。従つて、その組合員がその組合役員を選挙する場合も、大字喜良市在住者がその関心の対象たることは、極めて明瞭である。
(2) その上、申立人は、前記の通り組合理事を二期もつとめ、且つ組合長迄したのであり、喜良市農業協同組合の組合員が「今清作」と言えば、申立人を指すものであることは、何等疑ない処である。
(3) 一方、嘉瀬の今清作なるものは、喜良市村とは別個の村であつた旧嘉瀬村の在住者であり、従つて、喜良市農業協同組合の組合員でもなく、単に僅少の田地を耕作する傍ら日雇に従事している者に過ぎず、全く無名の人物に過ぎず、従来とて喜良市農業協同組合は勿論自村たる嘉瀬の農業協同組合の役員すらしたこともない人物であり、喜良市農業協同組合の組合員が同人を役員に選任せんとして票を投ずることは有り得べからざることである。
(4) ただ、申立人の盛名をねたみこれを失脚せんと卑劣なる計画をめぐらすものが、一計を案じ、隣村に今清作なる同姓同名の人物の存在することに思を致し、故意に嘉瀬の肩書を附した四票の今清作票を投じたものに過ぎないのである。
従つて、右嘉瀬なる肩書を付した四票の監事票を除き、他は凡て申立人に対する投票と解するこそ正当なる判定であつて、此点何等疑義を容れる余地はない。
(5) 被申立人は、組合役員には被選挙資格の制限がないとの形式的理由に拘泥し、前記の如き実質的判断を見失つたものであるが、然りとせば、他の理事についても、常に同姓同名者が存するのであつて、常にその何人に投票せられたのか判別出来ないとの珍妙な結果を招来するであろう。殊に、本件の如く工作をなすものが同姓同名者を拉し来り、数票の投票にその住所氏名を記載せば、常に、役員の選任をはばむことが出来るとの寒心すべき事態を招来するものであつて、被申立人の判断が如何にあやまつているか明瞭である。
(6) 申立人は、従来の選挙に於ても、常に最高点を以て理事に当選し来つたのであり、前回も五二票の得票を得、理事に当選したものであり、今回四一票を獲得したとしても何等あやしむに足りないのである。
以上いづれの点よりするも被申立人は、その判断をあやまり、申立人の当選を違法に取り消したものであるから、その取消処分は、取り消さるべきである。
七、そこで申立人は、昭和三六年一〇月二七日、被申立人を被告として、当庁に右違法処分取消請求の訴(昭和三六年(行)第九号)を提起したが、右違法処分の結果、申立人が一旦理事の職務を失い、他の者が、これに代り理事となつた場合は、
(1) 申立人は、衆望を荷い、今回も組合長に選任せられ、昭和三三年申立人が組合長当時立案した組合再建計画を完成せんと日夜努力を傾けある計画が、挫折せしめられ、その損失は到底回復するを得ない処であり、
(2) 又、今回の一部の卑劣なる工作に憤激し、かかる工作が奏効するが如き場合は組合を脱退せんとし居る組合員も相当あり、組合の運営に困乱を生じ、
(3) 又、工作の黒幕と目される中村が、組合長の職を襲い、その野望を実現し、申立人並びに組合の利益を甚しく害する虞があること、
等よりして到底、本案訴訟の結果をまつを得ない処であり、早急、行政処分の執行停止を必要とするものである。
別紙二
(被申立人の意見)
一、昭和三六年一〇月一七日付達第五〇九号をもつて、申立人の理事当選取消の行政処分(以下「行政処分」という。)を行なつたところ、喜良市農業協同組合(以下「組合」という。)では、直ちに当該行政処分の結果、欠員となつた理事を補充した後、昭和三六年一〇月二三日に理事会を開催して、組合長に理事中村本真を選任し、行政処分によつて生じた登記関係を完了して、現在、組合の業務は平常に行われている。
二、申立人は、行政処分の結果、理事の職を失ない、他の者が理事となつた場合は、申立人が昭和三三年の組合長当時に立案した農業協同組合整備特別措置法(昭和三一年三月法律第四四号)に基づく整備計画(以下「整備計画」という。)が挫折し、償うことのできない損失を受ける旨の申立をしているが、これについては、申立人が、昭和三三年の組合長当時に立案したものは、整備計画の試案であり、県の指導によつて当時の理事中村本真ほか全理事の参画のもとに行なわれたものである。
その後、昭和三四年三月三一日付をもつて知事が認定した整備計画は、中村本真組合長当時のものであり、爾来整備計画に基づき組合再建の推進にあたつてきたのは、中村本真を組合長とする理事全員である。申立人もその理事の一人であつたが、行政処分の結果、理事に当選し、就任している今長十郎もその当初から理事として組合再建に努力してきたことは勿論のことである。
元来、組合の再建は、役職員および全組合員の協力によつてはじめて達成可能となるものであり、一人の理事に変動を生じたことによつて整備計画が挫折し、組合の再建が困難になるが如き結果が生ぜられるべきものではない。理事となつた今長十郎も理事としての経験をいかし、理事としての意をよく体し、組合再建に努力しているところであり、これがために整備計画が挫折し、そのため償うことができない損失を生ずるとは到底考えられないところである。
三、申立人は、一部の卑劣なる工作に憤激し、かかる工作が奏功するが如き場合は、組合を脱退せんとする組合員も相当あり、組合の運営に困乱を生ずる旨の申立をしているが、これについては、一部の者が、善良な組合員を派閥争いの渦中にまき込み、組合の正常な業務を阻害するが如き行為をすることは、結果がいづれであつてもこの種の紛争にはとかくありがちなことであり、組合再建上に誠に遺憾なことであるが、このことは、一部の者があえて善良な組合員を派閥争いの渦中にまき込むが如き行為をしなければ、当然に起り得るものではないと考えられる。
県としても、このような事態をまねくことのないよう指導しているところである。
しかしながら、申立人は、昭和三六年七月一二日に開催された理事会(組織会)において、組合の運営については、組合長の何人たるを問わず、全員協力することを約したにもかかわらず、行政処分があつてから、一時的にせよ事務の引継を拒み、組合の業務遂行に支障をきたさせる行為によつて、善良な組合員に不安の念を抱かせたことは、さらに遺憾なことであつた。
四、申立人は、中村本真が組合長の職を襲い、その野望を実現し、申立人ならびに組合の利益を甚だしく害する虞がある旨の申立をしているが、これについては、理事中村本真は組合長に選任されたが、同人は、二で述べたとおり、昭和三三年七月から昭和三六年七月まで組合長として整備計画に基づき、組合再建に努力し、その結果、県平均を上回る実績を示しており、又現在は、青森県信用農業協同組合連合会の代表監事の要職にあり、組合経営能力があるものと認められ、なんら組合の利益を害する虞があるものとは認められない。
五、以上一、二、三および四で述べたとおり行政処分の執行により、生ずべき償うことのできない損害がなく、又緊急の必要も全くないものと認められるので、申立人の行政処分執行停止命令の申立を棄却せられたい。