青森地方裁判所 昭和40年(行ウ)11号 判決 1970年2月24日
原告 竹内喜三郎
被告 青森県知事
訴訟代理人 後沢一英 外五名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、本件物件が原告の所有するものであり、被告は、右建築物が浅瀬石川筋の黒石市大字温湯字上川原地先河川区域に建築されたものとして原告に対し、昭和三九年一二月一日付達第四九八号をもつて原告が右建築物を同月三一日までに撤去して原状回復をすべき旨命じ、ついで、昭和四〇年九月二八日付達第三六九号をもつて原告が右建築物を同年一一月一三日までに除却しないときは行政代執行法第二条の規定により代執行を行う旨戒告し、右戒告書が同年一〇月二日原告に交付されたことは当事者間に争いがない。しかして、右昭和四〇年九月二八日付達第三六九号をもつてなされた本件建築物除却戒告処分は、昭和三九年一二月一日付達第四九八号をもつてなされた本件建築物の撤去、原状回復命令を前提とするものであり、<証拠省略>によれば、右建築物の撤去並びに原状回復命令は当時施行の河川法(明治二九年法第七一号、旧河川法という)第二〇条第五号、第二二条、第一七条、第一八条にもとずき発せられたことが明らかなところ、旧河川法は河川法施行法(昭和三九年法第一六八号)第一条により新法(昭和三九年法律第一六七号)の施行の日の昭和四〇年四月一日以降廃止により失効したことが明らかであるが、河川法施行法第二〇条第一項によれば、右原状回復命令は新法施行の日以後新法第七五条第一項による処分があつたものとみなされるから本件戒告処分は右規定による処分を前提とするものとして有効に存続するというべきである。
二、本件係争地が原告所有の字上川原二二番であつて旧河川法第二条の河川区域内(本件において青森県知事の河川区域の認定のないことが<証拠省略>および弁論の全趣旨に徴して明らかであるが)に存しないか否かにつき判断する。
(一) <証拠省略>をあわせれば本件係争地の北側は、本件浅瀬石川の提防沿いに黒石市から十和田市方面に向かいほぼ東西に通ずる道路をはさんで東北電力株式会社所有の字上川原一八番の一八、五戸貞蔵所有の同番の一九、後藤多助所有の同市二一番の一の各土地があり、右一八番の一八、同番の一九、二一番の一の各土地の位置関係には移動がなく、殊に二一番の一の土地は古くから後藤多助かたにおいて占有、使用して来たことが認められるところ右事実関係に<証拠省略>を対照すれば、原告主張の字上川原二二番の土地は本件係争地には含まれず、本件係争地の東端からさらに東方へ浅瀬石川をさかのぼり現に同河川敷にあたる部分に該当するものと認めるほかはない。
(二) 次に<証拠省略>を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 本件係争地のうち別紙図面表示の(ハ)点(本件係争地の中ほど流水に近接する地点)に該当する地点に現に生立するくるみの木附近は古くから五戸家が占有管理し、ここに数本のうねを作つて野菜畑として使用して来たこと(ただし、その占有範囲は確定できない)、右占有部分は畑部分を除き雑草が繁茂した傾斜地であり、これより川寄りの畑部分は、浅瀬石川の流水による浸蝕を防ぐため二・三尺の高さに築かれた石垣内側まで平坦であつて浅瀬石川の水面とさ程の隔たりのない土地であつたこと、そうして右占有部分は原告主張の字上川原二二番田一畝一二歩(昭和三五年一一月二二日地目変更により宅地四二坪となる)として大正三年二月二六日五戸金太郎のため家督相続による所有権移転登記が経由され、ついで木村重助を経て木村重三に譲渡されたが、自作農創設特別措置法による買収、売渡処分により五戸貞蔵に売渡され、昭和二五年六月二五日原告が自己所有の字上川原二〇番の一の土地のうち田一畝一二歩と交換して五戸から譲渡引渡を受けたこと、原告は右土地部分の占有を取得した後昭和三二年ごろ字上川原一八番の一八等を訴外東北電力株式会社ほかに売り渡したが、原告および右買受人らが売渡地を宅地化するため整地により生じた残土を右土地部分およびその附近に搬入し、埋め立てた結果現状のように前掲道路部分とほぼ同じ高さに達し、更に原告において本件各物件を順次築造し、ブロツクの基礎を築いたため、本件係争地の範囲は一八八坪強の面積に達した、以上の事実が認められ、<証拠省略>は上掲各証拠に照らして採用できないし、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。
右認定事実にもとずくに本件係争地にあるくるみの木附近(別紙図面(ハ)点の地点附近)の土地を五戸貞蔵およびその先代が畑として占有管理して来たことをうかがえるが、その位置、範囲は明かでなく、まして本件係争地全部が五戸から引渡を受けた範囲でないことが明白である。
(三) およそ分限図(法務局備付の附属図面)は土地の位置関係を公証する唯一の公図であつて、分限図の表示が現地とまつたく符合しないとかこれを現実にあてはめることができないとかの事情の存しない限り当該土地が何番の土地であるかは分限図に依拠して判定するほかない。そうして、本件係争地附近の現況が前掲<証拠省略>の分限図とほぼ合致することは前記(一)にみたとおりであつて、更に同公図と検証の結果によりうかがわれる本件係争地附近の現況とを対比すれば前掲道路の南側浅瀬石川寄りには本件二二番の土地以外に私有地と目すべき土地は存在しないことが明らかである。このことに立脚して前記(一)、(二)の各事実をあわせ考えれば、本件係争地の全範囲(従つて、仮に五戸貞蔵の従前の占有部分が別紙図面表示の(ハ)点およびこれに近接する範囲にあつたとすれば、同占有部分も含めて)は字上川原二二番の私有地に該当しないと認めるのが相当であり、前記農地買収売渡処分が五戸の占有都分を二二番田に該当するものとしてなされた事実も右判定を左右するに足りない。
三、進んで本件係争地が本件戒告処分の前提たる本件物件の撤去並びに原状回復を命じた前記処分にいう河川区域に当るか否かについて判断する。
<証拠省略>によれば、遅くとも昭和二九年以降浅瀬石川のうち平川との合流点から本件係争地の上流中野川との合流点までの間約四、七〇〇メートルは旧河川法にいわゆる適用河川(建設大臣の認定した河川法の適用を受ける河川)とされていたことが明らかであるが、旧法第二条第一項によれば、河川の区域は県知事の設定するところによると規定されていることからすると、本件係争地につき青森県知事の区域認定がない以上(区域認定の存しないことは前に述べた。)これを河川区域として旧法所定の処分をすることは許されないように見えるが、いわゆる適用河川につき河川区域を認定する主たる意味は、旧法第三条が河川ならびにその敷地もしくは流水が私権の目的となりえない旨規定しているため、私有地につき一度河川区域の認定がなされるときは認定と同時に所有権が消滅し、当該土地につき県知事等の管理権が排他的に及ぶ効果を生ずる点にあり、県知事の河川区域認定によらずに当該土地の形状等実体に即した河川区域の判断を許さない趣旨ではなく、旧法時においても自然状態における河川につき社会通念上河川の区域とみなされる河状を呈している土地(河川の流水が継続して存する土地および草木の生茂の状況その他の状況が河川の流水が継続して存する土地に類似している土地の両者を含む。)およびダム、堤防等河川管理施設の敷地である土地をもつて河川区域と解するのが相当である。
そうして、<証拠省略>によれば、前記認定のように本件係争地はもともと道路から浅瀬石川寄りに傾斜地を下りた箇所に存する水面とほぼ同じ高さ(少くとも前記石垣の築造されるまでは)の平坦な部分であつて、社会通念上河川区域に含まれるべき河状を呈する土地ということができ、旧河川法の適用があることが疑いない。
かように考えれば、旧河川法第二条による地方行政庁の河川区域の認定があつたときは同法第三条により区域内に存した私所有権は消滅するのに反し河川区域の認定がなくとも社会通念上河川区域と判定すべき区域内には私所有権が存在しうるといわなければならないのであつて、後者の場合(本件がこれにあたることは前説示のとおりである)においては河川管理者は所有権者の当該土地部分に対する所有権行使を容認しなければならない場合もありうるが、本件の場合前記のとおり本件係争地には私有地が含まれないのであるから旧河川法の前掲諸規定にもとずくさきの昭和三九年一二月一日付本件物件の撤去並びに原状回復を命じた処分には違法がない。
四、よつて、本件戒告処分が行政代執行法第二条所定の要件たる本件物件の設置が著しく公益に反するものであるか否かについて検討するに本件物件自体に徴して明らかなように河川区域内にブロツクの基礎工事の施された二階建建物を含む堅固な建物が前記のように一八八坪強(六二三平方メートル強)の広範囲を占拠していること自体公益を著しく害するものであるのみならず、<証拠省略>によれば、昭和一九年ごろ浅瀬石川と中野川の合流点よりさらに上流に洪水調節を目的とする沖浦ダムが建設された後も、昭和二六年には本件建築物敷地の対岸で紫明橋の上流において昭和三九年には同じく対岸でこれよりさらに上流の、同年紫明橋下流で右敷地対岸各河岸が浅瀬石川の増水によつてそれぞれ欠壊し、さらに昭和四〇年には紫明橋の橋脚が一基流失する等の災害が発生していることが認められるところ、本件建築物の設置によつて浅瀬石川に突出した形状を呈する本件係争地上に存する本件物件のある結果、増水時には不慮の災害を招くおそれがあることは十分に予測しうるのである。これに反する<証拠省略>は到底採用し難い。したがつて、原告の設置した本件建築物を現状のまま存置せしめることは著しく公益に反するといわざるをえないし、除却以外の方法により公共の危険を防止すべきものでないことも明らかである。
五、以上の次第であるから、本件物件の撒去による原状回復命令を前提とする本件除却処分は適法であり、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 間中彦次 辻忠雄 宮沢建治)
別紙目録及び図面<省略>